凡例
1 穂久邇文庫蔵「新勅撰和歌集」(日本古典文学影印叢刊13 昭和55年5月 日本古典文学会)を本文整定した。
2 本文整定にあたり、仮名遣いを歴史的仮名遣いに改め、濁音には濁点を付け、句読点を施した。しかし、原文の仮名表記を漢字に改めることはしなかった。ただし踊字は々または仮名表記にもどした。
3 本文中の補入等の訂正は訂正本文にしたがった。
(空白)」1オ
新勅撰和歌集(内題)
すべらぎのみことのりをうけたまはりて、わがくにのやまとうたをえらぶこと、みづがきのひさしきむかしよりはじまりて、すがのねのながき世々につたはれり。
いはゆる古今・後撰ふたつの集のみにあらず、おほやけごとになずらへてあつめしるされたるためし、むかしといひいまといひ、その名おほくきこゆれど、ここのへの雲のうへにめされて、ひさかたの月にまじはれるともがら、このことをうけたまはり、おこなへるあとは猶まれなり。
しらかはのかしこき御世、ことわざしげきまつりごとにのぞませたまひて、ななそぢあまりの御よはひたもたせたまひしはじめ、後拾遺をえらべるひとたびなむありける。
しかるに、わがきみ、あめのしたしろしめしてよりこのかた、ととせあまりのはる秋、よものうみ、たつしきなみもこゑしづかに、ななつのみち、たみのくさ葉もなびきよろこべり。かりこものみだれしををさめ、あきくさのおとろへしをおこさせたまひき。秋づしま又さらににぎはひ、あまつひつぎふたたびさかりなり。ただ延喜・天暦のむかし、時すなほに、たみゆたかによろこべりしまつりごとをしたふのみにあらず。又寛喜・貞永のいま、世をさまり、人やすくたのしきことの葉をしらしめむために、ことさらにあつめえらばるるならし。
定家、はままつのとしつもり、かはたけの世々につかうまつりて、ななそぢのよはひにすぎ、ふたしなのくらゐをきはめて、しものことをききてかみにいれ、かみのことをうけてしもにのぶるつかさをたまはれる時にあひて、たらちねのあとをつたへ、ふるきうたののこりをひろふべきおほせごとをうけたまはるによりて、はるなつあきふゆをりふしのことの葉をはじめて、きみのみよをいはひたてまつり、人のくにををさめおこなひ、神をうやまひ、ほとけにいのり、おのがつまをこひ、身のおもひをのぶるにいたるまで、部をわかち、まきをさだめて、はまのまさごかずかずに、うらのたまもかきあつむるよし、貞永元年十月二日これをそうす。なづけて新勅撰和歌集とす、といふことしかり。
新勅撰和謌集巻第一
春哥上
うへのをのこども、としのうちにたつはるといへるこころをつかうまつりけるついでに
御製
0001 あらたまのとしもかはらでたつはるは
かすみばかりぞそらにしりける
立春哥とてよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
0002 あまのとのあくるけしきもしづかにて
くもゐよりこそはるはたちけれ
延喜七年三月、内の御屏風に、元日ゆきふれる日
紀貫之
0003 けふしもあれみゆきしふれば草も木も
はるてふなへにはなぞさきける
題しらず よみ人しらず
0004 ふゆすぎてはるはきぬらしあさひさす
かすがのやまにかすみたなびく
0005 ひさかたのあまのかぐやまこのゆふべ
かすみたなびくはるたつらしも
はるのはじめ、あめふる日、草のあをみわたりて見え侍ければ
京極前関白家肥後
0006 いつしかとけふふりそむるはるさめに
いろづきわたるのべのわかくさ
だいしらず 大中臣能宣朝臣
0007 わがやどのかきねのくさのあさみどり
ふるはるさめぞいろはそめける
三条右大臣家屏風に
つらゆき
0008 とふ人もなきやどなれどくるはるは
やへむぐらにもさはらざりけり
法性寺入道前関白の家にて、十首哥よみ侍けるに、うぐひすをよめる
権中納言師俊
0009 うぐひすのなきつるなへにわがやどの
かきねのゆきはむらぎえにけり
うぐひすはるをつぐといへる心をよみ侍ける
源俊頼朝臣
0010 はるぞとはかすみにしるしうぐひすは
はなのありかをそことつげなん
久安六年、崇徳院に百首哥たてまつりけるとき、はるのうた
待賢門院堀河
0011 しもがれはあらはに見えしあしのやの
こやのへだてはかすみなりけり
前参議親隆
0012 松しまやをじまがさきのゆふがすみ
たなびきわたせあまのたくなは
後徳大寺左大臣十首哥よみ侍けるに、遠村霞といへる心をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
0013 あさとあけてふしみのさとにながむれば
かすみにむせぶうぢのかはなみ
守寛法親王家に五十首哥よみ侍けるに、春哥
覚延法師
0014 すみよしの松のあらしもかすむなり
とほさとをののはるのあけぼの
源師光
0015 山のはもそらもひとつに見ゆるかな
これやかすめるはるのあけぼの
百首のうたに
式子内親王
0016 にほのうみやかすみのをちにこぐふねの
まほにもはるのけしきなるかな
後京極摂政、左大臣に侍ける時、百首哥よませ侍けるに
八条院六条
0017 月ならでながむるものはやまのはに
よこ雲わたるはるのあけぼの
題しらず 曽祢好忠
0018 さほひめのおもかげさらずおるはたの
かすみたちきるはるののべ哉
0019 このめはるはるのやま辺をきて見れば
霞のころもたたぬひぞなき
0020 まきもくのあなしのひばらはるくれば
はなかゆきかと見ゆるゆふしで
0021 あさなぎにさをさすよどのかはをさも
こころとけてははるぞみなるる
山部赤人
0022 山もとにゆきはふりつつしかすがに
このかはやなぎもえにけるかも
柳をよみ侍ける
伊勢
0023 あをやぎのえだにかかれるはるさめは
いともてぬけるたまかとぞ見る
0024 あさみどりそめてみだれるあをやぎの
いとをばはるのかぜやよるらん
天暦御時御屏風のうた
中務
0025 ふくかぜにみだれぬきしのあをやぎは
いとどなみさへよればなりけり
千五百番哥合に
二条院讃岐
0026 ももしきや大宮人のたまかづら
かけてぞなびくあをやぎのいと
春哥よみ侍けるに
按察使隆衡
0027 おしなべてこのめもいまははるかぜの
ふくかた見ゆるあをやぎのいと
寛喜元年十一月女御入内屏風、江山人家柳をよみ侍ける
内大臣
0028 うちはへて世は春ならしふくかぜも
えだをならさぬあをやぎのいと
正三位知家
0029 やまひめのとしのをながくよりかけて
はるはたえせぬあをやぎの糸
春哥とてよみ侍ける
鎌倉右大臣
0030 みふゆつぎはるしきぬればあをやぎの
かづらきやまにかすみたなびく
0031 このねぬるあさけのかぜにかをるなり
のきばのむめのはるのはつはな
むめの花ををりて、中務がもとにつかはしける
九条右大臣
0032 いとはやもしもにかれにしわがやどの
むめをわすれぬはるはきにけり
つくしにて梅花を見てよみ侍ける
山上憶良
0033 春さればまづさくやどのむめのはな
ひとり見つつやけふをくらさむ
だいしらず 凡河内躬恒
0034 いづれをかわきてをらましむめの花
えだもたわわにふれるしらゆき
つらゆき
0035 やまかぜにかをたづねてやむめのはな
にほへるさとにうぐひすのなく
亭子院哥合に
坂上是則
0036 きつつのみなくうぐひすのふるさとは
ちりにしむめのはなにぞ有ける
題しらず 式子内親王
0037 たがかきねそこともしらぬむめがかの
夜半のまくらになれにけるかな
権大納言家良
0038 たまぼこの道のゆくてのはるかぜに
たがさとしらぬむめのかぞする
殷富門院大輔
0039 たれとなくとはぬぞつらきむめの花
あたらにほひをひとりながめて
正三位家隆
0040 いくさとか月のひかりもにほふらん
むめさくやまの峯のはるかぜ
春哥とてみ侍ける
後京極摂政前太政大臣
0041 なにはづにさくやむかしのむめの花
いまもはるなるうらかぜぞふく
守覚法親王家五十首哥よみ侍けるに
覚延法師
0042 はるの夜の月にむかしやおもひいづる
たかつのみやににほふむめがえ
皇太后宮大夫俊成
0043 むめがかも身にしむころはむかしにて
人こそあらねはるの夜のつき
高陽院の梅花ををりてつかはして侍ければ
大弐三位
0044 いとどしくはるのこころのそらなるに
又はなのかを身にぞしめつる
返し 宇治前関白太政大臣
0045 そらならばたづねきなまし梅花
まだ身にしまぬにほひとぞ見る
家百首哥に、夜梅といふこころをよみ侍ける
前関白
0046 むめがかもあまぎる月にまがへつつ
それとも見えずかすむころかな
後京極摂政の家の哥合に、暁霞をよみ侍ける
宜秋門院丹後
0047 はるの夜のおぼろ月夜やこれならむ
かすみにくもるありあけのそら
百首哥たてまつりける時、帰雁をよめる
権中納言師時
0048 かへるらむゆくへもしらずかりがねの
霞のころもたちかさねつつ
だいしらず 大納言師氏
0049 ひさかたのみどりのそらのくもまより
こゑもほのかにかへるかりがね
前大納言資賢
0050 たちかへりあまのとわたるかりがねは
はかぜに雲のなみやかくらん
よみ人しらず
0051 白妙のなみぢわけてやはるはくる
かぜふくままにはなもさきけり
中納言家成哥合し侍けるに、山寒花遅といへる心をよみてつかはしける
藤原基俊
0052 みよしのの山井のつららむすべばや
はなのしたひもおそくとくらん
題しらず 修理大夫顕季
0053 かすみしくこのめはるさめふるごとに
はなのたもとはほころびにけり
権中納言長方
0054 はなゆゑにふみならすかなみよしのの
よしののやまのいはのかけみち
寛治七年三月十日、白河院きたやまの花御らんじにおはしましける日、処々尋花といへるこころをよませたまうける
久我太政大臣
0055 やまざくらかたもさだめずたづぬれば
はなよりさきにちるこころかな
右衛門督基忠
0056 はるはただゆかれぬさとぞなかりける
花のこずゑをしるべにはして
崇徳院、近衛殿にわたらせ給て、遠尋山花といふ題を講ぜられ侍けるによみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
0057 おもかげにはなのすがたをさきだてて
いくへこえきぬみねのしら雲
家に花五十首哥よませ侍ける時
後京極摂政前太政大臣
0058 むかしたれかかるさくらのはなをうゑて
よしのをはるのやまとなしけん
寂蓮法師
0059 いかばかりはなさきぬらんよしのやま
かすみにあまるみねのしら雲
おなじ家に女房百首哥講じ侍ける日、五首哥よみ侍けるに
藤原成宗
0060 はななれやとやまのはるのあさぼらけ
あらしにかをるみねのしら雲
家に三十首哥よみ侍けるに、花哥
入道前太政大臣
0061 しら雲のやへ山ざくらさきにけり
ところもさらぬはるのあけぼの
百首哥に 式子内親王
0062 たかさごのをのへのさくらたづぬれば
みやこのにしきいくへかすみぬ
0063 かすみゐるたかまのやまのしら雲は
はなかあらぬかかへるたび人
家哥合に、雲間花といへる心をよみ侍ける
前関白
0064 まがふとも雲とはわかんたかさごの
をのへのさくらいろかはりゆく
関白左大臣
0065 たちまよふよしののさくらよきてふけ
くもにまたるるはるのやまかぜ
典侍因子
0066 さかぬまぞはなとも見えしやまざくら
おなじたかねにかかるしら雲
中宮少将
0067 たえだえにたなびく雲のあらはれて
まがひもはてぬやまざくら哉
文治六年女御入内屏風に
後徳大寺左大臣
0068 はなざかりわきぞかねつるわがやどは
くものやへたつみねならねども
家に百首哥よませ侍けるに
後京極摂政前太政大臣
0069 はるはみなおなじさくらとなりはてて
くもこそなけれみよしののやま
清輔朝臣家に哥合し侍ける、花哥
俊恵法師
0070 みよしののはなのさかりとしりながら
猶しら雲とあやまたれつつ
正治二年百首哥たてまつりける、春哥
皇太后宮大夫俊成
0071 雲やたつかすみやまがふやまざくら
はなよりほかもはなとみゆらん
千五百番哥合に
正三位家隆
0072 けふみれば雲もさくらにうづもれて
かすみかねたるみよしののやま
新勅撰和歌集巻第二
春哥下
みこにおはしましける時の御うた
光孝天皇御製
0073 山ざくらたちのみかくすはるがすみ
いつしかはれて見るよしも哉
題しらず 山部赤人
0074 神さびてふりにしさとにすむ人は
みやこににほふはなをだに見ず
つらゆき
0075 あづさゆみはるのやま辺にいるときは
かざしにのみぞはなはちりける
源重之
0076 いろさむみはるやまだこぬとおもふまで
やまのさくらをゆきかとぞ見る
山花未落といへるこころをよみ侍ける
橘俊綱朝臣
0077 まだちらぬさくらなりけりふるさとの
よしののやまのみねのしら雲
月のあかき夜、はなにそへて人につかはしける
和泉式部
0078 いづれともわかれざりけりはるのよは
月こそはなのにほひなりけれ
尋花遠行といふ心をよみ侍ける
藤原顕仲朝臣
0079 かへり見るやどはかすみにへだたりて
はなのところにけふもくらしつ
百首哥たてまつりける時
0080 たかさごのふもとのさとはさえなくに
をのへのさくらゆきとこそ見れ
堀河院御時、女房ひんがし山の花たづねにつかはしけるひよみ侍ける
権中納言俊忠
0081 けふこずはおとはのさくらいかにぞと
見るひとごとにとはましものを
権中納言師時
0082 たちかへり又やとはましやまかぜに
はなちるさとのひとのこころを
藤原敦兼朝臣
0083 こまなべてはなのありかをたづねつつ
よものやま辺のこずゑをぞ見る
そのひ、あふさかこえてたづね侍けるに、花山のほどに、たれともしらぬ女車の花ををりかざして侍ける、みちのかたはらにたちて、かむだちめのくるまにさしいれさせ侍ける
よみ人しらず
0084 あさまだきたづねぞきつるやまざくら
ちらぬこずゑのはなのしるべに
おなじ御時、中宮女房はな見につかはしける日、花為春友といへるこころをよみ侍ける
権中納言国信
0085 はなさかぬとやまのたにのさとびとに
とはばやはるをいかがくらすと
おなじ御時、鳥羽殿に行幸の日、池上花といへる心をよませたまうけるに
中納言実隆
0086 さくらばなうつれるいけのかげ見れば
なみさへけふはかざしをりけり
法性寺入道殿関白家にて、雨中花といへるこころをよみ侍ける
基俊
0087 やまざくらそでににほひやうつるとて
はなのしづくにたちぞぬれぬる
寛平御時きさいの宮の哥合哥
よみ人しらず
0088 はるながらとしはくれなんちるはなを
をしとなくなるうぐひすのこゑ
0089 いろふかく見る野辺だにもつねならば
はるはすぐともかたみならまし
延喜六年月次御屏風、三月たかへすところ
つらゆき
0090 やま田さへいまはつくるをちるはなの
かごとはかぜにおほせざらなん
左兵衛督朝任花見にまかるとて、ふみつかはして侍ける返ごとに
大弐三位
0091 たれもみな花のさかりはちりぬべき
なげきのほかのなげきやはする
後冷泉院御時、月前落花といへる心をよませたまうけるに
大納言師忠
0092 はるの夜の月もくもらでふるゆきは
こずゑにのこる花やちるらん
建暦三年春、内裏に詩哥をあはせられ侍けるに、山居春曙といへるこころをよみ侍ける
六条入道前太政大臣
0093 月かげのこずゑにのこるやまのはに
はなもかすめるはるのあけぼの
権中納言定家
0094 名もしるし峯のあらしもゆきとふる
やまさくらとのあけぼののそら
暮山花といへるこころをよみ侍ける
藤原行能朝臣
0095 あすもこむかぜしづかなるみよしのの
山のさくらはけふくれぬとも
五十首哥たてまつりけるに、花下送日といへる心を
後京極摂政前太政大臣
0096 ふるさとのあれまくたれかをしむらん
わが世へぬべきはなのかげ哉
関路花
0097 あふさかのせきふみならすかちびとの
わたれどぬれぬはなのしらなみ
題しらず 西行法師
0098 かぜふけば花のしらなみいはこえて
わたりわづらふやまがはのみづ
0099 あはれわがおほくのはるのはなを見て
そめおくこころたれにつたへむ
権中納言長方
0100 はるかぜのややふくままにたかさごの
をのへにきゆるはなのしら雲
前関白家哥合に、雲間花といへる心をよみ侍ける
右衛門督為家
0101 たちのこすこずゑも見えずやまざくら
はなのあたりにかかるしら雲
藤原隆祐
0102 かづら木やたかねのくもをにほひにて
まがひしはなのいろぞうつろふ
中宮但馬
0103 たづねばや峯のしら雲はれやらで
それとも見えぬやまざくらかな
建暦二年、大内の花下にて、三首哥つかうまつりけるに
大納言定通
0104 かへるさのみちこそしらねさくらばな
ちりのまよひにけふはくらしつ
大宰大弐重家哥合し侍けるに、花をよめる
源師光
0105 さくらばなとしのひととせにほふとも
さてもあかでやこの世つきなん
題しらず 鎌倉右大臣
0106 さくらばなちらばをしけんたまぼこの
みちゆきぶりにをりてかざさむ
内大臣
0107 さもこそははるはさくらのいろならめ
うつりやすくもゆく月日哉
参議雅経
0108 はるの夜の月もありあけになりにけり
うつろふはなにながめせしまに
藤原行能朝臣
0109 うつろへば人のこころぞあともなき
はなのかたみはみねのしらくも
藤原信実朝臣
0110 山ざくらさきちるときのはるをへて
よはひは花のかげにふりにき
殷富門院大輔
0111 さくらばなちるをあはれといひいひて
いづれのはるにあはじとすらん
花哥よみ侍けるに
前大僧正慈円
0112 花ゆゑにとひくるひとのわかれまで
おもへばかなしはるのやまかぜ
0113 ちる花のふるさととこそなりにけれ
わがすむやどのはるのくれがた
後京極摂政前太政大臣
0114 はなはみなかすみのそこにうつろひて
くもにいろづくをはつせのやま
0115 たかさごのをのへのはなにはるくれて
のこりし松のまがひゆく哉
建保六年内裏哥合、春哥
入道前太政大臣
0116 うらむべき方こそなけれはるかぜの
やどりさだめぬはなのふるさと
題しらず 権大納言公実
0117 山ざくらはるのかたみにたづぬれば
見る人なしにはなぞちりける
後京極摂政家哥合に、遅日をよみ侍ける
按察使兼宗
0118 をののえもかくてやひとはくたしけん
やまぢおぼゆるはるのそらかな
堀河院御時、あさがれひのみすに、さくらのつくりえだにまりをつけてささせ給へりけるを見てよみ侍ける
周防内侍
0119 のどかなるくも井は花もちらずして
はるのとまりとなりにける哉
寛喜元年女御入内屏風、海辺あみひくところ
正三位家隆
0120 なみかぜものどかなる世のはるにあひて
あみのうら人たたぬひぞなき
さとにいでて侍けるころ、春の山をながめてよみ侍ける
本院侍従
0121 くも井にもなりにける哉はるやまの
かすみたちいでてほどやへぬらん
歳時春尚少といへるこころをよみ侍ける
大江千里
0122 とし月にまさるときなしとおもへばや
はるしもつねにすくなかるらん
千五百番哥合に
二条院讃岐
0123 はるの夜のみじかきほどをいかにして
やこゑのとりのそらにしるらん
はるのくれのうた
入道前太政大臣
0124 しら雲にまがへしはなはあともなし
やよひの月ぞそらにのこれる
亭子院哥合に
つらゆき
0125 ちりぬともありとたのまんさくらばな
はるははてぬとわれにしらすな
参議顕実が家の哥合に
よみ人しらず
0126 見ぬ人にいかがかたらんくちなしの
いはでのさとのやまぶきのはな
故郷款冬といへるこころをよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
0127 ふりぬれどよしののみやはかはきよみ
きしの山ぶきかげもすみけり
題しらず 鎌倉右大臣
0128 たまもかる井でのしがらみはるかけて
さくやかはせのやまぶきの花
暮春のこころを
入道二品親王道助
0129 わすれじな又こむはるをまつのとに
あけくれなれしはなのおもかげ
0130 はなちりてかたみこひしきわがやどに
ゆかりのいろのいけのふぢなみ
雨中藤花といへるこころをよみ侍ける
俊頼朝臣
0131 あめふればふぢのうらはにそでかけて
はなにしをるるわが身とおもはん
五十首哥たてまつりけるに
嘉陽門院越前
0132 よしのがはたきついはねのふぢのはな
たをりてゆかんなみはかくとも
百首哥春哥
前関白
0133 たちかへるはるのいろとはうらむとも
あすやかたみのいけのふぢなみ
家百首哥よみ侍ける、暮春哥
関白左大臣
0134 なれきつるかすみのころもたちわかれ
我をばよそにかへるはるかな
内大臣
0135 けふのみとをしむこころもつきはてぬ
ゆふぐれかぎるはるのわかれに
久安百首哥たてまつりける時、三月尽哥
皇太后宮大夫俊成
0136 ゆくはるのかすみのそでをひきとめて
しぼるばかりやうらみかけまし
新勅撰和歌集巻第三
夏哥
題しらず 相模
0137 かすみだにやまぢにしばしたちとまれ
すぎにしはるのかたみとも見む
二条太皇太后宮大弐
0138 なつごろもたちかへてけるけふよりは
やまほととぎすひとへにぞまつ
夏のはじめの哥とてよみ侍ける
二条院皇后宮常陸
0139 けふはまづいつしかきなけほととぎす
はるのわかれもわするばかりに
家百首哥に、首夏のこころをよみ侍ける
前関白
0140 けふよりはなみにおりはへなつごろも
ほすやかきねのたまがはのさと
題しらず よみ人しらず
0141 ちはやぶる賀茂のうづきになりにけり
いざうちむれてあふひかざさん
文治六年女御入内屏風に
後徳大寺左大臣
0142 いくかへりけふのみあれにあふひぐさ
たのみをかけてとしのへぬらん
寛喜元年女御入内屏風
権中納言定家
0143 ひさかたのかつらにかくるあふひぐさ
そらのひかりにいくよなるらん
中納言行平家哥合に
よみびとしらず
0144 すむさとはしのぶのもりのほととぎす
このしたこゑぞしるべなりける
題しらず 田原天皇御製
0145 かみなびのいはせのもりのほととぎす
ならしのをかにいつかきなかむ
祐子内親王家紀伊
0146 ききてしも猶ぞまたるるほととぎす
なくひとこゑにあかぬこころは
郭公哥十首よみ侍けるに
法性寺入道前関白太政大臣
0147 よしさらばなかでもやみねほととぎす
きかずはひともわするばかりに
題しらず 大蔵卿行宗
0148 いつのまにさとなれぬらんほととぎす
けふをさ月のはじめとおもふに
建保六年内裏哥合夏哥
参議雅経
0149 ほととぎすなくやさ月のたまくしげ
ふたこゑききてあくるよもがな
寛喜元年女御入内屏風、五月沼江昌蒲芟所
前関白
0150 ふかき江にけふあらはるるあやめ草
としのをながきためしにぞひく
入道前太政大臣
0151 いくちよといはがきぬまのあやめぐさ
ながきためしにけふやひかれん
寛平御時きさいの宮の哥合哥
よみびとしらず
0152 おしなべてさ月のそらを見わたせば
水も草ばもみどりなりけり
題しらず つらゆき
0153 ほととぎすこゑききしよりあやめ草
かざすさ月としりにしものを
ほととぎすのうたよみ侍けるに
正三位家隆
0154 ほととぎすこぞやどかりしふるさとの
はなたちばなにさ月わするな
祝部成茂
0155 いまははやかたらひつくせほととぎす
ながなくころのさ月きぬなり
白河院御時、うへのをのこどもきさいの宮の御方にくだもの申ける、たまふとてうへに花橘ををりておかれたりけるはこのふた、かへしまゐらすとてよみ侍ける
源師賢朝臣
0156 ほととぎすこよひいづこにやどるらん
