新勅撰和歌集

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渋谷栄一翻刻(C)

凡例
1 穂久邇文庫蔵「新勅撰和歌集」(日本古典文学影印叢刊13 昭和55年5月 日本古典文学会)を翻刻した。
2 丁数は墨付第1丁から数えた。前遊紙1枚は数え入れない。

(空白)」1オ
   新勅撰和歌集
   すへらきのみことのりをうけたまはり
   てわかくに(に+の)やまとうたをえらふことみ
   つかきのひさしきむかしよりはしま
   りてすかのねのなかき世ゝにつたはれり
   いはゆる古今後撰ふたつの集のみにあら
   すおほやけことになすらへてあつめしる
   されたるためしむかしといひいまといひ」1ウ
   その名おほくきこゆれとこゝのへの雲のう
   へにめされてひさかたの月にましはれる
   ともからこのことをうけたまはりをこなへ
   るあとは猶まれなりしらかはのかしこき
   御世ことわさしけきまつりことにのそませ
   たまひてなゝそちあまりの御よはひ
   たもたせたまひしはしめ後拾遺をえら
   へるひとたひなむありけるしかるに」2オ
   わかきみあめのしたしろしめしてより
   このかたとゝせあまりのはる秋よものうみ
   たつしきなみもこゑしつかになゝつの
   みちたみのくさ葉もなひきよろこへり
   かりこものみたれしをおさめあきくさの
   おとろへしをおこさせたまひき秋つ
   しま又さらにゝきはひあまつひつき
   ふたゝひさかりなりたゝ延喜天暦のむ」2ウ
   かし時すなほにたみゆたかによろこへりし
   まつりことをしたふのみにあらす又寛喜
   貞永のいま世おさまり人やすくたのし
   きことの葉をしらしめむためにことさらに
   あつめえらはるゝならし定家はまゝつの
   としつもりかはたけの世ゝにつかうまつり
   てなゝそちのよはひにすきふたしなの
   くらゐをきはめてしものことをきゝてかみ」3オ
   にいれかみのことをうけてしもにのふる
   つかさをたまはれる時にあひてたらちね
   のあとをつたへふるきうたのゝこりをひ
   ろふへきおほせことをうけたまはるにより
   てはるなつあきふゆおりふしのことの葉を
   はしめて
   きみのみよをいはひたてまつり人のく
   にをおさめをこなひ神をうやまひほとけ」3ウ
   にいのりをのかつまをこひ身のおもひをの
   ふるにいたるまて部をわかちまきをさた
   めてはまのまさこかす/\にうらのたまも
   かきあつむるよし貞永元年十月二日これ
   をそうすなつけて新勅撰和歌集とすと
   いふことしかり」4オ

   新勅撰和謌集巻第一
    春哥上
     うへのをのこともとしのうちにたつ
     はるといへるこゝろをつかうまつりけ
     るついてに
              御製
0001 あらたまのとしもかはらてたつはるは
   かすみはかりそゝらにしりける」4ウ
     立春哥とてよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0002 あまのとのあくるけしきもしつかにて
   くもゐよりこそはるはたちけれ
     延喜七年三月内の御屏風に元日ゆき
     ふれる日     紀貫之
0003 けふしもあれみゆきしふれは草も木も
   はるてふなへにはなそさきける」5オ
     題しらす     よみ人しらす
0004 ふゆすきてはるはきぬらしあさひさす
   かすかのやまにかすみたなひく
0005 ひさかたのあまのかくやまこのゆふへ
   かすみたなひくはるたつらしも
     はるのはしめあめふる日草のあおみ
     わたりて見え侍けれは
              京極前関白家肥後」5ウ
0006 いつしかとけふゝりそむるはるさめに
   いろつきわたるのへのわかくさ
     たいしらす    大中臣能宣朝臣
0007 わかやとのかきねのくさのあさみとり
   ふるはるさめそいろはそめける
     三条右大臣家屏風に
              つらゆき
0008 とふ人もなきやとなれとくるはるは」6オ
   やへむくらにもさはらさりけり
     法性寺入道前関白の家にて十首哥よみ
     侍けるにうくひすをよめる
              権中納言師俊
0009 うくひすのなきつるなへにわかやとの
   かきねのゆきはむらきえにけり
     うくひすはるをつくといへる心をよみ侍
     ける       源俊頼朝臣」6ウ
0010 はるそとはかすみにしるしうくひすは
   はなのありかをそことつけなん
     久安六年崇徳院に百首哥たてまつり
     けるときはるのうた
              待賢門院堀河
0011 しもかれはあらはに見えしあしのやの
   こやのへたてはかすみなりけり
              前参議親隆」7オ
0012 松しまやをしまかさきのゆふかすみ
   たなひきわたせあまのたくなは
     後徳大寺左大臣十首哥よみ侍けるに
     遠村霞といへる心をよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0013 あさとあけてふしみのさとになかむれは
   かすみにむせふうちのかはなみ
     守寛法親王家に五十首哥よみ侍ける」7ウ
     に春哥      覚延法師
0014 すみよしの松のあらしもかすむなり
   とをさとをのゝはるのあけほの
              源師光
0015 山の葉もそらもひとつに見ゆるかな
   これやかすめるはるのあけほの
     百首のうたに
              式子内親王」8オ
0016 にほのうみやかすみのをちにこくふねの
   まほにもはるのけしきなるかな
     後京極摂政左大臣に侍ける時百首哥
     よませ侍けるに
              八条院六条
0017 月ならてなかむるものはやまの葉に
   よこ雲わたるはるのあけほの
     題しらす     曽祢好忠」8ウ
0018 さをひめのおもかけさらすをるはたの
   かすみたちきるはるのゝへ哉
0019 このめはるはるのやま辺をきて見れは
   霞のころもたゝぬひそなき
0020 まきもくのあなしのひはらはるくれは
   はなかゆきかと見ゆるゆふして
0021 あさなきにさおさすよとのかはをさも
   こゝろとけてはゝるそみなるゝ」9オ
              山部赤人
0022 山もとにゆきはふりつゝしかすかに
   このかはやなきもえにけるかも
     柳をよみ侍ける
              伊勢
0023 あをやきのえたにかゝれるはるさめは
   いともてぬけるたまかとそ見る
0024 あさみとりそめてみたれるあをやきの」9ウ
   いとをはゝるのかせやよるらん
     天暦御時御屏風のうた
              中務
0025 ふくかせにみたれぬきしのあをやきは
   いとゝなみさへよれはなりけり
     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0026 もゝしきや大宮人のたまかつら」10オ
   かけてそなひくあをやきのいと
     春哥よみ侍けるに
              按察使隆衡
0027 をしなへてこのめもいまはゝるかせの
   ふくかた見ゆるあをやきのいと
     寛喜元年十一月女御入内屏風江山人家
     柳をよみ侍ける
              内大臣」10ウ
0028 うちはへて世は春ならしふくかせも
   えたをならさぬあをやきのいと
              正三位知家
0029 やまひめのとしのをなかくよりかけて
   はるはたえせぬあをやきの糸
     春哥とてよみ侍ける
              鎌倉右大臣
0030 みふゆつきはるしきぬれはあをやきの」11オ
   かつらきやまにかすみたなひく
0031 このねぬるあさけのかせにかほるなり
   のきはのむめのはるのはつはな
     むめの花をおりて中務かもとにつかは
     しける      九条右大臣
0032 いとはやもしもにかれにしわかやとの
   むめをわすれぬはるはきにけり
     つくしにて梅花を見てよみ侍ける」11ウ
              山上憶良
0033 春されはまつさくやとのむめのはな
   ひとり見つゝやけふをくらさむ
     たいしらす    凡河内躬恒
0034 いつれをかわきておらましむめの花
   えたもたわゝにふれるしらゆき
              つらゆき
0035 やまかせにかをたつねてやむめのはな」12オ
   にほへるさとにうくひすのなく
     亭子院哥合に
              坂上是則
0036 きつゝのみなくうくひすのふるさとは
   ちりにしむめのはなにそ有ける
     題しらす     式子内親王
0037 たかゝきねそこともしらぬむめかゝの
   夜半のまくらになれにけるかな」12ウ
              権大納言家良
0038 たまほこの道のゆくてのはるかせに
   たかさとしらぬむめのかそする
              殷富門院大輔
0039 たれとなくとはぬそつらきむめの花
   あたらにほひをひとりなかめて
              正三位家隆
0040 いくさとか月のひかりもにほふらん」13オ
   むめさくやまの峯のはるかせ
     春哥とてみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣
0041 なにはつにさくやむかしのむめの花
   いまもはるなるうらかせそふく
     守覚法親王家五十首哥よみ侍けるに
              覚延法師
0042 はるの夜の月にむかしやおもひいつる」13ウ
   たかつのみやにゝほふむめかえ
              皇太后宮大夫俊成
0043 むめかゝも身にしむころはむかしにて
   人こそあらねはるの夜のつき
     高陽院の梅花をゝりてつかはし
     て侍けれは    大弐三位
0044 いとゝしくはるのこゝろのそらなるに
   又はなのかを身にそしめつる」14オ
     返し       宇治前関白太政大臣
0045 そらならはたつねきなまし梅花
   また身にしまぬにほひとそ見る
     家百首哥に夜梅といふこゝろをよみ
     侍ける      前関白
0046 むめかゝもあまきる月にまかへつゝ
   それとも見えすかすむころかな
     後京極摂政の家の哥合に暁霞をよ」14ウ
     み侍ける     宜秋門院丹後
0047 はるの夜のおほろ月夜やこれならむ
   かすみにくもるありあけのそら
     百首哥たてまつりける時帰雁をよめ
     る        権中納言師時
0048 かへるらむゆくゑもしらすかりかねの
   霞のころもたちかさねつゝ
     たいしらす    大納言師氏」15オ
0049 ひさかたのみとりのそらのくもまより
   こゑもほのかにかへるかりかね
              前大納言資賢
0050 たちかへりあまのとわたるかりかねは
   はかせに雲のなみやかくらん
              よみ人しらす
0051 白妙のなみちわけてやはるはくる
   かせふくまゝにはなもさきけり」15ウ
     中納言家成哥合し侍けるに山寒花
     遅といへる心をよみてつかはしける
              藤原基俊
0052 みよしのゝ山井のつらゝむすへはや
   はなのしたひもをそくとくらん
     題しらす     修理大夫顕季
0053 かすみしくこのめはるさめふることに
   はなのたもとはほころひにけり」16オ
              権中納言長方
0054 はなゆへにふみならすかなみよしのゝ
   よしのゝやまのいはのかけみち
     寛治七年三月十日白河院きたやま
     の花御らんしにおはしましける日
     処々尋花といへるこゝろをよませたま
     うける      久我太政大臣
0055 やまさくらかたもさためすたつぬれは」16ウ
   はなよりさきにちるこゝろかな
              右衛門督基忠
0056 はるはたゝゆかれぬさとそなかりける
   花のこすゑをしるへにはして
     崇徳院近衛殿にわたらせ給て遠尋
     山花といふ題を講せられ侍けるによみ侍
     ける       皇太后宮大夫俊成
0057 おもかけにはなのすかたをさきたてゝ」17オ
   いくへこえきぬみねのしら雲
     家に花五十首哥よませ侍ける時
              後京極摂政前太政大臣
0058 むかしたれかゝるさくらのはなをうへて
   よしのをはるのやまとなしけん
              寂蓮法師
0059 いかはかりはなさきぬらんよしのやま
   かすみにあまるみねのしら雲
     おなし家に女房百首哥講し侍ける日
     五首哥よみ侍けるに
              藤原成宗
0060 はなゝれやとやまのはるのあさほらけ
   あらしにかほるみねのしら雲
     家に三十首哥よみ侍けるに花哥
              入道前太政大臣
0061 しら雲のやへ山さくらさきにけり」18オ
   ところもさらぬはるのあけほの
     百首哥に     式子内親王
0062 たかさこのおのへのさくらたつぬれは
   みやこのにしきいくへかすみぬ
0063 かすみゐるたかまのやまのしら雲は
   はなかあらぬかかへるたひ人
     家哥合に雲間花といへる心をよみ侍
     ける       前関白」18ウ
0064 まかふとも雲とはわかんたかさこの
   おのへのさくらいろかはりゆく
              関白左大臣
0065 たちまよふよしのゝさくらよきてふけ
   くもにまたるゝはるのやまかせ
              典侍因子
0066 さかぬまそはなとも見えしやまさくら
   おなしたかねにかゝるしら雲」19オ
              中宮少将
0067 たえ/\にたなひく雲のあらはれて
   まかひもはてぬやまさくら哉
     文治六年女御入内屏風に
              後徳大寺左大臣
0068 はなさかりわきそかねつるわかやとは
   くものやへたつみねならねとも
     家に百首哥よませ侍けるに」19ウ
              後京極摂政前太政大臣
0069 はるはみなおなしさくらとなりはてゝ
   くもこそなけれみよしのゝやま
     清輔朝臣家に哥合し侍ける花哥
              俊恵法師
0070 みよしのゝはなのさかりとしりなから
   猶しら雲とあやまたれつゝ
     正治二年百首哥たてまつりける春哥」20オ
              皇太后宮大夫俊成
0071 雲やたつかすみやまかふやまさくら
   はなよりほかもはなとみゆらん
     千五百番哥合に
              正三位家隆
0072 けふみれは雲もさくらにうつもれて
   かすみかねたるみよしのゝやま」20ウ

