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渋谷栄一翻刻(C)

架蔵本『いせものかたり 上・下』(江戸中期写 二冊本)

袋綴大和装 楮に雁皮の混漉紙
奥書ナシ
本文勘物書入れ等ナシ
本文は定家本系統
訂正方法は摺り消した上に重ね書き訂正
上冊 縦27.0cm×横19.2 cm 「いせものかたり 下」(左上題簽落剥後に直書、上下を過つ)
淡青色表紙 題簽(縦約16.0cm×横約3.5cm)落剥痕跡有
遊紙 初めに1枚終わりに3枚
本紙 墨付け25丁表まで 初段から第48段まで
1面 本文12行書き
和歌 2字下げ2行書き、時に散らし書きにする
下冊 縦27.0cm×横19.2 cm 「伊勢ものかたり 上」(左上題簽落剥後に直書、上下を過つ)
淡青色表紙 題簽(縦約16.0cm×横約3.5cm)落剥痕跡有
遊紙 初めに1枚終わりに3枚
本紙 墨付け35丁表まで 第49段から第125段まで
1面 本文12行書き
和歌 2字下げ2行書き、時に散らし書きにする

「伊勢物語 二冊 *****円 江戸中期写 小虫」(『京都古書組合総合目録』第17号掲載 2004年12月) 平成16年12月6日 京都・志満家より購入 送料***円

『世界の古書・日本の古書展』(ABAJ日本古書籍商協会 2005年1月)所載の「伊勢物語(写本)2冊 ******円 縦24.5糎 横18.2糎 近世初期写本 桐函入」(臨川書店出展)は、架蔵本と同類か。第48段で上冊を終えること、和歌を時に散らし書きにする点などが共通する)
「伊勢物語(写本) 近世初期写 桐函入 写真版6頁 2冊 ******円
 縦24.5糎 横18.2糎。紺紙金泥草花模様入表紙。見返し金銀切箔散らし。列帖装。白色無地題簽が貼付されているが、外題、内題ともになし。毎半葉13行、歌2字下げ。表紙に少擦れが見られるが、本文は極めて美しい状態。
 上巻は17丁、第1段から第48段まで、下巻は22丁、第49段から第125段までを収める。奥書等はない。本文は定家本(天福本)系統と思われる。一部の歌の上部には、小字で歌集名が墨書されている。(例えば、第一段「春日野の」の歌に「新古今」の墨書がある。)下巻の綴口虫入補修済・上巻最終丁(白紙)切取」(『日本書古書目録』83号 平成15年12月 臨川書店)

凡例
1.章段数は【】で記した。
2.丁数と表裏を」オ(ウ)で記した。

いせものかたり下」(表紙直書)
【第一段】
むかしおとこうゐかうふりしてならの
京かすかのさとにしるよしゝてかりに
いにけりそのさとにいとなまめいたる女は
らからすみけりこのおとこかいま見てけ
りおもほへすふるさとにいとはしたなくて
ありけれは心ちまとひにけりをとこ
のきたりけるかりきぬのすそをきりて
哥をかきてやるその男しのふすりのか
りきぬをなむきたりける
  かすかのゝわか紫のすりころも
    しのふのみたれかきり
           しられす」1オ
となんおいつきていひやりけるついておも
しろきことともやをもひけん
  陸奥のしのふもちすりたれゆへに
  みたれそめにしわれならなくに
といふ哥の心はへなりむかし人はかくいちはや
きみやひをなんしける
【第二段】
むかし男ありけりならの京ははなれ此
京は人の家またさたまらさりける時に
西の京に女ありけりその女世人にはまさ
れりけり其人かたちよりは心なんまさり
たりけるひとりのみもあらさりけらし
それをかのまめおとこうちものかたらひて」1ウ
かへりきていかゝおもひけん時は弥生の朔日
雨そほふるにやりける
  おきもせすねもせてよるをあかしては
  はるのものとてなかめくらしつ
【第三段】
むかしおとこありけりけさうしける女の
もとにひしきもといふものをやるとて
  おもひあらはむくらのやとに寝もしなん
  ひしきものには袖をしつゝも
二条のきさきのまた御門にもつかうまつり
たまはてたゝ人にておはしけるときの事也
【第四段】
むかしひんかしの五条におほきさいのみや
おはしましける西の対にすむ人ありけり」2オ
それをほゐにはあらて心さしふかゝりける
人ゆきとふらひけるをむ月の十日はかりの
ほとにほかにかくれにけりありところは
きけと人のゆきかよふへきところにもあら
さりけれはなをうしとおもひつゝなんあり
ける又のとしのむ月に梅の花さかりにこそ
をこひていきてたちて見ゐて見ゝれとこ
そにゝるへくもあらすうちなきてあはら
なるいたしきに月のかたふくまてふせり
てこそをおもひいてゝよめる
  月やあらぬはるやむかしのはるならぬ
  わか身ひとつはもとの身にして」2ウ
とよみて夜のほの/\とあくるになく/\かへり
にけり
【第五段】
むかし男ありけりひんかしの五条わたり
にいとしのひていきけりみそかなる所な
れはかとよりもえいらてわらはへのふみ
あけたるついひちのくつれよりかよひけり
人しけくもあらねとたひかさなりけれは
あるしきゝつけてそのかよひちに夜こと
に人をすへてまもらせけれはいけともゑ
あわてかへりけりさてよめる
  人しれぬわかかよひちのせきもりは
  よひ/\ことにうちもねなゝん」3オ
とよめりけれはいといたう心やみけり
あるしゆるしてけり二条の后に忍ひ
てまいりけるを世のきこへ有けれはせう
とたちのまもらせ給ひけるとそ
【第六段】
むかしおとこありけり女のえうましかり
けるを年をへてよはひわたりけるをか
らうしてぬすみ出ていとくらきにきけ
りあくた河といふ河をいていきけれは
草のうへにをきたりける露をかれはな
にそとなんおとこにとひけるゆくさき
おほく夜も更にけれはをにある所とも
しらて神さへいといみしうなり雨もいた」3ウ
うふりけれはあはらなるくらに女をは
おくにをしいれて男ゆみやなくひをおひ
て戸くちにをりはや夜も明なんと思ひ
つゝいたりけるに鬼はやひとくちにくひ
てけりあなやといひけれと神なるさわき
にゑきかさりけりやう/\夜も明行に
みれはゐてこし女もなしあしすりをして
なけともかひなし
  しらたまか  とひし  きへなまし
   なにそと   時露と  ものを
    人の     こたへて」4オ
あれは二条の后のいとこの女御の御もと
につかうまつるやうにてゐ給へりけるを
かたちのいとめてたくおはしけれはぬす
みておひていてたりけるを御せうとほり
かはのおとゝたらうくにつねの大納言またけ
らうにて内へまいり給ふにいみしうなく
人あるをきゝつけてとゝめてとりかへし
たまうてけりそれをかくおにとはいふなり
けりまたいとわかうて后のたゝにおはしける
とや
【第七段】
むかしをとこありけり京にありわひて
あつまにいきけるに伊勢おわりのあは」4ウ
ひのうみつらをゆくになみのいとしろく
たつを見て
  いとゝしく過行かたのこひしきに
  うらやま敷もかへるなみ哉
となんよめりける
【第八段】
むかし男ありけり京やすみうかりけん
あつまのかたにゆきてすみところもとむ
とてともとする人ひとりふたりして
ゆきけりしなのゝ国あさまのたけにたつ
けふりをみて
  しなのなるあさまのたけにたつけふり
  をちこち人のみやはとかめぬ」5オ
【第九段】
むかしおとこありけりその男身をような
きものにおもひなして京にはあらし
あつまのかたにすむへきくにもとめにとて
ゆきけりもとよりともとする人ひとり
ふたりしていきけりみちしれる人もな
くてまとひいきけりみかはのくにやつはし
といふところにい(て&い)たりぬそこをやつはしと
いひけるは水行河のくもてなれははしを
やつわたせるに(あり&に)よりてなむ八橋しといひけ
るそのさはのほとりの木のかけにおりゐ
てかれいひくひけりその沢にかきつはた
のいとおもしろくさきたりそれを見て」5ウ
ある人のいはくかきつはたといふ五もしを
くのかみにすへてたひの心をよめといひけれ
はよめる
  から衣
    きつゝ
      なれにし
  はる     つまし
    /\      あれは
      きぬるたひをしそおもふ
とよめりけれはみな人かれいひのうへに涙
おとしてほとひにけり
ゆき/\てするかの国にいたりぬ宇津の山
にいたりてわかいらむとするみちはいと