はなたちばなを人にをられて
返し 康資王母
0157 ほととぎすはなたちばなのやどかれて
そらにやくさのまくらゆふらん
久安百首哥たてまつりける、夏哥
大炊御門右大臣
0158 おぼつかなたれそまやまのほととぎす
とふになのらですぎぬなるかな
皇太后宮大夫俊成
0159 さらぬだにふすほどもなきなつの夜を
またれてもなくほととぎすかな
十首哥たてまつりける時
右兵衛督公行
0160 さ夜ふかみやまほととぎすなのりして
きのまろとのをいまぞすぐなる
文治六年女御入内屏風に
後徳大寺左大臣
0161 ほととぎすくものうへよりかたらひて
とはぬになのるあけぼののそら
寛喜元年十一月女御入内屏風に、郭公をよみ侍ける
右衛門督為家
0162 ながきひのもりのしめなはくりかへし
あかずかたらふほととぎすかな
故郷郭公といへるこころをよみ侍ける
権中納言長方
0163 あれにけるたかつのみやのほととぎす
たれとなにはのことかたるらん
後法性寺入道前関白百首哥よませ侍ける時、五月雨をよめる
皇太后宮大夫俊成
0164 ふりそめていくかになりぬすずか河
やそせもしらぬさみだれのころ
さみだれをよみ侍ける
後徳大寺左大臣
0165 五月雨にむつだのよどのかはやなぎ
うれこすなみやたきのしらいと
六条入道前太政大臣
0166 さみだれに伊勢をのあまのもしほぐさ
ほさでもやがてくちぬべき哉
前右近中将資盛
0167 五月雨のひをふるままにひまぞなき
あしのしのやののきのたまみづ
左近中将公衡
0168 さみだれのころもへぬればさはだ河
そでつくばかりあさきせもなし
源家長朝臣
0169 うちはへていくかかへぬるなつびきの
手びきのいとのさみだれのそら
題しらず 春宮権大夫良実
0170 たちばなのしたふくかぜやにほふらん
むかしながらのさみだれのそら
関白右大臣家百首哥よみ侍けるに
藤原光俊朝臣
0171 さみだれのそらにもつきはゆくものを
ひかり見ねばやしる人のなき
宇治入道前関白家の哥合に
相模
0172 さみだれはあかでぞすぐるほととぎす
夜ぶかくなきしはつねばかりに
だいしらず 前大僧正慈円
0173 郭公ききつとやおもふさみだれの
くものほかなるそらのひとこゑ
ほととぎすの哥あまたよみ侍けるに
橘俊綱朝臣
0174 ほととぎすきくともなしなあしひきの
やまぢにかへるあけぼののこゑ
源師賢朝臣
0175 たがさとにまたできくらんほととぎす
こよひばかりのさみだれのこゑ
百首哥に 後京極摂政前太政大臣
0176 ほととぎすいまいく夜をかちぎるらん
おのがさ月のありあけのころ
前中納言師仲、さ月のつごもり、人びとさそひて右近馬場にまかりて、郭公まち侍けるに
祐盛法師
0177 けふここにこゑをばつくせほととぎす
おのがさ月ものこりやはある
堀河院御時、きさいの宮にて、潤五月郭公といふこころをよみ侍ける
権中納言師時
0178 雲ぢよりかへりもやらずほととぎす
なほさみだるるそらのけしきに
俊頼朝臣
0179 やよやまたきなけみそらの郭公
さ月だにこそをちかへりつれ
題しらず 覚盛法師
0180 みなづきのそらともいはじゆふだちの
ふるからをののならのしたかげ
よみびとしらず
0181 草ふかきあれたるやどのともし火の
風にきえぬはほたるなりけり
家に五十首哥よみ侍けるに、江蛍
入道二品親王道助
0182 しらつゆのたま江のあしのよひよひに
あきかぜちかくゆくほたるかな
参議雅経
0183 なにはめがすくもたくひのふかき江に
うへにもえてもゆくほたる哉
法成寺入道前摂政家哥合に
祭主輔親
0184 なつの夜の雲ぢはとほくなりまされ
かたぶく月のよるべなきまで
夏月をよみ侍ける
正三位顕家
0185 夜もすがらやどるしみづのすずしさに
月もなつをやよそに見るらん
題しらず 如願法師
0186 あけぬるかこのまもりくる月かげの
ひかりもうすきせみのはごろも
いし山にてあかつき、ひぐらしのなくをききて
藤原実方朝臣
0187 葉をしげみとやまのかげやまがふらん
あくるもしらぬひぐらしのこゑ
寛喜元年女御入内屏風、杜辺山井流水ある所
正三位知家
0188 ゆふぐれはなつよりほかをゆくみづの
いはせのもりのかげぞすずしき
海辺松下行人納涼の所
正三位家隆
0189 夏衣ゆくてもすずしあづさゆみ
いそべのやまの松のしたかぜ
みな月はらへのこころをよみ侍ける
後京極摂政前太政大臣
0190 はやきせのかへらぬみづにみそぎして
ゆくとし波のなかばをぞしる
寛喜元年女御入内屏風
前関白
0191 よしのがは河波はやくみそぎして
しらゆふばなのかずまさるらし
正三位家隆
0192 かぜそよぐならのをがはのゆふぐれは
みそぎぞなつのしるしなりける
新勅撰和謌集巻第四
秋哥上
はつあきの心をよみ侍ける
曽祢好忠
0193 ひさかたのいはとのせきもあけなくに
夜半にふきしく秋のはつかぜ
大納言師氏
0194 かささぎのゆきあひのはしの月なれど
なほわたすべきひこそとほけれ
大納言師頼
0195 きのふにはかはるとなしにふくかぜの
おとにぞあきはそらにしらるる
題しらず 西行法師
0196 たまにぬくつゆはこぼれて武蔵野の
くさの葉むすぶあきのはつかぜ
正三位家隆
0197 くれゆかばそらのけしきもいかならん
けさだにかなし秋のはつかぜ
右衛門督為家
0198 おとたてていまはたふきぬわがやどの
をぎのうは葉のあきのはつかぜ
うへのをのこども、はつあきの心をつかうまつりけるに
藤原資季朝臣
0199 あしひきのやましたかぜのいつのまに
おとふきかへてあきはきぬらん
家に百首哥よみ侍けるに、早秋の心を
関白左大臣
0200 なつすぎてけふやいくかになりぬらん
ころもですずし夜半の秋かぜ
内大臣
0201 あまつかぜそらふきまよふゆふぐれの
くものけしきにあきはきにけり
藤原信実朝臣
0202 よるなみのすずしくもあるかしきたへの
そでしのうらの秋のはつかぜ
千五百番哥合に
宜秋門院丹後
0203 まくずはらうら見ぬそでのうへまでも
つゆおきそむるあきはきにけり
法性寺入道前関白中納言、中将に侍ける時、山家早秋といへるこころをよませ侍けるに
菅原在良朝臣
0204 やまざとはくずのうらはをふきかへす
かぜのけしきにあきをしるかな
殷富門院大輔、三輪社にて五首哥人びとによませ侍けるに、秋哥
土御門内大臣
0205 あきといへばこころのいろもかはりけり
なにゆゑとしもおもひそめねど
題しらず 曽祢よしただ
0206 さくらあさのかりふのはらをけふみれば
とやまかたかけあきかせぞふく
鎌倉右大臣
0207 ゆふぐれはころもですずしたかまどの
をのへの宮のあきのはつかぜ
0208 ひこぼしのゆきあひをまつひさかたの
あまのかはらにあきかぜぞふく
殷富門院大輔
0209 かささぎのよりはのはしをよそながら
まちわたる夜になりにけるかな
法印猷円
0210 あまのがはわたらぬさきのあきかぜに
もみぢのはしのなかやたえなん
百首哥めしける時
崇徳院御製
0211 あまのがはやそせの浪もむせぶらん
としまちわたるかささぎのはし
清輔朝臣家に哥合し侍けるに、七夕のこころをよみ侍ける
藤原敦仲
0212 あまのがはうきつのなみにひこぼしの
つまむかへぶねいまやこぐらし
後三条院御時、うへのをのこども斎院にて、七夕哥よみ侍けるに
前中納言基長
0213 おもへどもつらくもあるかなたなばたの
などかひと夜とちぎりおきけん
法性寺入道前関白家にて、七夕のこころをよみ侍ける
菅原在良朝臣
0214 あまのがはほしあひのそらも見ゆばかり
たちなへだてそ夜半のあきぎり
宇治入道前関白の七夕哥よみ侍けるに
権大納言経輔
0215 たなばたのわがこころとやあふことを
としにひとたびちぎりそめけむ
百首哥よみ侍ける、秋哥
正三位家隆
0216 くさのうへのつゆとるけさのたまづさに
のきばのかぢはもとつはもなし
七夕後朝のこころをよみ侍ける
権中納言伊実
0217 たなばたのあまのかはなみたちかへり
このくればかりいかでわたさむ
藤原清輔朝臣
0218 あまのがはみづかけぐさにおくつゆや
あかぬわかれのなみだなるらん
八条院高倉
0219 むつごともまだつきなくのあきかぜに
たなばたつめやそでぬらすらん
前大納言隆房
0220 たまさかにあきのひと夜をまちえても
あくるほどなきほしあひのそら
百首哥のなかに
式子内親王
0221 あきといへばものをぞおもふやまのはに
いざよふくものゆふぐれのそら
二条院讃岐
0222 いまよりのあきのねざめをいかにとも
をぎのはならでたれかとふべき
秋哥よみ侍けるに
入道二品親王道助
0223 荻のはにかぜのおとせぬあきもあらば
なみだのほかに月は見てまし
入道前太政大臣
0224 をぎの葉にふきとふきぬるあきかぜの
なみださそはぬゆふぐれぞなき
題しらず さがみ
0225 いかにしてものおもふひとのすみかには
あきよりほかのさとをたづねん
大納言師氏
0226 しらつゆと草葉におきて秋の夜を
こゑもすがらにあくるまつむし
秋哥よみ侍けるに
左近中将公衡
0227 夜ひよひのやまのはおそき月かげを
あさぢがつゆにまつむしのこゑ
藤原教雅朝臣
0228 かれはててのちはなにせんあさぢふに
秋こそ人をまつむしのこゑ
うへのをのこども、隣庭萩といふ心をつかうまつりけるに
0229 へだてこしやどのあしがきあれはてて
おなじ庭なるあきはぎの花
題しらず よみ人しらず
0230 しらつゆのおりいだすはぎのした紅葉
衣にうつる秋はきにけり
0231 このころのあきかぜさむみ萩の花
ちらすしらつゆおきにけらしも
0232 あすかがはゆききのをかの秋はぎは
けふふるあめにちりかすぎなん
柿本人麿
0233 しらつゆとあきの花とをこきまぜて
わくことかたきわがこころかな
佑子内親王家小弁
0234 さをしかのこゑきこゆなり宮木のの
もとあらのこはぎはなざかりかも
白河院にて、野草露繁といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに
大蔵卿行宗
0235 かりごろもはぎのはなずりつゆふかみ
うつろふいろにそほちゆく哉
家に秋の哥よませ侍けるに
鎌倉右大臣
0236 道の辺のをののゆふぎりたちかへり
見てこそゆかめ秋は木の花
0237 ふるさとのもとあらのこ萩いたづらに
見る人なしにさきかちるらむ
藤原基綱
0238 しらすげのまののはぎはらさきしより
あさたつしかのなかぬひはなし
雲居寺譫西上人哥合し侍けるに
権中納言師時
0239 あさまだきたをらでを見む萩の花
うは葉のつゆのこぼれもぞする
権中納言経定哥合し侍けるに、よみてつかはしける
按察使公道
0240 をみなへししめゆひおきしかひもなく
なびきにけりなあきの野かぜに
題しらず 二条院讃岐
0241 たづねきてたびねをせずは女郎花
ひとりやの辺につゆけからまし
菅家万葉集哥
よみびとしらず
0242 名にしおはばしひてたのまむ女郎花
ひとのこころのあきはうくとも
式部卿敦慶のみこの家に人びとまうできて、あそびなどし侍けるに、をみなへしをかざしてよみ侍ける
三条右大臣
0243 をみなへしをるてにかかるしらつゆは
むかしのけふにあらぬなみだか
久安百首哥たてまつりける、秋哥
左京大夫顕輔
0244 わぎもこがすそのににほふふぢばかま
つゆはむすべどほころびにけり
題しらず 権中納言長方
0245 さらずとてただにはすぎじ花すすき
まねかで人のこころをも見よ
参議雅経
0246 はなすすき草のたもとをかりぞなく
なみだのつゆやおきどころなき
源具親朝臣
0247 こころなきくさのたもともはなすすき
つゆほしあへぬあきはきにけり
閑庭薄といへるこころをよみ侍ける
藤原信実朝臣
0248 まねけとてうゑしすすきのひともとに
とはれぬ庭ぞしげりはてぬる
閑庭荻をよめる
藤原成宗
0249 いくあきのかぜのやどりとなりぬらん
あとたえはつる庭のをぎはら
題しらず 前大僧正慈円
0250 ぬしはあれど野となりにけるまがき哉
をがやがしたにうづらなくなり
よみ人しらず
0251 おぼつかなたれとかしらむ秋ぎりの
たえまに見ゆるあさがほの花
月哥あまたよみ侍けるに
後京極摂政太政大臣
0252 しら雲のゆふゐるやまぞなかりける
月をむかふるよものあらしに
権中納言経定中将に侍ける時、哥合し侍けるによみてつかはしける、月哥
大炊御門右大臣
0253 あまつそらうき雲はらふあきかぜに
くまなくすめる夜半の月哉
題しらず 正三位家隆
0254 さらしなやをばすてやまのたかねより
あらしをわけていづる月影
延喜御時、八月十五夜月宴哥
源公忠朝臣
0255 いにしへもあらじとぞおもふ秋の夜の
月のためしはこよひなりけり
養和のころほひ、百首哥よみ侍ける秋哥
権中納言定家
0256 あまのはらおもへばかはるいろもなし
秋こそ月のひかりなりけれ
家に百首哥よみ侍ける月哥
関白左大臣
0257 あしひきのやまのあらしに雲きえて
ひとりそらゆく秋の夜のつき
月哥とてよみ侍ける
藤原資季朝臣
0258 見るままにいろかはりゆくひさかたの
月のかつらの秋のもみぢ葉
八月十五夜よみ侍ける
寂超法師
0259 あまつそらこよひの名をやをしむらん
月にたなびくうき雲もなし
登蓮法師
0260 かぞへねどあきのなかばぞしられぬる
こよひににたる月しなければ
後京極摂政左大将に侍ける時、月五十首哥よみ侍けるによめる
権中納言定家
0261 あけば又秋のなかばもすぎぬべし
かたぶく月のをしきのみかは
月哥よみ侍けるに
左近中将基良
0262 やまの葉のつらさばかりやのこるらん
雲よりほかにあくる月かげ
権律師公猷
0263 いづくにかそらゆくくもののこるらん
あらしまちいづるやまの葉の月
中原師季
0264 まちえてもこころやすむるほどぞなき
やまのはふけていづる月かげ
真昭法師
0265 そでのうへにつゆおきそめしゆふべより
なれていく夜のあきの月かげ
関白左大臣家百首哥よみ侍ける、月哥
藤原頼氏朝臣
0266 わけぬるる野はらのつゆのそでの上に
まづしるものは秋の夜の月
入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに、山家月
正三位家隆
0267 松の戸をおしあけがたのやまかぜに
雲もかからぬ月をみるかな
文治六年女御入内屏風に、こまむかへの哥
後京極摂政前太政大臣
0268 あづまよりけふあふさかのやまこえて
みやこにいづるもち月のこま
和歌所の哥合に、海辺秋月といへるこころをよみ侍ける
小侍従
0269 おきつかぜふけゐのうらによるなみの
よるとも見えず秋の夜のつき
百首哥に月哥
前関白
0270 むら雲のみねにわかるるあととめて
やまのはつかにいづる月かげ
うへのをのこども、海辺月といへる心をつかうまつりけるついでに
御製
0271 わかのうらあし辺のたづのなくこゑに
夜わたる月のかげぞひさしき
秋哥たてまつりけるに
正三位家隆
0272 すまのあまのまどほの衣夜やさむき
うらかぜながら月もたまらず
名所月をよめる
藤原光俊朝臣
0273 あかしがたあまのたくなはくるるより
くもこそなけれ秋のよの月
白河院鳥羽殿におはしましけるに、田家秋興といへる心ををのこどもつかうまつりけるに
権大納言宗通
0274 しづのをのかどたのいねのかりにきて
あかでもけふをくらしつるかな
題しらす 藤原道信朝臣
0275 いとどしくものおもふやどをきりこめて
ながむるそらも見えぬけさ哉
前大僧正慈円
0276 よ半にたくかひやがけぶりたちそひて
あさぎりふかしをやまだのはら
0277 もしほやくけぶりもきりにうづもれぬ
すまのせきやのあきのゆふぐれ
海霧といへる心を
正三位知家
0278 けぶりだにそれとも見えぬゆふ霧に
なほしたもえのあまのもしほ火
題しらず 正三位家隆
0279 ふみわけんものとも見えずあさぼらけ
たけのはやまのきりのしたつゆ
西行法師
0280 をぐらやまふもとをこむるゆふぎりに
たちもらさるるさをしかのこゑ
新勅撰和謌集巻第五
秋哥下
寛平御時きさいの宮の哥合哥
よみびとしらず
0281 秋の夜のあまてる月のひかりには
おくしらつゆをたまとこそ見れ
九月十三夜の月をひとりながめておもひいで侍ける
能因法師
0282 さらしなやをばすてやまに旅ねして
こよひの月をむかし見しかな
題しらず 小野小町
0283 あきの月いかなるものぞわがこころ
なにともなきにいねがてにする
九月つきあかき夜、よみ侍ける
選子内親王家宰相
0284 あきの夜のつゆおきまさるくさむらに
かげうつりゆく山のはの月
くまなき月をながめあかしてよみ侍ける
道信朝臣
0285 いつとなくながめはすれどあきの夜の
このあかつきはことにもある哉
対月惜秋といへる心をよみ侍ける
菅原在良朝臣
0286 月ゆゑにながき夜すがらながむれど
あかずもをしき秋のそら哉
秋哥よみ侍けるに
侍従具定母
0287 うき世をもあきのすゑ葉のつゆの身に
おきどころなきそでの月かげ
按察使兼宗
0288 ありあけの月のひかりのさやけきは
やどすくさ葉のつゆやおきそふ
左近中将伊平
0289 みむろやましたくさかけておくつゆに
このまの月のかげぞうつろふ
百首哥中に
後京極摂政前太政大臣
0290 まきの戸のささでありあけになりゆくを
いくよの月ととふ人もなし
建保二年秋、哥たてまつりけるに
参議雅経
0291 身をあきのわがよやいたくふけぬらん
月をのみやはまつとなけれど
正三位家隆
0292 かぎりあればあけなんとするかねのおとに
猶ながきよの月ぞのこれる
入道二品親王家にて、秋月哥よみ侍けるに
権大僧都有果
0293 かぜさむみ月はひかりぞまさりける
よもの草木の秋のくれがた
後京極摂政百首哥よませ侍けるに
小侍従
0294 いくめぐりすぎゆくあきにあひぬらん
かはらぬ月のかげをながめて
八条院六条
0295 あきの夜はものおもふことのまさりつつ
いとどつゆけきかたしきのそで
秋の夜、人びともろともにおきゐてものがたりし侍けるに
京極前関白家肥後
0296 あきの夜をあかしかねてはあかつきの
つゆとおきゐてぬるるそで哉
うへのをのこども、秋十首哥つかうまつりけるに
右衛門督為家
0297 かたをかのもりのこの葉もいろづきぬ
わさ田のおしねいまやからまし
寛平御時きさいの宮の哥合の哥
よみ人しらず
0298 唐衣ほせどたもとのつゆけきは
わが身のあきになればなりけり
題しらず 人麿
0299 あき田もるひたのいほりにしぐれふり
わがそでぬれぬほす人もなし
みつね
0300 あきふかきもみぢのいろのくれなゐに
ふりいでつつなくしかのこゑかな
兵部卿元良のみこ、しがの山ごえの方に、時どきかよひすみ侍ける家を見にまかりて、かきつけ侍ける
とし子
0301 かりにのみくるきみまつとふりいでつつ
なくしかやまは秋ぞかなしき
題しらず 中納言家持
0302 あきはぎのうつろふをしとなくしかの
こゑきくやまはもみぢしにけり
鎌倉右大臣
0303 雲のゐるこずゑはるかにきりこめて
たかしのやまにしかぞなくなる
前大僧正慈円
0304 むべしこそこのごろものはあはれなれ
秋ばかりきくさをしかのこゑ
哥合し侍けるに、しかをよみ侍ける
前参議経盛
0305 峯になくしかのねちかくきこゆなり
もみぢふきおろす夜半のあらしに
建保六年内裏哥合、秋哥
八条院高倉
0306 わがいほはをぐらのやまのちかければ
うき世をしかとなかぬひぞなき
鹿哥とてよみ侍ける
権中納言実守
0307 おほえやまはるかにおくるしかのねは
いくのをこえてつまをこふらん
建保五年四月庚申五首、秋朝
六条入道前太政大臣
0308 おほかたのあきをあはれとなくしかの
なみだなるらしのべのあさつゆ
澗底鹿といふ心をよみ侍ける
正三位知家
0309 さをしかのあさゆくたにのむもれ水
かげだに見えぬつまをこふらん
題しらず 如願法師
0310 さをしかのなくねもいたくふけにけり
あらしののちのやまのはの月
後冷泉院みこの宮と申ける時、なしつぼのおまへの菊おもしろかりけるを、月あかき夜いかがとおほせられければ
大弐三位
0311 いづれをかわきてをるべき月かげに
色見えまがふしらぎくの花
あしたにまゐりて侍けるに、この哥の返しつかうまつるべきよしおほせられければ、よみ侍ける
権大納言長家
0312 月かげにをりまどはるるしらぎくは
うつろふいろやくもるなるらん
康保三年内裏菊合に
天暦御製
0313 かげ見えてみぎはにたてるしら菊は
をられぬ浪のはなかとぞ見る
崇徳院、月照菊花といへる心をよませたまうけるに
右兵衛督公行
0314 月かげにいろもわかれぬしらぎくは
こころあてにぞをるべかりける
按察使公通
0315 月かげにかをるばかりをしるしにて
いろはまがひぬしらぎくの花
月前菊といへるこころを
鎌倉右大臣
0316 ぬれてをるそでの月かげふけにけり
まがきのきくのはなのうへのつゆ
だいしらず 入道二品親王道助
0317 わがやどのきくのあさつゆいろもをし
こぼさでにほへにはのあきかぜ
秋哥よみ侍けるに
権中納言忠信
0318 なくなくもゆきてはきぬるはつかりの
なみだのいろをしる人ぞなき
鎌倉右大臣
0319 わたのはらやへのしほぢにとぶかりの
つばさのなみにあきかぜぞふく
如願法師
0320 月になくかりのはかぜのさゆる夜に
しもをかさねてうつ衣かな
真眼法師
0321 あらしふくとほやまがつのあさ衣
ころも夜さむの月にうつなり
擣衣のこころをよみ侍ける
曽祢よしただ
0322 ころもうつきぬたのおとをきくなへに
きりたつそらにかりぞなくなる
つらゆき
0323 唐衣うつこゑきけば月きよみ
まだねぬ人をそらにしるかな
久安百首哥たてまつりける、秋哥
皇太后宮大夫俊成
0324 ころもうつひびきは月のなになれや
さえゆくままにすみのぼるらん
百首哥たてまつりける、秋哥
入道前太政大臣
0325 かぜさむき夜はのねざめのとことはに
なれてもさびし衣うつこゑ
前大納言隆房
0326 いまこむとたのめし人やいかならん
月になくなくころもうつなり
題しらず 承明門院小宰相
0327 月のいろもさえゆくそらの秋かぜに
わが身ひとつと衣うつなり
月五十首哥よみ侍けるに
後京極摂政前太政大臣
0328 ひとりねの夜さむになれる月みれば
時しもあれやころもうつなり
秋哥よみ侍けるに
権大納言家良
0329 白妙の月のひかりにおくしもを
いく夜かさねてころもうつらん
正三位家隆
0330 しろ妙のゆふつけどりもおもひわび
なくやたつたの山のはつしも
建保六年内裏哥合秋哥
0331 たむけやまもみぢのにしきぬさはあれど
猶月かげのかくるしらゆふ
百首哥中に秋哥
前関白
0332 おきまよふしのの葉ぐさの霜のうへに
よをへて月のさえわたるかな
千五百番哥合に
正三位家隆
0333 あきのあらしふきにけらしなとやまなる
しばのしたくさいろかはるまで
題しらず 藤原信実朝臣
0334 日をへてはあきかぜさむみさをしかの
たちののまゆみもみぢしにけり
百首哥たてまつりける、秋哥
入道前太政大臣
0335 あきのいろのうつろひゆくをかぎりとて
そでにしぐれのふらぬひはなし
参議雅経
0336 あきのゆく野山のあさぢうらがれて
峯にわかるるくもぞしぐるる
題しらず 鎌倉右大臣
0337 かりなきてさむきあさけのつゆしもに
