Last updated 5/8/2006
渋谷栄一翻字(C)(ver.1-1-3)

松浦宮物語

凡例
1 伝伏見院宸翰本「松浦宮物語」(吉田幸一「松浦宮物語 伏見院本考」複製)を翻刻した。
2 翻刻には吉田幸一同書「翻刻」を参照した。なお吉田幸一「翻刻」では前遊紙1枚も丁数に数え入れているが、本稿では墨付第1丁から数えた。よって、本稿1オは同書では2オと記されている。
3 本文中の振り仮名は次のように示した。
 【漢武】-カンム
4 本文中にはミセケチと補入がある。ミセケチは$の記号で示し、補入は+の記号で示した。( )の中の記号を挟んでその前が訂正以前の語句、その後がその訂正以後の語句である。例えば、
 「かたちの(かたちの$)」は「かたちの」をミセケチにする。
 「うすき(き$いろ)もえき」は「き」をミセケチにして「いろ」と訂正する。
 「とかく(く+のみ)」は「く」の次に「のみ」を補入する。

「松浦物語」(表紙中央上打付書)

むかし藤原の宮の御とき正三位
大納言にて中衛大将かけ給へる橘
の冬明ときこゆるあすかのみこの
御はらにたゝひとりもたまへるおと
子君かたち人にすくれ心たましゐ
よにたくひなくおいゝて給ふをちゝ
君はさらにもきこえす時の人いみ
しき世の光とめてたてまつる七さい
にてふみつくりさま/\のみちに
くらきことなし御かときこしめして」(1オ)
これたゝ物にはあらさるへしとけうせさせ
給御まへにめして心見のたいをたまふ
にめてたきふみをつくりすへてを
いゝつるまゝに管弦をならひても師
にはさしすゝみふかきてともをひけ
ははて/\は人にもとはすおほくは
心もてなんさとりける十二さいにて
御まへにてかうふりせさせてうとねり
になさせ給あけくれこの人をもて
あそはせ給にいたらぬことなくかしこ
けれはつかさかうふりもほとなく給」(1ウ)
はりて十六といふとし式部少輔右少弁
中衛少将をかけて従上五位になりぬ
ちゝ君身にあまる官しやくを見たまふ
につけてもひとつ子にしあれはゆゝし
うのみおほさるさしいて給たひにこの
子のゆへにのみめんほくをほとこし給へ
はましてなのめにおほされんやは
かたち身のさえたらへることこそあら
めよのつねのわかき人のこと色めき
あたなることもなしたゝみやつ
かへをつとめかくもんをしてあかしくら」(2オ)
せは衛かとをはしめたてまつりてまめに
おとな/\しき物とおほしたるにわかき
心の中ひとつなんひとやりならすくるし
かりけるかむなひのみこときこえてきさ
きはらにてかきりなくきよらに物し給
をなんいはけなくよりいかてと思心ふかゝ
りけるいつれもいとわかきうちによつき
たる心もなけれははるけやるかたなくて
すきつるを九月きくのえんはてゝ
夕へに人/\まかてちるに猶さりぬへき
ひまもやと宮にまいりてけしきを」(2ウ)
とるに宮も御まへのかれ野御らんすと
てはしちかうおはしますほとなりけり
むつましくまいりなれたまふ君な
れはふともいり給はす御ひはをわさと
ならすかきならしつゝおはします
けはひしるきにいとゝ心さはきして
女王の君きくのえんはて侍りぬや
おもひかけぬほとをいかてといふたゝ
かくなん」(3オ)
  おほみやの庭のしらきく秋を
へてうつろふ心人しらんかもえならぬ
一枝(△&枝)をもたりけれはあたれ(△&れ)るまのすの
したにさしいるゝをめさましうみたまふ
かんなひのみこ
  秋をへてうつろひぬともあた人の
袖かけめやも宮のしらきくほのかに
のたまひまきらはせる御けはひのいみ
しうなつかしきにいとゝえたちさらす
ふゑを吹すさひてかうらんによりゐ
たるさまかたちみこたちにてもえ」(3ウ)
心つよかるましうそあるやしをにの
なをしりうたんのさしぬきわれも
かうのしみふかき一かさねたちはき
たるはわさとなりつらむ日のよそひも
えかはかりならすやとそみゆる風あら
らかに吹て御まへの木すゑのこりなく
ちるにこのまの月さしいてゝうちと
ひとつにゝほへるくろほうのたくひな
きに人の御心もえんなりみこもよつ
きたる御心こそならひ給はねとなへての」(4オ)
人ににすきよらなるさまにて
しは/\まいり給を大かたにもいとあ
はれとみたまへはわさとならねと御
いらへなともほのかにの給かはすに
夜もやゝふけゆくに御ことのね
をいみしう思ひしみたることにて
せちにそゝのかしたてまつれとい
たうおほときてさし給はするに
およひて御てをとらへつ
  こひしなは恋もしぬへき月日」(4ウ)
へていかに物おもふ我身とかしるもり
いてぬる涙もせきやらぬにいとを
そろしうてひきいりなんとおほせ
とつととらへたれは人のみきこゆ
るもあいなうてえうこき給はす
  なからへてすくす月日を誰かその
恋しぬはかりおもふとは見んとてもいと
わひしとおほしたれはひとの思はむ
ことのくるしさにいける心地もせねと
さてもえみたれすなかきよすからな」(5オ)
けきあかしてかくなん
  いたつらにあかせる夜半のなかき
夜のあか月露にぬれかゆくへきいか
はかり思返してかその名はいはしと
うちなくさまも心ふかけなるをさすか
にあはれとみたまふ
  あか月の露のその名しもらさすは
我わすれめやよろつよまてに
弁は物おもひそひぬる心ちしてちゝ
の殿にまいりてうちふしたれとめも
あはすいとゝうをきて女王の君の」(5ウ)
もとにふみかき給昨日なんゆくらん
わきもはしめて思ふ給られしかは
うれしき月日なれと猶かくはかり
のみまさる心ちし侍れはちへなみし
きてもすへなきよをなん思たまへ
わひぬるいてやをしはからせ給へ
  もえにもえて恋は人みしりぬへき
なけきをさへにそへてたくかなと
あるをみせたてまつれはあはれとや
おほすらむたゝかくなん」(6オ)
  見てしかは我こそけなめもえにもえて
人のなけきはたきつくすかにいとゝ
なかめのみせられていみしうしめり
たるけしきしるきを大将殿はなとか
いと物おもへるさまなるおのこはさ
はかりならぬたに心をやりて身を
思けたぬ物なりつかさくらゐをはし
め身にあまりめんほくをほとこす
めるをなとかいたく思しめりてひとり
のみあるあやしきありさまかな
よにはふり物といふなれとかくのみ」(6ウ)
おもひすましたるをみれはいとなん
あやうき猶かれまこゝろにのたま
はせをしへ給へなとはゝみこにをしへ
給はたゝはつかしとおほしてまろは
なに事をかをしへんおへる子とそ
いふなるいまはましていみしうたの
もしうそあるやとのたまふあはれ
とみたてまつる物からいかてとおもふ
心のみそひていみしうなけかし
  あしひきの山のやまとりやますのみ」(7オ)
しけきわか恋ましてくるしも
ありしはかりたにいかておもふことをはる
けてしかなとおもふわたるにこのみ
こは内にまいり給へきになりぬはゝ后
にもせちにきこゑさせ給へはさらぬ
ことたにいなひ申たまふへきにあら
ねはゐたちておほしいそくをきくに
いといみしうおほゆ月あかき夜くま
なき空をひとりなかめてかくなん
  山の葉をいてつる月のすむ空の
むなしくなりぬ我こふらくはかひ」(7ウ)
なきことをのみきこゆれときさ
いの宮さへおはしましてひまもなき
よしをのみきこゆれは
  あらたまのすとかたけかきひまも
なくへたてそふらし風もゝりこす
たえぬおもひによろつのことおほえ
てあけくらすにあけんとしもろこし
ふねいたしたてらるへき遣唐副使
になしたまふへきせむしあり大将も
みこもいみしきことにおほせとすへて
すくれたるをえらはるゝわさなれはとゝ」(8オ)
めむちからなし弁のきみ一かたならす
ちのなみたをなかせといつれも心にかなふ
わさにしあらねはみこついにまいり
たまひぬ時めきたまふこといみし
きを見きくにいとゝあちきなさま
さりてかくなん
  おほかたはうきめを見すてもろ
こしの雲のはてにもいらまし
ものをあさ夕の宮つかへにつけてた
へかたき心をも中/\一かたに思たゆは
かりこきはなれなんもひとつには」(8ウ)
うれしけれとおやたちのけしきを
はしめおはせんさまをたに見きか
さらむことをいみしう思に月日
すきてそのほとにもなりぬ式部大輔
なる参議安倍のせき丸といふを大使
にてつかはさるへけれはかつ/\世のはかせ
道々の人あつまりさえを心みいとゝ
しういとみならはすにこの少将すへ
ていたらぬ所なくかしこけれは御かとも
いみしき物におほしめしてはる正下の」(9オ)
かゝゐたまふいまはといてたちて京を
いつるにたかきいやしきむまのはな
むけす夜すからふみつくりあか
していてなむとするにいみしうしの
ひてたまへるかんなひのみこ
  もろこしのちへのなみまにたくへ
やる心もともにたちかへりみよいまは
とまいり給しのちひとこと葉の御な
さけもなかりつるを心うしとおもふ
になをおりすくさすのたまへるを
みるにちのなみたをなかせとつかひ」(9ウ)
まきれうせにけれはたゝとゝまる人に
つけて女王君のもとに
  いきのをにきみか心したくひなは
ちへのなみわけ身をもなくかに
大将はなにはのうらまてをくらむと
のたまひしかとはゝ宮かきりあらむ
神のちかひにてこそはさらめこの
くにのさかひをたにいかてかはなれんと
のたまひてこそよりまつらの山に
宮をつくりてかへりたまはむまては
そなたのそらをみんわかきおいたると」(10オ)
なきうかへる身のとをきふな地に
さへこきはなれたまはむになみ
風の心もしらすたれもむなしく
あひ見ぬ身とならはやかてその
うらに身をとゝめてあまつひれふり
けんためしともなりなんといてたち
たまへは大将かきりある宮つかへを
えゆるされたまはねとすみたま
はんさまをたに見をかむとそひ
たまへれはみちの程ことにかはれ
るしるしもなしをいかせさへほと」(10ウ)
なくて三月廿日の程に大宰府に
つきたまひぬ大将さへそひおはす
れは帥宰相いみしくけいめいして
あそひしふみつくるこれに日比
とゝまりて四月十日あまりふなよそ
ひし給ゆくゑもしらぬうみのおもて
をみ給にかねておもひしことなれと
宮は心よはくなかしそへたまふ
  けふよりや月日のいるをしたふへき
まつらの宮にわか子待とて大将との
  もろこしをまつらの山もはるかにて」(11オ)
ひとり宮こに我やなかめんいかはかりかは
かくてもおはせまほしけれと宣旨
をもけれはかへりたまふなりけり
弁少将うちたゝ
  なみ地ゆくいくへの雲の外にして
まつらの山をおもひをこせむ世の
つねならすいかめしき舟のさまも
たゝをしいつるまゝにはかなき木
の葉はかりに見えゆくはて/\はくもゝ
かすみもひとつにきえ行まて御
すをひきあけてなかめたまふ」(11ウ)
御けしきのかきりなくかなしき
を大将は我しもおとるへきならねと
いかてすくし給へきとし月ならむと
あはれに見すてかたけれとかはかりも
ためしなきことゝひんなくものたま
はせしかは七日ありてかへりたまふ
わかれも又あはれなり大将
  しらさりし別にそへるわかれかな
これもや世々の契なるらむ宮
  いかなりし世々のわかれのむくひにて
いのちにまさる物おもふらんとてもをし」(12オ)
あてたまふをよろつになくさめて
いてたまふもめつらかにあはれなりこの
きみゆへうれしくもおもたゝしき
時もそこらおほかりしかともまたゝ
くひなくかなしきめをみるもさま/\
おほしつゝけられていたくなき給大将
ことしそ四十六になり給さかりにき
よけにてうすいろのかたもんのさし
ぬきにもよきの御なをしうすいろ
くれなゐなとわさとならぬしもいみ
しうめてたしみこは三十四に」(12ウ)
なり給しろき御そともにうす色
もよきなとことなるいろあひならねと
かきりなくあてになまめかしき御さま
なり少将はさま/\かへり見のみせ
られて心ほそくかなしきにもかの
みこの御ふみをそあたりさらすもた
まへる
  たくへける人のこゝろやかよふらむ
おもかけさらぬなみのうへかな
  わたのはらおきつしほあひにうかふ
あはをともなふ舟のゆくゑしらすも」(13オ)
宰相もわかきめこをとゝめてひとり
いてたれはましておいのなみたそひて
  かすかなるみかさの山の月影は
わかふなのりにおくりくらしも思
しよりもあめかせのわつらひなく
して七日といふにそちかくなりぬとて
