「四条中納言」(内題)
四条中納言集」(扉ウ)
正月五日雪のふりて松にたる
ひのしたりけるを
0001 いつしかとたれひきつらむ雪わけて
子日の松はこほりとけぬに
返したれにか
0002 冬こもりまたしかりける松ゆへに
ねの日をとくとなにいそきけむ
右大臣左衛門督と申ける時林
雪作花といふ題をよまれけるに
0003 しらゆきのつもるこすゑにさく花は」(1オ)
またふるとしのはるにさりける
三月十日随風尋花といふ題を
〔続〕
0004 ふくかせをいとひもはてしちりのこる
花のしるへとけふはなりけり
三月尽日あめをかしてさり
ぬといふ題を
0005 かきりありて雨にさはらぬ春なれは
ちる花かさをきてやゆくらむ
右大弁」(1ウ)
0006 すきゝぬるはるはわかれてのこるらむ
花ゆへけふの雨をこそおもへ
九月九日ひねもすに翫菊といふ
たいを
0007 ゆふつゆのをくまてきくを見つる哉
おもてのしはをのこひつるより
庭のおもに秋くれぬといふ
たいを
0008 いつとなくこひしきやとの花なれと
秋のけしきはしるく見えけり」(2オ)
庭のもみちを見てよめる
0009 もみち葉のちりつむ時そうちはへて
はらはぬ庭のおもかくれなる
大井河にて人/\もみちを
よめる
0010 大井河水のあさくも見ゆる哉
もみちの色は雨とふれとも
四条の宮におはしける時大納言
殿より時雨とゝもに紅葉のこらす」(2ウ)
ちるといふ題たてまつられたり
けれは
0011 紅葉にも雨にもそひてふる物は
むかしをこふる涙なりけり
御返しひめ宮のなくなり給ける
年也
0012 春ちりし花をおもへはもみちはの
めにとまらぬは涙なりけり
ひろさはに人/\いきて月の
いみしうあかう池にうつりたり
けるに」(3オ)
0013 すむ人もなきやまさとのこけのお/もは
やとる月さへさひしかりけり
かりのおほくつれていきけるに
0014 かきつらね雲地にむせふかりかねの
はかすも秋の月は見えけり
ゑにたなはたにことひきて
かしたる所
0015 ことのねはかさすもあら南ひこほしの
うへのまへにはたれかひくへき」(3ウ)
松の木のしたに人/\ゐてこと
ひく所
0016 ひくことはこと/\なれと松風に
かよふしらへはたかはさりけり
月夜にたひゆく人ある所に
0017 人しれすいてたつみちのたひなれと
そらゆく月はをくれさりけり
紅葉の木のしたにてさけの
む人ある所」(4オ)
0018 風にいたくちらぬさきにともみちはを
君かためにそをりとゝめてし
ゑにさくらのいみしうさける
所に
0019 世とゝもにくるしともなきさくら花
ゑには風こそかゝらさりけれ
さくらを見はやとのたまひけ
るをきゝていみしうめてたき
はなをたてまつられたりける
あかそめか家の花をゝりに」(4ウ)
つかはしたりける
0020 さくらさくさかりになへてなりぬとも
花なきさとはしらすやある覧
返し
0021 わかやとにおとらぬ花はありやとも
今はたつねしなきなたちけり
さかのにおはして
0022 春の色をきて見る時はまれなれと
心は秋のゝもりなりけり
しとみのひまより月のさし」(5オ)
いりたりけるを
0023 しとみ山へたてたれとも月かけの
あまりあかきはもりて見えけり
きゝもしらぬ鳥のなきけるを
人のきこ江ける
0024a またしらぬとりもなきけるさよ/ふけて
といひけるに
0024b いまはしりたるなのりたにせよ
白河殿にて
0025 かきりなきにほひをそへて白川の」(5ウ)
さとのしるへはしかにさりける
うちよりいてたまひてゆつけの
ゆまちたまひけるほとに時鳥
のなきけれは
0026 ゆつけのゆまつに夜ふけてをのつから
山郭公なくをきゝつる
右大弁のちこにおはしけるに
右大臣殿のうへの御もとよりくす
たまたてまつれたまうけるを
0027 やとわかぬのきのあやめを見てたにも」(6オ)
ひまなきこひのねをやたえ南
御返し