やのの神山いろづきにけり
西行法師
0338 やまざとはあきのすゑにぞおもひしる
かなしかりけりこがらしのかぜ
0339 かぎりあればいかがは色のまさるべき
あかずしぐるるをぐらやまかな
藤原伊光
0340 くれなゐのやしほのをかのもみぢ葉を
いかにそめよと猶しぐるらん
建保二年、秋哥たてまつりける
内大臣
0341 みなせがはあきゆくみづのいろぞこき
のこるやまなくしぐれふるらし
参議雅経
0342 あしひきのやまとにはあらぬ唐錦
たつたのしぐれいかでそむらん
僧正行意
0343 わがやどはかつちるやまのもみぢ葉に
あさゆくしかのあとだにもなし
後法性寺入道前関白家哥合に、もみぢをよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
0344 しぐれゆくそらだにあるをもみぢばの
あきはくれぬといろに見すらん
百首哥の中に
式子内親王
0345 あきこそあれ人はたづねぬ松の戸を
いくへもとぢよつたのもみぢば
関白左大臣家百首哥よみ侍けるに
権中納言定家
0346 しぐれつつそでだにほさぬあきの日に
さこそみむろのやまはそむらめ
従三位範宗
0347 つゆしぐれそめはててけりをぐらやま
けふやちしほのみねのもみぢば
中宮但馬
0348 いくとせかふるの神すぎしぐれつつ
よものもみぢにのこりそめけん
うへのをのこども、秋十首哥つかうまつりけるに
権中納言隆親
0349 しぐれけんほどこそみゆれかみなびの
みむろのやまの峯のもみぢば
題しらず 法印覚寛
0350 そめのこすこずゑもあらじむらしぐれ
猶あかなくのやまめぐりかな
建保四年右大臣家哥合、故郷紅葉をよめる
正三位家隆
0351 ふるさとのみがきがはらのはしもみぢ
こころとちらせ秋のこがらし
文治六年女御入内屏風に
後法性寺入道前関白太政大臣
0352 すそのよりみねのこずゑにうつりきて
さかりひさしき秋のいろかな
徳大寺左大臣
0353 このもとに又ふきかへせからにしき
おほみや人にみまししかせん
左京大夫顕輔哥合し侍けるに、紅葉をよみてつかはしける
権中納言経忠
0354 あらしふくふなきのやまのもみぢばは
しぐれのあめにいろぞこがるる
家に百首哥よませ侍けるに、紅葉の哥
関白左大臣
0355 たつた河みむろのやまのちかければ
もみぢをなみにそめぬひぞなき
後京極摂政百首哥よませ侍けるに
小侍従
0356 おきてゆくあきのかたみやこれならん
見るもあだなるつゆのしらたま
秋のくれの哥
禎子内親王家摂津
0357 ゆくあきのたむけのやまのもみぢばは
かたみばかりやちりのこるらん
権中納言実有
0358 こがらしのさそひはてたるもみぢばを
かはせのあきとたれながむらん
参議雅経
0359 あきはけふくれなゐくくるたつた河
ゆくせのなみもいろかはるらん
九月尽によみ侍ける
入道前太政大臣
0360 あすよりのなごりをなににかこたまし
あひもおもはぬあきのわかれぢ
八条院高倉
0361 すぎはてぬいづらなが月名のみして
みじかかりける秋のほどかな
新勅撰和謌集巻第六
冬哥
題しらず 大伴池主
0362 神な月しぐれにあへるもみぢ葉の
ふかばちりなん風のまにまに
相模
0363 いつも猶ひまなきそでを神な月
ぬらしそふるはしぐれなりけり
在原元方
0364 わび人や神な月とはなりにけむ
なみだのごとくふるしぐれかな
大納言清隆、亭子院御賀のため、なが月のころ、としこに申つけていろいろにいとなみいそぎ侍ける、ことすぎにける神な月のついたち、申つかはしける
とし子
0365 ちぢのいろにいそぎし秋はすぎにけり
いまはしぐれになにをそめまし
題しらず 曽祢よしただ
0366 つゆばかりそでだにぬれず神なづき
もみぢはあめとふりにふれども
前中納言匡房
0367 からにしきむらむらのこるもみぢばや
秋のかたみのころもなるらん
権大納言宗家
0368 のこしおくあきのかたみのからにしき
たちはてつるはこがらしのかぜ
後朱雀院御時、うへのをのこども大井河にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍けるに、中将に侍ける時
右近大将通房
0369 みづのおもにうかべるいろのふかければ
もみぢをなみと見つるけふかな
九条太政大臣
0370 大井がはうかぶもみぢのにしきをば
なみのこころにまかせてやたつ
後冷泉院御時、殿上の逍遥におなじ心をよみ侍ける
中納言資綱
0371 もみぢばのながれもやらぬ大井河
かはせはなみのおとにこそきけ
白河院御時、うへのをのこども月前落葉といへるこころをよみ侍けるに
橘俊綱朝臣
0372 ひさかたの月すみわたるこがらしに
しぐるるあめはもみぢなりけり
題しらず 入道二品親王道助
0373 こがらしのもみぢふきしく庭のおもに
つゆものこらぬあきのいろかな
大蔵卿有家
0374 霜おかぬ人めもいまはかれはてて
まつにとひくるかぜぞかはらぬ
建保五年内裏哥合、冬山霜
正三位家隆
0375 かささぎのわたすやいづこゆふしもの
くもゐにしろきみねのかけはし
冬関月 藤原信実朝臣
0376 すまのうらにあきをとどめぬせきもりも
のこるしもよの月は見るらん
法性寺入道前関白、内大臣に侍ける時、家哥合に
権中納言師俊
0377 つゆむすぶしも夜のかずのかさなれば
たへでやきくのうつろひぬらん
延喜十二年十月、御前のやり水のほとりにきくうゑて御あそび侍けるついでによませたまうける
延喜御製
0378 みなそこにかげをうつせるきくの花
なみのをるにぞいろまさりける
源公忠朝臣
0379 おくしもにいろそめかへしそほちつつ
はなのさかりはけふながらみむ
さとにいでて、しぐれしける日、紫式部につかはしける
上東門院小少将
0380 雲まなくながむるそらもかきくらし
いかにしのぶるしぐれなるらん
返し 紫式部
0381 ことわりのしぐれのそらは雲まあれど
ながむるそでぞかわくよもなき
山路時雨といへるこころをよみ侍ける
源師賢朝臣
0382 そでぬらすしぐれなりけり神な月
いこまのやまにかかるむら雲
冬哥よみ侍けるに
右衛門督為家
0383 ふゆきてはしぐるる雲のたえまだに
よものこのはのふらぬひぞなき
正三位知家
0384 しぐれにはぬれぬこのはもなかりけり
やまはみかさの名のみふりつつ
法性寺入道前関白家哥合に
源兼昌
0385 ゆふづくひいるさのやまのたかねより
はるかにめぐるはつしぐれ哉
前参議経盛哥合し侍けるに
藤原公重朝臣
0386 やまのはにいりひのかげはさしながら
ふもとのさとはしぐれてぞゆく
平経正朝臣
0387 むら雲のとやまのみねにかかるかと
見ればしぐるるしがらきのさと
建保六年内裏哥合、冬哥
前内大臣
0388 神なづきしぐれにけりなあらちやま
ゆきかふそでもいろかはるまで
題しらず 前大僧正慈円
0389 みやま木ののこりはてたるこずゑより
なほしぐるるはあらしなりけり
0390 月をおもふあきのなごりのゆふぐれに
こかげふきはらふ山おろしのかぜ
前大納言忠良
0391 あきのいろはのこらぬやまのこがらしに
月のかつらのかげぞつれなき
殷富門院大輔
0392 そらさむみこぼれておつるしらたまの
ゆらぐほどなきしもがれの庭
正三位家隆
0393 ふるさとのにはのひかげもさえくれて
きりのおちばにあられふるなり
千五百番哥合に
0394 ゆふづくひさすがにうつるしばのとに
あられふきまく山おろしのかぜ
百首哥よみ侍ける、冬哥
兵部卿成実
0395 さゆる夜はふるやあられのたまくしげ
みむろのやまのあけがたのそら
建保四年百首哥の中に、冬哥
前関白
0396 いはたたくたきつかはなみおとさえて
たにのこころや夜さむなるらん
題しらず 式子内親王
0397 ふきむすぶたきは氷にとぢはてて
まつにぞかぜのこゑもをしまぬ
0398 おちたぎついはきりこえし谷水も
ふゆはよなよなゆきなやむなり
関白左大臣家百首哥よみ侍けるに、氷をよめる
中宮但馬
0399 ねやさむきねくたれがみのながき夜に
なみだのこほりむすぼほれつつ
題しらず 西行法師
0400 かぜさえてよすればやがてこほりつつ
かへるなみなきしがのからさき
寛喜元年女御入内屏風、湖辺氷結
内大臣
0401 しがの浦やこほりのひまをゆくふねに
なみもみちあるよとやみるらん
千五百番哥合に
宜秋門院丹後
0402 ふゆの夜はあまぎるゆきにそらさえて
くものなみぢにこほる月かげ
二条院讃岐
0403 うちはへてふゆはさばかりながき夜に
猶のこりけるありあけの月
久安百首哥たてまつりける時、冬哥
皇太后宮大夫俊成
0404 月きよみちどりなくなりおきつかぜ
ふけひのうらのあけかがのそら
千鳥をよみ侍ける
権中納言国信
0405 友千鳥むれてなぎさにわたるなり
おきのしらすにしほやみつらん
源顕国朝臣
0406 かぜふけばなにはのうらのはま千鳥
あしまになみのたちゐこそなけ
千五百番哥合に
源具親朝臣
0407 さ夜ちどりみなとふきこすしほかぜに
うらよりほかのともさそふなり
題しらず 鎌倉右大臣
0408 かぜさむみ夜のふけゆけばいもがしま
かたみのうらにちどりなくなり
寛喜元年女御入内屏風、山路雪朝
前関白
0409 年さむきまつのこころもあらはれて
はなさくいろを見するゆき哉
内大臣
0410 あらはれてとしあるみ世のしるしにや
のにもやまにもつもるしらゆき
題しらず 権中納言長方
0411 しきしまやふるのみやこはうづもれて
ならしのをかにみゆきつもれり
0412 宮木引そまやまびとはあともなし
ひばらすぎはらゆきふかくして
正三位家隆
0413 たかしまやみをのそまやまあとたえて
こほりもゆきもふかきふゆかな
賀茂重政
0414 まきもくのひばらのやまもゆきとぢて
まさきのかづらくる人もなし
高野に侍けるころ、寂然法師大原にすみ侍けるにつかはしける
西行法師
0415 おほはらはひらのたかねのちかければ
ゆきふるほどをおもひこそやれ
題しらず 刑部卿範兼
0416 たまつばきみどりのいろも見えぬまで
こせのふゆ野はゆきふりにけり
清輔朝臣
0417 雲井よりちりくるゆきはひさかたの
月のかつらのはなにやあるらん
百首哥雪哥
前関白
0418 いるひとのおとづれもせぬしらゆきの
ふかきやまぢをいづる月かげ
関白左大臣
0419 をとめごのそでふるゆきのしろ妙に
よしののみやはさえぬひもなし
冬月をよみ侍ける
左京大夫顕輔
0420 ゆきふかきよしののやまのたかねより
そらさへさえていづる月かげ
冬哥とてよみ侍ける
後京極摂政前太政大臣
0421 さびしきはいつもながめのものなれど
くもまのみねのゆきのあけぼの
0422 しもとゆふかづらきやまのいかならん
みやこもゆきはまなく時なし
鎌倉右大臣
0423 山たかみあけはなれゆくよこ雲の
たえまにみゆる峯のしらゆき
正三位家隆
0424 あけわたるくもまのほしのひかりまで
やまのはさむし峯のしら雪
建保五年内裏哥合、冬海雪
八条院高倉
0425 さとのあまのさだめぬやどもうづもれぬ
よするなぎさのゆきのしらなみ
正三位家隆
0426 わたのはらやそしましろくふるゆきの
あまぎるなみにまがふつりぶね
高陽院家哥合に
康資王母
0427 ふみみけるにほのあとさへをしきかな
こほりのうへにふれるしらゆき
題しらず 曽祢好忠
0428 ちはやぶるかみなびやまのならの葉を
ゆきふりさけてたをるやまびと
堀河院に百首哥たてまつりける時
基俊
0429 おくやまのまつの葉しのぎふるゆきは
人たのめなる花にぞありける
建保六年内裏哥合、冬哥
入道前太政大臣
0430 つま木こるやまぢもいまやたえぬらん
さとだにふかきけさのしらゆき
参議雅経
0431 かりごろもすそのもふかしはしたかの
とがへるやまのみねのしらゆき
関白左大臣家百首哥よみ侍ける、雪哥
兵部卿成実
0432 はしたかのとがへるやまのゆきのうちに
それとも見えぬ峯のしひしば
古渓雪をよみ侍ける
中宮大夫通方
0433 たにふかみゆきのふるみちあとたえて
つもれるとしをしる人ぞなき
家哥合に暮山雪といへる心を
前関白
0434 くれやすきひかずもゆきもひさにふる
みむろのやまのまつのしたをれ
哥合に寒夜炉火といへる心を
嘉陽門院越前
0435 いたまよりそでにしらるる山おろしに
あらはれわたるうづみ火のかげ
後京極摂政家哥合に
藤原隆信朝臣
0436 いかなればふゆにしられぬいろながら
まつしも風のはげしかるらん
題しらず 鎌倉右大臣
0437 もののふのやそうぢ河をゆく水の
ながれてはやきとしのくれ哉
五十首哥よませ侍ける時、惜歳暮といへる心を
入道二品親王道助
0438 とどめばやながれてはやきとしなみの
よどまぬ水はしがらみもなし
正三位家隆
0439 つらかりしそでのわかれのそれならで
をしむをいそぐとしのくれ哉
如願法師
0440 あすかがはかはるふちせもあるものを
せくかたしらぬ年のくれ哉
題しらず 大納言師氏
0441 ももしきの大宮人もむれゐつつ
こぞとやけふをあすはかたらん
貫之
0442 ふるゆきをそらにぬさとぞたむけつる
はるのさかひにとしのこゆれば
新勅撰和謌集巻第七
賀哥
貞永元年六月、きさいの宮の御方にて、はじめて鶴契遐年といふ題を講ぜられ侍けるに
前関白
0443 つるの子の又やしはごのすゑまでも
ふるきためしをわがよとや見む
関白左大臣
0444 ひさかたのあまとぶつるのちぎりおきし
千世のためしのけふにもあるかな
寛治八年八月、高陽院家哥合に、月哥
周防内侍
0445 つねよりもみかさのやまのつきかげの
ひかりさしそふあめのした哉
祝のこころをよめる
藤原行家朝臣
0446 あめのしたひさしきみよのしるしには
みかさのやまのさか木をぞさす
百首哥よませ侍ける時、祝哥
後法性寺入道前関白太政大臣
0447 やちよへむきみがためとやたまつばき
葉がへをすべきほどはさだめじ
大宰大弐重家
0448 むしろ田にむれゐるたづの千世もみな
きみがよはひにしかじとぞおもふ
堀河院御時、竹不改色といへる心をよませたまうけるに
富家入道前関白太政大臣
0449 いろかへぬたけのけしきにしるきかな
よろづよふべききみがよはひは
長保五年左大臣家哥合に
藤原長能
0450 きみが世のちとせのまつのふかみどり
さわがぬみづにかげは見えつつ
題しらず 実方朝臣
0451 枝かはすかすがのはらのひめこまつ
いのるこころは神ぞしるらん
天徳二年、右大臣五十賀屏風
清原元輔
0452 わがやどの千世のかはたけふしとほみ
さもゆくすゑのはるかなるかな
勅使にて斎宮にまゐりてよみ侍ける
中納言兼輔
0453 くれたけの世よのみやこときくからに
きみはちとせのうたがひもなし
一品康子内親王裳ぎ侍けるに
公忠朝臣
0454 みなひとのいかでとおもふよろづ世の
ためしときみをいのるけふかな
天暦御時みこたちのはかまぎ侍けるに
中納言朝忠
0455 おほはらやをしほのこまつ葉をしげみ
いとどちとせのかげとならなん
題しらず よみびとしらず
0456 うれしさをむかしはそでにつつみけり
こよひは身にもあまりぬるかな
長元六年、関白しらかはにて、子日侍けるに
中納言顕基
0457 ちとせまでいろやまさらんきみがため
いはひそめつるまつのみどりは
永治二年、崇徳院摂政の法性寺家にわたらせたまうて、松契千年といへる心をよませ給けるに
大炊御門左大臣
0458 うつしうゑてしめゆふやどのひめこまつ
いくちよふべきこずゑなるらん
後白河院御時、やそしまのまつりにすみよしにまかりてよみ侍ける
権中納言長方
0459 神がきやいそべのまつにこととはむ
けふをば世よのためしとや見る
仁安三年、摂政閑院家にて、対松争齢といへるこころをよみ侍ける
権中納言兼光
0460 うつしううるまつのみどりもきみがよも
けふこそちよのはじめなりけれ
建仁三年正月、松有春色といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに
前左大臣
0461 ときはなるたままつがえも春くれば
千世のひかりやみがきそふらん
御いのりつかうまつりておもひをのべ侍ける
権大僧都良算
0462 ふしておもひあふぎていのるわがきみの
み世はちとせにかぎらざるべし
おいののち、はるのはじめによみ侍ける
入道前太政大臣
0463 はるはまづ子日のまつにあらずとも
ためしにわれをひとやひくべき
天喜四年閏三月、中殿に翫新成桜花哥
堀河右大臣
0464 けふぞ見るたまのうてなのさくらばな
のどけきはるにあまるにほひを
権大納言信家
0465 つねよりもはるものどけききみが世に
ちらぬためしのはなを見るかな
寛喜元年十一月、女御入内屏風、京華人家元日かきたる所
前関白
0466 はつはるの花のみやこにまつをうゑて
たみのとどめるちよぞしらるる
江山人家柳ある所
入道前太政大臣
0467 名にしおはばしくやみぎはのたま柳
いりえのなみにみふねこぐまで
池辺藤花
正三位知家
0468 はるびさくふぢのしたかげいろみえて
ありしにまさるやどのいけみづ
四月山田早苗
内大臣
0469 み田やもりいそぐさなへにおなじくは
ちよのかずとれわがきみのため
八月山野に鹿たてる所
前関白
0470 いまぞこれいのりしかひよかすがやま
おもへばうれしさをしかのこゑ
人家翫月
0471 わがやどのひかりを見てもくものうへの
月をぞいのるのどかなれとは
田家西収興
0472 としあればあきのくもなすいなむしろ
かりしく民のたたぬひぞなき
入道前太政大臣
0473 あきをへてきみがよはひのありかずに
かり田のいねもちつかつむなり
円融院御時、中将公任と碁つかうまつりて、まけわざにしろがねのこにむしいれて、弘徽殿にたてまつらせ侍ける
小野宮右大臣
0474 よろづ世のあきをまちつつなきわたれ
いはほにねざすまつむしのこゑ
九月九日、従一位倫子きくのわたをたまひて、おいのごひすてよと侍ければ
紫式部
0475 きくのつゆわかゆばかりにそでふれて
はなのあるじに千世はゆづらん
菊をよみ侍ける
元輔
0476 わがやどのきくのしらつゆよろづ世の
あきのためしにおきてこそ見め
康資王母
0477 なが月ににほひそめにしきくなれば
しももひさしくおけるなりけり
後冷泉院御時、残菊映水といへる心を
権大納言長家
0478 神な月のこるみぎはのしらぎくは
ひさしきあきのしるしなりけり
承保三年大井河に行幸の日よみ侍ける
大宮右大臣
0479 大井がはふるきみゆきのながれにて
となせのみづもけふぞすみける
前中納言伊房
0480 おほ井がはけふのみゆきのしるしにや
千世にひとたびすみわたるらん
寛喜元年女御入内屏風、十一月江辺寒芦鶴立
入道前太政大臣
0481 千世ふべきなにはのあしのよをかさね
しものふりはのつるのけごろも
泥絵屏風、岩清水臨時祭
権中納言定家
0482 ちりもせじころもにすれるささだけの
おほみや人のかざすさくらは
承保元年大嘗会主基哥、丹波国かつらの山
前中納言匡房
0483 ひさかたの月のかつらのやまびとも
とよのあかりにあひにけるかな
寛治元年悠紀哥、近江国みむろの山
0484 しぐれふるみむらのやまのもみぢばは
たがおりかけしにしきなるらん
仁安三年悠紀風俗哥
宮内卿永範
0485 あめつちをてらすかがみのやまなれば
ひさしかるべきかげぞ見えける
貞応元年悠紀哥、たま野
正三位家衡
0486 いろいろのくさばのつゆをおしなべて
たまののはらに月ぞみがける
おなじ主基の風俗哥、いはや山
権中納言頼資
0487 ふかみどりたま松がえの千世までも
いはやのやまぞうごかざるべき
御屏風哥いはくら山
0488 あしひきのいはくらやまのひかげぐさ
かざすや神のみことなるらん
題しらず よみびとしらず
0489 月も日もかはりゆけどもひさにふる
みむろのやまのとこみやどころ
延喜六年、日本紀竟宴哥、誉田天皇
西三条右大臣
0490 としへたるふるきうききをすてねばぞ
さやけきひかりとほくきこゆる
豊御食炊屋姫天皇
貞信公
0491 つつみをばとよらのみやにつきそめて
世よをへぬれど水はもらさず
天平十六年、正月雪ふかくつもりて侍けるあした、みこたちかむだちめひきゐて、太上天皇の中宮西院にまゐりて、雪はらはせ侍ける御前にめして、おほみきたまひけるついでにそうし侍ける
井手左大臣
0492 ふるゆきのしろかみまでにおほきみに
つかへまつればたふとくもあるか
右大臣の佐保の家にみゆきせさせたまうける日
聖武天皇御製
0493 あをによしならのみやこのくろ木もて
つくれるやどはをれどあかぬかも
新勅撰和歌集巻第八
羈旅哥
大宰帥に侍ける時、府官らひきゐて、香椎浦にあそび侍けるによめる
大納言旅人
0494 いざやこらかしひのかたにしろたへの
そでさへぬれてあさなつみてん
越中守に侍ける時、くにのつかさふせのみづうみにあそび侍ける時よめる
中納言家持
0495 ふせのうみのおきつしらなみありがよひ
いやとしのはに見つつしのばん
あすかかはらの御時、あふみにみゆき侍けるによみ侍ける
額田王
0496 あきの野にをばなかりふきやどれりし
宇治のみやこのかりいほしぞおもふ
芳野宮にみゆき侍ける時
持統天皇御製
0497 みよしののやましたかぜのさむけくに
はたやこよひもわがひとりねむ
慶雲三年、なにはの宮にみゆきの日
田原天皇御製
0498 あし辺ゆくかものはがひにしもふりて
さむきゆふべのことをしぞおもふ
題しらず よみびとしらず
0499 いづくにかわがやどりせんたかしまの
かちののはらにこのひくらしつ
0500 くるしくもふりくるあめかみわのさき
さののわたりに家もあらなくに
弁基法師
0501 まつちやまゆふこえゆきていほさきの
すみだがはらにひとりかもねむ
亭子院、宮瀧御覧じにおはしましける御ともにつかうまつりて、ひぐらし野といふ所をよみ侍ける
大納言昇
0502 ひぐらしのゆきすぎぬともかひもあらじ
ひもとくいももまたじとおもへば
うりふやまをこえ侍とて
謙徳公
0503 ゆくひとをとどめかねてぞうりふやま
みねたちならししかもなくらん
おほしまのなるとといふ所にてよみ侍ける
恵慶法師
0504 みやこにといそぐかひなくおほしまの
なだのかけぢはしほみちにけり
藤原惟規が越後へくだり侍けるにつかはしける
伊勢大輔
0505 けふやさはおもひたつらんたびごろも
身にはなれねどあはれとぞきく
題しらず 和泉式部
0506 こし方をやへのしらくもへだてつつ
いとど山ぢのはるかなる哉
みちのくにへまかりける人に
藤原清正
0507 かりそめのわかれとおもへどたけくまの
まつにほどへんことぞくやしき
宇佐使餞に
左京大夫顕輔
0508 たちわかれはるかにいきのまつほどは
ちとせをすぐす心地せむかも
題しらず 道因法師
0509 しぬばかりけふだになげくわかれぢに
あすはいくべき心地こそせね
羈中暁といへるこころをよみ侍ける
入道前太政大臣
0510 たびごろもたつあかつきのとりのねに
つゆよりさきもそではぬれけり
別の心をよみ侍ける
源家長朝臣
0511 わかれぢをおしあけがたのまきの戸に
まつさきだつはなみだなりけり
藤原親継
0512 わかれゆくかげもとまらずいはし水
あふさかやまは名のみふりつつ
土左国に年へ侍ける時、哥あまたよみ侍けるに
藤原兼高
0513 あかつきぞなほうきものとしられにし
みやこをいでしありあけのそら