浦の気色はるかにみえいはのさまな
へてならすおもしろきその夜めい
しうといふ所につきてことのよし
かの国の御門にそうせさすまつこの
くにのかみいてむかひてふみつくり
あそひなとす人のかたらふこゑ」(13ウ)
とりのさえつるねも見し世に
にすめつらしくおもしろきにゆく
ゑなかりつるなかめはすこしまきれ
ぬれとさま/\思いてらるゝことおほ
くてこしかたのうみをはるかにな
かむれはあをきなみかすかにへた
てゝ雲のいくへともしらぬにあるかき
り物かなしきなかにも少将はさま/\わ
すれぬおもかけそひてうちなみた
くむけしきをしらぬくにの人も
あはれとみてたひねも露けかる
ましう思をきてつゝこまかに心しらへは」(14オ)
宰相もかたみにふみつくりかはして
けうありとおもへれはかくめつらしき
人のいてきそふをなをかしこき
くにとおもへりほとなくめしありて
みやこにまいる程はるかにとをき
山河野原をすきゆけはきひしき
みちさかしき山をこえつゝ行に
五月の雨はれすいとゝかさやとりも
わつらはしけれとみやこにまいりぬ
れはこのころ御かと卅よはかりにや
いみしきひしりの御よなり未央
前殿にいて給てこの人/\をめさる」(14ウ)
ゑふのつかさともいつくしくちんを
ひきてまもりたてまつるなかを
わけて御まへにまいるほとまつ楽の
こゑをとゝのふすくれたるかきりなれ
はくちをしきことなしつきにふみ
なとつくりておの/\心みたまふに
この少将さえの程を御覧するにけ
しうはあらすかしこきはさる物にて
かたちのいとめてたきを御めとゝめて
御らむすとしいくらにかなるとゝひ
給へは宰相十七になるよしを申す
いまたいはけなかりけるほとをいかてかは
かりはたありけむとあはれからせ給いと」(15オ)
わかきうちにかたちのすへて世になき
さまなれはあはれにおほされてとをくも
つかはすみやこちかきあたりときの
大臣におほせ(△&せ)られてさるへき心まうけ
ともえもいはすせさせ給あけたては
宮のうちにめしてさま/\の道を心
見ならはせ給なにことにもすへてもと
のくにの人をよひかたくのみあるに
つけて人はめさましう思ふかたも
あれと御門御らんするやうありていみ
しうめくみかへりみたまふこの人ひとり」(15ウ)
をめしぬきていとけちかくかたらはせ
給を大臣さるへき人/\もなをわさと
ふみをたてまつりこと葉をつくして
いさめたてまつるわかきみあめのし
たしろしめしゝよりいさめことに
したかひまつりことをおさめ給ことなかれ
にさほゝくたすかことしいやしき
くさかりやまかつのことまてすてたま
はすいまはるかなるさかひよりわたり
まいれるたひ人のよはひいたらぬを
ちかつけもちゐ給事御代のきすと」(16オ)
なりぬへしといさめたてまつるをまと
にあやしきまてもちゐたまはす
漢武の金日[石+単]我国の人にあらさりき
【漢武】-カンフ
【金日[石+単]】-キムシチテイ
人をもちゐることはたゝそのかたち
心にしたかふへしとのたまひていとゝし
たしくのみならせ給をあやしきまて
おもひあへれとけにかたち身のさえ
たらひてみえぬさまなるをあはれに
御らむすれはいみしう時めかさせたまふ
みち/\のことふみの心をもいとなつかしく
のたまはせしらするにましていく」(16ウ)
はくの日数ならねとさとりふかくのみ
なりゆくいはけなくおはする太子を
つねに御前にてうつくしみ給とき
かならすさふらはせてことになれつかふ
まつるへき御気色あるにつけて人は
いみしう心えぬことに思へれとこの人
ゆへそかくいさゝかかたふきあやし
まれ給ふこともいてきけるさまことなる
まいひめともかすしらすはなのことかさ
りてえもいはぬしらへをとゝのへこの国
のかほよき人をあつめて心とゝまるへき」(17オ)
ことをせさせ給へともこのくにゝてたに
いみしうしつまれり(△△&れり)し心なれはさらに
みたれすかきりなくおさめたるをかの
国の人はおもひしよりもまめなりけ
りとありかたく御覧すいたはらせ給へと
国のならひいともきをりにこと/\し
くていさゝかのたかひめあらはかならす
おもきあやまちとなりぬへきを
みるにこゝろをそへてつゝしみたれは
たゝひとりねをのみして秋にもなりぬ
八月十三日の月くまなくすみのほりて」(17ウ)
三十六宮まことにのこるくまもなく
おもしろきによるはことなるめしなくて
まいる事なし陣のつは物いつくしう
こゝのへをまもりていている人をもき
ひしくとへはわさとわけ入こともせす
いとまある心ちしてれいのひとりなかめ
ふしたるに心は三千里のほかにあく
かれてすみなれしかたの恋しさもいとゝ
まきるゝかたなけれはたゝ人一二人を
くしてゆくゑもなくみちにまかせていつ
れはしりしらぬ秋の花いろをつくして」(18オ)
いつこをはてともなき野はらのかたつ
かたははるかなるうみにてよせかへる波
に月の光をひたせるをはるかになかめ
やりてみちにまかせてむまをうち
はやめ給へは夜中はかりにもなりぬらん
と見ゆる月かけに松風とをくひゝ
きてたかき山のうへにかすかなる
ろうをつくりてきむひく人ゐたり
心に入たることにて楼のもとにのほる
石きさはしのしもにむまをとゝめ
ておりてのほれは又いとゝをしうへは」(18ウ)
しろきすなこにておろそかなるや
たてりろうはみなみによりてはるかなる
うみを見おろしたりことに人のけわ
いもせすきんのこゑはかりいふよしなく
すみのほりてかきりもなくおもしろきに
いかてこのてならはむの心ふかくてあまり
人はなれにけるけはひはおそろし
けれとこのきさはしをのほれは人
やくるとも思へらすとし八十はかりにて
しろくさらほひたれとよしありけ
たかきおきなのないかしろのほうしを」(19オ)
しいれてそはにすゝりふてはかりをきて
ちりもくもらぬ月かけにきむをひく
なりけりきさはしのうへのこしに
いてとはかりきくに心はすみまさりて
なみたはほろ/\とこほれぬひとのかく
てゐたるを見いるゝさまにもあらすこゑ
はいとおもしろくてきむのこゑにあ
はせてさうかしたるにる物なくめてたし
うちみをこせてあやしとも思へらす
またいふ事もなく心をすませるさま
なれはたゝきゝゐたるにあか月に」(19ウ)
成にけり月のいりなんとする時に
きむをそはなるふくろに入てさしを
きつかうらんのもとなるつゑをとりて
ろうよりおりゆくに琴のこゑをきゝて
よすからきゝあかしつるたひ人の心
のうちをおもしろくつくりてひとり
ことのやうにすんするをきゝてきさ
はしのなかの程にとゝまりてやかて
ふみをつくりかへすいまはつかさをもか
へしたてまつり世にもつかへすしてこの」(20オ)
楼に月をみる身となれゝと日の本
の人めつらかなるかたちを見てよろこ
ふこゝろあるよしをそつくれるなを
いかてこのきんのふかきところなら
はむと思てなをおくりてまた/\ふみを
つくりかはすにこの人おしふるほとに
その名をとひそのこゑをきかさり
しさきよりこよひこゝにして君に
あはむといへる事をしれりききみは
人の国にきむのこゑをつたへひろむ
へき契によりて父母をはなれてわか国」(20ウ)
にわたれりこよひ我にあふこと契
なきにあらすわれこの国にとりて
きむをたつさはれること七十三年
このこゑによりて身にあまる位を
たまはりはからさるに栄花をほと
こす時ありき又この声によりて
よこさまなるうれへにあひ心にあ
まるかなしひにのそめりきつゐに
上柱国太子大傅河南尹をさつけらる
としおとろへ身きはまりてたちゐも
やすからすやまひをかすによりて」(21オ)
つかさをたてまつり身をやす(△&す)めて此
楼に月を見る事よとせになりぬ
秋の月春の花の時たゝこの琴の
こゑによりて心をのへのこりの身を
やしなふしかあれともふかくこの琴
の心をしれる事いまの世にとりては
華陽公主ときこゆる女みこには
【華陽】-クワヤウ
およひたてまつらす君はかのみこの
手よりこのねをはつたふへき人なり
かのみこは八月九月の月のころか
ならすしやう山といふ所にこもりて」(21ウ)
ことのねをとゝのへ給かれはとしはし
めて二十われにおよはぬ事六十三
ねん女の身なれとさきの世に琴
をならひてしはしこの世にやとりた
まへるゆへにおのつからさとりありてそ
のてを仙人につたへたまへりさらに
みやこにかへりてかならすかの山を
たつねたまへこの手をつたへんとおほ
さはゆめ/\みたれたる心をおさめて
まのあたりいさきよくしてこの手を
ならひたまへこの事心よりほかに」(22オ)
もらし給なこの国のならひはひろきに
にてせはしゆるへるにゝてかたしまこと
にふかきところをあらぬ国の人に
をしふる事はおほやけことにいさめ給
へと我世をのかれてのち年をへたる
うへに仏道をならひてすてに戒を
たもてりそら事のつみをおそるゝ
ゆへにこのことをきこえつるなり
その声をならひしりてのちこの国
にてゆめ/\人にきかせたまふなかの
手をつたへたまはむほと心よりほかに」(22ウ)
みたるゝ所ませ給なわれこの世に命を
うけたる事八十年いくはくの月日に
あらぬうへにわか国おほきにみたる
へきによりて又あひ見む事かたし
こよひのたいめむをちきりとして
後の世にかならすふたゝひあい見る事
あらんとす又このことをわすれたまふ
なといひて楼の上にかへりてこの引
つる琴をとりてさつくこれをもちて
かのしやう山をたつね給へそのねを
つたへてのちに我国にしてその声を」(23オ)
たてたまふことなかれとかへす/\ちきり
てあけ行程にあかれぬれはすゝろに
ものかなしくてかへる道すからなかめ
をのみそするくれもはてぬにいそきい
てゝきゝしかたにたつね行いみしき
むまをいとゝうちはやめつゝ夜中
にもなりぬらむとみゆるほとにおなし
ことたかき楼のうへに琴のこゑき
こゆはるかにたつねのほれはみち
いとゝをしこれはかゝみのこと光を」(23ウ)
ならへいらかをつらねてつくれるもの
からやかすすくなくかりそめなるやに
人すむへしと見ゆれとわさとこか
けにかくれつゝろうをたつねのほれは
いひしにかはらすえもいはすめて
たきたまの女たゝ一人琴をひき
ゐたりみたるゝ心あるなとはさはかり
いひしかとうちみるより物おほえす
そこら見つるまいひめの花のかほも
たゝつちのことくになりぬふるさと
にていみしとおもひしかんなひのみこも」(24オ)
見あはするにひなひみたれたまえり
けりあまりこと/\しくもみゆへきかん
さしかみあけ給えるかほつきさらに
けとをからすあてになつかしうきよ
くらうたけなることたゝ秋の月の
くまなき空にすみのほりたる心地
そするにいみしき心まとひをおさ
へてねんしかへしつゝかの琴をき
けはよろつのものゝねひとつにあひて
空にひゝきかよへる事けにありしに
おほくまさりたりとかくの給ことも」(24ウ)
なけれとたゝ夢ちにまとふ心地
なからこのえし琴をとりてかき
たつるを見てもとのしらへをひき
かへてはしめより人のならふへき
手をとゝこほる所なくひとわたり引
給をきくまゝにやかてたとらすこの
ねにつけてかきあはすれはわか
心もすみまさるからにすゝろにふか
き所そひてやかておなしこゑにねの
いつれはてにまかせてもろともにひくに
たとる所なくひきとりつこれも」(25オ)
月のあけ行は琴をゝしやりて
かへらんとしたまふ時にかなしき
事ものにゝすおほえぬなみたこほれ
おちていひしらぬ心地するにみこも
いたうものをおほしみたれたるさま
にて月のかほをつく/\となかめ給へる
かたはらめにる物なく見ゆれいの文
つくりかはしてわかれなんとする時此
のこりの手は九月十三夜より五夜に
なんつくすへきとのたまふ
  雲に吹かせもおよはぬ波ちより」(25ウ)
とひこむ人はそらにしりにきとのた
まへは
  雲のほかとをつさかひのくもゐとも
またかはかりのわかれやはせしときこゆ
ほともなく人/\むかへにまいるをと
すれははしのかたのやまのかけより
の給まゝにかくろへいてぬあけはてぬ
さきにといそきかへれとみの時はかり
にそうちやすみ給へと身にはこゝろも
そはすなかめられてさらにいみしき
こゝろのみたれもいてきぬへきかなと」(26オ)
心ひとつにのみそおもひくたくる今夜
はひむなけにのたまひつれとかひ