くらうほそきにつたかえてはしけりもの心」6オ
ほそくすゝろなるめをみることゝおもふに
す行者あひたりかゝるみちはいかてかいまする
といふをみれはみし人なりけり京にその人
の御もとにとて文かきてつく
  するかなるうつのやまへのうつゝにも
  夢にも人にあはぬなりけり
ふしの山をみれはさ月のつこもりに
雪いとしろうふれり
  時しらぬ山はふしのねいつとてか
  かのこまたらに雪のふるらん
其山はこゝにたとへはひえのやまをはた
ちはかりかさねあけたらんほとしてなりは」6ウ
しほしりのやうになんありける
なをゆき/\てむさしの国としもつふさの国
とのなかにいとおほきなる河ありそれをす
みた川といふその河のほとりにむれゐて
おもひやれはかきりなくとをくも来にける
かなとわひあへるにわたしもりはや舟に
のれ日もくれぬといふにのりてわたらんとす
るにみな人物わひしくて京におもふ人なき
にしもあらすさるをりしもしろき鳥のは
しとあしとあかきしきのおほきさなる水
のうへにあそひつゝいをくふ京には見えぬ
鳥なれはみな人見しらすわたしもりに」7オ
とひけれはこれなん都鳥といふを聞て
  名にしおはゝいさことゝはんみやことり
  わかおもふ人はありやなしやと
とよめりけれは舟こそりてなきにけり
【第十段】
むかし男むさしの国まてまとひありき
けりさてその国にある女をよはひけり
父はこと人にあはせんといひけるを母なんあ
てなる人に心つけたりける父はなを人にて
母なん藤原なりけるさてなんあてなる人にと
おもひける此むこかねによみておこせたり
けるすむ所なんいるまのこほりみよしのゝ
さとなりける」7ウ
  みよしのゝたのむのかりもひたふるに
  きみかゝたにそよるとなくなる
むこかね返し
  わかゝたによるとなくなるみよしのゝ
  たのむのかりをいつかわすれん
となむ人の国にても尚かゝる事なむやまさり
ける
【第十一段】
むかしおとこあつまへゆきけるにともたちと
もにみちよりいひおこせける
  わするなよほとは雲ゐになりぬとも
  空ゆく月のめくりあふまて
【第十二段】
むかし男ありけり人のむすめをぬすみて」8オ
むさし野へゐて行ほとにぬす人成けれは国
のかみにからめられにけり女をは草むらの
中におきてにけにけりみちくる人此野は
ぬす人あなりとて火つけんとす女わひて
  むさしのはけふはなやきそわか草の
  つまもこもれりわれもこもれり
とよみけるを聞て女をはとりてともに
ゐてにけり
【第十三段】
むかしむさしなる男京なる女のもとにきこ
ゆれははつかしきこへねはくるしとかきてうは
かきにむさしあふみとかきてをこせてのち
おともせすなりにけれは京より女」8ウ
  むさしあふみさすかにかけてたのむには
  とはぬもつらしとふもうるさし
とあるを見てなんたへかたきこゝちしける
  とへはいふ  さしあふみ  し
  とはねは   かゝるをり  ぬらん
  うらむむ   にや人は
【第十四段】
むかしおとこみちのくにゝすゝろにゆき
いたりにけりそこなる女京の人はめつらか
にやおほえけんせちにおもへる心なんありける
さてかの女
  中/\に恋にしなすはくわこにそ
  なるへかりける玉のおはかり」9オ
哥さへそひなひたりけるさすかにあわれとや
おもひけむいきてねにけり夜ふかく出に
けれはをんな
  夜もあけはきつにはめなてくたかけの
  またきになきてせなをやりつゝ
といへるにおとこ京へなんまかるとて
  くりわらのあねはのまつの人ならは
  みやこのつとにいさといはましを
といへりけれはよろこほひて思ひけらし
とそいひおりける
【第十五段】
むかしみちのくにゝてなてうことなき人の
めにかよひけるにあやしうさやうにてあるへ」9ウ
き女ともあらすみへけれは
  忍山しのひてかよふみちもかな
  人の心のおくもみるへく
女かきりなくめてたしとおもへとさるさかな
きえひす心をみてはいかゝはせんは
【第十六段】
むかしきのありつねといふ人ありけりみ
よのみかとにつかうまつりてときにあひけれ
とのちは世かはり時うつりにけれはよのつ
ねの人こともあらす人からは心うつくしうあ
てはかなることをこのみてこと人にもにす
まつしくへても猶むかしよかりし時の心
なからよのつねのこともしらすとしころ」10オ
あひなれたるめやう/\とこはなれてつゐに
あまになりてあねのさきたちてなりたる
所へゆくをおとこまことにむつましき事こそ
なかりけれいまはとゆくをいとあわれとお
もひけれとまつしけれはするわさもな
かりけり女おもひわひてねんころにあひか
たらひけるともたちのもとにかう/\今は
とてまかるを何事もいさゝかなる事もえ
せてつかわすことゝかきておくに
  手をおりてあひみしことをかそふれは
  とをといひつゝよつはへにけり
かのともたちこれをみていとあはれと思ひ」10ウ
てよるのものまておくりてよめる
  年たにもとをとてよつはへにけるを
  いくたひきみをたのみきぬらん
かくいひやりたりけれは
  これやこのあまのはころもむへしこそ
  きみかみけしとたてまつりけれ
よろこひにたへてまた
  秋やくる露やまかふとおもふまて
  あるはなみたのふるにそありける
【第十七段】
年比音信さりける人のさくらさかりに
見に来りけれはあるし
  あたなりとなにこそたてれさくら花」11オ
  としにまれなる人もまちけり
かへし
  けふこすはあすは雪とそふりなまし
  きへすはありとも花と見ましや
【第十八段】
むかしまな心ある女ありけり男ちかうあり
けり女哥よむ人なりけれはこゝろみんと
て菊の花のうつろへるをおりておとこもと
へやる
  くれなゐに匂ふはいつらしら菊の
  ゑたもとをゝにふるかとも見ゆ
おとこしらすよみによみける
  くれなゐににほふかうへのしら菊は」11ウ
  おりける人の袖かとも見ゆ
【第十九段】
むかし男みやつかへしける女のかたにこたち
なりける人をあひしりたりけるほともなく
かれにけり(れ&り)おなしところなれは女のめには
みゆるものからおとこはあるものかとも思ひ
たらす女
  あま雲のよそにも人のなりゆくか
  さすかにめにはみゆるものから
とよめりけれはおとこ返し
  あまくみのよそにのみしてふることは
  わかいる山の風はやみなり
とよめりけるはまた男ある人となむい」12オ
ひける
【第二十段】
むかし男やまとにある女を見てよはひて
あひにけりさてほとへてみやつかへする人
なりけれはかへりくるみちにやよひはかりに
かへてのもみちのいとおもしろきをおりて
女のもとにみちよりいひやる
  きみかためたをれるゑたは春なから
  かくこそ秋のもみちしにけれ
とてやりたりけれは返事は京に
きつきてなんもてきたりける
  いつのまにうつろふいろのつきぬらん
  きみかさとにははるなかるらし」12ウ
【第二十一段】
むかしおとこ女いとかしこくおもひかはして
こと心なかりけりさるをいかなることかあり
けんいさゝかなることにつけて世の中をうし
とおもひていてゝゐなんと思ひてかゝる哥を
なんよみて物にかきつけける
  いてゝいなは心かろしといひやせん
  世のありさまを人はしらねは
とよみおきていてゝいにけりこの女かくかき
おきたるをけしう心をくへきこともおほえぬ
を何によりてかかゝらんといといたうなき
ていつかたにもとめゆかんとかとに出て
と見かう見みけれといつこをはかりとも」13オ
おほヘさりけれはかへり入て
  おもふかひなき世なりけりとし月を
  あたにちきりて我やすまひし
といひてなかめおり
  人はいさおもひやすらんたまかつら
  おもかけにのみいとゝみへつゝ
この女いとひさしくありてねんしわひて
にやありけんいひおこせたる
  いまはとてわするゝ草のたねをたに
  人の心にまかせすもかな
かへし
  わすれくさうふとたにきくものならは」13ウ
  おもひけりとはしりもしなまし
また/\ありしよりけにいひかはしておとこ
  わするらんとおもふ心のうたかひに
  ありしよりけに物そかなしき
返し
  なかそらにたちいる雲のあともなく
  身のはかなくもなりにけるかな
とはいひけれとをのか世ゝになりにけれは
うとくなりにける
【第二十二段】
