新勅撰和歌集

First updated 4/3/2007 (ver.1-1)
Last updated 4/3/2007 (ver.1-1)
渋谷栄一整定(C)

凡例
1 穂久邇文庫蔵「新勅撰和歌集」(日本古典文学影印叢刊13 昭和55年5月 日本古典文学会)を本文整定した。
2 本文整定にあたり、仮名遣いを歴史的仮名遣いに改め、濁音には濁点を付け、句読点を施した。しかし、原文の仮名表記を漢字に改めることはしなかった。ただし踊字は々または仮名表記にもどした。
3 本文中の補入等の訂正は訂正本文にしたがった。

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  新勅撰和歌集(内題)
 すべらぎのみことのりをうけたまはりて、わがくにのやまとうたをえらぶこと、みづがきのひさしきむかしよりはじまりて、すがのねのながき世々につたはれり。
 いはゆる古今・後撰ふたつの集のみにあらず、おほやけごとになずらへてあつめしるされたるためし、むかしといひいまといひ、その名おほくきこゆれど、ここのへの雲のうへにめされて、ひさかたの月にまじはれるともがら、このことをうけたまはり、おこなへるあとは猶まれなり。
 しらかはのかしこき御世、ことわざしげきまつりごとにのぞませたまひて、ななそぢあまりの御よはひたもたせたまひしはじめ、後拾遺をえらべるひとたびなむありける。
 しかるに、わがきみ、あめのしたしろしめしてよりこのかた、ととせあまりのはる秋、よものうみ、たつしきなみもこゑしづかに、ななつのみち、たみのくさ葉もなびきよろこべり。かりこものみだれしををさめ、あきくさのおとろへしをおこさせたまひき。秋づしま又さらににぎはひ、あまつひつぎふたたびさかりなり。ただ延喜・天暦のむかし、時すなほに、たみゆたかによろこべりしまつりごとをしたふのみにあらず。又寛喜・貞永のいま、世をさまり、人やすくたのしきことの葉をしらしめむために、ことさらにあつめえらばるるならし。
 定家、はままつのとしつもり、かはたけの世々につかうまつりて、ななそぢのよはひにすぎ、ふたしなのくらゐをきはめて、しものことをききてかみにいれ、かみのことをうけてしもにのぶるつかさをたまはれる時にあひて、たらちねのあとをつたへ、ふるきうたののこりをひろふべきおほせごとをうけたまはるによりて、はるなつあきふゆをりふしのことの葉をはじめて、きみのみよをいはひたてまつり、人のくにををさめおこなひ、神をうやまひ、ほとけにいのり、おのがつまをこひ、身のおもひをのぶるにいたるまで、部をわかち、まきをさだめて、はまのまさごかずかずに、うらのたまもかきあつむるよし、貞永元年十月二日これをそうす。なづけて新勅撰和歌集とす、といふことしかり。

   新勅撰和謌集巻第一
    春哥上

     うへのをのこども、としのうちにたつはるといへるこころをつかうまつりけるついでに
              御製
0001 あらたまのとしもかはらでたつはるは
   かすみばかりぞそらにしりける

     立春哥とてよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0002 あまのとのあくるけしきもしづかにて
   くもゐよりこそはるはたちけれ

     延喜七年三月、内の御屏風に、元日ゆきふれる日
              紀貫之
0003 けふしもあれみゆきしふれば草も木も
   はるてふなへにはなぞさきける

     題しらず     よみ人しらず
0004 ふゆすぎてはるはきぬらしあさひさす
   かすがのやまにかすみたなびく

0005 ひさかたのあまのかぐやまこのゆふべ
   かすみたなびくはるたつらしも

     はるのはじめ、あめふる日、草のあをみわたりて見え侍ければ
              京極前関白家肥後
0006 いつしかとけふふりそむるはるさめに
   いろづきわたるのべのわかくさ

     だいしらず    大中臣能宣朝臣
0007 わがやどのかきねのくさのあさみどり
   ふるはるさめぞいろはそめける

     三条右大臣家屏風に
              つらゆき
0008 とふ人もなきやどなれどくるはるは
   やへむぐらにもさはらざりけり

     法性寺入道前関白の家にて、十首哥よみ侍けるに、うぐひすをよめる
              権中納言師俊
0009 うぐひすのなきつるなへにわがやどの
   かきねのゆきはむらぎえにけり

     うぐひすはるをつぐといへる心をよみ侍ける
              源俊頼朝臣
0010 はるぞとはかすみにしるしうぐひすは
   はなのありかをそことつげなん

     久安六年、崇徳院に百首哥たてまつりけるとき、はるのうた
              待賢門院堀河
0011 しもがれはあらはに見えしあしのやの
   こやのへだてはかすみなりけり

              前参議親隆
0012 松しまやをじまがさきのゆふがすみ
   たなびきわたせあまのたくなは

     後徳大寺左大臣十首哥よみ侍けるに、遠村霞といへる心をよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0013 あさとあけてふしみのさとにながむれば
   かすみにむせぶうぢのかはなみ

     守寛法親王家に五十首哥よみ侍けるに、春哥
              覚延法師
0014 すみよしの松のあらしもかすむなり
   とほさとをののはるのあけぼの

              源師光
0015 山のはもそらもひとつに見ゆるかな
   これやかすめるはるのあけぼの

     百首のうたに
              式子内親王
0016 にほのうみやかすみのをちにこぐふねの
   まほにもはるのけしきなるかな

     後京極摂政、左大臣に侍ける時、百首哥よませ侍けるに
              八条院六条
0017 月ならでながむるものはやまのはに
   よこ雲わたるはるのあけぼの

     題しらず     曽祢好忠
0018 さほひめのおもかげさらずおるはたの
   かすみたちきるはるののべ哉

0019 このめはるはるのやま辺をきて見れば
   霞のころもたたぬひぞなき

0020 まきもくのあなしのひばらはるくれば
   はなかゆきかと見ゆるゆふしで

0021 あさなぎにさをさすよどのかはをさも
   こころとけてははるぞみなるる

              山部赤人
0022 山もとにゆきはふりつつしかすがに
   このかはやなぎもえにけるかも

     柳をよみ侍ける
              伊勢
0023 あをやぎのえだにかかれるはるさめは
   いともてぬけるたまかとぞ見る

0024 あさみどりそめてみだれるあをやぎの
   いとをばはるのかぜやよるらん

     天暦御時御屏風のうた
              中務
0025 ふくかぜにみだれぬきしのあをやぎは
   いとどなみさへよればなりけり

     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0026 ももしきや大宮人のたまかづら
   かけてぞなびくあをやぎのいと

     春哥よみ侍けるに
              按察使隆衡
0027 おしなべてこのめもいまははるかぜの
   ふくかた見ゆるあをやぎのいと

     寛喜元年十一月女御入内屏風、江山人家柳をよみ侍ける
              内大臣
0028 うちはへて世は春ならしふくかぜも
   えだをならさぬあをやぎのいと

              正三位知家
0029 やまひめのとしのをながくよりかけて
   はるはたえせぬあをやぎの糸

     春哥とてよみ侍ける
              鎌倉右大臣
0030 みふゆつぎはるしきぬればあをやぎの
   かづらきやまにかすみたなびく

0031 このねぬるあさけのかぜにかをるなり
   のきばのむめのはるのはつはな

     むめの花ををりて、中務がもとにつかはしける
              九条右大臣
0032 いとはやもしもにかれにしわがやどの
   むめをわすれぬはるはきにけり

     つくしにて梅花を見てよみ侍ける
              山上憶良
0033 春さればまづさくやどのむめのはな
   ひとり見つつやけふをくらさむ

     だいしらず    凡河内躬恒
0034 いづれをかわきてをらましむめの花
   えだもたわわにふれるしらゆき

              つらゆき
0035 やまかぜにかをたづねてやむめのはな
   にほへるさとにうぐひすのなく

     亭子院哥合に
              坂上是則
0036 きつつのみなくうぐひすのふるさとは
   ちりにしむめのはなにぞ有ける

     題しらず     式子内親王
0037 たがかきねそこともしらぬむめがかの
   夜半のまくらになれにけるかな

              権大納言家良
0038 たまぼこの道のゆくてのはるかぜに
   たがさとしらぬむめのかぞする

              殷富門院大輔
0039 たれとなくとはぬぞつらきむめの花
   あたらにほひをひとりながめて

              正三位家隆
0040 いくさとか月のひかりもにほふらん
   むめさくやまの峯のはるかぜ

     春哥とてみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣
0041 なにはづにさくやむかしのむめの花
   いまもはるなるうらかぜぞふく

     守覚法親王家五十首哥よみ侍けるに
              覚延法師
0042 はるの夜の月にむかしやおもひいづる
   たかつのみやににほふむめがえ

              皇太后宮大夫俊成
0043 むめがかも身にしむころはむかしにて
   人こそあらねはるの夜のつき

     高陽院の梅花ををりてつかはして侍ければ
              大弐三位
0044 いとどしくはるのこころのそらなるに
   又はなのかを身にぞしめつる

     返し       宇治前関白太政大臣
0045 そらならばたづねきなまし梅花
   まだ身にしまぬにほひとぞ見る

     家百首哥に、夜梅といふこころをよみ侍ける
              前関白
0046 むめがかもあまぎる月にまがへつつ
   それとも見えずかすむころかな

     後京極摂政の家の哥合に、暁霞をよみ侍ける
              宜秋門院丹後
0047 はるの夜のおぼろ月夜やこれならむ
   かすみにくもるありあけのそら

     百首哥たてまつりける時、帰雁をよめる
              権中納言師時
0048 かへるらむゆくへもしらずかりがねの
   霞のころもたちかさねつつ

     だいしらず    大納言師氏
0049 ひさかたのみどりのそらのくもまより
   こゑもほのかにかへるかりがね

              前大納言資賢
0050 たちかへりあまのとわたるかりがねは
   はかぜに雲のなみやかくらん

              よみ人しらず
0051 白妙のなみぢわけてやはるはくる
   かぜふくままにはなもさきけり

     中納言家成哥合し侍けるに、山寒花遅といへる心をよみてつかはしける
              藤原基俊
0052 みよしのの山井のつららむすべばや
   はなのしたひもおそくとくらん

     題しらず     修理大夫顕季
0053 かすみしくこのめはるさめふるごとに
   はなのたもとはほころびにけり

              権中納言長方
0054 はなゆゑにふみならすかなみよしのの
   よしののやまのいはのかけみち

     寛治七年三月十日、白河院きたやまの花御らんじにおはしましける日、処々尋花といへるこころをよませたまうける
              久我太政大臣
0055 やまざくらかたもさだめずたづぬれば
   はなよりさきにちるこころかな

              右衛門督基忠
0056 はるはただゆかれぬさとぞなかりける
   花のこずゑをしるべにはして

     崇徳院、近衛殿にわたらせ給て、遠尋山花といふ題を講ぜられ侍けるによみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0057 おもかげにはなのすがたをさきだてて
   いくへこえきぬみねのしら雲

     家に花五十首哥よませ侍ける時
              後京極摂政前太政大臣
0058 むかしたれかかるさくらのはなをうゑて
   よしのをはるのやまとなしけん

              寂蓮法師
0059 いかばかりはなさきぬらんよしのやま
   かすみにあまるみねのしら雲

     おなじ家に女房百首哥講じ侍ける日、五首哥よみ侍けるに
              藤原成宗
0060 はななれやとやまのはるのあさぼらけ
   あらしにかをるみねのしら雲

     家に三十首哥よみ侍けるに、花哥
              入道前太政大臣
0061 しら雲のやへ山ざくらさきにけり
   ところもさらぬはるのあけぼの

     百首哥に     式子内親王
0062 たかさごのをのへのさくらたづぬれば
   みやこのにしきいくへかすみぬ

0063 かすみゐるたかまのやまのしら雲は
   はなかあらぬかかへるたび人

     家哥合に、雲間花といへる心をよみ侍ける
              前関白
0064 まがふとも雲とはわかんたかさごの
   をのへのさくらいろかはりゆく

              関白左大臣
0065 たちまよふよしののさくらよきてふけ
   くもにまたるるはるのやまかぜ

              典侍因子
0066 さかぬまぞはなとも見えしやまざくら
   おなじたかねにかかるしら雲

              中宮少将
0067 たえだえにたなびく雲のあらはれて
   まがひもはてぬやまざくら哉

     文治六年女御入内屏風に
              後徳大寺左大臣
0068 はなざかりわきぞかねつるわがやどは
   くものやへたつみねならねども

     家に百首哥よませ侍けるに
              後京極摂政前太政大臣
0069 はるはみなおなじさくらとなりはてて
   くもこそなけれみよしののやま

     清輔朝臣家に哥合し侍ける、花哥
              俊恵法師
0070 みよしののはなのさかりとしりながら
   猶しら雲とあやまたれつつ

     正治二年百首哥たてまつりける、春哥
              皇太后宮大夫俊成
0071 雲やたつかすみやまがふやまざくら
   はなよりほかもはなとみゆらん

     千五百番哥合に
              正三位家隆
0072 けふみれば雲もさくらにうづもれて
   かすみかねたるみよしののやま

   新勅撰和歌集巻第二
    春哥下

     みこにおはしましける時の御うた
              光孝天皇御製
0073 山ざくらたちのみかくすはるがすみ
   いつしかはれて見るよしも哉

     題しらず     山部赤人
0074 神さびてふりにしさとにすむ人は
   みやこににほふはなをだに見ず

              つらゆき
0075 あづさゆみはるのやま辺にいるときは
   かざしにのみぞはなはちりける

              源重之
0076 いろさむみはるやまだこぬとおもふまで
   やまのさくらをゆきかとぞ見る

     山花未落といへるこころをよみ侍ける
              橘俊綱朝臣
0077 まだちらぬさくらなりけりふるさとの
   よしののやまのみねのしら雲

     月のあかき夜、はなにそへて人につかはしける
              和泉式部
0078 いづれともわかれざりけりはるのよは
   月こそはなのにほひなりけれ

     尋花遠行といふ心をよみ侍ける
              藤原顕仲朝臣
0079 かへり見るやどはかすみにへだたりて
   はなのところにけふもくらしつ

     百首哥たてまつりける時
0080 たかさごのふもとのさとはさえなくに
   をのへのさくらゆきとこそ見れ

     堀河院御時、女房ひんがし山の花たづねにつかはしけるひよみ侍ける
              権中納言俊忠
0081 けふこずはおとはのさくらいかにぞと
   見るひとごとにとはましものを

              権中納言師時
0082 たちかへり又やとはましやまかぜに
   はなちるさとのひとのこころを

              藤原敦兼朝臣
0083 こまなべてはなのありかをたづねつつ
   よものやま辺のこずゑをぞ見る

     そのひ、あふさかこえてたづね侍けるに、花山のほどに、たれともしらぬ女車の花ををりかざして侍ける、みちのかたはらにたちて、かむだちめのくるまにさしいれさせ侍ける
              よみ人しらず
0084 あさまだきたづねぞきつるやまざくら
   ちらぬこずゑのはなのしるべに
 

    おなじ御時、中宮女房はな見につかはしける日、花為春友といへるこころをよみ侍ける
              権中納言国信
0085 はなさかぬとやまのたにのさとびとに
   とはばやはるをいかがくらすと

     おなじ御時、鳥羽殿に行幸の日、池上花といへる心をよませたまうけるに
              中納言実隆
0086 さくらばなうつれるいけのかげ見れば
   なみさへけふはかざしをりけり

     法性寺入道殿関白家にて、雨中花といへるこころをよみ侍ける
              基俊
0087 やまざくらそでににほひやうつるとて
   はなのしづくにたちぞぬれぬる

     寛平御時きさいの宮の哥合哥
              よみ人しらず
0088 はるながらとしはくれなんちるはなを
   をしとなくなるうぐひすのこゑ

0089 いろふかく見る野辺だにもつねならば
   はるはすぐともかたみならまし

     延喜六年月次御屏風、三月たかへすところ
              つらゆき
0090 やま田さへいまはつくるをちるはなの
   かごとはかぜにおほせざらなん

     左兵衛督朝任花見にまかるとて、ふみつかはして侍ける返ごとに
              大弐三位
0091 たれもみな花のさかりはちりぬべき
   なげきのほかのなげきやはする

     後冷泉院御時、月前落花といへる心をよませたまうけるに
              大納言師忠
0092 はるの夜の月もくもらでふるゆきは
   こずゑにのこる花やちるらん

     建暦三年春、内裏に詩哥をあはせられ侍けるに、山居春曙といへるこころをよみ侍ける
              六条入道前太政大臣
0093 月かげのこずゑにのこるやまのはに
   はなもかすめるはるのあけぼの

              権中納言定家
0094 名もしるし峯のあらしもゆきとふる
   やまさくらとのあけぼののそら

     暮山花といへるこころをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
0095 あすもこむかぜしづかなるみよしのの
   山のさくらはけふくれぬとも

     五十首哥たてまつりけるに、花下送日といへる心を
              後京極摂政前太政大臣
0096 ふるさとのあれまくたれかをしむらん
   わが世へぬべきはなのかげ哉

     関路花
0097 あふさかのせきふみならすかちびとの
   わたれどぬれぬはなのしらなみ

     題しらず     西行法師
0098 かぜふけば花のしらなみいはこえて
   わたりわづらふやまがはのみづ

0099 あはれわがおほくのはるのはなを見て
   そめおくこころたれにつたへむ

              権中納言長方
0100 はるかぜのややふくままにたかさごの
   をのへにきゆるはなのしら雲

     前関白家哥合に、雲間花といへる心をよみ侍ける
              右衛門督為家
0101 たちのこすこずゑも見えずやまざくら
   はなのあたりにかかるしら雲

              藤原隆祐
0102 かづら木やたかねのくもをにほひにて
   まがひしはなのいろぞうつろふ

              中宮但馬
0103 たづねばや峯のしら雲はれやらで
   それとも見えぬやまざくらかな

     建暦二年、大内の花下にて、三首哥つかうまつりけるに
              大納言定通
0104 かへるさのみちこそしらねさくらばな
   ちりのまよひにけふはくらしつ

     大宰大弐重家哥合し侍けるに、花をよめる
              源師光
0105 さくらばなとしのひととせにほふとも
   さてもあかでやこの世つきなん

     題しらず     鎌倉右大臣
0106 さくらばなちらばをしけんたまぼこの
   みちゆきぶりにをりてかざさむ

              内大臣
0107 さもこそははるはさくらのいろならめ
   うつりやすくもゆく月日哉

              参議雅経
0108 はるの夜の月もありあけになりにけり
   うつろふはなにながめせしまに

              藤原行能朝臣
0109 うつろへば人のこころぞあともなき
   はなのかたみはみねのしらくも

              藤原信実朝臣
0110 山ざくらさきちるときのはるをへて
   よはひは花のかげにふりにき

              殷富門院大輔
0111 さくらばなちるをあはれといひいひて
   いづれのはるにあはじとすらん

     花哥よみ侍けるに
              前大僧正慈円
0112 花ゆゑにとひくるひとのわかれまで
   おもへばかなしはるのやまかぜ

0113 ちる花のふるさととこそなりにけれ
   わがすむやどのはるのくれがた

              後京極摂政前太政大臣
0114 はなはみなかすみのそこにうつろひて
   くもにいろづくをはつせのやま

0115 たかさごのをのへのはなにはるくれて
   のこりし松のまがひゆく哉

     建保六年内裏哥合、春哥
              入道前太政大臣
0116 うらむべき方こそなけれはるかぜの
   やどりさだめぬはなのふるさと

     題しらず     権大納言公実
0117 山ざくらはるのかたみにたづぬれば
   見る人なしにはなぞちりける

     後京極摂政家哥合に、遅日をよみ侍ける
              按察使兼宗
0118 をののえもかくてやひとはくたしけん
   やまぢおぼゆるはるのそらかな

     堀河院御時、あさがれひのみすに、さくらのつくりえだにまりをつけてささせ給へりけるを見てよみ侍ける
              周防内侍
0119 のどかなるくも井は花もちらずして
   はるのとまりとなりにける哉

     寛喜元年女御入内屏風、海辺あみひくところ
              正三位家隆
0120 なみかぜものどかなる世のはるにあひて
   あみのうら人たたぬひぞなき

     さとにいでて侍けるころ、春の山をながめてよみ侍ける
              本院侍従
0121 くも井にもなりにける哉はるやまの
   かすみたちいでてほどやへぬらん

     歳時春尚少といへるこころをよみ侍ける
              大江千里
0122 とし月にまさるときなしとおもへばや
   はるしもつねにすくなかるらん

     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0123 はるの夜のみじかきほどをいかにして
   やこゑのとりのそらにしるらん

     はるのくれのうた
              入道前太政大臣
0124 しら雲にまがへしはなはあともなし
   やよひの月ぞそらにのこれる

     亭子院哥合に
              つらゆき
0125 ちりぬともありとたのまんさくらばな
   はるははてぬとわれにしらすな

     参議顕実が家の哥合に
              よみ人しらず
0126 見ぬ人にいかがかたらんくちなしの
   いはでのさとのやまぶきのはな

     故郷款冬といへるこころをよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0127 ふりぬれどよしののみやはかはきよみ
   きしの山ぶきかげもすみけり

     題しらず    鎌倉右大臣
0128 たまもかる井でのしがらみはるかけて
   さくやかはせのやまぶきの花

     暮春のこころを
              入道二品親王道助
0129 わすれじな又こむはるをまつのとに
   あけくれなれしはなのおもかげ

0130 はなちりてかたみこひしきわがやどに
   ゆかりのいろのいけのふぢなみ

     雨中藤花といへるこころをよみ侍ける
              俊頼朝臣
0131 あめふればふぢのうらはにそでかけて
   はなにしをるるわが身とおもはん

     五十首哥たてまつりけるに
              嘉陽門院越前
0132 よしのがはたきついはねのふぢのはな
   たをりてゆかんなみはかくとも

     百首哥春哥
              前関白
0133 たちかへるはるのいろとはうらむとも
   あすやかたみのいけのふぢなみ

     家百首哥よみ侍ける、暮春哥
              関白左大臣
0134 なれきつるかすみのころもたちわかれ
   我をばよそにかへるはるかな

              内大臣
0135 けふのみとをしむこころもつきはてぬ
   ゆふぐれかぎるはるのわかれに

     久安百首哥たてまつりける時、三月尽哥
              皇太后宮大夫俊成
0136 ゆくはるのかすみのそでをひきとめて
   しぼるばかりやうらみかけまし

   新勅撰和歌集巻第三
    夏哥

     題しらず     相模
0137 かすみだにやまぢにしばしたちとまれ
   すぎにしはるのかたみとも見む

              二条太皇太后宮大弐
0138 なつごろもたちかへてけるけふよりは
   やまほととぎすひとへにぞまつ

     夏のはじめの哥とてよみ侍ける
              二条院皇后宮常陸
0139 けふはまづいつしかきなけほととぎす
   はるのわかれもわするばかりに

     家百首哥に、首夏のこころをよみ侍ける
              前関白
0140 けふよりはなみにおりはへなつごろも
   ほすやかきねのたまがはのさと

     題しらず     よみ人しらず
0141 ちはやぶる賀茂のうづきになりにけり
   いざうちむれてあふひかざさん

     文治六年女御入内屏風に
              後徳大寺左大臣
0142 いくかへりけふのみあれにあふひぐさ
   たのみをかけてとしのへぬらん

     寛喜元年女御入内屏風
              権中納言定家
0143 ひさかたのかつらにかくるあふひぐさ
   そらのひかりにいくよなるらん

     中納言行平家哥合に
              よみびとしらず
0144 すむさとはしのぶのもりのほととぎす
   このしたこゑぞしるべなりける

     題しらず     田原天皇御製
0145 かみなびのいはせのもりのほととぎす
   ならしのをかにいつかきなかむ

              祐子内親王家紀伊
0146 ききてしも猶ぞまたるるほととぎす
   なくひとこゑにあかぬこころは

     郭公哥十首よみ侍けるに
              法性寺入道前関白太政大臣
0147 よしさらばなかでもやみねほととぎす
   きかずはひともわするばかりに

     題しらず     大蔵卿行宗
0148 いつのまにさとなれぬらんほととぎす
   けふをさ月のはじめとおもふに

     建保六年内裏哥合夏哥
              参議雅経
0149 ほととぎすなくやさ月のたまくしげ
   ふたこゑききてあくるよもがな

     寛喜元年女御入内屏風、五月沼江昌蒲芟所
              前関白
0150 ふかき江にけふあらはるるあやめ草
   としのをながきためしにぞひく

              入道前太政大臣
0151 いくちよといはがきぬまのあやめぐさ
   ながきためしにけふやひかれん

     寛平御時きさいの宮の哥合哥
              よみびとしらず
0152 おしなべてさ月のそらを見わたせば
   水も草ばもみどりなりけり

     題しらず     つらゆき
0153 ほととぎすこゑききしよりあやめ草
   かざすさ月としりにしものを

     ほととぎすのうたよみ侍けるに
              正三位家隆
0154 ほととぎすこぞやどかりしふるさとの
   はなたちばなにさ月わするな

              祝部成茂
0155 いまははやかたらひつくせほととぎす
   ながなくころのさ月きぬなり

     白河院御時、うへのをのこどもきさいの宮の御方にくだもの申ける、たまふとてうへに花橘ををりておかれたりけるはこのふた、かへしまゐらすとてよみ侍ける
              源師賢朝臣
0156 ほととぎすこよひいづこにやどるらん
   はなたちばなを人にをられて