権大納言忠信哥合し侍けるに、旅恋をよめる
藤原信実朝臣
0514 くれにもといはぬわかれのあかつきを
つれなくいでしたびのそらかな
旅哥とてよみ侍ける
前中納言匡房
0515 まだしらぬたびのみちにぞいでにける
野ばらしのはら人にとひつつ
宇治関白、ありまのゆ見にまかりける道にて、惜秋暮哥よみ侍けるに
権大納言長家
0516 神なびのもりのあたりにやどはかれ
くれゆくあきもさぞとまるらん
斎宮群行のすずかの頓宮にて、たびのうたよみ侍けるに
権中納言通俊
0517 いそぐともけふはとまらむたびねする
あしのかりいほにもみぢちりけり
関路暁雪といへる心をよみ侍ける
権大納言公実
0518 とりのねにあけぬときけばたびごろも
さゆともこえむせきのしらゆき
久安百首哥たてまつりける、たびの哥
皇太后宮大夫俊成
0519 わがおもふ人に見せばやもろともに
すみだがはらのゆふぐれのそら
0520 はるかなるあしやのおきのうきねにも
ゆめぢはちかきみやこなりけり
後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍けるに、たびのこころをよみてつかはしける
後徳大寺左大臣
0521 くさまくらむすぶゆめぢはみやこにて
さむればたびのそらぞかなしき
百首哥たてまつりける時
後京極摂政前太政大臣
0522 うきまくらかぜのよるべもしらなみの
うちぬるよひはゆめをだに見ず
式子内親王
0523 あらいそのたまものとこにかりねして
われからそでをぬらしつるかな
源師光
0524 てる月のみちゆくしほにうきねして
たびのひかずぞおもひしらるる
題しらず 鎌倉右大臣
0525 世中はつねにもがもななぎさこぐ
あまのをぶねのつなでかなしも
入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに、海旅
法印幸清
0526 くれぬとてとまりにかかるゆふなみに
ことうらしるきあまのいさり火
旅泊の心をよみ侍ける
権中納言頼資
0527 夜をかさねうきねのかずはつもれども
なみぢのすゑやなほのこるらん
正三位知家
0528 なみまくらゆめにも見えずいもがしま
なにをかたみのうらといふらん
参議雅経
0529 たちかへりまたもやこえむみねの雲
あともとどめぬよものあらしに
真昭法師
0530 月のいろもうつりにけりなたびごろも
すそののはぎのはなのゆふつゆ
みやこをはなれて、ところどころにまうでめぐり侍けるころ、よみ侍ける
八条院高倉
0531 世をうしとなれしみやこはわかれにき
いづこのやまをとまりともなし
0532 しら雲のやへたつやまをたづぬとも
まことのみちはなほやまどはん
建暦三年内裏詩哥合、羈中眺望といへるこころをよみ侍ける
六条入道前太政大臣
0533 こえわぶるやまもいくへになりぬらん
わけゆくあとをうづむしらくも
建保二年内裏哥合、秋哥
前内大臣
0534 くればまたわがやどりかはたび人の
かちののはらのはぎのしたつゆ
世をのがれてのち、修行のついであさか山をこえ侍けるに、むかしのことおもひいで侍てよみ侍ける
蓮生法師
0535 いにしへの我とはしらじあさかやま
見えしやま井のかげにしあらねば
たびのこころをよみ侍ける
前大僧正慈円
0536 かへりこばかさなるやまのみねごとに
とまるこころをしをりにはせむ
みちのくににくだり侍ける人をおくりて、あはづにとまりてよみ侍ける
禎子内親王家摂津
0537 あづまぢの野ぢのくさばのつゆしげみ
ゆくもとまるもそでぞしをるる
惟喬のみこのかりしけるともにひごろ侍て、かへりて侍けるを、猶とどめ侍ければよみ侍ける
業平朝臣
0538 まくらとてくさひきむすぶこともせじ
あきの夜とだにたのまれなくに
なにはにみゆき侍ける時よめる
置始東人
0539 大伴のたかしのはまのまつがねを
まくらにぬれど家しおもほゆ
新勅撰和謌集巻第九
神祇哥
延喜六年日本記竟宴哥、下照姫
中納言当時
0540 からころもしたてるひめのつまごひぞ
あめにきこゆるたづならぬねは
天慶六年竟宴哥、国常立尊
中納言維時
0541 あめのしたをさむるはじめむすびおきて
よろづよまでにたえぬなりけり
月夜見尊
源公忠朝臣
0542 つきよみのあめにのぼりてやみもなく
あきらけき世をみるがたのしさ
天児屋根尊
橘仲遠
0543 あさなあさなてるひのひかりますごとに
こやねのみこといつかわすれん
神楽のとりものうた
0544 ささわけばそでこそやれめとね河の
いしはふむともいざかはらより
0545 ゆみといへばしななきものとあづさゆみ
まゆみつきゆみひとしなもなし
堀河院御時、宮いでさせ給へりけるころ、うへのをのこどもまゐりて、わざとならぬもののねなどきこえ侍けるに、内の御あそびに宮人うたはせたまひけるをおもひいでてよみ侍ける
二条太皇太后宮大弐
0546 ゆふしでや神のみやびとたまさかに
もりいでし夜半は猶ぞこひしき
庚申のよ、みかぐらのついでに、女房哥合し侍けるに
[示+某]子内親王家宣旨
0547 ゆふしでていはふいつきのみやびとは
世よにかれせぬさか木をぞとる
潤三月侍けるとし、斎院にまゐりて、長官めしいでて、女房の中につかはしける
京極前関白太政大臣
0548 はるは猶のこれるものをさくらばな
しめのうちにはちりはてにけり
賀茂臨時祭をよみ侍ける
法性寺入道前摂政太政大臣
0549 いかなればかざしのはなは春ながら
をみのころもにしものおくらん
おなじ心をよみ侍ける
貫之
0550 やまあゐもてすれるころものあかひもの
ながくぞ我は神につかふる
道因がすすめ侍ける広田社哥合に、社頭雪をよみ侍ける
三条入道左大臣
0551 やまあゐもてすれるころもにふるゆきは
かざすさくらのちるかとぞ見る
臨時祭還立の御神楽をよみ侍ける
兵部卿成実
0552 たちかへるくもゐの月もかげそへて
には火うつろふやまあゐのそで
かぐらをよみ侍ける
大納言通具
0553 ありあけのそらまだふかくおくしもに
月かげさゆるあさくらのこゑ
建保三年百首哥たてまつりけるに、みむろやま
正三位家隆
0554 さか木とりかけしみむろのますかがみ
そのやまのはと月もくもらず
百首哥よみ侍けるに
後京極摂政前太政大臣
0555 すずかがはやそせしらなみわけすぎて
神ぢのやまのはるをみしかな
0556 かすがやまもりのしたみちふみわけて
いくたびなれぬさをしかのこゑ
建保六年内裏哥合、秋哥
僧正行意
0557 かすがやま山たかからしあきぎりの
うへにぞしかのこゑはきこゆる
日吉社垂跡の心をよみ侍ける
前大僧正慈円
0558 志賀の浦にいつつのいろのなみたてて
あまくだりけるいにしへのあと
0559 朝日さすそなたのそらのひかりこそ
やまかげてらすあるじなりけれ
0560 うけとりきうき身なりともまどはすな
みのりのつきのいりがたのそら
述懐のうたよみ侍けるに
0561 わがたのむ神もやそでをぬらすらん
はかなくおつる人のなみだに
社頭にて八十賀つかうまつりけるに、よみ侍ける
祝部成仲
0562 かぞふればやそぢのはるになりにけり
しめのうちなるはなをかざして
千五百番哥合に
土御門内大臣
0563 やをよろづ神のちかひもまことには
みよのほとけのめぐみなりけり
あふひをよみ侍ける
参議雅経
0564 かけていのるそのかみやまのやまひどと
ひともみあれのもろかづらせり
社頭にたてまつりける述懐哥
祝部忠成
0565 しもやたびおけどみどりのさか木ばに
ゆふしでかけて世をいのる哉
題しらず 寂延法師
0566 もみぢ葉のあけのたまがきいくあきの
しぐれのあめにとしふりぬらん
祝のこころをよみ侍ける
賀茂重政
0567 神やまのさか木もまつもしげりつつ
ときはかきはのいろぞひさしき
述懐哥よみ侍けるに
荒木田延成
0568 やへさか木しげきめぐみのかずそへて
いやとしのはにきみをいのらん
するがのくにに神拝し侍けるに、ふじの宮によみてたてまつりける
平泰時
0569 ちはやぶる神世のつきのさえぬれば
みたらしがはもにごらざりけり
寛喜三年、伊勢勅使たてられ侍ける当日まで、雨はれがたく侍けるに、宣旨うけたまはりて、本官にこもりて祈請し侍けるに、よみ侍ける
卜部兼直
0570 あまつかぜあめのやへくもふきはらへ
はやあきらけき日のみかげ見む
むま時より雨はれ侍にけり
かぐらをよみ侍ける
法印慶算
0571 さとかぐらあらしはるかにおとづれて
よそのねざめもかみさびにけり
題しらず 恵慶法師
0572 しもがれやならのひろ葉をやひらでに
さすとぞいそぐ神のみやつこ
能因法師
0573 みづがきにくちなしぞめのころもきて
もみぢにまじるひとやはふりこ
新勅撰和謌集巻第十
釈教哥
土左国室戸といふ所にて
弘法大師
0574 法性のむろとといへどわがすめば
うゐのなみかぜよせぬひぞなき
はちすのつゆをよみ侍ける
空也上人
0575 有漏の身は草葉にかかるつゆなるを
やがてはちすにやどらざりけむ
いこまのやまのふもとにて、をはりとり侍けるに
大僧正行基
0576 のりのつきひさしくもがなとおもへども
さ夜ふけにけりひかりかくしつ
題しらず 千観法師
0577 法身の月はわが身をてらせども
無明のくもの見せぬなりけり
あまの戒うけ侍けるに
大僧正観修
0578 ねむごろにとをのいましめうけつれば
いつつのさはりあらじとぞおもふ
大僧正明尊、山しなでら供養の導師にて、草木成仏のよしとき侍けるをききて、あしたにつかはしける
大僧都深観
0579 草木までほとけのたねとききつれば
このみのならむこともたのもし
返し 大僧正明尊
0580 たれもみなほとけのたねぞおこなはば
この身ながらもならざらめやは
錫杖のこころをよみ侍ける
0581 むつのわをはなれてみ世のほとけには
ただこのつゑにかかりてぞなる
法成寺入道前摂政家に法華経廿八品哥よませ侍けるに、序品
権大納言行成
0582 むかし見しはなのいろいろちりかふは
けふのみのりのためしなるらん
五百弟子品
法成寺入道前摂政太政大臣
0583 きてつくる人なかりせばころもでに
かくるたまをもしらずやあらまし
廿八品哥よみ侍けるに、同品
少僧都源信
0584 そでのうへのたまをなみだとおもひしは
かけけむきみにそはぬなりけり
観音院に御封よせさせ給ける時の御哥
冷泉院太皇太后宮
0585 けふたつるたみのけぶりのたえざらば
きえてはかなきあとをとはなん
発心和哥集の哥、般若心経
選子内親王
0586 世よをへてときくるのりはおほかれど
これぞまことの心なりける
普賢十願請仏住世
0587 みなひとのひかりをあふぐそらのごと
のどかにてらせくもがくれせで
薬王品、尽是女身
0588 まれらなるのりをききつるみちしあれば
うきをかぎりとおもひぬるかな
百首哥中に、大悲代受苦の心を
式子内親王
0589 けちがたきひとのおもひに身をかへて
ほのをにさへやたちまじるらん
待賢門院中納言、人びとすすめて、法華経廿八品の哥よませ侍けるに、譬喩品、其中衆生悉是吾子のこころをよめる
皇太后宮大夫俊成
0590 みなしごとなになげきけんよの中に
かかるみのりのありけるものを
随喜功徳品
0591 たにがはのながれのすゑをくむ人も
きくはいかがはしるしありける
美福門院、極楽六時讃をゑにかかせられ侍て、かくべき哥つかうまつりけるに、虚空界をとびすぎて、歓喜国をさしてゆかむ
0592 たをりつるはなのつゆだにまだひぬに
くものいくへをすぎてきぬらん
白銀ひかりさかりにて、普賢大士来至す
0593 しろたへに月かゆきかと見えつるは
にしをさしけるひかりなりけり
舎利報恩講といふことおこなひ侍けるに
前大僧正慈円
0594 けふののりはわしのたかねにいでしひの
かくれてのちのひかりなりけり
0595 さとりゆく雲はたかねにはれにけり
のどかにてらせあきの夜のつき
金剛界の五部をよみ侍ける、仏部
0596 いまはうへにひかりもあらじもち月と
かぎるになればひときはのそら
塵点本のこころをよみ侍ける
0597 ゐるちりのつもりてたかくなるやまの
おくよりいでし月を見るかな
家に百首哥よませ侍ける時、五智の大円鏡智のこころを
後法性寺入道前関白太政大臣
0598 くもりなくみがきあらはすさとりこそ
まどかにすめるかがみなりけれ
阿含経 藤原隆信朝臣
0599 ありとやはかぜまつほどをたのむべき
をじかなく野におけるしら露
安楽行品 藤原盛方朝臣
0600 やまふかみまことのみちにいるひとは
のりのはなをやしをりにはする
法華経、提婆品のこころを
法印慶忠
0601 のりのため身をしたがへしやま人に
かへりて道のしるべをぞする
紫式部ためとて結縁経供養し侍ける所に、薬草喩品をおくり侍とて
権大納言藤原宗家
0602 のりのあめに我もやぬれんむつましき
わかむらさきのくさのゆかりに
廿八品哥よみ侍けるに、寿量品
八条院高倉
0603 身をすててこひぬこころぞうかりける
いはにもおふるまつはあるよに
陀羅尼品
0604 あまつそらくものかよひぢそれならぬ
をとめのすがたいつかまち見む
勧発品、受持仏語作礼而去
寂然法師
0605 ちりぢりにわしのたかねをおりぞゆく
みのりのはなをいへづとにして
薩[土+垂]王子のこころをよみ侍ける
殷富門院大輔
0606 身をすつるころもかけけるたけのはの
そよいかばかりかなしかりけん
百首哥よみ侍けるに、十界哥、人界
後京極摂政前太政大臣
0607 ゆめのよに月日はかなくあけくれて
またはえがたき身をいかにせん
菩薩
0608 秋の月もちはひと夜のへだてにて
かつがつかげぞのこるくまなき
十二光仏のこころをよみ侍ける、不断光仏
源季広
0609 月かげはいるやまのはもつらかりき
たえぬひかりを見るよしも哉
如来無辺誓願仕のこころをよめる
鑁也法師
0610 かずしらぬちぢのはちすにすむ月を
こころの水にうつしてぞみる
中道観のこころをよみ侍ける
信生法師
0611 ながむればこころのそらにくもきえて
むなしきあとにのこる月かげ
悲鳴[口+幼]咽痛恋本群といへる心をよめる
寂然法師
0612 たちはなれこはぎがはらになくしかは
みちふみまどふ友やこひしき
自惟孤露のこころを
寂超法師
0613 とことはにたのむかげなきねをぞなく
つるのはやしのそらをこひつつ
十戒哥よみ侍けるに、不殺生戒
法眼宗円
0614 けふよりはかりにもいづなきぎすなく
かたののみのはしもむすぶなり
不偸盗戒
0615 こえじただおなじかざしの名もつらし
たつたのやまの夜半のしらなみ
不慳貧戒
0616 こけのしたにくちせぬ名こそかなしけれ
とまればそれもをしむならひに
経教如鏡のこころをよめる
蓮生法師
0617 のちの世をてらすかがみのかげを見よ
しらぬおきなはあふかひもなし
十如是のこころをよみ侍ける、本来究竟等
寂然法師
0618 をざさはらあるかなきかのひとふしに
もともすゑばもかはらざりけり
後法性寺入道前関白舎利講のついで、ひとびとに十如是哥よませ侍けるに、如是躰の心を
後京極摂政前太政大臣
0619 はるの夜のけぶりにきえし月かげの
のこるすがたも世をてらしけり
如是性 讃岐
0620 すむとてもおもひもしらぬ身のうちに
したひてのこるありあけの月
大輔人びとに十首哥すすめて、天王寺にまうでけるに、よみ侍ける
殷富門院新中納言
0621 とどめけるかたみを見てもいとどしく
むかしこひしきのりのあとかな
天王寺の西門にてよみ侍ける
郁芳門院安芸
0622 さはりなくいるひを見てもおもふかな
これこそにしのかどでなりけれ
おいののち天王寺にこもりゐて侍ける時、ものにかきつけて侍ける
後白河院京極
0623 にしのうみいるひをしたふかどでして
きみのみやこにとほざかりぬる
なき人の手にものかきてと申ける人に、光明真言をかきておくり侍とて
高弁上人
0624 かきつくるあとにひかりのかがやけば
くらきみちにもやみははるらん
なにごとかと申たりける人の返事につかはしける
0625 きよたきやせぜのいはなみたかをやま
ひともあらしのかぜぞ身にしむ
0626 ゆめのよのうつつなりせばいかがせむ
さめゆくほどをまてばこそあれ
住房の西のたににいはほあり、定心石となづく、松あり、縄床樹となづく、もとふたえだにして坐するにたよりあり、正月雪ふる日、すこしひまあるほど坐禅するに、松のあらしはげしくふきて、すみぞめのそでにあられのふりつもりて侍けるを、つつみていしのうへをたつとて、衣裏明珠のたとひをおもひいでてよみ侍ける
0627 まつのしたいはねのこけにすみぞめの
そでのあられやかけししらたま
新勅撰和謌集巻第十一
恋哥一
題しらず
よみびとしらず
0628 ゆめにだにまだ見ぬひとのこひしきは
そらにしめゆふ心地こそすれ
0629 いにしへはありもやしけむ今ぞしる
まだ見ぬひとをこふるものとは
0630 かすがやまあさゐるくものおぼつかな
しらぬ人にもこひわたるかな
0631 あしわかのうらにきよするしらなみの
しらじなきみはわれおもふとも
0632 いはみがたうらみぞふかきおきつなみ
よするたまもにうづもるる身は
0633 なにはえのこやに夜ふけてあまのたく
しのびにだにもあふよしも哉
0634 あさなあさなあまのさをさすうらふかみ
およばぬこひも我はするかな
女につかはしける
業平朝臣
0635 いへばえにいはねばむねにさわがれて
こころひとつになげくころ哉
はじめて人につかはしける
権中納言敦忠
0636 雲井にてくもゐに見ゆるかささぎの
はしをわたるとゆめに見し哉
返し よみびとしらず
0637 ゆめならば見ゆるなるらんかささぎは
このよのひとのこゆるはしかは
下らうに侍ける時、本院侍従につかはしける
忠義公
0638 いろにいでていまぞしらするひとしれず
おもひわびつるふかきこころを
中将に侍ける時、おなじ女につかはしける
中納言朝忠
0639 いはでのみおもふこころをしる人は
ありやなしやとたれにとはまし
返し 本院侍従
0640 しるひとやそらになからんおもふなる
こころのそこのこころならでは
和泉式部につかはしける
大宰帥敦道親王
0641 うちいでてもありにしものをなかなかに
くるしきまでもなげくけふかな
返し 和泉式部
0642 けふのまのこころにかへておもひやれ
ながめつつのみすぐす月日を
ひとのむすめと物がたりし侍けるを、女のおやききつけて、もろともにゐあかし侍にけるあしたにつかはしける
藤原高光
0643 こひやせんわすれやしなんぬともなく
ねずともなくてあかしつる夜を
題しらず 道信朝臣
0644 いつまでとわが世中もしらなくに
かねてもものをおもはするかな
相模
0645 いかでかはあまつそらにもかすむべき
こころのうちにはれぬおもひを
五節のころ、まひひめのさしぐしをとりて返しつかはすとて
藤原義孝
0646 ひとしれぬこころひとつになげきつつ
つげのをぐしぞさすそらもなき
五節所に侍ける女、いみじう見えぬと申けるあした、ひかげにつけてつかはしける
大宰大弐高遠
0647 ひかげさしをとめのすがた見てしより
うはのそらなるものをこそおもへ
題しらず 躬恒
0648 やまかげにつくるやま田のみがくれて
ほにいでぬこひに身をやつくさむ
女につかはしける
業平朝臣
0649 そでぬれてあまのかりほすわたつみの
見るをあふにてやまむとやする
返し よみ人しらず
0650 いはまよりおふるみるめしつれなくは
しほひしほみちかひもありなん
題しらず 小町
0651 みなといりのたまつくり江にこぐふねの
おとこそたてねきみをこふれど
0652 みるめかるあまのゆききのみなとぢに
なこそのせきもわがすゑなくに
よみびとしらず
0653 いとへどもなほすみのえのうらにほす
あみのめしげきこひもする哉
0654 こひわたるころものそではしほみちて
みるめかづかぬなみぞたちける
堀河院、艶書の哥をひとびとにめして、女房のもとにつかはして、返哥をめしける時、よみ侍ける
権大納言公実
0655 としふれどいはでくちぬるむもれ木の
おもふこころはふりぬこひ哉
返し 康資王母
0656 ふかからじみなせのかはのむもれ木は
したのこひぢにとしふりぬとも
恋十首哥よみ侍けるに
神祇伯顕仲
0657 こひのやましげきをざさのつゆわけて
いりそむるよりぬるるそでかな
久安百首哥たてまつりけるこひの哥
待賢門院堀河
0658 かくとだにいはぬにしげきみだれあしの
いかなるふしにしらせそめまし
0659 そでぬるる山井のしみづいかでかは
人めもらさでかげを見るべき
皇太后宮大夫俊成
0660 ちらばちれいはせのもりのこがらしに
つたへやせましおもふことのは
0661 なみだがはそでのみわたにわきかへり
ゆくかたもなきものをこそおもへ
清輔朝臣
0662 おのづからゆきあひのわせをかりそめに
見し人ゆゑやいねがてにせん
0663 わがこひをいはでしらするよしも哉
もらさばなべて世にもこそちれ
二条院御時、こひのうためしけるに
権大納言宗家
0664 ひとめをばつつむとおもふをせきかねて
そでにあまるはなみだなりけり
百首哥よみ侍けるに、忍恋のこころを
前大納言資賢
0665 おもひやる方こそなけれおさふれど
つつむ人めにあまるなみだは
家に百首哥よみ侍けるに
後法性寺入道前関白太政大臣
0666 くれなゐのなみだをそでにせきかねて
けふぞおもひのいろにいでぬる
皇嘉門院別当
0667 おもひがはいはまによどむ水ぐきを
かきながすにもそではぬれけり
宜秋門院丹後
0668 そでのうへのなみだぞいまはつらからぬ
ひとにしらるるはじめとおもへば
恋哥よみ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
0669 みしめひきうづきのいみをさすひより
こころにかかるあふひぐさかな
刑部卿頼輔、哥合し侍けるに、よみてつかはしける、忍恋
0670 いかにしてしるべなくともたづねみん
しのぶのやまのおくのかよひぢ
題しらず 西行法師
0671 あづまぢやしのぶのさとにやすらひて
なこそのせきをこえぞわづらふ
正三位家隆
0672 ひとしれずしのぶのうらにやくしほの
わかなはまだきたつけぶりかな
百首哥たてまつりける、こひの哥
宜秋門院丹後
0673 いはぬまはこころひとつにさわがれて
けぶりもなみもむねにこそたて
源師光
0674 わがこころいかなるいろにいでぬらん
まだ見ぬ人をおもひそめつつ
権中納言定家
0675 まつがねをいそべのなみのうつたへに
あらはれぬべきそでのうへ哉
堀河院に百首哥たてまつりける、忍恋
前中納言匡房
0676 はるくればゆきのした草したにのみ
もえいづるこひをしる人ぞなき
藤原仲実朝臣
0677 あふことのかたののを野のしのすすき
ほにいでぬこひはくるしかりけり
基俊
0678 なみまよりあかしのうらにこぐふねの
ほにはいでずもこひわたるかな
久安百首哥たてまつりける、こひの哥
清輔朝臣
0679 としふれどしるしもみえぬわがこひや
ときはのやまのしぐれなるらん
題しらず 大納言通具
0680 人しれずおもひそめつとしらせばや
あきのこの葉のつゆばかりだに
寂蓮法師
0681 くれなゐのちしほもあかずみむろやま
いろにいづべきことのはも哉
参議雅経
0682 まさきちるやまのあられのたまかづら
かけしこころやいろにいづらん
右衛門督為家
0683 おくやまのひかげのつゆのたまかづら