(白紙)」21オ

   新勅撰和歌集巻第二
    春哥下
     みこにおはしましける時の御うた
              光孝天皇御製
0073 山さくらたちのみかくすはるかすみ
   いつしかはれて見るよしも哉
     題しらす     山部赤人
0074 神さひてふりにしさとにすむ人は」21ウ
   みやこにゝほふはなをたに見す
              つらゆき
0075 あつさゆみはるのやま辺にいるときは
   かさしにのみそはなはちりける
              源重之
0076 いろさむみはるやまたこぬとおもふまて
   やまのさくらをゆきかとそ見る
     山花未落といへるこゝろをよみ侍ける」22オ
              橘俊綱朝臣
0077 またちらぬさくらなりけりふるさとの
   よしのゝやまのみねのしら雲
     月のあかき夜はなにそへて人につか
     はしける     和泉式部
0078 いつれともわかれさりけりはるのよは
   月こそはなのにほひなりけれ
     尋花遠行といふ心をよみ侍ける」22ウ
              藤原顕仲朝臣
0079 かへり見るやとはかすみにへたゝりて
   はなのところにけふもくらしつ
     百首哥たてまつりける時
0080 たかさこのふもとのさとはさえなくに
   おのへのさくらゆきとこそ見れ
     堀河院御時女房ひんかし山の花たつ
     ねにつかはしけるひよみ侍ける」23オ
              権中納言俊忠
0081 けふこすはをとはのさくらいかにそと
   見るひとことにとはましものを
              権中納言師時
0082 たちかへり又やとはましやまかせに
   はなちるさとのひとのこゝろを
              藤原敦兼朝臣
0083 こまなへてはなのありかをたつねつゝ」23ウ
   よものやま辺のこすゑをそ見る
     そのひあふさかこえてたつね侍けるに
     花山のほとにたれともしらぬ女車の花
     をゝりかさして侍けるみちのかたはらに
     たちてかむたちめのくるまにさしいれ
     させ侍ける    よみ人しらす
0084 あさまたきたつねそきつるやまさくら
   ちらぬこすゑのはなのしるへに」24オ
     おなし御時中宮女房はな見につかはし
     ける日花為春友といへるこゝろをよみ侍
     ける       権中納言国信
0085 はなさかぬとやまのたにのさとひとに
   とはゝやはるをいかゝくらすと
     おなし御時鳥羽殿に行幸の日池上
     花といへる心をよませたまうけるに
              中納言実隆」24ウ
0086 さくらはなうつれるいけのかけ見れは
   なみさへけふはかさしおりけり
     法性寺入道殿関白家にて雨中花といへ
     るこゝろをよみ侍ける
              基俊
0087 やまさくらそてにゝほひやうつるとて
   はなのしつくにたちそぬれぬる
     寛平御時きさいの宮の哥合哥」25オ
              よみ人しらす
0088 はるなからとしはくれなんちるはなを
   おしとなくなるうくひすのこゑ
0089 いろふかく見る野辺たにもつねならは
   はるはすくともかたみならまし
     延喜六年月次御屏風三月たかへす
     ところ      つらゆき
0090 やま田さへいまはつくるをちるはなの」25ウ
   かことはかせにおほせさらなん
     左兵衛督朝任花見にまかるとてふみ
     つかはして侍ける返ことに
              大弐三位
0091 たれもみな花のさかりはちりぬへき
   なけきのほかのなけきやはする
     後冷泉院御時月前落花といへる心をよ
     ませたまうけるに」26オ
              大納言師忠
0092 はるの夜の月もくもらてふるゆきは
   こすゑにのこる花やちるらん
     建暦三年春内裏に詩哥をあはせら
     れ侍けるに山居春曙といへるこゝろをよ
     み侍ける     六条入道前太政大臣
0093 月かけのこすゑにのこるやまのはに
   はなもかすめるはるのあけほの」26ウ
              権中納言定家
0094 名もしるし峯のあらしもゆきとふる
   やまさくらとのあけほのゝそら
     暮山花といへるこゝろをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
0095 あすもこむかせしつかなるみよしのゝ
   山のさくらはけふくれぬとも
     五十首哥たてまつりけるに花下送」27オ
     日といへる心を
              後京極摂政前太政大臣
0096 ふるさとのあれまくたれかおしむらん
   わか世へぬへきはなのかけ哉
     関路花
0097 あふさかのせきふみならすかちひとの
   わたれとぬれぬはなのしらなみ
     題しらす     西行法師」27ウ
0098 かせふけは花のしらなみいはこえて
   わたりわつらふやまかはのみつ
0099 あはれわかおほくのはるのはなを見て
   そめをくこゝろたれにつたへむ
              権中納言長方
0100 はるかせのやゝふくまゝにたかさこの
   おのへにきゆるはなのしら雲
     前関白家哥合に雲間花といへる心を」28オ
     よみ侍ける    右衛門督為家
0101 たちのこすこすゑも見えすやまさくら
   はなのあたりにかゝるしら雲
              藤原隆祐
0102 かつら木やたかねのくもをにほひにて
   まかひしはなのいろそうつろふ
              中宮但馬
0103 たつねはや峯のしら雲はれやらて」28ウ
   それとも見えぬやまさくらかな
     建暦二年大内の花下にて三首哥つか
     うまつりけるに
              大納言定通
0104 かへるさのみちこそしらねさくらはな
   ちりのまよひにけふはくらしつ
     大宰大弐重家哥合し侍けるに花をよ
     める       源師光」29オ
0105 さくらはなとしのひとゝせにほふとも
   さてもあかてやこの世つきなん
     題しらす     鎌倉右大臣
0106 さくらはなちらはおしけんたまほこの
   みちゆきふりにおりてかさゝむ
              内大臣
0107 さもこそははるはさくらのいろならめ
   うつりやすくもゆく月日哉」29ウ
              参議雅経
0108 はるの夜の月もありあけになりにけり
   うつろふはなになかめせしまに
              藤原行能朝臣
0109 うつろへは人のこゝろそあともなき
   はなのかたみはみねのしらくも
              藤原信実朝臣
0110 山さくらさきちるときのはるをへて」30オ
   よはひは花のかけにふりにき
              殷富門院大輔
0111 さくらはなちるをあはれといひ/\て
   いつれのはるにあはしとすらん
     花哥よみ侍けるに
              前大僧正慈円
0112 花ゆへにとひくるひとのわかれまて
   おもへはかなしはるのやまかせ」30ウ
0113 ちる花のふるさとゝこそなりにけれ
   わかすむやとのはるのくれかた
              後京極摂政前太政大臣
0114 はなはみなかすみのそこにうつろひて
   くもにいろつくをはつせのやま
0115 たかさこのおのへのはなにはるくれて
   のこりし松のまかひゆく哉
     建保六年内裏哥合春哥」31オ
              入道前太政大臣
0116 うらむへき方こそなけれはるかせの
   やとりさためぬはなのふるさと
     題しらす     権大納言公実
0117 山さくらはるのかたみにたつぬれは
   見る人なしにはなそちりける
     後京極摂政家哥合に遅日をよみ侍ける
              按察使兼宗」31ウ
0118 おのゝえもかくてやひとはくたしけん
   やまちおほゆるはるのそらかな
     堀河院御時あさかれひのみすにさくらの
     つくりえたにまりをつけてさゝせ給へり
     けるを見てよみ侍ける
              周防内侍
0119 のとかなるくも井は花もちらすして
   はるのとまりとなりにける哉」32オ
     寛喜元年女御入内屏風海辺あみひ
     くところ     正三位家隆
0120 なみかせものとかなる世のはるにあひて
   あみのうら人たゝぬひそなき
     さとにいてゝ侍けるころ春の山をなかめ
     てよみ侍ける
              本院侍従
0121 くも井にもなりにける哉はるやまの」32ウ
   かすみたちいてゝほとやへぬらん
     歳時春尚少といへるこゝろをよみ侍ける
              大江千里
0122 とし月にまさるときなしとおもへはや
   はるしもつねにすくなかるらん
     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0123 はるの夜のみしかきほとをいかにして」33オ
   やこゑのとりのそらにしるらん
     はるのくれのうた
              入道前太政大臣
0124 しら雲にまかへしはなはあともなし
   やよひの月そゝらにのこれる
     亭子院哥合に
              つらゆき
0125 ちりぬともありとたのまんさくらはな」33ウ
   はるははてぬとわれにしらすな
     参議顕実か家の哥合に
              よみ人しらす
0126 見ぬ人にいかゝかたらんくちなしの
   いはてのさとのやまふきのはな
     故郷款冬といへるこゝろをよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0127 ふりぬれとよしのゝみやはかはきよみ」34オ
   きしの山ふきかけもすみけり
     題しらす    鎌倉右大臣
0128 たまもかる井てのしからみはるかけて
   さくやかはせのやまふきの花
     暮春のこゝろを
              入道二品親王道助
0129 わすれしな又こむはるをまつのとに
   あけくれなれしはなのおもかけ」34ウ
0130 はなちりてかたみこひしきわかやとに
   ゆかりのいろのいけのふちなみ
     雨中藤花といへるこゝろをよみ侍ける
              俊頼朝臣
0131 あめふれはふちのうらはにそてかけて
   はなにしほるゝわか身とおもはん
     五十首哥たてまつりけるに
              嘉陽門院越前」35オ
0132 よしのかはたきついはねのふちのはな
   たおりてゆかんなみはかくとも
     百首哥春哥
              前関白
0133 たちかへるはるのいろとはうらむとも
   あすやかたみのいけのふちなみ
     家百首哥よみ侍ける暮春哥
              関白左大臣」35ウ
0134 なれきつるかすみのころもたちわかれ
   我をはよそにかへるはるかな
              内大臣
0135 けふのみとおしむこゝろもつきはてぬ
   ゆふくれかきるはるのわかれに
     久安百首哥たてまつりける時三月尽哥
              皇太后宮大夫俊成
0136 ゆくはるのかすみのそてをひきとめて」36オ
   しほるはかりやうらみかけまし」36ウ

   新勅撰和歌集巻第三
    夏哥
     題しらす     相模
0137 かすみたにやまちにしはしたちとまれ
   すきにしはるのかたみとも見む
              二条太皇太后宮大弐
0138 なつころもたちかへてけるけふよりは
   やまほとゝきすひとへにそまつ」37オ
     夏のはしめの哥とてよみ侍ける
              二条院皇后宮常陸
0139 けふはまついつしかきなけほとゝきす
   はるのわかれもわするはかりに
     家百首哥に首夏のこゝろをよみ侍ける
              前関白
0140 けふよりはなみにおりはへなつころも
   ほすやかきねのたまかはのさと」37ウ
     題しらす     よみ人しらす
0141 ちはやふる賀茂のうつきになりにけり
   いさうちむれてあふひかさゝん
     文治六年女御入内屏風に
              後徳大寺左大臣
0142 いくかへりけふのみあれにあふひくさ
   たのみをかけてとしのへぬらん
     寛喜元年女御入内屏風」38オ
              権中納言定家
0143 ひさかたのかつらにかくるあふひくさ
   そらのひかりにいくよなるらん
     中納言行平家哥合に
              よみひとしらす
0144 すむさとはしのふのもりのほとゝきす
   このしたこゑそしるへなりける
     題しらす     田原天皇御製」38ウ
0145 かみなひのいはせのもりのほとゝきす
   ならしのをかにいつかきなかむ
              祐子内親王家紀伊
0146 きゝてしも猶そまたるゝほとゝきす
   なくひとこゑにあかぬこゝろは
     郭公哥十首よみ侍けるに
              法性寺入道前関白太政大臣
0147 よしさらはなかてもやみねほとゝきす」39オ
   きかすはひともわするはかりに
     題しらす     大蔵卿行宗
0148 いつのまにさとなれぬらんほとゝきす
   けふをさ月のはしめとおもふに
     建保六年内裏哥合夏哥
              参議雅経
0149 ほとゝきすなくやさ月のたまくしけ
   ふたこゑきゝてあくるよもかな」39ウ
     寛喜元年女御入内屏風五月沼江昌
     蒲芟所      前関白
0150 ふかき江にけふあらはるゝあやめ草
   としのをなかきためしにそひく
              入道前太政大臣
0151 いくちよといはかきぬまのあやめくさ
   なかきためしにけふやひかれん
     寛平御時きさいの宮の哥合哥」40オ
              よみひとしらす
0152 をしなへてさ月のそらを見わたせは
   水も草はもみとりなりけり
     題しらす     つらゆき
0153 ほとゝきすこゑきゝしよりあやめ草
   かさすさ月としりにしものを
     ほとゝきすのうたよみ侍けるに
              正三位家隆」40ウ
0154 ほとゝきすこそやとかりしふるさとの
   はなたちはなにさ月わするな
              祝部成茂
0155 いまはゝやかたらひつくせほとゝきす
   なかなくころのさ月きぬなり
     白河院御時うへのをのこともきさいの宮
     の御方にくたもの申けるたまふとてうへ
     に花橘をおりてをかれたりけるはこの」41オ
     ふたかへしまいらすとてよみ侍ける
              源師賢朝臣
0156 ほとゝきすこよひいつこにやとるらん
   はなたちはなを人におられて
     返し       康資王母
0157 ほとゝきすはなたちはなのやとかれて
   そらにやくさのまくらゆふらん
     久安百首哥たてまつりける夏哥」41ウ
              大炊御門右大臣
0158 おほつかなたれそまやまのほとゝきす
   とふになのらてすきぬなるかな
              皇太后宮大夫俊成
0159 さらぬたにふすほともなきなつの夜を
   またれてもなくほとゝきすかな
     十首哥たてまつりける時
              右兵衛督公行」42オ
0160 さ夜ふかみやまほとゝきすなのりして
   きのまろとのをいまそすくなる
     文治六年女御入内屏風に
              後徳大寺左大臣
0161 ほとゝきすくものうへよりかたらひて
   とはぬになのるあけほのゝそら
     寛喜元年十一月女御入内屏風に郭公
     をよみ侍ける」42ウ
              右衛門督為家
0162 なかきひのもりのしめなはくりかへし
   あかすかたらふほとゝきすかな
     故郷郭公といへるこゝろをよみ侍ける
              権中納言長方
0163 あれにけるたかつのみやのほとゝきす
   たれとなにはのことかたるらん
     後法性寺入道前関白百首哥よませ侍」43オ
     ける時五月雨をよめる
              皇太后宮大夫俊成
0164 ふりそめていくかになりぬすゝか河
   やそせもしらぬさみたれのころ
     さみたれをよみ侍ける
              後徳大寺左大臣
0165 五月雨にむつたのよとのかはやなき
   うれこすなみやたきのしらいと」43ウ
              六条入道前太政大臣
0166 さみたれに伊勢をのあまのもしほくさ
   ほさてもやかてくちぬへき哉
              前右近中将資盛
0167 五月雨のひをふるまゝにひまそなき
   あしのしのやのゝきのたまみつ
              左近中将公衡
0168 さみたれのころもへぬれはさはた河」44オ
   そてつくはかりあさきせもなし
              源家長朝臣
0169 うちはへていくかゝへぬるなつひきの
   手ひきのいとのさみたれのそら
     題しらす    春宮権大夫良実
0170 たちはなのしたふくかせやにほふらん
   むかしなからのさみたれのそら
     関白右大臣家百首哥よみ侍けるに」44ウ
              藤原光俊朝臣
0171 さみたれのそらにもつきはゆくものを
   ひかり見ねはやしる人のなき
     宇治入道前関白家の哥合に
              相模
0172 さみたれはあかてそすくるほとゝきす
   夜ふかくなきしはつねはかりに
     たいしらす    前大僧正慈円」45オ
0173 郭公きゝつとやおもふさみたれの
   くものほかなるそらのひとこゑ
     ほとゝきすの哥あまたよみ侍けるに
              橘俊綱朝臣
0174 ほとゝきすきくともなしなあしひきの
   やまちにかへるあけほのゝこゑ
              源師賢朝臣
0175 たかさとにまたてきくらんほとゝきす」45ウ
   こよひはかりのさみたれのこゑ
     百首哥に     後京極摂政前太政大臣
0176 ほとゝきすいまいく夜をかちきるらん
   をのかさ月のありあけのころ
     前中納言師仲さ月のつこもり人/\さそ
     ひて右近馬場にまかりて郭公まち侍
     けるに      祐盛法師
0177 けふこゝにこゑをはつくせほとゝきす」46オ
   をのかさ月ものこりやはある
     堀河院御時きさいの宮にて潤五月郭公
     といふこゝろをよみ侍ける
              権中納言師時
0178 雲地よりかへりもやらすほとゝきす
   なをさみたるゝそらのけしきに
              俊頼朝臣
0179 やよやまたきなけみそらの郭公」46ウ
   さ月たにこそおちかへりつれ
     題しらす     覚盛法師
0180 みなつきのそらともいはしゆふたちの
   ふるからをのゝならのしたかけ
              よみひとしらす
0181 草ふかきあれたるやとのともし火の
   風にきえぬはほたるなりけり
     家に五十首哥よみ侍けるに江蛍」47オ
              入道二品親王道助
0182 しらつゆのたま江のあしのよひ/\に
   あきかせちかくゆくほたるかな
              参議雅経
0183 なにはめかすくもたくひのふかき江に
   うへにもえてもゆくほたる哉
     法成寺入道前摂政家哥合に
              祭主輔親」47ウ
0184 なつの夜の雲ちはとをくなりまされ
   かたふく月のよるへなきまて
     夏月をよみ侍ける
              正三位顕家
0185 夜もすからやとるしみつのすゝしさに
   月もなつをやよそに見るらん
     題しらす     如願法師
0186 あけぬるかこのまもりくる月かけの」48オ
   ひかりもうすきせみのはころも
     いし山にてあかつきひくらしのなくを
     きゝて      藤原実方朝臣
0187 葉をしけみとやまのかけやまかふらん
   あくるもしらぬひくらしのこゑ
     寛喜元年女御入内屏風杜辺山井
     流水ある所
              正三位知家」48ウ
0188 ゆふくれはなつよりほかをゆくみつの
   いはせのもりのかけそすゝしき
     海辺松下行人納涼の所
              正三位家隆
0189 夏衣ゆくてもすゝしあつさゆみ
   いそへのやまの松のしたかせ
     みな月はらへのこゝろをよみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣」49オ
0190 はやきせのかへらぬみつにみそきして
   ゆくとし波のなかはをそしる
     寛喜元年女御入内屏風
              前関白
0191 よしのかは河波はやくみそきして
   しらゆふはなのかすまさるらし
              正三位家隆
0192 かせそよくならのをかはのゆふくれは」49ウ
   みそきそなつのしるしなりける」50オ