     返し       康資王母
0157 ほととぎすはなたちばなのやどかれて
   そらにやくさのまくらゆふらん

     久安百首哥たてまつりける、夏哥
              大炊御門右大臣
0158 おぼつかなたれそまやまのほととぎす
   とふになのらですぎぬなるかな

              皇太后宮大夫俊成
0159 さらぬだにふすほどもなきなつの夜を
   またれてもなくほととぎすかな

     十首哥たてまつりける時
              右兵衛督公行
0160 さ夜ふかみやまほととぎすなのりして
   きのまろとのをいまぞすぐなる

     文治六年女御入内屏風に
              後徳大寺左大臣
0161 ほととぎすくものうへよりかたらひて
   とはぬになのるあけぼののそら

     寛喜元年十一月女御入内屏風に、郭公をよみ侍ける
              右衛門督為家
0162 ながきひのもりのしめなはくりかへし
   あかずかたらふほととぎすかな

     故郷郭公といへるこころをよみ侍ける
              権中納言長方
0163 あれにけるたかつのみやのほととぎす
   たれとなにはのことかたるらん

     後法性寺入道前関白百首哥よませ侍ける時、五月雨をよめる
              皇太后宮大夫俊成
0164 ふりそめていくかになりぬすずか河
   やそせもしらぬさみだれのころ

     さみだれをよみ侍ける
              後徳大寺左大臣
0165 五月雨にむつだのよどのかはやなぎ
   うれこすなみやたきのしらいと

              六条入道前太政大臣
0166 さみだれに伊勢をのあまのもしほぐさ
   ほさでもやがてくちぬべき哉

              前右近中将資盛
0167 五月雨のひをふるままにひまぞなき
   あしのしのやののきのたまみづ

              左近中将公衡
0168 さみだれのころもへぬればさはだ河
   そでつくばかりあさきせもなし

              源家長朝臣
0169 うちはへていくかかへぬるなつびきの
   手びきのいとのさみだれのそら

     題しらず    春宮権大夫良実
0170 たちばなのしたふくかぜやにほふらん
   むかしながらのさみだれのそら

     関白右大臣家百首哥よみ侍けるに
              藤原光俊朝臣
0171 さみだれのそらにもつきはゆくものを
   ひかり見ねばやしる人のなき

     宇治入道前関白家の哥合に
              相模
0172 さみだれはあかでぞすぐるほととぎす
   夜ぶかくなきしはつねばかりに

     だいしらず    前大僧正慈円
0173 郭公ききつとやおもふさみだれの
   くものほかなるそらのひとこゑ

     ほととぎすの哥あまたよみ侍けるに
              橘俊綱朝臣
0174 ほととぎすきくともなしなあしひきの
   やまぢにかへるあけぼののこゑ

              源師賢朝臣
0175 たがさとにまたできくらんほととぎす
   こよひばかりのさみだれのこゑ

     百首哥に     後京極摂政前太政大臣
0176 ほととぎすいまいく夜をかちぎるらん
   おのがさ月のありあけのころ

     前中納言師仲、さ月のつごもり、人びとさそひて右近馬場にまかりて、郭公まち侍けるに
              祐盛法師
0177 けふここにこゑをばつくせほととぎす
   おのがさ月ものこりやはある

     堀河院御時、きさいの宮にて、潤五月郭公といふこころをよみ侍ける
              権中納言師時
0178 雲ぢよりかへりもやらずほととぎす
   なほさみだるるそらのけしきに

              俊頼朝臣
0179 やよやまたきなけみそらの郭公
   さ月だにこそをちかへりつれ

     題しらず     覚盛法師
0180 みなづきのそらともいはじゆふだちの
   ふるからをののならのしたかげ

              よみびとしらず
0181 草ふかきあれたるやどのともし火の
   風にきえぬはほたるなりけり

     家に五十首哥よみ侍けるに、江蛍
              入道二品親王道助
0182 しらつゆのたま江のあしのよひよひに
   あきかぜちかくゆくほたるかな

              参議雅経
0183 なにはめがすくもたくひのふかき江に
   うへにもえてもゆくほたる哉

     法成寺入道前摂政家哥合に
              祭主輔親
0184 なつの夜の雲ぢはとほくなりまされ
   かたぶく月のよるべなきまで

     夏月をよみ侍ける
              正三位顕家
0185 夜もすがらやどるしみづのすずしさに
   月もなつをやよそに見るらん

     題しらず     如願法師
0186 あけぬるかこのまもりくる月かげの
   ひかりもうすきせみのはごろも

     いし山にてあかつき、ひぐらしのなくをききて
              藤原実方朝臣
0187 葉をしげみとやまのかげやまがふらん
   あくるもしらぬひぐらしのこゑ

     寛喜元年女御入内屏風、杜辺山井流水ある所
              正三位知家
0188 ゆふぐれはなつよりほかをゆくみづの
   いはせのもりのかげぞすずしき

     海辺松下行人納涼の所
              正三位家隆
0189 夏衣ゆくてもすずしあづさゆみ
   いそべのやまの松のしたかぜ

     みな月はらへのこころをよみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣
0190 はやきせのかへらぬみづにみそぎして
   ゆくとし波のなかばをぞしる

     寛喜元年女御入内屏風
              前関白
0191 よしのがは河波はやくみそぎして
   しらゆふばなのかずまさるらし

              正三位家隆
0192 かぜそよぐならのをがはのゆふぐれは
   みそぎぞなつのしるしなりける

   新勅撰和謌集巻第四
    秋哥上

     はつあきの心をよみ侍ける
              曽祢好忠
0193 ひさかたのいはとのせきもあけなくに
   夜半にふきしく秋のはつかぜ

              大納言師氏
0194 かささぎのゆきあひのはしの月なれど
   なほわたすべきひこそとほけれ

              大納言師頼
0195 きのふにはかはるとなしにふくかぜの
   おとにぞあきはそらにしらるる

     題しらず     西行法師
0196 たまにぬくつゆはこぼれて武蔵野の
   くさの葉むすぶあきのはつかぜ

              正三位家隆
0197 くれゆかばそらのけしきもいかならん
   けさだにかなし秋のはつかぜ

              右衛門督為家
0198 おとたてていまはたふきぬわがやどの
   をぎのうは葉のあきのはつかぜ

     うへのをのこども、はつあきの心をつかうまつりけるに
              藤原資季朝臣
0199 あしひきのやましたかぜのいつのまに
   おとふきかへてあきはきぬらん

     家に百首哥よみ侍けるに、早秋の心を
              関白左大臣
0200 なつすぎてけふやいくかになりぬらん
   ころもですずし夜半の秋かぜ

              内大臣
0201 あまつかぜそらふきまよふゆふぐれの
   くものけしきにあきはきにけり

              藤原信実朝臣
0202 よるなみのすずしくもあるかしきたへの
   そでしのうらの秋のはつかぜ

     千五百番哥合に
              宜秋門院丹後
0203 まくずはらうら見ぬそでのうへまでも
   つゆおきそむるあきはきにけり

     法性寺入道前関白中納言、中将に侍ける時、山家早秋といへるこころをよませ侍けるに
              菅原在良朝臣
0204 やまざとはくずのうらはをふきかへす
   かぜのけしきにあきをしるかな

     殷富門院大輔、三輪社にて五首哥人びとによませ侍けるに、秋哥
              土御門内大臣
0205 あきといへばこころのいろもかはりけり
   なにゆゑとしもおもひそめねど

     題しらず     曽祢よしただ
0206 さくらあさのかりふのはらをけふみれば
   とやまかたかけあきかせぞふく

              鎌倉右大臣
0207 ゆふぐれはころもですずしたかまどの
   をのへの宮のあきのはつかぜ

0208 ひこぼしのゆきあひをまつひさかたの
   あまのかはらにあきかぜぞふく

              殷富門院大輔
0209 かささぎのよりはのはしをよそながら
   まちわたる夜になりにけるかな

              法印猷円
0210 あまのがはわたらぬさきのあきかぜに
   もみぢのはしのなかやたえなん

     百首哥めしける時
              崇徳院御製
0211 あまのがはやそせの浪もむせぶらん
   としまちわたるかささぎのはし

     清輔朝臣家に哥合し侍けるに、七夕のこころをよみ侍ける
              藤原敦仲
0212 あまのがはうきつのなみにひこぼしの
   つまむかへぶねいまやこぐらし

     後三条院御時、うへのをのこども斎院にて、七夕哥よみ侍けるに
              前中納言基長
0213 おもへどもつらくもあるかなたなばたの
   などかひと夜とちぎりおきけん

     法性寺入道前関白家にて、七夕のこころをよみ侍ける
              菅原在良朝臣
0214 あまのがはほしあひのそらも見ゆばかり
   たちなへだてそ夜半のあきぎり

     宇治入道前関白の七夕哥よみ侍けるに
              権大納言経輔
0215 たなばたのわがこころとやあふことを
   としにひとたびちぎりそめけむ

     百首哥よみ侍ける、秋哥
              正三位家隆
0216 くさのうへのつゆとるけさのたまづさに
   のきばのかぢはもとつはもなし

     七夕後朝のこころをよみ侍ける
              権中納言伊実
0217 たなばたのあまのかはなみたちかへり
   このくればかりいかでわたさむ

              藤原清輔朝臣
0218 あまのがはみづかけぐさにおくつゆや
   あかぬわかれのなみだなるらん

              八条院高倉
0219 むつごともまだつきなくのあきかぜに
   たなばたつめやそでぬらすらん

              前大納言隆房
0220 たまさかにあきのひと夜をまちえても
   あくるほどなきほしあひのそら

     百首哥のなかに
              式子内親王
0221 あきといへばものをぞおもふやまのはに
   いざよふくものゆふぐれのそら

              二条院讃岐
0222 いまよりのあきのねざめをいかにとも
   をぎのはならでたれかとふべき

     秋哥よみ侍けるに
              入道二品親王道助
0223 荻のはにかぜのおとせぬあきもあらば
   なみだのほかに月は見てまし

              入道前太政大臣
0224 をぎの葉にふきとふきぬるあきかぜの
   なみださそはぬゆふぐれぞなき

     題しらず     さがみ
0225 いかにしてものおもふひとのすみかには
   あきよりほかのさとをたづねん

              大納言師氏
0226 しらつゆと草葉におきて秋の夜を
   こゑもすがらにあくるまつむし

     秋哥よみ侍けるに
              左近中将公衡
0227 夜ひよひのやまのはおそき月かげを
   あさぢがつゆにまつむしのこゑ

              藤原教雅朝臣
0228 かれはててのちはなにせんあさぢふに
   秋こそ人をまつむしのこゑ

     うへのをのこども、隣庭萩といふ心をつかうまつりけるに
0229 へだてこしやどのあしがきあれはてて
   おなじ庭なるあきはぎの花

     題しらず     よみ人しらず
0230 しらつゆのおりいだすはぎのした紅葉
   衣にうつる秋はきにけり

0231 このころのあきかぜさむみ萩の花
   ちらすしらつゆおきにけらしも

0232 あすかがはゆききのをかの秋はぎは
   けふふるあめにちりかすぎなん

              柿本人麿
0233 しらつゆとあきの花とをこきまぜて
   わくことかたきわがこころかな

              佑子内親王家小弁
0234 さをしかのこゑきこゆなり宮木のの
   もとあらのこはぎはなざかりかも

     白河院にて、野草露繁といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに
              大蔵卿行宗
0235 かりごろもはぎのはなずりつゆふかみ
   うつろふいろにそほちゆく哉

     家に秋の哥よませ侍けるに
              鎌倉右大臣
0236 道の辺のをののゆふぎりたちかへり
   見てこそゆかめ秋は木の花

0237 ふるさとのもとあらのこ萩いたづらに
   見る人なしにさきかちるらむ

              藤原基綱
0238 しらすげのまののはぎはらさきしより
   あさたつしかのなかぬひはなし

     雲居寺譫西上人哥合し侍けるに
              権中納言師時
0239 あさまだきたをらでを見む萩の花
   うは葉のつゆのこぼれもぞする

     権中納言経定哥合し侍けるに、よみてつかはしける
              按察使公道
0240 をみなへししめゆひおきしかひもなく
   なびきにけりなあきの野かぜに

     題しらず     二条院讃岐
0241 たづねきてたびねをせずは女郎花
   ひとりやの辺につゆけからまし

     菅家万葉集哥
              よみびとしらず
0242 名にしおはばしひてたのまむ女郎花
   ひとのこころのあきはうくとも

     式部卿敦慶のみこの家に人びとまうできて、あそびなどし侍けるに、をみなへしをかざしてよみ侍ける
              三条右大臣
0243 をみなへしをるてにかかるしらつゆは
   むかしのけふにあらぬなみだか

     久安百首哥たてまつりける、秋哥
              左京大夫顕輔
0244 わぎもこがすそのににほふふぢばかま
   つゆはむすべどほころびにけり

     題しらず     権中納言長方
0245 さらずとてただにはすぎじ花すすき
   まねかで人のこころをも見よ

              参議雅経
0246 はなすすき草のたもとをかりぞなく
   なみだのつゆやおきどころなき

              源具親朝臣
0247 こころなきくさのたもともはなすすき
   つゆほしあへぬあきはきにけり

     閑庭薄といへるこころをよみ侍ける
              藤原信実朝臣
0248 まねけとてうゑしすすきのひともとに
   とはれぬ庭ぞしげりはてぬる

     閑庭荻をよめる
              藤原成宗
0249 いくあきのかぜのやどりとなりぬらん
   あとたえはつる庭のをぎはら

     題しらず     前大僧正慈円
0250 ぬしはあれど野となりにけるまがき哉
   をがやがしたにうづらなくなり

              よみ人しらず
0251 おぼつかなたれとかしらむ秋ぎりの
   たえまに見ゆるあさがほの花

     月哥あまたよみ侍けるに
              後京極摂政太政大臣
0252 しら雲のゆふゐるやまぞなかりける
   月をむかふるよものあらしに

     権中納言経定中将に侍ける時、哥合し侍けるによみてつかはしける、月哥
              大炊御門右大臣
0253 あまつそらうき雲はらふあきかぜに
   くまなくすめる夜半の月哉

     題しらず     正三位家隆
0254 さらしなやをばすてやまのたかねより
   あらしをわけていづる月影

     延喜御時、八月十五夜月宴哥
              源公忠朝臣
0255 いにしへもあらじとぞおもふ秋の夜の
   月のためしはこよひなりけり

     養和のころほひ、百首哥よみ侍ける秋哥
              権中納言定家
0256 あまのはらおもへばかはるいろもなし
   秋こそ月のひかりなりけれ

     家に百首哥よみ侍ける月哥
              関白左大臣
0257 あしひきのやまのあらしに雲きえて
   ひとりそらゆく秋の夜のつき

     月哥とてよみ侍ける
              藤原資季朝臣
0258 見るままにいろかはりゆくひさかたの
   月のかつらの秋のもみぢ葉

     八月十五夜よみ侍ける
              寂超法師
0259 あまつそらこよひの名をやをしむらん
   月にたなびくうき雲もなし

              登蓮法師
0260 かぞへねどあきのなかばぞしられぬる
   こよひににたる月しなければ

     後京極摂政左大将に侍ける時、月五十首哥よみ侍けるによめる
              権中納言定家
0261 あけば又秋のなかばもすぎぬべし
   かたぶく月のをしきのみかは

     月哥よみ侍けるに
              左近中将基良
0262 やまの葉のつらさばかりやのこるらん
   雲よりほかにあくる月かげ

              権律師公猷
0263 いづくにかそらゆくくもののこるらん
   あらしまちいづるやまの葉の月

              中原師季
0264 まちえてもこころやすむるほどぞなき
   やまのはふけていづる月かげ

              真昭法師
0265 そでのうへにつゆおきそめしゆふべより
   なれていく夜のあきの月かげ

     関白左大臣家百首哥よみ侍ける、月哥
              藤原頼氏朝臣
0266 わけぬるる野はらのつゆのそでの上に
   まづしるものは秋の夜の月

     入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに、山家月
              正三位家隆
0267 松の戸をおしあけがたのやまかぜに
   雲もかからぬ月をみるかな

     文治六年女御入内屏風に、こまむかへの哥
              後京極摂政前太政大臣
0268 あづまよりけふあふさかのやまこえて
   みやこにいづるもち月のこま

     和歌所の哥合に、海辺秋月といへるこころをよみ侍ける
              小侍従
0269 おきつかぜふけゐのうらによるなみの
   よるとも見えず秋の夜のつき

     百首哥に月哥
              前関白
0270 むら雲のみねにわかるるあととめて
   やまのはつかにいづる月かげ

     うへのをのこども、海辺月といへる心をつかうまつりけるついでに
              御製
0271 わかのうらあし辺のたづのなくこゑに
   夜わたる月のかげぞひさしき

     秋哥たてまつりけるに
              正三位家隆
0272 すまのあまのまどほの衣夜やさむき
   うらかぜながら月もたまらず

     名所月をよめる
              藤原光俊朝臣
0273 あかしがたあまのたくなはくるるより
   くもこそなけれ秋のよの月

     白河院鳥羽殿におはしましけるに、田家秋興といへる心ををのこどもつかうまつりけるに
              権大納言宗通
0274 しづのをのかどたのいねのかりにきて
   あかでもけふをくらしつるかな

     題しらす     藤原道信朝臣
0275 いとどしくものおもふやどをきりこめて
   ながむるそらも見えぬけさ哉

              前大僧正慈円
0276 よ半にたくかひやがけぶりたちそひて
   あさぎりふかしをやまだのはら

0277 もしほやくけぶりもきりにうづもれぬ
   すまのせきやのあきのゆふぐれ

     海霧といへる心を
              正三位知家
0278 けぶりだにそれとも見えぬゆふ霧に
   なほしたもえのあまのもしほ火

     題しらず     正三位家隆
0279 ふみわけんものとも見えずあさぼらけ
   たけのはやまのきりのしたつゆ

              西行法師
0280 をぐらやまふもとをこむるゆふぎりに
   たちもらさるるさをしかのこゑ

   新勅撰和謌集巻第五
    秋哥下

     寛平御時きさいの宮の哥合哥
              よみびとしらず
0281 秋の夜のあまてる月のひかりには
   おくしらつゆをたまとこそ見れ

     九月十三夜の月をひとりながめておもひいで侍ける
              能因法師
0282 さらしなやをばすてやまに旅ねして
   こよひの月をむかし見しかな

     題しらず     小野小町
0283 あきの月いかなるものぞわがこころ
   なにともなきにいねがてにする

     九月つきあかき夜、よみ侍ける
              選子内親王家宰相
0284 あきの夜のつゆおきまさるくさむらに
   かげうつりゆく山のはの月

     くまなき月をながめあかしてよみ侍ける
              道信朝臣
0285 いつとなくながめはすれどあきの夜の
   このあかつきはことにもある哉

     対月惜秋といへる心をよみ侍ける
              菅原在良朝臣
0286 月ゆゑにながき夜すがらながむれど
   あかずもをしき秋のそら哉

     秋哥よみ侍けるに
              侍従具定母
0287 うき世をもあきのすゑ葉のつゆの身に
   おきどころなきそでの月かげ

              按察使兼宗
0288 ありあけの月のひかりのさやけきは
   やどすくさ葉のつゆやおきそふ

              左近中将伊平
0289 みむろやましたくさかけておくつゆに
   このまの月のかげぞうつろふ

     百首哥中に
              後京極摂政前太政大臣
0290 まきの戸のささでありあけになりゆくを
   いくよの月ととふ人もなし

     建保二年秋、哥たてまつりけるに
              参議雅経
0291 身をあきのわがよやいたくふけぬらん
   月をのみやはまつとなけれど

              正三位家隆
0292 かぎりあればあけなんとするかねのおとに
   猶ながきよの月ぞのこれる

     入道二品親王家にて、秋月哥よみ侍けるに
              権大僧都有果
0293 かぜさむみ月はひかりぞまさりける
   よもの草木の秋のくれがた

     後京極摂政百首哥よませ侍けるに
              小侍従
0294 いくめぐりすぎゆくあきにあひぬらん
   かはらぬ月のかげをながめて

              八条院六条
0295 あきの夜はものおもふことのまさりつつ
   いとどつゆけきかたしきのそで

     秋の夜、人びともろともにおきゐてものがたりし侍けるに
              京極前関白家肥後
0296 あきの夜をあかしかねてはあかつきの
   つゆとおきゐてぬるるそで哉

     うへのをのこども、秋十首哥つかうまつりけるに
              右衛門督為家
0297 かたをかのもりのこの葉もいろづきぬ
   わさ田のおしねいまやからまし

     寛平御時きさいの宮の哥合の哥
              よみ人しらず
0298 唐衣ほせどたもとのつゆけきは
   わが身のあきになればなりけり

     題しらず     人麿
0299 あき田もるひたのいほりにしぐれふり
   わがそでぬれぬほす人もなし

              みつね
0300 あきふかきもみぢのいろのくれなゐに
   ふりいでつつなくしかのこゑかな

     兵部卿元良のみこ、しがの山ごえの方に、時どきかよひすみ侍ける家を見にまかりて、かきつけ侍ける
              とし子
0301 かりにのみくるきみまつとふりいでつつ
   なくしかやまは秋ぞかなしき

     題しらず     中納言家持
0302 あきはぎのうつろふをしとなくしかの
   こゑきくやまはもみぢしにけり

              鎌倉右大臣
0303 雲のゐるこずゑはるかにきりこめて
   たかしのやまにしかぞなくなる

              前大僧正慈円
0304 むべしこそこのごろものはあはれなれ
   秋ばかりきくさをしかのこゑ

     哥合し侍けるに、しかをよみ侍ける
              前参議経盛
0305 峯になくしかのねちかくきこゆなり
   もみぢふきおろす夜半のあらしに

     建保六年内裏哥合、秋哥
              八条院高倉
0306 わがいほはをぐらのやまのちかければ
   うき世をしかとなかぬひぞなき

     鹿哥とてよみ侍ける
              権中納言実守
0307 おほえやまはるかにおくるしかのねは
   いくのをこえてつまをこふらん

     建保五年四月庚申五首、秋朝
              六条入道前太政大臣
0308 おほかたのあきをあはれとなくしかの
   なみだなるらしのべのあさつゆ

     澗底鹿といふ心をよみ侍ける
              正三位知家
0309 さをしかのあさゆくたにのむもれ水
   かげだに見えぬつまをこふらん

     題しらず     如願法師
0310 さをしかのなくねもいたくふけにけり
   あらしののちのやまのはの月

     後冷泉院みこの宮と申ける時、なしつぼのおまへの菊おもしろかりけるを、月あかき夜いかがとおほせられければ
              大弐三位
0311 いづれをかわきてをるべき月かげに
   色見えまがふしらぎくの花

     あしたにまゐりて侍けるに、この哥の返しつかうまつるべきよしおほせられければ、よみ侍ける
              権大納言長家
0312 月かげにをりまどはるるしらぎくは
   うつろふいろやくもるなるらん

     康保三年内裏菊合に
              天暦御製
0313 かげ見えてみぎはにたてるしら菊は
   をられぬ浪のはなかとぞ見る

     崇徳院、月照菊花といへる心をよませたまうけるに
              右兵衛督公行
0314 月かげにいろもわかれぬしらぎくは
   こころあてにぞをるべかりける

              按察使公通
0315 月かげにかをるばかりをしるしにて
   いろはまがひぬしらぎくの花

     月前菊といへるこころを
              鎌倉右大臣
0316 ぬれてをるそでの月かげふけにけり
   まがきのきくのはなのうへのつゆ

     だいしらず    入道二品親王道助
0317 わがやどのきくのあさつゆいろもをし
   こぼさでにほへにはのあきかぜ

     秋哥よみ侍けるに
              権中納言忠信
0318 なくなくもゆきてはきぬるはつかりの
   なみだのいろをしる人ぞなき

              鎌倉右大臣
0319 わたのはらやへのしほぢにとぶかりの
   つばさのなみにあきかぜぞふく

              如願法師
0320 月になくかりのはかぜのさゆる夜に
   しもをかさねてうつ衣かな

              真眼法師
0321 あらしふくとほやまがつのあさ衣
   ころも夜さむの月にうつなり

     擣衣のこころをよみ侍ける
              曽祢よしただ
0322 ころもうつきぬたのおとをきくなへに
   きりたつそらにかりぞなくなる

              つらゆき
0323 唐衣うつこゑきけば月きよみ
   まだねぬ人をそらにしるかな

     久安百首哥たてまつりける、秋哥
              皇太后宮大夫俊成
0324 ころもうつひびきは月のなになれや
   さえゆくままにすみのぼるらん

     百首哥たてまつりける、秋哥
              入道前太政大臣
0325 かぜさむき夜はのねざめのとことはに
   なれてもさびし衣うつこゑ

              前大納言隆房
0326 いまこむとたのめし人やいかならん
   月になくなくころもうつなり

     題しらず     承明門院小宰相
0327 月のいろもさえゆくそらの秋かぜに
   わが身ひとつと衣うつなり

     月五十首哥よみ侍けるに
              後京極摂政前太政大臣
0328 ひとりねの夜さむになれる月みれば
   時しもあれやころもうつなり

     秋哥よみ侍けるに
              権大納言家良
0329 白妙の月のひかりにおくしもを
   いく夜かさねてころもうつらん

              正三位家隆
0330 しろ妙のゆふつけどりもおもひわび
   なくやたつたの山のはつしも

     建保六年内裏哥合秋哥
0331 たむけやまもみぢのにしきぬさはあれど
   猶月かげのかくるしらゆふ

     百首哥中に秋哥
              前関白
0332 おきまよふしのの葉ぐさの霜のうへに
   よをへて月のさえわたるかな

     千五百番哥合に
              正三位家隆
0333 あきのあらしふきにけらしなとやまなる
   しばのしたくさいろかはるまで

     題しらず    藤原信実朝臣
0334 日をへてはあきかぜさむみさをしかの
   たちののまゆみもみぢしにけり

     百首哥たてまつりける、秋哥
              入道前太政大臣
0335 あきのいろのうつろひゆくをかぎりとて
   そでにしぐれのふらぬひはなし

              参議雅経
0336 あきのゆく野山のあさぢうらがれて
   峯にわかるるくもぞしぐるる

     題しらず     鎌倉右大臣
0337 かりなきてさむきあさけのつゆしもに
   やのの神山いろづきにけり

              西行法師
0338 やまざとはあきのすゑにぞおもひしる
   かなしかりけりこがらしのかぜ

0339 かぎりあればいかがは色のまさるべき
   あかずしぐるるをぐらやまかな

              藤原伊光
0340 くれなゐのやしほのをかのもみぢ葉を
   いかにそめよと猶しぐるらん

     建保二年、秋哥たてまつりける
              内大臣
0341 みなせがはあきゆくみづのいろぞこき
   のこるやまなくしぐれふるらし

              参議雅経
0342 あしひきのやまとにはあらぬ唐錦
   たつたのしぐれいかでそむらん

              僧正行意
0343 わがやどはかつちるやまのもみぢ葉に
   あさゆくしかのあとだにもなし

     後法性寺入道前関白家哥合に、もみぢをよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0344 しぐれゆくそらだにあるをもみぢばの
   あきはくれぬといろに見すらん