なきなからおはすらんさまをもいかて
見むとおもへとみかと月の宴し給
て夜すからあそひあかしたまふつき
の日もいとまゆるされすまとはし
くらさせたまふ雨いみしくふりて
心ほそきたひねもいまさらに
おもかけそへるはけにあちき
なき身の思なり
  しらさりし思をたひの身に」(26ウ)
そへていとゝ露けき夜の雨かな
おなし月日も所からはひさしき心ち
するにひとりねの秋の夜はまして
おもひのこす事なけれともかの御
かた身のねをたにえかきならさす
ありしおしへをおもへはいとゝのみ
つゝしむさへなくさめかたけれは
  わすれしとつたへしことのねに
たてゝ恋たに見はや秋のなかき
夜からうしてあけ行つゝみの声に
勅使いそきゝてけふも御あそひあるへ」(27オ)
きよしいへは日たかうみなまいりあつ
まりぬ心はそらにのみうきたちな
からさま/\あそひくらすにれいの
いとまゆるされす夜もあけぬかの
みこはけふそみやこへかへりたまふ
いはけなくてこの山に物いみし給
ける秋の月の夜仙人くたりてこの
琴をおしへけるによりて八月九月
の月のさかりにはかならすかのやま
にこもりてこのねをならし給いまの
みかとのひとつきさきはらにて世に」(27ウ)
なくもてかしつきたまふみこなれは
あめのしたなひきしたかひきこえ
ぬ人なしこゝのへにいつかれ入た
まふをはるかにきくにいふかひなくもの
かなしくてたゝのたまひしほとを
まちわたるにはかなくすきて
九月十三夜にも成ぬみかと昨日より
なやましくし給てめしなけれは
くれもはてすれいのまとゐいてぬ楼
のけしきかはれる事なしのこる手
ともひきつくし給てれいのあけかたに」(28オ)
なりぬ月も入なむとするにかへりをり
ねとのたまふすへてうこかるへき心ち
もせす御さまかたちはさらにもいは
すはかなきひとこと葉御そのにほひ
まてまことにたくひなき御けはい
をちかくて見たてまつるはうつし心
うせはてぬれとこよひなんこのねを
ひきあはせて心みるへきとのたまふを
たのみにてなく/\かへりいてなむとす
  よしこゝに我たまのをはつきなゝむ
月のゆくゑをはなれさるへくみこ」(28ウ)
いとあはれとおほして
  てなれぬるたまのをことの契ゆへ
あはれとおもひかなしともみるとても
れいのいそかし給へはかくろへいてぬる
なこりありしよりけに物かなしけれは
このわたりちかく山のかけにやとりて
日をくらす
  おほ空の月にたのめしくれ待と
やまのしつくに袖はぬれつゝくれには
ちきりたかへすこのねをならひあかして
わかるゝ空ことに心をつくしてもあまた
夜すきぬれとなをかきりのたひの思は」(29オ)
せきやらんかたなきにことのねも
つたえはてぬれはうちはへなみたに
くれたるけしきをかきりなくあはれと
見たまふあかつき月のかけをつく/\と
なかめたまふまゝに涙のこほるれは
  たまのをのたゆる程なき世の中を
なをみたるへき身の契かな
  たまきはるいのちをけふにかきるとも
身をはおしましきみをしそおもふ
御手をとらへてむせかへりなく気色
をみこもいとあはれと見たまへとこの
楼はむかしひしりのたてをきし」(29ウ)
時よりいさきよき地としてさらに
みたるゝ事なし日月そらにしり
地神しもにまもりたまふ所なりやま
のさますくれてふかき琴のねに
かなへるによりてこの所をしめてこの
しらへをならふ事七年になりぬ
仙人とき/\かよひてことをつくろひ
楼をかさる我もこの世になかゝるまし
けれは一生のゝちかならすこゝにかよひ
てきんのねをきかむとすかゝるちかい
ある所になかくうきあとをとゝめあるま」(30オ)
しき心を見えなは天地のまち見むこと
もはつかしけれはいきてもしにても身には
かふましこのことのねをつたへかく
まてなれぬるも契のなきにはあらす
心のほかにうかりけるひとつゆへに
世のそしりをおふへき身と成に
けれはかくたつねおはせしなりされと
この世にいのちをうけたる事いくはく
ならぬうちにこのかたにみたれあらは
かならす身をほろほすへきわか身
なれとしいていのちにかへておほすにし」(30ウ)
あらは十月三日月のいりなんとせん時
禁中の五鳳楼のもとをたつねおは
【禁】-キン
【鳳楼】-ホウロウ
せかならすそこにいてむとのたまひて
こよひはつねよりことにいそかしおろ
し給へはきこえんかたなくてなく/\
かへり行にみちすからおもかけそ
いてかなしきことありしよりけなり
  みねはうし契その日ははるか
なりなにゝいのちをかけてすくさむ
御門はしはしのことにやとくすりなと
し給しかといとおもうおはしてなやみ
給へはあるかきりおもひなけくにお」(31オ)
こたるさまにもおはせて日ころへぬ
ことなるめしなくてはまいらね(△&ね)とまた
この人をあかすあはれにおほしてよろ
しくおはするひま/\にはめしいてつゝ
かたしけなくのたまひかたらふあらぬ
くにの人としてあひ見る日かすすく
なけれとなむちはかならすひとたひは
くにをたいらくへきさうありわれこの
やまゐつゐにおこたらすは世みたれ
なんとすなむちかならす太子にした
かひておそれのかるゝ心なかれいのち」(31ウ)
あやふみなくしてかならすもとのくにゝ
かへるへしおもふゆへありてこのことを
もらしついま見きくことをもとの国に
してあたにかたりもらすことなかれ
人のくにゝかへりさるとも前の世の
ちきりありてつゐに我身にはなれぬ
ゆへあるへしかならすこのよしをわ
すれす我こと葉をそむくへからす
とのたまふいみしうかなしうてもとの
国にてさらにゆみやのむかふかたを
しらすいふかひなかりしよしを申に」(32オ)
人/\まいれはのたまひさしつもとつ
かうまつる人よりもこまかにのたまい
つるをあはれにかなしくおもふ十月
三日にもなりぬたのめたまひしもし
まことならん時とおもふよりいとゝ心はさ
はきてかのろうのもとにまちゐ
たり宮のうちつねよりもつは物
いつくしくわつらはしきけしきなれと
わりなくまきれ入たるにけに月のいる
程いたくもまたれすいておはしたる
さまかたち中/\かの月かけよりけに」(32ウ)
めてたきをみるまゝに涙はさきに
たちて廻廊のいしのたんにたゝ時の
程あかきとひらをひきたてたれは
いとくらきにうちにほひたまへる御そ
のにほひなとはなへてのかうにしみ
たるにもあらすたゝ世のつねならす
なつかしうかきりなき御けはひみて
もあかぬにかたみにとりあへすこほるゝ
なみたにくれつゝなにこともえきこえ
あへすおもひいりたるさまいみしきに
女もうつし心うせはてゝそれもむかしの契」(33オ)
いひなからいとかふあるましき心つかひ
をしつるも我心のあやまりにもあらす
きんのこゑによりてかならす身をほろ
ほすゆへともなるへしと仙人のをし
へしをおもへはいまこの時なりこれを
かきりとおもふとも人の心ならひ
さてしもえやむましきわさなれは
つゐにみたれいてこむとすまことに
我をしのふこゝろふかくあらぬ国にても
われたまふましくはこよひあたのい
のちをうしなひてかならすのちの」(33ウ)
世の契をむすはむとのたまひてした
ものこしよりすいしやうの玉の手に
入ほとなるをとりいてゝつゐにわか契
をわすれすの給まゝのこゝろならは
このたまを身はなたすもちてい
みしきあめかせのさはきなみのした
なりともついにおとしうしなはてわか
くにゝかへり給へきけは日本にはつせ
寺といひて観音おはすなりかの
寺にこのたまをもてまいりて三七日
その法をおこなひ給へさてのみなむ」(34オ)
この世の人のそしりをおはてかならす
ふたゝひあひみるへきとの給てまた
ふけぬほとにかくろへいりたまひぬる
なこりいへはさらなり袖をおしあてゝ
なく/\このたまをにきりもちてわけ
いつる心地はたしやう山をいてしあか月に
すきたり
  さめぬよのゆめのたゝちをうつゝにて
いつをかきりのわかれなるらんみこは
宮にかへりたまひておほしつゝ
くるにさま/\うかりける契はさらにも」(34ウ)
いはすわか心もかうなからこの世に
なからへはかならすうき名をとゝむへき
身なりけりとおほすによろつに
おもひとちめつれはくらき夜の空を
ひとりなかめて心のゆくかきり御てに
まかせてひきすまし給へるきんのね
みかきの松風にかよひあひていふ
よしなくものかなしきにいなつましき
りにして雲のたゝすまひたゝ
ならねは
  いなつまのさやかにてらす雲のうへに」(35オ)
我おもふことは空に見ゆらしうき
身はこよひにかきるともしやう山の
月のもとにしてつたへしことのねに
ちきりたえすはなみのほかくもの
よそに身をかへあるいは天となりある
いは人となるともこのきんかならす
わすれすたつねことのたまひて玉の
すたれのなかはをまきあけて琴を
をしいてゝしろきあふきの御かた
はらなるしてうちあふきたまへるに
きんのことそらにのほりてはるかに」(35ウ)
とひさりぬるをつく/\とうちなかめて
なみたのこほるゝをあふきにまきら
はしてかたはらふしたまへるさまとう
ろの火のひと(と$か)りのほのかなるほかけに
にるものなくめてたきをやかて露
のきえゆくやうにいふかひなく見えた
まへは御まへにさふらふかきりさはき
たちてなきとよむに御かともき
こしめしつけていといふかひなくくち
をしきことをおほしなけくあけ
ゆくまゝにいまはかきりの御さまなれは」(36オ)
いふかひなくてまつこゝのへをいたし
たてまつらんとさはくみかきのほか
にてきゝつけたるあけほのゝ心ちそ
いふはおろかなるいける心地もせぬ
に御かともほとなくうちつゝきかくれ給
ぬれはくにのうち思へるさまいみし
きはさる物にてこの御かとの御子また
いはけなくおはする太子にたち給へる
と御おとゝの燕王ときこゆると国を
あらそひてつは物ゝみたれたちまちに」(36ウ)
いてきぬしたしうつかうまつりしか
きりは太子の御方にてまとひあへり
かつならひたる人もいくさのたけく
いさめるにおそれてあなたに心を
つけあるはひきてうつりゆくあるはつは
物をあつめてきさき太子をかたふけ
たてまつらんとす家をならへかとを
ならへてたゝかひのほかの事なし
あるははかりことあらはれてめしとりて
いのちをほろほされあるいは将相くに」(37オ)
のまつりことをしりつは物をつかさ
とるへきひと/\をはかりころしてにけ
てあなたにしたかひさはかしきこと
いはんかたなしこの人はことくにの人
なれとみなこなたにましはりて心より
ほかにいくさのうちにいていれとかの
たまを身はなたぬことよりほかに
なくていかてこの国をさりなんと
おもへともたかひにまもりいましめ
つゝいさゝかのひまなししいてにけ」(37ウ)
いてゝも又かなふへきならねはおもひ
やるかたもなし御かとも御子ものちの
御わさといふ事なくたゝいくさにまと
はれてはかりことをさためつは物を
えらはるゝほかのことなしとしもおと
なひよろつのことを身つからをこな
ひたまふかたはさこそいへいくさのたけ
もこよなくはかり事もかしこけれは
日にそへてつよりゆくについにかたきの
つは物[水+童]関といふせきをこえぬいくさの
【[水+童]関】-トウカン」(38オ)
たけくやさきのけやけくいさめる
事おもてをむかふへきにあらすとて
ふせくつは物あめのあしのことにけ
かへるおとなひいふよしなくおそろしきに
御かとはゝきさきひとつ御こしにのり給
てにはかに未央宮をいて給ぬさすかに
【未央】-ビヤウ
文武のつかさをしたかへてさるへき
くにのたからともはもたせ給へれと我
さきにとまとひいつるみちせむかたな
きに心よりほかにともなひそめての」(38ウ)
かれいてんかたもなけれはよるともいは
すはせはしるよりほかのことなしおふ
つは物はいかめしういかれるかきりをえ
らひとゝのへたりこなたはいはけなき
きみにきさきをさえそへたてま
つりてもてあつかへはおなしさかしき山
ふかき水をもところせくゆきなや
みつゝおなしみちもやすからぬに
おふいくさすてにちかつきぬるよしを
申ふにわつかにしたかひたてまつる」(39オ)
つは物は心よはくみちのかたわらにの
かれとゝまり山はやしにかくれ
つゝ宮こをいてし時のなかはに
をよはす日のくれかたにあれたる寺
の中に行かゝりてのかれむはかり
ことなくまとひあへり