人こそしらねかけてこふれど
うへのをのこども、未見恋といへる心をつかうまつりけるついでに
御製
0684 やまのはをわけいづる月のはつかにも
見てこそひとは人をこふなれ
恋哥よみ侍けるに
大納言実家
0685 ふみそむるこひぢのすゑにあるものは
ひとのこころのいは木なりけり
正三位経家
0686 つくばやまは山しげやまたづね見む
こひにまされるなげきありやと
入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに、寄煙恋
入道前太政大臣
0687 ふじのねのそらにやいまはまがへまし
わが身にけたぬむなしけぶりを
百首哥よみ侍ける、忍恋
前関白
0688 わがこひのもえてそらにもまがひなば
ふじのけぶりといづれたかけん
関白左大臣
0689 わがこひはなみだをそでにせきとめて
まくらのほかにしる人もなし
題しらず 八条院六条
0690 わがとこのまくらもいかにおもふらん
なみだかからぬ夜はしなければ
千五百番哥合に
二条院讃岐
0691 かはづなく神なびがはにさくはなの
いはぬいろをも人のとへかし
恋哥よみ侍けるに
殷富門院大輔
0692 うちしのびおつるなみだのしらたまの
もれこぼれてもちりぬべき哉
権大納言家良
0693 しのびかねなみだのたまのををたえて
こひのみだれぞそでに見えゆく
前関白家哥合に寄糸恋
正三位家隆
0694 たがために人のかたいとよりかけて
わがたまのをのたえむとすらん
家哥合に 後京極摂政前太政大臣
0695 よしのがははやきながれをせくいはの
つれなきなかに身をくだくらん
こひのうたあまたよみ侍けるに
藤原頼氏朝臣
0696 つれなさのためしはありとよしのがは
いはどがしはをあらふしらなみ
前参議経盛、哥合し侍けるに
藤原盛方朝臣
0697 すみだがはせきりにむせぶ水のあわの
あはれなにしにおもひそめけむ
左京大夫顕輔家哥合に
法性寺入道前関白家参河
0698 ひとしれずねをのみなけばころも河
そでのしがらみせかぬひぞなき
平経正朝臣、哥合し侍ける、恋哥
源有房朝臣
0699 なみだがはそでのしがらみかけとめて
あはぬうきなをながさずも哉
道因法師
0700 つらきにもうきにもおつるなみだがは
いづれのかたかふちせなるらん
題しらず 平重時
0701 こがれゆくおもひをけたぬなみだがは
いかなるなみのそでぬらすらん
百首哥たてまつりける、こひのうた
如願法師
0702 やまがはのいしまのみづのうすごほり
われのみしたにむせぶころかな
建保六年内裏哥合、恋哥
権大納言忠信
0703 まきもくのあなしのかはのかはかぜに
なびくたまものみだれてぞおもふ
題しらず 侍従具定母
0704 ながれてのなをさへしのぶおもひがは
あはでもきえねせぜのうたかた
正三位家隆
0705 おもひ河身をはやながらみづのあわの
きえてもあはむ浪のまも哉
恋の心をよみ侍ける
権中納言長方
0706 おちたぎつはやせのかはもいはふれて
しばしはよどむなみだとも哉
皇太后宮大夫俊成
0707 世とともにたえずもおつるなみだ哉
ひとはあはれもかけぬたもとに
新勅撰和謌集巻第十二
恋哥二
寛平御時きさいの宮の哥合哥
よみ人しらず
0708 なつむしにあらぬわが身のつれもなく
ひとをおもひにもゆるころ哉
0709 夏草のしげきおもひはかやり火の
したにのみこそもえわたりけれ
0710 としをへてもゆてふふじのやまよりも
あはぬおもひは我ぞまされる
下らうに侍ける時、女につかはしける
清慎公
0711 たれにかはあまたおもひもつけそめし
きみより又はしらずぞありける
題しらず 伊勢
0712 やまがはのかすみへだててほのかにも
見しばかりにやこひしかるらん
0713 み山木のかげのこぐさはわれなれや
つゆしげけれどしるひともなき
女を見てつかはしける
謙徳公
0714 たとふればつゆもひさしき世中に
いとかくものをおもはずも哉
返し とばりあげの女王
0715 あくるまもひさしてふなるつゆのよは
かりにもひとをしらじとぞおもふ
神な月のついたち、女につかはしける
東三条入道摂政太政大臣
0716 なげきつつかへすころものつゆけきに
いとどそらさへしぐれそふらん
題しらず 本院侍従
0717 にはたづみゆくかたしらぬものおもひに
はかなきあわのきえぬべきかな
道信朝臣
0718 としをへてものおもふひとのからごろも
そでやなみだのとまりなるらん
よみびとしらず
0719 かたいともてぬきたるたまのををよわみ
みだれやしなむひとのしるべく
0720 こひわびぬあまのかるもにやどるてふ
われから身をもくだきつるかな
0721 いかだおろすそまやまがはの身なれざを
さしてくれどもあはぬきみかな
0722 みや木ひくいづみのそまにたつたみの
やむときもなくこひわたるかも
0723 とほつひとかりぢのいけにすむをしの
たちてもゐてもきみをしぞおもふ
0724 あさがしはぬるやかはべのしののめの
おもひてぬればゆめに見えつつ
0725 さをしかのあさふすをののくさわかみ
かくろへかねてひとにしらるな
0726 しらやまのゆきのしたくさ我なれや
したにもえつつとしのへぬらん
広河女王
0727 こひくさをちからぐるまにななくるま
つみてこふらくわがこころから
九条右大臣
0728 ふじのねにけぶりたえずとききしかど
わがおもひにはたちおくれけり
なき名たち侍ける女につかはしける
権中納言敦忠
0729 しほたるるあまのぬれぎぬおなじ名を
おもひかへさできるよしも哉
つれなかりける女につかはしける
右近大将道綱
0730 さごろものつまもむすばぬたまのをの
たえみたえずみ世をやつくさん
題しらず よみびとしらず
0731 あふさかの名をばたのみてこしかども
へだつるせきのつらくもあるかな
0732 きみにあはむそのひをいつとまつの木の
こけのみだれてものをこそおもへ
0733 いかばかりものおもふときのなみだがは
からくれなゐにそでのぬるらん
秋とちぎりて侍けるに、えあふまじきゆへ侍ければ、業平朝臣につかはしける
0734 あきかけていひしながらもあらなくに
このはふりしくえにこそありけれ
兵部卿元良のみこ、ふみつかはしける返ごとに、よみ侍ける
修理
0735 たかくともなににかはせんくれたけの
ひと夜ふたよのあだのふしをば
堀河院、女房の艶書をめしけるに、よみ侍ける
堀河院中宮上総
0736 つらしともいさやいかがはいはし水
あふせまだきにたゆるこころは
返し 前大納言俊実
0737 世よふともたえじとぞおもふ神がきや
いはねをくぐるみづのこころは
久安百首哥たてまつりける、恋哥
大炊御門右大臣
0738 手にとりてゆらぐたまのをたえざりし
人ばかりだにあひみてしかな
左京大夫顕輔
0739 としふれど猶いはしろのむすびまつ
とけぬものゆゑ人もこそしれ
堀河院に百首哥たてまつりける時
権中納言国信
0740 くりかへしあまてる神のみやばしら
たてかふるまであはぬきみ哉
恋哥よみ侍けるに
藤原為忠朝臣
0741 すみよしのち木のかたそぎわれなれや
あはぬものゆゑとしのへぬらん
建仁元年八月の哥合に、久恋
入道前太政大臣
0742 まちわびてみとせもすぐるとこのうへに
猶かはらぬはなみだなりけり
うへのをのこども、忍久恋といへる心をつかうまつりけるついでに
御製
0743 よそにのみおもひふりにしとし月の
むなしきかずぞつもるかひなき
建保五年四月庚申、久恋といへる心をよみ侍ける
権中納言定家
0744 こひしなぬ身のおこたりぞとしへぬる
あらばあふよのこころづよさに
参議雅経
0745 つれなしとたれをかいはむたかさごの
まつもいとふもとしはへにけり
建保三年内大臣家百首哥よみ侍けるに、名所恋といへる心をよめる
源有長朝臣
0746 たかさごのをのへに見ゆるまつのはの
われもつれなく人をこひつつ
庚申久恋哥
源家長朝臣
0747 いたづらにいくとしなみのこえぬらん
たのめかおきしすゑのまつやま
如願法師
0748 あだに見しひとのこころのゆふだすき
さのみはいかがかけてたのまん
題しらず 殷富門院大輔
0749 あひみてもさらぬわかれのあるものを
つれなしとてもなになげくらん
百首哥めしける時
崇徳院御製
0750 おろかにぞことのはならばなりぬべき
いはでやきみにそでを見せまし
0751 さきの世のちぎりありけんとばかりも
身をかへてこそ人にしられめ
権大納言隆季
0752 あふさかのせきのせきもりこころあれや
いはまのしみづかげをだに見む
前関白家家哥合に、寄鳥恋といへるこころをよみ侍ける
典侍因子
0753 よそにのみゆふつけどりのねをぞなく
その名もしらぬせきのゆききに
恋哥よみ侍けるに
殷富門院大輔
0754 まだこえぬあふさかやまのいはし水
むすばぬそでをしぼるものかは
中宮少将
0755 いかにせんこひぢのすゑにせきすゑて
ゆけどもとほきあふさかのやま
祝部成茂
0756 あふさかのやまはゆききのみちなれど
ゆるさぬせきはそのかひもなし
賀茂重保社頭にて哥合し侍けるに、恋のこころをよめる
勝命法師
0757 こひぢにはたがすゑおきしせきなれば
おもふこころをとほさざるらん
藤原伊経朝臣
0758 こひぢにはまづさきにたつわがなみだ
おもひかへらんしるべともなれ
題しらず 権中納言長方
0759 伊勢の海おふのうらみをかさねつつ
あふことなしの身をいかにせん
寂蓮法師
0760 をふのうみのおもはぬうらにこすしほの
さてもあやなくたつけぶりかな
入道二品親王家五十首、寄煙恋
参議雅経
0761 うらみじななにはのみ津にたつけぶり
こころからやくあまのもしほ火
正三位知家
0762 うらみてもわが身のかたにやくしほの
おもひはしるくたつけぶりかな
関白左大臣家百首忍恋
源家長朝臣
0763 しらせばやおもひいりえのたまがしは
ふねさすさをのしたにこがると
恋哥よみ侍けるに
藤原行能朝臣
0764 かずならぬみしまがくれにこぐふねの
あとなきものはおもひなりけり
寂延法師
0765 はるがすみたななしをぶねいりえこぐ
おとにのみきく人をこひつつ
殷富門院大輔
0766 うかりけるよさのうらなみかけてのみ
おもふにぬるるそでを見せばや
崇徳院御時、うへのをのこども、忍恋哥つかうまつりけるに
皇太后宮大夫俊成
0767 わがこひはなみこすいそのはまひさぎ
しづみはつれどしるひともなし
堀河院御時、殿上にて題をさぐりて十首哥よみ侍けるに、しほがまをよみ侍ける
権中納言国信
0768 うらむともきみはしらじなすまの浦に
やくしほがまのけぶりならねば
家に百首哥よみ侍けるに、不遇恋の心を
後法性寺入道前関白太政大臣
0769 わがこひはあはでのうらのうつせがひ
むなしくのみもぬるるそで哉
百首哥たてまつりける時、恋哥
入道前太政大臣
0770 いはみがたひとのこころはおもふにも
よらぬたまものみだれかねつつ
後京極摂政家に百首哥よませ侍ける、恋哥
高松院右衛門佐
0771 いそなつむあまのしるべをたづねつつ
きみを見るめにうくなみだ哉
藤原隆信朝臣
0772 世とともにかわくまもなきわがそでや
しほひもわかぬなみのしたくさ
題しらず 正三位家隆
0773 はるのなみのいり江にまよふはつくさの
はつかに見えしひとぞこひしき
女につかはしける
前大納言隆房
0774 ひとしれぬうき身にしげきおもひぐさ
おもへばきみぞたねはまきける
女のゆかりをたづねてつかはしける
左近中将公衡
0775 つたへてもいかにしらせむおなじ野の
をばながもとのくさのゆかりに
題をさぐりてうたよみ侍けるに、思草をよめる
前中納言国通
0776 したにのみいはでふるののおもひぐさ
なびくをばなはほにいづれども
こひのこころをよみ侍ける
藤原頼氏朝臣
0777 さしも草もゆるいぶきのやまのはの
いつともわかぬおもひなりけり
百首哥よみ侍けるに、不遇恋
関白左大臣
0778 いつまでかつれなきなかのおもひぐさ
むすばぬそでにつゆをかくべき
百首哥たてまつりける時、こひの哥
入道前太政大臣
0779 あふまでとくさをふゆのにふみからし
ゆききのみちのはてをしらばや
参議雅経
0780 みよしののみくまがすげをかりにだに
見ぬものからやおもひみだれん
0781 きえぬともあさぢがうへのつゆしあれば
猶おもひおくいろやのこらん
建保六年内裏哥合、恋哥
正三位知家
0782 ひとめもるわがかよひぢのしのすすき
いつとかまたんあきのさかりを
新勅撰和歌集巻第十三
恋哥三
けふとたのめける女につかはしける
実方朝臣
0783 大井がはゐせきによどむみづなれや
けふくれがたきなげきをぞする
女につかはしけるひとにかはりてよみ侍ける
郁芳門院安芸
0784 こえばやなあづまぢときくひたちおびの
かごとばかりのあふさかのせき
百首哥めしける時
崇徳院御製
0785 こひこひてたのむるけふのくれはどり
あやにくにまつほどぞひさしき
後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍ける、初遇恋
皇太后宮大夫俊成
0786 おもひわびいのちたえずはいかにして
けふとたのむるくれをまたまし
皇嘉門院別当
0787 うれしきもつらきもおなじ涙にて
あふ夜もそでは猶ぞかはかぬ
法性寺入道前関白家哥合に
基俊
0788 かつ見れど猶ぞこひしきわぎもこが
ゆづのつまぐしいかがささまし
題しらず 謙徳公
0789 かなしさもあはれもたぐひおほかるを
ひとにふるさぬことのはも哉
京極前関白家肥後
0790 ひとめもるやまゐのし水むすびても
猶あかなくにぬるるそでかな
後朝の心を 土御門内大臣
0791 きぬぎぬになるともきかぬとりだにも
あけゆくほどぞこゑもをしまぬ
八条院高倉
0792 あふことを又はまつ夜もなきものを
あはれもしらぬとりのこゑかな
家に百首哥よませ侍けるに
関白左大臣
0793 名にしおはぬゆふつけどりのなきそめて
あくるわかれのこゑもうらめし
中宮少将
0794 おのがねにつらきわかれはありとだに
おもひもしらでとりやなくらん
源有長朝臣
0795 かへるさをおのれうらみぬとりのねも
なきてぞつくるあけがたのそら
恋哥よみ侍けるなかに
権中納言家良
0796 うかりけるたがあふことのならひより
ゆふつけどりのねにわかれけん
ありあけのころ、ものごしにあひたる人につかはしける
さがみ
0797 あけがたにいでにし月もいりぬらん
猶なかぞらのくもぞみだるる
陽成院哥合に
よみ人しらず
0798 をしとおもふいのちにかへてあかつきの
わかれのみちをいかでとどめむ
題しらず
0799 あけぬとてちどりしばなくしろ妙の
きみがたまくらいまだあかなくに
家の哥合に
後京極摂政前太政大臣
0800 わすれじのちぎりをたのむわかれかな
そらゆく月のすゑをかぞへて
暁恋のこころをよみ侍ける
鎌倉右大臣
0801 さむしろにつゆのはかなくおきていなば
あかつきごとにきえやわたらん
恋哥よみ侍けるに
八条院高倉
0802 わすれじのただひとことをかたみにて
ゆくもとまるもぬるるそで哉
内大臣
0803 なほざりのそでのわかれのひとことを
はかなくたのむけふのくれかな
権大納言忠信
0804 ちぎりおくしらぬいのちをうらみても
あかつきかけてねをのみぞなく
左近中将基良
0805 いまはとてわかれしままのとりのねを
わすれがたみのしののめのそら
前関白家哥合に、寄鳥恋といへる心をよみ侍ける
中宮少将
0806 あかつきのゆふつけどりもしらつゆの
おきてかなしきためしにぞなく
千五百番哥合に
侍従具定母
0807 くれなばとたのめても猶あさつゆの
おきあへぬとこにきえぬべきかな
堀河院に百首哥たてまつりける時、後朝恋
京極前関白家肥後
0808 そまがはのせぜのしらなみよるながら
あけずはなにかくれをまたまし
後法性寺入道前関白家百首哥
皇太后宮大夫俊成
0809 となせ河いはまにたたむいかだしや
なみにぬれてもくれをまつらん
二条院に百首哥たてまつりける時、後朝哥
大宰大弐重家
0810 あひ見てもかへるあしたのつゆけさは
ささわけしそでにおとりしもせじ
関白左大臣家百首、後朝恋
源家長朝臣
0811 きぬぎぬのつらきためしにたれなりて
そでのわかれをゆるしそめけむ
別恋といふこころをよめる
法印幸清
0812 あふさかのゆふつけどりもわかれぢを
うきものとてやなきはじめけむ
懇切恋といふこころをよみ侍ける
藤原隆祐
0813 いかにせんくれをまつべきいのちだに
猶たのまれぬ身をなげきつつ
題しらず 西行法師
0814 きえかへりくれまつそでぞしをれぬる
おきつるひとはつゆならねども
よみ人しらず
0815 うつつともゆめともなくてあけにけり
けさのおもひはたれまさるらん
権大納言実国
0816 うつつともゆめともたれかさだむべき
世ひともしらぬけさのわかれは
女のもとよりかへりてつかはしける
謙徳公
0817 つゆよりもいかなる身とかなりぬらん
おきどころなきけさのこころは
題しらず 伊勢
0818 あひ見てもつつむおもひのかなしきは
ひとまにのみぞねはなかれける
中納言兼輔
0819 しののめのあくればきみはわすれけり
いつともわかぬ我ぞかなしき
源宗于朝臣
0820 しらつゆのおくをまつまのあさがほは
みずぞなかなかあるべかりける
女のもとよりかへりてつかはしける
業平朝臣
0821 我ならでしたひもとくなあさがほの
ゆふかげまたぬはなにはありとも
題しらず 延喜御製
0822 あかでのみふればなりけりあはぬ夜も
あふよも人をあはれとぞおもふ
あしたにつかはしける
大宰帥敦道親王
0823 こひといへばよのつねのとやおもふらむ
けさのこころはたぐひだになし
返し 和泉式部
0824 よのつねのことともさらにおもほえず
はじめてものをおもふ身なれば
題しらず
0825 ゆめにだに見てあかしつるあかつきの
こひこそこひのかぎりなりけれ
謙徳公
0826 とりのねにいそぎいでにし月かげの
のこりおほくてあけしそらかな
家哥合に夜恋のこころを
後京極摂政前太政大臣
0827 みしひとのねくたれがみのおもかげに
なみだかきやるさよのたまくら
昼恋 大蔵卿有家
0828 くもとなりあめとなるてふなかぞらの
ゆめにも見えよよるならずとも
恋哥とてよみ侍ける
中納言親宗
0829 うたたねのはかなきゆめのさめしより
ゆふべのあめを見るぞかなしき
後京極摂政家百首哥よみ侍けるに
小侍従
0830 雲となりあめとなりても身にそはば
むなしきそらをかたみとや見む
0831 いかなりしときぞやゆめに見しことは
それさへにこそわすられにけれ
恋哥とてよみ侍ける
従三位頼政
0832 きみこふとゆめのうちにもなくなみだ
さめてののちもえこそかはかね
清輔朝臣
0833 いかにしてさめしなごりのはかなさぞ
またもみざりし夜半のゆめ哉
久安百首哥たてまつりける、恋哥
堀河
0834 ゆめのごと見しはひとにもかたらぬに
いかにちがへてあはぬなるらん
百首哥たてまつりける、恋哥
前関白
0835 見るとなきやみのうつつにあくがれて
うちぬるなかのゆめやたえなん
権大納言忠信
0836 わがこころやみのうつつはかひもなし
ゆめをぞたのむくるる夜ごとに
題しらず 藤原永光
0837 さりともとたのむもかなしむばたまの
やみのうつつのちぎりばかりは
師光哥合し侍けるに、恋のこころをよめる
藤原隆信朝臣
0838 こひしなむのちのうき世はしらねども
いきてかひなきものはおもはじ
後法性寺入道前関白家百首哥
俊恵法師
0839 あかつきのとりぞおもへばはづかしき
ひと夜ばかりになにいとひけん
題しらず よみ人しらず
0840 たまのをのたえてみじかきなつの夜の
夜半になるまでまつ人のこぬ
二条院皇后宮常陸
0841 とへかしなあやしきほどのゆふぐれの
あはれすぐさぬなさけばかりに
建礼門院右京大夫
0842 わすれじのちぎりたがはぬ世なりせば
たのみやせましきみがひとこと
内にさぶらひける人の、こよひはかならずと申ける返ごとにつかはしける
高松院右衛門佐
0843 これもまたいつはりぞとはしりながら
こりずやけふのくれをまたまし
こひのうたよみ侍けるに
中宮少将
0844 いつはりとおもひとられぬゆふべこそ
はかなきもののかなしかりけれ
百首哥めされける時
後京極摂政前太政大臣
0845 なみだせくそでにおもひやあまるらん
ながむるそらもいろかはるまで
0846 うきふねのたよりもしらぬなみぢにも
見しおもかげのたたぬひぞなき
式子内親王
0847 わぎもこがたまものとこによるなみの
よるとはなしにほさぬそで哉
建保六年内裏哥合、恋哥
前内大臣
0848 まつしまやわが身のかたにやくしほの
けぶりのすゑをとふ人も哉
権中納言定家
0849 こぬひとをまつほのうらのゆふなぎに
やくやもしほの身もこがれつつ
題しらず 権中納言長方
0850 こひをのみすまのしほひにたまもかる
あまりにうたてそでなぬらしそ
正三位家隆
0851 こころからわが身こすなみうきしづみ
うらみてそふるやへのしほかぜ
平忠度朝臣
0852 たのめつつこぬ夜つもりのうらみても
まつよりほかのなぐさめぞなき
源家長朝臣
0853 こぎかへるそでのみなとのあまをぶね
さとのしるべをたれかをしへし
真昭法師
0854 いはみがたなみぢへだててゆくふねの
よそにこがるるあまのもしほ火
百首哥たてまつりけるに、ふたみのうらをよみ侍ける
正三位家衡
0855 わがこひはあふよもしらずふたみがた
あけくれそでになみぞかけける
題しらず 鎌倉右大臣
0856 しらまゆみいそべのやまのまつのいろの
ときはにものをおもふころかな
内大臣に侍ける時家に、百首哥よみ侍けるに、名所恋といふこころを
前関白
0857 わくらばにあふさかやまのさねかづら
くるをたえずとたれかたのまむ
0858 むさしのやひとのこころのあさつゆに
つらぬきとめぬそでのしらたま
権中納言定家
0859 くるる夜はゑじのたくひをそれと見よ
むろのやしまもみやこならねば
正三位家隆
0860 いはのうへになみこすあべのしまつとり
うきなにぬれてこひつつぞふる
新勅撰和謌集巻十四
恋哥四
題しらず 人麿
0861 ゆふさればきみきまさんとまちし夜の
なごりぞいまもいねがてにする
0862 あしひきのやましたかぜはふかねども
きみがこぬ夜はかねてさむしも
小町
0863 こぬひとをまつとながめてわがやどの
などかこのくれかなしかるらん
0864 たのまじとおもはむとてはいかがせん
ゆめよりほかにあふよなければ
在原滋春
0865 わすれなんとおもふこころのかなしきは
うきもうからぬものにぞありける
よみびとしらず
0866 さりともとおもふらむこそかなしけれ
あるにもあらぬ身をしらずして
女につかはしける
謙徳公
0867 おもへばやしたゆふひものとげつらん
我をばひとのこひしものゆゑ
題しらず 延喜御製
0868 しぐれつついろまさりゆくくさよりも
ひとのこころぞかれにけらしな
九条右大臣
0869 むさしのの野なかをわけてつみそめし
わかむらさきのいろはかぎりか
よみびとしらず
0870 あづさゆみすゑのはらのにとがりする
きみがゆづるのたえんとおもへや
0871 梓弓ひきみひかずみむかしより
こころはきみによりにしものを
0872 い勢のあまのあさなゆふなにかづくてふ
