Last updated 1/18/2006
渋谷栄一翻字(C)(ver.1-1-1)

松浦宮物語

凡例
1 伝後光厳院宸翰本「松浦宮物語」(文化庁蔵 原装影印古典籍覆製叢刊)を翻刻した。
2 翻刻には桂宮叢書本を参照した。
3 本文中の振り仮名は次のように示した。
 【漢武】-カンム
4 本文中にはミセケチと補入がある。ミセケチは$の記号で示し、補入は+の記号で示した。( )の中の記号を挟んでその前が訂正以前の語句、その後がその訂正以後の語句である。例えば、
 「かたちの(かたちの$)」は「かたちの」をミセケチにする。
 「うすき(き$いろ)もえき」は「き」をミセケチにして「いろ」と訂正する。
 「とかく(く+のみ)」は「く」の次に「のみ」を補入する。

むかし藤原のみやの御時正三位大納言にて
中衛大将かけたまへる橘冬明ときこゆるあす
かのみこの御はらにたゝひとりもたまへる
おとこ君かたち人にすくれ心たましゐ世に
たくひなくおひいてたまふをちゝ君はさらに
もきこえす時の人いみしき世の光とめて
たてまつる七さいにてふみつくりさま/\の
道にくらきことなし御門きこしめしてこれ
たゝ物にはあらさるへしとけうせさせたまふ
御前にめして心みの題を給にたとるところ
なくめてたきふみをつくりすへておひいつ」(1オ)
るまゝに管弦をならひても師にはさしすゝ
みふかきてともをひけははて/\は人にも
とはすおほくは心もてなむさとりける十二
さいにて御まへにてかうふりせさせてうと
ねりになさせたまふあけくれこの人を
もてあそはせたまふにいたらぬ事なく
かしこけれはつかさかうふりもほとなく
たまはりて十六といふとし式部少輔右少
弁中衛少将をかけて従上の五位になりぬ
ちゝ君身にあまる官爵をみたまふにつ
けてもひとつ子にしあれはゆゝしうのみ」(1ウ)
おほさるさしいてたまふたひにこの子のゆへ
にのみめむほくをほとこし給へはましてなの
めにおほされむやはかたち身のさえたらへ
ることこそあらめ世のつねのわかき人の
こと色めきあたなることもなしたゝみや
つかへをつとめかくもんをしてあかしくら
せは衛門をはしめたてまつりてまめにお
とな/\しきものとおほしたるにわかき
心のうちひとつなむひとやりならすくるし
かりけるかんなひのみこときこえてきさき
はらにてかたちの(かたちの$)かきりなくきよらに」(2オ)
ものしたまふをなむいはけなくより
いかてと思こゝろふかゝりけるいつれもいと
わかきうちに世つきたる心もなけれは
はるけやるかたなくてすきつるを九月菊
のえんはてゝ夕に人/\まかてちるに
なをさりぬへきひまもやと宮にまいりて
けしきをとるに宮も御まへのかれ野御
らんすとてはしちかうおはします程
なりけりむつましくまいりなれたまふ
君なれはふともいりたまはす御ひはを
わさとならすかきならしつゝおはします」(2ウ)
けはひしるきにいとゝ心さはきしてはしの
まにゐぬれは二のまにゐたる女王のきみ
きくのえんはて侍ぬや思かけぬ程をいかてと
いふたゝかくなむ
  おほみやの庭のしらきく秋をへて
うつろふ心人しらんかもえならぬひと枝を
もたりけれはあたれるまのすのしたにさ
しいるゝをめさましうみたまふかむなひのみこ
  あきをへてうつろひぬともあた人の
そてかけめやもみやのしらきくほのかに
のたまひまきらはせる御けはひのいみしう」(3オ)
なつかしきにいとゝえたちさらすふえを吹
すさひてかうらんによりゐたるさまかたち
みこたちにても心つよかるましうそあるや
しをにのなをしりうたんのさしぬきわれ
もかうのしみふかき一かさねたちはきたるは
わさとなりつらん日のよそひもえかはかりなら
すやとそみゆるかせあらゝかに吹て御前の
木すゑのこりなくちるに木の間の月さし
いてゝうちとひとつにほへるくろほうのた
くひなきに人の御心もえんなりみこも世つ
きたる御心こそならひ給はねとなへて人にゝ」(3ウ)
すきよらなるさまにてしは/\まいりたまふを
おほかたにもいとあはれと見たまへはわさとな
らねと御いらへなともほのかにの給かはすに夜も
やゝふけ行に御ことのねをいみしう思
しみたることにてせちにそゝのかしたて
まつれといたうおほときてさしたまはする
におよひて御手をとらへつ
  恋しなはこひもしぬへき月日へて
いかにものおもふわか身とかしるもり
いてぬる涙もせきやらぬにいとおそろし
うてひきいりなむとおほせとつとゝらへた」(4オ)
れは人の見きこゆるもあいなうてえ
うこきたまはす
  なからへてすくす月日をたれかその
恋しぬはかりおもふとはみむとてもいとわ
ひしとおほしたれは人のおもはむこと
のくるしさにいける心地もせねとさても
えみたれすなかき夜すからなけきあかし
てかくなむ
  いたつらにあかせるよはのなかき夜の
あか月露にぬれかゆくへきいかはかり思
かへしてかそのなはいはしとうちなくさまも」(4ウ)
心ふかけなるをさすかにあはれと見たまふ
  あかつきの露のその名しもらさすは
われわすれめやよろつ世まてに弁は物
おもひそひぬる心地してちゝの殿にまいり
てうちふしたれとめもあはすいとゝうおきて
女王の君のもとにふみかきたまふきのふなむ
ゆくらんわきもはしめて思たまへられしかは
うれしき月日なれとなをかくはかりのみ
まさる心ちし侍れはちへなみしきても
すへなき世をなん思たまひわひぬるいてや
おしはからせたまへ」(5オ)
  もえにもえて恋は人みてしりぬへき
なけきをさへにそへてたくかなとあるを
みせたてまつれはあはれとやおほすらむ
たゝかくなむ
  見てしかは我こそけなめもえにもえて
人のなけきはたきつくすかにいとゝなかめ
のみせられていみしうしめりたる気色しる
きを大将殿はなとかいとものおもへるさまな
るおのこはさはかりならぬたに心をやりて
身を思けたぬものなりつかさくらゐをはし
め身にあまるめむほくをほとこすめるを」(5ウ)
なとかいたくおもひしめりてひとりのみ
あるあやしきありさまかな世にはふり物と
いふめれとかく(く+のみ)思すましたるをみれはいと
なむあやうきなをかれま心にのたまはせ
おしへ給へなと母みこにきこえたまへはたゝ
うつくしとおほしてまろはなに事をかは
おしへんおへる子とそいふなるいまはまし
ていみしうたのもしうそあるやとの給
あはれとみたてまつる物からいかてと思心のみ
そひていみしうなけかし
  あしひきの山のやまとりやますのみ」(6オ)
しけきわかこひましてくるしもありし
はかりたにいかておもふ事をはるけて
しかなと思わたるにこのみこは内にまいり
たまふへきになりぬ母后にもせちにきこ
えさせ給へはさらぬことたにいなひ申給へ
きにあらねはゐたちておほしいそくを
きくにいといみしうおほゆ月あかき夜
くまなき空をひとりなかめてかくなん
  山の葉をいてつる月のすむそらの
むなしくなりぬわかこふらくはかひなき
ことをのみきこゆれと后宮さへおはしまし」(6ウ)
てひま(ま+も)なきよしをのみきこゆれは
  あらたまのすとかたけかきひまもなく
へたてそふらしかせもゝりこすたえぬ
思ひによろつのことおほえてあけくらすに
あけむとしもろこし舟いたしたてらる
へき遣唐副使になしたまふへきせむし
あり大将もみこもいみしきことにおほ
せとすへてすくれたるをえらはるゝわさ
なれはとゝめむちからなし弁君ひとかたなら
すちの涙をなかせといつれも心にかなふわさ
にしあらねはみこつゐにまいり給ぬとき」(7オ)
めきたまふ事いみしきをみきくに
いとゝあちきなさまさりてかくなむ
  おほかたはうきめを見すてもろこしの
雲のはてにもいらまし物をあさゆふの宮
つかへにつけてたへかたき心をもなか/\ひと
かたにおもひたゆはかりこきはなれなんも
ひとつにはうれしけれとおやたちの気色
をはしめおはせんさまをたに見きかさら
むことを(を+いみしう)思に月日すきてその程にも
なりぬ式部大輔なる参議安倍のをきまろ
といふを大使にてつかはさるへけれはかつ/\世」(7ウ)
のはかせ道/\の人あつまりさえをこゝろみ
いとゝしういとみならはすにこの少将すへて
いたらぬ所なくかしこけれは御門もいみし
き物におほしめして春正下のかゝいたまふ
いまはといてたち(ち+て)京をいつるにたかきいやし
きむまのはなむけすよすからふみつくり
あかしていてなんとするにいみしうしの
ひてたまへるかむなひのみこ
  もろこしのちへの浪まにたくへやる
心もともにたちかへりみよいまはとま
いり給しのちひとこと(と+葉)の御なさけもなかり」(8オ)
つるを心うしと思になをおりすくさすの
たまへるをみるにちの涙をなかせとつかひは
まきれうせにけれはたゝとゝまる人につ
けて女王の君のもとに
  いきのをに君か心したくひなは
ちへの浪わけ身をもなくかに大将はなに
はのうらまておくらんとのたまひしかと
母宮かきりあらむ神のちかひにこそゝはさ
らめこの国のさかひをたにいかてかはゝなれ
むとのたまひてこそより松らの山に宮を
つくりてかへり給はむまてはそなたの空を」(8ウ)
見むわかきおいたるとなきうかへる身のとを
きふなちにさへこきはなれたまはむに
なみかせの心もしらすたれもむなしく
あひみぬ身とならはやかてそのうらに身を
とゝめてあまつひれふりけんためしとも
なりなんといてたち給へは大将かきりあるみや
つかへをゆるされたまはねとすみ給はんさま
をたに見おかむとそひたまへれは道の程
ことにかはれるしるしもなしおいかせさへほと
なくて三月廿日の程に大宰府につき給ぬ
大将さへそひおはすれは帥の宰相いみしく」(9オ)
けいめいしてあそひしふみつくるこれに
日ころとゝまりて四月十日あまりふなよそ
ひしたまふゆくえもしらぬ海のおもてを
みたまふにかねて思ひしことなれと宮は
こゝろよはくなかしそへ給
  けふよりや月日のいるをしたふへき
まつらの宮にわかこまつとて大将殿
  もろこしをまつらの山もはるかにて
ひとりみやこにわれやなかめんいかはかり
かはかくてもおはせましけれと宣旨おも
けれはかへり給なりけり弁少将うちたゝ」(9ウ)
  なみ地ゆくいくへの雲のほかにして
まつらの山をおもひおこせん世のつねなら
すいかめしき舟のさまもたゝおしいつる
まゝにはかなき木の葉はかりにみえゆくはて/\
は雲もかすみもひとつにきえゆくまて
みすをひきあけてなかめ給御けしきの
かきりなくかなしきを大将は我しもおとる
へきならねといかてすくしたまふへき年
月ならんとあはれにみすてかたけれと
かはかりもためしなきことゝひんなくも
のたまはせしかは七日ありてかへりたまふ別」(10オ)
も又あはれなり大将
  しらさりしわかれにそへるわかれかな
これもや世々の契なるらむ宮
  いかなりしよゝの別のむくひにて
命にまさるものおもふらんとてもおし
あてたまふをよろつになくさめていて給も
めつらかにあはれなりこの君ゆへうれし
くもおもたゝしき時もそこらおほかりし
かとも又たくひなくかなしきめをみるにも
さま/\おほしつゝけられていたくなき給
大将ことしそ四十六になりたまふさかりに」(10ウ)
きよけにてうす色のかたもんのさしぬき
にもえきの御なをしうす色くれなゐな
とわさとならぬしもいみしうめてたし
みこは卅四になりたまふしろき御そともに
うすき(き$いろ)もえきなとことなる色あひならねと
かきりなくあてになまめかしき御さま也
少将はさま/\かへりみのみせられて心ほそく
かなしきにもかのみこの御ふみをは(は$そ)あたり
さらすそもたまへる
  たくへける人のこゝろやかよふらん
おもかけさらぬなみのうへかな」(11オ)
  わたの原おきつしほあひにうかふあはを
ともなふ舟のゆくえしらすもさい将もわか
きめこをとゝめてひとりいてたれはまして
おいのなみたそひて
  かすかなるみかさの山の月かけは
わかふなのりにおくりくらしもおもひ
しよりも雨かせのわつらひなくして七日
といふにそちかくなりぬとてうらの気色
はるかにみえいはのさまなへてならすおもし
ろきその夜めいしうといふ所につきて
ことのよしかの国の御門にそうせさすまつ」(11ウ)
この国のかみいてむかひてふみつくりあそ
ひなとす人のかたらふこゑとりのさえつる
ねもみし世にゝすめつらしくおもしろ
きにゆくゑなかりつるなかめはすこしまき
れぬれとさま/\思いてらるゝ事おほく
てこしかたのうみをはるかになかむれは
あをきなみかすかにへたてゝ雲のいくへ
ともしらぬにあるかきり物かなしきなかに
も少将はさま/\わすれぬおもかけそひて
うちなみたくむ気色をしらぬ国の人
もあはれとみてたひねも露けかるまし」(12オ)
う思おきてつゝこまかに心しらへは宰相も
かたみにふみつくりかはしてけうありと
おもへれはかくめつらしき人のいてきそふ
をなをかしこき国と思へりほとなく
めしありて宮こにまいる程はるけ(け$かにとを)き山
河野はらをすきゆけはきひしき
道さかしき山をこえつゝゆくに五月の
雨はれすいとゝかさやとりもわつらはし
けれとみやこにまいりぬれはこのころ御門
三十よはかりにていみしきひしりの
御代なり未央の前殿にいて給てこの人々」(12ウ)
をめさるゑふのつかさともいつくしく
ちんをひきてまもりたてまつるなかをわけ
て御前にまいる程まつ楽のこゑをとゝのふ
すくれたるかきりなれはくちをしきこと
なしつきにふみなとつくりておの/\心
見たまふにこの少将さえの程を御らんす
るにけしうはあらすかしこきはさるもの
にてかたちのいとめてたきを御めとゝめて
御らんすとしいくらにかなるとゝひ給へは
宰相十七になるよしをまうすいまたいはけ
なかりけるほとをいかてかはかりはたありけ」(13オ)
むとあはれからせたまふいとわかきうちに
かたちのすへて世になきさまなれはあはれ
におほされてとをくもつかはさす宮ちかき
あたり時の大臣におほせられてさるへき心