0028 すきたもてふくいとまたにある物を
のきのあやめのほとをこそおもへ
四月一日のりたかゝ女房のもと
にいひたりける
0029 けふよりもきそめてし哉夏衣
すきなは人の心見ゆへく
女房にかはりて
0030 うちつけにいそきたつなる夏衣」(6ウ)
まつしるき哉人の心の
又のりたゝ
0031 夏衣またひとへなる心とは
かさねぬほとに見ゆるなるらむ
又返しに
0032 かさねてのゝちをしまたは夏衣
けにと見るへきほとのはるけさ
中宮の七夜に
0033 はるひ山わかねにさけるふちの花
松にかけてやちよをいのらむ」(7オ)
子日に
0034 千世こめておいゝつる野辺のひめこ松
ひきてもちよのねもしられける
春ことに花をゝしむといふ心を
〔△〕
0035 年をへて花に心をくたく哉
おしむにとまるはるはなけれと
のこりのきくをゝしむ
0036 わかれにし秋のゝこりてきくの花
にほふまかきのしまそありけり
右大弁」(7ウ)
0037 すきぬとておしみしきくはさきのこる
まかきのきく(きく$)しまにとまるなりけり
いそきてきぬを人にぬはせ
けれは御せあはせむと人/\の
いひけれは
0038 衣河とをきあたりにあらねとも
たれにあふせをわきていふらむ
すたれに雨のたまのやにかゝり
たるを」(8オ)
0039 雨にいとゝあれのみまさるふるさとに
思もかけぬたますたれかな
九月許さかゐといふ所に
しほゆあみにおはしたり
けるにひめきみの御もとに
0040 すみよしのなかゐのうらもわすられて
みやこへとのみいそかるゝ哉
返し
0041 立かへりひころのふれはすみよしの
猶なかゐするうらとこそ見れ」(8ウ)
おなし所にて
0042b 舟はゐれとも浪は立けり
ひとりこちたまひけるを
みちなり
0042a ゆふされはふしみのさとにいそくまに
くもはれて月あきらか也と
いふたいを
0043 見る人の心やそらになりぬらむ
くまなくすめる秋のよの月
菊いろをへんすといふたいを」(9オ)
0044 きのふ見し色もかはりてあさことに
おもかはりするにはのきく哉
うすさくらといふを人のもて
まうてきたりけれは
0045 これやこのをとにきゝつるうすさくら
くらまの山にさけるなるへし
はるころたいゝたして人/\
よませたまけるに
0046 をとつるゝ人しなけれはうくひすの
ともよふこゑになくさむる哉」(9ウ)
0047 春すきはうとくやならむつれ/\を
たえすをとなふうくひすのこゑ
ちくふしまにまうてたりけるに
〔新〕
0048 いそなれて心もとけぬこもまくら
いたくなかけそきしの白浪
おく山のたき
〔後〕
0049 くる人もなきおく山のたきのいとは
水のわくにそまかせたりける
つれ/\におはしけるたはふれに」(10オ)
こめたいにすたれかはを人/\
よみける
〔千〕
0050 あとたえてとふへき人もおもほえす
たれかはけさのゆきにわけこむ
わかくりを
〔勅〕
0051 立かはりたれならすらむ年をへて
わかくりかへしゆきましるみち
なつめ
0052 宮こ人けふもそきますかたをかの
ゆきかきわけてなつめわかせこ」(11ウ)
もちぬひ
0053 かつきけむあまのしわさもちひろ/なる
みるめしなくはかひあらしはや
あはしかき
0054 水(+の)あはしかきえやすく見ゆれとも
つゆの身よりはひさしかりけり
やいこめ
0055 あなうやいこめてそたゝにやみな/まし
かくつらからむ物としりせは
右大弁人のむこになりて」(11オ)
ひさしうまうてたまはさりけれは
0056 谷水のうへはひとつにこほるとも
したの心はのとけからめや
御返し
0057 こほるともうちたにとけは谷水の
ふかき心はかくれやはする
なにのおりにか頭弁の御もとに
0058 いにしへの春わすれすはむめの花
もとのあるしのおるなとかめそ
御返し」(11ウ)
0059 いにしへのあるしならねと梅花
おりしる人はいかゝとかめむ