   新勅撰和謌集巻第四
    秋哥上
     はつあきの心をよみ侍ける
              曽祢好忠
0193 ひさかたのいはとのせきもあけなくに
   夜半にふきしく秋のはつかせ
              大納言師氏
0194 かさゝきのゆきあひのはしの月なれと」50ウ
   なをわたすへきひこそとをけれ
              大納言師頼
0195 きのふにはかはるとなしにふくかせの
   をとにそあきはそらにしらるゝ
     題しらす     西行法師
0196 たまにぬくつゆはこほれて武蔵野ゝ
   くさの葉むすふあきのはつかせ
              正三位家隆」51オ
0197 くれゆかはそらのけしきもいかならん
   けさたにかなし秋のはつかせ
              右衛門督為家
0198 をとたてゝいまはたふきぬわかやとの
   おきのうは葉のあきのはつかせ
     うへのをのこともはつあきの心をつかう
     まつりけるに
              藤原資季朝臣」51ウ
0199 あしひきのやましたかせのいつのまに
   をとふきかへてあきはきぬらん
     家に百首哥よみ侍けるに早秋の心を
              関白左大臣
0200 なつすきてけふやいくかになりぬらん
   ころもてすゝし夜半の秋かせ
              内大臣
0201 あまつかせそらふきまよふゆふくれの」52オ
   くものけしきにあきはきにけり
              藤原信実朝臣
0202 よるなみのすゝしくもあるかしきたへの
   そてしのうらの秋のはつかせ
     千五百番哥合に
              宜秋門院丹後
0203 まくすはらうら見ぬそてのうへまても
   つゆをきそむるあきはきにけり」52ウ
     法性寺入道前関白中納言中将に侍ける時
     山家早秋といへるこゝろをよませ侍けるに
              菅原在良朝臣
0204 やまさとはくすのうらはをふきかへす
   かせのけしきにあきをしるかな
     殷富門院大輔三輪社にて五首哥人/\
     によませ侍けるに秋哥
              土御門内大臣」53オ
0205 あきといへはこゝろのいろもかはりけり
   なにゆへとしもおもひそめねと
     題しらす     曽祢よしたゝ
0206 さくらあさのかりふのはらをけふみれは
   とやまかたかけあきかせそふく
              鎌倉右大臣
0207 ゆふくれはころもてすゝしたかまとの
   おのへの宮のあきのはつかせ」53ウ
0208 ひこほしのゆきあひをまつひさかたの
   あまのかはらにあきかせそふく
              殷富門院大輔
0209 かさゝきのよりはのはしをよそなから
   まちわたる夜になりにけるかな
              法印猷円
0210 あまのかはわたらぬさきのあきかせに
   もみちのはしのなかやたえなん」54オ
     百首哥めしける時
              崇徳院御製
0211 あまのかはやそせの浪もむせふらん
   としまちわたるかさゝきのはし
     清輔朝臣家に哥合し侍けるに七夕の
     こゝろをよみ侍ける
              藤原敦仲
0212 あまのかはうきつのなみにひこほしの」54ウ
   つまむかへふねいまやこくらし
     後三条院御時うへのをのことも斎院に
     て七夕哥よみ侍けるに
              前中納言基長
0213 おもへともつらくもあるかなたなはたの
   なとかひと夜とちきりをきけん
     法性寺入道前関白家にて七夕のこゝろ
     をよみ侍ける」55オ
              菅原在良朝臣
0214 あまのかはほしあひのそらも見ゆはかり
   たちなへたてそ夜半のあきゝり
     宇治入道前関白の七夕哥よみ
     侍けるに     権大納言経輔
0215 たなはたのわかこゝろとやあふことを
   としにひとたひちきりそめけむ
     百首哥よみ侍ける秋哥」55ウ
              正三位家隆
0216 くさのうへのつゆとるけさのたまつさに
   のきはのかちはもとつはもなし
     七夕後朝のこゝろをよみ侍ける
              権中納言伊実
0217 たなはたのあまのかはなみたちかへり
   このくれはかりいかてわたさむ
              藤原清輔朝臣」56オ
0218 あまのかはみつかけくさにをくつゆや
   あかぬわかれのなみたなるらん
              八条院高倉
0219 むつこともまたつきなくのあきかせに
   たなはたつめやそてぬらすらん
              前大納言隆房
0220 たまさかにあきのひと夜をまちえても
   あくるほとなきほしあひのそら」56ウ
     百首哥のなかに
              式子内親王
0221 あきといへはものをそおもふやまのはに
   いさよふくものゆふくれのそら
              二条院讃岐
0222 いまよりのあきのねさめをいかにとも
   おきのはならてたれかとふへき
     秋哥よみ侍けるに」57オ
              入道二品親王道助
0223 荻のはにかせのをとせぬあきもあらは
   なみたのほかに月は見てまし
              入道前太政大臣
0224 おきの葉にふきとふきぬるあきかせの
   なみたさそはぬゆふくれそなき
     題しらす     さかみ
0225 いかにしてものおもふひとのすみかには」57ウ
   あきよりほかのさとをたつねん
              大納言師氏
0226 しらつゆと草葉にをきて秋の夜を
   こゑもすからにあくるまつむし
     秋哥よみ侍けるに
              左近中将公衡
0227 夜ひ/\のやまのはをそき月かけを
   あさちかつゆにまつむしのこゑ」58オ
              藤原教雅朝臣
0228 かれはてゝのちはなにせんあさちふに
   秋こそ人をまつむしのこゑ
     うへのをのことも隣庭萩といふ心を
     つかうまつりけるに
0229 へたてこしやとのあしかきあれはてゝ
   おなし庭なるあきはきの花」58ウ
     題しらす     よみ人しらす
0230 しらつゆのをりいたすはきのした紅葉
   衣にうつる秋はきにけり
0231 このころのあきかせさむみ萩の花
   ちらすしらつゆをきにけらしも
0232 あすかゝはゆきゝのをかの秋はきは
   けふゝるあめにちりかすきなん
              柿本人麿」59オ
0233 しらつゆとあきの花とをこきませて
   わくことかたきわかこゝろかな
              佑子内親王家小弁
0234 さをしかのこゑきこゆなり宮木のゝ
   もとあらのこはきはなさかりかも
     白河院にて野草露繁といへる心を
     をのこともつかうまつりけるに
              大蔵卿行宗」59ウ
0235 かりころもはきのはなすりつゆふかみ
   うつろふいろにそほちゆく哉
     家に秋の哥よませ侍けるに
              鎌倉右大臣
0236 道の辺のをのゝゆふきりたちかへり
   見てこそゆかめ秋は木の花
0237 ふるさとのもとあらのこ萩いたつらに
   見る人なしにさきかちるらむ」60オ
              藤原基綱
0238 しらすけのまのゝはきはらさきしより
   あさたつしかのなかぬひはなし
     雲居寺譫西上人哥合し侍けるに
              権中納言師時
0239 あさまたきたおらてを見む萩の花
   うは葉のつゆのこほれもそする
     権中納言経定哥合し侍けるによみて」60ウ
     つかはしける
              按察使公道
0240 をみなへしゝめゆひをきしかひもなく
   なひきにけりなあきの野かせに
     題しらす     二条院讃岐
0241 たつねきてたひねをせすは女郎花
   ひとりやの辺につゆけからまし
     菅家万葉集哥」61オ
              よみひとしらす
0242 名にしおはゝしひてたのまむ女郎花
   ひとのこゝろのあきはうくとも
     式部卿敦慶のみこの家に人/\まうて
     きてあそひなとし侍けるにをみな
     へしをかさしてよみ侍ける
              三条右大臣
0243 をみなへしおるてにかゝるしらつゆは」61ウ
   むかしのけふにあらぬなみたか
     久安百首哥たてまつりける秋哥
              左京大夫顕輔
0244 わきもこかすそのにゝほふゝちはかま
   つゆはむすへとほころひにけり
     題しらす     権中納言長方
0245 さらすとてたゝにはすきし花すゝき
   まねかて人のこゝろをも見よ」62オ
              参議雅経
0246 はなすゝき草のたもとをかりそなく
   なみたのつゆやをきところなき
              源具親朝臣
0247 こゝろなきくさのたもともはなすゝき
   つゆほしあへぬあきはきにけり
     閑庭薄といへるこゝろをよみ侍ける
              藤原信実朝臣」62ウ
0248 まねけとてうへしすゝきのひともとに
   とはれぬ庭そしけりはてぬる
     閑庭荻をよめる
              藤原成宗
0249 いくあきのかせのやとりとなりぬらん
   あとたえはつる庭のおきはら
     題しらす     前大僧正慈円
0250 ぬしはあれと野となりにけるまかき哉」63オ
   をかやかしたにうつらなくなり
              よみ人しらす
0251 おほつかなたれとかしらむ秋きりの
   たえまに見ゆるあさかほの花
     月哥あまたよみ侍けるに
              後京極摂政太政大臣
0252 しら雲のゆふゐるやまそなかりける
   月をむかふるよものあらしに」63ウ
     権中納言経定中将に侍ける時哥合し侍
     けるによみてつかはしける月哥
              大炊御門右大臣
0253 あまつそらうき雲はらふあきかせに
   くまなくすめる夜半の月哉
     題しらす     正三位家隆
0254 さらしなやをはすてやまのたかねより
   あらしをわけていつる月影」64オ
     延喜御時八月十五夜月宴哥
              源公忠朝臣
0255 いにしへもあらしとそおもふ秋の夜の
   月のためしはこよひなりけり
     養和のころをひ百首哥よみ侍ける秋
     哥        権中納言定家
0256 あまのはらおもへはかはるいろもなし
   秋こそ月のひかりなりけれ」64ウ
     家に百首哥よみ侍ける月哥
              関白左大臣
0257 あしひきのやまのあらしに雲きえて
   ひとりそらゆく秋の夜のつき
     月哥とてよみ侍ける
              藤原資季朝臣
0258 見るまゝにいろかはりゆくひさかたの
   月のかつらの秋のもみち葉」65オ
     八月十五夜よみ侍ける
              寂超法師
0259 あまつそらこよひの名をやおしむらん
   月にたなひくうき雲もなし
              登蓮法師
0260 かそへねとあきのなかはそしられぬる
   こよひにゝたる月しなけれは
     後京極摂政左大将に侍ける時月五十」65ウ
     首哥よみ侍けるによめる
              権中納言定家
0261 あけは又秋のなかはもすきぬへし
   かたふく月のおしきのみかは
     月哥よみ侍けるに
              左近中将基良
0262 やまの葉のつらさはかりやのこるらん
   雲よりほかにあくる月かけ」66オ
              権律師公猷
0263 いつくにかそらゆくゝもののこるらん
   あらしまちいつるやまの葉の月
              中原師季
0264 まちえてもこゝろやすむるほとそなき
   やまの葉ふけていつる月かけ
              真昭法師
0265 そてのうへにつゆをきそめしゆふへより」66ウ
   なれていく夜のあきの月かけ
     関白左大臣家百首哥よみ侍ける月哥
              藤原頼氏朝臣
0266 わけぬるゝ野はらのつゆのそての上に
   まつしるものは秋の夜の月
     入道二品親王家に五十首哥よみ侍
     けるに山家月
              正三位家隆」67オ
0267 松の戸をゝしあけかたのやまかせに
   雲もかゝらぬ月をみるかな
     文治六年女御入内屏風にこまむかへの
     哥        後京極摂政前太政大臣
0268 あつまよりけふあふさかのやまこえて
   みやこにいつるもち月のこま
     和歌所の哥合に海辺秋月といへる
     こゝろをよみ侍ける」67ウ
              小侍従
0269 おきつかせふけゐのうらによるなみの
   よるとも見えす秋の夜のつき
     百首哥に月哥
              前関白
0270 むら雲のみねにわかるゝあとゝめて
   やまのはつかにいつる月かけ
     うへのをのことも海辺月といへる心を」68オ
     つかうまつりけるついてに
              御製
0271 わかのうらあし辺のたつのなくこゑに
   夜わたる月のかけそひさしき
     秋哥たてまつりけるに
              正三位家隆
0272 すまのあまのまとをの衣夜やさむき
   うらかせなから月もたまらす」68ウ
     名所月をよめる
              藤原光俊朝臣
0273 あかしかたあまのたくなはくるゝより
   くもこそなけれ秋のよの月
     白河院鳥羽殿におはしましけるに
     田家秋興といへる心をゝのこともつかう
     まつりけるに
              権大納言宗通」69オ
0274 しつのをのかとたのいねのかりにきて
   あかてもけふをくらしつるかな
     題しらす     藤原道信朝臣
0275 いとゝしくものおもふやとをきりこめて
   なかむるそらも見えぬけさ哉
              前大僧正慈円
0276 世半にたくかひやかけふりたちそひて
   あさきりふかしをやまたのはら」69ウ
0277 もしほやくけふりもきりにうつもれぬ
   すまのせきやのあきのゆふくれ
     海霧といへる心を
              正三位知家
0278 けふりたにそれとも見えぬゆふ霧に
   なをしたもえのあまのもしほ火
     題しらす     正三位家隆
0279 ふみわけんものとも見えすあさほらけ」70オ
   たけのはやまのきりのしたつゆ
              西行法師
0280 をくらやまふもとをこむるゆふきりに
   たちもらさるゝさをしかのこゑ」70ウ