まうけともえもいはすせさせ給あけたては
宮のうちにめしてさま/\の道を心み
ならはせたまふなに事にもすへてもと
の国の人およひかたくのみあるにつけて
人はめさましう思かたもあれと御門さら
むするやうありていみしうめくみかへり
みたまふこの人ひとりをめしぬきていと」(13ウ)
けちかくかたらはせたまふを大臣さるへき
人/\もなをわさとふみをたてまつりこと
葉をつくしていさめたてまつるわか君あめ
の下しろしめしゝよりいさめことにした
かひまつりことをおさめ給事なかれにさほ
をくたすかことしいやしきくさかり山かつ
のことまてすてたまはすいまはるかなる
さかひよりわたりまいれるたひ人の
よはひいたらぬをちかつけもちゐたまふこと
御代のきすとなりぬへしといさめたてまつる
をまことにあやしきまてもちゐ給はす」(14オ)
漢武の金日[石+単]わか国の人にあらさりき
【漢武】-カンフ
【金日[石+単]】-キムシチテイ
人をもちゐる事はたゝそのかたち心に
したかふへしとの給ていとゝしたしくのみ
ならさせ給をあやしきまて思ひあへれと
けにかたち身のさえたくひてみえぬさま
なるをあはれに御らんすれはいみしう時め
かさせたまふ道々の(の+こと)ふみの心をもいとなつ
かしうのたまはせしらするにましていく
はくの日かすならねとさとりふかくのみ
なりゆくいはけなくおはする太子をつねに
御前にてうつくしみたまふ時かならすさふらは」(14ウ)
せてことになれつかうまつるへき御けしき
あるにつけて人はいみしう心えぬことにお
もへれとこの人ゆへそかくいさゝかかたふき
あやしまれ給こともいてきけるさまこと
なる舞ひめともかすしらす花のことかさ
りてえもいはぬしらへをとゝのへこの国の
かほよき人をあつめて心とゝまるへきこと
をせさせたまへともこの国にてたにいみし
うしつまれりし心なれはさらにみたれす
かきりなくおさめたるをかの国の人は
思ひしよりもまめなりけりとありかたく」(15オ)
御らんすいたはらせたまへと国のならひ
いともきほりにこと/\しくていさゝかの
たかひめあらはかならすおもきあやまちと
なりぬへきをみるに心をそへてつゝし
みたれはたゝひとりねをのみして秋
にもなりぬ八月十三日の月くまなくす
みのほりて三十六宮まことにのこるくま
もなくおもしろきに夜はことなるめし
なくてまいることなしちむのつは物いつ
くしうこゝのへをまもりいている人をも
きひしくとへはわさとわけいることもせす」(15ウ)
いとまある心地してれいのひとりなかめ
ふしたるに心は三千里の外にあくかれて
すみなれしかたの恋しさもいとゝまき
るゝかたなけれはたゝ人一二人をくして
ゆくえもなく道にまかせていつれはしり
しらぬ秋の花色をつくしていつこを
はてともなき野原のかたつかたははるかな
る海にてよせかへる浪に月の光をひた
せるをはるかになかめやりてみちにまかせ
てむまを(を+うち)はやめ給へは夜中はかりにもなり
ぬらんとみゆる月かけに松かせとをく」(16オ)
ひゝきてたかき山のうへにかすかなるろう
をつくりてきんひく人ゐたり心に
いりたることにてろうのもとにのほるいし
きさはしのしもにむまをとゝめておりて
のほれはまたいとゝをし上はしろきすな
こにておろそかなる(る+屋たてりろうは南によりてはるかなる)海をみおろしたり
ことに人のけはひもせすきんのこゑはかり
いふよしなくすみのほりてかきりもな
くおもしろきにいかてこのてならはむの
心ふかくてあまり人はなれにけるけはひは
おそろしけれとこのきさはしをのほれは」(16ウ)
人やくるともおもへらすとしは八十はかりに
てしろくさらほひたれとよしありけたか
きおきなのないかしろのほうしをしいれ
てそはにすゝりふてはかりおきてちりも
くもらぬ月かけに琴をひくなりけり
きさはしのうへのこしにゐてとはかり
きくに心はすみまさりて涙はほろ/\とこ
ほれぬ人のかくてゐたるを見いるゝさま
にもあらすこゑはいとおもしろくて琴の
こゑにあはせてさうかしたるにるものなく
めてたしうち見おこせてあやしとも思へ(思へ$覚え)」(17オ)
られす又いふこともなく心をすませる
さまなれはたゝきゝゐたるにあか月に
なりにけり月のいりなむとする(る+時)に琴を
そはなるふくろにいれてさしおきつかう
らんのもとなるつえをとりてろうより
おりゆくにきんのこゑをきゝてよすから
きゝあかしつるたひ人の心のうちをおもし
ろくつくりてひとりことのやうにすんする
をきゝてきさはしのなかの(の$)程にとゝまりて
やかてふみをつくりかへすいまはつかさを
もかへしたてまつり世にもつかへすして」(17ウ)
このろうに月をみる身となれゝと日の中の
人めつらかなるかたちを見てよろこふ心ある
よしをそつくれるなをいかてこの琴のふか
き心ならはんとおもひてなをゝくりてまた/\
ふみをつくりかはすにこの人おしふる程に
その名をとひそのこゑをきかさりし
さきよりこよひこゝにして君にあはむと
いへることをしれりき君は人の国にきん
のこゑをつたへひろむへき契によりて
ちゝ母をはなれてわかくにゝわたれりこよひ
我にあふ事契なきにあらすわれこの国」(18オ)
にとりてきむをたつさはれる事七十三
年このこゑによりて身にあまるくらゐを
たまえりはからさるにえい花をほとこす時
ありき又このこゑによりてよこさまなる
うれへにあひ心にあまるかなしひにのそめ
りきつゐに上柱国太子傅河南尹を
【柱】-チウ
【傅】-フ
【河南尹】-カナムイン
さつけらるとしおとろへ身きはまりて
たちゐもやすからすやまひおかすにより
てつかさをたてまつり身をやすめてこの
ろうに月をみるに四とせになりぬ秋の月
春の花の時たゝこの琴のこゑによりて」(18ウ)
心をのへのこりの身をやしなふしかあれとも
ふかくこの琴の心をしれる事いまの世に
とりては華陽公主ときこゆる女みこにはおよ
【華陽】-クワヤウ
ひたてまつらす君はかのみこのてよりこの
ねをはつたふへき人なりかのみこは八月
九月のつきのころかならすしやう山といふ
所にこもりてことのねをとゝのへ給かれは年
はしめて廿我にをよはぬ事六十三年女
の身なれと前の世に琴をならひてしはし
この世にやとり給へるゆへにをのつからさとり
ありてそのてを仙人につたへ給へりさらに」(19オ)
みやこにかへりてかならすかの山をたつね給へ
このてをつたへんとおほさはゆめ/\みたれたる
心をとめてまのあたりいさきよくしてこの
てをならひたまへこの事心よりほかにもらし
たまふなこの国のならひはひろきにゝてせはし
ゆるへるにゝてかたしまことにふかき所を
あらぬ国の人におしふる事はおほやけこと
にいさめ給へとわれ世をのかれてのちとしを
へたるうへに仏道をならひてすてに戒をた
もてりそらことのつみをおそるゝゆへに
この事をきこえつるなりそのこゑをならひ」(19ウ)
しりてのちこの国にてゆめ/\人にきか
せたまふなかのてをつたへ給はむ程心よりほ
かにみたるゝ所ませ給なわれこの世に命
をうけたること八十年いくはくの月日にあら
ぬうへにわかくに(に+おほきに)みたるへきによりて又あひ
みむことかたしこよひのたいめんを契と
して後の世にかならすふたゝひあひみる
ことあらむとす又このことをわすれ給なと
いひてろうのうへにかへりてこのひきつる琴
をとりてさつくこれをもちてかのしやう山
をたつねたまへそのねをつたへてのちに」(20オ)
わか国にてそのこゑをたて給ことなかれと
返/\契てあけゆく程にあ(あ$わ)かれぬれはすゝ
ろにものかなしくてかへる道すからなかめを
のみそするくれもはてぬにいそきいてゝ
きゝしかたにたつねゆくいみしきむま
をいとゝうちはやめつゝ夜中にもなりぬら
むとみゆるほとにおなしことたかき楼の
うへに琴のこゑきこゆはるかにたつねのほ
れは道いとゝをしこれはかゝみのこと光を
ならへいらかをつらねてつくれる物からやかす
すくなくかりそめなるやに人すむへしと」(20ウ)
みゆれとわさと木かけにかくれつゝ楼をた
つねのほれはいひしにかはらすえもいはす
めてたき玉の女たゝひとり琴をひきゐ
たりみたるゝ心あるなとはさはかりいひし
かとうち見るよりものおほえすそこらみ
つる舞ひめの花のかほもたゝつちのこと
くなりぬふるさとにていみしく(く$と)思ひし
かむなひのみこも見あはするにひなひ
みたれたまへりけりあまりこと/\しくも
みゆへきかむさしかみあけ給へるかほつき
さらにけとをからすあてになつかしうきよ」(21オ)
くらうたけなることたゝあきのつきの
くまなき空にすみのほりたる心地そする
にいみしき心まとひをゝさへてねんし
かへしつゝかの琴をきけはよろつの物ゝね
ひとつにあひて(て+空に)ひゝきかよへることけにあり
しにおほくまさりたりとかくのたまふ
こともなけれとたゝゆめ地にまとふ心地な
からこのえし琴をとりてかきたつるをみて
もとのしらへをひきかへてはしめより
人のならふへきてをとゝこほる所なくひと
わたりひきたまふをきくまゝにやかて」21ウ
たとらすこのねにつけてかきあはすれは
わか心もすみまさるからにすゝろにふかき
所そひてやかておなしこゑにねのいつれは
てにまかせてもろともにひくにたとる所な
くひきとりつこれも(も+月の)あけゆけは琴(琴+を)おし
やりてかへらんとしたまふ時にかなしき
ことものにゝすおほえぬなみたこほれおち
ていひしらぬ心地するにみこもいたう物を
おほしみたれたるさまにて月のかほを
つく/\となかめた(△&た)まへるかたはしめにるもの
なくみゆれいのふみつくりかはして別」(22オ)
なむとする時このゝこりのては九月十三
夜よりいつよになんつくすへきとの給
  雲に吹かせもおよはぬなみちより
とひこん人はそらにしりにきとの
たまへは
  くものほかとをつさかひのくに人も
またかはかりのわかれやはせしときこゆる
ほともなく人/\むかへにまいるをとすれは
はしのかたの山のかけよりのたまふまゝ
にかくろへいてぬあけはてぬさきにといそき
かへれとみの時はかりにてうちやすみ給へと」(22ウ)
身には心もそはすなかめられてさらにいみし
き心のみたれもいてきぬへきかなと心ひと
つにのみそ思ひくたくるこよひはひむなけ
にのたまひつれとかひなきなからおはすら
むさまをたに(たに$も)いかてみむとおもへと御かと
月のえんしたまひて夜すからあそひ
あかしたまふつきの日もいとまゆるされす
まつはしくらさせ給雨いみしくふりて
心ほそきたひねもいまさらにおもかけ
そへるはけにあちきなき身の思ひ也
  しらさりしおもひをたひの身にそへて」(23オ)
いとゝ露けきよるの雨かなおなし月日
もところからはひさしき心地するにひとり
ねの秋の夜はまして思のこすことなけ
れともかの御かた身のねをたにえかき
ならさすありしおしへをおもへはいとゝ
のみつゝしむさへなくさめかたけれは
  わすれしとつたへしことのねにたてゝ
こひたに見はや秋のなかき夜からう
してあけゆくつゝみのこゑに勅使いそき
きて今日も御あそひあるへきよしいへは
日たかうみなまいりあつまりぬ心はそらに」(23ウ)
のみうきたちなからさま/\あそひくら
すにれいのいとまゆるされすよもあけぬ
かのみこはけふそみやこへかへり給いはけ
なくてこの山に物忌し給ける秋の月の
夜仙人くたりてこの琴をゝしへけるに
よりて八月九月のつきのさかりにはかなら
すかの山にこもりてこのねをならし
たまふいまの御門のひとつ后はらにて世に
なくもてかしつきたまふみこなれはあめの
したなひきしたかひきこえぬ人なし
こゝのへにいつかれいり給をはるかにきくに」(24オ)
いふかひなくものかなしくてたゝの給し
ほとをまちわたるにはかなくすきて
九月十三夜にもなりぬ御門きのふより
なやましくしたまひてめしなけれは
くれもはてすれいのまとひいてぬ楼のけ
しきかはれることなしのこるてともひき
つくしたまひてれいのあけかたになり
ぬ月もいりなむとするにかへりおりね
とのたまふすへてうこかるへき心地も
せす御さまかたちはさらにもいはすはかな
き一こと葉御そのにほひまてまことに」(24ウ)
たくひなき御けはひをちかくてみたてま
つるはうつし心うせはてぬれとこよひな
むこのねをひきあはせて心みるへきと
のたまふをたのみにてなく/\かへりいて
なむとす
  てなれぬるたまのをことの契ゆへ
あはれとおもひかなしともみるとてもれい
のいそかしたまへはかくろへいてぬるなこり
ありしよりけに物かなしけれはこのわた
りちかく山のかけにやとりて日をくらす
  おほそらの月にたのめしくれまつと」(25オ)
山のしつくに袖はぬれつゝくれには契た
かへすこの手をならひあかしてわかるゝ空
ことに心をつくしてもあまた夜をすき
ぬれとなをかきりのたひの思はせきや
らんかたなきにことのねもつたへはて
ぬれはうちはへ涙にくれたるけしき
をかきりなくあはれと見給あか月ちかき
つきのかけをつく/\となかめ給まゝに
なみたのこほるれは
  たまのをのたゆるほとなき世のなかを
なをみたるへき身のちきりかな」(25ウ)
  たまきはる命をけふにかきるとも
身をはおしまし君をしそ思御手を
とらへてむせかへりなく気色をみこもいと
あはれと見たまへとこの楼はむかしひしり
のたておきし時よりいさきよき地と
してさらにみたるゝことなし日月そら
にしり地神しもにまもりたまふ所也
山のさますくれてふかき琴のねにかなへ
るによりてこの所をしめてこのしらへをな
らふこと七年になりぬ仙人とき/\かよひ
てことをつくろひ楼をかさる我もこの世に」(26オ)
なかゝるましけれは一生のゝちかならすこゝ
にかよひてきんのねをきかんとすかゝる
ちかひある所になかくうきあとをとゝめ
あるましき心をみえなは天地のまちみむ
ことも(も$)はつかしけれはいきてもしにても