     百首哥の中に
              式子内親王
0345 あきこそあれ人はたづねぬ松の戸を
   いくへもとぢよつたのもみぢば

     関白左大臣家百首哥よみ侍けるに
              権中納言定家
0346 しぐれつつそでだにほさぬあきの日に
   さこそみむろのやまはそむらめ

              従三位範宗
0347 つゆしぐれそめはててけりをぐらやま
   けふやちしほのみねのもみぢば

              中宮但馬
0348 いくとせかふるの神すぎしぐれつつ
   よものもみぢにのこりそめけん

     うへのをのこども、秋十首哥つかうまつりけるに
              権中納言隆親
0349 しぐれけんほどこそみゆれかみなびの
   みむろのやまの峯のもみぢば

     題しらず     法印覚寛
0350 そめのこすこずゑもあらじむらしぐれ
   猶あかなくのやまめぐりかな

     建保四年右大臣家哥合、故郷紅葉をよめる
              正三位家隆
0351 ふるさとのみがきがはらのはしもみぢ
   こころとちらせ秋のこがらし

     文治六年女御入内屏風に
              後法性寺入道前関白太政大臣
0352 すそのよりみねのこずゑにうつりきて
   さかりひさしき秋のいろかな

              徳大寺左大臣
0353 このもとに又ふきかへせからにしき
   おほみや人にみまししかせん

     左京大夫顕輔哥合し侍けるに、紅葉をよみてつかはしける
              権中納言経忠
0354 あらしふくふなきのやまのもみぢばは
   しぐれのあめにいろぞこがるる

     家に百首哥よませ侍けるに、紅葉の哥
              関白左大臣
0355 たつた河みむろのやまのちかければ
   もみぢをなみにそめぬひぞなき

     後京極摂政百首哥よませ侍けるに
              小侍従
0356 おきてゆくあきのかたみやこれならん
   見るもあだなるつゆのしらたま

     秋のくれの哥
              禎子内親王家摂津
0357 ゆくあきのたむけのやまのもみぢばは
   かたみばかりやちりのこるらん

              権中納言実有
0358 こがらしのさそひはてたるもみぢばを
   かはせのあきとたれながむらん

              参議雅経
0359 あきはけふくれなゐくくるたつた河
   ゆくせのなみもいろかはるらん

     九月尽によみ侍ける
              入道前太政大臣
0360 あすよりのなごりをなににかこたまし
   あひもおもはぬあきのわかれぢ

              八条院高倉
0361 すぎはてぬいづらなが月名のみして
   みじかかりける秋のほどかな

   新勅撰和謌集巻第六
    冬哥

     題しらず     大伴池主
0362 神な月しぐれにあへるもみぢ葉の
   ふかばちりなん風のまにまに

              相模
0363 いつも猶ひまなきそでを神な月
   ぬらしそふるはしぐれなりけり

              在原元方
0364 わび人や神な月とはなりにけむ
   なみだのごとくふるしぐれかな

     大納言清隆、亭子院御賀のため、なが月のころ、としこに申つけていろいろにいとなみいそぎ侍ける、ことすぎにける神な月のついたち、申つかはしける
              とし子
0365 ちぢのいろにいそぎし秋はすぎにけり
   いまはしぐれになにをそめまし

     題しらず     曽祢よしただ
0366 つゆばかりそでだにぬれず神なづき
   もみぢはあめとふりにふれども

              前中納言匡房
0367 からにしきむらむらのこるもみぢばや
   秋のかたみのころもなるらん

              権大納言宗家
0368 のこしおくあきのかたみのからにしき
   たちはてつるはこがらしのかぜ

     後朱雀院御時、うへのをのこども大井河にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍けるに、中将に侍ける時
              右近大将通房
0369 みづのおもにうかべるいろのふかければ
   もみぢをなみと見つるけふかな

              九条太政大臣
0370 大井がはうかぶもみぢのにしきをば
   なみのこころにまかせてやたつ

     後冷泉院御時、殿上の逍遥におなじ心をよみ侍ける
              中納言資綱
0371 もみぢばのながれもやらぬ大井河
   かはせはなみのおとにこそきけ

     白河院御時、うへのをのこども月前落葉といへるこころをよみ侍けるに
              橘俊綱朝臣
0372 ひさかたの月すみわたるこがらしに
   しぐるるあめはもみぢなりけり

     題しらず     入道二品親王道助
0373 こがらしのもみぢふきしく庭のおもに
   つゆものこらぬあきのいろかな

              大蔵卿有家
0374 霜おかぬ人めもいまはかれはてて
   まつにとひくるかぜぞかはらぬ

     建保五年内裏哥合、冬山霜
              正三位家隆
0375 かささぎのわたすやいづこゆふしもの
   くもゐにしろきみねのかけはし

     冬関月      藤原信実朝臣
0376 すまのうらにあきをとどめぬせきもりも
   のこるしもよの月は見るらん

     法性寺入道前関白、内大臣に侍ける時、家哥合に
             権中納言師俊
0377 つゆむすぶしも夜のかずのかさなれば
   たへでやきくのうつろひぬらん

     延喜十二年十月、御前のやり水のほとりにきくうゑて御あそび侍けるついでによませたまうける
              延喜御製
0378 みなそこにかげをうつせるきくの花
   なみのをるにぞいろまさりける

              源公忠朝臣
0379 おくしもにいろそめかへしそほちつつ
   はなのさかりはけふながらみむ

     さとにいでて、しぐれしける日、紫式部につかはしける
              上東門院小少将
0380 雲まなくながむるそらもかきくらし
   いかにしのぶるしぐれなるらん

     返し       紫式部
0381 ことわりのしぐれのそらは雲まあれど
   ながむるそでぞかわくよもなき

     山路時雨といへるこころをよみ侍ける
              源師賢朝臣
0382 そでぬらすしぐれなりけり神な月
   いこまのやまにかかるむら雲

     冬哥よみ侍けるに
              右衛門督為家
0383 ふゆきてはしぐるる雲のたえまだに
   よものこのはのふらぬひぞなき

              正三位知家
0384 しぐれにはぬれぬこのはもなかりけり
   やまはみかさの名のみふりつつ

     法性寺入道前関白家哥合に
              源兼昌
0385 ゆふづくひいるさのやまのたかねより
   はるかにめぐるはつしぐれ哉

     前参議経盛哥合し侍けるに
              藤原公重朝臣
0386 やまのはにいりひのかげはさしながら
   ふもとのさとはしぐれてぞゆく

              平経正朝臣
0387 むら雲のとやまのみねにかかるかと
   見ればしぐるるしがらきのさと

     建保六年内裏哥合、冬哥
              前内大臣
0388 神なづきしぐれにけりなあらちやま
   ゆきかふそでもいろかはるまで

     題しらず     前大僧正慈円
0389 みやま木ののこりはてたるこずゑより
   なほしぐるるはあらしなりけり

0390 月をおもふあきのなごりのゆふぐれに
   こかげふきはらふ山おろしのかぜ

              前大納言忠良
0391 あきのいろはのこらぬやまのこがらしに
   月のかつらのかげぞつれなき

              殷富門院大輔
0392 そらさむみこぼれておつるしらたまの
   ゆらぐほどなきしもがれの庭

              正三位家隆
0393 ふるさとのにはのひかげもさえくれて
   きりのおちばにあられふるなり

     千五百番哥合に
0394 ゆふづくひさすがにうつるしばのとに
   あられふきまく山おろしのかぜ

     百首哥よみ侍ける、冬哥
              兵部卿成実
0395 さゆる夜はふるやあられのたまくしげ
   みむろのやまのあけがたのそら

     建保四年百首哥の中に、冬哥
              前関白
0396 いはたたくたきつかはなみおとさえて
   たにのこころや夜さむなるらん

     題しらず     式子内親王
0397 ふきむすぶたきは氷にとぢはてて
   まつにぞかぜのこゑもをしまぬ

0398 おちたぎついはきりこえし谷水も
   ふゆはよなよなゆきなやむなり

     関白左大臣家百首哥よみ侍けるに、氷をよめる
              中宮但馬
0399 ねやさむきねくたれがみのながき夜に
   なみだのこほりむすぼほれつつ

     題しらず     西行法師
0400 かぜさえてよすればやがてこほりつつ
   かへるなみなきしがのからさき

     寛喜元年女御入内屏風、湖辺氷結
              内大臣
0401 しがの浦やこほりのひまをゆくふねに
   なみもみちあるよとやみるらん

     千五百番哥合に
              宜秋門院丹後
0402 ふゆの夜はあまぎるゆきにそらさえて
   くものなみぢにこほる月かげ

              二条院讃岐
0403 うちはへてふゆはさばかりながき夜に
   猶のこりけるありあけの月

     久安百首哥たてまつりける時、冬哥
              皇太后宮大夫俊成
0404 月きよみちどりなくなりおきつかぜ
   ふけひのうらのあけかがのそら

     千鳥をよみ侍ける
              権中納言国信
0405 友千鳥むれてなぎさにわたるなり
   おきのしらすにしほやみつらん

              源顕国朝臣
0406 かぜふけばなにはのうらのはま千鳥
   あしまになみのたちゐこそなけ

     千五百番哥合に
              源具親朝臣
0407 さ夜ちどりみなとふきこすしほかぜに
   うらよりほかのともさそふなり

     題しらず     鎌倉右大臣
0408 かぜさむみ夜のふけゆけばいもがしま
   かたみのうらにちどりなくなり

     寛喜元年女御入内屏風、山路雪朝
              前関白
0409 年さむきまつのこころもあらはれて
   はなさくいろを見するゆき哉

              内大臣
0410 あらはれてとしあるみ世のしるしにや
   のにもやまにもつもるしらゆき

     題しらず     権中納言長方
0411 しきしまやふるのみやこはうづもれて
   ならしのをかにみゆきつもれり

0412 宮木引そまやまびとはあともなし
   ひばらすぎはらゆきふかくして

              正三位家隆
0413 たかしまやみをのそまやまあとたえて
   こほりもゆきもふかきふゆかな

              賀茂重政
0414 まきもくのひばらのやまもゆきとぢて
   まさきのかづらくる人もなし

     高野に侍けるころ、寂然法師大原にすみ侍けるにつかはしける
              西行法師
0415 おほはらはひらのたかねのちかければ
   ゆきふるほどをおもひこそやれ

     題しらず     刑部卿範兼
0416 たまつばきみどりのいろも見えぬまで
   こせのふゆ野はゆきふりにけり

              清輔朝臣
0417 雲井よりちりくるゆきはひさかたの
   月のかつらのはなにやあるらん

     百首哥雪哥
              前関白
0418 いるひとのおとづれもせぬしらゆきの
   ふかきやまぢをいづる月かげ

              関白左大臣
0419 をとめごのそでふるゆきのしろ妙に
   よしののみやはさえぬひもなし

     冬月をよみ侍ける
              左京大夫顕輔
0420 ゆきふかきよしののやまのたかねより
   そらさへさえていづる月かげ

     冬哥とてよみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣
0421 さびしきはいつもながめのものなれど
   くもまのみねのゆきのあけぼの

0422 しもとゆふかづらきやまのいかならん
   みやこもゆきはまなく時なし

              鎌倉右大臣
0423 山たかみあけはなれゆくよこ雲の
   たえまにみゆる峯のしらゆき

              正三位家隆
0424 あけわたるくもまのほしのひかりまで
   やまのはさむし峯のしら雪

     建保五年内裏哥合、冬海雪
              八条院高倉
0425 さとのあまのさだめぬやどもうづもれぬ
   よするなぎさのゆきのしらなみ

              正三位家隆
0426 わたのはらやそしましろくふるゆきの
   あまぎるなみにまがふつりぶね

     高陽院家哥合に
              康資王母
0427 ふみみけるにほのあとさへをしきかな
   こほりのうへにふれるしらゆき

      題しらず    曽祢好忠
0428 ちはやぶるかみなびやまのならの葉を
   ゆきふりさけてたをるやまびと

     堀河院に百首哥たてまつりける時
              基俊
0429 おくやまのまつの葉しのぎふるゆきは
   人たのめなる花にぞありける

     建保六年内裏哥合、冬哥
              入道前太政大臣
0430 つま木こるやまぢもいまやたえぬらん
   さとだにふかきけさのしらゆき

              参議雅経
0431 かりごろもすそのもふかしはしたかの
   とがへるやまのみねのしらゆき

     関白左大臣家百首哥よみ侍ける、雪哥
              兵部卿成実
0432 はしたかのとがへるやまのゆきのうちに
   それとも見えぬ峯のしひしば

     古渓雪をよみ侍ける
              中宮大夫通方
0433 たにふかみゆきのふるみちあとたえて
   つもれるとしをしる人ぞなき

     家哥合に暮山雪といへる心を
              前関白
0434 くれやすきひかずもゆきもひさにふる
   みむろのやまのまつのしたをれ

     哥合に寒夜炉火といへる心を
              嘉陽門院越前
0435 いたまよりそでにしらるる山おろしに
   あらはれわたるうづみ火のかげ

      後京極摂政家哥合に
              藤原隆信朝臣
0436 いかなればふゆにしられぬいろながら
   まつしも風のはげしかるらん

     題しらず     鎌倉右大臣
0437 もののふのやそうぢ河をゆく水の
   ながれてはやきとしのくれ哉

     五十首哥よませ侍ける時、惜歳暮といへる心を
              入道二品親王道助
0438 とどめばやながれてはやきとしなみの
   よどまぬ水はしがらみもなし

              正三位家隆
0439 つらかりしそでのわかれのそれならで
   をしむをいそぐとしのくれ哉

              如願法師
0440 あすかがはかはるふちせもあるものを
   せくかたしらぬ年のくれ哉

     題しらず     大納言師氏
0441 ももしきの大宮人もむれゐつつ
   こぞとやけふをあすはかたらん

              貫之
0442 ふるゆきをそらにぬさとぞたむけつる
   はるのさかひにとしのこゆれば

   新勅撰和謌集巻第七
    賀哥

     貞永元年六月、きさいの宮の御方にて、はじめて鶴契遐年といふ題を講ぜられ侍けるに
              前関白
0443 つるの子の又やしはごのすゑまでも
   ふるきためしをわがよとや見む

              関白左大臣
0444 ひさかたのあまとぶつるのちぎりおきし
   千世のためしのけふにもあるかな

     寛治八年八月、高陽院家哥合に、月哥
              周防内侍
0445 つねよりもみかさのやまのつきかげの
   ひかりさしそふあめのした哉

     祝のこころをよめる
              藤原行家朝臣
0446 あめのしたひさしきみよのしるしには
   みかさのやまのさか木をぞさす

     百首哥よませ侍ける時、祝哥
              後法性寺入道前関白太政大臣
0447 やちよへむきみがためとやたまつばき
   葉がへをすべきほどはさだめじ

              大宰大弐重家
0448 むしろ田にむれゐるたづの千世もみな
   きみがよはひにしかじとぞおもふ

     堀河院御時、竹不改色といへる心をよませたまうけるに
              富家入道前関白太政大臣
0449 いろかへぬたけのけしきにしるきかな
   よろづよふべききみがよはひは

     長保五年左大臣家哥合に
              藤原長能
0450 きみが世のちとせのまつのふかみどり
   さわがぬみづにかげは見えつつ

     題しらず     実方朝臣
0451 枝かはすかすがのはらのひめこまつ
   いのるこころは神ぞしるらん

     天徳二年、右大臣五十賀屏風
              清原元輔
0452 わがやどの千世のかはたけふしとほみ
   さもゆくすゑのはるかなるかな

     勅使にて斎宮にまゐりてよみ侍ける
              中納言兼輔
0453 くれたけの世よのみやこときくからに
   きみはちとせのうたがひもなし

     一品康子内親王裳ぎ侍けるに
              公忠朝臣
0454 みなひとのいかでとおもふよろづ世の
   ためしときみをいのるけふかな

     天暦御時みこたちのはかまぎ侍けるに
              中納言朝忠
0455 おほはらやをしほのこまつ葉をしげみ
   いとどちとせのかげとならなん

     題しらず     よみびとしらず
0456 うれしさをむかしはそでにつつみけり
   こよひは身にもあまりぬるかな

     長元六年、関白しらかはにて、子日侍けるに
              中納言顕基
0457 ちとせまでいろやまさらんきみがため
   いはひそめつるまつのみどりは

     永治二年、崇徳院摂政の法性寺家にわたらせたまうて、松契千年といへる心をよませ給けるに
              大炊御門左大臣
0458 うつしうゑてしめゆふやどのひめこまつ
   いくちよふべきこずゑなるらん

     後白河院御時、やそしまのまつりにすみよしにまかりてよみ侍ける
              権中納言長方
0459 神がきやいそべのまつにこととはむ
   けふをば世よのためしとや見る

     仁安三年、摂政閑院家にて、対松争齢といへるこころをよみ侍ける
              権中納言兼光
0460 うつしううるまつのみどりもきみがよも
   けふこそちよのはじめなりけれ

     建仁三年正月、松有春色といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに
              前左大臣
0461 ときはなるたままつがえも春くれば
   千世のひかりやみがきそふらん

     御いのりつかうまつりておもひをのべ侍ける
              権大僧都良算
0462 ふしておもひあふぎていのるわがきみの
   み世はちとせにかぎらざるべし

     おいののち、はるのはじめによみ侍ける
              入道前太政大臣
0463 はるはまづ子日のまつにあらずとも
   ためしにわれをひとやひくべき

     天喜四年閏三月、中殿に翫新成桜花哥
              堀河右大臣
0464 けふぞ見るたまのうてなのさくらばな
   のどけきはるにあまるにほひを

              権大納言信家
0465 つねよりもはるものどけききみが世に
   ちらぬためしのはなを見るかな

     寛喜元年十一月、女御入内屏風、京華人家元日かきたる所
              前関白
0466 はつはるの花のみやこにまつをうゑて
   たみのとどめるちよぞしらるる

     江山人家柳ある所
              入道前太政大臣
0467 名にしおはばしくやみぎはのたま柳
   いりえのなみにみふねこぐまで

     池辺藤花
              正三位知家
0468 はるびさくふぢのしたかげいろみえて
   ありしにまさるやどのいけみづ

     四月山田早苗
              内大臣
0469 み田やもりいそぐさなへにおなじくは
   ちよのかずとれわがきみのため

     八月山野に鹿たてる所
              前関白
0470 いまぞこれいのりしかひよかすがやま
   おもへばうれしさをしかのこゑ

     人家翫月
0471 わがやどのひかりを見てもくものうへの
   月をぞいのるのどかなれとは

     田家西収興
0472 としあればあきのくもなすいなむしろ
   かりしく民のたたぬひぞなき

              入道前太政大臣
0473 あきをへてきみがよはひのありかずに
   かり田のいねもちつかつむなり

     円融院御時、中将公任と碁つかうまつりて、まけわざにしろがねのこにむしいれて、弘徽殿にたてまつらせ侍ける
              小野宮右大臣
0474 よろづ世のあきをまちつつなきわたれ
   いはほにねざすまつむしのこゑ

     九月九日、従一位倫子きくのわたをたまひて、おいのごひすてよと侍ければ
              紫式部
0475 きくのつゆわかゆばかりにそでふれて
   はなのあるじに千世はゆづらん

     菊をよみ侍ける
              元輔
0476 わがやどのきくのしらつゆよろづ世の
   あきのためしにおきてこそ見め

              康資王母
0477 なが月ににほひそめにしきくなれば
   しももひさしくおけるなりけり

     後冷泉院御時、残菊映水といへる心を
              権大納言長家
0478 神な月のこるみぎはのしらぎくは
   ひさしきあきのしるしなりけり

     承保三年大井河に行幸の日よみ侍ける
              大宮右大臣
0479 大井がはふるきみゆきのながれにて
   となせのみづもけふぞすみける

              前中納言伊房
0480 おほ井がはけふのみゆきのしるしにや
   千世にひとたびすみわたるらん

     寛喜元年女御入内屏風、十一月江辺寒芦鶴立
              入道前太政大臣
0481 千世ふべきなにはのあしのよをかさね
   しものふりはのつるのけごろも

     泥絵屏風、岩清水臨時祭
              権中納言定家
0482 ちりもせじころもにすれるささだけの
   おほみや人のかざすさくらは

     承保元年大嘗会主基哥、丹波国かつらの山
              前中納言匡房
0483 ひさかたの月のかつらのやまびとも
   とよのあかりにあひにけるかな

     寛治元年悠紀哥、近江国みむろの山
0484 しぐれふるみむらのやまのもみぢばは
   たがおりかけしにしきなるらん

     仁安三年悠紀風俗哥
              宮内卿永範
0485 あめつちをてらすかがみのやまなれば
   ひさしかるべきかげぞ見えける

     貞応元年悠紀哥、たま野
              正三位家衡
0486 いろいろのくさばのつゆをおしなべて
   たまののはらに月ぞみがける

     おなじ主基の風俗哥、いはや山
              権中納言頼資
0487 ふかみどりたま松がえの千世までも
   いはやのやまぞうごかざるべき

     御屏風哥いはくら山
0488 あしひきのいはくらやまのひかげぐさ
   かざすや神のみことなるらん

     題しらず     よみびとしらず
0489 月も日もかはりゆけどもひさにふる
   みむろのやまのとこみやどころ

     延喜六年、日本紀竟宴哥、誉田天皇
              西三条右大臣
0490 としへたるふるきうききをすてねばぞ
   さやけきひかりとほくきこゆる

     豊御食炊屋姫天皇
              貞信公
0491 つつみをばとよらのみやにつきそめて
   世よをへぬれど水はもらさず

     天平十六年、正月雪ふかくつもりて侍けるあした、みこたちかむだちめひきゐて、太上天皇の中宮西院にまゐりて、雪はらはせ侍ける御前にめして、おほみきたまひけるついでにそうし侍ける
              井手左大臣
0492 ふるゆきのしろかみまでにおほきみに
   つかへまつればたふとくもあるか

     右大臣の佐保の家にみゆきせさせたまうける日
              聖武天皇御製
0493 あをによしならのみやこのくろ木もて
   つくれるやどはをれどあかぬかも

   新勅撰和歌集巻第八
    羈旅哥

     大宰帥に侍ける時、府官らひきゐて、香椎浦にあそび侍けるによめる
              大納言旅人
0494 いざやこらかしひのかたにしろたへの
   そでさへぬれてあさなつみてん

     越中守に侍ける時、くにのつかさふせのみづうみにあそび侍ける時よめる
              中納言家持
0495 ふせのうみのおきつしらなみありがよひ
   いやとしのはに見つつしのばん

     あすかかはらの御時、あふみにみゆき侍けるによみ侍ける
              額田王
0496 あきの野にをばなかりふきやどれりし
   宇治のみやこのかりいほしぞおもふ

     芳野宮にみゆき侍ける時
              持統天皇御製
0497 みよしののやましたかぜのさむけくに
   はたやこよひもわがひとりねむ

     慶雲三年、なにはの宮にみゆきの日
              田原天皇御製
0498 あし辺ゆくかものはがひにしもふりて
   さむきゆふべのことをしぞおもふ

     題しらず    よみびとしらず
0499 いづくにかわがやどりせんたかしまの
   かちののはらにこのひくらしつ

0500 くるしくもふりくるあめかみわのさき
   さののわたりに家もあらなくに

              弁基法師
0501 まつちやまゆふこえゆきていほさきの
   すみだがはらにひとりかもねむ

     亭子院、宮瀧御覧じにおはしましける御ともにつかうまつりて、ひぐらし野といふ所をよみ侍ける
              大納言昇
0502 ひぐらしのゆきすぎぬともかひもあらじ
   ひもとくいももまたじとおもへば

     うりふやまをこえ侍とて
              謙徳公
0503 ゆくひとをとどめかねてぞうりふやま
   みねたちならししかもなくらん

     おほしまのなるとといふ所にてよみ侍ける
              恵慶法師
0504 みやこにといそぐかひなくおほしまの
   なだのかけぢはしほみちにけり

     藤原惟規が越後へくだり侍けるにつかはしける
              伊勢大輔
0505 けふやさはおもひたつらんたびごろも
   身にはなれねどあはれとぞきく