   新勅撰和謌集巻第五
    秋哥下
     寛平御時きさいの宮の哥合哥
              よみひとしらす
0281 秋の夜のあまてる月のひかりには
   をくしらつゆをたまとこそ見れ
     九月十三夜の月をひとりなかめておも
     ひいて侍ける」71オ
              能因法師
0282 さらしなやをはすてやまに旅ねして
   こよひの月をむかし見しかな
     題しらす     小野小町
0283 あきの月いかなるものそわかこゝろ
   なにともなきにいねかてにする
     九月つきあかき夜よみ侍ける
              選子内親王家宰相」71ウ
0284 あきの夜のつゆをきまさるくさむらに
   かけうつりゆく山の葉の月
     くまなき月をなかめあかしてよみ
     侍ける      道信朝臣
0285 いつとなくなかめはすれとあきの夜の
   このあかつきはことにもある哉
     対月惜秋といへる心をよみ侍ける
              菅原在良朝臣」72オ
0286 月ゆへになかき夜すからなかむれと
   あかすもおしき秋のそら哉
     秋哥よみ侍けるに
              侍従具定母
0287 うき世をもあきのすゑ葉のつゆの身に
   をきところなきそての月かけ
              按察使兼宗
0288 ありあけの月のひかりのさやけきは」72ウ
   やとすくさ葉のつゆやをきそふ
              左近中将伊平
0289 みむろやましたくさかけてをくつゆに
   このまの月のかけそうつろふ
     百首哥中に
              後京極摂政前太政大臣
0290 まきの戸のさゝてありあけになりゆくを
   いくよの月とゝふ人もなし」73オ
     建保二年秋哥たてまつりけるに
              参議雅経
0291 身をあきのわかよやいたくふけぬらん
   月をのみやはまつとなけれと
              正三位家隆
0292 かきりあれはあけなんとするかねのをとに
   猶なかきよの月そのこれる
     入道二品親王家にて秋月哥よみ侍ける」73ウ
     に        権大僧都有果
0293 かせさむみ月はひかりそまさりける
   よもの草木の秋のくれかた
     後京極摂政百首哥よませ侍けるに
              小侍従
0294 いくめくりすきゆくあきにあひぬらん
   かはらぬ月のかけをなかめて
              八条院六条」74オ
0295 あきの夜はものおもふことのまさりつゝ
   いとゝつゆけきかたしきのそて
     秋の夜人/\もろともにおきゐて
     ものかたりし侍けるに
              京極前関白家肥後
0296 あきの夜をあかしかねてはあかつきの
   つゆとをきゐてぬるゝそて哉
     うへのをのことも秋十首哥つかう」74ウ
     まつりけるに
              右衛門督為家
0297 かたをかのもりのこの葉もいろつきぬ
   わさ田のをしねいまやからまし
     寛平御時きさいの宮の哥合の哥
              よみ人しらす
0298 唐衣ほせとたもとのつゆけきは
   わか身のあきになれはなりけり」75オ
     題しらす     人麿
0299 あき田もるひたのいほりにしくれふり
   わかそてぬれぬほす人もなし
              みつね
0300 あきふかきもみちのいろのくれなゐに
   ふりいてつゝなくしかのこゑかな
     兵部卿元良のみこしかの山こ江の
     方に時/\かよひすみ侍ける家を見に」75ウ
     まかりてかきつけ侍ける
              とし子
0301 かりにのみくるきみまつとふりいてつゝ
   なくしかやまは秋そかなしき
     題しらす     中納言家持
0302 あきはきのうつろふおしとなくしかの
   こゑきくやまはもみちしにけり
              鎌倉右大臣」76オ
0303 雲のゐるこすゑはるかにきりこめて
   たかしのやまにしかそなくなる
              前大僧正慈円
0304 むへしこそこのころものはあはれなれ
   秋はかりきくさをしかのこゑ
     哥合し侍けるにしかをよみ侍ける
              前参議経盛
0305 峯になくしかのねちかくきこゆなり」76ウ
   もみちふきおろす夜半のあらしに
     建保六年内裏哥合秋哥
              八条院高倉
0306 わかいほはをくらのやまのちかけれは
   うき世をしかとなかぬひそなき
     鹿哥とてよみ侍ける
              権中納言実守
0307 おほえやまはるかにをくるしかのねは」77オ
   いくのをこえてつまをこふらん
     建保五年四月庚申五首秋朝
              六条入道前太政大臣
0308 おほかたのあきをあはれとなくしかの
   なみたなるらしのへのあさつゆ
     澗底鹿といふ心をよみ侍ける
              正三位知家
0309 さをしかのあさゆくたにのむもれ水」77ウ
   かけたに見えぬつまをこふらん
     題しらす     如願法師
0310 さをしかのなくねもいたくふけにけり
   あらしのゝちのやまの葉の月
     後冷泉院みこの宮と申ける時なし
     つほのおまへの菊おもしろかりけるを
     月あかき夜いかゝとおほせられけれは
              大弐三位」78オ
0311 いつれをかわきておるへき月かけに
   色見えまかふしらきくの花
     あしたにまいりて侍けるにこの哥の
     返しつかうまつるへきよしおほせら
     れけれはよみ侍ける
              権大納言長家
0312 月かけにおりまとはるゝしらきくは
   うつろふいろやくもるなるらん」78ウ
     康保三年内裏菊合に
              天暦御製
0313 かけ見えてみきはにたてるしら菊は
   おられぬ浪のはなかとそ見る
     崇徳院月照菊花といへる心をよませ
     たまうけるに
              右兵衛督公行
0314 月かけにいろもわかれぬしらきくは」79オ
   こゝろあてにそおるへかりける
              按察使公通
0315 月かけにかほるはかりをしるしにて
   いろはまかひぬしらきくの花
     月前菊といへるこゝろを
              鎌倉右大臣
0316 ぬれておるそての月かけふけにけり
   まかきのきくのはなのうへのつゆ」79ウ
     たいしらす    入道二品親王道助
0317 わかやとのきくのあさつゆいろもおし
   こほさてにほへにはのあきかせ
     秋哥よみ侍けるに
              権中納言忠信
0318 なく/\もゆきてはきぬるはつかりの
   なみたのいろをしる人そなき
              鎌倉右大臣」80オ
0319 わたのはらやへのしほちにとふかりの
   つはさのなみにあきかせそふく
              如願法師
0320 月になくかりのはかせのさゆる夜に
   しもをかさねてうつ衣かな
              真眼法師
0321 あらしふくとをやまかつのあさ衣
   ころも夜さむの月にうつなり」80ウ
     擣衣のこゝろをよみ侍ける
              曽祢よしたゝ
0322 ころもうつきぬたのをとをきくなへに
   きりたつそらにかりそなくなる
              つらゆき
0323 唐衣うつこゑきけは月きよみ
   またねぬ人をそらにしるかな
     久安百首哥たてまつりける秋哥」81オ
              皇太后宮大夫俊成
0324 ころもうつひゝきは月のなになれや
   さえゆくまゝにすみのほるらん
     百首哥たてまつりける秋哥
              入道前太政大臣
0325 かせさむき夜はのねさめのとことはに
   なれてもさひし衣うつこゑ
              前大納言隆房」81ウ
0326 いまこむとたのめし人やいかならん
   月になく/\ころもうつなり
     題しらす    承明門院小宰相
0327 月のいろもさえゆくそらの秋かせに
   わか身ひとつと衣うつなり
     月五十首哥よみ侍けるに
              後京極摂政前太政大臣
0328 ひとりねの夜さむになれる月みれは」82オ
   時しもあれやころもうつなり
     秋哥よみ侍けるに
              権大納言家良
0329 白妙の月のひかりにをくしもを
   いく夜かさねてころもうつらん
              正三位家隆
0330 しろ妙のゆふつけとりもおもひわひ
   なくやたつたの山のはつしも」82ウ
     建保六年内裏哥合秋哥
0331 たむけやまもみちのにしきぬさはあれと
   猶月かけのかくるしらゆふ
     百首哥中に秋哥
              前関白
0332 をきまよふしのゝ葉くさの霜のうへに
   よをへて月のさえわたるかな
     千五百番哥合に」83オ
              正三位家隆
0333 あきのあらしふきにけらしなとやまなる
   しはのしたくさいろかはるまて
     題しらす    藤原信実朝臣
0334 日をへてはあきかせさむみさをしかの
   たちのゝまゆみもみちしにけり
     百首哥たてまつりける秋哥
              入道前太政大臣」83ウ
0335 あきのいろのうつろひゆくをかきりとて
   そてにしくれのふらぬひはなし
              参議雅経
0336 あきのゆく野山のあさちうらかれて
   峯にわかるゝくもそしくるゝ
     題しらす     鎌倉右大臣
0337 かりなきてさむきあさけのつゆしもに
   やのゝ神山いろつきにけり」84オ
              西行法師
0338 やまさとはあきのすゑにそおもひしる
   かなしかりけりこからしのかせ
0339 かきりあれはいかゝは色のまさるへき
   あかすしくるゝをくらやまかな
              藤原伊光
0340 くれなゐのやしほのをかのもみち葉を
   いかにそめよと猶しくるらん」84ウ
     建保二年秋哥たてまつりける
              内大臣
0341 みなせかはあきゆくみつのいろそこき
   のこるやまなくしくれふるらし
              参議雅経
0342 あしひきのやまとにはあらぬ唐錦
   たつたのしくれいかてそむらん
              僧正行意」85オ
0343 わかやとはかつちるやまのもみち葉に
   あさゆくしかのあとたにもなし
     後法性寺入道前関白家哥合にもみち
     をよみ侍ける
              皇太后宮大夫俊成
0344 しくれゆくそらたにあるをもみちはの
   あきはくれぬといろに見すらん
     百首哥の中に」85ウ
              式子内親王
0345 あきこそあれ人はたつねぬ松の戸を
   いくへもとちよつたのもみちは
     関白左大臣家百首哥よみ侍けるに
              権中納言定家
0346 しくれつゝそてたにほさぬあきの日に
   さこそみむろのやまはそむらめ
              従三位範宗」86オ
0347 つゆしくれそめはてゝけりをくらやま
   けふやちしほのみねのもみちは
              中宮但馬
0348 いくとせかふるの神すきしくれつゝ
   よものもみちにのこりそめけん
     うへのをのことも秋十首哥つかうまつ
     りけるに
              権中納言隆親」86ウ
0349 しくれけんほとこそみゆれかみなひの
   みむろのやまの峯のもみちは
     題しらす     法印覚寛
0350 そめのこすこすゑもあらしむらしくれ
   猶あかなくのやまめくりかな
     建保四年右大臣家哥合故郷紅葉をよめる
              正三位家隆
0351 ふるさとのみかきかはらのはしもみち」87オ
   こゝろとちらせ秋のこからし
     文治六年女御入内屏風に
              後法性寺入道前関白太政大臣
0352 すそのよりみねのこすゑにうつりきて
   さかりひさしき秋のいろかな
              徳大寺左大臣
0353 このもとに又ふきかへせからにしき
   おほみや人にみましゝかせん」87ウ
     左京大夫顕輔哥合し侍けるに紅葉
     をよみてつかはしける
              権中納言経忠
0354 あらしふくふなきのやまのもみちはゝ
   しくれのあめにいろそこかるゝ
     家に百首哥よませ侍けるに紅葉の哥
              関白左大臣
0355 たつた河みむろのやまのちかけれは」88オ
   もみちをなみにそめぬひそなき
     後京極摂政百首哥よませ侍けるに
              小侍従
0356 をきてゆくあきのかたみやこれならん
   見るもあたなるつゆのしらたま
     秋のくれの哥
              禎子内親王家摂津
0357 ゆくあきのたむけのやまのもみちはゝ」88ウ
   かたみはかりやちりのこるらん
              権中納言実有
0358 こからしのさそひはてたるもみちはを
   かはせのあきとたれなかむらん
              参議雅経
0359 あきはけふくれなゐくゝるたつた河
   ゆくせのなみもいろかはるらん
     九月尽によみ侍ける」89オ
              入道前太政大臣
0360 あすよりのなこりをなにゝかこたまし
   あひもおもはぬあきのわかれち
              八条院高倉
0361 すきはてぬいつらなか月名のみして
   みしかゝりける秋のほとかな」89ウ