身にはかふましこのことのねをつたへかく
まてなれぬるも契のなきにはあらす心の
ほかにうかりけるひとつゆへに世のそしり
をおふへき身となりにけれはかくたつね
おはせしなりされとこの世に命をうけた
ることいくはくならぬうちにこのかたに」(26ウ)
みたれあらはかならす身をほろほすへき我
身なれとしゐて命にかへておほすにし
あらは十月三日つきのいりなむとせん時禁中
の五鳳楼のもとをたつねおはせかならすそこ
【鳳】-ホウ
にいてんとのたまひてこよひはつねよりも(も$)
ことにいそかしおろしたまへはきこえむか
たなくてなく/\かへりゆくに道すからおも
かけそひてかなしきことありしよりけ也
  みねはうしちきるその日ははるかなり
なにゝいのちをかけてすくさむ御門はしはし
のことにやとくすりなとしたまひしかと」(27オ)
いとおもうおはしてなやみたまへはあるかきり
思ひなけくにおこたるさまにもおはせて日
ころへぬことなるめしなくてはまいらねと
又この人をあかすあはれにおほしてよろし
くおはするひま/\にはめしいてつゝかたしけ
なくのたまひかたらふあらぬ国の人として
あひみる日かすゝくなけれと汝はかならすひと
たひは国をたいらくへきさうあり我この
やまひつゐにおこたらすは世みたれなんと
すなむちかならす太子にしたかひておそれ
のかるゝ心なかれいのちあやふみなくして」(27ウ)
かならすもとの国にかへるへし思ゆへありて
このことをもらしついま見きく事を
もとのくにゝしてあたにかたりもらすことな
かれ人の国にかへりさるとも前の世の契あり
てつゐに我身にはなれゆへあるへし
かならすこのよしをわすれす我こと葉を
そむくへからすとのたまふいみしうかなしう
てもとの国にてさらにゆみやのむかふかたを
しらすいふかひなかりしよしを申に人々
まいれはのたまひさしつもとつかうまつる
人よりもこまかにの給へるをあはれにかなしく
おもふ十月三日にもなりぬたのめ給しもし」(28オ)
まことならむ時とおもふよりいとゝ心はさはきて
かの楼のもとにまちゐたり宮のうちつね
よりもつは物いつくしくわつらはしき気
色なれとわりなくまきれいりたるにけに月
のいつ(つ$)る程いたうもまたれすいてをはし
たるさまかたちなか/\かの月かけよりけに
めてたきをみるまゝ(まゝ$)になみたはさきにたち
て回廊のいしのたんにたゝ時の程あか
きとひらをひきたてたれはいとくらきに
うちにほひ給へる御そのにほひなとはなへ
てのかうにしみたるにもあらすたゝ世のつね
ならすなつかしうかきりなき御けはひみて」(28ウ)
もあかぬにかた身にとりあへすこほるゝ涙
にくれつゝなに事もえ(え$)きこえあへす思
いりたるさまいみしきに女もうつし心うせ
はてゝそれもむかしの契といひなからいとか
うあるましき心つかひをしつるも我心の
あやまりにもあらす琴のこゑによりてかなら
す身をほろほすゆへともなるへしと仙人の
おしへしを思へはいまこの時なりこれをか
きりとおもふとも人の心ならひさてし
もえやむましきわさなれはつゐにみたれ
いてこんとすまことに我をしのふ心ふかく
あらぬ国にてもわすれたまふましくは」29オ
こよひあたの命をうしなひてかならす
のちの世の契をむすはむとのたまひて
したものこしよりすいしやうのたまのて
にいる程なるをとりいてゝつゐにわか契を
わすれすの給まゝの心ならはこのたまを
身はなたすもちていみしき雨かせのさはき
なみのしたなりともつゐにおとしうし
なはてわか国にかへりたまへきけは日本に
はつせてらといひて観音おはすなりかの寺に
このたまをもてまいりて三七日そのほうを
をこなひたまへさてのみなんこの世の人の
そしりをゝはてかならすふたゝひあひみる」(29ウ)
へきとの給てまたふけぬ程にかくろへいり
たまひぬるなこりいへはさら也袖をゝしあ
てゝなく/\この玉をにきりもちてわけい
つる心地はたしやう山をいてしあかつきに
すきたり
  さめぬよの夢のたゝちをうつゝにて
いつをかきりの別なるらむみこは宮に
かへり給ておほしつゝくるにさま/\うかり
ける契はさらにもいはすわか心もかうなから
この世になからへはかならすうき事(事$名)をとゝ
むへき身なりけりとおほすによろつに
思ひとちめつれはくらき夜の空をひとりな」(30オ)
かめて心のゆくかきり御てにまかせてひき
すましたまへる琴のねみかきの松かせに
かよひあひていふよしなくものかなし
きにいなつましきりにして雲のたゝすま
ひならねは
  いなつまのさやかにてらすくものうへに
わかおもふことはそらにみゆらしうき身は
こよひにかきるともしやう山の月のもと
にしてつたへしことのねに契たえすは
浪のほか雲のよそに身をかへあるいは天と
なりあるいは人となるともこの琴かならす
わすれすたつねことのたまひてたまの」(30ウ)
すたれのなかはをまきあけてことをゝし
いてゝしろきあふきの御かたはらなるして
うちあふきたまへるにきむのことそらに
のほりてはるかにとひさりぬるをつく/\と
うちなかめてなみたのこほるゝをあふきにま
きらはしてかたはらふしたまへるさまとう
ろの火の光のほのかなるほかけにゝるもの
なくめてたきをやかて露のきえゆくやう
にいふかひなくみえたまへは御前にさふら
ふかきりさはきたちてなきとよむに御門も
きこしめしつけていといふかひなくくち
をしきことをおほしなけくあけゆくまゝ」(31オ)
にいまはかきりの御さまなれはいふかひな
くてまつこゝのへをいたしたてまつらんと
さはくみかきのほかにてきゝつけたるあけ
ほのゝ心地そいふはおろかなるいける心ちもせ
ぬに御門もほとなくうちつゝきかくれ給ぬれは
国のうちおもへるさまいみしきはさる物にて
この御かとの御子またいはけなくおはする
太子にたちたまへると御おとゝの燕王と
【燕】-エム
きこゆると国をあらそひてつはものゝみ
たれたちまちにいてきぬしたしうつかう
まつりしかきりは太子の御方にてまとひあ
へりかつならひたる人もいくさのたけく」(31ウ)
いさめるにおそれてあなたに心をつけあるい(い$)は
ひきてうつりゆくあるはつは物をあつめて
后太子をかたふけたてまつらんとすいへを
ならへかとをならへてたゝかひのほかの事
なしあるははかりことあらはれてめしとりて
命をほろほされある(る+い)は将相(相+国)のまつりことを
【将相】-シヤウシヤウ
しりつは物をつかさとるへき人々をはかり
ころしてわけてあなたにしたかひさはかし
きこといはむかたなしこの人はこと国の人
なれとみなこなたにましはりて心よりほか
にいくさのうちにいていれとかの国をみはな
たぬことよりほかになくていかてこのくにを」(32オ)
さりなむと思へともたかひにまもりいまし
めつゝいさゝかのひまなししゐてにけいてゝ
も又かなふへきならねは思やるかたもなし
御門もみこものちの御わさといふことなくたゝ
いくさにまつはれてはかり事をさためつは
ものをえらはるゝほかのことなしとしも
おとなひよろつの事をみつからおこなひ給
かたはさこそいへいくさのたけもこよなく
はかり事もかしこけれは日にそへてつより
ゆくにつゐにかたきのつは物[水+童]関といふ
【[水+童]関】-トウカン
せきをこえぬいくさのたけくやさきのけ
やけくいさめることおもてをむかふへきにあら」(32ウ)
すとてふせくつは物あめのあしのことくにけ
かへるをとなひいふよしなくおそろしきに
御門母后ひとつ御こしにのり給てにはかに
未央宮をいて給ぬさすかに文武のつかさを
【未央】-ヒヤウ
【武】-フ
したかへてさるへき国のたからともはもたせ
たまへれと我さきにとまとひいつる道
せむかたなきに心よりほかにともなひ
そめてのかれいてんかたもなけれはよるとも
いはすはせはしるよりほかのことなしお
ふつは物はいかめしくいかれるかきりを
えらひとゝのへたりこなたはいはけなき
君に后をさへ(さへ$)そへたてまつりてもてあつ」(33オ)
かへはおなしさかしき山ふかき水をも
所せくゆきなやみつゝおなし道も
やすからぬにおふいくさすてにちかつき
ゐぬるよしを申に(に$)わつかにしたかひたて
まつるつは物(物+は)心よはく道のかたはらにのか
れとゝまり山はやしにかくれつゝ宮こ
をいてし時のなかはにたにおよはす日の
くれかたにあれたる寺のうちにゆきかゝ
りてのかれむはかりことなくまとひ
             あへり」(33ウ)
(白紙)」(34オ)

  松浦宮二」(34ウ)
十月廿日あまりなれはみねのあらしはけし
く吹はらひてよもの木の葉もきほひかほ
なる山の色/\すこしうち時雨たる雲のた
えまの日かけさへけはひ物さひしきに御こ
しのかたひらはかりまきれぬいろにみわた
されてさすかにさゝけもたる天子のしるし
のはたのかす/\かせにひるかへるも雨露に
いたくしほれて色あひすさましきをみる
かきりこの道にともなひ(ひ+はて)たてまつらん心ある
人はすくなけれとさてはなれにけても身の
たすからん事はかたきにもの思ひわきまへ
たるたくひもなし后むねとたのみ給へる臣
下をめし(し+よせ)てかさねてはかりことをさため給」(35オ)
燕のいくさのやさきをおそるゝによりておろ
かに宮このさかひをいてぬ蜀山のはるかに剣
【蜀】-シヨク
【剣閣】-ケムカク
閣のさかしきをたのみてわつかに人の命を
たすけんとするに道とをく人つかれてあな
たのいくさすてにちかつきにたりいふかひなき
道のかたはらにやとりてかりはにいてたるかせき
のことくに命をほろほさむことおなし身の
はちといふなかに思所なく人の世まてかた
りつたへられんことを(を$は)おの/\いたみおもはさ
るへしやおなしううしなはん命をなを
一かたおもひうる所ありてあたのはかり事
をみたらんこといかゝすへきとの給にさらに
はかりことをいたしわきまへ申人もなし」(35ウ)
おもての色/\かはりこと葉こゑをうしなひて
思まとへるさまゝことにこときはまりてみゆ后
かさねての給かの大将軍宇文会人のかたち
【宇文会】-ウフムクワイ
にして虎の心ありむかふ所の山をぬきいつる
【虎】-トラ
や石をとをるたとひいくさのたけひとしく
とも人のちからむかふへきにあらすいはむや
わかゝたはにけのかれてかれか十分におよはす
ひろき野中にていとみたゝかふへきにあら
すゝみやかにすきつる山にかへりいりてかれか
いくさの行すきんうしろをゝそひて前う
しろにこゑをあはせて心よくたゝかひておなし
ちりはひともならんはかりそいま一のはかり事
なるへき宇文会心のくにをやふりそむき」(36オ)
ちからのむかふ所をやふるはかりにてはかり事
おろかにつは物をもちゐる事かろ/\し
かならすその心さしをうしなひつへしと
のたまふ時になをかへりむかはむと思へるたくひ
すくなし后とりわきてこの弁を御こしの
かたはらによひよせて身つからかたらひ給さかひ
のほかしらぬ国よりわたりきて君臣のよし
ひあるへき月日をたにおくらねはみすてらる
ましきゆへもなけれとさるへくてとそ大行皇
【行】-カウ
帝も人よりことにおほしいたはりけふかゝる
うれへの道にもともなふ身となるらめすき
給にしのこりの恩をわすれすは今夜せめ
きたるをあひふせくはかりことをめくらして」(36ウ)
はけみたゝかふへし和国はつは物の国として
ちひさけれとも神のまもりつよく人の心
かしこかんなりことなるはかり事をいた
しちからをつくせとなく/\の給に(に$)ときに又
物をとかく思まする身にもあらさりつれと
さらすとていまはにけのかれむかたもなし
けふにかきりつる身なれはゆきわかるとてやす
かるへき道にもあらすかたしけなくうちむかひ
たまへる(る+かほかたち)御こゑけはひのきよらにうつくしう
らうたけなること御位の程かきりあるにや
あはれにかなしうみすてたてまつりかたきに
御くちつからの給へることをいなふへくもおほえ
ねは本国にしてゆみやのむかへるかたをしら」(37オ)
さりきたゝあたにむかひて命をほろほして
国のおんをほうすへきよしを申てさらに
きつるかたへかへりむかはむとすせんたいのたのみ
たまへりし大臣大将軍もこの時人にはかり
うしなはれぬす人にさしころされなとし
つゝかたへはうせにけれは后の御せうと大尉衛
将軍[登+刀]立成司空済陰候長孫慶車騎将軍
【[登+刀]立成】-トウリツセイ
【司空】-シクウ
【済陰】-セイイム
【候】-コウ
【孫慶】-ソムケイ
【騎】-キ
上柱国楊巨源龍武大将軍独孤栄といふ四人
【柱】-チウ
【楊巨】-ヨウキヨ
【龍武】-リヨウフ
【独孤栄】-トツコエイ
をむねとしてうちむかはむとす尚書左僕射
【尚書】-シヤウシヨ
【僕射】-ホクヤ
王猷左将軍陳玄英御こしにつきて心さし
【猷】-イウ
【陳玄英】-チムクエムエイ
はかりはおの/\おこなへとしたかふつは物いく
はくにあらすまして我本国の人ゆみや
をもたすいふかひなきゝはまてとりあつめて」(37ウ)
五六十人はかりたゝ御気色のそむきかたく
かなしきはかりに身をかへてすゝむ道の
さきにたちぬわか本国の仏神を念した
てまつりてはるかにかへりむかふ道やう/\日は
くれはてゝいとくらき夜に深山にいりていはを
こえ木のねをふみてまとひゆけはかたきに
むかはぬさきにおちいりしぬるもの(の+も)おほかれと
めくれる山のまへははるかなる海つらの又道も
なきを見おきて葉山のしけりにかくろへ
てはるかにみわたさるゝ程にはかなき木の枝
木の葉をかきあつめて人一二人をとゝめおき
つわれははるかにきつるかたにかへりてたかき
みねにおりゐてまつにおふいくさ三万人許」(38オ)
夜のあけかたにこの浦をすきゆくにとをり(り+は)つる
ほとにたかきは山のおちこち二三十里はかりに
ひとたひに火をあはせてけふりをたつるくらき
よの空にみえまかふ時うしろにこゑをあはせ
ておほきによはひてはせくたるに思はぬかたに
かたきをえてむかひあふ心なしまへうしろ