むかしはかなくてたえにける中なをや
わすれさりけん女のもとより
  うきなから人をはゑしもわすれねは」14オ
  かつうらみつゝなをそこひしき
といへりけれはされはよといひておとこ
  あひみては心ひとつをかわしまの
  水のなかれてたえしとそおもふ
とはいひけれとその夜いにけりいにしへ
ゆくさきの事ともなといひて
  秋のよの千夜を一夜になすらへて
  やちよしねはやあく時のあらん
かへし
  秋の夜のちよを一夜になせりとも
  こと葉のこりて鳥やなきなん
いにしへよりもあわれにてなむかよひける」14ウ
【第二十三段】
むかしゐなかわたらひしける人の子とも井の
もとにいてゝあそひけるをおとなになりに
けれはおとこも女もはちかわしてありけ
れは男はこの女をこそゑめとおもふ女は
このおとこをと思ひつゝをやのあはすれ共
きかてなんありけるさてこのとなりの男
のもとよりかくなん
  つゝ井つの井つゝにかけしまろかたけ
  すきにけらしないも見さるまに
返し  *女返し(天)-返し(流〈七〉・塗)
  くらへこしふりわけかみもかたすきぬ
  きみならすしてたれかあくへき」15オ
なといひ/\てついにほいのことくあひにけり
さてとしころふるほとに女おやなくたより
なくなるまゝにもろともにいふかひなくてあ
らんやはとてかうちのくにたかやすのほと
りにいきかよふところいてきにけりさり
けれとこのもとの女あしとおもへるけしき
もなくて出しやりけれは男こと心ありて
かゝるにやあらんとおもひうたかひてせんさい
のなかにかくれゐてかうちへいぬるかほにて見
れはこのおんないとようけさうしてうち
なかめて
  かせふけはおきつしらなみたつた山」15ウ
  夜半にやきみかひとりこゆらん
とよみけるをきゝてかきりなくかなしと
おもひてかうちへもいかすなりにけりまれ
/\かのたかやすにきてみれははしめこそ
こゝろにくもつくりけれいまはうちとけて
手つからいひかひとりてけこのうつはも
のにもりけるをみて心(△&心)うかりていかすなり
にけるさりけれはかの女やまとのかたを
みやりて
  きみかあたりみつゝをくらんいこま山
  雲なかくしそ雨はふるとも
といひて見いたすにからうしてやまと」16オ
人こむといへりよろこひてまつにたひ/\
すきぬれは
  きみこんといひし夜ことに過ぬれは
  たのまぬものゝこひつゝそぬる
といひけれとおとこすますなりにける
【第二十四段】
むかし男かたゐなかにすみけりおとこ
みやつかへしにとてわかれをしみてゆき
にけるまゝに三とせこさりけれは待
わひたりけるにいとねんころにいひける
人にこよひあはんとちきりたりけるに
このおとこきたりけりこの戸あけたまへ
とたゝきけれとあけて哥をなんよみて」16ウ
いたしたりける
  あらたまのとしの三年をまちわひて
  たゝこよひこそにゐまくらすれ
といひいたしたりけれは
  あつさ弓まゆみつき弓としをへて
  わかせしかことうるわしみせよ
といひていなんとしけれは女
  あつさゆみひけとひかねとむかしより
  心はきみによりにしものを
といひけれとおとこかへりにけり女いとかなし
くてしりにたちてをひゆけとえおひつ
かてし水のあるところにふしにけりそこ」17オ
なりける岩におよひのちしてかきつけゝる
  あひおもわてかれぬる人をとゝめかね
  わか身は(△&は)いまそきゑはてぬめる
とかきてそこにいたつらになりにける
【第二十五段】
むかし男ありけりあはしともいはさりける
女のさすかなりけるかもとにいひやりける
  秋の野にさゝわけしあさの袖よりも
  あはてぬる夜そひちまさりけ(△&け)る
色このみなる女返し
  みるめなきわか身をうらとしらねはや
  かれなてあまのあしたゆくゝる
【第二十六段】
むかしおとこ五条わたりなりける女をえゝ」17ウ
すなりにけることゝわひたりける人のへん
しに
  おもほへす袖にみなとのさわくかな
  もろこしふねのよりしはかりに
【第二十七段】
むかし男女のもとに一夜いきてまたも
いかすなりにけれは女の手あらふ所に
ぬきすをうちやりてたらひのかけにみへ
けるをみつから
  われはかり物おもふ人はまたもあらしと
  おもへは水のしたにも有けり
とよむをこさりけるおとこたちきゝて
  みなくちにわれやみゆらんかはつさへ」18オ
  水のしたにてもろこゑになく
【第二十八段】
むかし色このみなる女いてゝいにけれは
  なとてかくあふこかたみになりにけん
  水もらさしとむすひしものを
【第二十九段】
むかし春宮の女御の御かたの花の賀に
めしあつけられたりけるに
  花にあかぬなけきはいつもせしかとも
  けふのこよひににるときはなし
【第三十段】
むかしおとこはつかなりける女のもとに
  あふことは玉のおはかりをもほへて
  つらきこゝろのなかくみゆらん
【第三十一段】
むかしみやのうちにてあるこたちのつほね」18ウ
のまへをわたりけるになにのあたにか思ひ
けんよしや草葉よならんさかみんといふ男
  つみもなき人をうけへはわすれ草
  おのかうへにそをふといふなる
といふをねたむ女もありけり
【第三十二段】
むかしものいひける女にとしころありて
  いにしへのしつのおたまきくりかへし
  むかしをいまになすよしもかな
といへりけれとなにとも思はすやありけむ
【第三十三段】
むかしおとこつのくにむはらのこほりに
かよひける女此たひいきては又はこしと
おもへるけしきなれはおとこ」19オ
  あしへよりみちくるしほのいやましに
  きみに心をおもひますかな
かへし
  こもり江におもふ心をいかてかは
  舟さすさをのさしてしるへき
いなか人のことにてはよしやあしや
【第三十四段】
むかしおとこつれなかりける人のもとに
  いへはゑにいはねはむねにさはかれて
  心ひとつになけくころかな
おもなくていへるなるへし
【第三十五段】
むかし心にもあらてたへたる人のもとに
  玉の緒をあはおによりてむすへれは」19ウ
  絶てののちもあはんとそおもふ
【第三十六段】
むかしわすれぬるなめりとゝひことしける
女のもとに
  谷せはみみねまてはへる玉かつら
  たへんと人にわか思はなくに
【第三十七段】
むかしおとこいろこのみなる女にあへりけり
うしろめたくやおもひけん
  我ならてしたひもとくなあさかほの
  ゆふかけまたぬ花にはありとも
返し
  ふたりしてむすひしひもをひとりして
  あひみるまてはとかしとそおもふ」20オ
【第三十八段】
むかしきのありつねかりいきたるにありき
てをそくきにけるによみてやりける
  きみによりおもひならひぬ世中の
  人はこれをやこひといふらむ
かへし
  ならわねは世の人ことになにをかも
  こひとはいふととひしわれしも
【第三十九段】
むかし西院のみかとゝ申すみかとをはし
ましけりそのみこうせ給ひておほんはふ
りのよそのみやのとなり成けるおとこ御
はふりみむとて女車にあひのりて出たり
けりいとひさしうゐていてたてまつらす」20ウ
うちなきてやみぬへかりけるあひたにあめの
したのいろこのみ源のいたるといふ人これも
物みるに此車を女車とみてよりきて兎角
なまめくあひたにかのいたる蛍をとりて
女の車にいれたりけるを車なりける人
このほたるのともす火にやみゆるらんともし
けちなんするとてのれる男のよめる
  いてゝいなはかきりなるへみともしけち
  としへぬるかとなくこゑをきけ
かのいたるかへし
  いとあわれなくそきこゆるともしけち
  きゆるものとてわれはしらすな」21オ
あめのしたのいろこのみの哥にてはなをそ
ありける
  いたるはしたかふかおほちなりみこのほいなし
【第四十段】
むかしわかきおとこけしうはあらぬ女を
おもひけりさかしらするをやありてお
もひもそつくとてこの女をほかへをひやらん
とすさこそいへまたをひやらす人の子なれ
はまた心いきをひなかりけれはとゝむる
いきをひなしさるあひたにおもひはいや
まさりにまさるにはかにおやこの女をおひ
うつおとこちのなみたをなかせともとゝむる
よしなしゐていてゝいぬおとこなく/\よめる」21ウ
  出ていなはたれかわかれのかたからん
  ありしにまさるけふはかなしも