右大弁花きこ江たまふとて
0060 春くれてちりはてにける花のうへは
このもとにこそとはまほしけれ
ちくせんの入道なくなりて
のち四十九日の(+く)ゑたいかゝせたて
まつりけるかへしやり給とて
0061 極楽のはちすの花のひものうへに
つゆのひかりをそふるけふ哉」(12オ)
御返し
0062 人のうへにはちすのつゆをむすひおけは
みかけるたまのひかりこそませ
三月三日はらへしにかはらへ
いて給けるにくるまとものきお
ひてさはかしかりけれは御心の
うちに
0063 ときなはのとくもいそかしみそきには
ゆふかけたるそ神はうくらむ
三月つこもり郭公のなくを」(12ウ)
0064 ほととゝきす思もかけぬ春なけは
ことしはまたてはつねきゝつる
いとあかくしもあらぬ月のおり
に菊のいみしうさきみたれ
たれは女房なといてゐて見る
とてある人のさゝめきける
0065b またきふりぬる雪かとそ見る
とあれは
0065a 神な月おほろ月よのしら/きくは」(13オ)
四月まゆみのもみちしたりける
見たまひて中将殿のかれ/\に
なり給けるころ也
「中将/九条太/政大臣也」(頭注)
0066 すむ人もかれゆくやとは時わかす
くさ木も秋のいろにそ有ける
ひめきみ
0067 みとりなる松のこすゑをおもはすに
もみちの色のこく見ゆる哉
やはたにまうてたまひて木
のもとにとまりたまひて」(13ウ)
こみといふくゝつまはしよひ
にやりたまひけるかをそかり
けれは
0068a たかせ舟ふなてこさむとまつほと/に
とあれは右大弁
0068b やかてにしにもかくれぬるかな
おさなき人のおやにをくれて
思もいれてあるを見給て
0069 もりおほすつゆもきえぬるませの/うちに
ひとりにほへるなてしこの花」(14オ)
うへの御せうとのおさなくおはし
けるほとわたり給てひとよあり
てかへりたまふにめのとのかたは
らなるに
0070 ねたえぬる心地こそすれふえ竹の
ひとよやふしのかきりなりける
おまへなる人のゑをにはかに
いとたかくわらひけれは
0071 ふりたてゝわらふこゑをは秋すきて
またすゝむしのなくかとそきく」(14ウ)
式部かやすまさかめになりて
たんこになりたるにいきや
せましいかゝせましといふと
きゝてやりたまひける
0072 ゆきゆかすきかまほしきをいつかた/に
ふみさたむらむあしうらの山
五条のあまうへの御もとに君
たちわたり給て菊のうつろひ
たるもみちのたゝひとはつきたる
をたてまつりたりけれは」(15オ)
0073 我のみやかゝるとおもへはふるさとに
まかきの菊もうつろひにけり
0074 このもとを思こそやれもみちはの
枝にすくなき色を見るかな
みつなりかさぬきへいくにやり
たまける
〔後〕
0075 松山の松のうら風ふき(+よ)せは
ひろひてしのへこひわすれかひ
御返し
0076 たゝぬよりしほりもあへぬ衣もて」(15ウ)
またきなかけそ松かうらなみ
とをきほとなる人のもとより
かゝみとくものこひたまひける
やりたまひけるに
0077 君かゝけ見えもやするとますかゝみ
とけと涙に猶くもりつゝ
といひたりしおなし所なるを
見給て
0078 ます鏡とけと涙にくもるらむ
かけをならへて見るはうれしや」(16オ)
うへの御おとうとの三君の御許に
くすたまにつけていよ入道かむす/め
0079 ひくよりそしるく見えけるあやめくさ
君かちとせにかくるちとせは
この返しを
0080 みかくれにおふるあやめはけふことに
たれにひかれてふへきちとせそ
はりまのかみのひさしうたいめ
したまはてうへにきこ江給ける
0081 あはぬまのうきにおひたるあやめくさ」(16ウ)
たもとにかゝるねをたにも見よ
この返しを
0082 あはぬまはわかうきからそあやめ草
たもとにかけていはすもあら南
女房のちこをおとこおやの
とはさりけるに
0083 旧里のこはきかもとのつゆけさを
とはぬつらさは秋そまつしる