あはびのかひのかたおもひにして
0873 ゆふだたみしらつきやまのさねかづら
のちもかならずあはむとぞおもふ
0874 あふさかのせきはよるこそもりまされ
くるるをなどて我たのむらん
女につかはしける
兵部卿元良親王
0875 あさくこそひとはみるらめせきがはの
たゆるこころはあらじとぞおもふ
返し 平中興女
0876 せきがはのいはまをくぐる水をあさみ
たえぬべくのみみゆるこころを
題しらず よみびとしらず
0877 さくらあさのをふのした草つゆしあらば
あかしてゆかむおやはしるとも
0878 つゆしものうへともしらじむさしのの
我はゆかりのくさ葉ならねば
0879 いまはとてわするるくさのたねをだに
ひとのこころにまかせずもがな
人麿
0880 たまぼこの道ゆきつかれいなむしろ
しきてもひとを見るよしも哉
よみびとしらず
0881 ゆふさればみちたどたどし月まちて
かへれわがせこそのまにも見む
額田王
0882 きみまつとわがこひをればわがやどの
すだれうごかしあきかぜぞふく
壬生忠岑
0883 もろくともいざしらつゆに身をなして
きみがあたりのくさにきえなん
躬恒
0884 わびぬればいまはとものをおもへども
こころしらぬはなみだなりけり
うねべまちにて、右近のつかさのさうしにまかりいづる人をまち侍けるに、ゆきすぎながらたちよらず侍ければ
采女明日香
0885 みかさやまきてもとはれぬみちのべに
つらきゆくてのかげぞつれなき
きさいの宮の御方にさぶらひける時、さとにいで侍とて、九条右大臣、頭中将に侍けるにつかはしける
右近
0886 あひ見ずはちぎりしほどにおもひいでよ
そへつるたまを身にもはなたで
清慎公、少将に侍ける時つかはしける
式部卿敦慶親王家大和
0887 こひしさのほかにこころのあらばこそ
人のわするる身をもうらみめ
しのびてもの思侍ける時
孚子内親王
0888 つゆしげきくさのたもとをまくらにて
きみまつむしのねをのみぞなく
中務
0889 身のうへもひとのこころもしらぬまは
ことぞともなきねをのみぞなく
0890 ありしよりみだれまさりてあまのかる
ものおもふ身ともきみはしらじな
題しらず 二条太皇太后宮大弐
0891 かぜふけばそらにただよふくもよりも
うきてみだるるわがこころかな
0892 あらじかしこの世のほかをたづぬとも
なみだのそでにかかるたぐひは
堀河院に艶書の哥めしける時
周防内侍
0893 ひとしれぬそでぞつゆけきあふことの
かれのみまさるやまのかげくさ
返し 大納言忠教
0894 おくやまのしたかげくさはかれやする
のきばにのみはおのれなりつつ
おなじ艶書とてよみ侍ける
権中納言俊忠
0895 みしまえのかりそめにさへまこもぐさ
ゆふでにあまるこひもするかな
百首哥よみ侍ける名所恋
前関白
0896 なみだがはみなわをそでにせきかねて
人のうきせにくちやはてなん
0897 うしとおもふものからぬるるそでのうら
ひだりみぎにもなみやたつらん
題しらず 侍従具定母
0898 ほしわびぬあまのかるもにしほたれて
われからぬるるそでのうらなみ
前大納言隆房
0899 あまのかるみるをあふにてありしだに
いまはなぎさによせぬなみ哉
後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍けるに
宜秋門院丹後
0900 見るままにひとのこころはのきばにて
われのみしげるわすれぐさかな
俊恵法師
0901 わするなよわすれじとこそたのめしか
我やはいひしきみぞちぎりし
逢不逢恋のこころを
二条院讃岐
0902 めのまへにかはるこころをしらつゆの
きえばともにとなにおもひけん
題しらず 入道前太政大臣
0903 わするなよきえばともにといひおきし
すゑののくさにむすぶしらつゆ
鎌倉右大臣
0904 わがこひはあはでふるののをざさはら
いく世までとかしものおくらん
前大納言隆房
0905 たどりつつわくるたもとにかけてけり
ゆきもならはぬみちしばのつゆ
寂蓮法師
0906 はなすすきほにだにこひぬわがなかの
しもおくのべとなりにけるかな
藤原行能朝臣
0907 なが月のしぐれにぬれぬことのはも
かはるならひのいろぞかなしき
宮内卿
0908 とへかしなしぐるるそでのいろにいでて
ひとのこころのあきになる身を
八条院高倉
0909 ふくからに身にぞしみけるきみはさは
我をやあきのこがらしのかぜ
俊恵法師
0910 わぎもこをかたまつよひのあきかぜは
をぎのうはばをよきてふかなん
秋恋といふこころをよみ侍ける
入道前太政大臣
0911 萩のうへのかりのなみだをかこつとも
こひにいろこきそでやみゆらん
0912 もみぢせぬやまにもいろやあらはれん
しぐれにまさるこひのなみだに
内大臣
0913 もろ人のそでまでそめよたつたひめ
よそのちしほをたぐひとも見む
題しらず 侍従具定母
0914 なれなれてあきにあふぎをおくつゆの
いろもうらめしねやの月かげ
中宮但馬
0915 月草のうつろふいろのふかければ
人のこころのはなぞしをるる
藤原教雅朝臣
0916 おもかげは猶ありあけの月くさに
ぬれてうつろふそでのあさつゆ
藤原資季朝臣
0917 しろたへのわがころもでをかたしきて
ひとりやねなんいもにこひつつ
恋哥あまたよみ侍けるに
民部卿成範
0918 おもひきやまだうらわかきはつくさの
あきをもまたでかれんものとは
侍従具定母
0919 とへかしなあさぢふきこすあきかぜに
ひとりくだくるつゆのまくらを
法印幸清
0920 よしさらばしげりもはてねあだびとの
まれなるあとの庭のよもぎふ
寂蓮法師
0921 うらみわびおもひたえてもやみなまし
なにおもかげのわすれがたみぞ
俊恵法師
0922 しなばやとあだにもいはじのちの世は
おもかげだにもそはじとおもへば
左近中将公衡
0923 ちぎりしにかはるうらみもわすられて
そのおもかげは猶とまる哉
前大納言忠良
0924 よのうさやきこえこざらむおもかげは
いはほのなかにおくれしもせじ
題しらず みあれの宣旨
0925 おほぞらにこひしきひともやどらなむ
ながむるをだにかたみとおもはん
和泉式部
0926 見えもせむ見もせむ人をあさごとに
おきてはむかふかがみともがな
0927 ちりのゐるものとまくらはなりにけり
なにのためにかうちもはらはむ
九条太政大臣、中将に侍ける時、たえ侍てのちまくらの松かきたるを見侍て
権中納言定頼女
0928 こころにはしのぶとおもふをしきたへの
まくらにてこそまつは見えけれ
亭子院にたてまつりける
藤原恒興女
0929 わくらばにまれなるひとのたまくらは
ゆめかとのみぞあやまたれける
女につかはしける
藤原高光
0930 かたときもわすれやはするつらかりし
こころのさらにたぐひなければ
題しらず 藤原惟成
0931 かたしきのころもをせばみみだれつつ
なほつつまれぬそでのしらたま
和泉式部
0932 あふことをたまのをにする身にしあれば
たゆるをいかがなしとおもはぬ
0933 ををよはみみだれておつるたまとこそ
なみだも人のめには見ゆらめ
よみびとしらず
0934 あふことをいまはかぎりとおもへども
なみだはたえぬものにぞありける
0935 よしさらばこひしきことをしのびみて
たへずはたへぬいのちとおもはん
0936 あづさゆみひきつのつなるなのりその
たれうきものとしらせそめけむ
0937 わかれてののちぞかなしきなみだがは
そこもあらはになりぬとおもへば
0938 にほどりのおきなが河はたえぬとも
きみにかたらふことつきめやは
0939 ゆくふねのあとなきなみにまじりなば
たれかは水のあわとだに見む
0940 たちておもひゐてもぞおもふくれなゐの
あかもたれひきいにしすがたを
0941 くれたけのしげくもものをおもふかな
ひと夜へだつるふしのつらさに
新勅撰和謌集巻第十五
恋哥五
みちのくににまかりて、女につかはしける
業平朝臣
0942 しのぶやましのびてかよふみちも哉
ひとのこころのおくもみるべく
頭中将に侍ける時、しのぶぐさのもみぢしたるをふえのなかにいれて、をんなのもとにつかはしける
謙徳公
0943 こひしきをひとにはいはでしのぶぐさ
しのぶにあまるいろを見よかし
返し よみびとしらず
0944 いはでおもふほどにあまらばしのぶ草
いとどひさしのつゆやしげらむ
題しらず
0945 きみみずてほどをふるやのひさしには
あふことなしのくさぞおひける
0946 いへばえにふかくかなしきふえたけの
夜ごゑはたれととふひとも哉
0947 むつのをのよりめごとにぞかはにほふ
ひくをとめごのそでやふれつる
0948 たまのををあわをによりてむすべれば
たえてののちもあはむとぞおもふ
0949 あふことはたまのをばかりおもほえて
つらきこころのながくもあるかな
0950 ひとはいさおもひやすらんたまかづら
おもかげにのみいとど見えつつ
0951 ながからぬいのちのほどにわするるは
いかにみじかきこころなるらん
光孝天皇御製
0952 月のうちのかつらのえだをおもふとや
なみだのしぐれふるここちする
湯原王
0953 めには見て手にはとられぬ月のうちの
かつらのごときいもをいかにせん
貫之
0954 こぬひとを月になさばやむばたまの
夜ごとにわれはかげをだにみん
和泉式部
0955 さもあらばあれ雲井ながらも山のはに
いでいるよひの月とだに見ば
赤染衛門
0956 たのめつつこぬよはふともひさかたの
月をばひとのまつといへかし
大宰大弐高遠
0957 おもひやるこころもそらになりにけり
ひとりありあけの月をながめて
道信朝臣
0958 ものおもふに月見るごとはたえねども
ながめてのみもあかしつるかな
たのめわたりける女につかはしける
よみびとしらず
0959 あふことをたのめぬにだにひさかたの
月をながめぬよひはなかりき
返し 相模
0960 ながめつつ月にたのむるあふことを
くも井にてのみすぎぬべき哉
法性寺入道前関白内大臣に侍ける時、家に哥合し侍けるによめる
堀河院中宮上総
0961 こひわたるきみがくもゐの月ならば
およばぬ身にもかげはみてまし
月前恋といへるこころをよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
0962 こひしさのながむるそらにみちぬれば
月もこころのうちにこそすめ
千五百番哥合に
二条院讃岐
0963 ふけにけりこれやたのめし夜半ならん
月をのみこそまつべかりけれ
建保六年内裏哥合に
嘉陽門院越前
0964 あだびとをまつよふけゆくやまのはに
そらだのめせぬありあけの月
題しらず 正三位家隆
0965 あまをぶねはつかの月のやまのはに
いざよふまでも見えぬきみかな
殷富門院大輔
0966 まつひとはたれとねまちの月かげを
かたぶくまでにわれながむらん
権大納言家良
0967 ながらへてまたやは見むとまつよひを
おもひもしらずふくる月かな
後京極摂政家哥合に、待恋をよめる
藤原隆信朝臣
0968 こぬひとをなににかこたむやまのはの
月はまちいでてさ夜ふけにけり
建暦二年廿首哥たてまつりける、こひの哥
正三位家隆
0969 いけにすむおしあけがたのそらの月
そでのこほりになくなくぞ見る
旅恋といふこころをよみ侍ける
大蔵卿有家
0970 たびごろもかへすゆめぢはむなしくて
月をぞ見つるありあけのそら
百首哥に 式子内親王
0971 いかにせんゆめぢにだにもゆきやらぬ
むなしきとこのたまくらのそで
題しらず 大納言実家
0972 うちなげきいかにねし夜かとおもへども
ゆめにも見えでころもへにけり
左近中将公衡
0973 おもひねのわれのみかよふゆめぢにも
あひ見てかへるあかつきぞなき
参議雅経
0974 なげきわびぬるたまのをのよるよるは
おもひもたえぬゆめもはかなし
正三位家隆
0975 いかにせんしばしうちぬるほども哉
ひと夜ばかりのゆめをだに見む
殷富門院大輔
0976 如何せんいまひとたびのあふことを
ゆめにだに見てねざめずも哉
法橋顕昭
0977 つらきをもうきをもゆめになしはてて
あふ夜ばかりをうつつともがな
道因法師
0978 ゆめにさへあはずとひとの見えつれば
まどろむほどのなぐさめもなし
千五百番哥合に
二条院讃岐
0979 あはれあはれはかなかりけるちぎりかな
ただうたたねのはるの夜のゆめ
恋哥よみ侍けるに
藤原重頼女
0980 ちぎりしもみしもむかしのゆめながら
うつつがほにもぬるるそでかな
夏夜恋といふ心をよみ侍ける
按察使兼宗
0981 なつむしもあくるたのみのあるものを
けつかたもなきわがおもひかな
題しらず 権大納言家良
0982 しかのたつはやまのやみにともす火の
あはでいく夜をもえあかすらん
建保六年内裏哥合恋哥
権中納言定家
0983 あふことはしのぶのころもあはれなど
まれなるいろにみだれそめけむ
従三位範宗
0984 いかにせんねをなくむしのからごろも
ひともとがめぬそでのなみだを
題しらず 従三位顕兼
0985 おのれなくこころからにやうつせみの
はにおくつゆに身をくだくらん
前関白家哥合に、山家夕恋といへる心をよみ侍ける
正三位知家
0986 はしたかのとやまのいほのゆふぐれを
かりにもとだにちぎりやはする
建保三年内裏哥合に
藤原信実朝臣
0987 あづまぢのふしのしばやましばしだに
けたぬおもひにたつけぶりかな
心ならずなかたえにける女につかはしける
大宮入道内大臣
0988 ことうらのけぶりのよそにとしふれど
なほこりはてぬあまのもしほ木
家哥合に顕恋といへる心をよみ侍ける
後京極摂政前太政大臣
0989 そでのなみむねのけぶりはたれも見よ
きみがうき名のたつぞかなしき
題しらず 左近中将公衡
0990 ゆふけぶり野辺にも見えばつひにわが
きみにかへつるいのちとをしれ
京極前関白家哥合に恋のこころを
大納言忠教
0991 こひしなばきみゆゑとだにしられでや
むなしきそらのくもとなりなん
題しらず 土御門内大臣
0992 さだめなきかぜにしたがふうき雲の
あはれゆくへもしらぬこひかな
後京極摂政家哥合、寄雲恋のこころをひとにかはりてよみ侍ける
前大僧正慈円
0993 こひしぬる夜半のけぶりの雲とならば
きみがやどにやわきてしぐれむ
寄木恋 正三位家隆
0994 おもひかねながむればまたゆふひさす
のきばのをかのまつもうらめし
千五百番哥合に
按察使兼宗
0995 ひとごころこの葉ふりしくえにしあれば
なみだのかはもいろかはりけり
百首哥たてまつりける時
大炊御門右大臣
0996 つくづくとおつるなみだのかずしらず
あひ見ぬ夜半のつもりぬるかな
皇太后宮大夫俊成
0997 いかにせんあまのさかてをうちかへし
うらみても猶あかずもあるかな
待賢門院堀河
0998 うたがひしこころのうらのまさしさは
とはぬにつけてまづぞしらるる
題しらず 従三位範宗
0999 はるかなるほどはくも井の月日のみ
おもはぬなかにゆきめぐりつつ
こひのうたあまたよみ侍けるに
藤原資季朝臣
1000 いつはりのことのはなくはなにをかは
わすらるる世のかたみとも見む
千五百番哥合に
宮内卿
1001 つのくにのみつとないひそやましろの
とはぬつらさは身にあまるとも
源具親朝臣
1002 のちの世をたのむたのみもありなまし
ちぎりかはらぬわかれなりせば
題しらず 藤原永光
1003 のちのよといひてぞひとにわかれまし
あすまでとだにしらぬいのちを
津守経国
1004 あふことのいまいくとせのつき日へて
猶なかなかの身をもうらみむ
賀茂季保
1005 おなじ世に猶ありながらあふことの
むかしがたりになりにけるかな
希会恋といへる心をよみ侍ける
浄意法師
1006 せきかぬるなみだのつゆのたまのをの
たえぬもつらきちぎりなりけり
右衛門督為家、百首哥よませ侍ける、こひのうた
下野
1007 かたいとのあはずはさてやたえなまし
ちぎりぞ人のながきたまのを
関白左大臣家百首哥、逢不遇恋
従三位範宗
1008 としをへてあふことは猶かたいとの
たがこころよりたえはじめけん
恋十首哥よみ侍ける時
権中納言定家
1009 たれもこのあはれみじかきたまのをに
みだれてものをおもはずも哉
百首哥よみ侍ける、逢不遇恋
後京極摂政前太政大臣
1010 うつろひしこころのはなにはるくれて
人もこずゑにあきかぜぞふく
建保六年内裏哥合に
前関白
1011 めのまへにかぜもふきあへずうつりゆく
こころのはなもいろは見えけり
中納言定頼、心のうちを見せたらばと申て侍ければよめる
よみ人しらず
1012 あだびとのこころのうちを見せたらば
いとどつらさのかずやまさらん
謙徳公蔵人少将に侍ける時、臨時祭舞人にて雪のいたくふり侍れば、もの見けるくるまのまへにうちよりて、これはらひてと申ければ
1013 なににてかうちもはらはむきみこふと
なみだにそではくちにしものを
おなじ人、まひびとにて、ちかくたちたるくるまのまへをすぎ侍ければ
本院侍従
1014 すりごろもきたるけふだにゆふだすき
かけはなれてもいぬるきみ哉
雪ふり侍ける夜、按察使更衣につかはしける
天暦御製
1015 ふゆの夜のゆきとつもれるおもひをば
いはねどそらにしりやしぬらん
御返し 更衣正妃
1016 ふゆの夜のねざめにいまはおきて見む
つもれるゆきのかずをたのまば
女につかはしける
中納言朝忠
1017 ながれての名にこそありけれわたり河
あふせありやとたのみける哉
題しらず 光孝天皇御製
1018 やまがはのはやくもいまもおもへども
ながれてうきはちぎりなりけり
夜ふけてつまどをたたき侍けるに、あけ侍らざりければ、あしたにつかはしける
法成寺入道前摂政太政大臣
1019 夜もすがらくひなよりけになくなくぞ
まきのとぐちにたたきわびぬる
返し 紫式部
1020 ただならじとばかりたたくくひなゆゑ
あけてはいかにくやしからまし
題しらず 相模
1021 我もおもふきみもしのぶるあきの夜は
かたみにかぜのおとぞ身にしむ
貫之
1022 はなならで花なるものはしかすがに
あだなるひとのこころなりけり
新勅撰和謌集巻第十六
雑哥一
はるのはじめ、うぐひすのおそくなき侍ければ
選子内親王
1023 やまざとのはなのにほひのいかなれや
かをたづねくるうぐひすのなき
題しらず 禎子内親王家摂津
1024 ゆきふかきみやまのさとにすむひとは
かすむそらにやはるをしるらん
式子内親王
1025 ゆききえてうらめづらしきはつくさの
はつかにのべもはるめきにけり
わかくさをよみ侍ける
入道二品親王道助
1026 かすがのにまだもえやらぬわかくさの
けぶりみじかきをぎのやけはら
前大僧正慈円
1027 むさしののはるのけしきもしられけり
かきねにめぐむくさのゆかりに
題しらず 殷富門院大輔
1028 いのちありてあひ見むこともさだめなく
おもひしはるになりにけるかな
千五百番哥合に
二条院讃岐
1029 さかぬまははなと見よとやみよしのの
やまのしらゆききえがてにする
題しらず 按察使隆衡
1030 かすみしくわがふるさとよさらぬだに
むかしのあとは見ゆるものかは
権大納言家良
1031 みよしののやまのはかすむはるごとに
身はあらたまのとしぞふりゆく
関白左大臣家百首哥よみ侍けるに、かすみをよめる
中宮少将
1032 さびしさのましばのけぶりそのままに
かすみをたのむはるのやまざと
寿永のころほひ、梅花をよみ侍ける
土御門内大臣
1033 ここのへにかはらぬむめのはなみてぞ
いとどむかしのはるはこひしき
前関白内大臣に侍ける時、百首哥よませ侍けるに、庭梅をよめる
源信定朝臣
1034 やどからぞむめのたちえもとはれける
あるじもしらずなににほふらん
題しらず 下野
1035 ありあけの月はなみだにくもれども
見し世ににたるむめのかぞする
行念法師
1036 むめがかのたがさとわかずにほふ夜は
ぬしさだまらぬはるかぜぞふく
百首哥よみ侍ける、春哥
侍従具定
1037 はるの月かすめるそらのむめがかに
ちぎりもおかぬ人ぞまたるる
土御門院哥合に春月をよみ侍ける
承明門院小宰相
1038 おほかたのかすみにつきぞくもるらん
ものおもふころのながめならねば
東山にこもりゐてのち、花を見侍て
前大納言忠良
1039 おもひすててわが身ともなき心にも
猶むかしなるやまざくら哉
西園寺にて三十首哥よみ侍ける、春哥
入道前太政大臣
1040 やまざくらみねにもをにもうゑおかん
見ぬよのはるを人やしのぶと
故郷花といへる心をよみ侍ける
祝部成茂
1041 はるをへてしかのはなぞのにほはずは
なにかみやこのかたみならまし
題しらず 如願法師
1042 あだなりとなにうらみけむやまざくら
はなぞみしよのかたみなりける
世をのがれて葉むろといふ山ざとにこもりゐて侍けるに、花を見てよみ侍ける
前大納言光頼
1043 いざや猶はなにもそめしわがこころ
さてもうき世にかへりもぞする
二条院御時、殿上のふだのそがれて侍けるころ、臨時祭の舞人にて南殿の花を見て、内侍丹波かもとにつかはしける
藤原隆信朝臣
1044 わするなよなれし雲井のさくらばな
うき身は春のよそになるとも
世をのがれてのち、栖霞寺にまうでてかへり侍けるに、大内の花のこずゑさかりに見え侍けるを、しのびてうかがひ見侍て、頼政卿許につかはしける
皇太后宮大夫俊成
1045 いにしへのくも井のはなにこひかねて
身をわすれても見つるはるかな
返し 従三位頼政
1046 雲井なるはなもむかしをおもひいでば
わするらむ身をわすれしもせじ
浄名院といふ所のぬし身まかりにけるのち、花を見てよみ侍ける
宋延法師
1047 うゑおきてむかしがたりになりにける
ひとさへをしきはなのいろかな
はなを見てよみ侍ける
平重時
1048 としごとに見つつふる木のさくらばな
わがよののちはたれかをしまん
源光行
1049 身のうさをはなにわするるこのもとは
はるよりのちのなぐさめぞなき
題しらず 藤原頼氏朝臣
1050 しがらきのそまやまざくらはるごとに
いくよみや木にもれてさくらん
花哥よみ侍けるに
前大僧正慈円
1051 よしのやま猶しもおくにはなさかば
又あくがるる身とやなりなん
落花をよみ侍ける
入道前太政大臣
1052 はなさそふあらしのにはのゆきならで
ふりゆくものはわが身なりけり
閑居花といへるこころをよみ侍ける
按察使兼宗
1053 いとどしくはなもゆきとぞふるさとの
にはのこけぢはあとたえにける
題しらず 侍従具定母
1054 めぐりあはむわがかねごとのいのちだに
こころにかなふはるのくれかは
藤原信実朝臣
1055 くれてゆくそらをやよひのしばしとも
はるのわかれはいふかひもなし
太皇太后宮大弐、四月にさきたるさくらををりてつかはして侍ければ
京極前関白家肥後
1056 はるはいかにちぎりおきてかすぎにしと
おくれてにほふはなにとはばや
四月まつりの日、あふひにつけて女につかはしける
藤原顕総朝臣
1057 おもひきやそのかみやまのあふひぐさ
かけてもよそにならんものとは
題しらず 相模
1058 あとたえて人もわけこぬなつくさの
しげくもものをおもふころ哉
ゆふづくよをかしきほどにくひなのなき侍ければ
上東門院小少将
1059 あまのとの月のかよひぢささねども
いかなるかたにたたくくひなぞ
返し 紫式部
1060 まきのともささでやすらふ月かげに
なにをあかずとたたくくひなぞ