   新勅撰和謌集巻第六
    冬哥
     題しらす     大伴池主
0362 神な月しくれにあへるもみち葉の
   ふかはちりなん風のまに/\
              相模
0363 いつも猶ひまなきそてを神な月
   ぬらしそふるはしくれなりけり」90オ
              在原元方
0364 わひ人や神な月とはなりにけむ
   なみたのことくふるしくれかな
     大納言清隆亭子院御賀のためなか
     月のころとしこに申つけていろ/\
     にいとなみいそき侍けることすきに
     ける神な月のついたち申つかはしける
              とし子」90ウ
0365 ちゝのいろにいそきし秋はすきにけり
   いまはしくれになにをそめまし
     題しらす     曽祢よしたゝ
0366 つゆはかりそてたにぬれす神なつき
   もみちはあめとふりにふれとも
              前中納言匡房
0367 からにしきむら/\のこるもみちはや
   秋のかたみのころもなるらん」91オ
              権大納言宗家
0368 のこしをくあきのかたみのからにしき
   たちはてつるはこからしのかせ
     後朱雀院御時うへのをのことも大井
     河にまかりて紅葉浮水といへる心をよみ
     侍けるに中将に侍ける時
              右近大将通房
0369 みつのおもにうかへるいろのふかけれは」91ウ
   もみちをなみと見つるけふかな
              九条太政大臣
0370 大井かはうかふもみちのにしきをは
   なみのこゝろにまかせてやたつ
     後冷泉院御時殿上の逍遥におなし心
     をよみ侍ける
              中納言資綱
0371 もみちはのなかれもやらぬ大井河」92オ
   かはせはなみのをとにこそきけ
     白河院御時うへのをのことも月前落
     葉といへるこゝろをよみ侍けるに
              橘俊綱朝臣
0372 ひさかたの月すみわたるこからしに
   しくるゝあめはもみちなりけり
     題しらす     入道二品親王道助
0373 こからしのもみちふきしく庭のおもに」92ウ
   つゆものこらぬあきのいろかな
              大蔵卿有家
0374 霜をかぬ人めもいまはかれはてゝ
   まつにとひくるかせそかはらぬ
     建保五年内裏哥合冬山霜
              正三位家隆
0375 かさゝきのわたすやいつこゆふしもの」93オ
   くもゐにしろきみねのかけはし
     冬関月      藤原信実朝臣
0376 すまのうらにあきをとゝめぬせきもりも
   のこるしもよの月は見るらん
     法性寺入道前関白内大臣に侍ける時家
     哥合に      権中納言師俊
0377 つゆむすふしも夜のかすのかさなれは
   たへてやきくのうつろひぬらん」93ウ
     延喜十二年十月御前のやり水のほと
     りにきくうへて御あそひ侍けるついて
     によませたまうける
              延喜御製
0378 みなそこにかけをうつせるきくの花
   なみのおるにそいろまさりける
              源公忠朝臣
0379 をくしもにいろそめかへしそをちつゝ」94オ
   はなのさかりはけふなからみむ
     さとにいてゝしくれしける日紫式部
     につかはしける
              上東門院小少将
0380 雲まなくなかむるそらもかきくらし
   いかにしのふるしくれなるらん
     返し       紫式部
0381 ことはりのしくれのそらは雲まあれと」94ウ
   なかむるそてそかはくよもなき
     山路時雨といへるこゝろをよみ侍ける
              源師賢朝臣
0382 そてぬらすしくれなりけり神な月
   いこまのやまにかゝるむら雲
     冬哥よみ侍けるに
              右衛門督為家
0383 ふゆきてはしくるゝ雲のたえまたに」95オ
   よものこのはのふらぬひそなき
              正三位知家
0384 しくれにはぬれぬこのはもなかりけり
   やまはみかさの名のみふりつゝ
     法性寺入道前関白家哥合に
              源兼昌
0385 ゆふつくひいるさのやまのたかねより
   はるかにめくるはつしくれ哉」95ウ
     前参議経盛哥合し侍けるに
              藤原公重朝臣
0386 やまの葉にいりひのかけはさしなから
   ふもとのさとはしくれてそゆく
              平経正朝臣
0387 むら雲のとやまのみねにかゝるかと
   見れはしくるゝしから木のさと
     建保六年内裏哥合冬哥」96オ
              前内大臣
0388 神なつきしくれにけりなあらちやま
   ゆきかふそてもいろかはるまて
     題しらす     前大僧正慈円
0389 みやま木ののこりはてたるこすゑより
   なをしくるゝはあらしなりけり
0390 月をおもふあきのなこりのゆふくれに
   こかけふきはらふ山おろしのかせ」96ウ
              前大納言忠良
0391 あきのいろはのこらぬやまのこからしに
   月のかつらのかけそつれなき
              殷富門院大輔
0392 そらさむみこほれておつるしらたまの
   ゆらくほとなきしもかれの庭
              正三位家隆
0393 ふるさとのにはのひかけもさえくれて」97オ
   きりのおちはにあられふるなり
     千五百番哥合に
0394 ゆふつくひさすかにうつるしはのとに
   あられふきまく山おろしのかせ
     百首哥よみ侍ける冬哥
              兵部卿成実
0395 さゆる夜はふるやあられのたまくしけ
   みむろのやまのあけかたのそら」97ウ
     建保四年百首哥の中に冬哥
              前関白
0396 いはたゝくたきつかはなみをとさえて
   たにのこゝろや夜さむなるらん
     題しらす     式子内親王
0397 ふきむすふたきは氷にとちはてゝ
   まつにそかせのこゑもおしまぬ
0398 おちたきついはきりこえし谷水も」98オ
   ふゆはよな/\ゆきなやむなり
     関白左大臣家百首哥よみ侍けるに氷を
     よめる      中宮但馬
0399 ねやさむきねくたれかみのなかき夜に
   なみたのこほりむすほゝれつゝ
     題しらす     西行法師
0400 かせさえてよすれはやかてこほりつゝ
   かへるなみなきしかのからさき」98ウ
     寛喜元年女御入内屏風湖辺氷結
              内大臣
0401 しかの浦やこほりのひまをゆくふねに
   なみもみちあるよとやみるらん
     千五百番哥合に
              宜秋門院丹後
0402 ふゆの夜はあまきるゆきにそらさえて
   くものなみちにこほる月かけ」99オ
              二条院讃岐
0403 うちはへてふゆはさはかりなかき夜に
   猶のこりけるありあけの月
     久安百首哥たてまつりける時冬哥
              皇太后宮大夫俊成
0404 月きよみちとりなくなりおきつかせ
   ふけゐのうらのあけかたのそら
     千鳥をよみ侍ける」99ウ
              権中納言国信
0405 友千鳥むれてなきさにわたるなり
   おきのしらすにしほやみつらん
              源顕国朝臣
0406 かせふけはなにはのうらのはま千鳥
   あしまになみのたちゐこそなけ
     千五百番哥合に
              源具親朝臣」100オ
0407 さ夜ちとりみなとふきこすしほかせに
   うらよりほかのともさそふなり
     題しらす     鎌倉右大臣
0408 かせさむみ夜のふけゆけはいもかしま
   かたみのうらにちとりなくなり
     寛喜元年女御入内屏風山路雪朝
              前関白
0409 年さむきまつのこゝろもあらはれて」100ウ
   はなさくいろを見するゆき哉
              内大臣
0410 あらはれてとしあるみ世のしるしにや
   のにもやまにもつもるしらゆき
     題しらす    権中納言長方
0411 しきしまやふるのみやこはうつもれて
   ならしのをかにみゆきつもれり
0412 宮木引そまやまひとはあともなし」101オ
   ひはらすきはらゆきふかくして
              正三位家隆
0413 たかしまやみおのそまやまあとたえて
   こほりもゆきもふかきふゆかな
              賀茂重政
0414 まきもくのひはらのやまもゆきとちて
   まさきのかつらくる人もなし
     高野に侍けるころ寂然法師大原にすみ」101ウ
     侍けるにつかはしける
              西行法師
0415 おほはらはひらのたかねのちかけれは
   ゆきふるほとをおもひこそやれ
     題しらす     刑部卿範兼
0416 たまつはきみとりのいろも見えぬまて
   こせのふゆ野はゆきふりにけり
              清輔朝臣」102オ
0417 雲井よりちりくるゆきはひさかたの
   月のかつらのはなにやあるらん
     百首哥雪哥
              前関白
0418 いるひとのをとつれもせぬしらゆきの
   ふかきやまちをいつる月かけ
              関白左大臣
0419 をとめこのそてふるゆきのしろ妙に」102ウ
   よしのゝみやはさえぬひもなし
     冬月をよみ侍ける
              左京大夫顕輔
0420 ゆきふかきよしのゝやまのたかねより
   そらさへさえていつる月かけ
     冬哥とてよみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣
0421 さひしきはいつもなかめのものなれと」103オ
   くもまのみねのゆきのあけほの
0422 しもとゆふかつら木やまのいかならん
   みやこもゆきはまなく時なし
              鎌倉右大臣
0423 山たかみあけはなれゆくよこ雲の
   たえまにみゆる峯のしらゆき
              正三位家隆
0424 あけわたるくもまのほしのひかりまて」103ウ
   やまのはさむし峯のしら雪
     建保五年内裏哥合冬海雪
              八条院高倉
0425 さとのあまのさためぬやともうつもれぬ
   よするなきさのゆきのしらなみ
              正三位家隆
0426 わたのはらやそしましろくふるゆきの
   あまきるなみにまかふつりふね」104オ
     高陽院家哥合に
              康資王母
0427 ふみゝけるにほのあとさへおしきかな
   こほりのうへにふれるしらゆき
      題しらす    曽祢好忠
0428 ちはやふるかみなひやまのならの葉を
   ゆきふりさけてたおるやまひと
     堀河院に百首哥たてまつりける時」104ウ
              基俊
0429 おくやまのまつの葉しのきふるゆきは
   人たのめなる花にそありける
     建保六年内裏哥合冬哥
              入道前太政大臣
0430 つま木こるやま地もいまやたえぬらん
   さとたにふかきけさのしらゆき
              参議雅経」105オ
0431 かりころもすそのもふかしはしたかの
   とかへるやまのみねのしらゆき
     関白左大臣家百首哥よみ侍ける雪哥
              兵部卿成実
0432 はしたかのとかへるやまのゆきのうちに
   それとも見えぬ峯のしゐしは
     古渓雪をよみ侍ける
              中宮大夫通方」105ウ
0433 たにふかみゆきのふるみちあとたえて
   つもれるとしをしる人そなき
     家哥合に暮山雪といへる心を
              前関白
0434 くれやすきひかすもゆきもひさにふる
   みむろのやまのまつのしたをれ
     哥合に寒夜炉火といへる心を
              嘉陽門院越前」106オ
0435 いたまよりそてにしらるゝ山おろしに
   あらはれわたるうつみ火のかけ
      後京極摂政家哥合に
              藤原隆信朝臣
0436 いかなれはふゆにしられぬいろなから
   まつしも風のはけしかるらん
     題しらす     鎌倉右大臣
0437 ものゝふのやそうち河をゆく水の」106ウ
   なかれてはやきとしのくれ哉
     五十首哥よませ侍ける時惜歳暮といへる
     心を       入道二品親王道助
0438 とゝめはやなかれてはやきとしなみの
   よとまぬ水はしからみもなし
              正三位家隆
0439 つらかりしそてのわかれのそれならて
   おしむをいそくとしのくれ哉」107オ
              如願法師
0440 あすかゝはかはるふちせもあるものを
   せくかたしらぬ年のくれ哉
     題しらす     大納言師氏
0441 もゝしきの大宮人もむれゐつゝ
   こそとやけふをあすはかたらん
              貫之
0442 ふるゆきをそらにぬさとそたむけつる」107ウ
   はるのさかひにとしのこゆれは」108オ

   新勅撰和謌集巻第七
    賀哥
     貞永元年六月きさいの宮の御方にて
     はしめて鶴契遐年といふ題を講せら
     れ侍けるに
              前関白
0443 つるの子の又やしはこのすゑまても
   ふるきためしをわかよとや見む」108ウ
              関白左大臣
0444 ひさかたのあまとふつるのちきりをきし
   千世のためしのけふにもあるかな
     寛治八年八月高陽院家哥合に月哥
              周防内侍
0445 つねよりもみかさのやまのつきかけの
   ひかりさしそふあめのした哉
     祝のこゝろをよめる」109オ
              藤原行家朝臣
0446 あめのしたひさしきみよのしるしには
   みかさのやまのさか木をそさす
     百首哥よませ侍ける時祝哥
              後法性寺入道前関白太政大臣
0447 やちよへむきみかためとやたまつは木
   葉かへをすへきほとはさためし
              大宰大弐重家」109ウ
0448 むしろ田にむれゐるたつの千世もみな
   きみかよはひにしかしとそおもふ
     堀河院御時竹不改色といへる心をよませ
     たまうけるに
              富家入道前関白太政大臣
0449 いろかへぬたけのけしきにしるきかな
   よろつよふへきゝみかよはひは
     長保五年左大臣家哥合に」110オ
              藤原長能
0450 きみか世のちとせのまつのふかみとり
   さはかぬみつにかけは見えつゝ
     題しらす     実方朝臣
0451 枝かはすかすかのはらのひめこまつ
   いのるこゝろは神そしるらん
     天徳二年右大臣五十賀屏風
              清原元輔」110ウ
0452 わかやとの千世のかはたけふしとをみ
   さもゆくすゑのはるかなるかな
     勅使にて斎宮にまいりてよみ侍ける
              中納言兼輔
0453 くれたけの世ゝのみやこときくからに
   きみはちとせのうたかひもなし
     一品康子内親王裳き侍けるに
              公忠朝臣」111オ
0454 みなひとのいかてとおもふよろつ世の
   ためしときみをいのるけふかな
     天暦御時みこたちのはかまき侍けるに
              中納言朝忠
0455 おほはらやをしほのこまつ葉をしけみ
   いとゝちとせのかけとならなん
     題しらす     よみひとしらす
0456 うれしさをむかしはそてにつゝみけり」111ウ
   こよひは身にもあまりぬるかな
     長元六年関白しらかはにて子日侍ける
     に        中納言顕基
0457 ちとせまていろやまさらんきみかため
   いはひそめつるまつ(+の)みとりは
     永治二年崇徳院摂政の法性寺家に
     わたらせたまうて松契千年といへる心を
     よませ給けるに」112オ
              大炊御門左大臣
0458 うつしうへてしめゆふやとのひめこまつ
   いくちよふへきこすゑなるらん
     後白河院御時やそしまのまつりにすみ
     よしにまかりてよみ侍ける
              権中納言長方
0459 神かきやいそへのまつにことゝはむ
   けふをは世ゝのためしとや見る」112ウ
     仁安三年摂政閑院家にて対松争齢
     といへるこゝろをよみ侍ける
              権中納言兼光
0460 うつしうふるまつのみとりもきみかよも
   けふこそちよのはしめなりけれ
     建仁三年正月松有春色といへる心を
     をのこともつかうまつりけるに
              前左大臣」113オ
0461 ときはなるたまゝつかえも春くれは
   千世のひかりやみかきそふらん
     御いのりつかうまつりておもひをのへ
     侍ける      権大僧都良算
0462 ふしておもひあふきていのるわかきみの
   み世はちとせにかきらさるへし
     おいのゝちはるのはしめによみ侍ける
              入道前太政大臣」113ウ
0463 はるはまつ子日のまつにあらすとも
   ためしにわれをひとやひくへき
     天喜四年閏三月中殿に翫新成桜花哥
              堀河右大臣
0464 けふそ見るたまのうてなのさくらはな
   のとけきはるにあまるにほひを
              権大納言信家
0465 つねよりもはるものとけきゝみか世に」114オ
   ちらぬためしのはなを見るかな
     寛喜元年十一月女御入内屏風京華
     人家元日かきたる所
              前関白
0466 はつはるの花のみやこにまつをうへて
   たみのとゝめるちよそしらるゝ
     江山人家柳ある所
              入道前太政大臣」114ウ
0467 名にしおはゝしくやみきはのたま柳
   いりえのなみにみふねこくまて
     池辺藤花
              正三位知家
0468 はるひさくふちのしたかけいろみえて
   ありしにまさるやとのいけみつ
     四月山田早苗
              内大臣
0469 み田やもりいそくさなへにおなしくは」115オ
   ちよのかすとれわかきみのため
     八月山野に鹿たてる所
              前関白
0470 いまそこれいのりしかひよかすかやま
   おもへはうれしさをしかのこゑ
     人家翫月
0471 わかやとのひかりを見てもくものうへの
   月をそいのるのとかなれとは」115ウ
     田家西収興
0472 としあれはあきのくもなすいなむしろ
   かりしく民のたゝぬひそなき
              入道前太政大臣
0473 あきをへてきみかよはひのありかすに
   かり田のいねもちつかつむなり
     円融院御時中将公任と碁つかうまつりて
     まけわさにしろかねのこにむしいれて」116オ
     弘徽殿にたてまつらせ侍ける
              小野宮右大臣
0474 よろつ世のあきをまちつゝなきわたれ
   いはほにねさすまつむしのこゑ
     九月九日従一位倫子きくのわたをたま
     ひておいのこひすてよと侍けれは
              紫式部
0475 きくのつゆわかゆはかりにそてふれて」116ウ
   はなのあるしに千世はゆつらん
     菊をよみ侍ける
              元輔
0476 わかやとのきくのしらつゆよろつ世の
   あきのためしにおきてこそ見め
              康資王母
0477 なか月にゝほひそめにしきくなれは
   しもゝひさしくをけるなりけり」117オ
     後冷泉院御時残菊映水といへる心を
              権大納言長家
0478 神な月のこるみきはのしらきくは
   ひさしきあきのしるしなりけり
     承保三年大井河に行幸の日よみ侍ける
              大宮右大臣
0479 大井かはふるきみゆきのなかれにて」117ウ
   となせのみつもけふそすみける
              前中納言伊房
0480 おほ井かはけふのみゆきのしるしにや
   千世にひとたひすみわたるらん
     寛喜元年女御入内屏風十一月江辺寒
     芦鶴立      入道前太政大臣
0481 千世ふへきなにはのあしのよをかさね
   しものふりはのつるのけころも」118オ
     泥絵屏風岩清水臨時祭
              権中納言定家
0482 ちりもせしころもにすれるさゝたけの
   おほみや人のかさすさくらは
     承保元年大嘗会主基哥丹波国か
     つらの山
              前中納言匡房
0483 ひさかたの月のかつらのやまひとも」118ウ
   とよのあかりにあひにけるかな
     寛治元年悠紀哥近江国みむろの山
0484 しくれふるみむらのやまのもみちはゝ
   たかをりかけしにしきなるらん
     仁安三年悠紀風俗哥
              宮内卿永範
0485 あめつちをてらすかゝみのやまなれは
   ひさしかるへきかけそ見えける」119オ
     貞応元年悠紀哥たま野
              正三位家衡
0486 いろ/\のくさはのつゆをゝしなへて
   たまのゝはらに月そみかける
     おなし主基の風俗哥いはや山
              権中納言頼資
0487 ふかみとりたま松かえの千世まても
   いはやのやまそうこかさるへき」119ウ
     御屏風哥いはくら山
0488 あしひきのいはくらやまのひかけくさ
   かさすや神のみことなるらん
     題しらす     よみひとしらす
0489 月も日もかはりゆけともひさにふる
   みむろのやまのとこみやところ
     延喜六年日本紀竟宴哥
     誉田天皇」120オ
              西三条右大臣
0490 としへたるふるきうきゝをすてねはそ
   さやけきひかりとをくきこゆる
     豊御食炊屋姫天皇
              貞信公
0491 つゝみをはとよらのみやにつきそめて
   世ゝをへぬれと水はもらさす
     天平十六年正月雪ふかくつもりて侍け」120ウ
     るあしたみこたちかむたちめひきゐ
     て太上天皇の中宮西院にまいりて雪はら
     はせ侍ける御前にめしておほみきたま
     ひけるついてにそうし侍ける
              井手左大臣
0492 ふるゆきのしろかみまてにおほきみに
   つかへまつれはたふとくもあるか
     右大臣の佐保の家にみゆきせさせたま」121オ
     うける日
              聖武天皇御製
0493 あおによしならのみやこのくろ木もて
   つくれるやとはをれとあかぬかも」121ウ