こうりを人のたてまつりたり
けるに
0084 あさゆふにたつをやくにてうりふ山」(17オ)
ふもとのきりのはるゝまそなき
このうりを人のもとにやり
たりけれは
0085 うりつくり今はつらさもわすられて
よそになれるそこひしかりける
とある返しを
0086 山しろのとはのわたりのうりつくり
こまほしと思おりそおほかる
殿上にて
0087 けふよりは衣のそてもほしからす
もみちのにしき身にしきたれは」(17ウ)
三月はかりはしめて女御
殿に御たいめありてのちこれ
よりきこ江たまひける
0088 あかさりしよるのなこりのおもかけを
やとのさくらによそへてそ見る
御返
0089 なかむらむ花とひとつのにほひをそ
おりてもわれはゆかしかりける
おなし女御殿のはゝうへなく
なり給てのちその御かはりに」(18オ)
おほせなときこ江給て
0090 我を君昔の人とおもは南
心はさらにかはらしものを
御返し
0091 かはらしときけはむかしの人よりも
こはまさりてもたのむへきかな
しほゆにおはしてあか月かた
に浪のたては
〔新〕
0092 おきつ風よはに吹らしなにはかた
あか月かけてなみそたつなる」(18ウ)
ゆきかふ舟を
0093 思やるみやこの事をかたるやと
ゆきかふ舟を見ぬ時そなき
おなしたひにて九月卅日
0094 常よりものとけき秋と思しを
たひのそらにもやとる月哉
十月許よるなゐのいたく
ふりけれは
0095 こすゑにはのこりもあらし神な月
なへてふりつるよはのくれなゐ」(19オ)
尼上のはすのすゝをねすみの
くひたりけるを見て
0096 よめのこのはちすのたまをくひけるは
つみうしなはむとや思覧
物におはしけるみちにてそとは
をはしにわたしたりけるをわた
り給て
0097 世をわたるちかゐのかたをいひなして
そとは見なからこえわたる哉
しらかはにおはしけるか御もと
にゆきよりの朝臣ありけるか」(19ウ)
かへりけるにをひてやりたまひ
ける
0098 山さとにくれはとひけりいまよりは
こひしき時のかたみにをせむ
返し
0099 うちはへてかけとたのまはかりそめ/の
山さとにしもをくれやはせむ
うへの御をはのうせ給ける御
いみにてよりみつの朝臣
0100 しての山しほりたにして見えよかし
こにをくれたる人のためにと」(20オ)
とありけるをきゝ給て
0101 うき世にはとまるのみこそかなし/けれ
かくいふ人もあらしとおもへは
おなし人の御てのありけるを
見給て
0102 見ることに浪はよすれとはまちとり
むかしのあとはかはらさりけり
おなし人みのにおはしけるに
御いのりよくせさせ給へよの
さはかしきなときこ江たりける
ふみを見給て」(20ウ)
0103 なかゝれと人をたにこそをしへけれ
なとわか身をいのらさりけむ
おとこの女房をかたらひてとう
かとなさてまいりつゝ申さむと
いひけるか一月はかり見えさ
りける(+を)いかにいはむといひけるに
0104 とほとほとちきりし事は鳥のこを
かさぬるほとをいふにさりける
返し みつなり
0105 とほにてとゝかむる人はありぬへし
みそかにとこそいふへかりけれ」(21オ)
中将殿のかれかたになり給て
五月雨のころ
〔勅〕
0106 さみたれのゝきのしつくにあらねとも
うき世にふれはそてそぬれける
ひめきみ
0107 今まてもなからふる身のなかりせは
なにゝかつゆのそてもぬれまし
中将殿たえはてさせ給てのち
御枕にらてんにまつをすり
たりけるにひめきみかきつけ」(21ウ)
給ける
0108 心には思いてしとしのふれと
枕にてこそ松は見えけれ
あはれなる事なと人のかた
りきこ江けれは
0109 しきたへの枕のちりをうちはらひ
まつかひありと見るおりも哉
いとあかうしもあらぬ月に
菊のいとしろう見ゆるをうへの
帳のまへにふしたまへるを」(22オ)
やとおこしきこ江給ひけるをおき
たまはさりけれは