一たひによはひあはせたるにつゝまれぬと思に
心をまとはして海のかたへはしりたふるゝ時
山のかせきをゝふかことくいはらふやさきにあふ
物なし大将軍宇文会あめの下ならひなき
つは物にてちからのたへ身のたれる事世の
つねの人にゝすその名をきゝてたにふるひ
おそれぬ人なしうしろにかたきをえたれとも」(38ウ)
おとろきおそるゝ心なしすゝむかたのさきに
たちたれはふせくいくさにあひて独孤栄を
みつくるまゝにとふかことくにはせあひてその
身をひきよせてことゝはすくひをうちおとすを
見て又むかはむとする物なしむかふつは物かすの
まゝにとりひしかんとするにうしろのかたに
すくれてゆみいる物ありときゝてはせかへる夜の
しらむ程にかれとみつくるまゝにとふかことくに
かゝるをひきまうけたるやにてよろひのあきま
をいるにやをうけなからいさゝかたはむ所なくた
ちをぬきてともなふつは物七八人もろともに
ひとりをなかにとりこめむとむまのかしらを
ならへてはせかゝる時にせむかたなくて我もたち」(39オ)
をぬきてうちあはむとするをものゝかすとも
おもはす我てにいれたるものゝやうにおもへるに
ひとりと見つる左右にかたちすかたむまくら
まてたゝおなしさまなる人四人たちまちに
いてきぬるにたけき心もしはしとゝこほりて
見さためてうたむとするにたゝおなしさまなる
人又五人宇文会かうしろにはせかけてなら
へる八人かたちぬきたる右のかたより竹なとを
うちわるやうにむまくらまて一かたなにわりさき
つる時にとをくみる物又この人にゆみをひきか
たなをぬきてむかはむと思なしもとより我て
のたれるをたのみて人をもちゐる心なくてみ
たりかはしくかりあつめたるいくさなれは名をゝし」(39ウ)
みはちをしる物なし山にかくれ水にいりよろ
ひをぬきゆみやをすてゝまとひのかるゝをめ
にかゝるにしたかひてうちゝらしつるに日のいま
たいてぬさきに三万のいくさむかひあひてたゝ
かはむとする物なしさま/\の物をもたせて
月日をわたるへきかまへをしたれはつかれ
たるいくさかてをえてかつ/\たのしひよろこ
ふおなしすかた十人と見つる人はいぬらむ
かたもしらすたゝいまはしらぬ国の人とそしり
し心ともにもいかてかこれを思よろこはさらん
心のうちにはまして身のたすかりぬるにつけて
はちおもふらめといさゝかわか身のちからと思はす
たゝかしこき御はかりことのことのむなしからぬを」(40オ)
ほめたてまつる千よ人のいくさ宇文会かてに
かゝりつる廿人はかりならてはきすつきいため
るものなしやすみよろこへる心たとへんかたな
きに又こしかたよりつは物かすもなくみえ
てはるかなるはまをうちいてたるにおの/\
心まとひてさはきにけさらんとするにいくさ
のたけをみるにそのいきほひすてにおよ
ふへからすかれをみてにけはしるとものかる
へきにあらすいまはおなしくしなむ命な
れはかたきにむかひてこそ身をうしなはめ
としりそくつは物をもよをしてさきの
ことく山にうちのほりて又かれをまたむと
する気色やしるかりけんいまくるいくさ使」(40ウ)
をはしらせて河南道行台右衛将軍徐
【河南道】-カナムタウノ
【行台】-カウタイ
【右衛】-イウエイ
【徐州】-シヨシウノ
州刺史尉遅憲徳先帝のことにおもく
【刺史尉】-シシウツ
【遅憲徳】-チケムトク
したまひし人とをきさかひをゝさめて国の
かなしひにあはすつは物おこりぬるよしを
きゝてはせまいりつれと宇文会かいくさにへた
てられてしはらくすゝむ事えさりつるに
今夜いくさすてにむかひあひぬときゝてはせ
きたるよしをいはせたりこなたのつは物も
かねてその心さしをしりてよるひるたのみを
かけて(て$)まちのそむ人なれはおの/\なく/\
よろこひの涙をなかしてまちつけてあひと
もにかへりまいらむとすとをくてはうしろも
みえさりつれと昨日おいこしいくさにはむかふへ」(41オ)
くもあらさりけり三千きはかりそありける
燕のいくさにゆきあはむを命のかきりと
思ひてきつる道にはからすやふれしりそく
をみて海にいり山にかくれつるいくさおほくは
このてにかゝりて名をしられ官ある人いふかひ
なくいけなからとられたるをたにおもひのほか
に思よろこふにかの八人かおなし所にきりちら
されたるかたなのあとをみるにおの/\おそれ
おとろくけしきかきりなしもろともに
昨日おはしましゝかりの宮にかへりまいりぬ
蜀山の后三万のいくさを(を+ときのまに)ほろほし尉遅憲徳
をまちつけ給てかた/\によろこひのなみたを
なかしてそも/\この道にしたかへる人/\かゝる」(41ウ)
たひの空にしてはからさる三万のいくさく
つるゝかことくほろひうせぬるをみなからなを
剣閣のさかしきみちにむかふへしやいまは
これより都にかへりいらんなにのおそるゝことか
あらむとの給時に人/\なをあやふみ思へる所
おほし燕王あらたにまつりことにのそみて
国のいくささかりに胡のむまこえたりつは物
つかれてたちまちにかへりむかはんこといかゝと
思うたかへり后かさねて憲徳にかたらひ給この
いくさおこりはしめより燕王のつはものゝこはく
むかふ所のかならすやふれしことは燕王の
威におそれしか宇文会かちからかととひ給人々
みな宇文会かちからなりと申時にしかあらは」(42オ)
かれかたうとしてつは物のほまれありし
八人天のせめをかうふりてひと所にかはねを
さらしつおのかちからをたのみて人をもちゐ
すしたしきゆかりとしころのよしひにより
て将軍の名をかりいくさをねきらへしかと
その命をうしなふをみて一人名をゝしみ
はちをしる物なくして憲徳かとらへ人となり
ぬ燕王のもちゐる所は金をあませる商人さけ
の色にふける小羊なりさらにいくさのはかりこと
をしらしいまきく所その名をしられたるもの
ありやとゝひ給時におの/\いつれありといふ事
をまうさす后我おろかにいやしき女の身
いとけなきよはひにしてかたしけなくかし」(42ウ)
こき君につかうまつることをゆるされ身にあまる
位にそなはりてとかへりの春秋をゝくりし
かと牝鶏のあしたするいましめをおそれて
【牝鶏】-ヒムケイ
[木+夜]庭のせはき身のうへのことをたに君のみ
【[木+夜]庭】-エキテイ
ことのりにあらすして一事詞をくはへをこな
はさりきいまはからさるに国のかなしひに
あひて越女のおもひにしぬるあとをおはぬ
【越】-エチ
あやまちによりてみたるゝ国のはちをうく
臣下のなかにその人をえらひて国の政をさつ
【政】-マツリコト
くへきに御門の御やまひのゆかのもとに顧命
【顧命】-コメイ
をうけ給て朝をたすくへかりし人/\は
逆臣のはかりことによりてよこさまに命を
【逆】-キヤク
うしなひはてつこの道にともなふひと/\は」(43オ)
おの/\その道をまもらむとしてしりそく心
のみあれはうつは物にあらすおろかにたへぬ
身にしてたかき世にたにみたれし国のあと
をゝいてなましゐに母后てうにのそむ名を
ぬすまむとすわさわいすみやかにこときはまり
ぬれはかへさひさたむるにたにおよはす年ころ
いましめをまもりてこと葉をいたさねはおろ
かに国をみたるそしりもあらしみしかき
心におほきなることをはかることたゝけふはか
りなり宇文会すてに身をほろほして燕王
さためて手あしをうしなふことくならむこの時
をすくさすかへりいらんにさらにふせきたゝかふ
ものあらし我蜀山にのかれて燕王政にのそみ」(43ウ)
人民なかはしたかひなはいまさらにさかしき山を
いてゝおさまれる国にむかはむこといつれの日にか
あらむしか(か+し)けふいくさをすゝめてすみやかに
長安の道にかへらんにはとの給時に臣下おの/\
はかりことおろかにしてつは物つかれる事
をゝそれ申つれといまのみことのりそのこと
はりのかるゝ所なしはやく都にかへりいらせ給へ
しと申たゝしけふなをいくさをやすめて
あか月にいてをはしますへしと申時に
今夜かりの宮にとまり給弁は思よらぬちからを
つくしてはからさるにたけきほまれをきはめ
つれとそらをあゆむ心ちのみして身もいとくる
しけれはすこしくまある木のもとにやとり」(44オ)
してゐなからといふはかりうちやすめるに昨日
の御すかたなから
  なみのほかきしもせさらむ郷なから
わかくに人にたちはゝなれすとの給はせて
甲胄をはしめ物の具御むまくらを給と見て
うち見あけたれは夢にもあらすさなから
まへにをかれたりたのもしうゝれしとは
世のつねなりし水のなかるゝ所をたつねて
水あみきよまはりておかみたてまつるいまさらに
心もたけうなりてあくるけはひするにいそき
まいりぬ后憲徳立成をめして先帝のかきお
きたまへるふみをみせ給もとの位いやしく」(44ウ)
よはひいたらすともそのくんこうあらは官位をゝ
しまるましきよしなりかねてかくみし
り給へりけるをみれは申かへす人なく龍
武大将軍としてそのよそひをとゝのへたれと
此国に見ならはすおほきなる弓箭をおひ
いひしらぬむまにのりてすゝむいくさのさき
に国の人おにのことくにおもへる八人かくひ
をなかきほこにさゝけさせたるをみてゆみや
もたる物はふせきたゝかはむとする心なくにけ
かくれぬ寺々の老僧つは物にたえぬ老たる
おきなさとむらの女はら道にいてゝかつ/\
かへりたまふみゆきをゝかみよろこひたて」(45オ)
まつるのかれとまりし御かたのいくさきほひ
まいりて身のやまひおこりおやのやまゐ
をとふらひしよしを申くはゝりそへた(た$)る
いくさ万人にすきたりいたつらにとをき野
山をすきてくれぬれはなをかりの宮にやと
りたまふよるはすくれたるいくさをえらひとゝ
のへて宮をいましめまもる三日といふに
みやこにいり給はむとす燕王のいくさをゝこし
はしめ胡の国のえひすをかたらひくした
り宇文会にともなはすこの都門をふせか
【都】-ト
むとすやくらをかまへみそをほりておのかゝ
たちのいかめしきをたのみて甲胄をきす」(45ウ)
長きほこをとりとくのやをまうけてふせき
たゝかはむとするにいくさ又おそれてすゝみ
かたき時にいよ/\いさめる心をゝこして一人
はなれいつかれかみしかきゆみやのおよは
ぬ程よりみならはすなかき箭をはなつ(つ+に)かし
こきかためとたのめるあつきいたをかれたる
木の葉なとのことくにとをりてうちなる人に
あたる時えひすふるひおちてくたりしりそか
むとする時にれいの色もすかたもかはらぬ
人々かれ(れ+ら)かにけかへらんとする道よりむかひて(むかひて$)
むかひてふせきつるいくさを宇文会かことくに
うちゝらす時にまぬかれのかるゝ物なしそこら」(46オ)
の胡人ちりはひに成ぬ城をうちやふりて
みゆきをむかへたてまつるにあなたの人の
めには十人ありける人の九人は門をこえ
ていりみたれぬとみけり見をくる人きり
ふかくたちてゆくかたなし(なし$)たしかにみえねは
ことにわきまふることなしひらけるかとより
うち見(見$い)る道もさりあへす人はうちゝらされ
馬ははなれはしりゆみやたちかたな木の葉
のやうにちれるうへをふみこゆる軍かつ/\
かたなのあとをみさはく燕王宮をいてゝとひに
くる憲徳をつかはしてその身三人の子をいけ
なからとらへて金増城と云所に閉てさけをのませ
【金増城】-キムヨウセイ」(46ウ)
てころしつ御門后本宮にかへり入給このた
ひの軍またこと人のちからをからす宇文会
か友八人胡の国のすくれたるつは物七十余人
をちりはひにうちくたきつることまたてをま
しへる人もなけれといさゝかもそのゝちにほこ
らすおそれつゝしみてさつけられし官位を
かへしたてまつるいくさのちむにましはりて
あたにむかふ時に一たんの名をからすはそのゐあ
りかたきによりてなましいにかへさひ申さり
きとしわかくさえおろかなるたひ人の身に
さらにたふへきにあらすと申のかるゝを后
さらにゆるし給はす天のさつくる所ありて」(47オ)
よこさまのいくさ一時にほろひぬれと国をそむ
きしともからそのかすいまたつきすとの給
てなをこゝのへの御門をいましめまもらせ給
(+燕王にしたかひて心よりほかにもよおしいたされしたくひはみなゆるしたまふ)
こなたよりにけのかれてむかひしともから
はたつねいてらるゝにしたかひて命をうし
なひて家をほろほさるいくはくの日かす
にあらす天下おさまりはてゝ御門位につき
たまふのちにそ父御かとの御はうふりのこと
なとかれもこれもきしきをとゝのへさま/\
あるへきさほうをつくされける世の中諒闇な
るうへに后の御おきてひとへにけんやくを
さきとしてよろつのことにつけて人の」(47ウ)
わつらひをはふかる民のちからをいたはりおほ
やけのせめをとゝめてたのしひよろこはぬた
くひなし早朝朝堂にうす物ゝ長をたれて
【早】-ツトニ
【朝堂】-テウタウ
日ことにきこしめすことはてゝ露寝にいり給
【露寝】-ロシム
てはさえあるかきりをめしあつめて文を講し
りをろんして御門をゝしへすゝめたてまつ
りたまふ朝夕に国のさかへ民やすかるへき道
をのみきこえしらせ給御門いはけなくおは
しませとちゝ御門母后にもなをすゝみてむか
しのひしりの御代をしたひかね(かね$)たまふ事
ふかけれはなへての人も心をつくろひ身を
つゝしみていまよりなひきしたかひたてまつる」(48オ)
たゝ二三十日にしまのほかまてのとかにおさま
りぬかゝる中にもたゝ人しれすもとの国
にかへりなむことをのみねかひおもへとかきり
あるあとによりて三年をすくすへきうへに
いやしきゝはにたに位をさつけられぬる人は
かへるならひなしとのみ人もそしりおもへれ
はわつらはしかるへけれとこれはなにのためし
をもしらすたゝ思はん心さしをたかへしと
后の心をつくしていたはり給冬の程は海のお
もてあれて人のかよふためしなけれは春を
すくすへきよしをのたまはすれは月日をま
ちつゝあかしくらす大使の宰相は身のやまひ」(48ウ)
ありてみゆきにもつかうまつらすふかき山
てらにのかれこもりたりけるは燕王にした