   新勅撰和歌集巻第八
    羈旅哥
     大宰帥に侍ける時府官らひきゐて香
     椎浦にあそひ侍けるによめる
              大納言旅人
0494 いさやこらかしゐのかたにしろたへの
   そてさへぬれてあさなつみてん
     越中守に侍ける時くにのつかさふせの」122オ
     みつうみにあそひ侍ける時よめる
              中納言家持
0495 ふせのうみのおきつしらなみありかよひ
   いやとしのはに見つゝしのはん
     あすかゝはらの御時あふみにみゆき侍
     けるによみ侍ける
              額田王
0496 あきの野にをはなかりふきやとれりし」122ウ
   宇治のみやこのかりいほしそおもふ
     芳野宮にみゆき侍ける時
              持統天皇御製
0497 みよしのゝやましたかせのさむけくに
   はたやこよひもわかひとりねむ
     慶雲三年なにはの宮にみゆきの日
              田原天皇御製
0498 あし辺ゆくかものはかひにしもふりて」123オ
   さむきゆふへのことをしそおもふ
     題しらす    よみひとしらす
0499 いつくにかわかやとりせんたかしまの
   かちのゝはらにこのひくらしつ
0500 くるしくもふりくるあめかみわのさき
   さのゝわたりに家もあらなくに
              弁基法師
0501 まつちやまゆふこえゆきていほさきの」123ウ
   すみたかはらにひとりかもねむ
     亭子院宮瀧御覧しにおはしましけ
     る御ともにつかうまつりてひくらし野と
     いふ所をよみ侍ける
              大納言昇
0502 ひくらしのゆきすきぬともかひもあらし
   ひもとくいもゝまたしとおもへは
     うりふやまをこえ侍とて」124オ
              (+謙徳公)
0503 ゆくひとをとゝめかねてそうりふやま
   みねたちならしゝかもなくらん
     おほしまのなるとゝいふ所にてよみ侍ける
              恵慶法師
0504 みやこにといそくかひなくおほしまの
   なたのかけちはしほみちにけり
     藤原惟規か越後へくたり侍けるにつか
     はしける」124ウ
              伊勢大輔
0505 けふやさはおもひたつらんたひころも
   身にはなれねとあはれとそきく
     題しらす     和泉式部
0506 こし方をやへのしらくもへたてつゝ
   いとゝ山地のはるかなる哉
     みちのくにへまかりける人に
              藤原清正」125オ
0507 かりそめのわかれとおもへとたけくまの
   まつにほとへんことそくやしき
     宇佐使餞に
              左京大夫顕輔
0508 たちわかれはるかにいきのまつほとは
   ちとせをすくす心地せむかも
     題しらす     道因法師
0509 しぬはかりけふたになけくわかれ地に」125ウ
   あすはいくへき心地こそせね
     羈中暁といへるこゝろをよみ侍ける
              入道前太政大臣
0510 たひころもたつあかつきのとりのねに
   つゆよりさきもそてはぬれけり
     別の心をよみ侍ける
              源家長朝臣
0511 わかれ地をゝしあけかたのまきの戸に」126オ
   まつさきたつはなみたなりけり
              藤原親継
0512 わかれゆくかけもとまらすいはし水
   あふさかやまは名のみふりつゝ
     土左国に年へ侍ける時哥あまたよみ
     侍けるに
              藤原兼高
0513 あかつきそなをうきものとしられにし」126ウ
   みやこをいてしありあけのそら
     権大納言忠信哥合し侍けるに旅恋を
     よめる
              藤原信実朝臣
0514 くれにもといはぬわかれのあかつきを
   つれなくいてしたひのそらかな
     旅哥とてよみ侍ける
              前中納言匡房」127オ
0515 またしらぬたひのみちにそいてにける
   野はらしのはら人にとひつゝ
     宇治関白ありまのゆ見にまかりける
     道にて惜秋暮哥よみ侍けるに
              権大納言長家
0516 神なひのもりのあたりにやとはかれ
   くれゆくあきもさそとまるらん
     斎宮群行のすゝかの頓宮にてたひの」127ウ
     うたよみ侍けるに
              権中納言通俊
0517 いそくともけふはとまらむたひねする
   あしのかりいほにもみちゝりけり
     関路暁雪といへる心をよみ侍ける
              権大納言公実
0518 とりのねにあけぬときけはたひころも
   さゆともこえむせきのしらゆき」128オ
     久安百首哥たてまつりけるたひの哥
              皇太后宮大夫俊成
0519 わかおもふ人に見せはやもろともに
   すみたかはらのゆふくれのそら
0520 はるかなるあしやのおきのうきねにも
   ゆめ地はちかきみやこなりけり
     後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍
     けるにたひのこゝろをよみてつかはしける」128ウ
              後徳大寺左大臣
0521 くさまくらむすふゆめ地はみやこにて
   さむれはたひのそらそかなしき
     百首哥たてまつりける時
              後京極摂政前太政大臣
0522 うきまくらかせのよるへもしらなみの
   うちぬるよゐはゆめをたに見す
              式子内親王」129オ
0523 あらいそのたまものとこにかりねして
   われからそてをぬらしつるかな
              源師光
0524 てる月のみちゆくしほにうきねして
   たひのひかすそおもひしらるゝ
     題しらす    鎌倉右大臣
0525 世中はつねにもかもなゝきさこく
   あまのをふねのつなてかなしも」129ウ
     入道二品親王家に五十首哥よみ侍けるに
     海旅
              法印幸清
0526 くれぬとてとまりにかゝるゆふなみに
   ことうらしるきあまのいさり火
     旅泊の心をよみ侍ける
              権中納言頼資
0527 夜をかさねうきねのかすはつもれとも」130オ
   なみちのすゑやなをのこるらん
              正三位知家
0528 なみまくらゆめにも見えすいもかしま
   なにをかたみのうらといふらん
              参議雅経
0529 たちかへりまたもやこえむみねの雲
   あともとゝめぬよものあらしに」130ウ
              真昭法師
0530 月のいろもうつりにけりなたひころも
   すそのゝはきのはなのゆふつゆ
     みやこをはなれてところ/\にまうて
     めくり侍けるころよみ侍ける
              八条院高倉
0531 世をうしとなれしみやこはわかれにき
   いつこのやまをとまりともなし」131オ
0532 しら雲のやへたつやまをたつぬとも
   まことのみちはなをやまとはん
     建暦三年内裏詩哥合羈中眺望と
     いへるこゝろをよみ侍ける
              六条入道前太政大臣
0533 こえわふるやまもいくへになりぬらん
   わけゆくあとをうつむしらくも
     建保二年内裏哥合秋哥」131ウ
              前内大臣
0534 くれはまたわかやとりかはたひ人の
   かちのゝはらのはきのしたつゆ
     世をのかれてのち修行のついてあさか山
     をこえ侍けるにむかしのことおもひいて侍
     てよみ侍ける   蓮生法師
0535 いにしへの我とはしらしあさかやま
   見えしやま井のかけにしあらねは」132オ
     たひのこゝろをよみ侍ける
              前大僧正慈円
0536 かへりこはかさなるやまのみねことに
   とまるこゝろをしほりにはせむ
     みちのくにゝくたり侍ける人をゝくり
     てあはつにとまりてよみ侍ける
              禎子内親王家摂津
0537 あつまちの野ちのくさはのつゆしけみ」132ウ
   ゆくもとまるもそてそしほるゝ
     惟喬のみこのかりしけるともにひころ
     侍てかへりて侍けるを猶とゝめ侍けれはよ
     み侍ける
              業平朝臣
0538 まくらとてくさひきむすふこともせし
   あきの夜とたにたのまれなくに
     なにはにみゆき侍ける時よめる」133オ
              置始東人
0539 大伴のたかしのはまのまつかねを
   まくらにぬれと家しおもほゆ」133ウ

   新勅撰和謌集巻第九
    神祇哥
     延喜六年日本記竟宴哥下照姫
              中納言当時
0540 からころもしたてるひめのつまこひそ
   あめにきこゆるたつならぬねは
     天慶六年竟宴哥国常立尊
              中納言維時
0541 (+あめのしたおさむるはしめむすひをきてよろつよまてにたえぬなりけり)」134オ
     月夜見尊
              源公忠朝臣
0542 つきよみのあめにのほりてやみもなく
   あきらけき世をみるかたのしさ
     天児屋根尊
              橘仲遠
0543 あさな/\てるひのひかりますことに
   こやねのみこといつかわすれん」134ウ
     神楽のとりものうた
0544 さゝわけはそてこそやれめとね河の
   いしはふむともいさかはらより
0545 ゆみといへはしなゝきものとあつさゆみ
   まゆみつきゆみひとしなもなし
     堀河院御時宮いてさせ給へりけるころ
     うへのをのこともまいりてわさとならぬものゝ
     ねなときこえ侍けるに内の御あそひに」135オ
     宮人うたはせたまひけるをおもひいてゝ
     よみ侍ける
              二条太皇太后宮大弐
0546 ゆふしてや神のみやひとたまさかに
   もりいてし夜半ゝ猶そこひしき
     庚申のよみかくらのついてに女房哥
     合し侍けるに
              [示+某]子内親王家宣旨」135ウ
0547 ゆふしてゝいはふいつきのみやひとは
   世ゝにかれせぬさか木をそとる
     潤三月侍けるとし斎院にまいりて長官
     めしいてゝ女房の中につかはしける
              京極前関白太政大臣
0548 はるは猶のこれるものをさくらはな
   しめのうちにはちりはてにけり
     賀茂臨時祭をよみ侍ける」136オ
              法性寺入道前摂政太政大臣
0549 いかなれはかさしのはなは春なから
   をみのころもにしものをくらん
     おなし心をよみ侍ける
              貫之
0550 やまあゐもてすれるころものあかひもの
   なかくそ我は神につかふる
     道因かすゝめ侍ける広田社哥合に社」136ウ
     頭雪をよみ侍ける
              三条入道左大臣
0551 やまあゐもてすれるころもにふるゆきは
   かさすさくらのちるかとそ見る
     臨時祭還立の御神楽をよみ侍ける
              兵部卿成実
0552 たちかへるくもゐの月もかけそへて
   には火うつろふやまあゐのそて」137オ
     かくらをよみ侍ける
              大納言通具
0553 ありあけのそらまたふかくをくしもに
   月かけさゆるあさくらのこゑ
     建保三年百首哥たてまつりけるにみ
     むろやま
              正三位家隆
0554 さか木とりかけしみむろのますかゝみ」137ウ
   そのやまのはと月もくもらす
     百首哥よみ侍けるに
              後京極摂政前太政大臣
0555 すゝかゝはやそせしらなみわけすきて
   神ちのやまのはるをみしかな
0556 かすかやまもりのしたみちふみわけて
   いくたひなれぬさをしかのこゑ
     建保六年内裏哥合秋哥」138オ
              僧正行意
0557 かすかやま山たかゝらしあきゝりの
   うへにそしかのこゑはきこゆる
     日吉社垂跡の心をよみ侍ける
              前大僧正慈円
0558 志賀の浦にいつゝのいろのなみたてゝ
   あまくたりけるいにしへのあと
0559 朝日さすそなたのそらのひかりこそ」138ウ
   やまかけてらすあるしなりけれ
0560 うけとりきうき身なりともまとはすな
   みのりのつきのいりかたのそら
     述懐のうたよみ侍けるに
0561 わかたのむ神もやそてをぬらすらん
   はかなくおつる人のなみたに
     社頭にて八十賀つかうまつりけるによみ
     侍ける」139オ
              祝部成仲
0562 かそふれはやそちのはるになりにけり
   しめのうちなるはなをかさして
     千五百番哥合に
              土御門内大臣
0563 やをよろつ神のちかひもまことには
   みよのほとけのめくみなりけり
     あふひをよみ侍ける」139ウ
              参議雅経
0564 かけていのるそのかみやまのやまひとゝ
   ひともみあれのもろかつらせり
     社頭にたてまつりける述懐哥
              祝部忠成
0565 しもやたひをけとみとりのさか木はに
   ゆふしてかけて世をいのる哉
     題しらす    寂延法師」140オ
0566 もみち葉のあけのたまかきいくあきの
   しくれのあめにとしふりぬらん
     祝のこゝろをよみ侍ける
              賀茂重政
0567 神やまのさか木もまつもしけりつゝ
   ときはかきはのいろそひさしき
     述懐哥よみ侍けるに
              荒木田延成」140ウ
0568 やへさか木しけきめくみのかすそへて
   いやとしのはにきみをいのらん
     するかのくにゝ神拝し侍けるにふし
     の宮によみてたてまつりける
              平泰時
0569 ちはやふる神世のつきのさえぬれは
   みたらしかはもにこらさりけり
     寛喜三年伊勢勅使たてられ侍ける」141オ
     当日まて雨はれかたく侍けるに宣旨
     うけたまはりて本官にこもりて
     祈請し侍けるによみ侍ける
              卜部兼直
0570 あまつかせあめのやへくもふきはらへ
   はやあきらけき日のみかけ見む
      むま時より雨はれ侍にけり
     かくらをよみ侍ける」141ウ
              法印慶算
0571 さとかくらあらしはるかにをとつれて
   よそのねさめもかみさひにけり
     題しらす     恵慶法師
0572 しもかれやならのひろ葉をやひらてに
   さすとそいそく神のみやつこ
              能因法師
0573 みつかきにくちなしそめのころもきて」142オ
   もみちにましるひとやはふりこ」142ウ