やしなひ侍けるむすめに、五月五日くすだまたてまつらせ侍けるに、かはりてよみ侍ける
右近大将道綱母
1061 かくれぬにおひそめにけるあやめ草
ふかきしたねはしる人もなし
御返し 東三条院
1062 あやめぐさねにあらはるるけふこそは
いつかとまちしかひもありけれ
おもふこと侍けるころ
権中納言定頼
1063 さみだれののきのしづくにあらねども
うき世にふればそでぞぬれける
さみだれをよみ侍ける
藤原行能朝臣
1064 みしま江のたまえのまこもかりにだに
とはでほどふる五月雨のそら
夏月をよめる
藤原親康
1065 わすれてはあきかとぞおもふかたをかの
ならのはわけていづる月かげ
初秋のこころをよみ侍ける
祝部成茂
1066 ふくかぜにをぎのうはばのこたへずは
あきたつけふをたれかしらまし
権少僧都良仙
1067 世をいとふすみかはひとにしられねど
をぎのはかぜはたづねきにけり
兵部卿成実よませ侍ける、荻風といふ心を
藤原信実朝臣
1068 なほざりのおとだにつらきをぎの葉に
ゆふべをわきてあきかぜぞふく
題しらず 源季広
1069 かりがねのこゑせぬ野辺を見てしがな
こころとはぎのはなはちるやと
実方朝臣、承香殿のおまへのすすきをむすびて侍ける、たれならむとて女房のよみ侍ける
よみ人しらず
1070 あきかぜのこころもしらずはなすすき
そらにむすべる人はたれぞも
殿上人返しせむなど申けるほどに、まゐりあひてよみ侍ける
実方朝臣
1071 かぜのまにたれむすびけんはなすすき
うは葉のつゆもこころおくらし
円融院御出家ののち、八月ばかりひろさはにわたらせ給ける御ときに、左右大将つかうまつりてひとつくるまにてかへり侍けるに
按察使朝光 于時左大将
1072 あきの野をいまはとかへるゆふぐれは
なくむしのねぞかなしかりける
返し 左近大将済時 于時右大将
1073 むしのねにわがなみださへおちそはば
のはらのつゆのいろやかはらん
後朱雀院御時、祐子内親王ふぢつぼにかはらずすみ侍けるに、月くまなき夜、女房むかし思ひいでてながめ侍けるほど、梅壺女御まうのぼり侍けるおとなひをよそにきき侍て
菅原孝標女
1074 あまのとをくも井ながらもよそに見て
むかしのあとをこふる月かな
五十首哥よみ侍ける時
仁和寺二品法親王守覚
1075 むかしおもふなみだのそこにやどしてぞ
月をばそでのものとしりぬる
題しらず 鎌倉右大臣
1076 あさぢはらぬしなきやどの庭のおもに
あはれいく世の月かすみけん
1077 おもひいでてむかしをしのぶそでのうへに
ありしにもあらぬ月ぞやどれる
月前懐旧といへる心をよみ侍ける
入道前太政大臣
1078 ながめつる身にだにかはる世中に
いかでむかしの月はすむらん
家に五十首哥よみ侍ける時
入道二品親王道助
1079 このさとはたけの葉わけてもる月の
むかしの世よのかげをこふらし
元暦のころほひ、賀茂重保人々の哥すすめ侍て、社頭哥合し侍けるに、月をよめる
権中納言定家
1080 しのべとやしらぬむかしのあきをへて
おなじかたみにのこる月かげ
秋座禅のついで、夜もすがら月を見侍て、さとわかぬかげもわが身ひとつの心地し侍ければ
高弁上人
1081 月かげはいづれのやまとわかずとも
すますみねにやすみまさるらん
のちにこのうたを見せ侍ければよめる
法印超清
1082 いかばかりその夜の月のはれにけむ
きみのみやまはくもものこらじ
世をのがれて高野の山にすみ侍ける時よめる
参議成頼
1083 たかのやまおくまでひとのとひこずは
しづかに峯の月は見てまし
題しらず 西行法師
1084 あらはさぬわがこころをぞうらむべき
月やはうときをばすてのやま
法印慶忠
1085 身につもる老ともしらでながめこし
月さへかげのかたぶきにける
正三位家隆
1086 老ぬればことしばかりとおもひこし
またあきの夜の月を見るかな
源家長朝臣
1087 わすれじのゆくすゑかたきよの中に
むそぢなれぬるそでの月かげ
寂延法師
1088 いくあきをなれても月のあかなくに
のこりすくなき身をうらみつつ
侍従具定母
1089 はらひかねくもるもかなしそらの月
つもればおいのあきのなみだに
殷富門院大輔
1090 いまはとて見ざらむあきのそらまでも
おもへばかなし夜半の月かげ
楽府を題にて哥よみ侍けるに、陵園妾の心をよめる
源光行
1091 とぢはつるみやまのおくのまつの戸を
うらやましくもいづる月かな
巫陽台のこころをよみ侍ける
素俊法師
1092 わきてなどゆふべのあめとなりにけん
まつだにおそきやまのはの月
故郷月といへる心をよめる
法印道清
1093 たかまどのをのへのみやの月のかげ
たれしのべとてかはらざるらん
題しらず 如願法師
1094 このさとはしぐれにけりなあきのいろの
あらはれそむるみねのもみぢば
藤原基綱
1095 さほやまのははそのもみぢいたづらに
うつろふあきはものぞかなしき
行念法師
1096 たつたやまもみぢのにしきをりはへて
なくといふとりのしものゆふしで
明年叙爵すべく侍ける秋、うへのをのこどもふぢつぼのもみぢ見侍けるに、まかりてよみ侍ける
藤原永光
1097 ひとはみなのちのあきともたのむらん
けふをわかれとちるもみぢかな
高倉院御時、ふちつぼのもみぢゆかしきよし申けるひとに、むすびたるもみぢをつかはしける
建礼門院右京大夫
1098 ふくかぜも枝にのどけきみよなれば
ちらぬもみぢのいろをこそ見れ
前関白内大臣に侍ける時、家に百首哥よみ侍ける、暮秋哥
源有長朝臣
1099 もみぢばのちりかひくもるゆふしぐれ
いづれかみちとあきのゆくらん
建保三年五月哥合に、暁時雨といへる心をよみ侍ける
権大納言忠信
1100 あかつきとうらみし人はかれはてて
うたてしぐるるあさぢふのやど
高階家仲
1101 むら雲はまだすぎはてぬとやまより
しぐれにきほふありあけの月
題しらず 源泰光朝臣
1102 かくてよにわが身しぐれはふりはてぬ
おいそのもりのいろもかはらで
冬哥よみ侍けるに
相模
1103 この葉ちるあらしのかぜのふくころは
なみださへこそおちまさりけれ
なげくこと侍けるころ、もみぢのちるを見てよみ侍ける
前大納言公任
1104 もみぢにもあめにもそひてふるものは
むかしをこふるなみだなりけり
ふゆころさとにいでて、大納言三位につかはしける
紫式部
1105 うきねせしみづのうへのみこひしくて
かものうはげにさえぞおとらぬ
返し 従三位廉子
1106 うちはらふともなきころのねざめには
つがひしをしぞ夜はにこひしき
題しらず さがみ
1107 ふゆの夜をはねもかはさずあかすらん
とほやまどりぞよそにかなしき
六条右大臣、小忌宰相にて侍けるあしたにつかはしける
康資王母
1108 をみごろもかへらぬものとおもはばや
ひかげのかづらけふはくるとも
返し 六条右大臣
1109 かへりてぞくやしかりけるをみごろも
そのひかげのみわすれがたさに
新嘗会をよみ侍ける
中納言家持
1110 あしひきの山したひかげかづらなる
うへにやさらにむめをしのばむ
百首哥に
式子内親王
1111 あまつかぜ氷をわたるふゆの夜の
をとめのそでをみがく月かげ
五節のころ、権中納言定頼内にさぶらひけるにつかはしける
よみびとしらず
1112 ひかげさすくものうへにはかけてだに
おもひもいでじふるさとの月
なげくこと侍てこもりゐて侍けるゆきのあした、皇太后宮大夫俊成許につかはしける
左近中将公衡
1113 ふゆごもりあとかきたえていとどしく
ゆきのうちにぞたき木つみける
題しらず 伊勢大輔
1114 わすられてとしくれはつるふゆ草の
かれははひともたづねざりけり
年のくれにことをかきならして、そらもはるめきぬるにやと侍ければ
選子内親王家宰相
1115 ことのねをはるのしらべにひくからに
かすみて見ゆるそらめなるらん
返し 選子内親王
1116 ことのねのはるのしらべにきこゆれば
かすみたなびくそらかとぞおもふ
題しらず 殷富門院大輔
1117 ほのかにもかきねのむめのにほふかな
となりをしめてはるはきにけり
入道親王家にて、冬花といふ心をよみ侍ける
法印覚寛
1118 けふよりやおのがはるべとしらゆきの
ふるとしかけてさけるむめがえ
としのくれの心をよみ侍ける
寂延法師
1119 いかだしのこすてにつもるとしなみの
けふのくれをもしらぬはかなさ
行念法師
1120 ゆくとしをしらぬいのちにまかせても
あすをありとやはるをまつらん
寂超法師
1121 ゆきつもるやまぢのふゆをかぞふれば
あはれわが身のふりにけるかな
題しらず
相模
1122 かぞふればとしのをはりになりにけり
わが身のはてぞいとどかなしき
新勅撰和歌集巻第十七
雑哥二
題しらず 業平朝臣
1123 わがそではくさのいほりにあらねども
くるればつゆのやどりなりけり
1124 おもふこといはでぞただにやみぬべき
われとひとしきひとしなければ
よみ人しらず
1125 あさなけに世のうきことをしのぶとて
なげきせしまにとしぞへにける
和泉式部
1126 さらにまたものをぞおもふさならでも
なげかぬときのある身ともなく
1127 いかにせんあめのしたこそすみうけれ
ふればそでのみまなくぬれつつ
さがみ
1128 あさぢはら野わきにあへるつゆよりも
なほありがたき身をいかにせむ
1129 こふれどもゆきもかへらぬいにしへに
いまはいかでかあはむとすらん
俊頼朝臣
1130 こひしともいはでぞおもふたまきはる
たちかへるべきむかしならねば
堀河院に百首哥たてまつりける時
基俊
1131 いにしへをおもひいづるのかなしきは
なけどもそらにしる人ぞなき
成尋、宋朝にわたり侍けるをなげきてよみ侍ける
成尋法師母
1132 なげきつつわが身はなきになりはてぬ
いまはこの世をわすれにし哉
述懐心をよみ侍ける
鎌倉右大臣
1133 おもひいでてよるはすがらにねをぞなく
ありしむかしのよよのふること
1134 世にふればうきことの葉のかずごとに
たえずなみだのつゆぞおきける
百首哥中に述懐
惟明親王
1135 なべて世のならひとびとやおもふらん
うしといひてもあまるなみだを
題しらず 前大納言忠良
1136 かすがやまいまひとたびとたづねきて
みち見えぬまでふるなみだ哉
皇太后宮大夫俊成
1137 かすがやまいかにながれしたにみづの
すゑをこほりのとぢはてつらん
1138 よもの海をすずりのみづにつくすとも
わがおもふことはかきもやられじ
源師光
1139 ゆくすゑにかからん身ともしらずして
わがたらちねのおほしたてけん
としわかく侍ける時、はじめて百首哥よみ侍ける、述懐哥
前大僧正慈円
1140 さしはなれみかさのやまをいでしより
身をしるあめにぬれぬひぞなき
題しらず 大僧正行尊
1141 かばかりとおもひはてにし世中に
なにゆゑとまるこころなるらん
僧正行意
1142 いたづらによそぢのさかはこえにけり
みやこもしらぬながめせしまに
如願法師
1143 なみだもてたれかおりけむからころも
たちてもゐてもぬるるそでかな
藤原光俊朝臣
1144 しのぶるもわがことわりといひながら
さてもむかしととふひとぞなき
寿永のころほひ、おもふゆゑや侍けん、ひとにつかはしける
後徳大寺左大臣
1145 あらきかぜふきやをやむとまつほどに
もとのこころのとどこほりぬる
右大臣に侍ける時、百首哥よみ侍けるに、述懐の哥
後法性寺入道前関白太政大臣
1146 いにしへのこひしきたびにおもふかな
さらぬわかれはげにうかりけり
述懐の心をよみ侍ける
左近中将公衡
1147 身のはてよいかにかならん人しれぬ
こころにはつる心ならずは
題しらず 後京極摂政前太政大臣
1148 さてもさはすまばすむべき世中に
人のこころのにごりはてぬる
寂蓮法師
1149 さてもまたいくよかはへん世中に
うき身ひとつのおきどころなさ
文集、天可度のこころをよみ侍ける
藤原行能朝臣
1150 わたつうみのしほひにたてるみをつくし
人のこころぞしるしだになき
しばし世をのがれて大原山いひむろのたになどにすみわたり侍けるころ、熊野御幸の御経供養の導師のがれがたきもよほし侍て、みやこにいで侍けるに、しぐれのし侍ければ、よかはの木のかげにたちよりてよみ侍ける
法印聖覚
1151 もろともにやまべをめぐるむらしぐれ
さてもうきよにふるぞかなしき
題しらず 平泰時
1152 世中にあさはあとなくなりにけり
こころのままのよもぎのみして
高倉院御時、つたへそうせさすること侍けるに、かきそへて侍ける
西行法師
1153 あととめてふるきをしたふ世ならなん
いまもありへばむかしなるべし
1154 たのもしなきみきみにます時にあひて
こころのいろをふでにそめつる
醍醐の山にのぼりて、延喜の御願寺ををがみてよみ侍ける
中原師季
1155 名をとむる世々はむかしにたえねども
すぐれしあとぞみるもかしこき
内大臣に侍ける時、家百首哥に述懐の心を
前関白
1156 河波をいかがはからんふなびとの
とわたるかぢのあとはたえねど
をのこども述懐哥つかうまつりけるついでに
御製
1157 くりかへししづのをだまきいくたびも
とほきむかしをこひぬひぞなき
述懐のこころをよみ侍ける
内大臣
1158 いかさまにちぎりおきてしみかさ山
かげなびくまで月を見るらん
定家、少将になり侍て月あかき夜、よろこび申侍けるを見侍て、あしたにつかはしける
権中納言定家母
1159 みかさやまみちふみそめし月かげに
いまぞこころのやみははれぬる
千五百番哥合に
二条院讃岐
1160 かげたけてくやしかるべき秋の月
やみぢちかくもなりやしぬらん
1161 のちのよの身をしるあめのかきくもり
こけのたもとにふらぬひぞなき
源為相、一臈蔵人にてかうぶりのほどちかくなり侍けるによみ侍ける
道信朝臣
1162 雲のうへのつるのけごろもぬぎすてて
さはにとしへむほどのひさしさ
頭中将に侍ける、宰相になりて、内よりいで侍て、ないしのかみのもとにつかはしける
謙徳公
1163 おりきつるくものうへのみこひしくて
あまつそらなるここちこそすれ
蔵人にてかうぶりたまはりて、いかがおもふとおほせごと侍ければ
藤原相如
1164 としへぬるくもゐはなれてあしたづの
いかなるさはにすまむとすらん
きこしめしておほせられ侍ける
円融院御製
1165 あしたづのくものうへにしなれぬれば
さはにすむともかへらざらめや
行幸にまゐりて、大将にて年ひさしくなり侍ぬることを、心のうちにおもひつづけ侍ける
内大臣
1166 わすれめやつかひのをさをさきだてて
わたるみはしににほふたちばな
おいののち、ひさしくしづみ侍て、はからざるほかにつかさたまはりて、外記のまつりごとにまゐりていで侍けるに
権中納言定家
1167 をさまれるたみのつかさのみつぎもの
ふたたびきくもいのちなりけり
関白左大臣家百首哥よみ侍ける、眺望哥
1168 ももしきのとのへをいづるよひよひは
またぬにむかふ山のはの月
建保四年百首哥たてまつりけるに
参議雅経
1169 うれしさもつつみなれにしそでに又
はてはあまりの身をぞうらむる
日吉のやしろにて、述懐心をよみ侍ける
従三位知家
1170 あふさかのゆふつけどりもわがごとや
こえゆくひとのあとになくらん
暁哥とてよみ侍ける
前中納言匡房
1171 まどろまでものおもふやどのながき夜は
とりのねばかりうれしきはなし
按察使隆衡
1172 かねのおとをなにとてむかしうらみけむ
いまはこころもあけがたのそら
参議雅経
1173 身のうへにふりゆくしものかねのおとを
ききおどろかぬあかつきぞなき
藤原宗経朝臣
1174 あかつきのかねぞあはれをうちそふる
うき世のゆめのさむるまくらに
遠鐘幽といへる心を
入道二品親王助道
1175 はつせ山あらしのみちのとほければ
いたりいたらぬかねのおとかな
暁述懐の心をよみ侍ける
正三位家隆
1176 おもふことまだつきはてぬながき夜の
ねざめにまくるかねのおとかな
法印覚寛
1177 身のうさをおもひつづけぬあかつきに
おくらんつゆのほどをしらばや
題しらず 俊頼朝臣
1178 なにとなくくち木のそまの山くだし
くだすひぐれはねぞなかれける
寂然法師
1179 つくづくとむなしきそらをながめつつ
いりあひのかねにぬるるそでかな
法橋行賢
1180 つくづくとくるるそらこそかなしけれ
あすもきくべきかねのおとかは
前参議俊憲
1181 あすもありとおもふこころにはかられて
けふをむなしくくらしつるかな
源光行
1182 あすもあらばけふをもかくやおもひいでん
きのふのくれぞむかしなりける
家五十首哥閑中灯
入道二品親王道助
1183 これのみとともなふかげもさよ夜けて
ひかりぞうすきまどのともし火
従三位範宗
1184 ながき夜のゆめぢたえゆくまどのうちに
猶のこりける秋のともし火
述懐哥のなかによみ侍ける
侍従具定
1185 あつめこしほたるもゆきもとしふれど
身をばてらさぬひかりなりけり
方磐をうち侍けるが、おいののち、すたれておぼえ侍ければよめる
上西門院武蔵
1186 ふけにけるわが世のほどのかなしきは
かねのこゑさへうちわすれつつ
題しらず さがみ
1187 月かげをこころのうちにまつほどは
うはのそらなるながめをぞする
1188 しもこほるふゆのかはせにゐるをしの
うへしたものをおもはずもがな
俊頼朝臣
1189 なにはがたあしまのこほりけぬがうへに
ゆきふりかさぬおもしろの身や
1190 ながれあしのうきことをのみみしま江に
あととどむべきここちこそせね
僧正円玄やまひにしづみてひさしく侍ける時、よみ侍ける
権大僧都経円
1191 のりのみちをしへしやまは霧こめて
ふみみしあとに猶やまどはん
文治のころほひ、ちちの千載集えらび侍し時、定家がもとに哥つかはすとてよみ侍ける
尊円法師
1192 わがふかくこけのしたまでおもひおく
うづもれぬ名はきみやのこさん
おなじ時よみ侍ける
荒木田成長
1193 かきつむるかみぢのやまのことの葉の
むなしくくちむあとぞかなしき
寿永二年、おほかたの世しづかならず侍しころ、よみおきて侍ける哥を、定家がもとにつかはすとて、つつみがみにかきつけ侍し
平行盛
1194 ながれての名だにもとまれゆくみづの
あはれはかなき身はきえぬとも
題しらず 法眼宗円
1195 わかのうらにしられぬあまのもしほぐさ
すさびばかりにくちやはてなん
行念法師
1196 もしほぐさかきおくあとやいかならん
わが身によらぬわかのうらなみ
西行法師、自哥を哥合につかひ侍て、判の詞あつらへ侍けるに、かきそへてつかはしける
皇太后宮大夫俊成
1197 ちぎりおきしちぎりのうへにそへおかむ
わかのうらぢのあまのもしほ木
返し 西行法師
1198 若の浦にしほ木かさぬるちぎりをば
かけるたくものあとにてぞ見る
源氏の物語をかきておくにかきつけられて侍ける
従一位麗子
1199 はかもなきとりのあととはおもふとも
わがすゑずゑはあはれとを見よ
題しらず 和泉式部
1200 はるやくるはなやさくともしらざりき
たにのそこなるむもれ木の身は
貫之
1201 はるやいにしあきやはくらんおぼつかな
かげのくち木とよをすぐす身は
なげくこと侍ける時、述懐哥
後京極摂政前太政大臣
1202 かずならばはるをしらましみやま木の
ふかくやたににむもれはてなん
1203 くもりなきほしのひかりをあふぎても
あやまたぬ身を猶ぞうたがふ
ひとりおもひをのべ侍けるうた
鎌倉右大臣
1204 やまはさけうみはあせなん世なりとも
きみにふたごころわがあらめやも
新勅撰和謌集巻第十八
雑哥三
世をのがれてのち、四月一日、法服袈裟をみ侍て
法成寺入道前摂政太政大臣
1205 けさかふるなつのころもはとしをへて
たちしくらゐのいろぞことなる
返し 従一位倫子
1206 まだしらぬころものいろをたちかへて
きみがためにと見るぞかなしき
少将高光、横川にのぼりて出家し侍ける時、ふすまてうじてたまはせける、御哥
天暦中宮
1207 つゆしものよひあかつきにおくなれば
とこにやきみがふすまなからん
高光、横川にすみ侍けるに、とぶらひまかりてよみ侍ける
東三条入道摂政太政大臣
1208 きみがすむよかはのみづやまさるらん
なみだのあめのやむ世なければ
おなじ時、恒徳公兵衛佐に侍ける、かはりの少将になり侍て、よろこびに大納言のもとにまうできて侍けるを見てよみ侍ける
大納言師氏女 高光妻
1209 それと見るおなじみかさの山の井の
かげにもそでのぬれまさるかな
左近中将成信、三井寺にまかりて出家し侍にけるに、装束つかはすとて袈裟にむすびつけ侍ける
一条左大臣室
1210 けさのまもみねばなみだもとどまらず
きみがやまぢにさそふなるべし
母のやまひおもくなり侍て、いむことうけ侍けるに、きせて侍ける袈裟を、身まかりてのち見つけてよみ侍ける
右近大将道綱母
1211 はちす葉のたまとなるらんとおもふにも
そでぬれまさるけさのつゆかな
伊勢集をかきて、人のもとにつかはすとてよめる
中務
1212 なきひとのことのはうつすみづぐきは
かきもやられずそでぞぬれける
とし子とものがたりして、世のはかなきことなど申てよみ侍ける
大納言清蔭
1213 いひつつも世ははかなきをかたみには
あはれといかできみに見えまし
後一条院のきさいの宮かくれさせたまひにけるとしのくれ、かのみやにまゐりてよみ侍ける
権大納言長家
1214 はるたつときくにももののかなしきは
ことしのこぞになればなりけり
返し 出羽弁
1215 あたらしきとしにそへてもかはらねば
こふるこころぞかたみなりける
九条右大臣かくれ侍にけるとし、新嘗会のころ、内の女房につかはしける
藤原高光
1216 しもがれのよもぎのかどにさしこもり
けふのひかけを見ぬぞかなしき
後高倉院かくれさせたまうてのち、参議雅清出家し侍て、たふのみねにすみ侍ける、あからさまに京にまかりいでたるよしききてつかはしける
内大臣
1217 こころこそうき世のほかにいでぬとも
みやこをたびといつならふらん
返し 左近中将雅清
1218 まよひこしゆめぢのやみをいでぬれば
みやこはよそのすみぞめのそで
嘉承のころほひ、あけくれおもひなげきてよみ侍ける哥の中に
権中納言国信
1219 きみこふとくさ葉のしもの世とともに
おきてもねてもねこそなかるれ
1220 かぎりとてたきぎつきにしのべなれば
あさぢふみわけとはぬひぞなき
1221 あさゆふになげきをすまにやくしほの
からくけぶりにおくれにしかな
おなじころ、香隆寺にまゐりて、もみぢを見てよみ侍ける
堀河院讃岐典侍
1222 いにしへをこふるなみだにそむればや
もみぢもふかきいろまさるらん
貞信公かくれ侍てのち、かの家にまかりてよみ侍ける
九条右大臣
1223 ゆきかへり見ればむかしのあとながら
たのみしかげぞとまらざりける
天暦八年、おほきさいの宮かくれさせたまうて、五七日御誦経せさせ侍けるくしのはこのかげこのしたにいれ侍ける
1224 ゆめかとてあけて見たればたまくしげ
いまはむなしき身にこそありけれ
式部卿敦慶のみこ、かくれ侍にけるはるよみ侍ける
中納言兼輔
1225 さきにほひかぜまつほどのやまざくら
人の世よりはひさしかりけり
後冷泉院の御ぶくに侍けるころ、花たちばなを女房のもとにつかはしける
大納言忠家
1226 いとどしくはなたちばなのかをるかに
そめしかたみのそではぬれつつ
題しらず つらゆき
1227 きのふまであひみしひとのけふなきは