  松浦宮二」(39ウ)

十月廿日あまりなれは峯のあらし
はけしくふきはらひて四方の木の
葉もきをひかほなる山の色/\すこ
しうち時雨たる雲のたえまの日
かけさへけはひ物さひしきにみこ
しのかたひらはかりまきれぬいろに
見わたされてさすかにさゝけもたる
天子のしるしのはたのかす/\風に
ひるかへるもあめ露にいたくしほれ
て色あひすさましきをみるかきり」(40オ)
このみちにともなひはてたてまつ
らん心ある人はすれ(れ$くな)けれとさてはな
れにけても身のたすからむことは
かたきに物おもひわきまへたるたく
いもなしきさきむねとたのみ給える
臣下をめしよせてかさねてはかり
ことをさため給燕のいくさのやさ
きをおそるゝによりておろかに宮
このさかひをいてぬ蜀山のはるか
に剣閣のさかしきをたのみて」(40ウ)
わつかに人のいのちをたすけんとするに
みちとをくひとつかれてあたのいくさ
すてにちかつきにたりいふかひなき
みちのかたわらにやとりてかりは
にいてたるかせきのことくに命を
ほろほさんことおなし身のはちと
いふなかにおもふところなく人の世まて
かたりつたへられんことはおの/\いたみ
おもはさるへしやおなしううしな
はむいのちを猶ひとかたおもひうる」(41オ)
ところありてあたのはかりことを
みたらん事いかゝすへきとのたまふ
にさらにはかりことをいたしわきまへ
申す人もなしおもての色/\かはり
こと葉こゑをうしなひておもひまと
へるさままことに事きはまりて見ゆ
きさきかさねてのたまふかの大将軍
宇文会人のかたちにしてとらの心
ありむかふところのちから山をぬき
いつるや石をとをすたとひいくさの」(41ウ)
たけひとしくとも人のちからむかふ
へきにあらすいはんや我かたはにけ
のかれてかれか十ふんにをよはすひ
ろき野中にていとみたゝかふへき
にあらすゝみやかにすきつる山に
かへりいりてかれかいくさのゆきすきん
うしろをゝそいてまへうしろにこゑを
あはせて心よくたゝかひておなし
ちりはひともならんはかりそいまひとつ
のはかりことなるへき宇文会心の」(42オ)
くにをやふりそむきちからのむかふ
所をやふるはかりにてはかりことおろ
かにつは物をもちゐる事かろ/\
しかならすその心さしをうしなひ
つへしとのたまふ時になをかへり
むかはむと思へるたくひすくなし
きさきとりわきてこの弁を御こしの
かたはらによひよせて身つからかたら
ひたまふさかひのほかしらぬ国より
わたりきて君臣のよし見あるへき」(42ウ)
月日をたにおくらねはみすてらるま
しきゆへもなけれとさるへくてこそ
大行皇帝も人よりことにおほし
いたはりけふかゝるうれへのみちにも
ともなふ身となるらめすき給にし
のこりの恩をわすれすは今夜せめ
きたるをあひふせくはかりことを
めくらしてはけみたゝかふへし
和国はつは物ゝくにとしてちいさけれ
とも神のまもりつよく人の心かしこ」(43オ)
かむなりことなるはかりことをいたし
ちからをつくせとなく/\のたまふ
時にまたものをとかく思まする身
にもあらさりつれとさらすとてい
まはにけのかれんかたもなしけふに
かきりつる身なれはゆきわかるとて
やすかるへきみちにもあらすかたし
けなくうちむかひたまへるかほか
たち御こゑけはひのきよらかに
うつくしうらうたけなり(り$る)事御」(43ウ)
くらゐの程かきりあるにやあはれに
かなしうみすてたてまつりかたきに
御くちつからのたまひつることをいな
ふへくも(△△&くも)おほえねは本国にしてゆみや
のむかへるかたをしらさりきたゝあたに
むかひていのちをほろほして国の
おんをほうすへきよしを申てさら
にきつるかたへかへりむかはむとす前帝
のたのみたまへりし大臣大将軍も此
時人にはかりうしなはれぬす人にさし」(44オ)
ころされなとしつゝかたへはうせにけれは
后の御せうと大尉衛将軍[登+邑]立成司
【尉衛】-ヰエイ
【[登+邑]立成】-トウリツセイ
【司空】-シクウ
空済陰候長孫慶車騎将軍上柱
【柱】-チウ
国楊巨源龍武大将軍独孤栄と云人
【楊巨】-ヤウキヨ
【龍武】-リヨウフ
【独孤栄】-トクコエイ
四人をむねとしてうちむかはむとす
尚書左僕射王猷左将軍陳玄英
【尚書】-シヤウシヨ
【僕射】-ホクヤ
【猷】-イウ
【陳玄英】-チムクエンエイ
御こしにつきて心さしはかりはをの/\お
こなへとしたかふつは物いくはくに
あらすましてわか本国の人弓箭
をもたすいふかひなきゝはまてとり」(44ウ)
あつめて五六十人はかりたゝ御けし
きのそむきかたくかなしきはかりに
身をかへてすゝむみちのさきにたち
ぬわか本国の神仏を念したてま
つりてはるかにかへりむかふみちやう/\
日はくれはてゝいとくらき夜にふかき
山に入ていはをこえ木のねをふ
みてまとひゆけはかたきにむか
はぬさきにおちいりしぬる物もおほか
れとめくれる山のまへははるかなる」(45オ)
うみつらのまたみちもなきを見を
きてはやまのしけりにかくろへてはる
かに見わたさるゝ程にはかなき木
の枝木の葉をかきあつめて人一二
人をとゝめおきつ我ははるかにき
つるかたにかへりてたかきみねに
をりゐてまつにおふいくさ三万人
はかりよのあけかたにこのうらをすき
行にとをりはつる程にたかき
は山のをちこち二三十里はかりに」(45ウ)
ひとたひに火をあはせてけふりを
たつるくらき夜の空に見えまかふ
ときうしろにこゑをあはせておほ
きによはひてはせくたるにおもはぬ
かたにかたきをえてむかひあふ心
なしまへうしろひとたひによはひ
あはせたるにつゝまれぬと思ふに
心をまとはしてうみのかたへはしり
たうるゝ時やまのかせきをおふか
ことくいはらふやさきにあふ物」(46オ)
なし大将軍宇文会あめのしたならひ
なきつは物にてちからのたえ身の
たれること世のつねの人にゝすその名
をきゝてたにふるひおそれぬ人なし
うしろにかたきをえたれともおとろき
おそるゝ心さしすゝむかたのさきに
たちたれとふとくいくさにあひて独
孤栄をみつくるまゝにとふかことくに
はせあひてその身をひきよせてこと
とはすくひをうちおとすを見て又」(46ウ)
むかはむとする物なしむかふつは物
かすのまゝにとりひしかむとするに
うしろのかたにすくれてゆみいる物
ありときゝてはせかへる夜のしらむ
程にかれとみつくるまゝにとふかこと
くにかゝるをひきまうけたるやにて
よろひのあきまをいるにやをうけ
なからいさゝかたはむ所なく太刀を
ぬきてともなふつは物七八人もろと
もにひとりをなかにとりこめむと馬の」(47オ)
かしらをならへてはせかゝる時にせん
かたなくて我もたちをぬきてうち
あはむとするをものゝかすとも思はす
わかてに入たる物ゝやうにおもひつるに
ひとりと見つる左右にかたちすかた
むまくらまてたゝおなしさまなる
人四人たちまちにいてきぬるにたけ
き心もしはしとゝこほりて見さためて
うたんとするにおなしさまなる人
また五人宇文会かうしろにはせかけて
ならへる八人かたちぬきたるみ」(47ウ)
きのかたよりたけなとをうちわるやうに
むまくらまて一かたなにわりさき
つる時にとをく見る物またこの人
にゆみをひきかたなをぬきてむか
はむと思ふなしもとよりわかてのたれる
をたのみて人をもちゐる心なくて
みたりかはしくかりあつめたるいくさ
なれは名をゝしみはちをしる物なし
山にかくれ水に入よろひをぬき
弓箭をすてゝまとひのかるゝをめに
かゝるにしたかゐてうちゝらし」(48オ)
つるに日のいまたいてぬさきに三万
のいくさむかひあひてたゝかはむと
する物なしさま/\の物をもたせて
月日をわたるへきかまへをしたれは
つかれたるいくさかてをえてかつ/\
たのしみよろこふおなしすかた十
人と見つる人はいぬらむかたもしらす
たゝいまはしらぬ国の人とそしりし
心ともにもいかてかこれをおもひよろ
こはさらん心のうちにはまして身の
たすかりぬるにつけてはち思ふらめと」(48ウ)
いさゝか我身のちからとおもはすたゝ
かしこき御はかりことのことのむなしからぬを
ほめたてまつる千よ人のいくさ宇文会か
手にかゝりつる廿人はかりならてはきす
つきいためる物なしやすみよろこへる
心たとへんかたなきにまたこしかた
よりつは物かすもなくみえてはるか
なるはまをうちいてたるにおの/\こゝろ
まとひてさはきにけさらんとするに
いくさのたけをみるにそのいきをひ
すてにおよふへからすかれをみてにけ」(49オ)
はしるとものかるへきにあらすいまは
おなしくしなんいのちなれはかたきに
むかひてこそ身をうしなはめとしり
そくつは物をもよをしてさきの
ことく山にうちのほりて又かれをまたん
とするけしきやしるかりけむいま
くるいくさつかひをはしらせて河
【河南道】-カナムタウノ
南道行台右衛将軍徐州刺史尉
【行台】-カウタイ
【右衛将】-イウエイシヤウ
【徐州】-シヨシウ
【刺史尉】-シシウツ
遅憲徳先帝のことにおもくし給し
【遅憲徳】-チケムトク
人とをきさかひをおさめてくにのかな
しひもあはすつは物おこりぬるよしを」(49ウ)
きゝてはせまいりつれと宇文会か軍
にへたてられてしはらくすゝむ事を
えさりつるにこよひいくさすてにむかい
あひぬときゝてはせきたるよしを
いはせたりこなたのつは物もかねて
その心さしをしりてよるひるたのみ
をかけまちのそむ人なれはおの/\
なく/\よろこひの涙をなかして
まちつけてあひともにかへりまいらむ
とすとをくてはうしろも見えさりつ
れと昨日をいこしいくさにはむかふへ」(50オ)
くもあらさりけり三千きはかりそありける
燕のいくさにゆきあはんをいのちのか
きりとおもひてきつる道にはからす
やふれしりそくをみて海にいり山に
かくれつるいくさおほくはこのてにかゝりて
名をしられ官ある人いふかひなくいけ
なからとられたるをたに思のほかに思ひ
よろこふにかの八人か同所にきりち
らされたるかたなのあとをみるにおの/\
おそれおとろくけしきかきりなしもろ
ともに昨日おはしましゝかりの宮に」(50ウ)
かへりまいりぬ蜀山の后三萬の軍を
時のまにほろほし尉遅憲徳をまち
つけたまひてかた/\によろこひの
なみたをなかしてそも/\このみちに
したかへるひと/\かゝるたひの空に
してはからさる三万のいくさくつるゝことく
ほろひうせぬるをみなから猶剣閣の
さかしきみちにむかふへしやいまは
これよりみやこにかへりいらんなにの
おそるゝことかあらむとのたまふ時に
人々なをあやふみおもへる所おほし」(51オ)
燕王あらたにまつりことにのそみて国
のいくささかりに胡のむまこえたり
つは物つかれてたちまちにかへり
むかはん事いかゝと思うたかへりき
さきかさねて憲徳にかたらひ給ふ
此いくさのおこりはしめより燕王のつは物
のこはくむかふ所のかならすやふれし
ことは燕王のゐにをそれしか宇文会
かちからかとゝひたまふ人/\みな宇文
会かちからなりと申時にしかあらは
かれかたうとしてつは物のほまれありし」(51ウ)
八人天のせめをかうふりて一所にかは
ねをさらしつおのかちからをたのみて
人をもちゐすしたしきゆかりとし
ころのよしみによりて将軍の名を
かりいくさをねきらへしかとそのいの
ちをうしなふを見て一人名をゝしみ
はちをしる物なくして憲徳かとらへ
人となりぬ燕王のもちゐる所は金を
あませる商人さけ色にふける少羊
なりさらにいくさのはかりことをしらし
いまきく所その名をしられたるもの」(52オ)
ありやとゝひ給ときにおの/\いつれあり
といふ事を申さす后われをろかに
いやしき女の身いとけなきよはひ
にしてかたしけなくかしこき君につ
かうまつることをゆるされ身にあまる
位にそなはりて十かへりの春秋をゝ
くりしかと牝鶏のあしたするいましめ
【牝鶏】-シンケイ
をゝそれて[手+夜]庭のせはき身のうへのこと
【[木+夜]庭】-エキテイ
をたにきみのみことのりにあらすして
一事詞をくはへおこなはさりきいま
はからさるに国のかなしひにあひて越女」(52ウ)
の思にしぬるあとをおはぬあやまち
によりてみたるゝくにのはちをうく
臣下の中にその人をえらひて国
の政をさつくへき御かとの御やまひの
ゆかのもとに顧命をうけ給て朝をた
すくへかりし人/\は逆臣のはかりこと
によりてよこさまにいのちをうし
なはてつこのみちにともなふ人/\は
おの/\そのみちをまもらんとしてしり
そく心のみあれはうつは物にあらすおろ
かにたえぬ身にしてたかき世にたにみ」(53オ)
たれし国のあとををひてなましひに
母后朝にのそむ名をぬすまむとす
わさはひすみやかにこときはまりぬれは
かへさひさたむるにたにおよはすとし
ころいましめをまもりてこと葉をいた
さねはおろかに国をみたるそしりも
あらしみしかき心におほきなること
をはかる事たゝけふはかりなり宇文
会すてに身をほろほして燕王さ
ためて手あしをうしなふことくならん
この時をすくさす帰いらんにさらに
ふせきたゝかふ物あらし我蜀山に」(53ウ)
のかれて燕王政にのそみ人民なかは
したかひなはいまさらにさかしき山を
いてゝおさまれるくにゝむかはむ事
いつれの日にかあらんしかしけふいくさ
をすゝめてすみやかに長安のみちに
かへらんにはとのたまふ時に臣下おの/\
はかり事おろかにしてつは物のつか
れつることをゝそれ申つれといまのみこと
のりそのことはりのかるゝ所なし早く
都にかへりいらせ給へしと申たゝ
しけふなをいくさやすめてあか月に」(54オ)
いておはしますへしと申時に今夜かり
の宮にとまり給ふ弁はおもひま(ま$よ)らぬ
ちからをつくしてはからさるにたけ
きほまれをきはめつれとそらをあゆむ
心地のみして身もいとくるしけれは
すこしくまある木のもとにやとりして
ゐなからといふはかりうちやすめるに昨日
の御すかたなから
  なみのほかきしもせさらむ里なから
我国人にたちはゝなれすとのたま
はせて甲胄をはしめものゝく御むまくらを」(54ウ)
たまふとみてうち見あけたれは
ゆめにもあらすさなからまへにをかれ