かふうたかひをおひてつみにあたるへかり
けれとあやまちなきよしを申ゆるして
もとのことく月俸なといふことたまはれと
かきりあるためし三年をすくしてかへさるへき
にさたまりぬとしあらたまりてはかすみゆく
空のけしき梅のかうくひすのさえつりも
やう/\気色ことなるにましておもふ事
おほくなかめあかせとあしたには衙鼓のこゑ
【衙鼓】-カコ
をきゝておの/\いそきまいるにいとまなく
ておほやけわたくし夕にそいとしつかなれは」(49オ)
れいのことふみの心なとゝかせてきこしめ
しつる人/\かたへはしりそきぬれとこまやか
なる御ものかたりなとありていそきもまかり
いてぬ程に日くれぬ月はなやかに(に+さし)いてゝおかし
き程に后もすこしけちかくをはします
ほとにさてもことにいてんにつけて中/\あさ
うなりぬへきによりいとまなきまつりことに
のそみておろかなる心のおよはぬ所おほかるに
まきれつゝ思ひしるこゝろをたにはるけぬ
かなわか国はよこさまのわさわいおこりてたち
まちにほろひなむとしきかの宇文会身の
ちからあめの下にならひなく心とらおほかみの」(49ウ)
ことしもはらに天下をのむ心をさしはさめる
によりて御門官位をさつけ給はすちかつけつ
かひたまはさりき命をたゝるへかりしに国の
ならひえひすの国ことにこはくしてをのつ
からみたれいてくるによりてたけきつは物を
うしなはれすいやしくまつしき物にてすてお
かれたりきこれによりてうらむる心ふかくし
ておろかにむさほれる燕王をかたらひてすて
に天下をとりきかたきにむかふ程臣下の名
をかりしかとまつりことをとりてん時さらに
燕王にしたかふへからすたちまちに我朝庭をほ
ろほしまつりことをたちてんとせし時そのう」(50オ)
つはものにあらすおろかにいやしき身はわかく
およはぬよはひにて位をかたしけなくし君
につかへたてまつりし身をたちまちに宇文
会かとらはれ人となりてしゝみにはちをう
けむことかなしひの中のおほきなるかなし
ひなりしかは心にかなふ命はかりをうしなひ
て道の空にかはねをさらすはちにあひな
むとしきはからさる一人のちからによりて身
のうへのはちをのかれわかそうへう社稷を二た
【稷】-シヨク
ひおこしつきつる事こと葉にのへふてに
かきつくすへきおんのふかさにあらす世々の
おこなひきたるふるきあとにしたかはゝ時の」(50ウ)
まつりことをさつけ国の半をわかつともなをこ
のおもてふせかきにむくひかたしいまこの
時にあたりておんをむくひしやうをゝこな
はぬあとをのこす人のあやしひうたかふへ
き所なるはまつ国のならひかはかりのきはなら
ぬいやしき位を(を+たに)さつけるのちもとの国に
かへり我朝をさるためしなしかつはおんをし
りあとにしたかはゝたとひその心さしにそむく
ともおしみとゝむること葉をつくしてひとへ
にしたひ思へきをことはりなりしかあるをその
身におきては先帝もかゝみしりたまへりき
おろかなる心にも思所ありかならす本国に」(51オ)
かへるねかひふかくしてこれをさまたけは恩をしる
本意にそむくへし又その身にみやうのたすけ
ありてめのまへにあらはれたるおに神のちから
たちそひてたゝ人のならひにことなるは国
津神のしたかひまもりまちむかへ給心のふ
かきによるゆへなりとゝむともとゝまりかた
くおしむともおしまるましき前世の契
ひとことゆへによりてはけしき浪かせをわけ
しらぬ国さかひにわたれる人なれはおんをも
むくひかたく別をもおしみかたきにより
て思ひしる心は山よりもたかくうみよりも
ふかけれとおしき月日のすきゆく別をいま」(51ウ)
しはしとたにとゝめぬなむいとかなしき何
のふかきことはりよりもしらぬ野なかに
すてられなむとせし時年ころのよしひ
あるへき人もをの/\さてものかるましき命
をおしみあたにおそるゝ色あらはれてかへりむか
ふ人なかりしにしらぬくにの人いたらぬよは
ひにて我いくさのさきとしてひとの心をはけ
まされにし日はるかに見おくりしよりはから
さる世にまためくはるゝ命なりともおしむ
ましう心にちかひてし心さしの程を思ひ
しりけりとたになに事にかはおもふはかりの
色はみゆへきとの給はするまゝに御涙のほろ/\」(52オ)
とこほれぬる御かたちけはひのらうたくきよ
らなるさま春の花の雨にぬれたらむよりも
梅かゝをにほひ柳か枝にさきてたになをあか
すうつくしけなるをいとけちかうみたてまつる
にさらにたくひたになし此国人にみたるゝふ
しなくおそれつゝしみしうへに心のみたれ
しころものうらのたまをえては又わくる心を
思はなれしかとたゝうち見たてまつるよりの給
いてつる御ことの葉をそむくへきかたもなくふた
りのおやのまち給らんふるさとをいまかた時も
いかてかとおもふ命たにこの御一こと葉にかへん
はえおしむましうあはれにかなしうみたて」(52ウ)
まつるまゝに涙のみつゝきおちてきこえいつへ
きことの葉もおほえす御門のいとちかうおはし
ましての給つゝくることを聞しめすまゝに
袖をゝしあてゝえためらひやり給はぬ御かた
ちいみしうにかよひてきよらにみえ給前の
世かけてくまなく御らんししりにけれははつかし
うもかたしけなくも思つゝくる心もつきてたゝ
かしこまりてさふらふはからさるたひのみゆ
きにつかうまつりてかたしけなきおほせことを
うけたまはりし一ことに命をすてゝならひしら
ぬいくさにむかひ侍にしほかなにはかりの国
の忠となるつとめかは侍らん都をいてゝかれかや」(53オ)
さきにかゝりなむにたれものかるへきいのちに
侍らさりしかはわたくしの身のためもはけま
さるへきにあらすいたつらにちりはひとならぬ
たくひ侍ましかりしをかしこきおほせこと
にしたかひてこそをの/\身をたすくるはかり
ことゝはなり侍にしかうつは物にもたへすよは
ひいたらすしてまかりわたりしはしめふた
りのおやの思まとひし心さし又あひみすは
のちのつみさり所なく見たまへし時はかたし
けなき御あはれひありてかへしつかはされはその
命つきぬさきにあひみんはかりや古郷にむかふ
よろこひに侍へきと思給へしゆへひとつにこそ」(53ウ)
侍れときいくさのやさきにむかひし時は又君
の御うつくしひあふくへき身とも思たまへ
よらさりしかはましておなし世の生をかへすはおの
つからたのみも侍へし君につかうまつる道とく
もおそくもわたくしの心に思ねかふへきことに
も侍らすとすくよかにそうしなせと心のうちは
さま/\みたるらむかしさりやそのことはりをしれ
はこそとむるしからみもかひなけれとて物をいと
あはれとおほして十四日の月の雲まをわけて
すみのほる空をつく/\となかめたまへる御かたはら
めそなをにる物なくきよらなる
  はてもなくゆくえもしらすてる月の」(54オ)
およはぬ空にまとふ心はこと葉あやまりにや
たゝ心のうちに思事なれは人のきゝわくへく
もあらすおつる涙をかきはらふけはひのすゝろに
あはれしのはれぬにや
  あまつ空よそなるくもゝみたれなむ
ゆくかたさらぬ月とたに見はうつし心はとかや
かしこしと聞えなからいかてしり給けるふること
にか人のきゝなしのいつはりにこそはゐさり
いらせ給ぬるにほひとまりていふかたなき月
のかけなりけんかしたちいつるそらもなく
心はうかれてあけなからそなかめあかす
  みることにをはすて山のかすそひて」(54ウ)
しらぬさかひの月そかなしきさしあたりては
とまれる心ちする御にほひにうちまとろまれす
  おもふとも恋ともしらぬおもかけの
身にそふとこは夢もむすはすあやしう思
つゝけらる
  われなからをくとはなけくとはかりも
ゆるさぬ袖そ色にいてぬるれいのあくれはいそ
かしうまいりぬれと一かたならぬなかめのみせら
れてあさ政はてぬれはれいのふみなとかうせらる
れとけふはかさねてたつねとはるゝことなくて后
いらせ給ぬれはいとまある心地してとくうちやすむ
昨日よりはかせすこし吹てむら雲まかひ雪うちゝる」(55オ)
空の気色いとゝもよをしかほに物のみかなしきに
陶弘英にあひて琴えし夜のこともたゝいまの
【陶弘英】-タウコウエイ
心ちしてしのひかたけれと燕王のからきまつりことを
おそれてふかき山にあとをたちてけれはゆきかふ人
もなくて又あひみるましきさへかた/\あはれ也夕
のそらになかめわひてなにとなくあくかれいてぬい
たくたかきにはあらぬ山かくれる里の梅のにほひほか
よりもをかしきあたりをわけいれは松かせはるかに
きこえて山の葉いつる月の光くれはつるまゝにうき
雲のこらす空はれてさえゆく夜のさまに物のあはれ
まさりてはるかなるはやしのおくをたつねゆけは
わか国にひちりきとやなつかしきこゑとしも思ひ」(55ウ)
ならはさりし物にや所からはにるものなくきこゆこの
国には簫とそいふむへこそむかしの女みこのこれ
【簫】-セウ
を吹て仙にのほり給にけれとあはれに涙とゝめかたし
先帝の御いみとていとたけこゑをやめたるころほひ
山さとなれはにやいかなる人のすみかならむとみれは
はるか(るか$かなけ)なる松の戸にうるはしきよそひなる女そ
たゝひとりたてる扇をさしかくしてかほもさたかに
みえすいかなる人のかうてはたち給へるそとゝへといら
ふること葉もなしやう/\おくさまへあゆみいれは
そのうしろにうかゝひよりてみれはかすかにやかす
すくなき家の程よりは(は+たかく)いやしけならぬ所はあれ
たれとはしらの色なとふりすきよけなるに
宮のうちにたにやつされたるすの色あをやかにけちえん」(56オ)
にみえて梅の花ひまなきうちにこのこゑはきこゆる
なりけりかの女につきてはしをすこしのほり
てきけは人のけはひもせすいみしうしつか也やをら
すたれのひまよりみるに(に+けはひ)女なるへしそこはかとなく
にほひいつるかほりのなつかしう身にしむこと国のなら
ひにや又かゝる人もありけりとおとろかるれと(と$は)まつ
所のさまもゆかしうて衣につきてまはりみれと
すへて人のけはひもせすみる人をあやしとゝふこと
もなし又うちへいれ(れ+れと)こと/\(/\$)かたらふへきけはひ
も見えすやう/\ふけゆく空物のねはすみのほ(のほ$まさ)り
ていふよしなき梅のにほひにたちいつへき心地
もせねはやをらすへりいれとおとろく気色もなし
おくふかけれはさやかにもみえすおそろしうさへおほゆ」(56ウ)
れと身にしむにほひをしるへにてちかうよれと見
いるゝさまにもあらすこゑをたつねて月にさそ
はれつるよしをいへといらふることなしいとゝしき
にほひのなつかしさに袖をひきうこかしてをと
れとおとろきあやしむ気色もなしけちかき
にいとゝ心はみたれてやをらかきよすれはいとなつか
しきけはひにてうちなひきぬ時のまに思まと
はるゝ心のうちはありしよりけにせむかたもおほえす
かれはたゝそらゆく月の心地してこの世の
ことゝたにおほえさりしをこれは世をしらぬ
にもあらす物なれけちかきけはひのなつかしう
らうたけなること又たとへていはむかたもなし
時のまのへたてもかなしかりぬへく思まとはるゝに」(57オ)
いくらのこと葉をつくせといらふることもなしたゝ
涙はかりそかた身にせきあへぬ千夜を一夜にたに
せむすへなき心地に鳥のね(ね$こゑ)もきこゆれとかたみ
にうこく気色もなしおきてゆくへきかたも
おほえねはかうては(は$)世はつくしつへきにかとにたて
りし人そいといたくこはつくるなる女もいみしう
思みたれたるにやそゝのかす気色もなしたゝ涙
にくれていひいつること葉もなしこの女よりきてあか
くなりぬへしひるはいとひむなき所になといたう
いそかせはおのか衣/\いける心地もせす身には心もそは
ておしいたさるゝ程いふはおろか也ふかくあはれと
おもへる気色は色にいつれとさらにいふこともなし
この人にも返/\契おきていつるも空をあゆむ」(57ウ)
心ちしてなをいみしうあやしけれは身はなれす
つかひならす随身をとゝめてこのわたりにてもし
これよりいつる人あらはかならすゆきつかむ所見
よといひてとゝめおきてあかくならははしたなかる
へけれはいそきかへりぬいたう程もへすこのおのこ
かへりきたりもしいて給人やあるとまもり侍つれ
とさらに人かけも侍らすうちのかたにおとする人
も侍らさりつれはあやしさにいりてみ侍にさらにひと
のかたちといふ物も侍らすはるかなるしもやにかしら
しろき女のひとり侍つるにこゝはいかなる人かかよひ
たまふとゝひ侍つれはこゝは人のすみ給所にもあら
すをのつからたひ人なとのやとり給時もありと」(58オ)
きけといてゝみる事もせすとなむ申ときこゆ
あやしともあまりあれと(と$は)かくてこもりゐたるへ
きにもあらねはさうさくなといそきしてまいり
ぬまつりことははてにけりれいの御門の御前に
めしあれはまいるみたてまつりなるゝまゝにけ
ちかき御けはひのたくひなくうつくしきはさる
ものにて(て+いふ)よしなかりつるてあたり人の程あやし
きまて思よそへらるゝはわさと物をおもはせむとする
おに神なとのはかりつるにやと心にはなれぬまゝには
うちわすれてめかれすそまもられ給群書ちよ
うといふゝみをよませてその心を御門におしへ
きこえたまふ御さえの程そこひもしらすみえたまふ」(58ウ)
国のおやときこゆへくもあらすわかうけうらにて
たゝ民やすく国さかふへきことをのみきこえしら
せたまふ人/\さふらひて日もくれゆけはおの/\
まかりいつ月ころひる世なき涙もさしあたりては
またならはぬまてものゝいみしくおほゆれはくら
しもはてす松かせをたつねてわけいれと人の
あともなし世にしらぬにほひはとまれる心ちして
むなしきとこのさひしさをうちもまとろます
なけきあかせとなにのしるしもなしよしな
きあしたの道も人やとかめむとわつらはし
さにいそきかへれといとゝしき左右の思にのみ
こかれまさりてまことにせむかたもなした」(59オ)
のむことゝゆきてはかへる道にのみいさなはる
れとさかりなりし梅花もちりすきて人の