やまのくもとぞたなびきにける
人麿
1228 みよしののみふねのやまにたつくもの
つねにあらむとわがおもはなくに
内わたりのざうしに、のべといふわらはにつたへて、ふみなどつかはしけるに、のべ身まかりにけるあきよみ侍ける
謙徳公
1229 しらつゆはむすびやするとはなすすき
とふべきのべも見えぬあき哉
題しらず 相模
1230 あさがほのはなにやどれるつゆの身は
のどかにものをおもふべきかは
後京極摂政前太政大臣
1231 をはりおもふすまひかなしきやまかげに
たまゆらかかるあさがほのはな
入道前太政大臣
1232 はやせがはわたるふなびとかげをだに
とどめぬみづのあはれ世中
前大僧正慈円
1233 とりべやま夜半のけぶりのたつたびに
ひとのおもひやいとどそふらん
俊恵法師
1234 とりべやまこよひもけぶりたつめりと
いひてながめし人もいづらは
源有房朝臣
1235 ほどもなくひまゆくこまを見ても猶
あはれひつじのあゆみをぞおもふ
正三位家隆
1236 はかなくもけふのいのちをたのむかな
きのふをすぎし心ならひに
前大納言忠良
1237 かなしさは見るたびごとにますかがみ
影だになどかとまらざりけむ
1238 なげくなよこれはうきよのならひぞと
なぐさめおきしことぞかなしき
従三位能子かくれ侍にける秋、月を見てよみ侍ける
入道前太政大臣
1239 あはれなどまた見るかげのなかるらん
くもがくれても月はいでけり
なきひとびとを思いでてよみ侍ける
八条院高倉
1240 かずかずにただめのまへのおもかげの
あはれいくよにとしのへぬらん
公守朝臣母身まかりにける時、左大臣のもとにつかはしける
大納言実家
1241 さても猶とふにもさめぬゆめなれど
おどろかさではいかがやむべき
返し 後徳大寺左大臣
1242 おもへただゆめかうつつかわきかねて
あるかなきかになげくこころを
参議通宗朝臣身まかりてのち、つねにかきかはし侍けるふみを、母のこひ侍ければ、つかはすとてよみ侍ける
大納言通具
1243 身にそへてこれをかたみとしのぶべき
あとさへいまはとまらざりけり
皇嘉門院かくれさせ給にけるのちの春、高倉院の御はてすぎ侍にけるのち、俊成卿許につかはしける
後法性寺入道前関白太政大臣
1244 とへかしな世のすみぞめはかはれども
われのみふかきいろやいかにと
母のおもひにて北山に侍ける時よみ侍ける
内大臣
1245 しらたまはからくれなゐにうつろひぬ
こずゑもしらぬそでのしぐれに
周忌はててよみ侍ける
1246 なごりなきけふはきのふをしのべども
たつおもかげははつるひもなし
やまひにしづみ侍けるころ、新少将身まかりぬとききて、素覚法師がもとにつかはしける
賀茂重保
1247 あさがほのつゆのわが身をおきながら
まづきえにける人ぞかなしき
後京極摂政かくれ侍にける時よみ侍ける
藤原親康
1248 うつつのみゆめとは見えておのづから
ぬるがうちにはなぐさめもなし
賀茂重保身まかりてのち、つねにうたよみ侍けるものどもあとにまかりあひて、遇友恋友といへるこころをよみ侍けるによめる
覚盛法師
1249 うちむれてたづぬるやどはむかしにて
おもかげのみぞあるじなりける
世をのがれてのち、水辺述懐といふ心をよみ侍ける
藤原親盛
1250 かはりゆくかげにむかしをおもひいでて
なみだをむすぶ山の井のみづ
題しらず 前大納言光頼
1251 ゆくひとのむすぶににごるやまの井の
いつまですまむこのよなるらん
おいののち母の身まかりにけるによみ侍ける
法印覚寛
1252 とまりゐる身もおいらくののちなれば
さらぬわかれぞいとどかなしき
後高倉院かくれさせたまうて、としどしすぎ侍ぬることをおもひてよみ侍ける
平信繁
1253 おくれじとなげきながらにとしもへぬ
さだめなき世は名のみなりけり
おいののち、述懐哥よみ侍けるに
能蓮法師
1254 おくれゐてしなぬいのちをうらみにて
あはれかなしき世のわかれかな
入道大納言のおもひに侍ける時よみ侍ける
左近中将基良
1255 物ごとにわすれがたみをとどめおきて
なみだのたゆむときのまぞなき
僧正範玄身まかりて、あとに侍りけるものども、たのむかたなきよし申て、まかりちり侍ける時よめる
法印円経
1256 いかにせんたのむこかげのかれしより
すゑばにとまるつゆだにもなし
小侍従身まかりにける時よみ侍ける
法印昭清
1257 うらむべきよはひならねどかなしきは
わかれてあはぬうきよなりけり
大神基賢が身まかりにける時、誦経せさせ侍けるによみ侍ける
中院右大臣家夕霧
1258 わかれにしひはいくかにもあらねども
むかしのひとといふぞかなしき
八条院かくれさせ給て、御正日八月十五夜にあたりて侍けるに、あめふり侍ければよめる
藤原信実朝臣
1259 やみのうちもけふをかぎりのそらにしも
あきのなかばはかきくらしつつ
父みまかりてのち、月あかく侍ける夜、蓮生法師がもとにつかはしける
平泰時
1260 やまのはにかくれし人はみえもせで
いりにし月はめぐりきにけり
返し 蓮生法師
1261 かくれにし人のかたみはつきを見よ
こころのほかにすめるかげかは
文集、親愛自零落存者仍別離といふこころをよみ侍ける
八条院高倉
1262 あすかがはけふのふちせもいかならん
さらぬわかれはまつほどもなし
題しらず 行念法師
1263 さだめなきよにふるさとをゆく水の
けふのふちせはあすかかはらん
法恩講といふことおこなひ侍けるに、なきひとの名をかきつらねてよみ侍ける
前大僧正慈円
1264 もろびとのうづもれぬ名をうれしとや
こけのしたにもけふは見るらむ
新勅撰和歌集巻第十九
雑哥四
亭子院大内山におはしましける時、勅使にてまゐりて侍けるに、ふもとよりくものたちのぼりけるを見てよみ侍ける
中納言兼輔
1265 しら雲のここのへにたつみねなれば
おほうちやまといふにぞありける
題しらず よみびとしらず
1266 やましろのくせのさぎさか神世より
はるはもえつつあきはちりけり
久邇のみやこのあれにけるを見てよみ侍ける
1267 みかのはらくにのみやこはあれにけり
おほみやびとのうつりいぬれば
かすがの社に百首哥よみてたてまつりけるに、橋哥
皇太后宮大夫俊成
1268 みやこいでてふしみをこゆるあけがたは
まづうちわたすひつかはのはし
百首哥よみ侍けるに、早秋哥
内大臣
1269 ふきそむるおとだにかはれ山しろの
ときはのもりのあきのはつかぜ
建保四年百首哥たてまつりける時
僧正行意
1270 やましろのときはのもりのゆふしぐれ
そめぬみどりにあきぞくれぬる
名所哥よみ侍けるに
寂身法師
1271 したくさもいかでかいろのかはるらん
そめぬときはのもりのしづくに
真昭法師
1272 あすかがはかはせのきりもはれやらで
いたづらにふく秋のゆふかぜ
題しらず よみびとしらず
1273 世中はなどやまとなるみなれがは
みなれそめずぞあるべかりける
中納言家持
1274 ちどりなくさほのかはとのきよきせを
こまうちわたしいつかかよはむ
入道前太政大臣
1275 はるは花ふゆはゆきとてしら雲の
たえずたなびくみよしののやま
正三位家隆
1276 いにしへのいくよのはなにはるくれて
ならのみやこのうつろひぬらん
前関白家哥合に、名所月
源家長朝臣
1277 いづこにもふりさけいまやみかさやま
もろこしかけていづる月かげ
百首哥侍けるに
後京極摂政前太政大臣
1278 ひさかたのくもゐに見えしいこまやま
はるはかすみのふもとなりけり
題しらず よみびとしらず
1279 いとまあらばひろひにゆかんすみの江の
きしによるてふこひわすれがひ
和泉式部
1280 すみよしのありあけの月をながむれば
とほざかりにしかげぞこひしき
亭子院の御ともにつかうまつりて、すみよしのはまにてよみ侍ける
一条右大臣
1281 すみよしのうらにふきあぐるしらなみぞ
しほみつときのはなとさきける
おなじみゆきに、なにはのうらにてよみ侍ける
大宰権帥公頼
1282 なにはがたしほみつはまのゆふぐれは
つまなきたづのこゑのみぞする
謙徳公につかはしける
よみびとしらず
1283 おもふことむかしながらのはしばしら
ふりぬる身こそかなしかりけれ
名所哥たてまつりける時、あしや
正三位家隆
1284 みじか夜のまだふしなれぬあしのやの
つまもあらはにあくるしののめ
布引瀧をよめる
藤原行能朝臣
1285 ぬのひきのたきのしらいとわくらばに
とひくるひともいくよへぬらん
百首哥にもみぢをよみ侍ける
入道前太政大臣
1286 したばまでこころのままにそめてけり
しぐれにあける神なびのもり
伊勢国にみゆきの時よみ侍ける
安貴王
1287 いせのうみのおきつしらなみ花にもが
つつみていもが家づとにせむ
こひのうたよみ侍ける中に
正三位家隆
1288 伊勢の海のあまのまてかたまてしばし
うらみになみのひまはなくとも
名所哥たてまつりけるに、すずか山
大蔵卿有家
1289 あきふかくなりにけらしなすずかやま
もみぢはあめとふりまがひつつ
春浦月といへる心をよみ侍ける
家長朝臣
1290 あづさゆみいちしの浦のはるのつき
あまのたくなはよるもひくなり
しかすがのわたりにてよみ侍ける
中務
1291 ゆけばありゆかねばくるししかすがの
わたりにきてぞ思たゆたふ
前関白家哥合に、名所月をよみ侍ける
正三位家隆
1292 ひかりそふこのまの月におどろけば
あきもなかばのさやのなかやま
藤原光俊朝臣
1293 すみわたるひかりもきよし白妙の
はまなのはしのあきの夜の月
題しらず よみびとしらず
1294 こひしくははまなのはしをいでてみよ
したゆく水にかげやとまると
平兼盛、するがのかみになりてくだり侍ける時、餞し侍とてよめる
大中臣能宣朝臣
1295 ゆきかへりたむけするがのふじのやま
けぶりもたちゐきみをまつらし
家五十首哥
仁和寺二品法親王守覚
1296 ふじのねはとはでもそらにしられけり
くもよりうへに見ゆるしらゆき
名所百首哥たてまつりける時よめる
従三位範宗
1297 世とともにいつかはきえむふじの山
けぶりになれてつもるしらゆき
題しらず さがみ
1298 いつとなくこひするがなるうどはまの
うとくもひとのなりまさるかな
百首哥
後京極摂政前太政大臣
1299 あしがらのせきぢこえゆくしののめに
ひとむらかすむうきしまのはら
題しらず 小町
1300 むさしののむかひのをかのくさなれば
ねをたづねてもあはれとぞおもふ
よみ人しらず
1301 かつしかのままのうらまをこぐふねの
ふな人さわぐなみたつらしも
前大僧正慈円
1302 かつしかやむかしのままのつぎはしを
わすれずわたるはるがすみ哉
ひたちにまかりてよみ侍ける
能因法師
1303 よそにのみおもひおこせしつくばねの
みねのしら雲けふみつるかな
天禄元年大嘗会悠紀屏風哥
清原元輔
1304 からさきのはまのまさごのつくるまで
はるのなごりはひさしからなん
やまにのぼり侍けるみちにて、月を見てよみ侍ける
前大僧正慈円
1305 おほたけのみねふくかぜにきりはれて
かがみのやまに月ぞくもらぬ
題しらず
鎌倉右大臣
1306 はるきてははなとかみらんおのづから
くち木のそまにふれるしらゆき
参議雅経
1307 はなさかでいく世のはるにあふみなる
くち木のそまのたにのむもれ木
伊勢勅使にて甲賀のむまやにつき侍ける日
後京極摂政前太政大臣
1308 はるかなるみ神のたけをめにかけて
いくせわたりぬやすのかはなみ
題しらず よみびとしらず
1309 いまさらにさらしながはのながれても
うきかげ見せむものならなくに
寂蓮法師
1310 とくさかるきそのあさぎぬそでぬれて
みがかぬつゆもたまとちりけり
しなののくににまかりける人に、たき物おくり侍ける
源有教朝臣
1311 わするなよあさまのたけのけぶりにも
としへてきえぬおもひありとは
題しらず よみびとしらず
1312 みちのくにありといふなるたまがはの
たまさかにだにあひ見てし哉
陸奥守に侍ける時、忠義公のもとに申おくり侍ける
源信明朝臣
1313 あけくれはまがきのしまをながめつつ
みやこ恋しきねをのみぞなく
題しらず よみびとしらず
1314 つらきをもいはてのやまのたににおふる
くさのたもとぞつゆけかりける
名所哥あまたよみ侍けるに
清輔朝臣
1315 ふるさとのひとに見せばやしらなみの
きくよりこゆるすゑのまつ山
題しらず 祝部成茂
1316 心あるあまのもしほ木たきすてて
月にぞあかすまつがうらしま
寄露恋をよめる
寂延法師
1317 しのぶ山このはしぐるるしたくさに
あらはれにけるつゆのいろかな
題しらず 平政村
1318 みや木ののこのしたふかきゆふつゆも
なみだにまさるあきやなか覧
天暦御時御屏風哥
源信明朝臣
1319 むかしより名にふりつめるしらやまの
くもゐのゆきはきゆる世もなし
百首哥たてまつりける、雪哥
大納言師頼
1320 かきくらしたまゆらやまずふるゆきの
いくへつもりぬこしのしらやま
題しらず よみびとしらず
1321 あさごとにいはみのかはのみをたえず
こひしき人にあひ見てし哉
前関白家哥合に、名所月といへる心を
内大臣
1322 ゆふなぎにあかしのとより見わたせば
やまとしまねをいづる月かげ
題しらず 大納言旅人
1323 とものうらのいそのむろの木見るごとに
あひ見しいもはわすられむやは
後京極摂政前太政大臣
1324 なみたかきむしあけのせとにゆくふねの
よるべしらせよおきつしほかぜ
入道前太政大臣
1325 はるあきのくもゐのかりもとどまらず
たがたまづさのもじのせきもり
よみ人しらず
1326 いもがためたまをひろふときのくにの
ゆらのみさきにこのひくらしつ
1327 もがりぶねおきこぎくらしいもがしま
かたみのうらにたづかける見ゆ
正三位家隆
1328 時しあればさくらとぞおもふはるかぜの
ふきあげのはまにたてるしら雲
名所哥よみ侍けるに
前参議教長
1329 なみよするふきあげのはまのはまかぜに
時しもわかぬゆきぞつもれる
堀河院に百首哥たてまつりける時、やまのうた
権中納言国信
1330 あさみどりかすみわたれるたえまより
見れどもあかぬいもせやまかな
百首哥に眺望の心をよみ侍ける
入道前太政大臣
1331 わたのはらなみとひとつにみくまのの
はまのみなみはやまのはもなし
題しらず 七条院大納言
1332 みくまののうらわのまつのたむけぐさ
いくよかけきぬなみのしらゆふ
後京極摂政家百首哥に、草哥十首よみ侍けるに
寂蓮法師
1333 かぜふけばはままつがえのたむけぐさ
つゆばかりこそぬさとちるらめ
家に十五首哥よみ侍けるに、晩霞隔浦といへるこころをよみ侍ける
中院入道右大臣
1334 あはぢしまとわたるふねやたどるらん
やへたちこむるゆふがすみ哉
和哥所哥合に、海辺霞をよみ侍ける
前内大臣
1335 あはぢしましるしのけぶり見せわびて
かすみをいとふはるのふな人
題しらず よみ人しらず
1336 しかのあまのけぶりやきたてやくしほの
からきこひをもわれはするかも
1337 しかのあまのめかりしほやきいとまなみ
くしげのをぐしとりもみなくに
前大僧正慈円
1338 かすみしくまつらのおきにこぎいでて
もろこしまでのはるを見る哉
秋山鹿といへる心をよみ侍ける
正三位知家
1339 あさぢやまいろかはりゆくあきかぜに
かれなでしかのつまをこふらん
新勅撰和謌集巻第二十
雑哥五
源政長朝臣の家にて、人びとながうたよみ侍けるに、初冬述懐といへる心をよめる
源俊頼朝臣
1340 やまざとは ふゆこそことに かなしけれ
みねふきまよふ こがらしの とぼそぞたたく
こゑきけば やすきゆめだに むすばれず
しぐれとともに かたをかの まさきのかづら
ちりにけり いまはわが身の なげきをば
なににつけてか なぐさめむ ゆきだにふりて
しもがれの くさ葉のうへに つもらなん
それにつけてや あさゆふに わがまつ人の
われをたづぬる
かへしうた
1341 いくかへりおきふししてかふゆの夜の
とりのはつねをききそめつらん
久安百首哥たてまつりける、ながうた
皇太后宮大夫俊成
1342 しきしまや やまとしまねの かぜとして
ふきつたへたる ことのはは 神のみよより
かはたけの 世よにながれて たえせねば
いまもはこやの やまかぜの 枝もならさず
しづけきに むかしのあとを たづぬれば
みねのこずゑも かげしげく よつのうみにも
なみたたず わかのうらびと かずそひて
もしほのけぶり たちまさり ゆくすゑまでの
ためしとぞ しまのほかにも きこゆなる
これをおもへば きみの世に あぶくまがはは
うれしきを みわたにかかる むもれ木の
しづめることは からひとの 三世まであはぬ
なげきにも かはらざりける 身のほどを
おもへばかなし かすがやま みねのつづきの
まつがえの いかにさしける すゑなれや
きたのふぢなみ かけてだに いふにもたらぬ
しづえにて したゆく水に こされつつ
いつつのしなに としふかく とをとてみつも
へにしより よもぎのかどに さしこもり
みちのしばくさ おいはてて はるのひかりは
こととほく あきはわが身の うへとのみ
つゆけきそでを いかがとも とふ人もなき
まきのとに 猶ありあけの 月かげを
まつことがほに ながめても おもふこころは
おほぞらの むなしき名をば おのづから
のこさむことも あやなさに なにはのことも
つのくにの あしのしをれの かりすてて
すさびにのみぞ なりにしを きしうつなみの
たちかへり かかるみことの かしこさに
いり江のもくづ かきつめて とまらむあとは
みちのくの しのぶもぢずり みだれつつ
しのぶばかりの ふしやなからん
かへしうた
1343 やまがはのせぜのうたかたきえざらば
しられんすゑの名こそをしけれ
清輔朝臣
1344 あしねはふ うき身のほどを つれもなく
おもひもしらず すぐしつつ ありへけるこそ
うれしけれ 世にもあらしの やまかぜに
たぐふこのはの ゆくへなく なりなましかば
まつがえに 千世にひとたび さくはなの
まれなることに いかでかは けふはあふみに
ありといふ くち木のそまに くちゐたる
たにのむもれ木 なにごとを おもひいでにて
くれたけの すゑの世までも しられまし
うらみをのこす ことはただ とわたるふねの
とりかぢの とりもあへねば おくあみの
しづみおもへる こともなく このしたがくれ
ゆくみづの あさきこころに まかせつつ
かきあつめたる くち葉には よしもあらぬを
伊勢のうみの あまのたくなは ながき世に
とどめむことぞ やさしかるべき
上西門院兵衛
1345 はるは花 あきはもみぢの いろいろに
こころをそめて すぐせども かぜにとまらぬ
はかなさを おもひよそへて なにごとも
むなしきそらに すむ月を うきよにめぐる
ともとして あはれあはれと みるほどに
つもればおいと なりはてて おほくのとしは
よるなみの かかるみくづの かひなきは
はかなくむすぶ みづのおもの うたかたさへも
かずならぬかな
権中納言通俊、かつらの家にて、旋頭哥よみ侍けるに、こひのこころをよめる
俊頼朝臣
1346 つれなさを おもひあかしの うらみつつ
あまのいさりに たくものけぶり おもかげにたつ
家にひとびとまうできて、旋頭哥よみ侍けるに、たびのこころをよめる
藤原顕綱朝臣
1347 草枕 ゆふつゆはらふ 旅衣 そでもしほほに
おきあかす夜の かずぞかさなる
百首哥たてまつりける、たびのうた
清輔朝臣
1348 まつがねに しもうちはらひ めもあはで
おもひやる 心やいもが ゆめにみゆらん
物名
りうたむをよみ侍ける
伊勢
1349 かぜさむみなくかりがねのこゑにより
うたむころもをまづやかさまし
しをに
1350 うけとむるそでをしをにてつらぬかば
なみだのたまのかずは見てまし
たなばた
躬恒
1351 としにあひにまれにきませるきみをおきて
またなはたてじこひはしぬとも
ひともときく
1352 あだなりとひともどきくるものからに
はなのあたりはすぎがてにする
くつはむし
二条太皇太后宮大弐
1353 かずならぬかかるみくづはむしろだの
つるのよはひもなにかいのらん
すだれかけ
1354 かぜにゆくくもをあだにもわれは見ず
たれかけぶりをのがれはつべき
わかくり
権中納言定頼
1355 たちかはりたれならすらむとしをへて
わがくりかへしゆきかへるみち
はぎのはな
俊頼朝臣
1356 ときは木のはなれてひとり見えつるは
たぐひなしとや身をばしるらん
このしまのみやしろ
1357 あなしにはこのしまのみやしろ妙の
ゆきにまがへるなみはたつらん
久安百首哥にたきもの
大炊御門右大臣
1358 大井河くだすいかだのひまぞなき
おちくるたきものどけからねば
ときのふだ
左京大夫顕輔
1359 つらけれどきのふたのめしことのはに
けふまでいける身とはしらずや
からにしき
清輔朝臣
1360 むつごともつきてあけぬときくからに
しぎのはねがきうらめしきかな
かかげのはこ
花園左大臣家小大進
1361 しもふればなべてかれぬるふゆくさも
いはほがかげのはこそしをれね
からにしきをよみ侍ける
従三位頼政
1362 むばたまのよるはすがらにしきしのぶ
なみだのほどをしる人もなし
みつながしはをよめる
基俊
1363 ちるもみぢ猶しがらみにかけとめよ
たにのしたみづながしはてじと
物名哥よみ侍けるに、やまとごと、かぐら
後徳大寺左大臣
1364 みなとやまとことはにふくしほかぜに
ゑしまのまつはなみやかくらん
きむのこと
殷富門院大輔
1365 かりごろもしかまのかちにそめてきむ
のごとのつゆにかへらまくをし
にしきのふすまをよめる
源有仲
1366 むかし見しとやまのさとはあれにけり
あさぢがにはにしぎのふすまで
しきりはのやといふことを人のよませ侍けるに
鴨光兼
1367 へだてこしきりはのやまにはれねども
ゆくかたしるくをじかなくなり
春つれづれに侍ければ、権大納言公実許につかはしける
俊頼朝臣
1368 はかなしなをののをやまだつくりかね
てをだにもきみはてはふれずや
返しはせで、やがてまうできて、いざさははなたづねにとなむさそひ侍ける
堀河院御時、蔵人頭にて殿上にさぶらひけるあした、いでさせたまうて、こいたじき、ときのふだをくつかうぶりによめとおほせごと侍ければ、つかうまつりける
権中納言俊忠
1369 こしたもといとどひがたきたびのよの
しらつゆはらふきぎのこのした
橘広房
1370 このさとといはねどしるきたにみづの
しづくもにほふきくのしたえだ
きよみがた、ふじのやまをよみ侍ける
藤原行能朝臣
1371 きみしのぶよなよなわけしみちしばの
かはらぬつゆやたえぬしらたま
庚申の夜、あやめぐさををり句によみ侍ける
二条太皇太后宮大弐
1372 あなこひしやへの雲ぢにめもあはず
くるるよなよなさわぐこころか
おなじもじなき哥とてよみ侍ける
1373 あふことよいまはかぎりのたびなれや
ゆくすゑしらでむねぞもえける
はるのはじめに、定家にあひて侍けるついでに、僧正聖宝、はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけてはるのうたよみて侍よしをかたり侍ければ、その心よまむと申てよみ侍ける
大僧正親厳
1374 はつねの日つめるわかなかめづらしと
野辺のこまつにならべてぞ見る
扶老眼一校直付字誤訖
非器撰者明静