0110 あつさゆみをしひきしつゝよもすから
やゝといへともいる人もなし
ひとりをまさくり給て
0111 おもとことありとは見れといかなれは
ひとりとのみはひとのいふらむ
中宮の女房人にわすられて
なけきけるを十月許にやり
給ける」(22ウ)
0112 このころのこのはを見てもなくさめよ
つねならぬよそつねならぬこと
返し
0113 さためなき世はうき身こそかなし/けれ
つねならぬ世をつねに見るへき
ひめ宮うせ給て又の年大納言
はつせにまゐり給ていつみ河
のもとにてこそみたけより
かへり給けるにこゝにてひめ/宮の」(23オ)
御ことひき給けるをおほし
いてゝ
0114 見ることにそてこそぬるれ泉河
うきこときゝしわたりとおもへは
大納言殿きゝ給て
0115 いもせ山きくにつけてもつゆけきに
こゝゐのもりを思やらなむ
とありけるに(とありけるに$)
おなし秋雨のゝとやかなるに
大納言殿」(23ウ)
0116 もみちにも雨にもそひてふる物は
昔をこふる涙なりけり
中納言御返し
「此二首/在端」(頭注)
0117 はるちりし花を思てもみちはの
めにとまらぬはなみたなりけり
なかたにの入道殿の御もとに
まうて給てかへりたまへり
けるに入道殿
0118 見すてゝはかへるへしやはかせ山の
みねのもみちのことゝとはぬを」(24オ)
御返し
0119 あらし吹峯のもみちを見ぬ時も
心はつねにとゝめてそくる
なかたによりかへり給てりし
の御もとに
〔千〕
0120 ふるさとのいたまの風にねさめつゝ
たにのあらしを思こそやれ
御返し 入道殿
0121 谷風の身にしむことはふるさとの
このもとをこそ思やりつれ」(24ウ)
三井寺に入道大納言いり給
けるにこしらかはにより給
たりけるに花の心もとなかりける
にかへさにみなちりにけれは
入道殿
0122 ふるさとの花はまたてそちりにける
はるよりさきにかへるとおもへと
御返し
0123 ゆきかよふたよりならてはこぬ人を
うしとや花のいろにちりけむ」(25オ)
又とのゝ御返し
0124 ふるさとのあるしとおもはゝとめてま/し
おもかはりかや花も見えけむ
御返し
0125 うへをきし人たにもこぬふるさとに
かへりて花をうらむるやたれ
いたうわつらひ給けるころとこ
ろをたてまつり給へりけれは
御返にかきつけたまひける
0126 人のいのちなかたに山にほると/いはゝ」(25ウ)
しぬるところはあらしとそ思ふ
入道殿にたき物をきこ江給
けるをたてまつり給はさりけれは
0127 いつかたに風はそふらむゝめの花
なとこのもとにゝほひたにこぬ
御返しとてなし
人/\なくなりけるころ
0128 見るまゝに人はけふりとなりはてぬ
こそひのいゑはかなしかりける」(26オ)
女御殿の御いみはてゝ七月十五
夜山のさすのこのとのゝみかと
に常不軽つきにきたりける
をのちにきゝ給て
0129 をひてこそうつへかりけれよゝへても
そらのつゝみのちきりありやと
返し
0130 あさゆふにたえなるのりをよむ君は
世ゝのゝちをもなにかまつへき
うへうせ給てのちわかなを」(26ウ)
人のたてまつれたまへりけるを
見たまひて
0131 いにしへのかたみにつめるわかなゆへ
見るこのめにもみつなみたかな
はゝうへのほかにわたり給て
人に物いはぬをこなひにて
ひさしうたいめしたまはてか
へりわたりたまひてけふなむ
いとまあきたるときこ江給け/るに」(27オ)
いそきまいりたまひけるに人
の又御いとまふたかりてと
きこ江けれはかへり給ひにけれ(れ$る)
をうへはいとまちとをにおほ
してかくきこ江給ける
0132 このもとにきても見かたきはゝ木ゝは
おもてふせやと思なるへし
御返し
0133 見えかたきはゝ木ゝをこそうらみつれ
そのはらならぬ身かはとおもへは」(27ウ)
女院の中納言のきみつれなく
のみありけれは
0134 ひるはせみよるはほたるに身を/なして