     題しらず     和泉式部
0506 こし方をやへのしらくもへだてつつ
   いとど山ぢのはるかなる哉

     みちのくにへまかりける人に
              藤原清正
0507 かりそめのわかれとおもへどたけくまの
   まつにほどへんことぞくやしき

     宇佐使餞に
              左京大夫顕輔
0508 たちわかれはるかにいきのまつほどは
   ちとせをすぐす心地せむかも

     題しらず     道因法師
0509 しぬばかりけふだになげくわかれぢに
   あすはいくべき心地こそせね

     羈中暁といへるこころをよみ侍ける
              入道前太政大臣
0510 たびごろもたつあかつきのとりのねに
   つゆよりさきもそではぬれけり

     別の心をよみ侍ける
              源家長朝臣
0511 わかれぢをおしあけがたのまきの戸に
   まつさきだつはなみだなりけり

              藤原親継
0512 わかれゆくかげもとまらずいはし水
   あふさかやまは名のみふりつつ

     土左国に年へ侍ける時、哥あまたよみ侍けるに
              藤原兼高
0513 あかつきぞなほうきものとしられにし
   みやこをいでしありあけのそら

     権大納言忠信哥合し侍けるに、旅恋をよめる
              藤原信実朝臣
0514 くれにもといはぬわかれのあかつきを
   つれなくいでしたびのそらかな

     旅哥とてよみ侍ける
              前中納言匡房
0515 まだしらぬたびのみちにぞいでにける
   野ばらしのはら人にとひつつ

     宇治関白、ありまのゆ見にまかりける道にて、惜秋暮哥よみ侍けるに
              権大納言長家
0516 神なびのもりのあたりにやどはかれ
   くれゆくあきもさぞとまるらん

     斎宮群行のすずかの頓宮にて、たびのうたよみ侍けるに
              権中納言通俊
0517 いそぐともけふはとまらむたびねする
   あしのかりいほにもみぢちりけり

     関路暁雪といへる心をよみ侍ける
              権大納言公実
0518 とりのねにあけぬときけばたびごろも
   さゆともこえむせきのしらゆき

     久安百首哥たてまつりける、たびの哥
              皇太后宮大夫俊成
0519 わがおもふ人に見せばやもろともに
   すみだがはらのゆふぐれのそら

0520 はるかなるあしやのおきのうきねにも
   ゆめぢはちかきみやこなりけり

     後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍けるに、たびのこころをよみてつかはしける
              後徳大寺左大臣
0521 くさまくらむすぶゆめぢはみやこにて
   さむればたびのそらぞかなしき

     百首哥たてまつりける時
              後京極摂政前太政大臣
0522 うきまくらかぜのよるべもしらなみの
   うちぬるよひはゆめをだに見ず

              式子内親王
0523 あらいそのたまものとこにかりねして
   われからそでをぬらしつるかな

              源師光
0524 てる月のみちゆくしほにうきねして
   たびのひかずぞおもひしらるる

     題しらず     鎌倉右大臣
0525 世中はつねにもがもななぎさこぐ
   あまのをぶねのつなでかなしも

     入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに、海旅
              法印幸清
0526 くれぬとてとまりにかかるゆふなみに
   ことうらしるきあまのいさり火

     旅泊の心をよみ侍ける
              権中納言頼資
0527 夜をかさねうきねのかずはつもれども
   なみぢのすゑやなほのこるらん

              正三位知家
0528 なみまくらゆめにも見えずいもがしま
   なにをかたみのうらといふらん

              参議雅経
0529 たちかへりまたもやこえむみねの雲
   あともとどめぬよものあらしに

              真昭法師
0530 月のいろもうつりにけりなたびごろも
   すそののはぎのはなのゆふつゆ

     みやこをはなれて、ところどころにまうでめぐり侍けるころ、よみ侍ける
              八条院高倉
0531 世をうしとなれしみやこはわかれにき
   いづこのやまをとまりともなし

0532 しら雲のやへたつやまをたづぬとも
   まことのみちはなほやまどはん

     建暦三年内裏詩哥合、羈中眺望といへるこころをよみ侍ける
              六条入道前太政大臣
0533 こえわぶるやまもいくへになりぬらん
   わけゆくあとをうづむしらくも

     建保二年内裏哥合、秋哥
              前内大臣
0534 くればまたわがやどりかはたび人の
   かちののはらのはぎのしたつゆ

     世をのがれてのち、修行のついであさか山をこえ侍けるに、むかしのことおもひいで侍てよみ侍ける
              蓮生法師
0535 いにしへの我とはしらじあさかやま
   見えしやま井のかげにしあらねば

     たびのこころをよみ侍ける
              前大僧正慈円
0536 かへりこばかさなるやまのみねごとに
   とまるこころをしをりにはせむ

     みちのくににくだり侍ける人をおくりて、あはづにとまりてよみ侍ける
              禎子内親王家摂津
0537 あづまぢの野ぢのくさばのつゆしげみ
   ゆくもとまるもそでぞしをるる

     惟喬のみこのかりしけるともにひごろ侍て、かへりて侍けるを、猶とどめ侍ければよみ侍ける
              業平朝臣
0538 まくらとてくさひきむすぶこともせじ
   あきの夜とだにたのまれなくに

     なにはにみゆき侍ける時よめる
              置始東人
0539 大伴のたかしのはまのまつがねを
   まくらにぬれど家しおもほゆ

   新勅撰和謌集巻第九
    神祇哥

     延喜六年日本記竟宴哥、下照姫
              中納言当時
0540 からころもしたてるひめのつまごひぞ
   あめにきこゆるたづならぬねは

     天慶六年竟宴哥、国常立尊
              中納言維時
0541 あめのしたをさむるはじめむすびおきて
   よろづよまでにたえぬなりけり

     月夜見尊
              源公忠朝臣
0542 つきよみのあめにのぼりてやみもなく
   あきらけき世をみるがたのしさ

     天児屋根尊
              橘仲遠
0543 あさなあさなてるひのひかりますごとに
   こやねのみこといつかわすれん

     神楽のとりものうた
0544 ささわけばそでこそやれめとね河の
   いしはふむともいざかはらより

0545 ゆみといへばしななきものとあづさゆみ
   まゆみつきゆみひとしなもなし

     堀河院御時、宮いでさせ給へりけるころ、うへのをのこどもまゐりて、わざとならぬもののねなどきこえ侍けるに、内の御あそびに宮人うたはせたまひけるをおもひいでてよみ侍ける
              二条太皇太后宮大弐
0546 ゆふしでや神のみやびとたまさかに
   もりいでし夜半は猶ぞこひしき

     庚申のよ、みかぐらのついでに、女房哥合し侍けるに
              [示+某]子内親王家宣旨
0547 ゆふしでていはふいつきのみやびとは
   世よにかれせぬさか木をぞとる

     潤三月侍けるとし、斎院にまゐりて、長官めしいでて、女房の中につかはしける
              京極前関白太政大臣
0548 はるは猶のこれるものをさくらばな
   しめのうちにはちりはてにけり

     賀茂臨時祭をよみ侍ける
              法性寺入道前摂政太政大臣
0549 いかなればかざしのはなは春ながら
   をみのころもにしものおくらん

     おなじ心をよみ侍ける
              貫之
0550 やまあゐもてすれるころものあかひもの
   ながくぞ我は神につかふる

     道因がすすめ侍ける広田社哥合に、社頭雪をよみ侍ける
              三条入道左大臣
0551 やまあゐもてすれるころもにふるゆきは
   かざすさくらのちるかとぞ見る

     臨時祭還立の御神楽をよみ侍ける
              兵部卿成実
0552 たちかへるくもゐの月もかげそへて
   には火うつろふやまあゐのそで

     かぐらをよみ侍ける
              大納言通具
0553 ありあけのそらまだふかくおくしもに
   月かげさゆるあさくらのこゑ

     建保三年百首哥たてまつりけるに、みむろやま
              正三位家隆
0554 さか木とりかけしみむろのますかがみ
   そのやまのはと月もくもらず

     百首哥よみ侍けるに
              後京極摂政前太政大臣
0555 すずかがはやそせしらなみわけすぎて
   神ぢのやまのはるをみしかな

0556 かすがやまもりのしたみちふみわけて
   いくたびなれぬさをしかのこゑ

     建保六年内裏哥合、秋哥
              僧正行意
0557 かすがやま山たかからしあきぎりの
   うへにぞしかのこゑはきこゆる

     日吉社垂跡の心をよみ侍ける
              前大僧正慈円
0558 志賀の浦にいつつのいろのなみたてて
   あまくだりけるいにしへのあと

0559 朝日さすそなたのそらのひかりこそ
   やまかげてらすあるじなりけれ

0560 うけとりきうき身なりともまどはすな
   みのりのつきのいりがたのそら

     述懐のうたよみ侍けるに
0561 わがたのむ神もやそでをぬらすらん
   はかなくおつる人のなみだに

     社頭にて八十賀つかうまつりけるに、よみ侍ける
              祝部成仲
0562 かぞふればやそぢのはるになりにけり
   しめのうちなるはなをかざして

     千五百番哥合に
              土御門内大臣
0563 やをよろづ神のちかひもまことには
   みよのほとけのめぐみなりけり

     あふひをよみ侍ける
              参議雅経
0564 かけていのるそのかみやまのやまひどと
   ひともみあれのもろかづらせり

     社頭にたてまつりける述懐哥
              祝部忠成
0565 しもやたびおけどみどりのさか木ばに
   ゆふしでかけて世をいのる哉

     題しらず     寂延法師
0566 もみぢ葉のあけのたまがきいくあきの
   しぐれのあめにとしふりぬらん

     祝のこころをよみ侍ける
              賀茂重政
0567 神やまのさか木もまつもしげりつつ
   ときはかきはのいろぞひさしき

     述懐哥よみ侍けるに
              荒木田延成
0568 やへさか木しげきめぐみのかずそへて
   いやとしのはにきみをいのらん

     するがのくにに神拝し侍けるに、ふじの宮によみてたてまつりける
              平泰時
0569 ちはやぶる神世のつきのさえぬれば
   みたらしがはもにごらざりけり

     寛喜三年、伊勢勅使たてられ侍ける当日まで、雨はれがたく侍けるに、宣旨うけたまはりて、本官にこもりて祈請し侍けるに、よみ侍ける
              卜部兼直
0570 あまつかぜあめのやへくもふきはらへ
   はやあきらけき日のみかげ見む
      むま時より雨はれ侍にけり

     かぐらをよみ侍ける
              法印慶算
0571 さとかぐらあらしはるかにおとづれて
   よそのねざめもかみさびにけり

     題しらず     恵慶法師
0572 しもがれやならのひろ葉をやひらでに
   さすとぞいそぐ神のみやつこ

              能因法師
0573 みづがきにくちなしぞめのころもきて
   もみぢにまじるひとやはふりこ

   新勅撰和謌集巻第十
    釈教哥

     土左国室戸といふ所にて
              弘法大師
0574 法性のむろとといへどわがすめば
   うゐのなみかぜよせぬひぞなき

     はちすのつゆをよみ侍ける
              空也上人
0575 有漏の身は草葉にかかるつゆなるを
   やがてはちすにやどらざりけむ

     いこまのやまのふもとにて、をはりとり侍けるに
              大僧正行基
0576 のりのつきひさしくもがなとおもへども
   さ夜ふけにけりひかりかくしつ

     題しらず     千観法師
0577 法身の月はわが身をてらせども
   無明のくもの見せぬなりけり

     あまの戒うけ侍けるに
              大僧正観修
0578 ねむごろにとをのいましめうけつれば
   いつつのさはりあらじとぞおもふ

     大僧正明尊、山しなでら供養の導師にて、草木成仏のよしとき侍けるをききて、あしたにつかはしける
              大僧都深観
0579 草木までほとけのたねとききつれば
   このみのならむこともたのもし

     返し       大僧正明尊
0580 たれもみなほとけのたねぞおこなはば
   この身ながらもならざらめやは

     錫杖のこころをよみ侍ける
0581 むつのわをはなれてみ世のほとけには
   ただこのつゑにかかりてぞなる

     法成寺入道前摂政家に法華経廿八品哥よませ侍けるに、序品
              権大納言行成
0582 むかし見しはなのいろいろちりかふは
   けふのみのりのためしなるらん

     五百弟子品
              法成寺入道前摂政太政大臣
0583 きてつくる人なかりせばころもでに
   かくるたまをもしらずやあらまし

     廿八品哥よみ侍けるに、同品
              少僧都源信
0584 そでのうへのたまをなみだとおもひしは
   かけけむきみにそはぬなりけり

     観音院に御封よせさせ給ける時の御哥
              冷泉院太皇太后宮
0585 けふたつるたみのけぶりのたえざらば
   きえてはかなきあとをとはなん

     発心和哥集の哥、般若心経
              選子内親王
0586 世よをへてときくるのりはおほかれど
   これぞまことの心なりける

     普賢十願請仏住世
0587 みなひとのひかりをあふぐそらのごと
   のどかにてらせくもがくれせで

     薬王品、尽是女身
0588 まれらなるのりをききつるみちしあれば
   うきをかぎりとおもひぬるかな

     百首哥中に、大悲代受苦の心を
              式子内親王
0589 けちがたきひとのおもひに身をかへて
   ほのをにさへやたちまじるらん

     待賢門院中納言、人びとすすめて、法華経廿八品の哥よませ侍けるに、譬喩品、其中衆生悉是吾子のこころをよめる
              皇太后宮大夫俊成
0590 みなしごとなになげきけんよの中に
   かかるみのりのありけるものを

     随喜功徳品
0591 たにがはのながれのすゑをくむ人も
   きくはいかがはしるしありける

     美福門院、極楽六時讃をゑにかかせられ侍て、かくべき哥つかうまつりけるに、虚空界をとびすぎて、歓喜国をさしてゆかむ
0592 たをりつるはなのつゆだにまだひぬに
   くものいくへをすぎてきぬらん

     白銀ひかりさかりにて、普賢大士来至す
0593 しろたへに月かゆきかと見えつるは
   にしをさしけるひかりなりけり

     舎利報恩講といふことおこなひ侍けるに
              前大僧正慈円
0594 けふののりはわしのたかねにいでしひの
   かくれてのちのひかりなりけり

0595 さとりゆく雲はたかねにはれにけり
   のどかにてらせあきの夜のつき

     金剛界の五部をよみ侍ける、仏部
0596 いまはうへにひかりもあらじもち月と
   かぎるになればひときはのそら

     塵点本のこころをよみ侍ける
0597 ゐるちりのつもりてたかくなるやまの
   おくよりいでし月を見るかな

     家に百首哥よませ侍ける時、五智の大円鏡智のこころを
              後法性寺入道前関白太政大臣
0598 くもりなくみがきあらはすさとりこそ
   まどかにすめるかがみなりけれ

     阿含経      藤原隆信朝臣
0599 ありとやはかぜまつほどをたのむべき
   をじかなく野におけるしら露

     安楽行品     藤原盛方朝臣
0600 やまふかみまことのみちにいるひとは
   のりのはなをやしをりにはする

     法華経、提婆品のこころを
              法印慶忠
0601 のりのため身をしたがへしやま人に
   かへりて道のしるべをぞする

     紫式部ためとて結縁経供養し侍ける所に、薬草喩品をおくり侍とて
              権大納言藤原宗家
0602 のりのあめに我もやぬれんむつましき
   わかむらさきのくさのゆかりに

     廿八品哥よみ侍けるに、寿量品
              八条院高倉
0603 身をすててこひぬこころぞうかりける
   いはにもおふるまつはあるよに

     陀羅尼品
0604 あまつそらくものかよひぢそれならぬ
   をとめのすがたいつかまち見む

     勧発品、受持仏語作礼而去
              寂然法師
0605 ちりぢりにわしのたかねをおりぞゆく
   みのりのはなをいへづとにして

     薩[土+垂]王子のこころをよみ侍ける
              殷富門院大輔
0606 身をすつるころもかけけるたけのはの
   そよいかばかりかなしかりけん

     百首哥よみ侍けるに、十界哥、人界
              後京極摂政前太政大臣
0607 ゆめのよに月日はかなくあけくれて
   またはえがたき身をいかにせん

     菩薩
0608 秋の月もちはひと夜のへだてにて
   かつがつかげぞのこるくまなき

     十二光仏のこころをよみ侍ける、不断光仏
              源季広
0609 月かげはいるやまのはもつらかりき
   たえぬひかりを見るよしも哉

     如来無辺誓願仕のこころをよめる
              鑁也法師
0610 かずしらぬちぢのはちすにすむ月を
   こころの水にうつしてぞみる

     中道観のこころをよみ侍ける
              信生法師
0611 ながむればこころのそらにくもきえて
   むなしきあとにのこる月かげ

     悲鳴[口+幼]咽痛恋本群といへる心をよめる
              寂然法師
0612 たちはなれこはぎがはらになくしかは
   みちふみまどふ友やこひしき

     自惟孤露のこころを
              寂超法師
0613 とことはにたのむかげなきねをぞなく
   つるのはやしのそらをこひつつ

     十戒哥よみ侍けるに、不殺生戒
              法眼宗円
0614 けふよりはかりにもいづなきぎすなく
   かたののみのはしもむすぶなり

     不偸盗戒
0615 こえじただおなじかざしの名もつらし
   たつたのやまの夜半のしらなみ

     不慳貧戒
0616 こけのしたにくちせぬ名こそかなしけれ
   とまればそれもをしむならひに

     経教如鏡のこころをよめる
              蓮生法師
0617 のちの世をてらすかがみのかげを見よ
   しらぬおきなはあふかひもなし

     十如是のこころをよみ侍ける、本来究竟等
              寂然法師
0618 をざさはらあるかなきかのひとふしに
   もともすゑばもかはらざりけり

     後法性寺入道前関白舎利講のついで、ひとびとに十如是哥よませ侍けるに、如是躰の心を
              後京極摂政前太政大臣
0619 はるの夜のけぶりにきえし月かげの
   のこるすがたも世をてらしけり

     如是性      讃岐
0620 すむとてもおもひもしらぬ身のうちに
   したひてのこるありあけの月

     大輔人びとに十首哥すすめて、天王寺にまうでけるに、よみ侍ける
              殷富門院新中納言
0621 とどめけるかたみを見てもいとどしく
   むかしこひしきのりのあとかな

     天王寺の西門にてよみ侍ける
              郁芳門院安芸
0622 さはりなくいるひを見てもおもふかな
   これこそにしのかどでなりけれ

     おいののち天王寺にこもりゐて侍ける時、ものにかきつけて侍ける
              後白河院京極
0623 にしのうみいるひをしたふかどでして
   きみのみやこにとほざかりぬる

     なき人の手にものかきてと申ける人に、光明真言をかきておくり侍とて
              高弁上人
0624 かきつくるあとにひかりのかがやけば
   くらきみちにもやみははるらん

     なにごとかと申たりける人の返事につかはしける
0625 きよたきやせぜのいはなみたかをやま
   ひともあらしのかぜぞ身にしむ

0626 ゆめのよのうつつなりせばいかがせむ
   さめゆくほどをまてばこそあれ

     住房の西のたににいはほあり、定心石となづく、松あり、縄床樹となづく、もとふたえだにして坐するにたよりあり、正月雪ふる日、すこしひまあるほど坐禅するに、松のあらしはげしくふきて、すみぞめのそでにあられのふりつもりて侍けるを、つつみていしのうへをたつとて、衣裏明珠のたとひをおもひいでてよみ侍ける
0627 まつのしたいはねのこけにすみぞめの
   そでのあられやかけししらたま

   新勅撰和謌集巻第十一
    恋哥一

     題しらず
              よみびとしらず
0628 ゆめにだにまだ見ぬひとのこひしきは
   そらにしめゆふ心地こそすれ

0629 いにしへはありもやしけむ今ぞしる
   まだ見ぬひとをこふるものとは

0630 かすがやまあさゐるくものおぼつかな
   しらぬ人にもこひわたるかな

0631 あしわかのうらにきよするしらなみの
   しらじなきみはわれおもふとも

0632 いはみがたうらみぞふかきおきつなみ
   よするたまもにうづもるる身は

0633 なにはえのこやに夜ふけてあまのたく
   しのびにだにもあふよしも哉

0634 あさなあさなあまのさをさすうらふかみ
   およばぬこひも我はするかな

     女につかはしける
              業平朝臣
0635 いへばえにいはねばむねにさわがれて
   こころひとつになげくころ哉

     はじめて人につかはしける
              権中納言敦忠
0636 雲井にてくもゐに見ゆるかささぎの
   はしをわたるとゆめに見し哉

     返し       よみびとしらず
0637 ゆめならば見ゆるなるらんかささぎは
   このよのひとのこゆるはしかは

     下らうに侍ける時、本院侍従につかはしける
              忠義公
0638 いろにいでていまぞしらするひとしれず
   おもひわびつるふかきこころを

     中将に侍ける時、おなじ女につかはしける
              中納言朝忠
0639 いはでのみおもふこころをしる人は
   ありやなしやとたれにとはまし

     返し       本院侍従
0640 しるひとやそらになからんおもふなる
   こころのそこのこころならでは

     和泉式部につかはしける
              大宰帥敦道親王
0641 うちいでてもありにしものをなかなかに
   くるしきまでもなげくけふかな

     返し       和泉式部
0642 けふのまのこころにかへておもひやれ
   ながめつつのみすぐす月日を

     ひとのむすめと物がたりし侍けるを、女のおやききつけて、もろともにゐあかし侍にけるあしたにつかはしける
              藤原高光
0643 こひやせんわすれやしなんぬともなく
   ねずともなくてあかしつる夜を

     題しらず     道信朝臣
0644 いつまでとわが世中もしらなくに
   かねてもものをおもはするかな

              相模
0645 いかでかはあまつそらにもかすむべき
   こころのうちにはれぬおもひを

     五節のころ、まひひめのさしぐしをとりて返しつかはすとて
              藤原義孝
0646 ひとしれぬこころひとつになげきつつ
   つげのをぐしぞさすそらもなき

     五節所に侍ける女、いみじう見えぬと申けるあした、ひかげにつけてつかはしける
              大宰大弐高遠
0647 ひかげさしをとめのすがた見てしより
   うはのそらなるものをこそおもへ

     題しらず     躬恒
0648 やまかげにつくるやま田のみがくれて
   ほにいでぬこひに身をやつくさむ

     女につかはしける
              業平朝臣
0649 そでぬれてあまのかりほすわたつみの
   見るをあふにてやまむとやする

     返し       よみ人しらず
0650 いはまよりおふるみるめしつれなくは
   しほひしほみちかひもありなん

     題しらず     小町
0651 みなといりのたまつくり江にこぐふねの
   おとこそたてねきみをこふれど

0652 みるめかるあまのゆききのみなとぢに
   なこそのせきもわがすゑなくに

              よみびとしらず
0653 いとへどもなほすみのえのうらにほす
   あみのめしげきこひもする哉

0654 こひわたるころものそではしほみちて
   みるめかづかぬなみぞたちける

     堀河院、艶書の哥をひとびとにめして、女房のもとにつかはして、返哥をめしける時、よみ侍ける
              権大納言公実
0655 としふれどいはでくちぬるむもれ木の
   おもふこころはふりぬこひ哉

     返し       康資王母
0656 ふかからじみなせのかはのむもれ木は
   したのこひぢにとしふりぬとも

     恋十首哥よみ侍けるに
              神祇伯顕仲
0657 こひのやましげきをざさのつゆわけて
   いりそむるよりぬるるそでかな

     久安百首哥たてまつりけるこひの哥
              待賢門院堀河
0658 かくとだにいはぬにしげきみだれあしの
   いかなるふしにしらせそめまし

0659 そでぬるる山井のしみづいかでかは
   人めもらさでかげを見るべき

              皇太后宮大夫俊成
0660 ちらばちれいはせのもりのこがらしに
   つたへやせましおもふことのは

0661 なみだがはそでのみわたにわきかへり
   ゆくかたもなきものをこそおもへ

              清輔朝臣
0662 おのづからゆきあひのわせをかりそめに
   見し人ゆゑやいねがてにせん

0663 わがこひをいはでしらするよしも哉
   もらさばなべて世にもこそちれ

     二条院御時、こひのうためしけるに
              権大納言宗家
0664 ひとめをばつつむとおもふをせきかねて
   そでにあまるはなみだなりけり

     百首哥よみ侍けるに、忍恋のこころを
              前大納言資賢
0665 おもひやる方こそなけれおさふれど
   つつむ人めにあまるなみだは

     家に百首哥よみ侍けるに
              後法性寺入道前関白太政大臣
0666 くれなゐのなみだをそでにせきかねて
   けふぞおもひのいろにいでぬる

              皇嘉門院別当
0667 おもひがはいはまによどむ水ぐきを
   かきながすにもそではぬれけり

              宜秋門院丹後
0668 そでのうへのなみだぞいまはつらからぬ
   ひとにしらるるはじめとおもへば

     恋哥よみ侍けるに
              皇太后宮大夫俊成
0669 みしめひきうづきのいみをさすひより
   こころにかかるあふひぐさかな

     刑部卿頼輔、哥合し侍けるに、よみてつかはしける、忍恋
0670 いかにしてしるべなくともたづねみん
   しのぶのやまのおくのかよひぢ

     題しらず     西行法師
0671 あづまぢやしのぶのさとにやすらひて
   なこそのせきをこえぞわづらふ

              正三位家隆
0672 ひとしれずしのぶのうらにやくしほの
   わかなはまだきたつけぶりかな

     百首哥たてまつりける、こひの哥
              宜秋門院丹後
0673 いはぬまはこころひとつにさわがれて
   けぶりもなみもむねにこそたて

              源師光
0674 わがこころいかなるいろにいでぬらん
   まだ見ぬ人をおもひそめつつ

              権中納言定家
0675 まつがねをいそべのなみのうつたへに
   あらはれぬべきそでのうへ哉

     堀河院に百首哥たてまつりける、忍恋
              前中納言匡房
0676 はるくればゆきのした草したにのみ
   もえいづるこひをしる人ぞなき

              藤原仲実朝臣
0677 あふことのかたののを野のしのすすき
   ほにいでぬこひはくるしかりけり

              基俊
0678 なみまよりあかしのうらにこぐふねの
   ほにはいでずもこひわたるかな

     久安百首哥たてまつりける、こひの哥
              清輔朝臣
0679 としふれどしるしもみえぬわがこひや
   ときはのやまのしぐれなるらん

     題しらず     大納言通具
0680 人しれずおもひそめつとしらせばや
   あきのこの葉のつゆばかりだに

              寂蓮法師
0681 くれなゐのちしほもあかずみむろやま
   いろにいづべきことのはも哉

              参議雅経
0682 まさきちるやまのあられのたまかづら
   かけしこころやいろにいづらん

              右衛門督為家
0683 おくやまのひかげのつゆのたまかづら
   人こそしらねかけてこふれど

     うへのをのこども、未見恋といへる心をつかうまつりけるついでに
              御製
0684 やまのはをわけいづる月のはつかにも
   見てこそひとは人をこふなれ

