講演

最終更新日 8月31日

平成12年度高千穂商科大学父母の会文化講演会(8月27日・9月3日 新潟・静岡会場)

「昨今の源氏物語ブームとIT革命」

                       本学教授 渋谷栄一(国語・国文学)

  はじめに

 ただいま御紹介をいただきました渋谷栄一でございます。本日は、「昨今の源氏物語ブームとIT革命」と題しましてお話しさせていただきます。
 今年は西暦2000年ということで、去る7月19日には2000円札が発行され、それに国宝「源氏物語絵巻」鈴虫の第一段の詞書と第二段の絵、それと国宝「紫式部日記絵詞」から紫式部の顔がデザインされて、いろいろと話題を集めています。
 また朝日新聞の6月29日朝刊では「この1000年「日本の文学者」読者人気投票」が発表され、投票総数20,569票中、第1位は夏目漱石で3,516票、第2位が紫式部で3,157票、第3位の司馬遼太郎の1,472票以下を大きく引き離していました。
 夏目漱石は日本の国民的作家として老若男女を問わず広く愛読されている作家ですが、紫式部(生没未詳、970年頃~1014年頃)は1965年にユネスコから「世界の偉人」の一人に選ばれていますから、まさに日本を代表する世界的作家と申してよいでしょう。
 今日は、そうした昨今の源氏物語のブームと21世紀の源氏物語の読まれ方ということについてお話してみたいと思います。

  1)昨今の源氏物語ブーム

 近年「源氏物語」が大変に話題となっています。そのような事情が生まれたのは、作家の瀬戸内寂聴さんのご活躍と漫画家の大和和紀さんの『あさきゆめみし』の影響が大きく与っているものと思われます。寂聴さんの『源氏物語訳』は石踊達哉さんの美しい挿絵と装丁で出来上がっています。また『あさきゆめみし』の美しい絵は漫画というよりも芸術であります。
 朝日新聞の1月19日付日曜版に源氏物語の発行部数が掲載されていましたが(注1)、その中で、『あさきゆめみし』の1700万部という数字は驚異的です。第1冊目が発行されたのが1980年です。その後およそ毎年1冊ずつ発行されて1993年に、全13巻が完結しました。つまりこの20年間に毎年85万部ずつ発行されてきたということです。
 ところで、85万という数字は、今年の高校卒業生が132.9万人ですから、その半数を女性と見ればそれを20万も上回ります。また今年の大学・短大入学生の74.1万人をも上回る数字でもあります。およそ今どきの若い女性で『あさきゆめみし』を知らない女性はいないのではないでしょうか。

  2)源氏物語のCD-ROM化

 近年では、書籍のブームと共にまたCD-ROMも盛んに発売されるようになりました(注2)。
 まず、1996年に富士通ソーシャルサイエンスラボラトリから『源氏物語上下』CD-ROM2枚が秋山虔総監修・小山利彦監修ということで出ました。
 最初の源氏物語CD-ROM化です。その特徴は、第1に、各巻のストーリーがテキストで紹介されていて、それに併せていろいろな画像や雅楽などは音声と動画で見たり聴いたりしながら楽しめるようになっています。第2に、六条院探訪では立体画像の中を自由に散策できるようになっています。まさにマルチメディアの機能がフルに生かされています。そして英語バージョンも用意されていて、広く海外まで源氏物語の紹介に役立っています。
 ただ、CD-ROM2枚という容量の問題でしょうか、六条院をゆっくり散策できないのや雅楽の演奏がさわりの部分だけというのが残念です。しかし、このような問題もいずれ解決されるはずです。
 次に、1999年7月には、中村康夫さんが主として中心になって監修された国文学研究資料館で作られた『源氏物語(絵入)[承応版本]CD-ROM』が岩波書店から出ました。底本には国文学研究資料館が所蔵している江戸時代の承応版本源氏物語が使用されています。このCD-ROMは、新たに情報を書き加えたり書き変えたりすることができる、というのが最大の特徴です。絵入ということで、版本の挿絵も見ることができます。もちろん検索なども容易にできます。
 ただ、もっと古くて善い本を底本に使用したいところですが、それには原本所蔵者の許可が要りますので、資料館所蔵の版本を使用したというわけです。
 そして、10月には角川書店から伊井春樹編『CD-ROM角川古典大観源氏物語』が出ました。底本には、大島本を使用しています。そして、大島本の写真に基づいた厳正な翻刻作業とプログラム化がなされています。併せて河内本や別本の陽明文庫本、保坂本等の計4本の翻刻本文が検索できる他、総合事典並の検索機能がついています。大島本の整定本文は段落単位でダウンロードもできるようになっています。
 そのようなわけで、研究者にとっては大変に便利で優れたものなのですが、ちょっと価格が高すぎるのが難点です。
 なお、その他に非売品ですが、関弘子さんが源氏物語54帖を朗読した『源氏物語CD』があります。全100枚です。
 以上、源氏物語のCD-ROM化は、第1にマルチメディアとして、カラー画像のみならず音声や動画など優れた機能を発揮します。第2にデジタル情報として複製が容易にできます。第3に商品ですから有償です。有償なるがゆえに、貴重な資料やデータ・情報などが盛り込まれています。第4にコンパクトに収納されます。