とよみてたへいりにけりおやあわてに
けりなを思ひてこそいひしかいとかくしも
あらしとおもふにしんしちにたへいりに
けれはまとひて願たてけりけふのいりあひ
はかりにたへいりてまたの日のいぬの時
はかりになんからうしていき出たりけるむかし
のわか人はさるすける物おもひをなんし
けるいまの翁まさにしなんや
【第四十一段】
むかし女はらからふたり有けりひとりは
いやしきおとこのまつしきひとりはあて」22オ
なるおとこもたりけりいやしきおとこもたる
しはすのつこもりにうへのきぬをあらひて
手つからはりけり心さしはいたしけれと
さるいやしきわさもならはさりけれはうへ
のきぬのかたをはりやりてけりせんかたも
なくてたゝなきになきけりこれをかのあてなる
おとこきゝていと心くるしかりけれはいと
きよらなるろうさうのうへのきぬを見いてゝ
やるとて
  むらさきのいろこきときはめもはるに
  野なる草木そわかれさりける
むさしのゝ心なるへし」22ウ
【第四十二段】
むかしおとこ色このみとしる/\女をあひ
いへりけりされとにくゝはたあらさりけり
しは/\いきけれとなをいとうしろめた
くさりとていかてはたへあるましかり
けりなをはたへあらさりける中なり
けれはふつかみかはかりさわることありてえ
いかてかくなん
  いてゝこしあとたにいまたかはらしを
  たかかよひちといまはなるらん
ものうたかはしさによめるなりけり
【第四十三段】
むかしかやのみこと申すみこおはしましけり
そのみこ女をおほしめしていとかしこく」23オ
めくみつかう給ひけるを人なまめきてあり
けるをわれのみとおもひけるを又人きゝ
つけてふみやる時鳥のかたをかきて
  時鳥なかなくさとのあまたあれと
  なをうとまれぬおもふ物から
といへりこの女けしきをとりて
  名のみ
   たつしての
    たおさは    いほり
     けさそ     あまたと
      なく      うとまれ
               ぬれは」23ウ
時はさ月になんありける男かへし
  いほりおほきしてのたほさは猶たのむ
  わかすむ里にこゑしたへすは
【第四十四段】
むかしあかたへゆく人に馬のはなむけせん
とてよひてうとき人にしあらさりけれは
いゑとうしさかつきさゝせて女のさうそくか
つけんとすあるしの男哥よみてもの
こしにゆひつけさす
  いてゝゆくきみかためにとぬきつれは
  われさへもなくなりぬへきかな
この哥はあるか中におもしろけれは
心とゝめてよますはらにあちわひて」24ウ
【第四十五段】
むかしおとこありけり人のむすめのかしつく
いかてこの男に物いはんと思ひけりうち
いてんことかたくやありけんものやみになりて
しぬへき時にかくこそおもひしかといひけ
るをおやきゝつけてなく/\つけたりけれは
まとひきたりけれとしにけれはつれ/\
にこもりをりけりときはみな月のつこ
もりいとあつきころをひによひはあそひ
おりて夜ふけてやゝすゝしきかせふきけり
ほたるたかうとひあかるこのおとこ見ふせ
りて
  ゆくほたる雲のうへまていぬへくは」24ウ
  秋かせふくとかりにつけこせ
  くれかたきなつの日くらしなかむれは
  そのことゝなく物そかなしき
【第四十六段】
むかしおとこいとうるはしきともありけり
かた時さらすあひおもひけるを人の国へいき
けるをいとあわれとおもひてわかれにけり
月日へてをこせたるふみにあさましくゑたい
めんせて月日のへにけることわすれやし給
てにけんといたくおもひわひてなん侍世中
の人の心はめかるれはわすれぬへき物に
こそあめれといへりけれはよみてやる
  めかるともおもほへなくにわすらるゝ」25オ
  ときしなけれはおもかけにたつ
【第四十七段】
むかし男ねんころにいかてとおもふ女有
けりされとこのおとこをあたなりときゝて
つれなさのみまさりつゝいへる
  おほぬさのひくてあまたになりぬれは
  おもへとゑこそたのまさりけれ
かへしおとこ
  おほぬさと名にこそたてれなかれても
  つゐによるせはありてふものを
【第四十八段】
むかしおとこありけりむまのはなむけせん
とて人をまちけるにこさりけれは
  いまそしる」25ウ
   くるしき
    ものと人
     またん
   さとをは
     かれす
    とふへかり
        けり」26オ
(26ウ)

伊勢ものかたり上」(表紙直書)
【第四十九段】
むかしおとこいもうとのいとおかしけなりけ
るを見おりて
  うらわかみねよけにみゆるわか草を
  人のむすはんことをしそおもふ
ときこへけり返し
  はつ草のなとめつらしきことの葉そ
  うらなくものをおもひけるかな
【第五十段】
むかし男ありけりうらむる人を恨て
  とりのこをとをつゝとをはかさぬとも
  思はぬ人をおもふ物かは
といへりけれは
  朝露はきへのこりてもありぬへし」1オ
  たれかこの世を頼はつへき
またおとこ
  ふくかせにこそのさくらは散すとも
  あなたのみかた人の心は
又女返し
  ゆく水にかすかくよりもはかなきは
  おもはぬ人をおもふなりけり
また男
  ゆく水とすくるよはひと散花と
  いつれまててふことをきくらん
あたくらへかたみにしける男女のしのひ
ありきしけることなるへし」1ウ
【第五十一段】
むかし男人のせんさいに菊うへけるに
  うへしうへは秋なき時やさかさらん
  花こそ散めねさへかれめや
【第五十二段】
むかしおとこありけり人のもとよりかさなり
ちまきをこせたりける返事に
  あやめかりきみはぬまにそまとひける
  われは野にいてゝかるそわひしき
とてきしをなんやりける
【第五十三段】
むかしおとこあひかたき女にあひて物かたり
なとするほとにとりのなきけれは
  いかてかは鳥のなくらん人しれす
  おもふ心はまた夜ふかきに」2オ
【第五十四段】
むかし男つれなかりける女にいひやりける
  ゆきやらて夢路をたとるたもとには
  あまつ空なる露やをくらん
【第五十五段】
むかしおとこおもひかけたる女のゑうましうなり
てのよに
  おもはすはありもすらめとことの葉の
  をりふしことにたのまるゝかな
【第五十六段】
むかしおとこふしておもひをきて思ひおもひ
あまりて
  わか袖は草の庵にあらねとも
  くるれは露のやとりなりけり
【第五十七段】
むかし男人しれぬ物おもひけりつれなき」2ウ
人のもとに
  恋わひぬあまのかるもにやとるてふ
  われから身をもくたきつるかな
【第五十八段】
むかし心つきて色このみなるおとこなか岡と
いふ所に家つくりておりけり其となりなり
けるみやわらにこともなき女とものゐなかなり
けれは田からんとて此おとこのあるを見て
いみしのすきものゝしわさやとてあつまりて
ゐりきけれは此おとこにけておくにかくれに
けれは女
  あれにけりあわれいく夜のやとなれや
  すみけん人のおとつれもせぬ」3オ
といひてこのみやにあつまりきゐてありけれ
はこのおとこ
  むくらおひてあれたるやとのうれたきは
  かりにもおにのすたくなりけり
とてなむ出したりける此女ともほいろはんと
いひけれは
  うちわひてをちほひろふときかませは
  われも田つらにゆかましものを
【第五十九段】
むかし男京をいかゝおもひけんひんかし山に
すまんとおもひいりて
  すみわひぬいまはかきりと山さとに
  身をかくすへきやともとめてん」3ウ
となむいひていきいてたりける
【第六十段】
むかしおとこありけりみやつかへいそかしく
心もまめならさるほとの家とうしまめに
思わんといふ人につきて人の国へいにけり此
おとこうさのつかひにていきけるにあるくにの
しそうの官人のめにてなんあるときゝて女
あるしにかわらけとらせよさらすはのまし
といひけれはかわらけとりていたしたり
けるにさかななりけるたち花をとりて
  さ月まつ花たちはなの香をかけは
  むかしの人の袖のかそする
といひけるにそおもひいてゝあまになりて」4オ
山にいりてそありける
【第六十一段】
むかしおとこつくしまていきたりけるにこれは
いろこのむといふすきものとすたれのうちなる
人のいひけるをきゝて
  そめかはをわたらん人のいかてかは