     恋哥よみ侍けるに
              大納言実家
0685 ふみそむるこひぢのすゑにあるものは
   ひとのこころのいは木なりけり

              正三位経家
0686 つくばやまは山しげやまたづね見む
   こひにまされるなげきありやと

     入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに、寄煙恋
              入道前太政大臣
0687 ふじのねのそらにやいまはまがへまし
   わが身にけたぬむなしけぶりを

     百首哥よみ侍ける、忍恋
              前関白
0688 わがこひのもえてそらにもまがひなば
   ふじのけぶりといづれたかけん

              関白左大臣
0689 わがこひはなみだをそでにせきとめて
   まくらのほかにしる人もなし

     題しらず     八条院六条
0690 わがとこのまくらもいかにおもふらん
   なみだかからぬ夜はしなければ

     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0691 かはづなく神なびがはにさくはなの
   いはぬいろをも人のとへかし

     恋哥よみ侍けるに
              殷富門院大輔
0692 うちしのびおつるなみだのしらたまの
   もれこぼれてもちりぬべき哉

              権大納言家良
0693 しのびかねなみだのたまのををたえて
   こひのみだれぞそでに見えゆく

     前関白家哥合に寄糸恋
              正三位家隆
0694 たがために人のかたいとよりかけて
   わがたまのをのたえむとすらん

     家哥合に     後京極摂政前太政大臣
0695 よしのがははやきながれをせくいはの
   つれなきなかに身をくだくらん

     こひのうたあまたよみ侍けるに
              藤原頼氏朝臣
0696 つれなさのためしはありとよしのがは
   いはどがしはをあらふしらなみ

     前参議経盛、哥合し侍けるに
              藤原盛方朝臣
0697 すみだがはせきりにむせぶ水のあわの
   あはれなにしにおもひそめけむ

     左京大夫顕輔家哥合に
              法性寺入道前関白家参河
0698 ひとしれずねをのみなけばころも河
   そでのしがらみせかぬひぞなき

     平経正朝臣、哥合し侍ける、恋哥
              源有房朝臣
0699 なみだがはそでのしがらみかけとめて
   あはぬうきなをながさずも哉

              道因法師
0700 つらきにもうきにもおつるなみだがは
   いづれのかたかふちせなるらん

     題しらず     平重時
0701 こがれゆくおもひをけたぬなみだがは
   いかなるなみのそでぬらすらん

     百首哥たてまつりける、こひのうた
              如願法師
0702 やまがはのいしまのみづのうすごほり
   われのみしたにむせぶころかな

     建保六年内裏哥合、恋哥
              権大納言忠信
0703 まきもくのあなしのかはのかはかぜに
   なびくたまものみだれてぞおもふ

     題しらず     侍従具定母
0704 ながれてのなをさへしのぶおもひがは
   あはでもきえねせぜのうたかた

              正三位家隆
0705 おもひ河身をはやながらみづのあわの
   きえてもあはむ浪のまも哉

     恋の心をよみ侍ける
              権中納言長方
0706 おちたぎつはやせのかはもいはふれて
   しばしはよどむなみだとも哉

              皇太后宮大夫俊成
0707 世とともにたえずもおつるなみだ哉
   ひとはあはれもかけぬたもとに

   新勅撰和謌集巻第十二
    恋哥二

     寛平御時きさいの宮の哥合哥
              よみ人しらず
0708 なつむしにあらぬわが身のつれもなく
   ひとをおもひにもゆるころ哉

0709 夏草のしげきおもひはかやり火の
   したにのみこそもえわたりけれ

0710 としをへてもゆてふふじのやまよりも
   あはぬおもひは我ぞまされる

     下らうに侍ける時、女につかはしける
              清慎公
0711 たれにかはあまたおもひもつけそめし
   きみより又はしらずぞありける

     題しらず     伊勢
0712 やまがはのかすみへだててほのかにも
   見しばかりにやこひしかるらん

0713 み山木のかげのこぐさはわれなれや
   つゆしげけれどしるひともなき

     女を見てつかはしける
              謙徳公
0714 たとふればつゆもひさしき世中に
   いとかくものをおもはずも哉

     返し       とばりあげの女王
0715 あくるまもひさしてふなるつゆのよは
   かりにもひとをしらじとぞおもふ

     神な月のついたち、女につかはしける
              東三条入道摂政太政大臣
0716 なげきつつかへすころものつゆけきに
   いとどそらさへしぐれそふらん

     題しらず     本院侍従
0717 にはたづみゆくかたしらぬものおもひに
   はかなきあわのきえぬべきかな

              道信朝臣
0718 としをへてものおもふひとのからごろも
   そでやなみだのとまりなるらん

              よみびとしらず
0719 かたいともてぬきたるたまのををよわみ
   みだれやしなむひとのしるべく

0720 こひわびぬあまのかるもにやどるてふ
   われから身をもくだきつるかな

0721 いかだおろすそまやまがはの身なれざを
   さしてくれどもあはぬきみかな

0722 みや木ひくいづみのそまにたつたみの
   やむときもなくこひわたるかも

0723 とほつひとかりぢのいけにすむをしの
   たちてもゐてもきみをしぞおもふ

0724 あさがしはぬるやかはべのしののめの
   おもひてぬればゆめに見えつつ

0725 さをしかのあさふすをののくさわかみ
   かくろへかねてひとにしらるな

0726 しらやまのゆきのしたくさ我なれや
   したにもえつつとしのへぬらん

              広河女王
0727 こひくさをちからぐるまにななくるま
   つみてこふらくわがこころから

              九条右大臣
0728 ふじのねにけぶりたえずとききしかど
   わがおもひにはたちおくれけり

     なき名たち侍ける女につかはしける
              権中納言敦忠
0729 しほたるるあまのぬれぎぬおなじ名を
   おもひかへさできるよしも哉

     つれなかりける女につかはしける
              右近大将道綱
0730 さごろものつまもむすばぬたまのをの
   たえみたえずみ世をやつくさん

     題しらず    よみびとしらず
0731 あふさかの名をばたのみてこしかども
   へだつるせきのつらくもあるかな

0732 きみにあはむそのひをいつとまつの木の
   こけのみだれてものをこそおもへ

0733 いかばかりものおもふときのなみだがは
   からくれなゐにそでのぬるらん

     秋とちぎりて侍けるに、えあふまじきゆへ侍ければ、業平朝臣につかはしける
0734 あきかけていひしながらもあらなくに
   このはふりしくえにこそありけれ

     兵部卿元良のみこ、ふみつかはしける返ごとに、よみ侍ける
              修理
0735 たかくともなににかはせんくれたけの
   ひと夜ふたよのあだのふしをば

     堀河院、女房の艶書をめしけるに、よみ侍ける
              堀河院中宮上総
0736 つらしともいさやいかがはいはし水
   あふせまだきにたゆるこころは

     返し       前大納言俊実
0737 世よふともたえじとぞおもふ神がきや
   いはねをくぐるみづのこころは

     久安百首哥たてまつりける、恋哥
              大炊御門右大臣
0738 手にとりてゆらぐたまのをたえざりし
   人ばかりだにあひみてしかな

              左京大夫顕輔
0739 としふれど猶いはしろのむすびまつ
   とけぬものゆゑ人もこそしれ

     堀河院に百首哥たてまつりける時
              権中納言国信
0740 くりかへしあまてる神のみやばしら
   たてかふるまであはぬきみ哉

     恋哥よみ侍けるに
              藤原為忠朝臣
0741 すみよしのち木のかたそぎわれなれや
   あはぬものゆゑとしのへぬらん

     建仁元年八月の哥合に、久恋
              入道前太政大臣
0742 まちわびてみとせもすぐるとこのうへに
   猶かはらぬはなみだなりけり

     うへのをのこども、忍久恋といへる心をつかうまつりけるついでに
              御製
0743 よそにのみおもひふりにしとし月の
   むなしきかずぞつもるかひなき

     建保五年四月庚申、久恋といへる心をよみ侍ける
              権中納言定家
0744 こひしなぬ身のおこたりぞとしへぬる
   あらばあふよのこころづよさに

              参議雅経
0745 つれなしとたれをかいはむたかさごの
   まつもいとふもとしはへにけり

     建保三年内大臣家百首哥よみ侍けるに、名所恋といへる心をよめる
              源有長朝臣
0746 たかさごのをのへに見ゆるまつのはの
   われもつれなく人をこひつつ

     庚申久恋哥
              源家長朝臣
0747 いたづらにいくとしなみのこえぬらん
   たのめかおきしすゑのまつやま

              如願法師
0748 あだに見しひとのこころのゆふだすき
   さのみはいかがかけてたのまん

     題しらず     殷富門院大輔
0749 あひみてもさらぬわかれのあるものを
   つれなしとてもなになげくらん

     百首哥めしける時
              崇徳院御製
0750 おろかにぞことのはならばなりぬべき
   いはでやきみにそでを見せまし

0751 さきの世のちぎりありけんとばかりも
   身をかへてこそ人にしられめ

              権大納言隆季
0752 あふさかのせきのせきもりこころあれや
   いはまのしみづかげをだに見む

     前関白家家哥合に、寄鳥恋といへるこころをよみ侍ける
              典侍因子
0753 よそにのみゆふつけどりのねをぞなく
   その名もしらぬせきのゆききに

     恋哥よみ侍けるに
              殷富門院大輔
0754 まだこえぬあふさかやまのいはし水
   むすばぬそでをしぼるものかは

              中宮少将
0755 いかにせんこひぢのすゑにせきすゑて
   ゆけどもとほきあふさかのやま

              祝部成茂
0756 あふさかのやまはゆききのみちなれど
   ゆるさぬせきはそのかひもなし

     賀茂重保社頭にて哥合し侍けるに、恋のこころをよめる
              勝命法師
0757 こひぢにはたがすゑおきしせきなれば
   おもふこころをとほさざるらん

              藤原伊経朝臣
0758 こひぢにはまづさきにたつわがなみだ
   おもひかへらんしるべともなれ

     題しらず     権中納言長方
0759 伊勢の海おふのうらみをかさねつつ
   あふことなしの身をいかにせん

              寂蓮法師
0760 をふのうみのおもはぬうらにこすしほの
   さてもあやなくたつけぶりかな

     入道二品親王家五十首、寄煙恋
              参議雅経
0761 うらみじななにはのみ津にたつけぶり
   こころからやくあまのもしほ火

              正三位知家
0762 うらみてもわが身のかたにやくしほの
   おもひはしるくたつけぶりかな

     関白左大臣家百首忍恋
              源家長朝臣
0763 しらせばやおもひいりえのたまがしは
   ふねさすさをのしたにこがると

     恋哥よみ侍けるに
              藤原行能朝臣
0764 かずならぬみしまがくれにこぐふねの
   あとなきものはおもひなりけり

              寂延法師
0765 はるがすみたななしをぶねいりえこぐ
   おとにのみきく人をこひつつ

              殷富門院大輔
0766 うかりけるよさのうらなみかけてのみ
   おもふにぬるるそでを見せばや

     崇徳院御時、うへのをのこども、忍恋哥つかうまつりけるに
              皇太后宮大夫俊成
0767 わがこひはなみこすいそのはまひさぎ
   しづみはつれどしるひともなし

     堀河院御時、殿上にて題をさぐりて十首哥よみ侍けるに、しほがまをよみ侍ける
              権中納言国信
0768 うらむともきみはしらじなすまの浦に
   やくしほがまのけぶりならねば

     家に百首哥よみ侍けるに、不遇恋の心を
              後法性寺入道前関白太政大臣
0769 わがこひはあはでのうらのうつせがひ
   むなしくのみもぬるるそで哉

     百首哥たてまつりける時、恋哥
              入道前太政大臣
0770 いはみがたひとのこころはおもふにも
   よらぬたまものみだれかねつつ

     後京極摂政家に百首哥よませ侍ける、恋哥
              高松院右衛門佐
0771 いそなつむあまのしるべをたづねつつ
   きみを見るめにうくなみだ哉

              藤原隆信朝臣
0772 世とともにかわくまもなきわがそでや
   しほひもわかぬなみのしたくさ

     題しらず     正三位家隆
0773 はるのなみのいり江にまよふはつくさの
   はつかに見えしひとぞこひしき

     女につかはしける
              前大納言隆房
0774 ひとしれぬうき身にしげきおもひぐさ
   おもへばきみぞたねはまきける

     女のゆかりをたづねてつかはしける
              左近中将公衡
0775 つたへてもいかにしらせむおなじ野の
   をばながもとのくさのゆかりに

     題をさぐりてうたよみ侍けるに、思草をよめる
              前中納言国通
0776 したにのみいはでふるののおもひぐさ
   なびくをばなはほにいづれども

     こひのこころをよみ侍ける
              藤原頼氏朝臣
0777 さしも草もゆるいぶきのやまのはの
   いつともわかぬおもひなりけり

     百首哥よみ侍けるに、不遇恋
              関白左大臣
0778 いつまでかつれなきなかのおもひぐさ
   むすばぬそでにつゆをかくべき

     百首哥たてまつりける時、こひの哥
              入道前太政大臣
0779 あふまでとくさをふゆのにふみからし
   ゆききのみちのはてをしらばや

              参議雅経
0780 みよしののみくまがすげをかりにだに
   見ぬものからやおもひみだれん

0781 きえぬともあさぢがうへのつゆしあれば
   猶おもひおくいろやのこらん

     建保六年内裏哥合、恋哥
              正三位知家
0782 ひとめもるわがかよひぢのしのすすき
   いつとかまたんあきのさかりを

   新勅撰和歌集巻第十三
    恋哥三

     けふとたのめける女につかはしける
              実方朝臣
0783 大井がはゐせきによどむみづなれや
   けふくれがたきなげきをぞする

     女につかはしけるひとにかはりてよみ侍ける
              郁芳門院安芸
0784 こえばやなあづまぢときくひたちおびの
   かごとばかりのあふさかのせき

     百首哥めしける時
              崇徳院御製
0785 こひこひてたのむるけふのくれはどり
   あやにくにまつほどぞひさしき

     後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍ける、初遇恋
              皇太后宮大夫俊成
0786 おもひわびいのちたえずはいかにして
   けふとたのむるくれをまたまし

              皇嘉門院別当
0787 うれしきもつらきもおなじ涙にて
   あふ夜もそでは猶ぞかはかぬ

     法性寺入道前関白家哥合に
              基俊
0788 かつ見れど猶ぞこひしきわぎもこが
   ゆづのつまぐしいかがささまし

     題しらず     謙徳公
0789 かなしさもあはれもたぐひおほかるを
   ひとにふるさぬことのはも哉

              京極前関白家肥後
0790 ひとめもるやまゐのし水むすびても
   猶あかなくにぬるるそでかな

     後朝の心を    土御門内大臣
0791 きぬぎぬになるともきかぬとりだにも
   あけゆくほどぞこゑもをしまぬ

              八条院高倉
0792 あふことを又はまつ夜もなきものを
   あはれもしらぬとりのこゑかな

     家に百首哥よませ侍けるに
              関白左大臣
0793 名にしおはぬゆふつけどりのなきそめて
   あくるわかれのこゑもうらめし

              中宮少将
0794 おのがねにつらきわかれはありとだに
   おもひもしらでとりやなくらん

              源有長朝臣
0795 かへるさをおのれうらみぬとりのねも
   なきてぞつくるあけがたのそら

     恋哥よみ侍けるなかに
              権中納言家良
0796 うかりけるたがあふことのならひより
   ゆふつけどりのねにわかれけん

     ありあけのころ、ものごしにあひたる人につかはしける
              さがみ
0797 あけがたにいでにし月もいりぬらん
   猶なかぞらのくもぞみだるる

     陽成院哥合に
              よみ人しらず
0798 をしとおもふいのちにかへてあかつきの
   わかれのみちをいかでとどめむ

     題しらず
0799 あけぬとてちどりしばなくしろ妙の
   きみがたまくらいまだあかなくに

     家の哥合に
              後京極摂政前太政大臣
0800 わすれじのちぎりをたのむわかれかな
   そらゆく月のすゑをかぞへて

     暁恋のこころをよみ侍ける
              鎌倉右大臣
0801 さむしろにつゆのはかなくおきていなば
   あかつきごとにきえやわたらん

     恋哥よみ侍けるに
              八条院高倉
0802 わすれじのただひとことをかたみにて
   ゆくもとまるもぬるるそで哉

              内大臣
0803 なほざりのそでのわかれのひとことを
   はかなくたのむけふのくれかな

              権大納言忠信
0804 ちぎりおくしらぬいのちをうらみても
   あかつきかけてねをのみぞなく

              左近中将基良
0805 いまはとてわかれしままのとりのねを
   わすれがたみのしののめのそら

     前関白家哥合に、寄鳥恋といへる心をよみ侍ける
              中宮少将
0806 あかつきのゆふつけどりもしらつゆの
   おきてかなしきためしにぞなく

     千五百番哥合に
              侍従具定母
0807 くれなばとたのめても猶あさつゆの
   おきあへぬとこにきえぬべきかな

     堀河院に百首哥たてまつりける時、後朝恋
              京極前関白家肥後
0808 そまがはのせぜのしらなみよるながら
   あけずはなにかくれをまたまし

     後法性寺入道前関白家百首哥
              皇太后宮大夫俊成
0809 となせ河いはまにたたむいかだしや
   なみにぬれてもくれをまつらん

     二条院に百首哥たてまつりける時、後朝哥
              大宰大弐重家
0810 あひ見てもかへるあしたのつゆけさは
   ささわけしそでにおとりしもせじ

     関白左大臣家百首、後朝恋
              源家長朝臣
0811 きぬぎぬのつらきためしにたれなりて
   そでのわかれをゆるしそめけむ

     別恋といふこころをよめる
              法印幸清
0812 あふさかのゆふつけどりもわかれぢを
   うきものとてやなきはじめけむ

     懇切恋といふこころをよみ侍ける
              藤原隆祐
0813 いかにせんくれをまつべきいのちだに
   猶たのまれぬ身をなげきつつ

     題しらず     西行法師
0814 きえかへりくれまつそでぞしをれぬる
   おきつるひとはつゆならねども

              よみ人しらず
0815 うつつともゆめともなくてあけにけり
   けさのおもひはたれまさるらん

              権大納言実国
0816 うつつともゆめともたれかさだむべき
   世ひともしらぬけさのわかれは

     女のもとよりかへりてつかはしける
              謙徳公
0817 つゆよりもいかなる身とかなりぬらん
   おきどころなきけさのこころは

     題しらず     伊勢
0818 あひ見てもつつむおもひのかなしきは
   ひとまにのみぞねはなかれける

              中納言兼輔
0819 しののめのあくればきみはわすれけり
   いつともわかぬ我ぞかなしき

              源宗于朝臣
0820 しらつゆのおくをまつまのあさがほは
   みずぞなかなかあるべかりける

     女のもとよりかへりてつかはしける
              業平朝臣
0821 我ならでしたひもとくなあさがほの
   ゆふかげまたぬはなにはありとも

     題しらず     延喜御製
0822 あかでのみふればなりけりあはぬ夜も
   あふよも人をあはれとぞおもふ

     あしたにつかはしける
              大宰帥敦道親王
0823 こひといへばよのつねのとやおもふらむ
   けさのこころはたぐひだになし

     返し       和泉式部
0824 よのつねのことともさらにおもほえず
   はじめてものをおもふ身なれば

     題しらず
0825 ゆめにだに見てあかしつるあかつきの
   こひこそこひのかぎりなりけれ

              謙徳公
0826 とりのねにいそぎいでにし月かげの
   のこりおほくてあけしそらかな

     家哥合に夜恋のこころを
              後京極摂政前太政大臣
0827 みしひとのねくたれがみのおもかげに
   なみだかきやるさよのたまくら

     昼恋       大蔵卿有家
0828 くもとなりあめとなるてふなかぞらの
   ゆめにも見えよよるならずとも

     恋哥とてよみ侍ける
              中納言親宗
0829 うたたねのはかなきゆめのさめしより
   ゆふべのあめを見るぞかなしき

     後京極摂政家百首哥よみ侍けるに
              小侍従
0830 雲となりあめとなりても身にそはば
   むなしきそらをかたみとや見む

0831 いかなりしときぞやゆめに見しことは
   それさへにこそわすられにけれ

     恋哥とてよみ侍ける
              従三位頼政
0832 きみこふとゆめのうちにもなくなみだ
   さめてののちもえこそかはかね

              清輔朝臣
0833 いかにしてさめしなごりのはかなさぞ
   またもみざりし夜半のゆめ哉

     久安百首哥たてまつりける、恋哥
              堀河
0834 ゆめのごと見しはひとにもかたらぬに
   いかにちがへてあはぬなるらん

     百首哥たてまつりける、恋哥
              前関白
0835 見るとなきやみのうつつにあくがれて
   うちぬるなかのゆめやたえなん

              権大納言忠信
0836 わがこころやみのうつつはかひもなし
   ゆめをぞたのむくるる夜ごとに

     題しらず     藤原永光
0837 さりともとたのむもかなしむばたまの
   やみのうつつのちぎりばかりは

     師光哥合し侍けるに、恋のこころをよめる
              藤原隆信朝臣
0838 こひしなむのちのうき世はしらねども
   いきてかひなきものはおもはじ

     後法性寺入道前関白家百首哥
              俊恵法師
0839 あかつきのとりぞおもへばはづかしき
   ひと夜ばかりになにいとひけん

     題しらず     よみ人しらず
0840 たまのをのたえてみじかきなつの夜の
   夜半になるまでまつ人のこぬ

              二条院皇后宮常陸
0841 とへかしなあやしきほどのゆふぐれの
   あはれすぐさぬなさけばかりに

              建礼門院右京大夫
0842 わすれじのちぎりたがはぬ世なりせば
   たのみやせましきみがひとこと

     内にさぶらひける人の、こよひはかならずと申ける返ごとにつかはしける
              高松院右衛門佐
0843 これもまたいつはりぞとはしりながら
   こりずやけふのくれをまたまし

     こひのうたよみ侍けるに
              中宮少将
0844 いつはりとおもひとられぬゆふべこそ
   はかなきもののかなしかりけれ

     百首哥めされける時
              後京極摂政前太政大臣
0845 なみだせくそでにおもひやあまるらん
   ながむるそらもいろかはるまで

0846 うきふねのたよりもしらぬなみぢにも
   見しおもかげのたたぬひぞなき

              式子内親王
0847 わぎもこがたまものとこによるなみの
   よるとはなしにほさぬそで哉

     建保六年内裏哥合、恋哥
              前内大臣
0848 まつしまやわが身のかたにやくしほの
   けぶりのすゑをとふ人も哉

              権中納言定家
0849 こぬひとをまつほのうらのゆふなぎに
   やくやもしほの身もこがれつつ

     題しらず     権中納言長方
0850 こひをのみすまのしほひにたまもかる
   あまりにうたてそでなぬらしそ

              正三位家隆
0851 こころからわが身こすなみうきしづみ
   うらみてそふるやへのしほかぜ

              平忠度朝臣
0852 たのめつつこぬ夜つもりのうらみても
   まつよりほかのなぐさめぞなき

              源家長朝臣
0853 こぎかへるそでのみなとのあまをぶね
   さとのしるべをたれかをしへし

              真昭法師
0854 いはみがたなみぢへだててゆくふねの
   よそにこがるるあまのもしほ火

     百首哥たてまつりけるに、ふたみのうらをよみ侍ける
              正三位家衡
0855 わがこひはあふよもしらずふたみがた
   あけくれそでになみぞかけける

     題しらず     鎌倉右大臣
0856 しらまゆみいそべのやまのまつのいろの
   ときはにものをおもふころかな

     内大臣に侍ける時家に、百首哥よみ侍けるに、名所恋といふこころを
              前関白
0857 わくらばにあふさかやまのさねかづら
   くるをたえずとたれかたのまむ