たりたのもしううれしとは世の
つねなりし水のなかるゝところをた
つねてあみきよまはりておかみたて
まつるいまさらに心もたけうなりてあ
くるけはひするにいそきまいりぬ
后憲徳立成をめして先帝のかき
おき給へるふみをみせ給もとのくらゐ
いやしくよはひいたらすともそのくん
こうあらは官位をゝしまるましきよし」(55オ)
なりかねてかく見しり給へりけるを見
れは申かへす人なく龍武大将軍と
してそのよそひをとゝのへたれとこの
国に見ならはすおほきなるゆみや
をおひいひしらぬ馬にのりてすゝむ
いくさのさきにくにの人おにのこ
とくに思へる八人かくひをなかきほこに
さゝけさせたるをみてゆみやもたる
物はふせきたゝかはむとする心なくに
けかくれぬ寺々の老僧つは物に
たへぬ老たるおきなむらさとの」(55ウ)
女はらみちにいてゝかつ/\かへり給み
ゆきをゝかみよろこひたてまつるのか
れとまりし御かたのいくさきをひまい
りて身のやまひをこりをやのやまい
をとふらひしよしを申くはゝりそへる
いくさ万人にすきたりいたつらにとをき
野山をすきてくれぬれはなをかり
の宮にやとり給よるはすくれたるいくさ
をえらひとゝのへて宮をいましめまもる
三日といふにみやこに入給はむとす
燕王のいくさをゝこしはしめ胡の国」(56オ)
のゑひすをかたらひくしたり宇文会に
ともなはすこの都門をふせかむとす
やくらをかまへみそをほりておのかゝ
たちのいかめしきをたのみて甲胄
をきすなかきほこをとりとくのや
をまうけてふせきたゝかはむとするに
いくさまたおそれてすゝみかたき時に
いよ/\いさめる心をおこして一人はな
れいつかれかみしかきゆみやの
およはぬ程より見ならはすなかき
やをはなつにかしこきかためと」(56ウ)
たのめるあつきいたをかれたる木の葉
なとのことくにとをりて内なる人に
あたる時にえひすふるひおちてく
たりしりそかむとする時にれいの
色もすかたもかはらぬひと/\かれらか
にけかへらんとするみちよりむか
ひてふせきつるいくさを宇文会
かことくにうちゝらす時にまぬかれ
のかるゝ物なしそこらの胡人ちりはひに
なりぬ城をうちやふりて御ゆきを
むかへたてまつるにあなたの人の」(57オ)
めには十人有ける人の九人は門をこえ
て入みたれぬると見けりみをくる人
きりふかくたちてゆくかたたしかに
みえねはことにわきまふることなしひら
ける門よりうちいるみちもさりあへす
人はうちちらされむまははなれはしり
ゆみやたちかたな木の葉のやうに
ちれるうへをふみこゆる軍かつ/\
かたなのあとをみさはく燕王宮をい
てゝとひにくる憲徳をつかはしてそ
の身三人の子をいけなからとらへて」(57ウ)
金[土+庸]城といふ所に閉てさけをのませて
【金[土+庸]城】-キンヨウセイ
ころしつ御かと后本宮にかへり入給
このたひのいくさまたこと人のちから
をからす宇文会か友八人胡のくにの
すくれたるつは物七十余人をちりはひに
うちくたきつることまたてをまし
へるひともなけれといさゝかもそのゝち
にほこらすおそれつゝしみてさつけられし
官位をかへしたてまつるいくさのちんに
ましはりてあたにむかふ時に一たんの名を
からすはそのゐありかたきによりてなま」(58オ)
しゐにかへさひ申さりきとしわかく
さえおろかなるたひ人の身にさらに
たうへきにあらすと申のかるゝを
后さらにゆるしたまはす天のさつくる
所ありてよこさまのいくさひと時に
ほろひぬれと国をそむきしともから
そのかすいまたつきすとのたまひて
猶こゝのへの御かとをいましめまもらせ
たまふ燕王したかひて心よりほかに
もよをしいたされしたくひはみなゆ
るし給こなたよりにけのかれてむか」(58ウ)
ひしともからはたつねいてらるゝにした
かひていのちをうしなひていゑをほろ
ほさるいくはくの日かすにあらす天下
おさまりはてゝ御門位につき給ふのち
にそちゝ御かとの御はうふりの事なと
かれもこれもきしきをとゝのへさま/\
あるへきさほうをつくされける世中諒
闇なるうへにきさきの御をきてひと
へにけんやくをさきとしてよろつの
事につけて人のわつらひをはふかる
民のちからをいたはりおほやけのせめを」(59オ)
とゝめてたのしひよろこはぬたくひ
なし早朝に朝堂にうす物ゝ帳をたれ
て日ことにきこしめす事はてゝ露
寝に入たまひてはさえあるかきりをめ
しあつめて文をかうし理ろむして
御かとをおしへすゝめたてまつり給ふ
あしたゆふへにくにさかへ民やすか
るへきみちをのみきこえしらせ給御門
いはけなくおはしませとちゝ御かと
母后にもなをすゝみてむかしのひしり
の御代をしたひねかひ給事ふか」(59ウ)
けれはなへての人も心をつくろひ
身をつゝしみていまよりなひきした
かひたてまつるたゝ二三十日にしまの
ほかまてのとかにおさまりぬかゝ
る中にもたゝ人しれすもとの国に
かへりなん事をのみねかひおもへと
かきりあるあとによりて三年を
すくすへきうへにいやしききはに
たにくらゐをさつけられぬる人は
かへるならひなしとのみ人もそしり
おもへれはわつらはしかるへけれと」(60オ)
これはなにのためしをもしらすたゝ
おもはむ心さしをたかへしときさき
の心をつくしていたはり給冬の程は
海のおもてあれて人のかよふためし
なけれは春をすくすへきよしをのた
まはすれは月日をまちつゝあかしくらす
大使の宰相は身のやまひありて
みゆきにつかうまつらすふかき山
てらにのかれこもりたりけるは燕王に
したかふうたかひをおひてつみに
あたるへかりけれとあやまちなきよしを」(60ウ)
申ゆるしてもとのことく月俸なと
いふ事たまはれとかきりあるためし
三年をすくしてかへさるへきにさた
まりぬとしあらたまりてはかすみ
行空のけしきむめのかうくひす
のさえつりもやう/\けしきことなる
にましておもふ事おほくなかめあかせ
とあしたには衙鼓のこゑをきゝておの
【衙鼓】-カコ
おのいそきまいるにいとまなくておほ
やけわたくしゆふへにそいとしつか
なれはれいのことふみの心なとゝか」(61オ)
せてきこしめしつる人/\かたへはしり
そきぬれとこまやかなる御物かたりなと
ありていそきもまかりいてぬ程に日
くれぬ月はなやかにさしいてゝおかし
きほとにきさきもすこしけちかく
おはします程にさてもことにいてんに
つけて中/\あさうなりぬへきによりいと
まなきまつりことにのそみておろか
なる心のおよはぬところおほかるにま
きれつゝおもひしる心をたにはる
けぬかなわかくにはよこさまのわさ」(61ウ)
わいおこりてたちまちにほろひなん
としきかの宇文会身のちからあめの
したにならひなく心とらおほかみの
ことしもはらに天下をのむ心をさし
はさめるによりて御かと官位をさつ
けたまはすちかつけつかひたまはさ
りきいのちをたゝるへかりしに国の
ならひゑひすのくにことにこはくして
おのつからみたれいてくるによりてた
けきつは物をうしなはれすいやしく
まつしき物にてすてをかれたりき」(62オ)
これによりてうらむる心ふかくして
おろかにむさほれる燕王をかたらひ
てすてに天下をとりきかたきに
むかふ程臣下の名をかりしかとまつり
ことをとりてん時さらに燕王にした
かふへからすたちまちに我朝庭を
ほろほしまつり事をたちてんとせし
時そのうつは物にあらすおろかにいや
しき身はわかくおよはぬよはひにて
位をかたしけなくしてきみにつかへ
たてまつりし身をたちまちに」(62ウ)
宇文会かとらはれ人となりてしゝみに
はちをうけん事かなしひの中の
おほきなるかなしひなりしかは心に
かなふいのちはかりをうしなひてみちの
そらにかはねをさらすはちにあひなん
としきはからさる一人のちからによりて
身のうへのはちをのかれわか宗廟
社しよくを二たひおこしつきつる
【しよく】-稷
事こと葉にのへふてにかきつくす
へき恩のふかさにあらすよゝのおこ
なひきたるふるきあとにしたかはゝ」(63オ)
時のまつりことをさつけ国の半をわかつ
【半】-なかは
ともなをこれをもてふかきにむくひ
かたしいまこの時にあたりて恩をむ
くひしやうをおこなはぬあとをのこす
人のあやしひうたかふへき所なるは
まつくにのならひかはかりのきはならぬ
いやしき位をたにさつけつるのち
もとのくにゝかへり我朝をさるためし
なしかつは恩をしりあとにしたか
はゝたとひその心さしにそむくとも
おしみとゝむること葉をつくして」(63ウ)
ひとへにしたひおもふへきをことはり
なりしかあるをその身におきては
先帝もかゝみしり給へりきおろか
なる心にもおもふ所ありかならす本国
にかへるねかひふかくしてこれをさま
たけは恩をしる本意にそむくへし
またその身にみやうのたすけありて
めのまへにあらはれたるおに神のちから
たちそひてたゝひとのならひにこと
なるは国津神のしたかひまもりまち
むかへ給心のふかきによるゆへなりとゝむ」(64オ)
ともとゝまりかたくおしむともおしまる
ましき前世のちきりひとことのゆへ
によりてはけしきなみ風をわけし
らぬ国さかひにわたれる人なれは恩を
もむくひかたく別をもおしみかたきに
よりておもひしる心は山よりもたかく
海よりもふかけれとおしき月日のすき
ゆくわかれをいましはしとたにとゝ
めぬなんいとかなしきなにのふかき
ことはりよりもしらぬ野中にすてられ
なんとせし時としころのよしみある」(64ウ)
へき人もおの/\さてものかるましき
いのちをおしみあたにおそるゝいろ
あらはれてかへりむかふ人なかりしに
しらぬ国の人いたらぬよはひにて
我いくさのさきとして人の心をは
けまされにし日はるかに見おくりし
よりはからさる世にまためくはるゝ命也
ともおしむましう心にちかひてし
心さしのほとをおもひしりけりとたに
なに事にかは思ふはかりのいろは見ゆへ
きとのたまはするまゝに御なみたの」(65オ)
ほろ/\とこほれぬる御かたちけはひの
らうたくきよらなるさま春の花の雨
にぬれたらんよりもむめかゝをにほひ
柳か枝にさきてたになをあかす
うつくしけなるをいとけちかうみたてま
つるにさらにたくひたになしこの
くに人にみたるゝふしなくおそれ
つゝしみしうへに心のみたれしころも
のうらのたまをえてはまたわくるも
心を思はなれにしかとたゝうちみた
てまつるよりのたまひいてつる御こと」(65ウ)
の葉をそむくへきかたもなくふたり
のをやのまち給らん故郷をいまかた
時もいかてかとおもふいのちをたにこの
御一こと葉にかへんはえおしむましう
あはれにかなしうみたてまつるまゝに
なみたのみつゝきおちてきこえいつ
へきことのはもおほえす御かとのいと
ちかくおはしましてのたまひつゝ
くることをきこしめすまゝに袖を
おしあてゝえためらひやり給はぬ
御かたちいみしうにかよひてきよらに」(66オ)
みえたまふ前世かけてくまなく御
覧ししりにけれははつかしうもかた
しけなくもおもひつゝくる心もつき
てたゝかしこまりてさふらふはからさる
たひのみゆきにつかうまつりてかたし
けなきおほせ事をうけたまはりし
ひとことにいのちをすてゝならひしら
ぬいくさにむかひ侍にしほかなにはかり
の国の忠となるつとめかは侍らんみや
こをいてゝかれかやさきにかゝりなむ
にたれものかるへきいのちに侍らさりし」(66ウ)
(67オ~70ウまで4丁落丁)
へきけはひも見えすやう/\ふけ
ゆくそらものゝねはすみまさりて
いふよしなき梅のにほひにたちいつ
へき心地もせねはやをらすへりいれと
おとろくけしきもなしおくふか
けれはさやかにも見えすおそろしう
さへおほゆれと身にしむにほひを
しるへにてちかうよれと見いるゝさま
にもあらすこゑをたつねて月にさそ
はれつるよしをいへといらふることなし
いとゝしきにほひのなつかしさに袖を」(71オ)
ひきうこかしてをとれとおとろきあや
しむけしきもなしけちかきにい
とゝ心はみたれてやをらかきよすれは
いとなつかしきけはひにてうちなひ
きぬ時のまに思ひまとはるゝこゝろの
うちはありしよりけにせんかたもおほえ
すかれはたゝ空行月の心ちして
此世の事とたにおほえさりしをこれは
よをしらぬにもあらす物なれけちかき
けはひのなつかしうらうたけなる
こと又たとへていはむかたもなし時の」(71ウ)
まのへたてもかなしかりぬへくおもひま
とはるゝにいくらのこと葉をつくせといら
ふる事もなしたゝなみたはかりそかた
みにせきあへぬちよを一夜にたにせん
すへなき心ちにとりのこゑもき
こゆれとかたみにうこくけしきも
なしおきて行へきかたもおほえね
はかくて世はつくしつへきに門に
たてりし人そいといたくこはつくる
なる女もいみしう思みたれたるにや
空のかすけしきもなしたゝ涙に」(72オ)
にくれていひいつること葉もなしこの女より
きてあかくなりぬへしひるはいとひん
なき所になといたういそかせはおのかき
ぬ/\いける心地もせす身には心もそ
はてをしいたさるゝほといふはおろか
なりふかくあはれとおもへるけしき
はいろにいつれとさらにいふ事も
なしこの人にもかへす/\ちきりを
きていつるもそらをあゆむ心ちして
なをいみしうあやしけれは身はなれす
つかひならす随身をとゝめてこのわ」(72ウ)
たりにてもしこれよりいつる人あらは
かならす行つかんところみよといひて
とゝめをきてあかくならははしたな
かるへけれはいそきかへりぬいたう程もへ
すこのおのこかへりきたりもしいて
たまふ人やあるとまもり侍れとさらに
人かけも侍らすうちのかたにおとする
ひとも侍らさりつれはあやしさに入て
見侍にさらに人のかたちといふものも侍らす
はるかなるしもやにかしらしろき女の
ひとり侍つるにこゝはいかなる人かかよひ給と」(73オ)
とひ侍つれはこゝは人のすみたまふ
所にもあらすをのつからたひ人なとの
やとり給ときもありときけといてゝみる
事もせすとなん申すときこゆあや
しともあまりあれはかくてこもりゐたる
へきにもあらねは装束なといそき
してまいりぬ政ははてにけりれいの
御かとの御前にめしあれはまいるみたて