  いろになるてふことのなからん
女かへし
  名にしおはゝあたにそあるへきたわれ嶋
  なみのぬれきぬきるといふなり
【第六十二段】
むかし年ころをとつれさりける女心かし
こくやあらさりけんはかなき人のことに
つきて人の国なりける人につかはれて」4ウ
もと見し人のまへにいてきて物くわせ
なとしけりよさりこのありつる人たまへと
あるしにいひこれはをこせたりけりおとこ
われをはしらすやとて
  いにしへのにほひはいつらさくらはな
  こけるからともなりにけるかな
といふをいとはつかしとおもひていうへも
せていたるをなといらへもせぬといへは涙の
こほるゝにめもみへすものもいはれすといふ
  これやこのわれにあふみをのかれつゝ
  とし月ふれとまさりかほなき
といひてきぬゝきてとらせけれとすてゝに」5オ
けにけりいつちいぬらんともしらす
【第六十三段】
むかし世心つける女いかて心なさけあらむ男
にあひゑてしかなとおもへといひいてんもたより
なさにまことならぬ夢かたりをす子三人およひ
てかたりけりふたりの子はなさけなくいらへて
やみぬさふらふなりける子なんよき御おとこそ
いてこむとあはするにこの女けしきいとよし
こと人はいとなさけなしいかてこの在五中将に
あわせてしかなとおもふ心ありかりしありき
けるにいきあひてみちにて馬のくちをとり
てかう/\なんおもふといひけれはあわれかりて
きてねにけりさてのちおとこみへさり」5ウ
けれは女おとこの家にいきてかいま見ける
を男ほのかにみて
  もゝとせに一とせたらぬつくもかみ
  我をこふらしおもかけにみゆ
とていてたつけしきをみてむはらからたちに
かゝりて家にきてうちふせり男かの女のせし
やうにしのひてたてりてみれは女なけきて
ぬとて
  さむしろに衣かたしきこよひもや
  こひしき人にあわてのみねん
とよみけるを男あわれと思ひてその夜は
ねにけり世中のれいとしておもふをは思ひ」6オ
おもはぬをは思はぬものをこの人はおもふ
をも思はぬをもけちめみせぬこゝろなんあ
りける
【第六十四段】
むかし男女みそかにかたらふわさもせさりけれ
はいつくなりけんあやしさによめる
  ふく風にわか身をなさは玉すたれ
  ひまもとめつゝいるへきものを
かへし
  とりとめぬ風にはありとも玉すたれ
  たかゆるさはかひまもとむへき
【第六十五段】
むかしおほやけおにしてつかふたまふ女の
色ゆるされたるありけりをほみやすむ所と」6ウ
ていますかりけるいとこなりけり殿上にさふ
らひけるありはらなりけるおとこのまたいと
わかゝりけるを此女あひしりたりけりおとこ
女かたゆるされたりけれは女のあるところ
にきてむかひをりけれは女いとかたはなり
身もほろひなんかくなせそといひけれは
  おもふにはしのふることそまけにける
  あふにしかへはさもあらはあれ
といひてさうしにおりたまへれはれいのこの
みさうしには人のみるをもしらてのほり
ゐけれは此女おもひわひてさとへゆくされは
なにのよきことゝおもひていきかよひけれは」7オ
みな人きゝてわらひけりつとめてとのもつかさ
のみるにくつはとりておくになけいれての
ほりぬかくかたはにしつゝありわたるに身も
いたつらになりぬへけれはつゐにほろひぬ
へしとてこのおとこいかにせんわかかゝる心やめ
給へと仏神にも申けれといやまさりにのみ
おほへつゝなをわりなくこひしうのみおほへ
けれはをんやうしかんなきよひてこひせし
といふはらへのくしてなんいきけるはらへける
まゝにいとゝかなしきことかすまさりてあるし
よりけにこひしくのみおほへけれは
  恋せしとみたらし河にせしみそき」7ウ
  かみはうけすもなりにけるかな
といひてなんいにける
このみかとはかほかたちよくおはしまして仏の
御名を御心にいれて御こへはいとたうとくて
申給ふをきゝて女はいたうなきてけりかゝる
きみにつかうまつらてすくせつたなくかな
しきこと此男にほたされてとてなんなき
けるかゝるほとにみかときこしめしつけて此
おとこをはなかしつかはしてけれは此女の
いとこの宮す所女をはまかてさせてくらにこめて
しほり給ふけれはくらにこもりてなく
  あまのかるもにすむ虫のわれからと」8オ
  ねにこそなかめ世をはうらみし
となきをれは此おとこは人の国より夜ことに
きつゝ笛をいとおもしろくふきてこゑはを
かしうてそあわれにうたひけるかゝれは此女は
くらにこもりなからそれにそあ(れ&あ)なるとはき
けとあひみるへきにもあらてなむ有ける
  さりともとおもふらんこそかなしけれ
  あるにもあらぬ身をしらすして
と思ひをりおとこは女しあわねはかくし
ありきつゝ人のくにゝありきてかくうたふ
  いたつらにゆきてはきぬるものゆへに
  見まくほしさにいさなはれつゝ」8ウ
水のおの御時なるへしおほみやすむ所もそめ
とのゝ后なり五条のきさきとも
【第六十六段】
むかし男つのくにゝしるところありけるに
あにおとゝともたちひきゐてなにはのかたに
いきけりなきさをみれは船とものあるをみ

  なにはつをけさこそみつのうらことに
  これやこのよをうみわたる哉
これをあわれかりて人々かへりにけり
【第六十七段】
むかしおとこせうゑうしに思ふとちかひつ
らねていつみのくにへきさらきはかりにいきけり
かうちの国いこまの山をみれはくもりみは」9オ
れこたちゐる雲やますあしたよりくもりて
ひるはれたりゆきいとしろう木のすへに
ふりたりそれをみてかのゆく人の中にたゝ
ひとりよみける
  きのふけふ雲のたちまひかくろふは
  花のはやしをうしとなりけり
【第六十八段】
むかし男いつみのくにへいきけりすみよし
のこほりすみよしのさとすみよしのはま
をゆくにいとおもしろけれはおりゐつゝ
ゆくある人すみよしのはまとよめといふ
  鴈なきて菊の花さく秋はあれと
  はるのうみへにすみよしのはま」9ウ
とよめりけれはみな人々よますなりにけり
【第六十八段】
むかしおとこありけりその男伊勢の国に
かりのつかひにいきけるにかのい勢のさい宮
なりける人のをやつねの使よりは此人よく
いたはれといひやれりけれはおやの事な
りけれはいとねんころにいたわりけりあし
たにはかりにいたしたてゝやりゆふさりは
かへりつゝそこにこさせけりかくてねんころに
いたつきけり二日といふ夜男われてあはん
といふ女もはたいとあはしとも思へらすされ
と人めしけけれはえあわすつかひさねと
ある人なれはとをくもやとさす女のねやも」10オ
ちかくありけれは女人をしつめてねひとつは
かりに男のもとにきたりけり男はたねら
れさりけれはとのかたを見いたしてふせるに
月のおほろなるにちいさきわらはをさきに
たてゝ人たてりおとこいとうれしくてわか
ぬる所にゐていりてねひとつよりうしみつ
まてあるにまた何事もかたらはぬに
かへりにけり男いとかなしくてねすなりに
けりつとめていふかしけれとわか人をやる
へきにしあらねはいと心もとなくてまち
をれはあけはなれてしはしあるに女の
もとより詞はなくて」10ウ
  きみやこしわれやゆきけんおもほへす
  ゆめかうつゝかねてかさめてか
おとこいといたうなきてよめる
  かきくらす心のやみにまとひにき
  ゆめうつゝとはこよひさためよ
とよみてやりてかりにいてぬ野にありけと
心はそらにてこよひたに人しつめていとゝく
あはんとおもふに国のかみいつきのみやのかみ
かけたるかりの使ありときゝて夜ひとよさけ
のみしけれはもはらあひこともゑせてあけは
おわりのくにへたちなんとすれはおとこも人
しれすちのなみたをなかせとえあはす夜」11オ
やう/\あけなんとするほとに女かたよりいたす
さかつきのさらに哥をかきていたしたりと
りてみれは
  かちの人のわたれとぬれぬゑにしあれは
とかきてすゑはなしそのさかつきのさらに
ついまつのすみして哥のすゑをかきつく
  またあふさかのせきはこへなん
とてあくれはおはりのくにへこゑにけり
斎宮は水のおの御時文徳天皇の御むす
めこれたかのいもうと
【第七十段】
むかしおとこかりのつかひよりかへりきけるに
おほよとのわたりにやとりていつきのみや」11ウ
のわらはへにいひかけゝる
  みるめかるかたやいつこそさほさして
  われにをしへよあまのつりふね