0858 むさしのやひとのこころのあさつゆに
   つらぬきとめぬそでのしらたま

              権中納言定家
0859 くるる夜はゑじのたくひをそれと見よ
   むろのやしまもみやこならねば

              正三位家隆
0860 いはのうへになみこすあべのしまつとり
   うきなにぬれてこひつつぞふる

   新勅撰和謌集巻十四
    恋哥四

     題しらず     人麿
0861 ゆふさればきみきまさんとまちし夜の
   なごりぞいまもいねがてにする

0862 あしひきのやましたかぜはふかねども
   きみがこぬ夜はかねてさむしも

              小町
0863 こぬひとをまつとながめてわがやどの
   などかこのくれかなしかるらん

0864 たのまじとおもはむとてはいかがせん
   ゆめよりほかにあふよなければ

              在原滋春
0865 わすれなんとおもふこころのかなしきは
   うきもうからぬものにぞありける

              よみびとしらず
0866 さりともとおもふらむこそかなしけれ
   あるにもあらぬ身をしらずして

     女につかはしける
              謙徳公
0867 おもへばやしたゆふひものとげつらん
   我をばひとのこひしものゆゑ

     題しらず     延喜御製
0868 しぐれつついろまさりゆくくさよりも
   ひとのこころぞかれにけらしな

              九条右大臣
0869 むさしのの野なかをわけてつみそめし
   わかむらさきのいろはかぎりか

              よみびとしらず
0870 あづさゆみすゑのはらのにとがりする
   きみがゆづるのたえんとおもへや

0871 梓弓ひきみひかずみむかしより
   こころはきみによりにしものを

0872 い勢のあまのあさなゆふなにかづくてふ
   あはびのかひのかたおもひにして

0873 ゆふだたみしらつきやまのさねかづら
   のちもかならずあはむとぞおもふ

0874 あふさかのせきはよるこそもりまされ
   くるるをなどて我たのむらん

     女につかはしける
              兵部卿元良親王
0875 あさくこそひとはみるらめせきがはの
   たゆるこころはあらじとぞおもふ

     返し       平中興女
0876 せきがはのいはまをくぐる水をあさみ
   たえぬべくのみみゆるこころを

     題しらず     よみびとしらず
0877 さくらあさのをふのした草つゆしあらば
   あかしてゆかむおやはしるとも

0878 つゆしものうへともしらじむさしのの
   我はゆかりのくさ葉ならねば

0879 いまはとてわするるくさのたねをだに
   ひとのこころにまかせずもがな

              人麿
0880 たまぼこの道ゆきつかれいなむしろ
   しきてもひとを見るよしも哉

              よみびとしらず
0881 ゆふさればみちたどたどし月まちて
   かへれわがせこそのまにも見む

              額田王
0882 きみまつとわがこひをればわがやどの
   すだれうごかしあきかぜぞふく

              壬生忠岑
0883 もろくともいざしらつゆに身をなして
   きみがあたりのくさにきえなん

              躬恒
0884 わびぬればいまはとものをおもへども
   こころしらぬはなみだなりけり

     うねべまちにて、右近のつかさのさうしにまかりいづる人をまち侍けるに、ゆきすぎながらたちよらず侍ければ
              采女明日香
0885 みかさやまきてもとはれぬみちのべに
   つらきゆくてのかげぞつれなき

     きさいの宮の御方にさぶらひける時、さとにいで侍とて、九条右大臣、頭中将に侍けるにつかはしける
              右近
0886 あひ見ずはちぎりしほどにおもひいでよ
   そへつるたまを身にもはなたで

     清慎公、少将に侍ける時つかはしける
              式部卿敦慶親王家大和
0887 こひしさのほかにこころのあらばこそ
   人のわするる身をもうらみめ

     しのびてもの思侍ける時
              孚子内親王
0888 つゆしげきくさのたもとをまくらにて
   きみまつむしのねをのみぞなく

              中務
0889 身のうへもひとのこころもしらぬまは
   ことぞともなきねをのみぞなく

0890 ありしよりみだれまさりてあまのかる
   ものおもふ身ともきみはしらじな

     題しらず     二条太皇太后宮大弐
0891 かぜふけばそらにただよふくもよりも
   うきてみだるるわがこころかな

0892 あらじかしこの世のほかをたづぬとも
   なみだのそでにかかるたぐひは

     堀河院に艶書の哥めしける時
              周防内侍
0893 ひとしれぬそでぞつゆけきあふことの
   かれのみまさるやまのかげくさ

     返し       大納言忠教
0894 おくやまのしたかげくさはかれやする
   のきばにのみはおのれなりつつ

     おなじ艶書とてよみ侍ける
              権中納言俊忠
0895 みしまえのかりそめにさへまこもぐさ
   ゆふでにあまるこひもするかな

     百首哥よみ侍ける名所恋
              前関白
0896 なみだがはみなわをそでにせきかねて
   人のうきせにくちやはてなん

0897 うしとおもふものからぬるるそでのうら
   ひだりみぎにもなみやたつらん

     題しらず     侍従具定母
0898 ほしわびぬあまのかるもにしほたれて
   われからぬるるそでのうらなみ

              前大納言隆房
0899 あまのかるみるをあふにてありしだに
   いまはなぎさによせぬなみ哉

     後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍けるに
              宜秋門院丹後
0900 見るままにひとのこころはのきばにて
   われのみしげるわすれぐさかな

              俊恵法師
0901 わするなよわすれじとこそたのめしか
   我やはいひしきみぞちぎりし

     逢不逢恋のこころを
              二条院讃岐
0902 めのまへにかはるこころをしらつゆの
   きえばともにとなにおもひけん

     題しらず     入道前太政大臣
0903 わするなよきえばともにといひおきし
   すゑののくさにむすぶしらつゆ

              鎌倉右大臣
0904 わがこひはあはでふるののをざさはら
   いく世までとかしものおくらん

              前大納言隆房
0905 たどりつつわくるたもとにかけてけり
   ゆきもならはぬみちしばのつゆ

              寂蓮法師
0906 はなすすきほにだにこひぬわがなかの
   しもおくのべとなりにけるかな

              藤原行能朝臣
0907 なが月のしぐれにぬれぬことのはも
   かはるならひのいろぞかなしき

              宮内卿
0908 とへかしなしぐるるそでのいろにいでて
   ひとのこころのあきになる身を

              八条院高倉
0909 ふくからに身にぞしみけるきみはさは
   我をやあきのこがらしのかぜ

              俊恵法師
0910 わぎもこをかたまつよひのあきかぜは
   をぎのうはばをよきてふかなん

     秋恋といふこころをよみ侍ける
              入道前太政大臣
0911 萩のうへのかりのなみだをかこつとも
   こひにいろこきそでやみゆらん

0912 もみぢせぬやまにもいろやあらはれん
   しぐれにまさるこひのなみだに

              内大臣
0913 もろ人のそでまでそめよたつたひめ
   よそのちしほをたぐひとも見む

     題しらず     侍従具定母
0914 なれなれてあきにあふぎをおくつゆの
   いろもうらめしねやの月かげ

              中宮但馬
0915 月草のうつろふいろのふかければ
   人のこころのはなぞしをるる

              藤原教雅朝臣
0916 おもかげは猶ありあけの月くさに
   ぬれてうつろふそでのあさつゆ

              藤原資季朝臣
0917 しろたへのわがころもでをかたしきて
   ひとりやねなんいもにこひつつ

     恋哥あまたよみ侍けるに
              民部卿成範
0918 おもひきやまだうらわかきはつくさの
   あきをもまたでかれんものとは

              侍従具定母
0919 とへかしなあさぢふきこすあきかぜに
   ひとりくだくるつゆのまくらを

              法印幸清
0920 よしさらばしげりもはてねあだびとの
   まれなるあとの庭のよもぎふ

              寂蓮法師
0921 うらみわびおもひたえてもやみなまし
   なにおもかげのわすれがたみぞ

              俊恵法師
0922 しなばやとあだにもいはじのちの世は
   おもかげだにもそはじとおもへば

              左近中将公衡
0923 ちぎりしにかはるうらみもわすられて
   そのおもかげは猶とまる哉

              前大納言忠良
0924 よのうさやきこえこざらむおもかげは
   いはほのなかにおくれしもせじ

     題しらず     みあれの宣旨
0925 おほぞらにこひしきひともやどらなむ
   ながむるをだにかたみとおもはん

              和泉式部
0926 見えもせむ見もせむ人をあさごとに
   おきてはむかふかがみともがな

0927 ちりのゐるものとまくらはなりにけり
   なにのためにかうちもはらはむ

     九条太政大臣、中将に侍ける時、たえ侍てのちまくらの松かきたるを見侍て
              権中納言定頼女
0928 こころにはしのぶとおもふをしきたへの
   まくらにてこそまつは見えけれ

     亭子院にたてまつりける
              藤原恒興女
0929 わくらばにまれなるひとのたまくらは
   ゆめかとのみぞあやまたれける

     女につかはしける
              藤原高光
0930 かたときもわすれやはするつらかりし
   こころのさらにたぐひなければ

     題しらず     藤原惟成
0931 かたしきのころもをせばみみだれつつ
   なほつつまれぬそでのしらたま

              和泉式部
0932 あふことをたまのをにする身にしあれば
   たゆるをいかがなしとおもはぬ

0933 ををよはみみだれておつるたまとこそ
   なみだも人のめには見ゆらめ

              よみびとしらず
0934 あふことをいまはかぎりとおもへども
   なみだはたえぬものにぞありける

0935 よしさらばこひしきことをしのびみて
   たへずはたへぬいのちとおもはん

0936 あづさゆみひきつのつなるなのりその
   たれうきものとしらせそめけむ

0937 わかれてののちぞかなしきなみだがは
   そこもあらはになりぬとおもへば

0938 にほどりのおきなが河はたえぬとも
   きみにかたらふことつきめやは

0939 ゆくふねのあとなきなみにまじりなば
   たれかは水のあわとだに見む

0940 たちておもひゐてもぞおもふくれなゐの
   あかもたれひきいにしすがたを

0941 くれたけのしげくもものをおもふかな
   ひと夜へだつるふしのつらさに

   新勅撰和謌集巻第十五
    恋哥五

     みちのくににまかりて、女につかはしける
              業平朝臣
0942 しのぶやましのびてかよふみちも哉
   ひとのこころのおくもみるべく

     頭中将に侍ける時、しのぶぐさのもみぢしたるをふえのなかにいれて、をんなのもとにつかはしける
              謙徳公
0943 こひしきをひとにはいはでしのぶぐさ
   しのぶにあまるいろを見よかし

     返し       よみびとしらず
0944 いはでおもふほどにあまらばしのぶ草
   いとどひさしのつゆやしげらむ

     題しらず
0945 きみみずてほどをふるやのひさしには
   あふことなしのくさぞおひける

0946 いへばえにふかくかなしきふえたけの
   夜ごゑはたれととふひとも哉

0947 むつのをのよりめごとにぞかはにほふ
   ひくをとめごのそでやふれつる

0948 たまのををあわをによりてむすべれば
   たえてののちもあはむとぞおもふ

0949 あふことはたまのをばかりおもほえて
   つらきこころのながくもあるかな

0950 ひとはいさおもひやすらんたまかづら
   おもかげにのみいとど見えつつ

0951 ながからぬいのちのほどにわするるは
   いかにみじかきこころなるらん

              光孝天皇御製
0952 月のうちのかつらのえだをおもふとや
   なみだのしぐれふるここちする

              湯原王
0953 めには見て手にはとられぬ月のうちの
   かつらのごときいもをいかにせん

              貫之
0954 こぬひとを月になさばやむばたまの
   夜ごとにわれはかげをだにみん

              和泉式部
0955 さもあらばあれ雲井ながらも山のはに
   いでいるよひの月とだに見ば

              赤染衛門
0956 たのめつつこぬよはふともひさかたの
   月をばひとのまつといへかし

              大宰大弐高遠
0957 おもひやるこころもそらになりにけり
   ひとりありあけの月をながめて

              道信朝臣
0958 ものおもふに月見るごとはたえねども
   ながめてのみもあかしつるかな

     たのめわたりける女につかはしける
              よみびとしらず
0959 あふことをたのめぬにだにひさかたの
   月をながめぬよひはなかりき

     返し       相模
0960 ながめつつ月にたのむるあふことを
   くも井にてのみすぎぬべき哉

     法性寺入道前関白内大臣に侍ける時、家に哥合し侍けるによめる
              堀河院中宮上総
0961 こひわたるきみがくもゐの月ならば
   およばぬ身にもかげはみてまし

     月前恋といへるこころをよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0962 こひしさのながむるそらにみちぬれば
   月もこころのうちにこそすめ

     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0963 ふけにけりこれやたのめし夜半ならん
   月をのみこそまつべかりけれ

     建保六年内裏哥合に
              嘉陽門院越前
0964 あだびとをまつよふけゆくやまのはに
   そらだのめせぬありあけの月

     題しらず     正三位家隆
0965 あまをぶねはつかの月のやまのはに
   いざよふまでも見えぬきみかな

              殷富門院大輔
0966 まつひとはたれとねまちの月かげを
   かたぶくまでにわれながむらん

              権大納言家良
0967 ながらへてまたやは見むとまつよひを
   おもひもしらずふくる月かな

     後京極摂政家哥合に、待恋をよめる
              藤原隆信朝臣
0968 こぬひとをなににかこたむやまのはの
   月はまちいでてさ夜ふけにけり

     建暦二年廿首哥たてまつりける、こひの哥
              正三位家隆
0969 いけにすむおしあけがたのそらの月
   そでのこほりになくなくぞ見る

     旅恋といふこころをよみ侍ける
              大蔵卿有家
0970 たびごろもかへすゆめぢはむなしくて
   月をぞ見つるありあけのそら

     百首哥に     式子内親王
0971 いかにせんゆめぢにだにもゆきやらぬ
   むなしきとこのたまくらのそで

     題しらず     大納言実家
0972 うちなげきいかにねし夜かとおもへども
   ゆめにも見えでころもへにけり

              左近中将公衡
0973 おもひねのわれのみかよふゆめぢにも
   あひ見てかへるあかつきぞなき

              参議雅経
0974 なげきわびぬるたまのをのよるよるは
   おもひもたえぬゆめもはかなし

              正三位家隆
0975 いかにせんしばしうちぬるほども哉
   ひと夜ばかりのゆめをだに見む

              殷富門院大輔
0976 如何せんいまひとたびのあふことを
   ゆめにだに見てねざめずも哉

              法橋顕昭
0977 つらきをもうきをもゆめになしはてて
   あふ夜ばかりをうつつともがな

              道因法師
0978 ゆめにさへあはずとひとの見えつれば
   まどろむほどのなぐさめもなし

     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0979 あはれあはれはかなかりけるちぎりかな
   ただうたたねのはるの夜のゆめ

     恋哥よみ侍けるに
              藤原重頼女
0980 ちぎりしもみしもむかしのゆめながら
   うつつがほにもぬるるそでかな

     夏夜恋といふ心をよみ侍ける
              按察使兼宗
0981 なつむしもあくるたのみのあるものを
   けつかたもなきわがおもひかな

     題しらず     権大納言家良
0982 しかのたつはやまのやみにともす火の
   あはでいく夜をもえあかすらん

     建保六年内裏哥合恋哥
              権中納言定家
0983 あふことはしのぶのころもあはれなど
   まれなるいろにみだれそめけむ

              従三位範宗
0984 いかにせんねをなくむしのからごろも
   ひともとがめぬそでのなみだを

     題しらず     従三位顕兼
0985 おのれなくこころからにやうつせみの
   はにおくつゆに身をくだくらん

     前関白家哥合に、山家夕恋といへる心をよみ侍ける
              正三位知家
0986 はしたかのとやまのいほのゆふぐれを
   かりにもとだにちぎりやはする

     建保三年内裏哥合に
              藤原信実朝臣
0987 あづまぢのふしのしばやましばしだに
   けたぬおもひにたつけぶりかな

     心ならずなかたえにける女につかはしける
              大宮入道内大臣
0988 ことうらのけぶりのよそにとしふれど
   なほこりはてぬあまのもしほ木

     家哥合に顕恋といへる心をよみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣
0989 そでのなみむねのけぶりはたれも見よ
   きみがうき名のたつぞかなしき

     題しらず     左近中将公衡
0990 ゆふけぶり野辺にも見えばつひにわが
   きみにかへつるいのちとをしれ

     京極前関白家哥合に恋のこころを
              大納言忠教
0991 こひしなばきみゆゑとだにしられでや
   むなしきそらのくもとなりなん

     題しらず     土御門内大臣
0992 さだめなきかぜにしたがふうき雲の
   あはれゆくへもしらぬこひかな

     後京極摂政家哥合、寄雲恋のこころをひとにかはりてよみ侍ける
              前大僧正慈円
0993 こひしぬる夜半のけぶりの雲とならば
   きみがやどにやわきてしぐれむ

     寄木恋      正三位家隆
0994 おもひかねながむればまたゆふひさす
   のきばのをかのまつもうらめし

     千五百番哥合に
              按察使兼宗
0995 ひとごころこの葉ふりしくえにしあれば
   なみだのかはもいろかはりけり

     百首哥たてまつりける時
              大炊御門右大臣
0996 つくづくとおつるなみだのかずしらず
   あひ見ぬ夜半のつもりぬるかな

              皇太后宮大夫俊成
0997 いかにせんあまのさかてをうちかへし
   うらみても猶あかずもあるかな

              待賢門院堀河
0998 うたがひしこころのうらのまさしさは
   とはぬにつけてまづぞしらるる

     題しらず     従三位範宗
0999 はるかなるほどはくも井の月日のみ
   おもはぬなかにゆきめぐりつつ

     こひのうたあまたよみ侍けるに
              藤原資季朝臣
1000 いつはりのことのはなくはなにをかは
   わすらるる世のかたみとも見む

     千五百番哥合に
              宮内卿
1001 つのくにのみつとないひそやましろの
   とはぬつらさは身にあまるとも

              源具親朝臣
1002 のちの世をたのむたのみもありなまし
   ちぎりかはらぬわかれなりせば

     題しらず     藤原永光
1003 のちのよといひてぞひとにわかれまし
   あすまでとだにしらぬいのちを

              津守経国
1004 あふことのいまいくとせのつき日へて
   猶なかなかの身をもうらみむ

              賀茂季保
1005 おなじ世に猶ありながらあふことの
   むかしがたりになりにけるかな

     希会恋といへる心をよみ侍ける
              浄意法師
1006 せきかぬるなみだのつゆのたまのをの
   たえぬもつらきちぎりなりけり

     右衛門督為家、百首哥よませ侍ける、こひのうた
              下野
1007 かたいとのあはずはさてやたえなまし
   ちぎりぞ人のながきたまのを

     関白左大臣家百首哥、逢不遇恋
              従三位範宗
1008 としをへてあふことは猶かたいとの
   たがこころよりたえはじめけん

     恋十首哥よみ侍ける時
              権中納言定家
1009 たれもこのあはれみじかきたまのをに
   みだれてものをおもはずも哉

     百首哥よみ侍ける、逢不遇恋
              後京極摂政前太政大臣
1010 うつろひしこころのはなにはるくれて
   人もこずゑにあきかぜぞふく

     建保六年内裏哥合に
              前関白
1011 めのまへにかぜもふきあへずうつりゆく
   こころのはなもいろは見えけり

     中納言定頼、心のうちを見せたらばと申て侍ければよめる
              よみ人しらず
1012 あだびとのこころのうちを見せたらば
   いとどつらさのかずやまさらん

     謙徳公蔵人少将に侍ける時、臨時祭舞人にて雪のいたくふり侍れば、もの見けるくるまのまへにうちよりて、これはらひてと申ければ
1013 なににてかうちもはらはむきみこふと
   なみだにそではくちにしものを

     おなじ人、まひびとにて、ちかくたちたるくるまのまへをすぎ侍ければ
              本院侍従
1014 すりごろもきたるけふだにゆふだすき
   かけはなれてもいぬるきみ哉

     雪ふり侍ける夜、按察使更衣につかはしける
              天暦御製
1015 ふゆの夜のゆきとつもれるおもひをば
   いはねどそらにしりやしぬらん

     御返し      更衣正妃
1016 ふゆの夜のねざめにいまはおきて見む
   つもれるゆきのかずをたのまば

     女につかはしける
              中納言朝忠
1017 ながれての名にこそありけれわたり河
   あふせありやとたのみける哉

     題しらず     光孝天皇御製
1018 やまがはのはやくもいまもおもへども
   ながれてうきはちぎりなりけり

     夜ふけてつまどをたたき侍けるに、あけ侍らざりければ、あしたにつかはしける
              法成寺入道前摂政太政大臣
1019 夜もすがらくひなよりけになくなくぞ
   まきのとぐちにたたきわびぬる

     返し       紫式部
1020 ただならじとばかりたたくくひなゆゑ
   あけてはいかにくやしからまし

     題しらず     相模
1021 我もおもふきみもしのぶるあきの夜は
   かたみにかぜのおとぞ身にしむ

              貫之
1022 はなならで花なるものはしかすがに
   あだなるひとのこころなりけり

   新勅撰和謌集巻第十六
    雑哥一

     はるのはじめ、うぐひすのおそくなき侍ければ
              選子内親王
1023 やまざとのはなのにほひのいかなれや
   かをたづねくるうぐひすのなき

     題しらず     禎子内親王家摂津
1024 ゆきふかきみやまのさとにすむひとは
   かすむそらにやはるをしるらん

              式子内親王
1025 ゆききえてうらめづらしきはつくさの
   はつかにのべもはるめきにけり

     わかくさをよみ侍ける
              入道二品親王道助
1026 かすがのにまだもえやらぬわかくさの
   けぶりみじかきをぎのやけはら

              前大僧正慈円
1027 むさしののはるのけしきもしられけり
   かきねにめぐむくさのゆかりに

     題しらず     殷富門院大輔
1028 いのちありてあひ見むこともさだめなく
   おもひしはるになりにけるかな

     千五百番哥合に
              二条院讃岐
1029 さかぬまははなと見よとやみよしのの
   やまのしらゆききえがてにする

     題しらず     按察使隆衡
1030 かすみしくわがふるさとよさらぬだに
   むかしのあとは見ゆるものかは

              権大納言家良
1031 みよしののやまのはかすむはるごとに
   身はあらたまのとしぞふりゆく

     関白左大臣家百首哥よみ侍けるに、かすみをよめる
              中宮少将
1032 さびしさのましばのけぶりそのままに
   かすみをたのむはるのやまざと

     寿永のころほひ、梅花をよみ侍ける
              土御門内大臣
1033 ここのへにかはらぬむめのはなみてぞ
   いとどむかしのはるはこひしき

     前関白内大臣に侍ける時、百首哥よませ侍けるに、庭梅をよめる
              源信定朝臣
1034 やどからぞむめのたちえもとはれける
   あるじもしらずなににほふらん

     題しらず     下野
1035 ありあけの月はなみだにくもれども
   見し世ににたるむめのかぞする

              行念法師
1036 むめがかのたがさとわかずにほふ夜は
   ぬしさだまらぬはるかぜぞふく

     百首哥よみ侍ける、春哥
              侍従具定
1037 はるの月かすめるそらのむめがかに
   ちぎりもおかぬ人ぞまたるる

     土御門院哥合に春月をよみ侍ける
              承明門院小宰相
1038 おほかたのかすみにつきぞくもるらん
   ものおもふころのながめならねば

     東山にこもりゐてのち、花を見侍て
              前大納言忠良
1039 おもひすててわが身ともなき心にも
   猶むかしなるやまざくら哉

     西園寺にて三十首哥よみ侍ける、春哥
              入道前太政大臣
1040 やまざくらみねにもをにもうゑおかん
   見ぬよのはるを人やしのぶと

     故郷花といへる心をよみ侍ける
              祝部成茂
1041 はるをへてしかのはなぞのにほはずは
   なにかみやこのかたみならまし

     題しらず     如願法師
1042 あだなりとなにうらみけむやまざくら
   はなぞみしよのかたみなりける

     世をのがれて葉むろといふ山ざとにこもりゐて侍けるに、花を見てよみ侍ける
              前大納言光頼
1043 いざや猶はなにもそめしわがこころ
   さてもうき世にかへりもぞする

     二条院御時、殿上のふだのそがれて侍けるころ、臨時祭の舞人にて南殿の花を見て、内侍丹波かもとにつかはしける
              藤原隆信朝臣
1044 わするなよなれし雲井のさくらばな
   うき身は春のよそになるとも

     世をのがれてのち、栖霞寺にまうでてかへり侍けるに、大内の花のこずゑさかりに見え侍けるを、しのびてうかがひ見侍て、頼政卿許につかはしける
              皇太后宮大夫俊成
1045 いにしへのくも井のはなにこひかねて
   身をわすれても見つるはるかな

     返し       従三位頼政
1046 雲井なるはなもむかしをおもひいでば
   わするらむ身をわすれしもせじ

     浄名院といふ所のぬし身まかりにけるのち、花を見てよみ侍ける
              宋延法師
1047 うゑおきてむかしがたりになりにける
   ひとさへをしきはなのいろかな

     はなを見てよみ侍ける
              平重時
1048 としごとに見つつふる木のさくらばな
   わがよののちはたれかをしまん

              源光行
1049 身のうさをはなにわするるこのもとは
   はるよりのちのなぐさめぞなき

     題しらず     藤原頼氏朝臣
1050 しがらきのそまやまざくらはるごとに
   いくよみや木にもれてさくらん

     花哥よみ侍けるに
              前大僧正慈円
1051 よしのやま猶しもおくにはなさかば
   又あくがるる身とやなりなん

     落花をよみ侍ける
              入道前太政大臣
1052 はなさそふあらしのにはのゆきならで
   ふりゆくものはわが身なりけり

     閑居花といへるこころをよみ侍ける
              按察使兼宗
1053 いとどしくはなもゆきとぞふるさとの
   にはのこけぢはあとたえにける

     題しらず     侍従具定母
1054 めぐりあはむわがかねごとのいのちだに
   こころにかなふはるのくれかは

              藤原信実朝臣
1055 くれてゆくそらをやよひのしばしとも
   はるのわかれはいふかひもなし

     太皇太后宮大弐、四月にさきたるさくらををりてつかはして侍ければ
              京極前関白家肥後
1056 はるはいかにちぎりおきてかすぎにしと
   おくれてにほふはなにとはばや

     四月まつりの日、あふひにつけて女につかはしける
              藤原顕総朝臣
1057 おもひきやそのかみやまのあふひぐさ
   かけてもよそにならんものとは

     題しらず     相模
1058 あとたえて人もわけこぬなつくさの
   しげくもものをおもふころ哉

     ゆふづくよをかしきほどにくひなのなき侍ければ
              上東門院小少将
1059 あまのとの月のかよひぢささねども
   いかなるかたにたたくくひなぞ