まつりなるゝまゝにけちかき御けはひ
のたくひなくうつくしきはさる物
にていふよしなかりつるてあたり人の」(73ウ)
ほとあやしきまておもひよそへらるゝ
はわさとものを思はせんとする鬼神
なとのはかりつるにやと心にはなれぬまゝ
はうちわすれてめかれすそまもられ
給群書治要といふふみをよませて
その心を御かとにをしへきこえ給御
さえのほとそこひもしらす見え給ふ
国のおやときこゆへくもあらぬわか
うけうらにてたゝ民やすく国さか
ふへきことをのみきこえしらせ給ふ
人/\候ひて日もくれ行はおの/\まかり」(74オ)
いつ月ころひるよなきなみたもさし
あたりてはまたならはぬまて物ゝいみ
しくおほゆれはくらしもはてす松
風をたつねてわけいれと人のあとも
なし世にしらぬにほひはとまれる心ち
してむなしきとこのさひしさを
うちもまとろますなけきあかせと
なにのしるしもなしよしなきあし
たのみちも人やとかめむとわつら
はしさにいそきかへれといとゝしき
左右のおもひにのみこかれまさりて」(74ウ)
まことにせんかたもなしたのむことゝ
ゆきてはかへる路にのみいさなはるれ
とさかりなりし梅花もちりすきて
人のかよへる気色もなしかすかに
たのみかたけれとのちの契のかたみ
の玉をえてたによとゝものものをのみ思ふ
身にさはかりのなこりたにとまらぬ
一夜の夢の恋しさにつもる日数に
そへていける心ちもせすなそやひと
かたにたにこかれぬこひのけふりそと
身なからはつかしうおもひしらるゝまゝに」(75オ)
あさゆふのましらひにつけてもいとゝ
ものゝみかなしくて月もたちに
けり御前の紅梅はこのころさかりに
ひらけて吹すくるゆふ風のにほひも
いとゝありし月かけもよをさるゝ
そらのけしきにひとはたちいて
ぬれとひとりなかめ入て
  とはゝやなそれかとにほふむめかゝに
ふたゝひ見えぬ夢のたゝちをお
つるなみたをかきはらふしのひかたさも
見しる人あらはあはれともおもひ
なんかし御門もいらせ給ぬれはゆふ」(75ウ)
つくよの程にまかりいつるも官舎な
れはみちとをうもあらす物なと見
いるゝ事も日をへてすさましうのみ
なりにしかはたゝこと/\しき冠う
へのきぬなとぬきてうちやすめと月
にむかひてのみそれいのうれへかほ
なる
  いつとなく月こそ物はかなしけれ
春と秋とのあらぬ光に人/\もしつ
まりぬるにや月もいりにけりこの戸
をひきたつるに見あけたれはまつ」(76オ)
うちにほふかほりのまきるへうもあらぬ
にいかなる心ちかはせんてにとる程
はあやにくによそなる花の心地も
せすうらなくなつかしきけはひ
のみまさりていとゝさまさむかたなき
恋のみちなりさてもなにのむくひ
にかゝる物をおもふらむいかなる風
のたよりにもそのさとゝたにつけ
しらせぬかなしさをかへす/\うらむ
れとたゝつく/\となくよりほかの事
はなしいとせめておほしはゝかりいさめ」(76ウ)
きこゆへき人やととへとさるけし
きもなしさらはおとにきゝし巫山
の雲湘浦の神のはかり給かとゝへと
なにといらへやるかたもなしとりのこゑ
にきおもひてかくれぬへきけしき
をさらにゆるさねとなをそむくさま
にもあらす
  おもふにもいふにもあまるゆめの中を
さめてわかれぬなかき夜もかなまれ/\
いふともなきいきのしたに
  ふりすつる人にはやすき別路を」(77オ)
ひとりやさめぬゆめにまとはむおもひ
入たるけしきのあはれにかなしきには
けにいそかれしみちもたえはてなむ
わかれそさしあたりてはおもひさまし
かたき人めもいとつゝましけれとあや
しきかけろふのすかたもおほつかな
さにいふかひなくあかしてんとおもへは
ひまなきたまくらをさまていそく
けしきもなしたを/\となよひ
たる物からたゝいさゝかおもひあふる
ほともなくかいけつやうにきえうせぬ」(77ウ)
れはさらにいはむかたもなしかくれみ
のゝためしにやとまてさくれとあと
あとかたもしられすまことにゆめよりも
はかなきはおもひやるかたもなしぬき
すてたるひとへはかりそいひしらぬ
にほひにきしめたる宮のうちに
はこのころえんある物きたる人もまし
らぬにいとをかしけなるさうかん
【そうかん】-象眼
にそありけるたのめおくふしも
なけれはかくてもたえなはこれはかり
やかた身ならんとみるもつきせぬ涙の」(78オ)
もよをしなりおもひみたるゝつもりにや
なやましうさへなりてけふはたちいつ
へき心ちもせぬとあやにくにとく
いておはしましぬとてまいりあつ
まるをとなひしるけれはれいのはる
かにさふらひくらせと見しゆめのまよ
ひに心のみたれてひともとふまてやと
つゝましうのみなりまされはいとゝお
さめしつまりてさふらふ御かとれいのいと
なつかしくかたらはせ給春をすくして
ときゝし日かすもむけにのこりなく」(78ウ)
なりぬるこそ又いつときかん月日を
たにしかならひてはいかはかりまち
とをにおほゆへきをかくてやみなむ
こそいふかひなけれとてをしのこはせ
たまふいみしうおよすけてあはれに
かたしけなくみたてまつるなそやあ
ちきなかりけるちきりのほとかなかはかり
なる御けしきになれきこえてあなかちに
いそく心よとうちおほゆるも心よは
けれとさま/\みたるゝふしそおほかり
ける外臣のいやしき身をすてられ」(79オ)
すかたしけなきゆるされ侍らははるけ
きなみのうへをゆきゝのみちとして
もいかてかは我君の御いつくしみをわす
れ侍らんと奏するをきさきもとをく
きこしめしてすこしうちえませ給
てとをきうみをのわたりさかしき山
をこえてわつらひなくすこへしつへき
月日をたにさしもいそかるゝかへるさ
のふなてをまたおもひたゝれんなか
みちこそもしまことゝたのむ人あらは
いとおこかましかるへけれとのたまはする」(79ウ)
御けはひもあやしうのみまもられ
てもしはなれぬ御ゆかりなとにうちまき
れぬへきたくひやあらむと思ひよれと
五官中郎将[登+邑]無忌といひける人
のひとりむすめ十三にて宮の中に
えらはれまいりたまひけるかたちのすく
れたまへるによりてほとなく位をす
すめて十七にて后にたちたまへる
といふなれはあねおとゝなとたにおはせ
すちゝはわかうてうせにけれはこのかみ
そ衛将軍とていまの御代に時なるへ」(80オ)
けれと世をさまりてのちは外戚の政に
のそむ世のみたるゝもとゐなりとのた
まひて人にすくるゝ御かへり見もなし
たゝ身のさえ心のかしこきをえら
はれて人をもちゐらるれはをの/\
心をそへて代のおさまらむ政を思はけ
むへしたかきにをこらすやすき
におこたらすうちやすむひまもなく
身つからつとめ給ふ御心をきておはしめ
いさゝかのひまあるへくもなくみかける
玉のこと見え給御さまさきの世ゆかしう」(80ウ)
むかしのためしありかたけなり我国の
ならひ女王朝にのそみてかならすみた
るゝあとおほかるなむいみしういたみ思ふ
へきいつれも世をおさめたまふきみ
かならす身のあやまちをしりたま
はすいはんやおろかなる女の身しる
事なくて万機の政にのそむいかはかり
のあやまちかあらむむかへるおもてを
はゝかりておこなふ所をいさめすして
したにそしることをする国のため身
のためさらにそのやくなしむかしの」(81オ)
あとにまかせてとかをそしれとの給て
誹謗の木をたて給代をしらせ給て
のちまことによこさまなることなけれは
いつしかそしりたてまつる人なし后
はつる心ましてなみたをなかしたまふ
むかしのいたれる賢王の御代にたに
この木をたてゝ身のとかをしり給き
いまいやしくおろかなる女ひしりの
御代のあとをしたふによりて人なを我
こゝろをうたかひつみかうふるへしと
おそれてしめしつくる所なし我身の」(81ウ)
おろかにひとにゆるされぬはちすてに
あらはれぬとなけき給時にある人文
をたてまつるきみ朝にのそみ給て
のちはからさるにくにのわさはひをし
つめきはまれる民のちからをやすめ
たまふさらに堯舜の代にことならす
しかるに我国いまたゝめしなき事
龍武大将軍か身にあり外蕃の人
としてよはひもともわかしたちま
ちにたかきくらゐにのほれるのみに
あらす昔よりつくるくらゐさつけられ」(82オ)
ぬる人もとの国にかへるならひなしいま
きくかことくは月日をかそへてそのとも
つなをとかむとす彼此あとなき政たゝ
一人か身にありくに人にあらすよは
ひのわかきをきらはす掲焉の勲功
【掲焉】-ケチエン
【勲功】-クンコウ
を賞せられは帰郷のはかり事をとゝめ
てなかく君につかふまつる人とあるへ
しいまおこなはるゝかことくはひとへに
朝のきすとあるへしと申后文を
見給てこたえ給ふこれみなことはりの
いたりなりたゝし我国さいはいなく」(82ウ)
してたちまちに堯舜のきみに
わかれたてまつりて秦漢のいくさをふせく
臣なくして軍のきたる事なかるゝ
水よりもすみやかなりつゐに九重の
ふかき宮をいてゝ剣閣のあやうきか
けはしにおもむくいはむやむなしき
野中にしてすてにかたきのやさき
にむかはむとするに百司六軍した
かへる物もはかりことをいたしちからをつく
さんとせすいま燕の国をほろほして
わか宗廟をまたうせるはたゝ一人か」(83オ)
ちからなり非常の事ありて非常の
功をたつるはまたふるきあとなりお
こなはさるへきにあらねは位をさつけ
たれとあたる所は万戸の隻千金の賜也
十か一にたにあらすまた身つからいなひ
しりそくゆへなりまたもとの国にかへる
ことはわかすゝむるところにあらす鬼
神のまもりみちひくゆへことなる人
なれはその心さしをやふらはいよ/\
恩をわするへしわれもとよりなけ
きいためとまたとゝめむはかりことなし」(83ウ)
かさねてはかりさためよとのたまふあるは
心のうちにこの人をうしなはんことを
思ふに我身二十人にてむかひかたき
宇文会かたう八人を一人かちからにて
わりさきてき胡国の七十人かれか
てにかゝりてちりはいとなるつは物ゝ
ちからにてむかふへからすとくをのませ
あさむかむとすれはその心とくして
まつあやまたれぬへしこれを思ふに
よりて月ころもおもてにしたかふ色を
みせてをの/\そむく心なしいま又せん」(84オ)
はかりことなきによりてまたこの政を
そしらす心のうちには国のはちと
のみおもへとをのか身には一人にたす
けられしかは物ゝ心をしりとしおひ
たるかきりはもときそねむ心なし
人のおもへる所をはくまなくしれとまた
せんかたもなけれはたゝこひの山路に
のみひとかたならすまとひて月日は
おほくすきぬくにゝかへされんことを
そしれといとひおもふ人/\もはるけ
きうみをへたてゝ行わかれなんは」(84ウ)
あさゆふさかしおろかなりと見えむ
よりは心やすきかたもあれはやう/\
夏のうちにふなてすへきよしきこ
ゆるをうれしといそかるへきみちな
れといまはまたほのかに見えしかけ
のみわすられすかなしくていかなりし
ちきりのはかなさとたにまたあきら
めぬ夢なからやこきはなれなんと
おもふにひきかへしあらぬ涙そ色
かはりぬへきとゝめし袖のうつりか
につけては枕さためむかたもなく」(85オ)
いかにねしよのかなしさの身をせむる
心ちすれは
  まとろますねぬ夜にゆめの見えし
よりいとゝおもひのさむる日そなき雨
ふりくらしていとくらき夜のそらを
なをあけなからなかめいてたれと
うれへやるかたなきにれいのところせう
にほひくる風のまよひもいとゝ心さは
きするおくのかたにそひとのけはひ
すれはうれしきにも心はまとひて戸
はひきたてつ」(85ウ)
  うきて見るゆめのたゝちのしのはれは
なかきわかれをいそかさらましうら
めしけなる物からかきりなくらうた
けなるけはひは見るたひに思ひ
しまるゝもはかなきなかの行ゑなさ也
かしうらもなくうちかさねたるなかの
ころもはまれにあふよのこゝちたにせ
すふかきおもひの色のみまされと
おとこは雲とも霧ともたちと知らぬ
ゆくゑなさをうらみつくし女はいそく
月日のまちかさをおもひわひたりみな」(86オ)
るゝまゝにあやしう見しらぬ人の
心ちもせす
  てにとれはあやなくかけそまかひける
あまつ空なる月のかつらになにの
契にかかゝるあやしき物おもふらむと
なかしそふれは
  草のはらかけさたまらぬ露の身を
月のかつらにいかゝまかへむまことのす
みかもへたてきこえんとにはあらね
とあらはれはいとおそろしううとま
れぬへき所のさまになんおもひわひ」(86ウ)
ぬるよしいまは見きとはかりもかけさら
んやいとひすてらるゝみちのなさけ
ならんとすこしことつゝけたるは
またうたかはしきかたにのみもきゝ
なされぬるをさへさま/\おもひみた
るゝにも春の夜はいとゝ程なきとりの
ねをなをゆめまほろしともおもひわか
ぬおほつかなさをたにいかてはるへき
そとかへす/\うらむれは
  あたにたつあしたの雲の中たえは
いつれの山をそれとたに見むまことは」(87オ)
ゆくゑなしやさきの世かけてふかき契は
こゝろをそへていそき給めれはなけの
あはれをたにかけさらん物ゆへ
  たつねてもとはゝいくかの月日とか
まとふ夢路を人にしられんさきの世
のちの世ともたのまれぬわかれの道
はたゝいまこそはかきりならめともいひ
やらすなくさまのあはれにかなしき
ことそさしあたりてはせんかたもなき
  かはかりもよな/\みゆるゆめならは
わかれのみちを誰かいそかむかうは」(87ウ)
かなき雲のゆくゑはかりにはたちとまる
たのみやはあらんとのみうらむれと秋風
をたにまたぬわかれのみちにはあり
かさためぬあまの名のりもましてと
つれなけれはうらみはつきせぬものから
いひしらぬおもひのみまさりてさらに
ゆるさぬをのかきぬ/\をかたみに
思わひてさらはかはかりはこよひもと
たのむるもはかなきなくさめなり
ひきたてし戸はかりをほのかにをし
あくれとたなひく雲のいろたに見えす」(88オ)
あやにくなるにほひそ所せきよな/\の
かすそふまゝにはおもひしつめむかたも
なきからにうつゝの事とたのむへき
わかれのさまにもあらねはけに鬼神なと
の変化にやともさま/\おもひみたるゝ
ことのみかすまさりて