かよへる気色もなしかすかにたのみかたけ
れと後の契のかた身のたまをえてたによとゝ
もの物をのみおもふ身にさはかりのなこりたに
とゝ(ゝ$)まらぬ一夜の夢の恋しさにつもる日かす
にそへていける心ちもせすなそやひとかたにたに
こかれぬ恋のけふりそと身なからはつかしう思ひ
しらるゝまゝにあさゆふのましらひにつけても
いとゝ物のみかなしくて月もたちにけり御まへ
のこうはいはこのころさかりにひらけて吹すく
る夕かせのにほひもいとゝありし月かけもよ」(59ウ)
をさるゝ空の気色に人はたちいてぬれとひと
りなかめいりて
  とはゝやなそれかとにほふむめかゝに
ふたゝひみえぬゆめのたゝちをおつる涙を
かきはらふしのひかたさも見しる人あらは
あはれともおもひなむかし御門もいらせ給ぬ
れは夕つく夜の程にまかりいつるも官舎なれは
路とをうもあらす物なと見いるゝことも日をへ
てすさましうのみなりにしかはたゝこと/\し
き冠うへの衣なとぬきてうちやすめと月にむか
【冠】-カウフリ
ひてのみそれいのうれへかほなる
  いつとなく月こそものはかなしけれ」(60オ)
はると秋とのあらぬ光に人/\もしつまり
ぬるにや月もいりにけりこの戸をひきた
つるにみあけたれはまつうちにほふかほりの
まきるへうもあらぬにいかなる心地かはせむてに
とる程はあやにくによそなる花の心ちもせす
うらなくなつかしきけはひのみまさりていとゝ
さまさむかたなき恋の道なりさてもなにの
むくひにかかゝる物を思らんいかなるかせのたよ
りにもそのさとゝたに(に+つけ)しらせぬかなしさを返/\
うらむれとたゝつく/\となくよりほかのことは
なしいとせめておほしはゝかりいさめきこゆへき
人やとゝへとさる気色もなしさらはをとにきゝ」(60ウ)
し巫山の雲湘浦の神のはかり給かとゝへと
【湘浦】-シヤウホ
なにといらへやるかたもなしとりのこゑにきほ
ひてかくれぬへき気色をさらにゆるさねと
なをそむくさまにもあらす
  思ふにもいふにもあまるゆめのうちを
さめてわかれぬなかきよもかなまれ/\いふともな
きいけのしたに
  ふりすつる人にはやすきわかれちを
ひとりやさめぬゆめにまとはむ思いりたる
気色のあはれにかなしきにはけにいそかれし
道もたえはてなむ別そさしあたりてはおもひ
さましかたき人めもいとつゝましけれとあやし」(61オ)
きかけろふのすかたもおほつかなさにいふ
かひなくあかしてんとおもへはひまなきたまく
らをさまていそくけしきもなしたを/\と
なよひたる物からたゝいさゝかおもひあふる程
もなくかいけつやうにきえうせぬれはさらに
いはむかたもなしかくれみのゝためしにやと
まてさくれとあとかたもしられすまことに
ゆめよりもはかなきは思ひやるかたもなし
ぬきすてたるひとへはかりそいひしらぬにほひに
きしめたる宮のうちにはこのころもんある物
きたる人もましらぬにいとをかしけなるさう
かむにそありけるたのめをくふしもなけれは」(61ウ)
かくてもたえなはこれはかりやかた身なら
むとみるもつきせぬなみたのもよをし也
思みたるゝつもりに(に+や)なやましうさへなりて
けふはたちいつへき心地もせねとあやにくにとく
いてをはしましぬとてまいりあつまるおとなひ
しるけれはれいのはるかにさふらひくらせとみし
ゆめのまよひに心のみたれて人のとふまてや
とつゝましうのみなりまされはいとゝおさめ
しつまりてさふらふ御門れいのいとなつかし
うかたらはせ給春をすくしてときゝし日かす
もむけにのこりすく(すく$)なくなりぬるこそ又いつと
きかむ月日をたにしかならひてはいかはかり」(62オ)
まちとをにおほゆへきをかくてやみなむ
こそいふかひなけれとておしのこはせたまふ
いみしうおよすけてあはれにかたしけなく
みたてまつるなそやあちきなかりける契の程かな
かはかりなる御けしきになれきこえてあな
かちにいそく心よとうちおほゆるも心よはけ
れとさま/\みたるゝふしそおほかりける
外臣のいやしき身をすてられすかたしけ
なきゆるされ侍らははるけき浪の上をゆきゝ
の道としてもいかてかは我君の御いつくしみ
をわすれ侍らんと奏するを后もとをくきこ
しめしてすこしうちえませ給てとをき」(62ウ)
海をわたりさかしき山をこえてわつらひなく
すくへしつへき月日をたにさしもいそかるゝ
かへるさのふなてを又思ひたゝれむなか道こそ
もしまことゝたのむ人あらはいとをこかま
しかるへけれとの給はする御けはひもあやしう
のみまもられてもしはなれぬ御ゆかりなとに
うちまきれぬへきたくひやあらむと思ひよれと
五官中郎将[登+刀]無忌といひける人のひとつむす
【郎将】-ラウシヤウ
【[登+刀]無忌】-トウフキ
め十三にて宮のうちにえらはれまいり給けるかた
ちのすくれたまへるによりてほとなく位をすゝめ
て十七にて后にたち給へるといふなれはあねを
とゝなとにおはせすちゝはわかうてうせにけれは」(63オ)
このかみそ衛将軍とていまの御代に時なる
へけれと世おさまりてのちは外戚の政にのそむ
世のみたるゝもとゐなりとの給て人にすく
るゝ御かへりみもなしたゝ身のさえ心のかし
こきをえらはれて人をもちゐらるれは
をの/\心をそへて世のおさまらむまつりこと
をおもひはけむへしたかきにおこらすや
すきにおこたらすうちやすむひまもなく身
つからのつとめたまふ御心をきてをはしめい
さゝかのひまあるへくもなくみかけるたまの
ことみえたまふ御さま前の世ゆかしうむかし
のためしありかたけなり我国のならひ女王」(63ウ)
朝にのそみてかならすみたるゝあとおほかるなむ
いみしういたみおもふへきいつれも世をゝさ
めたまふ君かならす身のあやまちをしり給はす
いはむやおろかなる女の身しることなくて万機
のまつり事にのそむいかはかりのあやまちかあら
むむかへるおもてをはゝかりておこなふ所をい
さめすしてしたにそしることをする国のため
身のためさらにそのやくなしむかしのあとに
まかせてとかをそしれとの給て誹謗の木を
【誹謗】-ヒハウ
たて給世をしらせ給てのちまことによこさま
なる事なけれはいつしかそしりたてまつる
人なし后はつる心まして涙をなかしたまふ」(64オ)
むかしのいたれる賢王の御代にたにこの木
をたてゝ身のとかをしり給きいまいやしく
おろかなる女ひしりの御世のあとをしたふに
よりて人なを我意をうたかひつみかうふる
へしとおそれてしめしつくる所なし我身の
おろかに人にゆるされぬはちすてにあらはれ
ぬとなけきたまふ時にある人文をたてま
つる君朝にのそみ給てのちはからさるに国
のわさわいをしつめきはまれるたみのちからを
やすめたまふさらに堯舜の世にことならす
しかるにわか国いまたためしなきこと龍武大
将軍か身にあり外蕃の人としてよはひもと
【外蕃】-クワイハム」(64ウ)
もわかしたちまちにたかき位にのほれるのみ
にあらすむかしよりつくる位さつけられぬる人
もとの国にかへるならひなしいまきくかこと
くは月日をかそへてそのともつなをとかんとす
彼此あとなきまつりことたゝ一人か身にあり
国の(の$)人にあらすよはひのわかきをきらはす掲
【掲焉】-ケチエム
焉のくんこうを賞せられは帰郷のはかりことを
とゝめてなかく君につかうまつる人とあるへしいま
おこなはるゝ(ゝ+か)ことくはひとへに朝のきすとあるへ
しとまうす后ふみをみ給てこたへ給これみな
ことはりのいたり也たゝしわか国さいわいなくし
てたちまちに堯舜の君に別たてまつりて」(65オ)
秦漢のいくさおこる河北の二十二郡ひとりの
【秦漢】-シムカム
あたをふせく臣なくして軍のきたること
なかるゝ水よりもすみやか也つゐに九重の
ふかき宮をいてゝ剣閣のあやうきかけはしに
おもむくいはむやむなしき野中にしてすて
にかたきのやさきにむかはんとするに百司六軍
【百司】-ハクシ
【六軍】-リククム
の(の$)したかへる者もはかりことをいたしちからを
つくさむとせすいま燕の国をほろほして我
そうへうをまたうせるはたゝ一人かちからなり
非常のことありて非常の功をたつるはまた
ふるきあとなりをこなはるへきにあらねは
位をさつけたれとあたる所は万戸の隻千金の
【万戸】-ハムコ
【隻】-コウ」(65ウ)
賜也十か一にたにあ(あ+た)らす又身つからいなひしり
【賜】-タマモノ
そくゆへなり又もとの国にかへることはわか
すゝむる所にあらすおに神のまもりみちひく
ゆへことなる人なれはその心さしをやふらは
いよ/\恩をわするへし我もとよりなけき
いためと又とゝめむはかりことなしかさねて
はかりさためよとの給あるは心のうちにこの人を
うしなはむことを思ふにわか身廿人にてむか
ひかたき宇文会かたう八人を一人かちからにて
わりさきてき胡国の七十人かれかてにかゝ
りてちりはひとなるつは物ゝちからにてむかふ
へからすとくをのませあさむかむとすれはその心」(66オ)
とくしてまつあやまたれぬへしこれを思に
よりて月ころもおもてにしたかふ色をみせ
ておの/\そむく心なし今又せむはかりこと
なきによりてまたこの政をそしらす心の中
には国のはちとのみおもへとをのか身には一人
にたすけられしかはものゝ心をしりとしおい
たるかきりはもときそねむ心なし人のおも
へるところをはくまなくしれと又せむかた
もなけれはたゝ恋の山地にのみひとかたならす
まとひて月日はおほくすきぬ国にかへされん
ことをそしれといとひおもふ人/\もはるけ
きうみをへたてゝゆきわかれなんはあさゆふ」(66ウ)
さかしおろかなりとみえむよりは心やすき
かたもあれはやう/\夏のうちにふなてすへ
きよしきこゆるをうれしといそかるへき
道なれといまは又ほのかにみえしかけのみ
わすられすかなしくていかなりし契のはか
なさとたに又あきらめぬ夢なからやこきはな
れなむと思にひきかへしあらぬ涙そ色かは
りぬへきとゝめし袖のうつりかにつけては
枕さためむかたもなくいかにねし夜のかな
しさの身をせむる心地すれは
  まとろますねぬ夜にゆめのみえしより
いとゝおもひのさむるま(ま$日)そなき雨ふりくら」(67オ)
していとくらき夜の空をなをあけなから
なかめいてたれとうれへやるかたなきにれい
のところせうにほひくるかせのまよひもい
とゝ心さはきするおくのかたにそ人のけはひ
すれはうれしきにも心はまとひて戸はひきたてつ
  うきてみるゆめのたゝちのしのはれは
なかき別をいそかさらましうらめしけ
なるものからかきりなくらうたけなるけはひは
みるたひに思ひしまるゝもはかなきなかのゆ
くえなさ也かし(し+う)らもなくうちかさねたる
なかのころもはまれにあふ夜の心地たに
せすふかき思ひの色のみまされとおとこは雲」(67ウ)
ともきりともたちとしらぬゆくゑなさを
うらみつくす女はいそく月日のまちかさを
思わひたりみなるゝまゝにあやしう見
しらぬ人の心地もせす
  てにとれはあやなくかけそまかひける
あまつそらなる月のかつらになにの契にか
かゝるあやしきものおもふらんとなかしそふれは
  草のはらかけさたまらぬ露の身を
つきのかつらにいかゝまかへんまことのすみかも
へたてきこえんとにはあらねとあらはれはいとおそ
ろしううとまれぬへき所のさまになむ思
わひぬるよしいまはみきとはかりもかけさら」(68オ)
むやいとひすてらるゝ道のなさけならんと
すこしことつゝけたるは又うたかはしきかた
にのみもきゝなされぬる(る$)をさへさま/\おもひ
みたるゝにも春の夜はいとゝ程なきとりの
ねをなをゆめまほろしとも思わかぬおほつ
かなさたにいかてはるへきそと返/\うら
むれは
  あたにたつあしたの雲のなかたえは
いつれの山をそれとたにみむまことはゆくえ
なしや前の世かけてふかき契は心をそへて
いそきたまふめれはなけのあはれをたに
かけさらむものゆへ」(68ウ)
  たつねてもとはゝいくかの月日とか
まとふゆめ地を人にしられん前の世のち
の世ともたのまれぬ別の道はたゝいまこそは
かきりならめともいひやらすなくさまのあは
れにかなしきことそさしあたりてはせむかた
もなき
  かはかりもよな/\みゆるゆめならは
わかれのみちをたれかいそかむかうはかな
き雲のゆくゑはかりにはたちとまるたのみ
やはあらんとのみうらむれと秋かせをたに
またぬ別の道にはありかさためぬあまのな
のりもましてとつれなけれはうらみはつき」(69オ)
ぬものからいひしらぬ思ひのみまさりて
さらにゆるさぬおのか衣/\をかた身に思ひ
わひてさらはかはかりはこよひもとたのむる
もはかなきなくさめなりひきたて(二字分空白)
戸はかりをほのかにおしあくれとたなひ
く雲の色たにみえすあやにくなるにほひそ
ところせきよな/\のかすそふまゝには
思ひしつめむかたもなきからにうつゝの
ことくたのむへきわかれのさまにもあら
ねはけにおに神なとの変化にやとも
さま/\思みたるゝことのみかすまさり
                 て」(69ウ)
(空白)」(70オ)

  松浦宮三」70ウ
あしたの雲ゆふへのあめのかれる
すかたともしらすよるの月あかつきの
ともし火のほのかなるかけをたにつゝ
見しかはやみのうつゝのいふせさにてはる
くる世なきなこりしもさすかによな/\
みえしゆめなれはさしあたりての恋し
さかなしさもたのめおく一ことのなこり
たになきはまきるゝかたなくいかさまにし
ておに神のはかりけるとたにあきらむる
わさもかなとかけろふのはかなさもたえて
ほとふるまゝにかなしきことかすまさりて」(71オ)
あかしくらすにはくるしきましらひもいとゝ
所せくのみなやましけれと心のうちはかり
のしのふのみたれなれはさりけなくのみもて
なせとかうなから別なむおなし世のたのみ
をたに思たえなんみちはさしもいそかれし
ふるさともいまさらにたゆたふ心のみまさ
れはかせなとつねにしつまらすなみのうへ
もいかゝなときくにことよせて秋をまつ