【第七十一段】
むかし男伊勢の斎宮に内の御使にて参り
けれはかのみやにすきこといひける女わたくし
事にて
  千はやふるかみのいかきもこへぬへし
  おほみや人の見まくほしさに
おとこ
  こひしくはきても見よかし千はやふる
  神のいさむるみちならなくに
【第七十二段】
むかしおとこ伊勢の国なりける女またゑ逢て」12オ
となりの国へいくとていみしう恨けれは女
  おほよとの松はつらくもあらなくに
  うらみてのみもかへるなみ哉
【第七十三段】
むかしそこにはありときけとせうそこを
たにいふへくもあらぬ女のあたりを思ひける
  めにはみて手にはとられぬ月のうちの
  かつらのことき君にそありける
【第七十四段】
むかしおとこ女をいたう恨て
  いはねふみかさなる山にあらねとも
  あはぬ日おほくこひわたる哉
【第七十五段】
むかし男伊勢のくにゝいてゐきてあはん
といひけれは女」12ウ
  おほよとのはまにをふてふみるからに
  心はなきぬかたらわねとも
といひてましてつれなかりけれは男
  袖ぬれてあまのかりほすわたつ海の
  みるをあふにてやまんとやする

  岩間よりおふるみるめしつれなくは
  しほひしほみちかひもありなん
またおとこ
  なみたにそぬれつゝしほる世の人の
  つらき心は袖のしつくか
世にあふことかたき女になん」13オ
【第七十六段】
むかし二条の后のまた春宮のみやすむ所と
申ける時うちかみにまうて給ひけるにこのゑ
つかさにさふらひけるおきな人々のろく
たまわるついてに御車より給てよみてたて
まつりける
  おおはらやをしほの山もけふこそは
  神世のこともおもひいつらめ
とて心にもかなしとやおもひけんいかゝ思ひ
けんしらすかし
【第七十七段】
むかし田むらの御門と申みかとおはしまし
けり其時の女御たかきこと申すみまそ
かりけりそれうせ給ひて安祥寺にてみわさ」13ウ
しけりひと/\さゝけものたてまつりけり
奉りあつめたる物地さゝけはかりありそ
こはくのさゝけ物を木のはたにつけてた
うのまへにたてたれは山もさらに堂の前
にうこき出たかきになむみへけるそれを右
大将にいまそかりける藤原のつねゆきと
申すいまそかりてかうのをはる程に哥
よむ人々をめしあつめてけふのみわさを題
にてはるの心はへある哥たてまつらせ給
ひ右のむまのかみなりけるおきなめはたかひ
なからよみける
  山のみなうつりてけふにあふことは」14オ
  はるのわかれをとふとなるへし
とよみたりけるをいまみれはよくもあら
さりけりそのかみはこれやまさりけん哀
かりけり
【第七十八段】
むかしたかきこと申女御おはしましけり
うせ給ひてなゝ七日のみわさ安祥寺にてし
けり右大将藤原のつねゆきといふ人いま
そかりけりそのみわさにまうて給うてかへ
さに山しなのせんしのみこおはします
其山科の宮に瀧をとし水はしらせ
なとしておもしろく作られたるにまう
てたまうて年比よそにはつかうまつれと」14ウ
ちかくはいまたつかうまつらすこよひはこゝに
さふらわんと申給ふみこよろこひ給ひてよる
のおましのまうけせさせ給ふさるにかの大
将いてゝたはかり給ふやう宮つかへのはしめに
たゝなをやは有へき三条のおほみゆきせし時
きのくにの千里の浜にありけるいとおもし
ろき石奉れりきおほみゆきの後奉れりし
かはある人のみさうしのまへのみそにすへたり
しを嶋このみ給ふ君なりこの石をたてまつ
らんとの給ひてみすいしんとねりして
とりにつかわすいくはくもなくてもてきぬこ
の石きゝしよりはみるはまされりこれを」15オ
たゝにたてまつらはすゝろなるへしとて
人々に哥よませ給ふ右のむまのかみなりける
ひとのをなんあをき草をきさみてまき
ゑのかたにこの哥をつけてたてまつりける
  あかねともいはにそかふる色みへぬ
  心をみせんよしのなけれは
となんよめりける
【第七十九段】
むかし氏の中にみこうまれたまへりけり
御うふやに人々哥よみけり御おほち
かた成けるおきなのよめる
  わかかとにちいろあるかけをうへつれは
  なつ冬たれかかくれさるへき」15ウ
これはさたかすのみこ時の人中将の子となん
いひけるあにの中納言ゆきひらのむすめの
はら也
【第八十段】
昔おとろへたる家に藤の花うへたる人
ありけりやよひのつこもりにその日雨そほ
ふるに人のもとへおりてたてまつらすとて
よめる
  ぬれつゝそしゐておりつる年のうちに
  はるはいくかもあらしと思へは
【第八十一段】
むかし左のおほいまうち君いまそかりけり
かも河のほとりに六条わたりに家をいと
おもしろくつくりてすみ給ひけり神な」16オ
月のつこもりかた菊の花うつろひさかり
なるに紅葉のちくさにみゆるおりみこたち
おはしまさせて夜一夜さけのみしあそ
ひて夜あけもてゆく程にこのとのゝ面
白きをほむる哥よむそこにありけるかた
いおきないたしきのしたにはひありきて
人にみなよませはてゝよめる
  しほかまにいつかきにけんあさなきに
  つりするふねはこゝによらなん
となんよみけるはみちのくにゝいきたりける
にあやしく面白き所/\おほかりけりわかみ
かと六十よこくの中にしほかまといふ所に」16ウ
にたる所なかりけりされはなんかのおきなさ
らにこゝをめてゝしほかまにいつかきにけん
とよめりける
【第八十二段】
むかしこれたかのみこと申すみこおはしまし
けり山さきのあなたにみなせといふところに
みやありけり年ことのさくらの花さかりには
そのみやへなんおはしましけるその時右の
むまのかみなりける人をつねにいておはしまし
けりとき世へてひさしくなりにけれは
その人の名わすれにけりかりはねんころにも
せてさけをのみつゝやまと哥にかゝれりけり
いまかりするかたのゝなきさの家その院の」17オ
さくらことにおもしろしその木のもとに
おりゐてゑたをおりてかさしにさして
かみなかしもみな哥よみけりうまのかみ
なりける人のよめる
  世の中にたへてさくらのなかりせは
  はるの心はのとけからまし
となんよみたりける又人の哥
  ちれはこそいとゝさくらはめてたけれ
  うき世になにかひさしかるへき
とてその木のもとはたちてかへるに日く
れになりぬ御ともなる人さけをもたせて
野よりいてきたりこのさけをのみてん」17ウ
とてよき所をもとめゆくにあまの河と
いふ所にいたりぬみこにむまのかみおほみき
まいるみこのゝたまひけるかた野をかりて
あまの河のほとりにいたるを題にて哥よ
みてさかつきはさせとの給けれはかのむ
まのかみよみてたてまつりける
  かりくらしたなはたつめにやとからん
  あまのかわらにわれはきにけり
みこ哥を返/\すしたまうて返しゑし
給はすきのありつね御ともにつかうまつ
れりそれか返し
  一とせにひとたひきます君まては」18オ
  やとかす人もあらしとそおもふ
かへりてみやにいらせ給ぬ夜更るまて酒の
み物かたりしてあるしのみこゑひてい
り給ひなんとす十一日の月もかくれなんと
すれはかのむまのかみのよめる
  あかなくにまたきも月のかくるゝか
  山のはにけていれすもあらなん
みこにかはりたてまつりてきのありつね
  をしなへてみねもたいらになりなゝん
  山のはなくは月もいらしを
【第八十三段】
むかしみなせにかよひ給ひしこれたかのみこ
れいのかりしにおはしますともにうまの」18ウ
かみなるおきなつかうまつれり日ころへて宮
にかへり給ふけり御おくりしてとくいなんと
おもふにおほみき給ひろく給はんとてつ
かはさゝりけりこのむまのかみ心もとなかりて
  まくらとて草ひきむすふこともせし
  秋の夜とたにたのまれなくに
とよみける時はやよひのつこもりなりけ
りみこおほとのこもらてあかし給てけり
かくしつゝまうてつかうまつりけるを思ひ
の外に御くしおろし給ふてけりむ月に
おかみたてまつらんとて小野にまうてたる
にひえの山のふもとなれは雪いと高し」19オ
しゐてみむろにまうてゝおかみたてまつる
につれ/\といと物かなしくておはしまし
けれはやゝひさしくさふらひていにしへの
ことなと思ひいてゝきこへけりさてもさふら
ひてしかなとおもへとおほやけことゝも有
けれはえさふらはて夕くれにかへるとて
  わすれてはゆめかとそ思ふおもひきや
  雪ふみわけて君をみんとは