  まつらの宮三」(88ウ)

あしたの雲ゆふへの雨のかれるすかた
ともしらすよるの月暁のとし火の
ほのかなるかけをたにつゝみしかは
やみのうつゝのいふせさにてはるくる
よなきなこりしもさすかに夜な/\
見えしゆめなれはさしあたりての恋
しさかなしさもたのめをくひとこ
とのなこりたになきはまきるゝかたなく
いかさまにして鬼神のはかりけるとたに
あきらむるわさともかなとかけろふのはか
なさもたえてほとふるまゝにかなし」(89オ)
きことかすまさりてあかしくらすには
くるしきましらひもいとゝ所せくのみ
なやましけれとこゝろのうちはかりの
しのふのみたれなれはさりけなくのみ
もてなせとかうなからわかれなむおな
し世のたのみをたにおもひたえなん
みちはさしもいそかれしふるさとも
いまさらにたゆたふ心のみまされは
かせなとつねにしつまらすなみの
うへもいかゝなときくにことよせて秋
をまつへきにさたまりぬれはいく」(89ウ)
はくの程ならねとすこし心しつかに
おもひなれとそれによりことかよふへき
いつれのみちとたのむかたもなけれは
いとゝしき空をあふきてなかめをのみ
そするさしもけちかゝらねとふきかふ
かせにつけて世にたくひなき御その
にほひのたゝそれかとまかふにはいとゝ
事あやまりぬへくなみたのみこほれ
まされともてはなれし月のかつらなれは
ましてちりもゐぬ玉のひかりにかこたん
かたもなしたゝすくれたる物ゝ変化なとは」(90オ)
かくこそはかよふわさならめつねはうたか
はしき鬼神のわさとあさむきける
にほひにやなとのみうちかへしおもひ
くたくれとたれかそらにはしらんうつき
の月のころれいのしけきことわさもは
てゝ人/\まかてぬるほと御門けちかく
おはしましてつゐにたのむへき
道ならねとしはしの月日のほとも心
のとかなるはおもふ事かなふ心ちする
なくさめもはかなくとのたまはする御
けしきにもまつなみたのみこほれ」(90ウ)
てかたしけなきみことのりにうけたま
はりなつさひ侍てはさしもおもひまと
ひはへりし心のやみのいそかしさも
さしをかれつかうまつりさし侍なむ
うらみのみふかう思たまへられ侍れとす
くる月日につけてはしのひかたきよし
のかたはしもきこえいてゝはせきやらぬ
なみたの気色をとをけれとあはれに
御覧せらるきこゆへうもあらぬ御ひとり
ことにや
  秋風の身にしむころをかきりにて」(91オ)
またあふましき世のわかれかないひけつ
やうにさたかならぬ御けはひはたかふと
ころなきしも変化のものゝまねひ
にせたらんおこかましさはつみさりと
ころなきこそ中/\なくさめところな
かるへけれは
  行ふねのあとなきかたの秋のかせ
わかれてはてぬみちしるへせよさし
のほるまゝにくまなき月をみかさの
山になとなみたをかきやりつゝな
かめ入たるもなのめにあはれとは御覧し
しのはれす御かとは心も御物かたりこ」(91ウ)
まやかにてふけゆくまてにおはします
まこと/\しきみち/\の事まてのた
まはせいてゝつきせすとまらぬみちを
うらめしうおほしめしたるは心よはく
なかはゝあちきなきことをのみおもひ
そふるもわれなからいつれにふかき心そと
あやしきまておもひみたるれとさて
やすらはむたのみあるならぬそとさま
かうさまにせむかたなかりけるあか月
ちかうまかてぬれとれいのあけなから
なかむるもかひなきころのとりのこゑ」(92オ)
うちしきりて月も雲かくれぬ
  とりのねのまつ夜むなしき空ことに
我のみあけぬむねのせきかなあしたの
雨しつかにふりて袖のしつくもいとゝ
所せきに心ちもなやましけれは人/\
にもわつらふよしいひてふしくらせと
かたしけなくきこしめしつけていた
はりとはせたまふ御つかひなとあれは
さまてこと/\しきやまひにも侍らす
みたり風にやけふはかりためらひ侍
よしをそうせさせてつく/\となかめ」(92ウ)
ふしたりに后の宮よりも御をい[登+邑]
嬰成といふ人を御つかひにていとこまか
にとふらひおほせ事ありくすりなとたま
はせたれはおとろきかしこまり申す
うちとけたるけはひのかきりなくなつ
かしけなるをわかき心にはうちまもり
つゝいかてかゝる人いてきけんとあはれ
に見るあてにきよらなるさまかたち
女にてみまほしきをかゝる人しも
あめのしたにならひなきつは物ゝ名を
とゝめしかたなのあとまてさしもひとに」(93オ)
すくれけんとありかたくそまもらるゝこの
人もかしこき御をしへにしたかへはす
くれてさえありといはるれはくちをし
からすふみつくりかはしてかへり
まいりぬいさよひの月の山の葉いつる
より又入まてやとなかめゐたるにそ
思のほかにしるきかせのにほひにも
いとゝ心まよひのみまさりてこよひそ
戸はひきたつるそこら思つゝくる
かたはしもうれへやる心ちもせねと時の
まにうちしきるかねのこゑもいのちを」(93ウ)
かきる心地していふかひなくおしき
わかれにおもひまとへるさまはかたみに
しのひかたけれとあけゆくをはわり
なくのみのかれかくれぬれはなにの
かひなし
  雲のゐる山もいつれとしられても
みねにわかれんことそかなしきと
いひあへる
  たちなるゝ山はそこともしら雲の
たえてつれなきあとのかなしさあり
しよりけにかすまさる心ちのみして」(94オ)
おもひしつめむかたもなしあしたの
床のおきうさになやましうのみもて
なせはあさゆふたちなるゝ人/\きゝ
おとろきつゝきとふらふもおとなしの
さとたつねぬ心ちのみしておもひしつ
めんかたもなしむなしき空をのみ
たのむよすかとなかむれとさのみ
うちしきらんやはこもるとてかくれある
へくもあらす中/\なる事のみおほか
れはよろしきさまにもてなしてま
しらへとよな/\かさなるまゝにはうつ」(94ウ)
し心もなくおもひみたれてならふへ
きふみのみちもおこたりはてぬへし
廿日あまりになりておまへのほうたん
のさかりにさきみちたる所からはならふへう
もなくめてあへるけにきら/\
しうはなやかなるかたはおかしき
はなのさまをひとえたをりてまかて
ぬれとれいの夕くれはいつこをはか
となくうきたつ心のみまさりてな
かめゐたる空の気色さへすこしくも
らはしくむらさめうちそゝくよひの」(95オ)
まにほのめきそむるほとゝきすのはつ
ねはいつれのくにさかひもかはらさり
けり
  ほとゝきすなれをそたのむゝら雨の
ふるさとひとはとひもこぬよにたゝ
しるしはかりにはれ行ほしのまき
れにれいのとをゝしたつるかけは
みねといとしるきはなか/\なる事
のみおほかり
  しのはるゝふるさと人はとひもこて
いとふ雲井のとりそあやなきうと
ましかるへきゆめのかよひちのたひ」(95ウ)
さへかさなるつみさりところなさも
のこりなき心ちする日かすの程にも
よをさるゝもおもひいてはましてをそ
ろしうやとことはりはかりはかた見に
つゝましかるへけれけにしのふる
ことはまけにけるにやものゝ変化に
てもおもき心にはあらさるへしたゝ
とにもかうにもゆくゑなきかけろふの
はかなきをうらみつくせはこよひそ
いとかうあさき心のほとをみえなから
あしたの雲のなはかりをへたてんとには」(96オ)
あらねとさきの世かけてまことはふかき
ゆへもあらはれなはうき世のまとひに
みたれにし心あやまりもいとゝのかれ
ところなくはつかしかるへきつゝまし
さをおもふにこそさま/\物うき名のり
なれとわさともはるけやらすはなか/\
心あやまりのとかもかさなるへうやと
おもひなやむ物をいま思あはせられなん
つれなけれとひるおりつる花のてに
あたるをまさくりつゝさらはこの花の
枝にてやそことは見えんたつね」(96ウ)
いてゝうとまれなんこそとさすかに
うちわらふけはひまてなを身に
しむふしのみまさるそあちきな
かりけるみしか夜のかねのおとはなく
ひとこゑよりもほとなくまきれぬれと
さらはこのひと枝やいつこに見つけん
とまたけさよりおもひそひぬれは
しらぬ野山にもあくかれまほしきに
けさしもあさまつりこといとゝうはし
まりてたひ/\めさるれはいそきまいる
れいのことゝもはてぬれと御門御物かたり」(97オ)
なといとなつかしうかたらはせたまひ
つゝ日もくれぬあすよりまたかうせら
るへきふみともなときこえてつね
よりもおほやけこといとまなけれ
は花のすくゑもいとゝくもをはかりにて
たつねんかたそなき人/\もかすおほく
さふらひてきさきも御帳のかたひら
たれていとゝをくおはしませはよそふる
かせたに吹こぬ心ちそする五月に
なりては秋のふなての心まうけおほ
やけにもおろかならすおほしいと」(97ウ)
なみならへる人/\もつねにとふらひき
つゝ心はこゝろとしてあかしくらす
いとまなくあはたゝしき心地のみすれ
とをのつから花の一枝見つくるよす
かやとまた見ぬ所/\もゆかしう山
はやしのさまもおほつかなきにもて
なしてひとやりならすめくりみれと
その一ふさのあとかたもなしありし
むめのにほひのふるさとをいりてみれは
なつ草はましてふみわけたるあともな
けれといとさしも人のよりこぬ所とも」(98オ)
見えすうちはきよくはらひてちりも
なきおくのかへのあたりにもとむる花そ
たゝはなひらひとへおちたるこのはな
のさきしころははるかにすきにし
をたゝそのまゝにかれぬ色をあさま
しうゆめの心ちして見れとまたことゝ
ふへき人のあらはやこれはたかとゝめ
をきしかた見ともはるけやるかたの
あらむなみたのみこほれまさりてむなし
うかへりぬはなひら一へなれとなへしほ
み色かはりもせすあやしきことそ」(98ウ)
いはむかたなきあけぬくれぬと物
をのみおもひみたるれとつれなき月日
は程もなしあけなからよをふるいたと
もまことにつれなくて月もたちぬるに
心きもゝまして身にそはぬ心ちして
おもひのこす事なけれとふなてす
へきくにもはるかなるほとなれはこの
月廿日ころにみやこいつへき日も
さためられぬさりとてかうゆくゑなき
かけろふのつれなさに身をかへてこの
秋をさへこすくしては又心をつくし」(99オ)
たまふらんはゝ宮の御思ひをはし
めさすかに身はなれぬたまのまちと
をさも一かたにみたるゝ心ならねはかな
しき事のみかすそひて身をくた
く月日の程そあちきなかりける
  しらさりしもろこし舟のみなと
よりうきたるこひに身をくたき
つゝ六月十日あまりにもなりぬあつさ
所せきころまつりことはてぬるに
ことにうとき人もさふらはす御かと
きさきすこしうちやすませ給とて」(99ウ)
みつにのそみたるらうの風すゝしき
かたにおはしますにめしあれは
まいりてつちひさしの石のうへに
さふらふおもひしことなれとむけに
のこりなき日かすこそいまさらにいふ
かひなきこゝちすれとなみたくませ
たまへるいとかたしけなくしのひかたき
に后もちかうおはしますみな月十日あま
りあつくたえかたき日のけしきをうす
きころもゝあつかはしうおもひなやまぬ
人なきころのまはゆきまてくまなき」(100オ)
そらのけしきにつねよりことにいふよし
なき御さまかたちのひかりをはなつといふ
はかりめもおとろく心ちするにいさゝか
あつけなる御けしきもなくみとりの
空にすみのほる月のかけはかりきよく
くまなき御さまこの世にかゝる事やは
あるへきとあさましういふかきりなきに
れいのいつれのちんたんともわかれぬ御
にほひのすゝしく身にしみてかほり
くる風のつてはたかふところなき物
からなをおもひなしにやたゝ仏の御」(100ウ)
国の心ちのみしてなめけなれとめしはら
くもとかやおそれもわすれてうちまも
らるゝにつけて思わかすなみたのみ
そすゝみいつるいまはたゝこのとまらぬ
みちのうらみ猶返/\もわすれかたき
心さしをのたまはせやらすみなしほた
れおはしますことのついてありてい
【ていゑい】-鄭衛
ゑいの声をこのまねとれいかくのみち
【れいかく】-礼楽
すつへきにあらねはきゝあはせまほし
かりつる物ゝねをたに金石糸竹をな
へてやめたるころにてくちをしうも」(101オ)
すきぬるかな猶はやき月日のひとめくり
をたにまちすこさゝりつるうらみなむ
なにのふかさもわすれぬへかりけるとのた
まはすれとふかくおもへるところをたか
へしの御をきてなれはいとそかひなき
なをこのたひはまつひともあなかちにふ
かき心さしそむきかたけけれはたのみかたき
あたの命なれとかのふたりの後まてを
のつからなからふる身ならはいま一たひは
おもひたゝれなんやかくなからをしみ
とゝめたらんよりもそれやふかき心さし」(101ウ)
の程しられむとのたまはする御かねとも
涙にむせひてえきこえやらす
  かきりあらむいのちをさらにをしみても
  君のみことをいかゝわすれむ
  これゆへそ我もいのちのをしまれん
  たゝなをさりにたのめをくとも
さらはなからふる身ともかなとのたまはする
御気色もいとおよすけてけうらにそ
おはしますくれはつるほとにきさきは
ことおほからていらせ給ぬとはかりありて
御かともたゝせ給ほとになを人につ
たへておほせ事ありおもひかけぬものゝ」(102オ)
さまなれと時すきにし花のひとえた
をいまゝておしみとゝめたる心なかきは
もとかしうやとさしいてたる匂たゝ
いまおしをりたるさまにていさゝか色も
かはらすこの人そ春のよかとなりしかほに
見なしたる心ちのいかゝおほえんなをみ
つからはるけやるへきことともなむしは
しとつたふれはかしこまりてさふらふ
この花には
  または世に色もにほひもなき物を
なにの草木のはなかまかはむとそあり」(102ウ)
けるをのかゝほりはいつちかきえにけん
花もふかくにほひかへてけり
(一行空白)
月さしいてゝなをこなたにとおほせ
ことあれはすたれをへたてゝすのこ
にさふらふつきせすおほししられ
し御心さしのふかさをのたまはすいとゝ
しうけいしいつへきこと葉もおほえねは
たゝ涙のたまのかす/\を月のくま
なきかたにもてかくしてそまきらはす
さてもうちぬるなかのゆめのたゝちも」(103オ)
まことのゆへをはるけすはいとゝつみさり
所なくや宇文会といひしまことはあす
【あすら】-阿修羅
らの身のうまれきてすてに我国をほろ
ほすへき時いたれりしを先王文皇帝
おほしなけきしあまり玄奘三蔵を
つかひとして天帝にたひ/\うれへ
申たまひきわれは第二の天の天衆にて