  3)インターネットホームページ上の源氏物語

 一方、源氏物語のCD-ROM化に先立ってインターネットのホームページ上にも源氏物語が立ち上がってきました(注3)。インターネットの世界は、接続の機能さえあれば、原則として、いつでも、どこからでも、だれでもが、無料で、利用できるというものです。またホームページを作って情報発信できるというものです。したがって、玉石混交いろいろなものがあります。
 そうした中で、インターネットのホームページ上に源氏物語を最初に本格的に立ち上げたのは伊藤鉄也さんの「源氏物語電子資料館」や上田英代さんたちの「古典総合研究所」でしょうか。いずれの方もすぐれた源氏研究者で、源氏物語の本文や研究情報等を情報発信していますので、大変に有益なホームページです。
 大学の機関では、京都大学の「京都大学電子図書館」と九州大学の「九州大学付属図書館」が、源氏物語を画像で公開しています。大変に読みやすいものです。画像だけでなく、これに翻刻したテキストが付いていればなお良いのですが。私立大学でも国学院大学の図書館などでは所蔵の貴重本を画像で公開しています。今後、私立大学などでも貴重な古典籍類を公開に踏み切ることがますます多くなっていくのではないでしょうか。
 大学の研究室では、大阪大学の伊井春樹研究室の「日本文学データベース研究会」と私の高千穂商科大学の「渋谷栄一研究室」他があります。伊井春樹研究室のホームページでは同会で刊行している『源氏物語別本集成』の本文検索ができるようになっています。私の研究室の「源氏物語の世界」では、源氏物語の本文、ローマ字版、現代語訳そして注釈を掲載しています。このところ、日に200人前後のアクセスがあります。この数字には、自分ながらやはり驚きを感じます。この他、たくさんの大学の研究室で研究と教育を兼ね備えたホームページが作られています。
 海外の大学では、アメリカのヴァージニア大学とピッツバーグ大学による「ジャパニーズテキスト・イニサティブ」に源氏物語が載っています。実は、これは私のテキストを提供したものです。本文、ローマ字版、現代語訳がフレーム機能を使って三段組になって対照して読めるようになっています。ただ、私の第1版を提供していますので、見出しの付け方や内容等に若干の違いがあります。
 その他の機関として、京都にある風俗博物館がホームページを開いています。特に人形や模型を使った展示が大変に素晴らしいです。またリンク機能を使って私の「源氏物語の世界」も結ばれています。
 その他のホームページとしては、「もりの散歩道」や「若葉マークの源氏物語」、その他にまだまだたくさんの源氏物語に関するホームページがあります。玄人はだし、という言葉がありますが、素人が作っているホームページには、大変に瑞々しい感覚でズバリ表現しているような良いものがたくさんあります。
 インターネットはリンク機能によって無限の情報量を索めることができます。また双方向性機能によって著者と直接簡単に情報交換をすることができます。ただ、無料ということで情報の価値というものに限界が付きまといそうです。
 インターネットには、著者名や経歴が記されてないなどして情報の信頼性に問題がある場合がります。また、今存在する情報が明日も同じ形の情報で存在するとは限らない情報の浮動性という問題があります。さらに情報が多すぎて有用な情報が得られにくいという情報の多量性の問題があります。また著作権や知的財産権といった情報の所有権あるいは公開権という問題があります。そして今はまだ通信料金の高額という問題も残っています。

  おわりに

 以上、21世紀の源氏物語の読まれ方という視点からまとめますと、第1に紙の本のもつ素晴らしさを引き出したい。日本には和紙という素晴らしい紙があります。印刷技術や製本技術、挿絵の伝統や本の文化の歴史というものをもう一度想い起こしたい。CD-ROMには優れたマルチメディア機能があります。有償ではあっても、それゆえに優れた情報が盛り込まれています。インターネットは無料で誰でも何処からでも何時でも利用でき、リンク機能によって無限の情報量を索めることができ、また著者と直接情報交換できます。
 まとめますと、素晴らしい紙の本の源氏物語を開き、参考書としてはCD-ROMやインターネットを活用した読書生活というのが、21世紀の源氏物語の読まれ方ということになるのではないでしょうか。
 ご静聴ありがとうございました。

  注
(1)瀬戸内寂聴訳『源氏物語』(全10巻 講談社)   210万部
   大和和紀『あさきゆめみし』(全13巻 講談社) 1700万部
   与謝野晶子訳 角川文庫本 3巻          172万部
   谷崎潤一郎訳 中公文庫本 5巻          83万部
   円地文子訳  新潮文庫本 5巻          103万部
   田辺聖子訳  新潮文庫本 5巻          250万部
   橋本 治訳  中公文庫本 5巻          42万部
   以上、「朝日新聞」2000年1月19日による。
(2)秋山虔総監修・小山利彦監修『源氏物語上下』(1996年 富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ 定価各6,000円、合計12,000円)
   中村康夫他監修『源氏物語(絵入)[承応版本]CD-ROM』(1999年7月 岩波書店 定価12,000円)
   伊井春樹編『CD-ROM角川古典大観源氏物語』(1999年10月 角川書店 定価260,000円)
   関弘子朗読『源氏物語CD』全100枚(非売品)
(3)源氏物語電子資料館(http://www.nijl.ac.jp/personal/ito/)
   古典総合研究所(http://www.genji.co.jp/)
   京都大学電子図書館(http://ddb.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp/)
   九州大学附属図書館(http://www.lib.kyushu-u.ac.jp/index-j.html)
   大阪大学伊井春樹研究室日本文学データベース研究会)
   (http://ndk.let.osaka-u.ac.jp/NDK/20Computer/20index.html)
   高千穂商科大学渋谷栄一研究室(http://www.takachiho.ac.jp/~eshibuya/)
   ヴァージニア大学・ピッツバーグ大学日本語テキスト・イニシャティヴ
   University of Virginia / University of Pittsburgh Japanese Text Initiative
   (http://etext.lib.virginia.edu/japanese/index.euc.html)
   風俗博物館(http://www.iz2.or.jp/)
   もりの散歩道(http://www.geocities.co.jp/Berkerly/4176/)
   若葉マークの源氏物語(http://home.inet-osaka.or.jp/~spring/)

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