   新勅撰和謌集巻第十
    釈教哥
     土左国室戸といふ所にて
              弘法大師
0574 法性のむろとゝいへとわかすめは
   うゐのなみかせよせぬひそなき
     はちすのつゆをよみ侍ける
              空也上人」143オ
0575 有漏の身は草葉にかゝるつゆなるを
   やかてはちすにやとらさりけむ
     いこまのやまのふもとにてをはりとり
     侍けるに
              大僧正行基
0576 のりのつきひさしくもかなとおもへとも
   さ夜ふけにけりひかりかくしつ
     題しらす     千観法師」143ウ
0577 法身の月はわか身をてらせとも
   無明のくもの見せぬなりけり
     あまの戒うけ侍けるに
              大僧正観修
0578 ねむころにとおのいましめうけつれは
   いつゝのさはりあらしとそおもふ
     大僧正明尊山しなてら供養の導師にて
     草木成仏のよしとき侍けるをきゝて」144オ
     あしたにつかはしける
              大僧都深観
0579 草木まてほとけのたねときゝつれは
   このみのならむこともたのもし
     返し       大僧正明尊
0580 たれもみなほとけのたねそをこなはゝ
   この身なからもならさらめやは
     錫杖のこゝろをよみ侍ける」144ウ
0581 むつのわをはなれてみ世のほとけには
   たゝこのつゑにかゝりてそなる
     法成寺入道前摂政家に法華経廿八品哥よま
     せ侍けるに序品
              権大納言行成
0582 むかし見しはなのいろ/\ちりかふは
   けふのみのりのためしなるらん
     五百弟子品」145オ
              法成寺入道前摂政太政大臣
0583 きてつくる人なかりせはころもてに
   かくるたまをもしらすやあらまし
     廿八品哥よみ侍けるに同品
              少僧都源信
0584 そてのうへのたまをなみたとおもひしは
   かけゝむきみにそはぬなりけり
     観音院に御封よせさせ給ける時の御哥」145ウ
              冷泉院太皇太后宮
0585 けふたつるたみのけふりのたえさらは
   きえてはかなきあとをとはなん
     発心和哥集の哥般若心経
              選子内親王
0586 世ゝをへてときくるのりはおほかれと
   これそまことの心なりける
     普賢十願請仏住世」146オ
0587 みなひとのひかりをあふくそらのこと
   のとかにてらせくもかくれせて
     薬王品尽是女身
0588 まれらなるのりをきゝつるみちしあれは
   うきをかきりとおもひぬるかな
     百首哥中に大悲代受苦の心を
              式子内親王
0589 けちかたきひとのおもひに身をかへて」146ウ
   ほのをにさへやたちましるらん
     待賢門院中納言人/\すゝめて法華経廿
     八品の哥よませ侍けるに譬喩品其中衆生
     悉是吾子のこゝろをよめる
              皇太后宮大夫俊成
0590 みなしことなになけきけんよの中に
   かゝるみのりのありけるものを
     随喜功徳品」147オ
0591 たにかはのなかれのすゑをくむ人も
   きくはいかゝはしるしありける
     美福門院極楽六時讃をゑにかゝせら
     れ侍てかくへき哥つかうまつりけるに
     虚空界をとひすきて歓喜国をさして
     ゆかむ
0592 たおりつるはなのつゆたにまたひぬに
   くものいくへをすきてきぬらん」147ウ
     白銀ひかりさかりにて普賢大士来至す
0593 しろたへに月かゆきかと見えつるは
   にしをさしけるひかりなりけり
     舎利報恩講といふことをこなひ侍けるに
              前大僧正慈円
0594 けふのゝりはわしのたかねにいてしひの
   かくれてのちのひかりなりけり
0595 さとりゆく雲はたかねにはれにけり」148オ
   のとかにてらせあきの夜のつき
     金剛界の五部をよみ侍ける仏部
0596 いまはうへにひかりもあらしもち月と
   かきるになれはひときはのそら
     塵点本のこゝろをよみ侍ける
0597 ゐるちりのつもりてたかくなるやまの
   おくよりいてし月を見るかな
     家に百首哥よませ侍ける時五智の大円」148ウ      鏡智のこゝろを
              後法性寺入道前関白太政大臣
0598 くもりなくみかきあらはすさとりこそ
   まとかにすめるかゝみなりけれ
     阿含経      藤原隆信朝臣
0599 ありとやはかせまつほとをたのむへき
   をしかなく野にをけるしら露
     安楽行品     藤原盛方朝臣」149オ
0600 やまふかみまことのみちにいるひとは
   のりのはなをやしほりにはする
     法華経提婆品のこゝろを
              法印慶忠
0601 のりのため身をしたかへしやま人に
   かへりて道のしるへをそする
     紫式部ためとて結縁経供養し侍ける
     所に薬草喩品をゝくり侍とて」149ウ
              権大納言藤原宗家
0602 のりのあめに我もやぬれんむつましき
   わかむらさきのくさのゆかりに
     廿八品哥よみ侍けるに寿量品
              八条院高倉
0603 身をすてゝこひぬこゝろそうかりける
   いはにもおふるまつはあるよに
     陀羅尼品」150オ
0604 あまつそらくものかよひちそれならぬ
   をとめのすかたいつかまち見む
     勧発品受持仏語作礼而去
              寂然法師
0605 ちり/\にわしのたかねをおりそゆく
   みのりのはなをいへつとにして
     薩[土+垂]王子のこゝろをよみ侍ける
              殷富門院大輔」150ウ
0606 身をすつるころもかけゝるたけのはの
   そよいかはかりかなしかりけん
     百首哥よみ侍けるに十界哥人界
              後京極摂政前太政大臣
0607 ゆめのよに月日はかなくあけくれて
   またはえかたき身をいかにせん
     菩薩
0608 秋の月もちはひと夜のへたてにて」151オ
   かつ/\かけそのこるくまなき
     十二光仏のこゝろをよみ侍ける不断光
     仏        源季広
0609 月かけはいるやまの葉もつらかりき
   たえぬひかりを見るよしも哉
     如来無辺誓願仕のこゝろをよめる
              鑁也法師
0610 かすしらぬちゝのはちすにすむ月を」151ウ
   こゝろの水にうつしてそみる
     中道観のこゝろをよみ侍ける
              信生法師
0611 なかむれはこゝろのそらにくもきえて
   むなしきあとにのこる月かけ
     悲鳴[口+幼]咽痛恋本群といへる心をよめる
              寂然法師
0612 たちはなれこはきかはらになくしかは」152オ
   みちふみまとふ友やこひしき
     自惟孤露のこゝろを
              寂超法師
0613 とことはにたのむかけなきねをそなく
   つるのはやしのそらをこひつゝ
     十戒哥よみ侍けるに不殺生戒
              法眼宗円
0614 けふよりはかりにもいつなきゝすなく」152ウ
   かたのゝみのはしもむすふなり
     不偸盗戒
0615 こえしたゝおなしかさしの名もつらし
   たつたのやまの夜半のしらなみ
     不慳貧戒
0616 こけのしたにくちせぬ名こそかなしけれ
   とまれはそれもおしむならひに
     経教如鏡のこゝろをよめる」153オ
              蓮生法師
0617 のちの世をてらすかゝみのかけを見よ
   しらぬおきなはあふかひもなし
     十如是のこゝろをよみ侍ける本来究
     竟等       寂然法師
0618 をさゝはらあるかなきかのひとふしに
   もともすゑはもかはらさりけり
     後法性寺入道前関白舎利講のついて」153ウ
     ひと/\に十如是哥よませ侍けるに如是
     躰の心を
              後京極摂政前太政大臣
0619 はるの夜のけふりにきえし月かけの
   のこるすかたも世をてらしけり
     如是性      讃岐
0620 すむとてもおもひもしらぬ身のうちに
   したひてのこるありあけの月」154オ
     大輔人/\に十首哥すゝめて天王寺に
     まうてけるによみ侍ける
              殷富門院新中納言
0621 とゝめけるかたみを見てもいとゝしく
   むかしこひしきのりのあとかな
     天王寺の西門にてよみ侍ける
              郁芳門院安芸
0622 さはりなくいるひを見てもおもふかな」154ウ
   これこそにしのかとてなりけれ
     おいのゝち天王寺にこもりゐて侍ける時
     ものにかきつけて侍ける
              後白河院京極
0623 にしのうみいるひをしたふかとてして
   きみのみやこにとをさかりぬる
     なき人の手にものかきてと申ける人
     に光明真言をかきてをくり侍とて」155オ
              高弁上人
0624 かきつくるあとにひかりのかゝやけは
   くらきみちにもやみはゝるらん
     なにことかと申たりける人の返事
     につかはしける
0625 きよたきやせゝのいはなみたかをやま
   ひともあらしのかせそ身にしむ
0626 ゆめのよのうつゝなりせはいかゝせむ」155ウ
   さめゆくほとをまてはこそあれ
     住房の西のたににいはほあり定心石と
     なつく松あり縄床樹となつくもとふ
     たえたにして坐するにたよりあり正月
     雪ふる日すこしひまあるほと坐禅する
     に松のあらしはけしくふきてすみそ
     めのそてにあられのふりつもりて侍ける
     をつゝみていしのうへをたつとて」156オ
     衣裏明珠のたとひをおもひいてゝよ
     み侍ける
0627 まつのしたいはねのこけにすみそめの
   そてのあられやかけしゝらたま」156ウ

(白紙)」1オ
   新勅撰和謌集巻第十一
    恋哥一
     題しらす
              よみひとしらす
0628 ゆめにたにまた見ぬひとのこひしきは
   そらにしめゆふ心地こそすれ
0629 いにしへはありもやしけむ今そしる
   また見ぬひとをこふるものとは」1ウ
0630 かすかやまあさゐるくものおほつかな
   しらぬ人にもこひわたるかな
0631 あしわかのうらにきよするしらなみの
   しらしなきみはわれおもふとも
0632 いはみかたうらみそふかきおきつなみ
   よするたまもにうつもるゝ身は
0633 なにはえのこやに夜ふけてあまのたく
   しのひにたにもあふよしも哉」2オ
0634 あさな/\あまのさほさすうらふかみ
   をよはぬこひも我はするかな
     女につかはしける
              業平朝臣
0635 いへはえにいはねはむねにさはかれて
   こゝろひとつになけくころ哉
     はしめて人につかはしける
              権中納言敦忠」2ウ
0636 雲井にてくもゐに見ゆるかさゝきの
   はしをわたるとゆめに見し哉
     返し       よみひとしらす
0637 ゆめならは見ゆるなるらんかさゝきは
   このよのひとのこゆるはしかは
     下らうに侍ける時本院侍従につかはし
     ける       忠義公
0638 いろにいてゝいまそしらするひとしれす」3オ
   おもひわひつるふかきこゝろを
     中将に侍ける時おなし女につかはしける
              中納言朝忠
0639 いはてのみおもふこゝろをしる人は
   ありやなしやとたれにとはまし
     返し       本院侍従
0640 しるひとやそらになからんおもふなる
   こゝろのそこのこゝろならては」3ウ
     和泉式部につかはしける
              大宰帥敦道親王
0641 うちいてゝもありにしものをなか/\に
   くるしきまてもなけくけふかな
     返し       和泉式部
0642 けふのまのこゝろにかへておもひやれ
   なかめつゝのみすくす月日を
     ひとのむすめと物かたりし侍けるを女」4オ
     のおやきゝつけてもろともにゐあかし
     侍にけるあしたにつかはしける
              藤原高光
0643 こひやせんわすれやしなんぬともなく
   ねすともなくてあかしつる夜を
     題しらす     道信朝臣
0644 いつまてとわか世中もしらなくに
   かねてもゝのをおもはするかな」4ウ
              相模
0645 いかてかはあまつそらにもかすむへき
   こゝろのうちにはれぬおもひを
     五節のころまひゝめ(+の)さしくしをとりて
     返しつかはすとて
              藤原義孝
0646 ひとしれぬこゝろひとつになけきつゝ
   つけのをくしそさすそらもなき」5オ
     五節所に侍ける女いみしう見えぬと申      けるあしたひかけにつけてつかはし
     ける       大宰大弐高遠
0647 ひかけさしをとめのすかた見てしより
   うわのそらなるものをこそおもへ
     題しらす     躬恒
0648 やまかけにつくるやま田のみかくれて
   ほにいてぬこひに身をやつくさむ」5ウ
     女につかはしける
              業平朝臣
0649 そてぬれてあまのかりほすわたつみの
   見るをあふにてやまむとやする
     返し       よみ人しらす
0650 いはまよりおふるみるめしつれなくは
   しほひしほみちかひもありなん
     題しらす     小町」6オ
0651 みなといりのたまつくり江にこくふねの
   をとこそたてねきみをこふれと
0652 みるめかるあまのゆきゝのみなとちに
   なこそのせきもわかすゑなくに
              よみひとしらす
0653 いとへともなをすみのえのうらにほす
   あみのめしけきこひもする哉
0654 こひわたるころものそてはしほみちて」6ウ
   みるめかつかぬなみそたちける
     堀河院艶書の哥をひと/\にめして女房
     のもとにつかはして返哥をめしける時よみ
     侍ける      権大納言公実
0655 としふれといはてくちぬるむもれ木の
   おもふこゝろはふりぬこひ哉
     返し       康資王母
0656 ふかゝらしみなせのかはのむもれ木は」7オ
   したのこひちにとしふりぬとも
     恋十首哥よみ侍けるに
              神祇伯顕仲
0657 こひのやましけきをさゝのつゆわけて
   いりそむるよりぬるゝそてかな
     久安百首哥たてまつりけるこひの哥
              待賢門院堀河
0658 かくとたにいはぬにしけきみたれあしの」7ウ
   いかなるふしにしらせそめまし
0659 そてぬるゝ山井のしみついかてかは
   人めもらさてかけを見るへき
              皇太后宮大夫俊成
0660 ちらはちれいはせのもりのこからしに
   つたへやせましおもふことのは
0661 なみたかはそてのみわたにわきかへり
   ゆくかたもなきものをこそおもへ」8オ
              清輔朝臣
0662 をのつからゆきあひのわせをかりそめに
   見し人ゆへやいねかてにせん
0663 わかこひをいはてしらするよしも哉
   もらさはなへて世にもこそちれ
     二条院御時こひのうためしけるに
              権大納言宗家
0664 ひとめをはつゝむとおもふをせきかねて」8ウ
   そてにあまるはなみたなりけり
     百首哥よみ侍けるに忍恋のこゝろを
              前大納言資賢
0665 おもひやる方こそなけれをさふれと
   つゝむ人めにあまるなみたは
     家に百首哥よみ侍けるに
              後法性寺入道前関白太政大臣
0666 くれなゐのなみたをそてにせきかねて」9オ
   けふそおもひのいろにいてぬる
              皇嘉門院別当
0667 おもひかはいはまによとむ水くきを
   かきなかすにもそてはぬれけり
              宜秋門院丹後
0668 そてのうへのなみたそいまはつらからぬ
   ひとにしらるゝはしめとおもへは
     恋哥よみ侍けるに」9ウ
              皇太后宮大夫俊成
0669 みしめひきうつきのいみをさすひより
   こゝろにかゝるあふひくさかな
     刑部卿頼輔哥合し侍けるによみてつか
     はしける忍恋
0670 いかにしてしるへなくともたつねみん
   しのふのやまのおくのかよひち
     題しらす     西行法師」10オ
0671 あつまちやしのふのさとにやすらひて
   なこそのせきをこえそわつらふ
              正三位家隆
0672 ひとしれすしのふのうらにやくしほの
   わかなはまたきたつけふりかな
     百首哥たてまつりけるこひの哥
              宜秋門院丹後
0673 いはぬまはこゝろひとつにさはかれて」10ウ
   けふりもなみもむねにこそたて
              源師光
0674 わかこゝろいかなるいろにいてぬらん
   また見ぬ人をおもひそめつゝ
              権中納言定家
0675 まつかねをいそへのなみのうつたへに
   あらはれぬへきそてのうへ哉
     堀河院に百首哥たてまつりける忍恋」11オ
              前中納言匡房
0676 はるくれはゆきのした草したにのみ
   もえいつるこひをしる人そなき
              藤原仲実朝臣
0677 あふことのかたのゝを野ゝしのすゝき
   ほにいてぬこひはくるしかりけり
              基俊
0678 なみまよりあかしのうらにこくふねの」11ウ
   ほにはいてすもこひわたるかな
     久安百首哥たてまつりけるこひの哥
              清輔朝臣
0679 としふれとしるしもみえぬわかこひや
   ときはのやまのしくれなるらん
     題しらす     大納言通具
0680 人しれすおもひそめつとしらせはや
   あきのこの葉のつゆはかりたに」12オ
              寂蓮法師
0681 くれなゐのちしほもあかすみむろやま
   いろにいつへきことのはも哉
              参議雅経
0682 まさきちるやまのあられのたまかつら
   かけしこゝろやいろにいつらん
              右衛門督為家
0683 おくやまのひかけのつゆのたまかつら」12ウ
   人こそしらねかけてこふれと
     うへのをのことも未見恋といへる心を
     つかうまつりけるついてに
              御製
0684 やまの葉をわけいつる月のはつかにも
   見てこそひとは人をこふなれ
     恋哥よみ侍けるに
              大納言実家」13オ
0685 ふみそむるこひちのすゑにあるものは
   ひとのこゝろのいは木なりけり
              正三位経家
0686 つくはやまは山しけやまたつね見む
   こひにまされるなけきありやと
     入道二品親王家に五十首哥よみ侍ける
     に寄煙恋
              入道前太政大臣」13ウ
0687 ふしのねのそらにやいまはまかへまし
   わか身にけたぬむなしけふりを
     百首哥よみ侍ける忍恋
              前関白
0688 わかこひのもえてそらにもまかひなは
   ふしのけふりといつれたかけん
              関白左大臣
0689 わかこひはなみたをそてにせきとめて」14オ
   まくらのほかにしる人もなし
     題しらす     八条院六条
0690 わかとこのまくらもいかにおもふらん
   なみたかゝらぬ夜はしなけれは
     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0691 かはつなく神なひかはにさくはなの
   いはぬいろをも人のとへかし」14ウ
     恋哥よみ侍けるに
              殷富門院大輔
0692 うちしのひおつるなみたのしらたまの
   もれこほれてもちりぬへき哉
              権大納言家良
0693 しのひかねなみたのたまのをゝたえて
   こひのみたれそゝてに見えゆく
     前関白家哥合に寄糸恋」15オ
              正三位家隆
0694 たかために人のかたいとよりかけて
   わかたまのをのたえむとすらん
     家哥合に     後京極摂政前太政大臣
0695 よしのかははやきなかれをせくいはの
   つれなきなかに身をくたくらん
     こひのうたあまたよみ侍けるに
              藤原頼氏朝臣」15ウ
0696 つれなさのためしはありとよしのかは
   いはとかしはをあらふしらなみ
     前参議経盛哥合し侍けるに
              藤原盛方朝臣
0697 すみたかはせきりにむせふ水のあわの
   あはれなにしにおもひそめけむ
     左京大夫顕輔家哥合に
              法性寺入道前関白家参河」16オ
0698 ひとしれすねをのみなけはころも河
   そてのしからみせかぬひそなき
     平経正朝臣哥合し侍ける恋哥
              源有房朝臣
0699 なみたかはそてのしからみかけとめて
   あはぬうきなをなかさすも哉
              道因法師
0700 つらきにもうきにもおつるなみたかは」16ウ
   いつれのかたかふちせなるらん
     題しらす     平重時
0701 こかれゆくおもひをけたぬなみたかは
   いかなるなみのそてぬらすらん
     百首哥たてまつりけるこひのうた
              如願法師
0702 やまかはのいしまのみつのうすこほり
   われのみしたにむせふころかな」17オ
     建保六年内裏哥合恋哥
              権大納言忠信
0703 まきもくのあなしのかはのかはかせに
   なひくたまものみたれてそおもふ
     題しらす     侍従具定母
0704 なかれてのなをさへしのふおもひかは
   あはてもきえねせゝのうたかた
              正三位家隆」17ウ
0705 おもひ河身をはやなからみつのあはの
   きえてもあはむ浪のまも哉
     恋の心をよみ侍ける
              権中納言長方
0706 おちたきつはやせのかはもいはふれて
   しはしはよとむなみたとも哉
              皇太后宮大夫俊成
0707 世とゝもにたえすもおつるなみた哉」18オ
   ひとはあはれもかけぬたもとに」18ウ