さらに下界にくたるへきゆへなかりしかと
天帝この事をあはれみ給によりて
天上に時のまのいとまをたまはりて
このくにゝ生をうけてらんをゝさめ
くにをゝこすへき御つかひにくたりき」(103ウ)
たりこの国にいさゝかのゆへあるに
よりてこの事にえらひあてられしかと
女のちからにてはかりかたきによりその
人をさためられし時そこには天童の身
として天帝のおまへにさふらひしを
汝わかゆみやをたまはりて阿修羅の化身
をうちくたくへきよしおほせられしに
このくにゝいさゝかもえんある人なくまた
ゆみやをあつかるへきところなくて
和国の住吉神におほせつけられしなり
我いまたこの事をわすれさりしかは」(104オ)
ふかくおそれうれふへきにあらねとおろか
なる人の身をうけてあしきみちに
まとひぬれは正見のまことはくもりかく
れて魔界のやみにくらされにしかは
時にのそみてわきまふる所なくおそれ
かなしみてまとひしみちにつゐに
ちきりあやまたすふかき心さしを
見しより身にあまるよろこひの心をも
はるけかたくたゝおほかたのこと
の葉にはのへやらんかたもなきをあな
かちにふかく思ひしにこの世にはましり
なからなへてのめに見る人はけからは」(104ウ)
しくうとくはるかにのみおもひなら
へるにむかしのよしひのしたしくしの
はしき心のうちをたにしられてやみ
なんことをおもひし心のおこたりに人の
身をうけてけるまとひのおろかさを
えさまさていふかひなくみたれにける
ゆめのはかなさをたゝおもひわくところ
なき心かろさはかりにとかをおほせられ
むもいまひとしほの身のうさにやと思ひ
なやむあまりにのこしとゝめすなり
ぬるこそひとかたならぬ心あさゝにやと」(105オ)
なをつみさり所なけれとのたまはするを
きく時はかすかにおもひあはするかたはしも
いてくるにやかなしき事もさま/\
おもひつゝくれとけちかき御けはひ
にはましてなにのことはりもおほえす
たゝいまひとたひの夢のたゝちを
のみおもひいらるれとなに事もかくれ
なくはるけてはましてうき世のにこ
りもとをくのみおほしなられぬれと
おほかたつきかたきよゝのあはれを
のみ心ふかくおほしいれたりゆるされし」(105ウ)
時のまのいとまなれはこの世をゝさめん
事いくはくの月日にあらす四十年に
すくましきをかへらんみちもうたかふ
所なけれはさらにおしむへき世の別
ならねとかりそめにも父母所生の身
をうけつれといまはのとちめさすかに
見すてん程の心ほそきをむけに心
しる人もあるましきにそのほとは
かり有かたき身のいとまなりともい
まひとたひのなさけはかけられなむや
  ゆくかたもくもらぬ月のかけなれと」(106オ)
入山まてはたつねても見よさまて思ひ
いるましきわかれのみちなれとうまれき
ぬるならひにはあはれなるこそはかな
けれそこには蓬莱の仙宮の中に世々に
むすへる契ふかくてこの世のいのちも
又ひさしかるへきゆへあれはいまは天衆
にかへりかたくや琴のこゑにかゝつらひ
て下界にとまるへきゆへありとこそかた
みの人もいふなりしかそれものかれか
たきえんなれはうかへる心のあやまちに
あらすかゝるむかしのゆへをさたかに」(106ウ)
あきらめんとてなんつねにかことおふ
あしたのくものみたれはおなし身なから
かくまことの心をさとりあらはしつれは
さらにかくへきゆめのまとひにもあらす
との給はせはなつものから御なみたの
いたくこほるゝをかきはらはせ給へるは
けにたはふれにもこの世の人といふ
へくもあらすすたれをたゝすこしまき
あけたる月の光にかゝやきあへる御
かほのにほひさらにいひつくさんかたも
なしくにのならひもすなをなるにや御」(107オ)
こゝろをこりこそ
  見なれてはこひすもあらしおもかけの
わすられぬへき我身ならねはおもひ出
時はこれをかたみにとのたまひてち
いさきはこにいりたるかゝみをたまはす
  おのつからすかたはかりはうつりなむ
ことの葉まてはかよひこすとも見
しりたらむ人の見つけたらんこそ
はつかしけれされとかたわらをしる
さとりまてはあらし見きとなかけそ
とて袖をゝしあてたるほとにやをら」(107ウ)
すへりいらせ給にいかなる心ちかは
せんこゑもたてつへしすこしひき
のきてはひと/\さふらへはひとことたに
うちいてたまはす中/\かうなからも
たえはてねかしといのちさへつらけれと
なにのゝこりておもふにか人めつゝまし
けれはたちいつる心ちなにゝかはにた
らんわかき人/\いとあまたはかなきさ
かななとまて見えぬことをつくして
思ひ/\にいとなみけるおくりものともゝ
たせてまちけれはけにねをたに」(108オ)
なくへき所なしよすからあそひあか
せと心にはいかなることをかはおもはむ
さはかうてやみぬるにやとおもふにまた
何事もおもひませられす雲にも雨にも
まかへしうたかひよりもけに時のまも
こはおもひよるへかりける契のほとかはと
いましも空おそろしく思つゝくるに
そへてむねよりあまる心ちのみすれと
野山にあくかれし心もひきかへつゝ
たゝ一かたのみるをあふかたにいそか
れていとゝうまいれとほのかなる御」(108ウ)
かけはかりうすきかたひらをまもりあ
けて思くたくる心の中そかなしき
いらせ給ぬれとけふしもうち/\のみ
かうせらるゝかたにもいておはしまさす
おほやけわたくしこの人のかへる
さのいそきに心いれつゝさらぬ人たに
あはたゝしきにわれは我と空をのみ
なかむれとなにのかひなし月にもよ
おされてはいとゝむれきてなやましき
さかつきをのみすゝむれはまことの夢
路たにたえたるころなり后の宮よりは」(109オ)
ましてこちたき国のおくり物はさる事
にてさま/\のくすりなとまておほし
いたらぬ事なくこまかにいたはりおほせ
事給御つかひしきりに行かへとかけ
ろふのやみのうつゝにそとりかへまほ
しきあすとてはうるはしき儀式を
とゝのへて前殿にいておはしますいつ
くしき御よそひにつけてこそこと
しのへたてはかりにことかはれる先帝
の御けしきさへけふは恋しくそ思ひ
いてたてまつる今日の事なとは」(109ウ)
たゝよそをしきかきりなれは中/\
ことなる事もなかりけん日たかく
まかへるをれいのめしとゝめてありし
つり殿の方にそおはしますさふら
ふ人/\もいとおほくよそひことなる
かたちすかたくちをしからねと御まへ
にてそいとかひなかりけるれいのくも
りなくてるひのかけにうちむかはせ
給へる御かほのにほひきよくけうらに
ひかりをはなつものかららうたけに
けちかううつくしき御かほつきそ」(110オ)
ことはりやさらに人のよに見るへき御
さまにそあらぬあつかはしきころの
日かけをいとふかたにのみあけくらす
程にけふに成にけり事なか/\何事
をうちいつへしとたにこそおもひわかれ
ねあすよりはいかにわすれにけりとくや
しき事もおほからむとつれなき物
から御なみたのうきぬるをうち見あ
はせたてまつるにさしもあらしと
つゝむ人めにつゝみかねてほろ/\と
みたれおつるまゝにやかてうつふして」(110ウ)
みたにあけすさふらふ人/\も
かたえはたひのみちの御こしのあた
りにつかうまつりしかきりなれは物
わすれせす袖ぬれわたりておのか
とちもその程の事をこそはおもひい
つらめさてもはかなき世のいのちの程
をわすれてこの世なからいま一たひの
対面のまたるゝこそまちつけすは
とまる心もやとあちきなきまてと
をしのこせたまふ御気色のかたし
けなさをかはかりにおほしめしとゝ」(111オ)
めらるゝ身の程まてそをろかに思ひ
かたき
  本云
   本の草子くちうせてみえすと」(111ウ)
わかきかきりはおくりにとしたひきて
いとさはかしけれはたひのみちとて恋
しかなしとも心しつかにうちなかむる
ひまもなしさけをすゝめ文をつくり
うみ山所のさまをもてあそふほかの
事なくて宮こはとをくなり行
まゝにやへの白雲たちかへらん年も
はるかにそなかめらるゝ七月十五日舟て
しておくりの人/\いまさらに別を
しむ程の事ともさこそはありけめ
こきはなるゝ雲と浪とのきはもなき」(112オ)
につけてはたちそふおもかけのみ
そけにわすらるましきはさまことなり
けりさしもまもりつよき御道のしるへ
なれはまつらの宮にまちよろこひ
給ほとの事もたゝおしはかるへしま
ことや華陽公主のふるき御跡は后の
宮おほしをきつるゆへありてのこり
し御こともちならし給しはかなき
御てうとまてさりけなくまきらはし
てとゝのへおくり給けり御心ひとつにの給
をきてけれはかうとこまかにしる」(112ウ)
人もなしあさましかりし世のみたれ
もいまきゝたまはんにつけて中/\
御心うくへきあやうさなれは人にも
くちかためてありしまゝにもらさす
御かといみしうまちよろこはせ給なか
にも大国にたにゆるされにける位の
程なれはかんたちめにくはゝりぬ参
議右大弁中衛中将をかけたりいつ
しかとはつせにまうてゝかの法をこ
なふになにのたかひめかあらん月あか
きよ山の峯に大なるつきの木の」(113オ)
かけに琴の声のきこゆれはたゝ一
人いそきおりて見たまふ
  はつせ野やゆつきか下にてる月の
  光を袖にまちうけて見る
  思ひいる契しひけははつせなる
  ゆつきかしたにかけはみえけり
寺におはしつきてとのにかへり給へ
れは宮いかはかりかはまちよろこひた
まはむ琴は雲に入てとひきにけれは
御身はれすわか物とうち見つけたるは
蓬莱宮のけちめもあるましきにや」(113ウ)
わかゝのなつかしさそひつゝ又たくひ
なくそ見え給はゝかる所なくしらへ
あはせたまふ琴の声に宮はいとゝ
しくおもひつきゝこえたまふこゝろ
つよくふりはへ思立しみちなれと
野山の木草鳥の音まてはつかし
きめうつりのいやしさ国のさま世の
ならひたゝかゝる契ひとつにやけに
琴にひかれきにける身とおもひしら
るゝにはもとの国人なさけはかりの
ことの葉たにたえてうちわすれ」(114オ)
たまへるにかむなひの御子あやしう
もかわりはてにける心かなとねたう
おほすにや
  もろこしやわすれ草おふる国ならむ
ひとの心のそれかともなきとのたまへる
にそむかしの事もおほしいつる
  もろこしの千への波まにうきしつみ
身さへかはれる心ちこそすれかしこ
さにとあるを心やましう見たまふ
いつしかふかゝりけるちきりなれはしるき
御けしきにうちなやみたまへるさま」(114ウ)
又心わけられんやは行すゑかけてけに
こちたき御ちきりには又まきれすく
すもあはれなりかたくふうせられてき
よはまりしつかなる所にてあけらる
へきよしをかきつけたるかゝみな
れはこの御いのりにことつけて修法なと
せさせ給とて寺にこもり給へるつゐて
にそこのかゝみをあけたれはみし世は
さたかにうつりけりしも月の上の十日
なれは夕への空の風すさましく」(115オ)
ふきて大かたのそらのけしきもよをし
かほなるに水のうへすさましかるへきを
ありしつりとのゝかたにそをはし
ましける御かとの御いみはてにけれはあや
のもむなとはあさやかなれとことなる
色をつくしてはこのみたまはぬ
なるへししやうのことかきならして
なかめ入たまへる御さまなをいふよし
なくなそやうちなくさみてすくし
ける我心もいまさらにかなしうてたゝ」(115ウ)
よゝとなかるれと見つけられぬそ
かひなきくれはつるまてかゝみのおもて
にむかひてなかすなみたもかひ
なくくらうなれとうちもをかれすもと
なれにけるにやうつれるかけのかよひ
くるにやいとしるきにほひのにる物
なきかうちかほる心ちするに時のまの
へたてもおもひさはるゝ心もきえて御との
あふらめしよせてなをまもれと火に
かゝやきあひてありつるはかりもさや
かならすかゝみをふところにひき入て」(116オ)
しはしふしぬれとむねよりあまる心ち
のみしてなくさむ所はなき物ゆへなを
ちかきはえおもひすつましきにやあい
なからん夜かれも又心くるしうていたく
ふけてそもとのやうにさしこめてあ
たならすをさめをきてとのにかへり
たまへれはなやましき御心ちに
ならひなくまたれつるほとにもうち
つけに心ほそうて入おはするはうれ
しう見やり給へるにいたうなき給ける」(116ウ)
まみのれいならぬをあやしとめとゝめ
給によりおはしてなにやかやとき
こえたまふまゝにうちにほふ御その
世のつねの香にもあらすいひしらすめて
たきかおもひかけぬさきの世にたくひ
なしと身にしめし人の御かほりにかす
かにおほえたるをあやしやさはこの
国にもかゝるたくひやあるへきと心
をかれておもひのほかなるにうらなう
まちよろこひつる心の中のすこし
はつかしうゝちそむかれて涙のおち」(117オ)
ぬるこそ我なからいつならひける心そと
おもひしらるれ
  身をかへてしらぬうき世にさすら
へて浪こす袖のぬるゝをや見む
おもひよらぬ心とさはこれもくもりな
きにやとそらはつかしきものから
  しらぬ世も君にまとひし道なれは
いつれのうらのなみかこゆへきあやしう
夢のやうなるひかみゝのきこゆるかな
なとかう心えぬ事はとせめてかき
よすれとなをうちこほれつゝ」(117ウ)
とけぬ御けしきわりなき心の中
にはわれも人にことなるゆへをきゝ
しかと世のつねならすありかたきみる
めにちきりをむすひなからなを心に
しみて物おもふへくもむまれきに
けるかなと思ふにも又くみてやしら
れむとなへてならぬ御さまともは
はつかしうそおもひみたれたまふ」(118オ)

  本云
   このおくも本くちうせて
   はなれおちにけりと

  本云
   貞観三年四月染殿院にて
   かきうつす」(118ウ)

此物語たかき代の事にて哥も
こと葉もさまことにふるめかしう
見えしを蜀山の路のほとりより
さかしきいまの世の人のつくり
かへたるとてむけにみくるしき
ことゝもみゆめりいつれかまこと
ならんもろこしの人のうちぬる
なかといひけんそら事のなか
のそらことおかし
  一校了」(119オ)

  本ニ
   貞観三年四月十八日
   そめ殿の院のにしのたい
   にてかきおはりぬとあり

花非花霧非霧夜半来
天明去来如春夢幾時去似
朝雲無[不+見]処」(119ウ)

(以下、白紙1丁)

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