     返し       紫式部
1060 まきのともささでやすらふ月かげに
   なにをあかずとたたくくひなぞ

     やしなひ侍けるむすめに、五月五日くすだまたてまつらせ侍けるに、かはりてよみ侍ける
              右近大将道綱母
1061 かくれぬにおひそめにけるあやめ草
   ふかきしたねはしる人もなし

     御返し      東三条院
1062 あやめぐさねにあらはるるけふこそは
   いつかとまちしかひもありけれ

     おもふこと侍けるころ
              権中納言定頼
1063 さみだれののきのしづくにあらねども
   うき世にふればそでぞぬれける

     さみだれをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
1064 みしま江のたまえのまこもかりにだに
   とはでほどふる五月雨のそら

     夏月をよめる
              藤原親康
1065 わすれてはあきかとぞおもふかたをかの
   ならのはわけていづる月かげ

     初秋のこころをよみ侍ける
              祝部成茂
1066 ふくかぜにをぎのうはばのこたへずは
   あきたつけふをたれかしらまし

              権少僧都良仙
1067 世をいとふすみかはひとにしられねど
   をぎのはかぜはたづねきにけり

     兵部卿成実よませ侍ける、荻風といふ心を
              藤原信実朝臣
1068 なほざりのおとだにつらきをぎの葉に
   ゆふべをわきてあきかぜぞふく

     題しらず     源季広
1069 かりがねのこゑせぬ野辺を見てしがな
   こころとはぎのはなはちるやと

     実方朝臣、承香殿のおまへのすすきをむすびて侍ける、たれならむとて女房のよみ侍ける
              よみ人しらず
1070 あきかぜのこころもしらずはなすすき
   そらにむすべる人はたれぞも

     殿上人返しせむなど申けるほどに、まゐりあひてよみ侍ける
              実方朝臣
1071 かぜのまにたれむすびけんはなすすき
   うは葉のつゆもこころおくらし

     円融院御出家ののち、八月ばかりひろさはにわたらせ給ける御ときに、左右大将つかうまつりてひとつくるまにてかへり侍けるに
              按察使朝光 于時左大将
1072 あきの野をいまはとかへるゆふぐれは
   なくむしのねぞかなしかりける

     返し       左近大将済時 于時右大将
1073 むしのねにわがなみださへおちそはば
   のはらのつゆのいろやかはらん

     後朱雀院御時、祐子内親王ふぢつぼにかはらずすみ侍けるに、月くまなき夜、女房むかし思ひいでてながめ侍けるほど、梅壺女御まうのぼり侍けるおとなひをよそにきき侍て
              菅原孝標女
1074 あまのとをくも井ながらもよそに見て
   むかしのあとをこふる月かな

     五十首哥よみ侍ける時
              仁和寺二品法親王守覚
1075 むかしおもふなみだのそこにやどしてぞ
   月をばそでのものとしりぬる

     題しらず     鎌倉右大臣
1076 あさぢはらぬしなきやどの庭のおもに
   あはれいく世の月かすみけん

1077 おもひいでてむかしをしのぶそでのうへに
   ありしにもあらぬ月ぞやどれる

     月前懐旧といへる心をよみ侍ける
              入道前太政大臣
1078 ながめつる身にだにかはる世中に
   いかでむかしの月はすむらん

     家に五十首哥よみ侍ける時
              入道二品親王道助
1079 このさとはたけの葉わけてもる月の
   むかしの世よのかげをこふらし

     元暦のころほひ、賀茂重保人々の哥すすめ侍て、社頭哥合し侍けるに、月をよめる
              権中納言定家
1080 しのべとやしらぬむかしのあきをへて
   おなじかたみにのこる月かげ

     秋座禅のついで、夜もすがら月を見侍て、さとわかぬかげもわが身ひとつの心地し侍ければ
              高弁上人
1081 月かげはいづれのやまとわかずとも
   すますみねにやすみまさるらん

     のちにこのうたを見せ侍ければよめる
              法印超清
1082 いかばかりその夜の月のはれにけむ
   きみのみやまはくもものこらじ

     世をのがれて高野の山にすみ侍ける時よめる
              参議成頼
1083 たかのやまおくまでひとのとひこずは
   しづかに峯の月は見てまし

     題しらず     西行法師
1084 あらはさぬわがこころをぞうらむべき
   月やはうときをばすてのやま

              法印慶忠
1085 身につもる老ともしらでながめこし
   月さへかげのかたぶきにける

              正三位家隆
1086 老ぬればことしばかりとおもひこし
   またあきの夜の月を見るかな

              源家長朝臣
1087 わすれじのゆくすゑかたきよの中に
   むそぢなれぬるそでの月かげ

              寂延法師
1088 いくあきをなれても月のあかなくに
   のこりすくなき身をうらみつつ

              侍従具定母
1089 はらひかねくもるもかなしそらの月
   つもればおいのあきのなみだに

              殷富門院大輔
1090 いまはとて見ざらむあきのそらまでも
   おもへばかなし夜半の月かげ

     楽府を題にて哥よみ侍けるに、陵園妾の心をよめる
              源光行
1091 とぢはつるみやまのおくのまつの戸を
   うらやましくもいづる月かな

     巫陽台のこころをよみ侍ける
              素俊法師
1092 わきてなどゆふべのあめとなりにけん
   まつだにおそきやまのはの月

     故郷月といへる心をよめる
              法印道清
1093 たかまどのをのへのみやの月のかげ
   たれしのべとてかはらざるらん

     題しらず     如願法師
1094 このさとはしぐれにけりなあきのいろの
   あらはれそむるみねのもみぢば

              藤原基綱
1095 さほやまのははそのもみぢいたづらに
   うつろふあきはものぞかなしき

              行念法師
1096 たつたやまもみぢのにしきをりはへて
   なくといふとりのしものゆふしで

     明年叙爵すべく侍ける秋、うへのをのこどもふぢつぼのもみぢ見侍けるに、まかりてよみ侍ける
              藤原永光
1097 ひとはみなのちのあきともたのむらん
   けふをわかれとちるもみぢかな

     高倉院御時、ふちつぼのもみぢゆかしきよし申けるひとに、むすびたるもみぢをつかはしける
              建礼門院右京大夫
1098 ふくかぜも枝にのどけきみよなれば
   ちらぬもみぢのいろをこそ見れ

     前関白内大臣に侍ける時、家に百首哥よみ侍ける、暮秋哥
              源有長朝臣
1099 もみぢばのちりかひくもるゆふしぐれ
   いづれかみちとあきのゆくらん

     建保三年五月哥合に、暁時雨といへる心をよみ侍ける
              権大納言忠信
1100 あかつきとうらみし人はかれはてて
   うたてしぐるるあさぢふのやど

              高階家仲
1101 むら雲はまだすぎはてぬとやまより
   しぐれにきほふありあけの月

     題しらず     源泰光朝臣
1102 かくてよにわが身しぐれはふりはてぬ
   おいそのもりのいろもかはらで

     冬哥よみ侍けるに
              相模
1103 この葉ちるあらしのかぜのふくころは
   なみださへこそおちまさりけれ

     なげくこと侍けるころ、もみぢのちるを見てよみ侍ける
              前大納言公任
1104 もみぢにもあめにもそひてふるものは
   むかしをこふるなみだなりけり

     ふゆころさとにいでて、大納言三位につかはしける
              紫式部
1105 うきねせしみづのうへのみこひしくて
   かものうはげにさえぞおとらぬ

     返し       従三位廉子
1106 うちはらふともなきころのねざめには
   つがひしをしぞ夜はにこひしき

     題しらず     さがみ
1107 ふゆの夜をはねもかはさずあかすらん
   とほやまどりぞよそにかなしき

     六条右大臣、小忌宰相にて侍けるあしたにつかはしける
              康資王母
1108 をみごろもかへらぬものとおもはばや
   ひかげのかづらけふはくるとも

     返し       六条右大臣
1109 かへりてぞくやしかりけるをみごろも
   そのひかげのみわすれがたさに

     新嘗会をよみ侍ける
              中納言家持
1110 あしひきの山したひかげかづらなる
   うへにやさらにむめをしのばむ

     百首哥に
              式子内親王
1111 あまつかぜ氷をわたるふゆの夜の
   をとめのそでをみがく月かげ

     五節のころ、権中納言定頼内にさぶらひけるにつかはしける
              よみびとしらず
1112 ひかげさすくものうへにはかけてだに
   おもひもいでじふるさとの月

     なげくこと侍てこもりゐて侍けるゆきのあした、皇太后宮大夫俊成許につかはしける
              左近中将公衡
1113 ふゆごもりあとかきたえていとどしく
   ゆきのうちにぞたき木つみける

     題しらず     伊勢大輔
1114 わすられてとしくれはつるふゆ草の
   かれははひともたづねざりけり

     年のくれにことをかきならして、そらもはるめきぬるにやと侍ければ
              選子内親王家宰相
1115 ことのねをはるのしらべにひくからに
   かすみて見ゆるそらめなるらん

     返し       選子内親王
1116 ことのねのはるのしらべにきこゆれば
   かすみたなびくそらかとぞおもふ

     題しらず     殷富門院大輔
1117 ほのかにもかきねのむめのにほふかな
   となりをしめてはるはきにけり

     入道親王家にて、冬花といふ心をよみ侍ける
              法印覚寛
1118 けふよりやおのがはるべとしらゆきの
   ふるとしかけてさけるむめがえ

     としのくれの心をよみ侍ける
              寂延法師
1119 いかだしのこすてにつもるとしなみの
   けふのくれをもしらぬはかなさ

              行念法師
1120 ゆくとしをしらぬいのちにまかせても
   あすをありとやはるをまつらん

              寂超法師
1121 ゆきつもるやまぢのふゆをかぞふれば
   あはれわが身のふりにけるかな

     題しらず
              相模
1122 かぞふればとしのをはりになりにけり
   わが身のはてぞいとどかなしき

   新勅撰和歌集巻第十七
    雑哥二

     題しらず     業平朝臣
1123 わがそではくさのいほりにあらねども
   くるればつゆのやどりなりけり

1124 おもふこといはでぞただにやみぬべき
   われとひとしきひとしなければ

              よみ人しらず
1125 あさなけに世のうきことをしのぶとて
   なげきせしまにとしぞへにける

              和泉式部
1126 さらにまたものをぞおもふさならでも
   なげかぬときのある身ともなく

1127 いかにせんあめのしたこそすみうけれ
   ふればそでのみまなくぬれつつ

              さがみ
1128 あさぢはら野わきにあへるつゆよりも
   なほありがたき身をいかにせむ

1129 こふれどもゆきもかへらぬいにしへに
   いまはいかでかあはむとすらん

              俊頼朝臣
1130 こひしともいはでぞおもふたまきはる
   たちかへるべきむかしならねば

     堀河院に百首哥たてまつりける時
              基俊
1131 いにしへをおもひいづるのかなしきは
   なけどもそらにしる人ぞなき

     成尋、宋朝にわたり侍けるをなげきてよみ侍ける
              成尋法師母
1132 なげきつつわが身はなきになりはてぬ
   いまはこの世をわすれにし哉

     述懐心をよみ侍ける
              鎌倉右大臣
1133 おもひいでてよるはすがらにねをぞなく
   ありしむかしのよよのふること

1134 世にふればうきことの葉のかずごとに
   たえずなみだのつゆぞおきける

     百首哥中に述懐
              惟明親王
1135 なべて世のならひとびとやおもふらん
   うしといひてもあまるなみだを

     題しらず     前大納言忠良
1136 かすがやまいまひとたびとたづねきて
   みち見えぬまでふるなみだ哉

              皇太后宮大夫俊成
1137 かすがやまいかにながれしたにみづの
   すゑをこほりのとぢはてつらん

1138 よもの海をすずりのみづにつくすとも
   わがおもふことはかきもやられじ

              源師光
1139 ゆくすゑにかからん身ともしらずして
   わがたらちねのおほしたてけん

     としわかく侍ける時、はじめて百首哥よみ侍ける、述懐哥
              前大僧正慈円
1140 さしはなれみかさのやまをいでしより
   身をしるあめにぬれぬひぞなき

     題しらず     大僧正行尊
1141 かばかりとおもひはてにし世中に
   なにゆゑとまるこころなるらん

              僧正行意
1142 いたづらによそぢのさかはこえにけり
   みやこもしらぬながめせしまに

              如願法師
1143 なみだもてたれかおりけむからころも
   たちてもゐてもぬるるそでかな

              藤原光俊朝臣
1144 しのぶるもわがことわりといひながら
   さてもむかしととふひとぞなき

     寿永のころほひ、おもふゆゑや侍けん、ひとにつかはしける
              後徳大寺左大臣
1145 あらきかぜふきやをやむとまつほどに
   もとのこころのとどこほりぬる

     右大臣に侍ける時、百首哥よみ侍けるに、述懐の哥
              後法性寺入道前関白太政大臣
1146 いにしへのこひしきたびにおもふかな
   さらぬわかれはげにうかりけり

     述懐の心をよみ侍ける
              左近中将公衡
1147 身のはてよいかにかならん人しれぬ
   こころにはつる心ならずは

     題しらず     後京極摂政前太政大臣
1148 さてもさはすまばすむべき世中に
   人のこころのにごりはてぬる

              寂蓮法師
1149 さてもまたいくよかはへん世中に
   うき身ひとつのおきどころなさ

     文集、天可度のこころをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
1150 わたつうみのしほひにたてるみをつくし
   人のこころぞしるしだになき

     しばし世をのがれて大原山いひむろのたになどにすみわたり侍けるころ、熊野御幸の御経供養の導師のがれがたきもよほし侍て、みやこにいで侍けるに、しぐれのし侍ければ、よかはの木のかげにたちよりてよみ侍ける
              法印聖覚
1151 もろともにやまべをめぐるむらしぐれ
   さてもうきよにふるぞかなしき

     題しらず     平泰時
1152 世中にあさはあとなくなりにけり
   こころのままのよもぎのみして

     高倉院御時、つたへそうせさすること侍けるに、かきそへて侍ける
              西行法師
1153 あととめてふるきをしたふ世ならなん
   いまもありへばむかしなるべし

1154 たのもしなきみきみにます時にあひて
   こころのいろをふでにそめつる

     醍醐の山にのぼりて、延喜の御願寺ををがみてよみ侍ける
              中原師季
1155 名をとむる世々はむかしにたえねども
   すぐれしあとぞみるもかしこき

     内大臣に侍ける時、家百首哥に述懐の心を
              前関白
1156 河波をいかがはからんふなびとの
   とわたるかぢのあとはたえねど

     をのこども述懐哥つかうまつりけるついでに
              御製
1157 くりかへししづのをだまきいくたびも
   とほきむかしをこひぬひぞなき

     述懐のこころをよみ侍ける
              内大臣
1158 いかさまにちぎりおきてしみかさ山
   かげなびくまで月を見るらん

     定家、少将になり侍て月あかき夜、よろこび申侍けるを見侍て、あしたにつかはしける
              権中納言定家母
1159 みかさやまみちふみそめし月かげに
   いまぞこころのやみははれぬる

     千五百番哥合に
              二条院讃岐
1160 かげたけてくやしかるべき秋の月
   やみぢちかくもなりやしぬらん

1161 のちのよの身をしるあめのかきくもり
   こけのたもとにふらぬひぞなき

     源為相、一臈蔵人にてかうぶりのほどちかくなり侍けるによみ侍ける
              道信朝臣
1162 雲のうへのつるのけごろもぬぎすてて
   さはにとしへむほどのひさしさ

     頭中将に侍ける、宰相になりて、内よりいで侍て、ないしのかみのもとにつかはしける
              謙徳公
1163 おりきつるくものうへのみこひしくて
   あまつそらなるここちこそすれ

     蔵人にてかうぶりたまはりて、いかがおもふとおほせごと侍ければ
              藤原相如
1164 としへぬるくもゐはなれてあしたづの
   いかなるさはにすまむとすらん

     きこしめしておほせられ侍ける
              円融院御製
1165 あしたづのくものうへにしなれぬれば
   さはにすむともかへらざらめや

     行幸にまゐりて、大将にて年ひさしくなり侍ぬることを、心のうちにおもひつづけ侍ける
              内大臣
1166 わすれめやつかひのをさをさきだてて
   わたるみはしににほふたちばな

     おいののち、ひさしくしづみ侍て、はからざるほかにつかさたまはりて、外記のまつりごとにまゐりていで侍けるに
              権中納言定家
1167 をさまれるたみのつかさのみつぎもの
   ふたたびきくもいのちなりけり

     関白左大臣家百首哥よみ侍ける、眺望哥
1168 ももしきのとのへをいづるよひよひは
   またぬにむかふ山のはの月

     建保四年百首哥たてまつりけるに
              参議雅経
1169 うれしさもつつみなれにしそでに又
   はてはあまりの身をぞうらむる

     日吉のやしろにて、述懐心をよみ侍ける
              従三位知家
1170 あふさかのゆふつけどりもわがごとや
   こえゆくひとのあとになくらん

     暁哥とてよみ侍ける
              前中納言匡房
1171 まどろまでものおもふやどのながき夜は
   とりのねばかりうれしきはなし

              按察使隆衡
1172 かねのおとをなにとてむかしうらみけむ
   いまはこころもあけがたのそら

              参議雅経
1173 身のうへにふりゆくしものかねのおとを
   ききおどろかぬあかつきぞなき

              藤原宗経朝臣
1174 あかつきのかねぞあはれをうちそふる
   うき世のゆめのさむるまくらに

     遠鐘幽といへる心を
              入道二品親王助道
1175 はつせ山あらしのみちのとほければ
   いたりいたらぬかねのおとかな

     暁述懐の心をよみ侍ける
              正三位家隆
1176 おもふことまだつきはてぬながき夜の
   ねざめにまくるかねのおとかな

              法印覚寛
1177 身のうさをおもひつづけぬあかつきに
   おくらんつゆのほどをしらばや

     題しらず     俊頼朝臣
1178 なにとなくくち木のそまの山くだし
   くだすひぐれはねぞなかれける

              寂然法師
1179 つくづくとむなしきそらをながめつつ
   いりあひのかねにぬるるそでかな

              法橋行賢
1180 つくづくとくるるそらこそかなしけれ
   あすもきくべきかねのおとかは

              前参議俊憲
1181 あすもありとおもふこころにはかられて
   けふをむなしくくらしつるかな

              源光行
1182 あすもあらばけふをもかくやおもひいでん
   きのふのくれぞむかしなりける

     家五十首哥閑中灯
              入道二品親王道助
1183 これのみとともなふかげもさよ夜けて
   ひかりぞうすきまどのともし火

              従三位範宗
1184 ながき夜のゆめぢたえゆくまどのうちに
   猶のこりける秋のともし火

     述懐哥のなかによみ侍ける
              侍従具定
1185 あつめこしほたるもゆきもとしふれど
   身をばてらさぬひかりなりけり

     方磐をうち侍けるが、おいののち、すたれておぼえ侍ければよめる
              上西門院武蔵
1186 ふけにけるわが世のほどのかなしきは
   かねのこゑさへうちわすれつつ

     題しらず     さがみ
1187 月かげをこころのうちにまつほどは
   うはのそらなるながめをぞする

1188 しもこほるふゆのかはせにゐるをしの
   うへしたものをおもはずもがな

              俊頼朝臣
1189 なにはがたあしまのこほりけぬがうへに
   ゆきふりかさぬおもしろの身や

1190 ながれあしのうきことをのみみしま江に
   あととどむべきここちこそせね

     僧正円玄やまひにしづみてひさしく侍ける時、よみ侍ける
              権大僧都経円
1191 のりのみちをしへしやまは霧こめて
   ふみみしあとに猶やまどはん

     文治のころほひ、ちちの千載集えらび侍し時、定家がもとに哥つかはすとてよみ侍ける
              尊円法師
1192 わがふかくこけのしたまでおもひおく
   うづもれぬ名はきみやのこさん

     おなじ時よみ侍ける
              荒木田成長
1193 かきつむるかみぢのやまのことの葉の
   むなしくくちむあとぞかなしき

     寿永二年、おほかたの世しづかならず侍しころ、よみおきて侍ける哥を、定家がもとにつかはすとて、つつみがみにかきつけ侍し
              平行盛
1194 ながれての名だにもとまれゆくみづの
   あはれはかなき身はきえぬとも

     題しらず     法眼宗円
1195 わかのうらにしられぬあまのもしほぐさ
   すさびばかりにくちやはてなん

              行念法師
1196 もしほぐさかきおくあとやいかならん
   わが身によらぬわかのうらなみ

     西行法師、自哥を哥合につかひ侍て、判の詞あつらへ侍けるに、かきそへてつかはしける
              皇太后宮大夫俊成
1197 ちぎりおきしちぎりのうへにそへおかむ
   わかのうらぢのあまのもしほ木

     返し       西行法師
1198 若の浦にしほ木かさぬるちぎりをば
   かけるたくものあとにてぞ見る

     源氏の物語をかきておくにかきつけられて侍ける
              従一位麗子
1199 はかもなきとりのあととはおもふとも
   わがすゑずゑはあはれとを見よ

     題しらず     和泉式部
1200 はるやくるはなやさくともしらざりき
   たにのそこなるむもれ木の身は

              貫之
1201 はるやいにしあきやはくらんおぼつかな
   かげのくち木とよをすぐす身は

     なげくこと侍ける時、述懐哥
              後京極摂政前太政大臣
1202 かずならばはるをしらましみやま木の
   ふかくやたににむもれはてなん

1203 くもりなきほしのひかりをあふぎても
   あやまたぬ身を猶ぞうたがふ

     ひとりおもひをのべ侍けるうた
              鎌倉右大臣
1204 やまはさけうみはあせなん世なりとも
   きみにふたごころわがあらめやも

   新勅撰和謌集巻第十八
    雑哥三

     世をのがれてのち、四月一日、法服袈裟をみ侍て
              法成寺入道前摂政太政大臣
1205 けさかふるなつのころもはとしをへて
   たちしくらゐのいろぞことなる

     返し       従一位倫子
1206 まだしらぬころものいろをたちかへて
   きみがためにと見るぞかなしき

     少将高光、横川にのぼりて出家し侍ける時、ふすまてうじてたまはせける、御哥
              天暦中宮
1207 つゆしものよひあかつきにおくなれば
   とこにやきみがふすまなからん

     高光、横川にすみ侍けるに、とぶらひまかりてよみ侍ける
              東三条入道摂政太政大臣
1208 きみがすむよかはのみづやまさるらん
   なみだのあめのやむ世なければ

     おなじ時、恒徳公兵衛佐に侍ける、かはりの少将になり侍て、よろこびに大納言のもとにまうできて侍けるを見てよみ侍ける
              大納言師氏女 高光妻
1209 それと見るおなじみかさの山の井の
   かげにもそでのぬれまさるかな

     左近中将成信、三井寺にまかりて出家し侍にけるに、装束つかはすとて袈裟にむすびつけ侍ける
              一条左大臣室
1210 けさのまもみねばなみだもとどまらず
   きみがやまぢにさそふなるべし

     母のやまひおもくなり侍て、いむことうけ侍けるに、きせて侍ける袈裟を、身まかりてのち見つけてよみ侍ける
              右近大将道綱母
1211 はちす葉のたまとなるらんとおもふにも
   そでぬれまさるけさのつゆかな

     伊勢集をかきて、人のもとにつかはすとてよめる
              中務
1212 なきひとのことのはうつすみづぐきは
   かきもやられずそでぞぬれける

     とし子とものがたりして、世のはかなきことなど申てよみ侍ける
              大納言清蔭
1213 いひつつも世ははかなきをかたみには
   あはれといかできみに見えまし

     後一条院のきさいの宮かくれさせたまひにけるとしのくれ、かのみやにまゐりてよみ侍ける
              権大納言長家
1214 はるたつときくにももののかなしきは
   ことしのこぞになればなりけり

     返し       出羽弁
1215 あたらしきとしにそへてもかはらねば
   こふるこころぞかたみなりける

     九条右大臣かくれ侍にけるとし、新嘗会のころ、内の女房につかはしける
              藤原高光
1216 しもがれのよもぎのかどにさしこもり
   けふのひかけを見ぬぞかなしき

     後高倉院かくれさせたまうてのち、参議雅清出家し侍て、たふのみねにすみ侍ける、あからさまに京にまかりいでたるよしききてつかはしける
              内大臣
1217 こころこそうき世のほかにいでぬとも
   みやこをたびといつならふらん

     返し       左近中将雅清
1218 まよひこしゆめぢのやみをいでぬれば
   みやこはよそのすみぞめのそで

     嘉承のころほひ、あけくれおもひなげきてよみ侍ける哥の中に
              権中納言国信
1219 きみこふとくさ葉のしもの世とともに
   おきてもねてもねこそなかるれ

1220 かぎりとてたきぎつきにしのべなれば
   あさぢふみわけとはぬひぞなき

1221 あさゆふになげきをすまにやくしほの
   からくけぶりにおくれにしかな

     おなじころ、香隆寺にまゐりて、もみぢを見てよみ侍ける
              堀河院讃岐典侍
1222 いにしへをこふるなみだにそむればや
   もみぢもふかきいろまさるらん

     貞信公かくれ侍てのち、かの家にまかりてよみ侍ける
              九条右大臣
1223 ゆきかへり見ればむかしのあとながら
   たのみしかげぞとまらざりける

     天暦八年、おほきさいの宮かくれさせたまうて、五七日御誦経せさせ侍けるくしのはこのかげこのしたにいれ侍ける
1224 ゆめかとてあけて見たればたまくしげ
   いまはむなしき身にこそありけれ

     式部卿敦慶のみこ、かくれ侍にけるはるよみ侍ける
              中納言兼輔
1225 さきにほひかぜまつほどのやまざくら
   人の世よりはひさしかりけり

     後冷泉院の御ぶくに侍けるころ、花たちばなを女房のもとにつかはしける
              大納言忠家
1226 いとどしくはなたちばなのかをるかに
   そめしかたみのそではぬれつつ