なきくらしてはもえあかすかな
おなし所の人に又やり給ける/を
返事をつかひのせめけれは
かみをひきむすひてたてまつり
けれは
0135 わかほとけあとたれたまへちはやふる
かみのかきりはいふせかりけり」(28オ)
おなし所にはやうやすらひとて
さふらひけるわらはのもとに
この御なのりして人いりぬと
きゝたまひて
0136 あやしくもわかなのりそをいせのうみの
あまたの人にかゝるめるかな
これはめにちかう見きこゆる
人のいみしうかくし給めりし
ほくともの中なりしかはし/\也
かものまつりの日なるへし」(28ウ)
0137 ちはやふる神のしるしと思哉
思もかけぬけふのあふひは
いかなるおりにかありけむ
0138 はらふ人ありときゝしをしきたへの
枕にいかてちりつもりけむ
又
0139 ゆふつゆのいかなる方にをきつらむ
あくるまたき(き$に)もなきなつのよを
御返なともことにきこ江
さりしかは」(29オ)
0140 あひおもふ事こそ人のかたからめ
わかおもふ事をしるとたにいへ
なとやうにて年月すくめりし
をしはすのつこもりかたにいみ
しうあれたりしつとめて
0141 年をへてとつるつらゝも春ちかみ
とくれはとくるものにさりける
返し
0142 しきたへの枕もとこにとちられて
とけぬはとけぬ心ちこそすれ」(29ウ)
れいのつまとをならし給けれと
きゝすくしてあけにける又の
つとめて
0143 まつ人やありあけの月と思しを
さしてやみにしまきのつまのと
御返し
0144 ひとりのみありあけの月の山のはに
入まてさゝぬまきのつまとを
女御殿の内にいらせ給ての春
物いみにてまいり給はさりし/ころ」(30オ)
0145 鶯は宮この花にうつるとも
もとのふるすはわすれさら南
御返し
0146 雲のうへをならはさりけるうくひす/は
もとのふるすをこひぬひそなき
とのゐ所なと物さはかしきを
こよひせちにきこゆへき事
なむ御くるまの在明の月の
いとまはゆきほとすくしてとて
ひころをともしたまはて
0147 ゆふつくよまはゆきほともすきぬる/を」(30ウ)
まつ人さへやいてかてにする
御返しとてなし
ある人のもとにかよひ給けるころ
内にまゐりてひさしういてさり
けれはあやにくにこのころは
ありきもせてつれ/\なるまゝに
れいの所にいきつゝなむなく
さむるとて
0148 恋わひてあひ見しとこに立よれは
まくらにちりそまちゐたりける
返し」(31オ)
0149 しきたへの枕はさもやなかる覧
まちゐしちりはかすつもりにき
つほねにおはせしほとに
尼上に申さるゝ事ありし
人のたちよりたりしをなに
しにきけるそなとむつかし
けにおほしてあけにしまた
つとめて
0150 きし方もうたかはれけり月よゝみ
ならしかほにもとひし人哉
返しとてもなし」(31ウ)
まきれたまし所ありしころ
五せちに内にまいりたれは
0151 ひかけさす雲のうへにはかけてたに
おもひもいてしふるさとの月
返し殿上人まいりなとして
いとものさはかしけれはわろ
きなめりとそ
0152 かけとめぬ月に心のくれそめて
とよのあかりもしられさりけり
さとより内にをくり給て」(32オ)
せちなる事ありていつる也とあり
しつとめてきこ江し
0153 まちかねのさとをいてぬと思しを
おほかたとしのなにこそありけれ
返し
0154 おもふとしふしみのさとゝきゝしかと
なとまちかねと人のいふらむ
さかゐといふ所にしほゆあみに
おはしたりしにきこ江し
0155 おほつかなさかゐはるけきたひ人の
なかゐのうらになかゐするころ」(32ウ)
返し
0156 はる/\となかゐのうらをなかめつゝ
こひしきことになこそつらけれ
内にまゐりたりし又の夜
せちにいふへき事なむあるとて
御くるまのありけるをさるへき
人/\さふらはぬほとにてえいて
さりけれは心の内を見せたて
まつらはやときこ江たりけれは
0157 うき人の心の内を見せたらは」(33オ)