とてなんなく/\きにける
【第八十四段】
むかしおとこありけり身はいやしなから
はゝなん宮なりけるそのはゝなかをかと云
所にすみ給ひけり子は京に宮つかへ」19ウ
しけれはまうつとしけれとしは/\えまう
てすひとつ子にさへありけれはいとかなしう
し給ひけりさるにしわすはかりにとみの
事とて御ふみありおとろきてみれは哥
あり
  老ぬれはさらぬわかれのありといへは
  いよ/\見まくほしき君かな
かのこいたううちなきてよめる
  世の中にさらぬわかれのなくもかな
  ちよもといのる人の子のため
【第八十五段】
むかしおとこ有けりわらはよりつかうまつ
りける君御くしおろし給ふてけりむ月には」20オ
かならすまうてけりおほやけの宮つかへし
けれはつねにはえまうてすされともとの
心うしなはてまうてけるになむありける
むかしつかうまつりし人そくなるせんしなる
あまたまいりあつまりてむ月なれはことたつ
とておほみきたまひけり雪こほすかこと
ふりて日ねもすにやますみな人ゑひて雪
にふりこめられたりといふを題にて哥有
けり
  おもへとも身をしわけねはめかれせぬ
  雪のつもるそわか心なる
とよめりけれはみこいといたうあはれかり」20ウ
給ふて御そぬきて給へりけり
【第八十六段】
むかしいとわかきおとこわかき女をあひいへり
けりおの/\おやありけれはつゝみていひさ
してやみにけり年ころへて女のもとに
なをこゝろさしはたさんとや思ひけん男
哥をよみてやれりけり
  いままてにわすれぬ人は世にもあらし
  をのかさま/\としのへぬれは
とてやみにけり男も女もあひはなれぬみ
やつかへになんいてにける
【第八十七段】
むかしおとこつの国むはらのこほりあしや
のさとにしるよしゝていきてすみけり」21オ
むかしの哥に
  あしのやのなたのしほやきいとまなみ
  つけのをくしもさゝすきにけり
とよみけるそこの里をよみけるこゝを
なんあしやのなたとはいひける此男なま宮
つかへしけれはそれをたよりにてゑうのす
けともあつまりきにけりこの男のこのかみ
もゑうのかみ成けりそのいへのまへの海のほと
りにあそひありきていさこの山のかみに
ありといふぬのひきの瀧見にのほらんとい
ひてのほりてみるにその瀧物よりこと
なりなかさ廿丈ひろさ五丈はかりなる石の表に」21ウ
しらきぬにいはをつゝめらんやうになん
ありけるさる瀧のかみにわらうたのおほき
さしてさし出たるいしありそのいしのうへに
はしりかゝる水はせうかうしくりのおほ
きさにてこほれおつそこなる人にみな瀧の
哥よますかのゑうのかみまつよむ
  我世をはけふかあすかとまつかひの
  なみたの瀧といつれたかけん
あるしつきによむ
  ぬきみたる人こそあるらししら玉の
  まなくもちるか袖のせはきに
とよめりけれはかたへの人わらふことにや」22オ
ありけんこの哥にめてゝやみにけりかへり
くるみちとをくてうせにし宮内卿もちよしか
家のまへくるに日くれぬやとりのかたをみや
れはあまのいさり火おほく見ゆるにかの
あるしのをとこよむ
  はるゝ夜のほしか河辺の蛍かも
  わかすむかたのあまのたく火か
とよみて家にかへりきぬその夜みなみの
かせふきて浪いとたかしつとめてその
家のめのこともいてゝうきみるのなみによ
せられたるひろひていへのうちにもてきぬ
女かたよりそのみるをたかつきにもりて」22ウ
かしはをおほひていたしたるかしはにかけ

  わたつ海のかさしにさすといはふもゝ
  きみかためにはをしまさりけり
いなか人の哥にてはあまれりやたらす

【第八十八段】
むかしいとわかきにはあらぬこれかれともたち
ともあつまりて月をみてそれか中に
ひとり
  おほかたは月をもめてしこれそこの
  つもれは人の老となるもの
【第八十九段】
むかしいやしからぬおとこ我よりはまさり」23オ
たる人を思ひかけて年へける
  人しれす我こひしなはあちきなく
  いつれの神になき名おほせむ
【第九十段】
むかしつれなき人をいかてと思ひわたりけ
れは哀とや思ひけんさらはあす物こし
にてもといへりけるをかきりなくうれしく
またうたかわしかりけれは面白かりける桜
につけて
  さくら花  あなたのみかた
   けふこそ  あすの
    かくもにほふ  夜の
      らめ     こと」23ウ
といふ心はへもあるへし
【第九十一段】
むかし月日のゆくをさへなけく男三月の晦日か
たに
  をしめともはるのかきりのけふの日の
  ゆふくれにさへなりにける哉
【第九十二段】
むかし恋しさにきつゝかへれと女にせう
そこをたにゑせてよめる
  あしへこくたなゝしをふねいくそたひ
  ゆきかへるらんしるへもなみ
【第九十三段】
むかしおとこ身はいやしくていとになき人
を思ひかけたりけりすこしたのみぬへき
さまにやありけんふしておもひおきて思ひ」24オ
おもひわひてよめる
  あふな/\思ひはすへしなそへなく
  たかきいやしきくるしかりけり
むかしもかゝることは世のことはりにやあり
けん
【第九十四段】
むかし男ありけりいかゝ有けんそのおとこ
すますなりにけり後におとこありけれと
子ある中なりけれはこまかにこそあらねと
とき/\物いひをこせけり女かたにゑかく人
成けれはかきにやれりけるをいまの男の
物すとてひとひふつかをこせさりけりかの
おとこいとつらくをのかきこゆることをは」24ウ
いまゝて給わねはことはりと思へと猶人をは
うらみつへき物になんありけるとてろう
してよみてやれりける時は秋になん有
ける
  秋の夜は春ひわするゝものなれや
  かすみにきりやちへまさるらん
となんよめりける女返し
  ちゝの秋ひとつの春にむかはめや
  もみちも花もともにこそちれ
【第九十五段】
むかし二条のきさきにつかうまつる男有
けり女のつかうまつるをつねに見かはして
よはひわたりけりいかて物こしにたいめん」25オ
しておほつかなく思ひつめたることすこし
はるかさんといひけれは女いとしのひて物
こしあひにけり物かたりなとして男
  ひこほしに恋はまさりぬあまのかは
  へたつるせきをいまはやめてよ
この哥にめてゝあひにけり
【第九十六段】
むかしおとこ有けり女をとかくいふこと月日へ
にけり岩木にしあらねは心くるしとや思ひ
けんやう/\あはれと思ひけりその比みな
月のもちはかりなりけれは女身にかさひとつ
ふたついてきにけり女いひをこせたるいまは
なにの心もなし身にかさもひとつふたつ」25ウ
いてたり時もいとあつしすこし秋風吹立
なんときかならすあはんといへりけり秋まつ
ころをひにこゝかしこよりその人のもとへい
なんすなりとてくせりいてきにけりさり
けれは此女のせうとにはかにむかへにきたり
されはこの女かゑてのはつもみちをひろ
はせてうたをよみてかきつけてをこせたり
  秋かけていひしなからもあらなくに
  この葉ふりしくゑにこそありけれ
とかき置てかしこより人をこせはこれを
やれとていぬさてやかて後つゐにけふまて
しらすよくてやあらんあしくてやあらむいに」26オ
し所もしらすかのおとこはあまのさかて
をうちてなんのろひをるなるむくつけき
こと人のゝろひことはをふ物にやあらんおは
ぬ物にやあらんいまこそはみめとそいふなる
【第九十七段】
むかしほり川のおほいまうちきみと申い
まそかりけり四十の賀九条の家にてせら
れける日中将なりけるおきな
  さくら花ちりかひくもれをひらくの
  こんといふなるみちまかふかに
【第九十八段】
むかしおほきおほいまうちきみときこゆる
おはしけりつかうまつるおとこなか月はかり
に梅のつくりえたにきしをつけて奉る」26ウ
とて
  わかたのむきみかためにとおる花は
  ときしもはかぬものにそありける
とよみてたてまつりたりけれはいとかし
こくおかしかり給ひて使にろくたまへりけり
【第九十九段】
むかし右近の馬場のひをりの日むかひにた
てたりける車に女のかほのしたすたれよ
りほのかに見ゑけれは中将なりけるおとこ
のよみてやりける
  見(△&見)すもあらす見もせぬ人の恋しくは
  あやなくけふやなかめくらさん
かへし」27オ
  しるしらぬなにかあやなくわきていはむ
  おもひのみこそしるへなりけれ
後はたれとしりにけり