     題しらず     つらゆき
1227 きのふまであひみしひとのけふなきは
   やまのくもとぞたなびきにける

              人麿
1228 みよしののみふねのやまにたつくもの
   つねにあらむとわがおもはなくに

     内わたりのざうしに、のべといふわらはにつたへて、ふみなどつかはしけるに、のべ身まかりにけるあきよみ侍ける
              謙徳公
1229 しらつゆはむすびやするとはなすすき
   とふべきのべも見えぬあき哉

     題しらず     相模
1230 あさがほのはなにやどれるつゆの身は
   のどかにものをおもふべきかは

              後京極摂政前太政大臣
1231 をはりおもふすまひかなしきやまかげに
   たまゆらかかるあさがほのはな

              入道前太政大臣
1232 はやせがはわたるふなびとかげをだに
   とどめぬみづのあはれ世中

              前大僧正慈円
1233 とりべやま夜半のけぶりのたつたびに
   ひとのおもひやいとどそふらん

              俊恵法師
1234 とりべやまこよひもけぶりたつめりと
   いひてながめし人もいづらは

              源有房朝臣
1235 ほどもなくひまゆくこまを見ても猶
   あはれひつじのあゆみをぞおもふ

              正三位家隆
1236 はかなくもけふのいのちをたのむかな
   きのふをすぎし心ならひに

              前大納言忠良
1237 かなしさは見るたびごとにますかがみ
   影だになどかとまらざりけむ

1238 なげくなよこれはうきよのならひぞと
   なぐさめおきしことぞかなしき

     従三位能子かくれ侍にける秋、月を見てよみ侍ける
              入道前太政大臣
1239 あはれなどまた見るかげのなかるらん
   くもがくれても月はいでけり

     なきひとびとを思いでてよみ侍ける
              八条院高倉
1240 かずかずにただめのまへのおもかげの
   あはれいくよにとしのへぬらん

     公守朝臣母身まかりにける時、左大臣のもとにつかはしける
              大納言実家
1241 さても猶とふにもさめぬゆめなれど
   おどろかさではいかがやむべき

     返し       後徳大寺左大臣
1242 おもへただゆめかうつつかわきかねて
   あるかなきかになげくこころを

     参議通宗朝臣身まかりてのち、つねにかきかはし侍けるふみを、母のこひ侍ければ、つかはすとてよみ侍ける
              大納言通具
1243 身にそへてこれをかたみとしのぶべき
   あとさへいまはとまらざりけり

     皇嘉門院かくれさせ給にけるのちの春、高倉院の御はてすぎ侍にけるのち、俊成卿許につかはしける
              後法性寺入道前関白太政大臣
1244 とへかしな世のすみぞめはかはれども
   われのみふかきいろやいかにと

     母のおもひにて北山に侍ける時よみ侍ける
              内大臣
1245 しらたまはからくれなゐにうつろひぬ
   こずゑもしらぬそでのしぐれに

     周忌はててよみ侍ける
1246 なごりなきけふはきのふをしのべども
   たつおもかげははつるひもなし

     やまひにしづみ侍けるころ、新少将身まかりぬとききて、素覚法師がもとにつかはしける
              賀茂重保
1247 あさがほのつゆのわが身をおきながら
   まづきえにける人ぞかなしき

     後京極摂政かくれ侍にける時よみ侍ける
              藤原親康
1248 うつつのみゆめとは見えておのづから
   ぬるがうちにはなぐさめもなし

     賀茂重保身まかりてのち、つねにうたよみ侍けるものどもあとにまかりあひて、遇友恋友といへるこころをよみ侍けるによめる
              覚盛法師
1249 うちむれてたづぬるやどはむかしにて
   おもかげのみぞあるじなりける

     世をのがれてのち、水辺述懐といふ心をよみ侍ける
              藤原親盛
1250 かはりゆくかげにむかしをおもひいでて
   なみだをむすぶ山の井のみづ

     題しらず     前大納言光頼
1251 ゆくひとのむすぶににごるやまの井の
   いつまですまむこのよなるらん

     おいののち母の身まかりにけるによみ侍ける
              法印覚寛
1252 とまりゐる身もおいらくののちなれば
   さらぬわかれぞいとどかなしき

     後高倉院かくれさせたまうて、としどしすぎ侍ぬることをおもひてよみ侍ける
              平信繁
1253 おくれじとなげきながらにとしもへぬ
   さだめなき世は名のみなりけり

     おいののち、述懐哥よみ侍けるに
              能蓮法師
1254 おくれゐてしなぬいのちをうらみにて
   あはれかなしき世のわかれかな

     入道大納言のおもひに侍ける時よみ侍ける
              左近中将基良
1255 物ごとにわすれがたみをとどめおきて
   なみだのたゆむときのまぞなき

     僧正範玄身まかりて、あとに侍りけるものども、たのむかたなきよし申て、まかりちり侍ける時よめる
              法印円経
1256 いかにせんたのむこかげのかれしより
   すゑばにとまるつゆだにもなし

     小侍従身まかりにける時よみ侍ける
              法印昭清
1257 うらむべきよはひならねどかなしきは
   わかれてあはぬうきよなりけり

     大神基賢が身まかりにける時、誦経せさせ侍けるによみ侍ける
              中院右大臣家夕霧
1258 わかれにしひはいくかにもあらねども
   むかしのひとといふぞかなしき

     八条院かくれさせ給て、御正日八月十五夜にあたりて侍けるに、あめふり侍ければよめる
              藤原信実朝臣
1259 やみのうちもけふをかぎりのそらにしも
   あきのなかばはかきくらしつつ

     父みまかりてのち、月あかく侍ける夜、蓮生法師がもとにつかはしける
              平泰時
1260 やまのはにかくれし人はみえもせで
   いりにし月はめぐりきにけり

     返し       蓮生法師
1261 かくれにし人のかたみはつきを見よ
   こころのほかにすめるかげかは

     文集、親愛自零落存者仍別離といふこころをよみ侍ける
              八条院高倉
1262 あすかがはけふのふちせもいかならん
   さらぬわかれはまつほどもなし

     題しらず     行念法師
1263 さだめなきよにふるさとをゆく水の
   けふのふちせはあすかかはらん

     法恩講といふことおこなひ侍けるに、なきひとの名をかきつらねてよみ侍ける
              前大僧正慈円
1264 もろびとのうづもれぬ名をうれしとや
   こけのしたにもけふは見るらむ

   新勅撰和歌集巻第十九
    雑哥四

     亭子院大内山におはしましける時、勅使にてまゐりて侍けるに、ふもとよりくものたちのぼりけるを見てよみ侍ける
              中納言兼輔
1265 しら雲のここのへにたつみねなれば
   おほうちやまといふにぞありける

     題しらず     よみびとしらず
1266 やましろのくせのさぎさか神世より
   はるはもえつつあきはちりけり

     久邇のみやこのあれにけるを見てよみ侍ける
1267 みかのはらくにのみやこはあれにけり
   おほみやびとのうつりいぬれば

     かすがの社に百首哥よみてたてまつりけるに、橋哥
              皇太后宮大夫俊成
1268 みやこいでてふしみをこゆるあけがたは
   まづうちわたすひつかはのはし

     百首哥よみ侍けるに、早秋哥
              内大臣
1269 ふきそむるおとだにかはれ山しろの
   ときはのもりのあきのはつかぜ

     建保四年百首哥たてまつりける時
              僧正行意
1270 やましろのときはのもりのゆふしぐれ
   そめぬみどりにあきぞくれぬる

     名所哥よみ侍けるに
              寂身法師
1271 したくさもいかでかいろのかはるらん
   そめぬときはのもりのしづくに

              真昭法師
1272 あすかがはかはせのきりもはれやらで
   いたづらにふく秋のゆふかぜ

     題しらず     よみびとしらず
1273 世中はなどやまとなるみなれがは
   みなれそめずぞあるべかりける

              中納言家持
1274 ちどりなくさほのかはとのきよきせを
   こまうちわたしいつかかよはむ

              入道前太政大臣
1275 はるは花ふゆはゆきとてしら雲の
   たえずたなびくみよしののやま

              正三位家隆
1276 いにしへのいくよのはなにはるくれて
   ならのみやこのうつろひぬらん

     前関白家哥合に、名所月
              源家長朝臣
1277 いづこにもふりさけいまやみかさやま
   もろこしかけていづる月かげ

     百首哥侍けるに
              後京極摂政前太政大臣
1278 ひさかたのくもゐに見えしいこまやま
   はるはかすみのふもとなりけり

     題しらず     よみびとしらず
1279 いとまあらばひろひにゆかんすみの江の
   きしによるてふこひわすれがひ

              和泉式部
1280 すみよしのありあけの月をながむれば
   とほざかりにしかげぞこひしき

     亭子院の御ともにつかうまつりて、すみよしのはまにてよみ侍ける
              一条右大臣
1281 すみよしのうらにふきあぐるしらなみぞ
   しほみつときのはなとさきける

     おなじみゆきに、なにはのうらにてよみ侍ける
              大宰権帥公頼
1282 なにはがたしほみつはまのゆふぐれは
   つまなきたづのこゑのみぞする

     謙徳公につかはしける
              よみびとしらず
1283 おもふことむかしながらのはしばしら
   ふりぬる身こそかなしかりけれ

     名所哥たてまつりける時、あしや
              正三位家隆
1284 みじか夜のまだふしなれぬあしのやの
   つまもあらはにあくるしののめ

     布引瀧をよめる
              藤原行能朝臣
1285 ぬのひきのたきのしらいとわくらばに
   とひくるひともいくよへぬらん

     百首哥にもみぢをよみ侍ける
              入道前太政大臣
1286 したばまでこころのままにそめてけり
   しぐれにあける神なびのもり

    伊勢国にみゆきの時よみ侍ける
              安貴王
1287 いせのうみのおきつしらなみ花にもが
   つつみていもが家づとにせむ

      こひのうたよみ侍ける中に
              正三位家隆
1288 伊勢の海のあまのまてかたまてしばし
   うらみになみのひまはなくとも

     名所哥たてまつりけるに、すずか山
              大蔵卿有家
1289 あきふかくなりにけらしなすずかやま
   もみぢはあめとふりまがひつつ

     春浦月といへる心をよみ侍ける
              家長朝臣
1290 あづさゆみいちしの浦のはるのつき
   あまのたくなはよるもひくなり

     しかすがのわたりにてよみ侍ける
              中務
1291 ゆけばありゆかねばくるししかすがの
   わたりにきてぞ思たゆたふ

     前関白家哥合に、名所月をよみ侍ける
              正三位家隆
1292 ひかりそふこのまの月におどろけば
   あきもなかばのさやのなかやま

              藤原光俊朝臣
1293 すみわたるひかりもきよし白妙の
   はまなのはしのあきの夜の月

     題しらず     よみびとしらず
1294 こひしくははまなのはしをいでてみよ
   したゆく水にかげやとまると

     平兼盛、するがのかみになりてくだり侍ける時、餞し侍とてよめる
              大中臣能宣朝臣
1295 ゆきかへりたむけするがのふじのやま
   けぶりもたちゐきみをまつらし

     家五十首哥
              仁和寺二品法親王守覚
1296 ふじのねはとはでもそらにしられけり
   くもよりうへに見ゆるしらゆき

     名所百首哥たてまつりける時よめる
              従三位範宗
1297 世とともにいつかはきえむふじの山
   けぶりになれてつもるしらゆき

     題しらず     さがみ
1298 いつとなくこひするがなるうどはまの
   うとくもひとのなりまさるかな

     百首哥
              後京極摂政前太政大臣
1299 あしがらのせきぢこえゆくしののめに
   ひとむらかすむうきしまのはら

     題しらず     小町
1300 むさしののむかひのをかのくさなれば
   ねをたづねてもあはれとぞおもふ

              よみ人しらず
1301 かつしかのままのうらまをこぐふねの
   ふな人さわぐなみたつらしも

              前大僧正慈円
1302 かつしかやむかしのままのつぎはしを
   わすれずわたるはるがすみ哉

     ひたちにまかりてよみ侍ける
              能因法師
1303 よそにのみおもひおこせしつくばねの
   みねのしら雲けふみつるかな

     天禄元年大嘗会悠紀屏風哥
              清原元輔
1304 からさきのはまのまさごのつくるまで
   はるのなごりはひさしからなん

     やまにのぼり侍けるみちにて、月を見てよみ侍ける
              前大僧正慈円
1305 おほたけのみねふくかぜにきりはれて
   かがみのやまに月ぞくもらぬ

     題しらず
              鎌倉右大臣
1306 はるきてははなとかみらんおのづから
   くち木のそまにふれるしらゆき

              参議雅経
1307 はなさかでいく世のはるにあふみなる
   くち木のそまのたにのむもれ木

     伊勢勅使にて甲賀のむまやにつき侍ける日
              後京極摂政前太政大臣
1308 はるかなるみ神のたけをめにかけて
   いくせわたりぬやすのかはなみ

     題しらず     よみびとしらず
1309 いまさらにさらしながはのながれても
   うきかげ見せむものならなくに

              寂蓮法師
1310 とくさかるきそのあさぎぬそでぬれて
   みがかぬつゆもたまとちりけり

     しなののくににまかりける人に、たき物おくり侍ける
              源有教朝臣
1311 わするなよあさまのたけのけぶりにも
   としへてきえぬおもひありとは

     題しらず     よみびとしらず
1312 みちのくにありといふなるたまがはの
   たまさかにだにあひ見てし哉

     陸奥守に侍ける時、忠義公のもとに申おくり侍ける
              源信明朝臣
1313 あけくれはまがきのしまをながめつつ
   みやこ恋しきねをのみぞなく

     題しらず     よみびとしらず
1314 つらきをもいはてのやまのたににおふる
   くさのたもとぞつゆけかりける

     名所哥あまたよみ侍けるに
              清輔朝臣
1315 ふるさとのひとに見せばやしらなみの
   きくよりこゆるすゑのまつ山

     題しらず     祝部成茂
1316 心あるあまのもしほ木たきすてて
   月にぞあかすまつがうらしま

     寄露恋をよめる
              寂延法師
1317 しのぶ山このはしぐるるしたくさに
   あらはれにけるつゆのいろかな

     題しらず     平政村
1318 みや木ののこのしたふかきゆふつゆも
   なみだにまさるあきやなか覧

     天暦御時御屏風哥
              源信明朝臣
1319 むかしより名にふりつめるしらやまの
   くもゐのゆきはきゆる世もなし

     百首哥たてまつりける、雪哥
              大納言師頼
1320 かきくらしたまゆらやまずふるゆきの
   いくへつもりぬこしのしらやま

     題しらず     よみびとしらず
1321 あさごとにいはみのかはのみをたえず
   こひしき人にあひ見てし哉

     前関白家哥合に、名所月といへる心を
              内大臣
1322 ゆふなぎにあかしのとより見わたせば
   やまとしまねをいづる月かげ

     題しらず     大納言旅人
1323 とものうらのいそのむろの木見るごとに
   あひ見しいもはわすられむやは

              後京極摂政前太政大臣
1324 なみたかきむしあけのせとにゆくふねの
   よるべしらせよおきつしほかぜ

              入道前太政大臣
1325 はるあきのくもゐのかりもとどまらず
   たがたまづさのもじのせきもり

              よみ人しらず
1326 いもがためたまをひろふときのくにの
   ゆらのみさきにこのひくらしつ

1327 もがりぶねおきこぎくらしいもがしま
   かたみのうらにたづかける見ゆ

              正三位家隆
1328 時しあればさくらとぞおもふはるかぜの
   ふきあげのはまにたてるしら雲

     名所哥よみ侍けるに
              前参議教長
1329 なみよするふきあげのはまのはまかぜに
   時しもわかぬゆきぞつもれる

     堀河院に百首哥たてまつりける時、やまのうた
              権中納言国信
1330 あさみどりかすみわたれるたえまより
   見れどもあかぬいもせやまかな

     百首哥に眺望の心をよみ侍ける
              入道前太政大臣
1331 わたのはらなみとひとつにみくまのの
   はまのみなみはやまのはもなし

     題しらず     七条院大納言
1332 みくまののうらわのまつのたむけぐさ
   いくよかけきぬなみのしらゆふ

     後京極摂政家百首哥に、草哥十首よみ侍けるに
              寂蓮法師
1333 かぜふけばはままつがえのたむけぐさ
   つゆばかりこそぬさとちるらめ

     家に十五首哥よみ侍けるに、晩霞隔浦といへるこころをよみ侍ける
              中院入道右大臣
1334 あはぢしまとわたるふねやたどるらん
   やへたちこむるゆふがすみ哉

     和哥所哥合に、海辺霞をよみ侍ける
              前内大臣
1335 あはぢしましるしのけぶり見せわびて
   かすみをいとふはるのふな人

     題しらず     よみ人しらず
1336 しかのあまのけぶりやきたてやくしほの
   からきこひをもわれはするかも

1337 しかのあまのめかりしほやきいとまなみ
   くしげのをぐしとりもみなくに

              前大僧正慈円
1338 かすみしくまつらのおきにこぎいでて
   もろこしまでのはるを見る哉

     秋山鹿といへる心をよみ侍ける
              正三位知家
1339 あさぢやまいろかはりゆくあきかぜに
   かれなでしかのつまをこふらん

   新勅撰和謌集巻第二十
    雑哥五

     源政長朝臣の家にて、人びとながうたよみ侍けるに、初冬述懐といへる心をよめる
              源俊頼朝臣
1340 やまざとは ふゆこそことに かなしけれ
   みねふきまよふ こがらしの とぼそぞたたく
   こゑきけば やすきゆめだに むすばれず
   しぐれとともに かたをかの まさきのかづら
   ちりにけり いまはわが身の なげきをば
   なににつけてか なぐさめむ ゆきだにふりて
   しもがれの くさ葉のうへに つもらなん
   それにつけてや あさゆふに わがまつ人の
   われをたづぬる

     かへしうた
1341 いくかへりおきふししてかふゆの夜の
   とりのはつねをききそめつらん

     久安百首哥たてまつりける、ながうた
              皇太后宮大夫俊成
1342 しきしまや やまとしまねの かぜとして
   ふきつたへたる ことのはは 神のみよより
   かはたけの 世よにながれて たえせねば
   いまもはこやの やまかぜの 枝もならさず
   しづけきに むかしのあとを たづぬれば
   みねのこずゑも かげしげく よつのうみにも
   なみたたず わかのうらびと かずそひて
   もしほのけぶり たちまさり ゆくすゑまでの
   ためしとぞ しまのほかにも きこゆなる
   これをおもへば きみの世に あぶくまがはは
   うれしきを みわたにかかる むもれ木の
   しづめることは からひとの 三世まであはぬ
   なげきにも かはらざりける 身のほどを
   おもへばかなし かすがやま みねのつづきの
   まつがえの いかにさしける すゑなれや
   きたのふぢなみ かけてだに いふにもたらぬ
   しづえにて したゆく水に こされつつ
   いつつのしなに としふかく とをとてみつも
   へにしより よもぎのかどに さしこもり
   みちのしばくさ おいはてて はるのひかりは
   こととほく あきはわが身の うへとのみ
   つゆけきそでを いかがとも とふ人もなき
   まきのとに 猶ありあけの 月かげを
   まつことがほに ながめても おもふこころは
   おほぞらの むなしき名をば おのづから
   のこさむことも あやなさに なにはのことも
   つのくにの あしのしをれの かりすてて
   すさびにのみぞ なりにしを きしうつなみの
   たちかへり かかるみことの かしこさに
   いり江のもくづ かきつめて とまらむあとは
   みちのくの しのぶもぢずり みだれつつ
   しのぶばかりの ふしやなからん

     かへしうた
1343 やまがはのせぜのうたかたきえざらば
   しられんすゑの名こそをしけれ

              清輔朝臣
1344 あしねはふ うき身のほどを つれもなく
   おもひもしらず すぐしつつ ありへけるこそ
   うれしけれ 世にもあらしの やまかぜに
   たぐふこのはの ゆくへなく なりなましかば
   まつがえに 千世にひとたび さくはなの
   まれなることに いかでかは けふはあふみに
   ありといふ くち木のそまに くちゐたる
   たにのむもれ木 なにごとを おもひいでにて
   くれたけの すゑの世までも しられまし
   うらみをのこす ことはただ とわたるふねの
   とりかぢの とりもあへねば おくあみの
   しづみおもへる こともなく このしたがくれ
   ゆくみづの あさきこころに まかせつつ
   かきあつめたる くち葉には よしもあらぬを
   伊勢のうみの あまのたくなは ながき世に
   とどめむことぞ やさしかるべき

              上西門院兵衛
1345 はるは花 あきはもみぢの いろいろに
   こころをそめて すぐせども かぜにとまらぬ
   はかなさを おもひよそへて なにごとも
   むなしきそらに すむ月を うきよにめぐる
   ともとして あはれあはれと みるほどに
   つもればおいと なりはてて おほくのとしは
   よるなみの かかるみくづの かひなきは
   はかなくむすぶ みづのおもの うたかたさへも
   かずならぬかな

     権中納言通俊、かつらの家にて、旋頭哥よみ侍けるに、こひのこころをよめる

              俊頼朝臣
1346 つれなさを おもひあかしの うらみつつ
   あまのいさりに たくものけぶり おもかげにたつ

     家にひとびとまうできて、旋頭哥よみ侍けるに、たびのこころをよめる
              藤原顕綱朝臣
1347 草枕 ゆふつゆはらふ 旅衣 そでもしほほに
   おきあかす夜の かずぞかさなる

     百首哥たてまつりける、たびのうた
              清輔朝臣
1348 まつがねに しもうちはらひ めもあはで
   おもひやる 心やいもが ゆめにみゆらん

    物名
     りうたむをよみ侍ける
              伊勢
1349 かぜさむみなくかりがねのこゑにより
   うたむころもをまづやかさまし

     しをに
1350 うけとむるそでをしをにてつらぬかば
   なみだのたまのかずは見てまし

     たなばた
              躬恒
1351 としにあひにまれにきませるきみをおきて
   またなはたてじこひはしぬとも

     ひともときく
1352 あだなりとひともどきくるものからに
   はなのあたりはすぎがてにする

     くつはむし
              二条太皇太后宮大弐
1353 かずならぬかかるみくづはむしろだの
   つるのよはひもなにかいのらん

     すだれかけ
1354 かぜにゆくくもをあだにもわれは見ず
   たれかけぶりをのがれはつべき

     わかくり
              権中納言定頼
1355 たちかはりたれならすらむとしをへて
   わがくりかへしゆきかへるみち

     はぎのはな
              俊頼朝臣
1356 ときは木のはなれてひとり見えつるは
   たぐひなしとや身をばしるらん

     このしまのみやしろ
1357 あなしにはこのしまのみやしろ妙の
   ゆきにまがへるなみはたつらん

     久安百首哥にたきもの
              大炊御門右大臣
1358 大井河くだすいかだのひまぞなき
   おちくるたきものどけからねば

     ときのふだ
              左京大夫顕輔
1359 つらけれどきのふたのめしことのはに
   けふまでいける身とはしらずや

     からにしき
              清輔朝臣
1360 むつごともつきてあけぬときくからに
   しぎのはねがきうらめしきかな

     かかげのはこ
              花園左大臣家小大進
1361 しもふればなべてかれぬるふゆくさも
   いはほがかげのはこそしをれね

     からにしきをよみ侍ける
              従三位頼政
1362 むばたまのよるはすがらにしきしのぶ
   なみだのほどをしる人もなし

     みつながしはをよめる
              基俊
1363 ちるもみぢ猶しがらみにかけとめよ
   たにのしたみづながしはてじと

     物名哥よみ侍けるに、やまとごと、かぐら
              後徳大寺左大臣
1364 みなとやまとことはにふくしほかぜに
   ゑしまのまつはなみやかくらん

     きむのこと
              殷富門院大輔
1365 かりごろもしかまのかちにそめてきむ
   のごとのつゆにかへらまくをし

     にしきのふすまをよめる
              源有仲
1366 むかし見しとやまのさとはあれにけり
   あさぢがにはにしぎのふすまで

     しきりはのやといふことを人のよませ侍けるに
              鴨光兼
1367 へだてこしきりはのやまにはれねども
   ゆくかたしるくをじかなくなり

     春つれづれに侍ければ、権大納言公実許につかはしける
              俊頼朝臣
1368 はかなしなをののをやまだつくりかね
   てをだにもきみはてはふれずや
      返しはせで、やがてまうできて、いざさははなたづねにとなむさそひ侍ける

     堀河院御時、蔵人頭にて殿上にさぶらひけるあした、いでさせたまうて、こいたじき、ときのふだをくつかうぶりによめとおほせごと侍ければ、つかうまつりける
              権中納言俊忠
1369 こしたもといとどひがたきたびのよの
   しらつゆはらふきぎのこのした

              橘広房
1370 このさとといはねどしるきたにみづの
   しづくもにほふきくのしたえだ

     きよみがた、ふじのやまをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
1371 きみしのぶよなよなわけしみちしばの
   かはらぬつゆやたえぬしらたま

     庚申の夜、あやめぐさををり句によみ侍ける
              二条太皇太后宮大弐
1372 あなこひしやへの雲ぢにめもあはず
   くるるよなよなさわぐこころか

     おなじもじなき哥とてよみ侍ける
1373 あふことよいまはかぎりのたびなれや
   ゆくすゑしらでむねぞもえける

     はるのはじめに、定家にあひて侍けるついでに、僧正聖宝、はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけてはるのうたよみて侍よしをかたり侍ければ、その心よまむと申てよみ侍ける
              大僧正親厳
1374 はつねの日つめるわかなかめづらしと
   野辺のこまつにならべてぞ見る

    扶老眼一校直付字誤訖
    非器撰者明静

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