いとゝつらさのかすやまさらむ
返し
0158 むかしよりつらき心をたえつ(つ=て)見は
人にいくつのかすをさゝまし
さとなりしにこよひはうち
のとのゐとていて給しをれい
の所にやと思しかはつとめてきこ
えし
0159 うちかはしかさぬるとこはなになれや
返しわひつるよはのさ衣
返し」(33ウ)
0160 かへすとはきこ江ぬ物をから衣
かさぬときくそまさるぬれきぬ
うちにまいらむとせしに関白殿
の白川殿にまいり給にしに
さはる事ありてまいらすなり
にけれはつとめてきこ江し
0161 ゆく道もけふは猶こそとゝこほれ
つてにも花のうへやきくとて
返し
0162 ゆくみちもとゝこほるなる花のうへ/を」(34オ)
いそきていかゝ人にかたらむ
ある所にかよひ給けるころ内
にさふらひしになとか花を
いてゝ見ぬさてもいつかとて
163 かへりてもこゝろや(や$は)
164 猶やあくかれむ
花もあるしもさかりすきなは
返し
0164 あくかるゝ花の心を見るほとは
我さへたひのそらねをそする
ものうくていてぬほとに」(34ウ)
心地のあしかりけれはくるまた
へときこ江たりけれは
0165 もろともにあひもおもはぬなからゐ/の
くるまはいかにひさしとかしる
返し
0166 しらすやはくるま/\のひさしさ/を
心うしとはかけていはねと
かやにいひつゝあかしくらしゝ
をあさましうめにちかう
見なしきこ江てこゝにいり給
ぬめりしかは今はふりはへて/もなと」(35オ)
思しをしられたりけるに御
ふみといふをとりいれたれは
ありしにもにすいとこと/\し
きたてふみにてこまやかに
まめやかなる事とものあはれ
におほしなりたる事ともの
あるなかにかきまきらかし
たるをとりいてたるとて
0167 思すていてにしやとのつまなれと
したにしのふの草はおひけり」(35ウ)
とありけるこそまことにあはれ
なりしか 返しとてなし
又のとしの春宮こにいて給
たりしころさうし許へたて
たる所にあまうへおはしましゝ
かは御経のこゑはかりはかはら
ねとありしよともおほえす
いと物あはれにてすくしゝに
くれつかたつねよりもよみすまし
たまひたりし/に」(36オ)
かりのなきたりしこゑにもなみた
とゝめかたき心地するに内より
とてにはかにくるまをたまはせ
たるにとく/\とさはかすをかく
なむともえきこ江あえすくるま
にのるそらもなき心地するにたゝ
うかみをさしいれたるを見れは
かうそかゝれたりける
0168 こゑ許きくたにあるをかりかねの
いとゝくもゐになりぬなるかな」(36ウ)
めくるゝ心地してみしろくも
おほえねとかならすとさふらひ
つるをいかに/\とくるまの人/\の
いふに心あはたゝしくて
0169 かりかねのくもゐになかむおりことに
なれしとこよをこふとしらなむ
とかみのはしにかきつけし
はか/\しうも見えさりけむ
かしとそありし
をきたまひける枕をかたみに」(37オ)
見つゝすくしけるに御ふみにかくては
よろつすゝしうやと思しにつみの
かうのみおほゆる事のみおほか
れはなむありし枕たまへ仏
につくりたてまつらむつみも
ほろほさむとありけるをゝし
つゝみてとみに御返もかき
やられさりけれは(+たゝ)つゝみかみに
0170 た枕のほとけにならむのちの世も
かりそめふしの人をたつねよ」(37ウ)
返し御返ことのなきこそ
中/\ことわりなれとて
0171 今はとてかへす枕はあかねとも
ともにほとけのみちをちきらむ
方ふたかりてとみに
にもかへりたまはさりしほとに
しも月はかりよりれいならす
なやましうし給しにいみ
しう物心ほそけにおほし
たりしをつねの事に思なして」(38オ)
あからさまに内よりめしたりし
かはかくなむときこ江たりけれは
いとかう心ほそきには
0172 春ちかみ峯のあさひのいつるまも
またてやつゆのきえはゝてなむ
くるまよせてれいのとく/\と