【第百段】
むかしおとこ後涼殿のはさまをわたりけれ
はあるやんことなき人の御つほねよりわす
れ草をしのふ草とやいふとていたさせた
まへりけれは給はりて
  わすれ草おふる野へとはみるらめと
  こはしのふなり後もたのまん
【第百一段】
むかし左兵衛督なりける在原のゆきひら
といふありけりその人の家によきさけ
ありときゝてうへにありける左中弁藤」27ウ
原のまさちかといふをなんまらうとさね
にてその日はあるしまうけしたりける
なさけある人にてかめに花をさせりその
花の中にあやしき藤の花有けり花の
しなひ三尺六寸はかりなん有けるそれをた
いにてよむよみはてかたにあるしのはら
からなるあるしゝ給ふときゝてきたりけ
れはとらへてよませけるもとより哥の
ことはしらさりけれはすまひけれと
しゐてよませけれはかくなん
  さく花のしたにかくるゝ人おほみ
  ありしにまさるふちのかけかも」28オ
なとかくしもよむといひけれはおほきおとゝ
のゑいくわのさかりにみまそかりて藤氏のこと
にさかゆるをおもひてよめるとなんいひける
みな人そしらすなりにけり
【第百二段】
むかし男ありけり哥はよまさりけれと
世中を思ひしりたりけりあてなる女の
あまになりて世中を思ひうむして京
にもあらすはるかなる山さとにすみけり
もとしそくなりけれはよみてやりける
  そむくとて雲にはのらぬものなれと
  世のうきことそよそになるてふ
となんいひやりける斎宮のみやなり」28ウ
【第百三段】
むかしおとこありけりいとまめにしちよう
にてあたなる心なかりけり深草のみかとに
なんつかうまつりける心あやまりやした
りけんみこたちの使給ひける人をあひい
へりけりさて
  ねぬる夜の夢をはかなみまとろめは
  いやはかなにもなりまさるかな
となんよみてやりけるさる哥のきたなけ
さよ
【第百四段】
むかしことなる事なくてあまになれる人
有けりかたちをやつしたれと物やゆかし
かりけんかものまつり見に出たりけるを」29オ
おとこ哥よみてやる
  世をうみのあまとし人を見るからに
  めくはせよともたのまるゝかな
是は斎宮の物見給ひける車にかくきこ
へたりけれは見さしてかへり給ひにけりと
なん
【第百五段】
むかし男かくてはしぬへしといひやりたり
けれは女
  しら露はけなはけなゝむきへすとて
  玉にぬくへき人もあらしを
といへりけれはいとなめしと思ひけれと
心さしはいやまさりけり」29ウ
【第百六段】
むかしおとこみこたちのせうゑうし給ふ
所にまうてゝたつた河のほとりにて
  ちはやふる神代もきかすたつた川
  からくれなゐに水くゝるとは
【第百七段】
むかしあてなる男ありけりその男のもと成
ける人を内記に有ける藤原のとしゆき
といふ人よはひけりされとわかけれ
はふみもおさ/\しからすことはもいひしら
すいはむや哥はよまさりけれはかのあるし
なる人あむをかきてかゝせてやりけりめて
まとひにけりさて男のよめる
  つれ/\のなかめにまさる涙河」30オ
  袖のみひちてあふよしもなし
かへしれいのおとこ女にかはりて
  あさみこそ袖はひつらめ涙川
  身さへなかるときかはたのまん
といへりけれは男いといたうめてゝいまゝて
まきてふはこにいれてありとなんいふなる
男ふみをこせたりえて後の事なりけり
雨のふりぬへきになん見わすらひ侍身
さいわひあらはこの雨はふらしといへり
けれはれいの男女にかはりてよみて
やらす
  かす/\に思ひおもはすとひかたみ」30ウ
  身をしる雨はふりそまされる
とよみてやれりけれはみのもかさもとり
あへてしとゝにぬれてまとひきにけり
【第百八段】
むかし女人の心をうらみて
  風ふけはとはに浪こすいはなれや
  わかころも手のかはくときなき
とつねのことくさにいひけるをきゝをひ
ける男
  よゐことにかはつのあまたなく田には
  水こそまされ雨はふらねと
【第百九段】
むかし男友たちの人をうしなひけるか許
にやりける」31オ
  花よりも人こそあたになりにけれ
  いつれをさきにこひんとかみし
【第百十段】
むかし男みそかにかよふ女有けりそれか
もとよりこよひ夢になんみへ給つるといへ
りけれはおとこ
  思ひあまりいてにし玉のあるならん
  夜ふかく見へは玉むすひせよ
【第百十一段】
むかし男やんことなき女のもとになくなり
にけるをとふらふやうにていひやりける
  いにしへはありもやしけんいまそしる
  またみぬ人をこふるものとは
かへし」31ウ
  したひものしるしとするもとけなくに
  かたるかことはこひすそあるへき
また返し
  恋しとはさらにもいはししたひもの
  とけむを人はそれとしらなん
【第百十二段】
むかし男念比にいひちきりける女のこし
こまになりにけれは
  すまのあまのしほやくけふり風をいたみ
  おもはぬかたにたなひきにけり
【第百十三段】
むかしおとこやもめにてゐて
  なかゝらぬ命の程にわするゝは
  いかにみしかき心なるらん」32オ
【第百十四段】
むかし仁和のみかとせり川に行幸し給ひけ
る時いまはさることにけなく思ひけれとも
とつきにけることなれはおほたかのたかゝひ
にてさふらはせ給ひけるすりかりきぬ
の袂にかきつけゝる
  おきなさひ人なとかめそかりころも
  けふはかりとそたつもなくなる
おほやけの御けしきあしかりけりをのかよはひ
をおもひけれとわかゝらぬ人はきゝおよひ
けりとや
【第百十五段】
むかしみちのくにゝておとこ女すみけり男
みやこへいなむといふこの女いとかなしうてむ」32ウ
まのはなむけをたにせんとておきのゐてみや
こしまといふ所にてさけのませてよめる
  おきのゐて身をやくよりもかなしきは
  みやこしまへのわかれなりけり
【第百十六段】
むかし男すゝろにみちのくにまてまとひ
いにけり京に思ふ人にいひやる
  波まより見ゆるこしまの浜ひさし
  ひさしくなりぬ君にあひみて
なに事もみなよくなりにけりとなんいひ
やりける
【第百十七段】
むかし御門すみよしに行幸し給ひけり
  我見てもひさしくなりぬ住よしの」33オ
  きしのひめまついく世へぬらん
おほむかみけきやうし給ひて
  むつましと君はしらなみみつかきの
  ひさしき世よりいはひそめてき
【第百十八段】
むかし男ひさしくをともせてわするゝ心も
なしまいりこんといへりけれは
  玉かつらはふ木あまたになりぬれは
  たへぬ心のうれしけもなし
【第百十九段】
昔女のあたなる男のかたみとてをきたる物とも
をみて
  かたみこそいまはあたなれこれなくは
  わするゝ時もあらましものを」33ウ
【第百二十段】
むかし男女のまた世へすとおほへたるか人の御
もとにしのひて物きこへてのちほとへて
  あふみなるつくまのまつりとくせなん
  つれなき人のなへのかすみん
【第百二十一段】
むかしおとこ梅つほより雨にぬれて人の
まかりいつるをみて
  鴬の花をぬふてふかさもかな
  ぬるめる人にきせてかへさん
かへし
  うくひすの花をぬふてふかさはいな
  思ひをつけよほしてかへさん
【第百二十二段】
むかし男ちきれることあやまれる人に」34オ
  山しろのゐての玉水手にむすひ
  たのみしかひもなき世なりけり
といひやれといらへもせす
【第百二十三段】
むかし男ありけりふかくさにすみける女を
やう/\あきかたにや思ひけんかゝる哥を
よみけり
  としをへてすみこし里をいてゝいなは
  いとゝ深草野とやなりなむ
女返し
  野とならはうつらとなりてなきをらん
  かりにたにやは君はこさらん
とよめりけるにめてゝゆかんと思ふ心なく」34ウ
なりにけり
【第百二十四段】
むかしおとこいかなりけることを思ひける
おりにかよめる
  おもふこといはてそたゝにやみぬへき
  我とひとしき人しなけれは
【第百二十五段】
むかしおとこわつらひて心ちしぬへく覚
けれは
  つゐに行    きのふ
   道とはかねて  けふとは
    きゝしかと   おもは
             さり
              しを」35オ
(35オウ)

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