へきにさたまりぬれはいくはくの程なら
ねとすこし心しつかに思ひなれとそれにより
ことかよふへきいつれの道とたのむかたもなけ」(71ウ)
れはいとゝしきそらをあふきてなかめを
のみするさしもけちかゝらねと吹かふかせ
につけてよにたくひなき御そのにほひの
たゝそれかとまかふにはいとゝことあやまりぬ
へくなみたのみこほれされともてはなれし
月のかつらなれはましてちりもゐぬたま
のひかりにかこたむかたもなし(し+たゝ)すくれ
たるものゝへんくゑなとはかくこそはかよふわさ
ならめつねはうたかはしきおに神のわさと
あさむきけるにほひにやなとのみうちかへし
思くたくれとたれかそらにはしらんう月のつ
きのころれいのしけきことわさもはてゝ」(72オ)
ひと/\まかてぬる程御門けちかくおはしま
してつゐにたのむへき道ならねとしはし
の月日の程も心のとかなるは思ことかなふ心地
するなくさめもはかなくとのたまはする御け
しきにもまつ涙のみこほれてかたしけな
き御ことのりにうけたまはりなつさひ侍ては
さしも思ひまとひ侍し心のやみのいそかし
さもさしおかれつかうまつりさし侍なむ
うらみのみふかう思給へられ侍れとすくる
月日につけてはしのひかたきよしのかた
はしもきこえいてゝはせきやらぬ涙の気色
をとをけれとあはれに御らんせらるきこゆへくも」(72ウ)
あらぬ御ひとりことにや
  秋かせの身にしむころをかきりにて
またあふましき世の別かないひけつや
うにさたかならぬ御けはひはたかふ所なきし
も変化のものゝまねひにせたらむおこかまし
さはつみさりところなきこそなか/\なくさめ
ところなかるへけれは
  行舟のあとなきかたのあきのかせ
わかれてはてぬ道しるへせよさしのほる
まゝにてまなき月をみかさの山になと涙を
かきやりつゝなかめいりたるもなのめにあはれ
とは御らんししのはれす御かとも御ものかたり」(73オ)
こまやかにてふけゆくまてにおはします
まこと/\しき道々のことまてのたまはせ
いてゝつきせすとまらぬみちをうらめしう
おほしましたるは心よはくなかはゝあちきな
きことをのみおもひそふるも我なからいつれ
にふかき心そとあやしきまて思ひみたるれと
さてやすらはむたのみあるならぬそとさまか
うさまにせむかたなかりけるあかつきちか
うまかてぬれとれいのあけなからなかむる
空もかひなきころのとりのこゑうちし
きりて月も雲にかくれぬ
  鳥のねのまつ夜むなしき空ことに」(73ウ)
われのみあけぬむねのせきかなあしたの
雨しつかにふりて袖のしつくもいとゝ所せ
きに心地もなやましけれはひと/\にもわつ
らふよしいひてふしくらせはかたしけな
くきこしめしつけていたはりとはせたまふ
御つかひなとあれはさまてこと/\しきやまひに
も侍らすみたりかせにやけふはかりためらひ侍
よしをそうせさせて(て+つく/\と)なかめふしたるに后宮よ
りも御をい[登+刀]嬰成といふ人を御つかひにて
【[登+刀]嬰成】-トウエイセイ
いとこまかにとふらひおほせことありくすり
なとたまはせたれはおとろきかしこまり申
うちとけたるけはひのかきりなくなつかしけ」(74オ)
なるをわかき心にはうちまもりつゝいかてかゝる
人いてきけむとあはれにみるあてにきよら
なるさまかたち女にてみまほしきをかゝる人
しもあめの下にならひなきつはものゝ名を
とゝめしかたなのあとまてさしも人にすく
れけんとありかたくそまもらるゝこの人も
かしこき御おしへにしたかへはすくれてさえ
ありといはるれはくちをしからすふみつくり
かはしてかへりまいりぬいさよひの月の山
の葉いつるより又いるまてやとなかめゐたるに
そ思のほかにしるきかせのにほひにもいとゝ
心まよひのみまさりてこよひそ戸はひきたつる」(74ウ)
そこらおもひつゝくるかたはしもうれへやる
心ちもせねと時のまにうちしきるかねのこゑ
も命をかきる心ちしていふかひなくおし
きわかれに思ひまとへるさまはかた身にしの
ひかたけれとあけゆくをはわりなくのみのか
れかくれぬれはなにのかひなし
  くものゐる山もいつれとしられても
みねにわかれんことそかなしきといひあへす
  たちなるゝやまはそこともしら雲の
たえてつれなきあとのかなしさありし
よりけにかすまさる心地のみしておもひ
しつめむかたもなしあしたのとこのおき」(75オ)
うさになやましうのみもてなせはあさゆふ
たちなるゝ人/\きゝおとろきつゝきとふら
ふもおとなしのたきたつねぬ心地のみし
て思ひしつめむかたもなしむなしき空を
のみたのむよすかとなかむれとさのみうちし
きらんやはこもるとてかくれあるへくもあらす
中/\なること(と+のみ)おほかれはよろしきさまに
もてなしてましらへと夜な/\かさなるまゝ
にはうつし心もなく思ひみたれてならふへ
きふみの道もおこたりはてぬへし廿日
あまりになりておまへのほうたんのさかり
にさきみちらるを所からはならふへうもなく」(75ウ)
めてあへるけにきら/\しうはなやかなるか
たはおかしき花のさまを一枝おりてまか
てぬれとれいの夕くれはいつこをはかとなく
うきたつ心のみまさりてなかめゐたるそら
の気色さへすこしくもらはしくむら雨う
ちそゝくよひのまにほのめきそむる郭公
のはつねはいつれの国さかひもかはらさりけり
  ほとゝきすなれをそたのむ村雨の
ふるさと人はとひもこぬよにたゝしはし
はかりにはれゆくほしのまきれにれいの戸
をゝしたつるかけはみねといとしるきは中/\
なることのみおほかり」(76オ)
  しのはるゝふるさと人はとひもこて
いとふくもゐのとし(し$り)そあやなきうとま
しかるへきゆめのかよひちのたひさへかさな
るつみさり所なさものこりなき心地する
日かすの程にもよをさるゝも思いてはまして
おそろしうやとことはりはかりはかた身につゝ
ましかるへけれとけにしのふることはまけ
にけるにはものゝ変化にてもおもき心には
あらさるへしたゝとにもかうにもゆくえなき
かけろふのはかなきをうらみつくせはこよひ
そいとかうあさき心の程をみえなからあした
の雲のなはかりをへたてんとにはあらねとさき」(76ウ)
の世かけてまことはふかきゆへもあらはれなは
うき世のまとひにみたれにし心あやまりも
いとゝのかれ所なくはつかしかるへきつゝましさ
をおもふにこそさま/\ものうきなのりなれ
とわさともはるけやらすは中/\心あやまりの
とかもかさなるへうやと思ひなやむ物をいま思
あはせられなむとつれなけれとひるおりつる
花のてにあたるをまさくりつゝさらはこの花の
枝にてやそことはみえむたつねいてゝうとまれ
なんこそとさすかにうちわらふけはひまて
なを身にしむふしのみまさるそあちきな
かりけるみしか夜のかねのをとはなく一こゑ」(77オ)
よりも程なくまきれぬれとさらはこの一枝
やいつこに見つけむと又けさより思そひ
ぬれはしらぬ野山にもあくかれまほしき
にけさしもあさまつりこといとゝうはし
まりてたひ/\めさるれはいそきまいる
れいのことゝもはてぬれは御門御ものかたり
なといとなつかしうかたらはせたまひつゝ日
もくれぬあすより又かうせらるへきふみとも
なときこえてつねよりもおほやけ事
いとまなけれは花のゆくゑもいとゝくもをはかり
にてたつねむかたそなき人/\もかすおほ
くさふらひて后も御帳のかたひらたれて」(77ウ)
いとゝをくおはしませはよそふるかせたに吹
こぬ心地そする五月になりては秋のふなて
の心まうけおほやけにもおろかならすおほ
しいとなみならへる人/\もつねにとふらひ
きつゝ心はこゝろとしてあかしくらすいとまな
くあはたゝしき心地のみすれとをのつから花の
ひと枝みつくるよすかやとまた見ぬ所/\
もゆかしう山はやしのさまもおほつかなき
にもてなしてひとやりならすめくりみれと
その一ふさのあと(と+か)たもなしありし梅のに
ほひのふるさとをいりてみれは夏草はまして
ふみわけたるあともなけれといとさしも」(78オ)
人のよりこぬ所とも見えすうちはよくき
よくはらひてちりもなきおくのかへのあた
りにもとむる花そたゝはなひらひとへおち
たるこの花のさきしころははるかにすきに
しをたゝそのまゝにかれぬ色をあさまし
うゆめの心ちしてみれと又ことゝふへき人
のあらはやこれはたかとゝめおきしかた身とも
はるけやるかたのあらんなみたのみこほれ
まさりてむなしうかへりぬ花ひらひとへ
なれとなへしほみ色かはりもせすあやしき
ことそいはむかたなきあけぬくれぬと物を
のみおもひみたるれとつれなき月日は程もなし」(78ウ)
あけなからよをふるいたともまことにつれ
なくて月もたちぬるに心きもゝまして
身にそはぬ心地して思のこすことなけれと
ふなてすへきくにもはるかなる程なれはこの
月廿日ころにみやこいつへき日もさためられぬ
さりとてかうゆくゑなきかけろふのつれな
さに身をかへてこの秋をさへすくしては
又心をつくしたまふらん母宮の御おもひを
はしめさすかに身はなれぬたまのまちとを
さも一かたにみたるゝ心ならねはかなしきこと
のみかすそひて身をくたく月日の程そあ
ちきなかりける」(79オ
  しらさりしもろこし舟のみなとより
うきたる恋に身をくたきつゝ六月十日
あまりにもなりぬあつさ所せきころまつり
ことはてぬるにことにうとき人もさふら
はす御門后すこしうちやすませたまふ
とて水にのそみたる廊のかせすゝしき
かたにおはしますにめしあれはまいりて
つちひさしのいしのうへにさふらふ思ひし
ことなれとむけにのこりなき日かすこそいま
さらにいふかひなき心ちすれと涙くませ
たまへるいとかたしけなくしのひかたきに
后もちかうおはしますみな月十日あまりあ」(79ウ)
つくたへかたき日の気色をうすき衣
あつかはしう思なやまぬ人なきころの
まはゆきまてくまなきそらの気色に
つねよりことにいふよしなき御さまかたち
のひかりをはなつといふはかりめもおとろく
心ちするにいさゝかあつけなる御けしき
もなくみとりの空にすみのほる月のか
けはかりきよくくまなき御さまこの世に
かゝることやはあるへきとあさましういふ
かきりなきにれいのいつれのちんたむとも
わかれぬ御にほひのすゝしく身にしみて」(80オ)
かほりくるかせのつてはたかふところなき
ものから(ら+なを)おもひなしにやたゝ仏の御国の
心地のみしてなめけなれとめしはらくも
とかやおそれもわすれてうちまもらるゝ
につけても思ひわかすなみたのみそすゝ
みいつるいまはたゝこのとまらぬ道のうら
みなをかへす/\もわすれかたき心さし
をのたまはせやらす(す+みな)しほたれおはします
ことのついてありていゑいのこゑをこのま
ねとれい(い+かく)のみちすつへきにはあらねはきゝ
あはせまほしかりつるものゝねをたに金石」(80ウ)
糸竹をなへてやめたるころにてくちおし
【糸竹】-シチク
うもすきぬるかななをはやき月日のひと
めくりをたにまちすこさゝりつるうらみ
なむなにのふかさもわすれぬへかりける
とのたまはすれとふかくおもへる所をたかへ
しの御おきてなれはいとそかひなきなを
このたひはまつ人もあなかちにふかき心さし
そむきかたけけれはたのみかたきあたの命な
れとふたりのゝちまてをのつからなから
ふる身ならはいまひとたひは思たゝれなんや
かくなからおしみとゝめたらむよりもそれ」(81オ)
やふかき心さしのほとしられんとのたまは
する御かねこともなみたにむせひてえ
きこえやらす
  かきりあらむいのちをさらにおしみても
君のみことをいかゝわすれむ
  これゆへそわれも命のおしまれむ
たゝなをさりにたのめをくともさらは
なからふる身ともかなとの給はする御気色も
いとおよすけてけうらにておはしますく
れはつる程に后はことおほからていらせ給ぬ
とはかりありて御門もたゝせたまふ程に」(81ウ)
なを人につたへておほせ事ありおもひ
かけぬものゝさまなれと時すきにし
花のひと枝をけふまておしみとゝめたる
心なかさはもとかしうやとさしいてたる
にほひたゝいまおしおりたるさまにて
いさゝか色もかはらすこの人そ春の夜
かとなりしかほにみなしたる心ちの(の$)
いかゝおほえんなをみつからはるけやるへ
きことゝもなむしはしとつとふれは
かしこまりてさふらふこの花には
  または世に色もにほひもなき物を」(82オ)
なにの木草の花かまかはむとそあり
けるをのつかゝはいつちかきえにけん花も
ふかくにほひかへてけり
月さしいてゝなをこなたにとおほせ
ことあれはすたれをへたてゝすのこに
さふらふつきせすおほししられし御
心さしのふかさをのたまはすいとゝし
うけいしいつへきこと葉もおほえね
はたゝなみたのたまのかす/\を月の
くまなきかたにもてかくして(て+そ)まきらはすさ
てもうちぬる中のゆめのたゝちもまこと」(82ウ)
のゆへをはるけすはいとゝつみさり所な
くや宇文会といひしまことは阿修羅の身
のむまれきてすてに我国をほろほすへき
時いた(た+れ)りしを先王文皇帝おほしなけき
しあまり玄奘三蔵を使として天帝に
たひ/\うれへ申給き我は第二の天の天衆
にてさらに下界にくたるへきゆへなかりしかと
天帝このことをあはれひたまふによりて
天上に時のまのいとまをたまはりてこの国に
生をうけてらんをゝさめ国をおこすへき
御つかひにくたりきたりこのくにゝいさゝかのゆへ」(83オ)
あるによりてこのことにえらひあてられし
かと女のちからにてはかりかたきによりその
人をさためられし時そこには天童の身と
して天帝のおまへにさふらひしを汝我
ゆみやをたまはりて阿修羅の化身をうちく
たくへきよしおほせられしにこの国にいさゝ
かもえんある人なく(く+また)ゆみやをあつかるへき所
なくて和国の住吉の神におほせつけられ
しなりわれいまたこのことをわすれさり
しかはふかくおそれうれふへきにあらねとお
ろかなる人の身をうけてあしき道にまと」(83ウ)