せむるに心地もかきみたりて
はか/\しうおほえすとて返し
とあれとなし」(38ウ)
内にも御くすりの事とてさはき
みちたるにこなたかなた心の
いとまなうみたれていそきま
かりいてたれはちかうおはすと
おもふはたのもしけれといまは
ふみなともちからなうてえき
こゆましきこそくちおしけれ
こなたにときこゆへけれと
いまさらにあいなくてかたの
やうにはなしかしかゝれたり」(39オ)
けるこそはゝてなりけれ
0173 こかくれにのこれるゆきのしたきえて
日をまつほとの心地こそすれ
御返し物もおほえさりしに
かくまてつゝけむこそ
0174 たれもよにふるそらもなきしたき/えの
ゆきとまるへき心地こそせね
これは又いまきゝつけたる也
法師になり給てのちこの」(39ウ)
ひめきみのわつらひ給けれは
あからさまにいて給ひたりける
をいみしうなき給て御こそ
てをひかへ給けれはぬきすへ
していて給てのちにとりに
たてまつり給とて
0175 こひしとも思心のなけれはや
よるの衣をかへさゝるらむ
御返しとてなし」(40オ)
みたけさうしゝてつれ/\におほ
されけるに経のさるへき所/\
人にもよませ我もよみ給ける
にしすくさうあむといふ所を
0176 わくらはにあへるおやともしらすして
猶くさのはにやとりをそする
月のあかゝりける夜
0177 ゆくすゑの月そゆかしきいにしへも
こよひ許のかけはなかりき」(40ウ)
うへの御もとかれ/\になり給て
のちひめ君のみゝすかきを
かきてたてまつれ給ける返
事に
0178 あさゆふにわかなてしこの花の色を
かれ/\になるそてそつゆけき
あまうへの御もとよりひろめと
いふ物たてまつり給ける
つゝみかみにかきつけてをき
たまひける」(41オ)
0179 よものよにのりもとむれとえかた/きを
ひろめたまふそうれしかりける
とありけるを 中将のきみに
0180 もとめてもえかたき人はなにな/れや
ひろめしのりにあひにしものを
ときこ江たりけれは
0181 ひろめてもそのにはにこそあらね/とも
つたふるのりをきくもたのもし
おかしき所/\人/\よみけるに」(41ウ)
ゑしまを
0182 もしほ草かきあつめたるゑしまには
花さく春そいろはとりける
みゝなし山
0183 むつことはかへのみゝにもわつらはし
みゝなし山にゆきてかたらむ
やしほのをかのもみちはこの
ころなむさかりにおかしきと
ましけれはきこ江たまひける
0184 思やる心たにゆくもみちはを」(42オ)
見せてちらすなみねのこからし
入道殿御返し
0185 名にたかき峯のあらしはさむからし
もみちのにしき身にしきたれは
ゑちこの弁にかれ/\になり給
けるころ菊の花をたてまつる
とて
「為時弁也/紫式部没後/祖父存/生之有之歟」(頭注)
「大弐三位哥也」(傍注)
0186 つらからむ方こそあらめきみならて
たれにか見せむしらきくの花
返し」(42ウ)
0187 はつしもにまかふまかきのしらきく/を
うつろふいろと思なすらむ
なかたにゝによしのをかといふは
れいの草木にもあらす人の
見もしらすなもなきともいふ
事もしらていみしうめてたき
もみちのするをか也けりすわう
のをかとたゝ人のいひつけたり
けるを入道殿のいりたまて
やしほのをかとつけたまたり/けるか」(43オ)
紅葉のいとめてたかりけるころ
きこ江給ける
0188 思やる心たにゆくもみちはを
みせてちらすな峯のこからし
御返し
0189 名にたかき峯のあらしはさむ
からしもみちのにしきみにし
きたれは」(43ウ)
正二位行権中納言兼兵部卿藤原朝臣定頼
寛徳元年六月九日出家
二年正月十九日薨五十一
諸家集多数被失適依
見此本不顧老病之極熱
一日終書写之功依慕故
人也誰同志乎」(44オ)
(白紙)」(44ウ)
右四條中納言定頼集一冊全
京極黄門定家卿真筆無疑
尤可謂證本者也可秘々々
寛永元三月十一日 為頼(花押)」(45オ)