ひぬれは正見のまことはくもりかくれて魔界
のやみにくらされにしかは時にのそみてわき
まふる所なくおそれかなしひてまとひし道
につゐに契あやまたすふかき心さしをみし
より身にあまるよろこひの心をもはるけかた
くたゝおほかたのことの葉にのへやらんかた
もなきをあなかちにふかく思ひしにこの世
にはましりなからなへてのめにみる人はけ
からはしううとくはるかにのみ思ならへる
にむかしのよしひのしたしくしのはしき
心のうちをたにしられてやみなむことを思ひ」(84オ)
し心のおこたりに人の身をうけてけるま
とひのおろかさをえさまさていふかひなく
みたれにけるゆめのはかなさをたゝ思わく
所なき心かろさはかりにとかをおほせられんも
いまひとしほの身のうさにやとおもひなやむ
あまりにのこしとゝめすなりぬるこそ一かた
ならぬ心あさゝにやとなをつみさりところ
なけれとのたまはするをきく時はかすかに
思ひあはするかたはしもいてくるにやかなし
きこともさま/\おもひつゝくれとけちかき
御けはひにはましてなにのことはりもおほえ」(84ウ)
すたゝいま一たひのゆめのたゝちをの
みおもひいらるれとなに事もかくれなく
はるけてはましてうき世のにこりもとを
くのみおほしなかられぬれはおほかたつきか
たき世々のあはれをのみ心ふかくおほしいれ
たりゆるされし時のまのいとまなれはこの世
をゝさめむこといくはくの月日にあらす四十
年にすくましきをかへらん道もうたかふ所
なけれはさらにおしむへき世の別ならねと
かりそめにも父母所生の身をうけつれはいま
はのとちめさすかにみすてん程の心ほそき」(85オ)
をむけに心しる人もあるましきにその
程はかりありかたき身のいとまなりとも
いまひとたひのなさけはかけられなんや
  行かたもくもらぬ月のかけなれと
いる山まてはたつねても見よさまて思ひ
いるましき別の道なれとむまれきぬる
ならひにはあはれなるこそはかなけれそこには
蓬莱の仙宮の中に世々にむすへる契ふ
かくてこの世のいのちも(も+また)ひさしかるへきゆへ
あれはいまは天衆にかへりかたくや琴のこゑ
にかゝつらひて下界にとまるへきゆへあり」(85ウ)
とこそかたえの人もいふなりしかそれも
のかれかたき縁なれはうかへる心のあやま
ちにもあらすかゝるむかしのゆへをさたかに
あきらめむとてなんつねにかことおふあした
の雲のみたれはおなし身なからかくまことの
心をさとりあらはしつれはさらにかくへきゆめ
のまとひにもあらすとのたまはせはなつもの
から御なみたのいたくこほるゝをかきはらは
せたまへるはけにたはふれにもこの世の人
といふへくもあらすすたれをたゝすこし
まきあけたる月の光にかゝやきあへる御か」(86オ)
ほのにほひさらにいひつくさむかたもなし
国のならひもすなほなるにや御心おこりこそ
  みなれては恋すもあらしおもかけの
わすられぬへきわか身ならねは思いてむ時は
これをかた身にとのたまひてちいさき
はこにいりたるかゝみをたまはす
  をのつからすかたはかりはうつりなん
ことの葉まてはかよひこすとも見し
りたらむ人の見つけたらんこそはつ
かしけれされとかたはらをしるさとりまては
あらしみきとなかけそとて袖をゝし」(86ウ)
あてたる程にやをらすへりいらせたまふに
いかなる心地かはせむこゑもたてつへし
すこしひきのきてはひと/\さふらへはひと
ことたにうちいて給はすなか/\かうなからも
たえはてねかしといのちさへつらけれと
なにのゝこりておもふにか人めつゝましけ
れはたちいつる心地なにゝかはにたらむわかき
人/\いとあまたはかなきさかなくとまて
みえぬことをつくしておもひ/\にいとな
みけるおくり物ともゝたせてまちけれは
けにねをたになくへき所なしよすか」(87オ)
らあそひあかせと心にはいかなることをかは
おもはんさはかうてやみぬるにやとおもふ
にまたなに事も思ひましへ(しへ$せ)られす
雲にも雨にもまかへしうたかひよりも
(+けに時のまも)こはおもひよるへかりける契のほとかはと
いましもそらおそろしう思つゝくるに
そへてむねよりあまる心地のみすれと野山
にあくかれし心もひきかへつゝ(ゝ+たゝ)ひとかたの
みるをあふかたにいそかれていとゝうまいれと
ほのかなる御かけはかりうすきかたひらをま
もりあけておもひくたくる心のうちそ」(87ウ)
かなしきいらせ給ぬれとけふしもうち/\
のふみかうせらるゝかたにもいておはし
まさすおほやけわたくしこの人のかへ
るさのいそきに心いれつゝさらぬひとたに
あはたゝしきにわれは我と空をのみなか
むれとなにのかひなし月にもよほされ
てはいとゝむれきてなやましきさかつき
をのみすゝむれはまことのゆめちたにたえ
たるころなり后の宮よりはましてこち
たき国のおくり物はさることにてさま/\の
くすりなと(なと$)まておほしいたらぬことなく」(88オ)
こまかにいたはりおほせことたまふ御つか
ひしきりにゆきかへとかけろふのやみの
うつゝにそとりかへまほしきあすとては
うるはしききしきをとゝのへて前殿に
いておはしますいつくしき御よそひに
つけてこそことしのへたてはかりにことかは
れる先帝の御気色さへけふは恋しくそ
思ひいてたてまつるけふのことなとはたゝ
よそほしきかきりなれは中/\ことなる
こともなかりけり(り$ん)日たかくまかへるをれいの
めしとゝめてありしつり殿のかたにそ」(88ウ)
おはしますさふらふひと/\もいとおほく
よそひことなるかたちすかたくちをしか
らねと御まへにてそいとかひなかりけるれ
いのくもりなくてる日のかけにうちむかはせ
たまへる御かほのにほひきよくけうらに
ひかりをはなつ物かららうたけにけちかう
うつくしき御かほつきそことはりやさらに
人の世にみるへき御さまにそあらぬあつかは
しきころの日かけをいとふかたにのみあけ
くらすほとにけふになりにけること中/\なに
事をうちいつへしとたにこそおもひ」89オ
わかれねあすよりはいかにわすれにけり
とくやしきこと(と+も)おほからんとつれなきもの
から御涙のうきぬるをうちみあはせたてま
つるにさしもあらしとつゝむ人めに
つゝみかねてほろ/\とみたれおつるまゝに
やかてうつふしてみたにあけすさふら
ふひと/\もかたえはたひの道の御こしの
あたりにつかうまつりしかきりなれは
ものわすれせす袖ぬれわたりておの
とちもその程のことをこそは思ひいつらめ
さてもはかなき世の命のほとをわすれ」(89ウ)
てこの世なからいま一たひのたいめんのま
たるゝこそまちつけすはとまる心もやと
あちきなきまてとおしのこせたまふ
御気色のかたしけなきをかはかりにおほし
めしとゝめらるゝ身の程まてそおろかに
おもひかたき
  本のさうしくちうせてみえすと本
                に
わかきかきりはおくりにとしたひきて
人さはかしけれはたひの道とて恋し
かなしとも心しつかにうちなかむるひ」(90オ)
まもなしさけをすゝめふみをつくり
海山ところのさまをもてあそふほかの
ことなくて宮こはとをくなりゆくまゝに
やへのしら雲たちかへらんとしもはる
かにそなかめらるゝ七月十五日ふなてして
おくりの人/\いまさらにわかれおしむ
程のことゝもさこそはありけめこきはな
るゝ雲と浪とのきはもなきにつけてはたち
そふおもかけのみそけにわすらるましき
はさまことなりけるさしもまもりつ
よき御道のしるへなれはまつらの宮に」(90ウ)
まちよろこひたまふほとの事もたゝ
おしはかるへしまことや華陽公主のふる
き御あとは后の宮おほしおきつるゆへあり
てのこりし御こともちなからしたまひし
はかなき御調度まてさりけなくまきらは
してとゝのへおくり給けり御心ひとつに
のたまひおきてけれはかうとこまかにしる
人もなしあさましかりし世のみたれ
もいまきゝたまはむにつけて中/\御心
うこくへきあやうさなれは人にもくち
かためてありしまゝにもらさす御門いみ」(91オ)
しくまちよろこはせたまふなかにも大
こくにたにゆるされにける位の程なれは
かむたちめにくはゝりぬ参議右大弁中
衛中将をかけたりいつしかとはつせにまう
てゝかのほうをおこなふになにのたかひ
めかあらん月あかき夜山のみねにおほ
きなるつきの木のかけにきんのこゑ
きこゆれはたゝひとりいそきおりてみ給
  はつせのやゆつきかしたにてる月の
ひかりをそてにまちうけてみる
  おもひいるちきりしひけははつせなる」(91ウ)
ゆつきかしたにかけはみえけり(り+寺に)おはし
つきて殿にかへりたまへれは宮いかはかり
かはまちよろこひたまはむ琴は雲にいり
てとひきにけれは御身はなれすわかものと
うちみつけたるはほうらい宮のけちめも
あるましきにやわかゝのなつかしさそひつゝ
又たくひなくそみえたまふはゝかる所な
くしらへあはせたまふ琴のこゑに宮はいとゝ
しくおもひつきゝこえ給心つよくふりはへ
思ひたちし道なれと野山の木草鳥のね
まてはつかしきめうつりのいやしさ」(92オ)
国のさま世のならひたゝかゝる契ひとつ
にやけに琴にひかれきにける身と思
しらるゝに(に+は)もとのくに人なさけはかりの
ことの葉たにたえてうちわすれ給へるに
かんなひのみこあやしうもかはり(り+はて)にける
心かなとねたうおほすにや
  もろこしやわすれ草おふる国ならむ
人のこゝろのそれかともなきとのたまへるに
そむかしのこともおほしいつる
  もろこしのちへのなみまにうきしつみ
身さへかはれる心地こそすれかしこさにとある」(92ウ)
をこゝろやましとみたまふ
いつしかふかゝりける契なれはしるき御
気色にうちなやみたまへるさま又こゝろ
わけられんやはゆくすゑかけてけにこち
たき御契にはまたまきれすくすもあはれ
なりかたくふうせられてきよはまりしつか
なる所にてあけらるへきよしをかきつけ
たるかゝみなれはこの御いのりにことつけて
す法なとせさせたまふとて寺にこもり
たまへるついてにそこのかゝみをあけたれは
みし世はさたかにうつりけりしも月の」(93オ)
かみの十日なれは夕の空はかせす(す+さ)ましく吹
ておほかたのそらの気色もよをしかほなる
に水のうへすさましかるへきをありしつ
り殿のかたにそおはしましける御門の御
いみはてにけれはあやのもんなとあさやかな
れとことなる色をつくして(て+は)このみたま
はぬなるへししやうのことかきならして
なかめいりたまへる御さまなをいふよし
なくなそやうちなくさめてすくしける
わか心もいまさらにかなしうてたゝよゝと
なかるれとみつけられぬそかひなきくれは」(93ウ)
つるまてかゝみのおもてにむかひてなか
すなみたもかひなくくらうなれとうちも
おかれすもとなれにけるにやうつれるかけの
かよひくるにやいとしるきにほひのにる物な
きかうちかほる心ちするに時のまのへたて
もおもひさはかるゝ心もきえて御とのあふら
めしよせてなをまもれと火にかゝやき
あひてありつるはかりもさやかならす
かゝみをふところにひきいれてしはし
うちふしぬれとむねよりあまる心ちのみ
してなくさむところはなきものゆへ」(94オ)
なをけ(け$)ちかきはえおもひすつましき
にやあいなからん夜かれも又心くるし
うていたくふけてそもとのやうに
さしこめてあたならすおさめおきて
殿にかへりたまへれはなやましき御心地に
ならひなくまたれつる程にもうちつけに
心ほそうていりおはするはうれしうみ
やりたまへるにいたうなきたまへ(へ$ひけ)るまみ
のれいならぬをあやしとめとゝめ給に
よりおはしてなにやかやときこえたまふ
まゝにうちにほふ御その世のつねのかにも」(94ウ)
あらすいひしらすめてたきか思ひかけぬ
さきの世にたくひなしと身にしめし
人の御かほりにかすかにおほえたるをあや
しやさはこの国にもかゝるたくひやあるへ
きと心をかれておもひのほかなるにうら
なうまちよろこひつる心のうちのすこし
はつかしうゝちそむかれてなみたのおち
ぬるこそわれなからいつならひける心そと
おもひしらるれ
  身をかへてしらぬうき世にさすらへて
なみこす袖のぬるゝをやみむ思ひよらぬ」(95オ)
こゝろとさはこれもくもりなき世(世$)にや
とそらはつかしきものから
  しらぬ世も君にまとひし道なれは
いつれのうらのなみかこゆへきあやし
うゆめのやうなるひかみゝのきこゆるかな
なとかう心えぬことはとせめてかきよすれ
となをうちこほれつゝとけぬ御気色わりな
き心のうちには我も人にことなるゆへ
をきゝしかと世のつねならすありかたき
みるめに契をむすひなからなを心にし
みてものおもふへくもむまれきにける」(95ウ)
かなとおもふにも又か(か$)くみてやしら
れむとなへてならぬ御さまともははつか
しうそおもひみたれたまふ
  このおくも本くちうせて
        はなれおちに
             けりと
               本に」(96オ)

この物語たかき代の事にて
哥もこと葉もさまことにふるめ
かしうみえしを蜀山の道のほとりより
さかしきいまの世の人のつくり
かへたるとてむけに見くるしきこと
 ともみゆめりいつれかまことならむ
  もろこしの人のうちぬる
   なかといひけむそらことの
    なかのそらことをかしう」(96ウ)
 貞観三年四月十八日
 そめ殿の院のにしのたひにて
 かきおはりぬ
花非花霧非霧夜半来天
明去来如春夢幾時去似朝
雲無不見処」(97オ)
(空白)」(97ウ)
これもまことの事也さはかり
傾城のいろにあはしとてあたなる
心なき人はなに事にかゝることは
いひをきたまひけるそと心え
かたく唐にはさる霧のさ
        ふらふ
          か」(98オ)
(空白)」(98ウ)
(以下、白紙5丁)

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