   新勅撰和謌集巻第十二
    恋哥二
     寛平御時きさいの宮の哥合哥
              よみ人しらす
0708 なつむしにあらぬわか身のつれもなく
   ひとをおもひにもゆるころ哉
0709 夏草のしけきおもひはかやり火の
   したにのみこそもえわたりけれ」19オ
0710 としをへてもゆてふふしのやまよりも
   あはぬおもひは我そまされる
     下らうに侍ける時女につかはしける
              清慎公
0711 たれにかはあまたおもひもつけそめし
   きみより又はしらすそありける
     題しらす     伊勢
0712 やまかはのかすみへたてゝほのかにも」19ウ
   見しはかりにやこひしかるらん
0713 み山木のかけのこくさはわれなれや
   つゆしけゝれとしるひともなき
     女を見てつかはしける
              謙徳公
0714 たとふれはつゆもひさしき世中に
   いとかくものをおもはすも哉
     返し       とはりあけの女王」20オ
0715 あくるまもひさしてふなるつゆのよは
   かりにもひとをしらしとそおもふ
     神な月のついたち女につかはしける
              東三条入道摂政太政大臣
0716 なけきつゝかへすころものつゆけきに
   いとゝそらさへしくれそふらん
     題しらす     本院侍従
0717 にはたつみゆくかたしらぬものおもひに」20ウ
   はかなきあわのきえぬへきかな
              道信朝臣
0718 としをへてものおもふひとのからころも
   そてやなみたのとまりなるらん
              よみひとしらす
0719 かたいともてぬきたるたまのをゝよはみ
   みたれやしなむひとのしるへく
0720 こひわひぬあまのかるもにやとるてふ」21オ
   われから身をもくたきつるかな
0721 いかたおろすそまやまかはの身なれさお
   さしてくれともあはぬきみかな
0722 みや木ひくいつみのそまにたつたみの
   やむときもなくこひわたるかも
0723 とをつひとかりちのいけにすむをしの
   たちてもゐてもきみをしそおもふ
0724 あさかしはぬるやかはへのしのゝめの」21ウ
   おもひてぬれはゆめに見えつゝ
0725 さをしかのあさふすをのゝくさわかみ
   かくろへかねてひとにしらるな
0726 しらやまのゆきのしたくさ我なれや
   したにもえつゝとしのへぬらん
              広河女王
0727 こひくさをちからくるまになゝくるま
   つみてこふらくわかこゝろから」22オ
              九条右大臣
0728 ふしのねにけふりたえすときゝしかと
   わかおもひにはたちをくれけり
     なき名たち侍ける女につかはしける
              権中納言敦忠
0729 しほたるゝあまのぬれきぬおなし名を
   おもひかへさてきるよしも哉
     つれなかりける女につかはしける」22ウ
              右近大将道綱
0730 さころものつまもむすはぬたまのをの
   たえみたえすみ世をやつくさん
     題しらす    よみひとしらす
0731 あふさかの名をはたのみてこしかとも
   へたつるせきのつらくもあるかな
0732 きみにあはむそのひをいつとまつの木の
   こけのみたれてものをこそおもへ」23オ
0733 いかはかりものおもふときのなみたかは
   からくれなゐにそてのぬるらん
     秋とちきりて侍けるにえあふましき
     ゆへ侍けれは業平朝臣につかはしける
0734 あきかけていひしなからもあらなくに
   このはふりしく江にこそありけれ
     兵部卿元良のみこふみつかはしけ
     る返ことによみ侍ける」23ウ
              修理
0735 たかくともなにゝかはせんくれたけの
   ひと夜ふたよのあたのふしをは
     堀河院女房の艶書をめしけるによみ
     侍ける      堀河院中宮上総
0736 つらしともいさやいかゝはいはし水
   あふせまたきにたゆるこゝろは
     返し       前大納言俊実」24オ
0737 世ゝふともたえしとそおもふ神かきや
   いはねをくゝるみつのこゝろは
     久安百首哥たてまつりける恋哥
              大炊御門右大臣
0738 手にとりてゆらくたまのをたえさりし
   人はかりたにあひみてしかな
              左京大夫顕輔
0739 としふれと猶いはしろのむすひまつ」24ウ
   とけぬものゆへ人もこそしれ
     堀河院に百首哥たてまつりける時
              権中納言国信
0740 くりかへしあまてる神のみやはしら
   たてかふるまてあはぬきみ哉
     恋哥よみ侍けるに
              藤原為忠朝臣
0741 すみよしのち木のかたそきわれなれや」25オ
   あはぬものゆへとしのへぬらん
     建仁元年八月の哥合に久恋
              入道前太政大臣
0742 まちわひてみとせもすくるとこのうへに
   猶かはらぬはなみたなりけり
     うへのをのことも忍久恋といへる心を
     つか(か+う)まつりけるついてに
              御製」25ウ
0743 よそにのみおもひふりにしとし月の
   むなしきかすそつもるかひなき
     建保五年四月庚申久恋といへる心をよ
     み侍ける     権中納言定家
0744 こひしなぬ身のをこたりそとしへぬる
   あらはあふよのこゝろつよさに
              参議雅経
0745 つれなしとたれをかいはむたかさこの」26オ
   まつもいとふもとしはへにけり
     建保三年内大臣家百首哥よみ侍けるに
     名所恋といへる心をよめる
              源有長朝臣
0746 たかさこのおのへに見ゆるまつのはの
   われもつれなく人をこひつゝ
     庚申久恋哥
              源家長朝臣」26ウ
0747 いたつらにいくとしなみのこえぬらん
   たのめかをきしすゑのまつやま
              如願法師
0748 あたに見しひとのこゝろのゆふたすき
   さのみはいかゝかけてたのまん
     題しらす     殷富門院大輔
0749 あひみてもさらぬわかれのあるものを
   つれなしとてもなになけくらん」27オ
     百首哥めしける時
              崇徳院御製
0750 をろかにそことのはならはなりぬへき
   いはてやきみにそてを見せまし
0751 さきの世のちきりありけんとはかりも
   身をかへてこそ人にしられめ
              権大納言隆季
0752 あふさかのせきのせきもりこゝろあれや」27ウ
   いはまのしみつかけをたに見む
     前関白家家哥合に寄鳥恋といへるこゝろ
     をよみ侍ける
              典侍因子
0753 よそにのみゆふつけとりのねをそなく
   その名もしらぬせきのゆきゝに
     恋哥よみ侍けるに
              殷富門院大輔」28オ
0754 またこえぬあふさかやまのいはし水
   むすはぬそてをしほるものかは
              中宮少将
0755 いかにせんこひちのすゑにせきすへて
   ゆけともとをきあふさかのやま
              祝部成茂
0756 あふさかのやまはゆきゝのみちなれと
   ゆるさぬせきはそのかひもなし」28ウ
     賀茂重保社頭にて哥合し侍けるに恋
     のこゝろをよめる
              勝命法師
0757 こひちにはたかすへをきしせきなれは
   おもふこゝろをとおさゝるらん
              藤原伊経朝臣
0758 こひちにはまつさきにたつわかなみた
   おもひかへらんしるへともなれ」29オ
     題しらす     権中納言長方
0759 伊勢の海おふのうらみをかさねつゝ
   あふことなしの身をいかにせん
              寂蓮法師
0760 おふのうみのおもはぬうらにこすしほの
   さてもあやなくたつけふりかな
     入道二品親王家五十首寄煙恋
              参議雅経」29ウ
0761 うらみしななにはのみ津にたつけふり
   こゝろからやくあまのもしほ火
              正三位知家
0762 うらみてもわか身のかたにやくしほの
   おもひはしるくたつけふりかな
     関白左大臣家百首忍恋
              源家長朝臣
0763 しらせはやおもひいりえのたまかしは」30オ
   ふねさすさほのしたにこかると
     恋哥よみ侍けるに
              藤原行能朝臣
0764 かすならぬみしまかくれにこくふねの
   あとなきものはおもひなりけり
              寂延法師
0765 はるかすみたなゝしをふねいりえこく
   をとにのみきく人をこひつゝ」30ウ
              殷富門院大輔
0766 うかりけるよさのうらなみかけてのみ
   おもふにぬるゝそてを見せはや
     崇徳院御時うへのをのことも忍恋哥
     つかうまつりけるに
              皇太后宮大夫俊成
0767 わかこひはなみこすいそのはまひさき
   しつみはつれとしるひともなし」31オ
     堀河院御時殿上にて題をさくりて十首
     哥よみ侍けるにしほかまをよみ侍ける
              権中納言国信
0768 うらむともきみはしらしなすまの浦に
   やくしほかまのけふりならねは
     家に百首哥よみ侍けるに不遇恋の心
     を        後法性寺入道前関白太政大臣
0769 わかこひはあはてのうらのうつせかひ」31ウ
   むなしくのみもぬるゝそて哉
     百首哥たてまつりける時恋哥
              入道前太政大臣
0770 いはみかたひとのこゝろはおもふにも
   よらぬたまものみたれかねつゝ
     後京極摂政家に百首哥よませ侍ける恋
     哥        高松院右衛門佐
0771 いそなつむあまのしるへをたつねつゝ」32オ
   きみを見るめにうくなみた哉
              藤原隆信朝臣
0772 世とゝもにかはくまもなきわかそてや
   しほひもわかぬなみのしたくさ
     題しらす     正三位家隆
0773 はるのなみのいり江にまよふはつくさの
   はつかに見えしひとそこひしき
     女につかはしける」32ウ
              前大納言隆房
0774 ひとしれぬうき身にしけきおもひくさ
   おもへはきみそたねはまきける
     女のゆかりをたつねてつかはしける
              左近中将公衡
0775 つたへてもいかにしらせむおなし野ゝ
   おはなかもとのくさのゆかりに
     題をさくりてうたよみ侍けるに思草」33オ
     をよめる     前中納言国通
0776 したにのみいはてふるのゝおもひくさ
   なひくおはなはほにいつれとも
     こひのこゝろをよみ侍ける
              藤原頼氏朝臣
0777 さしも草もゆるいふきのやまのはの
   いつともわかぬおもひなりけり
     百首哥よみ侍けるに不遇恋」33ウ
              関白左大臣
0778 いつまてかつれなきなかのおもひくさ
   むすはぬそてにつゆをかくへき
     百首哥たてまつりける時こひの哥
              入道前太政大臣
0779 あふまてとくさをふゆのにふみからし
   ゆきゝのみちのはてをしらはや
              参議雅経」34オ
0780 みよしのゝみくまかすけをかりにたに
   見ぬものからやおもひみたれん
0781 きえぬともあさちかうへのつゆしあれは
   猶おもひをくいろやのこらん
     建保六年内裏哥合恋哥
              正三位知家
0782 ひとめもるわかゝよひちのしのすゝき」34ウ
   いつとかまたんあきのさかりを」35オ

   新勅撰和歌集巻第十三
    恋哥三
     けふとたのめける女につかはしける
              実方朝臣
0783 大井かはゐせきによとむみつなれや
   けふくれかたきなけきをそする
     女につかはしけるひとにかはりてよみ
     侍ける      郁芳門院安芸
0784 こえはやなあつまちときくひたちおひの
   かことはかりのあふさかのせき
     百首哥めしける時
              崇徳院御製
0785 こひ/\てたのむるけふのくれはとり
   あやにくにまつほとそひさしき
     後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍ける
     初遇恋      皇太后宮大夫俊成」36オ
0786 おもひわひいのちたえすはいかにして
   けふとたのむるくれをまたまし
              皇嘉門院別当
0787 うれしきもつらきもおなし涙にて
   あふ夜もそては猶そかはかぬ
     法性寺入道前関白家哥合に
              基俊
0788 かつ見れと猶そこひしきわきもこか」36ウ
   ゆつのつまくしいかゝさゝまし
     題しらす     謙徳公
0789 かなしさもあはれもたくひおほかるを
   ひとにふるさぬことのはも哉
              京極前関白(白+家)肥後
0790 ひとめもるやまゐのし水むすひても
   猶あかなくにぬるゝそてかな
     後朝の心を    土御門内大臣」37オ
0791 きぬ/\になるともきかぬとりたにも
   あけゆくほとそこゑもおしまぬ
              八条院高倉
0792 あふことを又(又+は)まつ夜もなきものを
   あはれもしらぬとりのこゑかな
     家に百首哥よませ侍けるに
              関白左大臣
0793 名にしおはぬゆふつけとりのなきそめて」37ウ
   あくるわかれのこゑもうらめし
              中宮少将
0794 をのかねにつらきわかれはありとたに
   おもひもしらてとりやなくらん
              源有長朝臣
0795 かへるさをゝのれうらみぬとりのねも
   なきてそつくるあけかたのそら
     恋哥よみ侍けるなかに」38オ
              権中納言家良
0796 うかりけるたかあふことのならひより
   ゆふつけとりのねにわかれけん
     ありあけのころものこしにあひたる
     人につかはしける
              さかみ
0797 あけかたにいてにし月もいりぬらん
   猶なかそらのくもそみたるゝ」38ウ
     陽成院哥合に
              よみ人しらす
0798 おしとおもふいのちにかへてあかつきの
   わかれのみちをいかてとゝめむ
     題しらす
0799 あけぬとてちとりしはなくしろ妙の
   きみかたまくらいまたあかなくに
     家の哥合に」39オ
              後京極摂政前太政大臣
0800 わすれしのちきりをたのむわかれかな
   そらゆく月のすゑをかそへて
     暁恋のこゝろをよみ侍ける
              鎌倉右大臣
0801 さむしろにつゆのはかなくをきていなは
   あかつきことにきえやわたらん
     恋哥よみ侍けるに」39ウ
              八条院高倉
0802 わすれしのたゝひとことをかたみにて
   ゆくもとまるもぬるゝそて哉
              内大臣
0803 なをさりのそてのわかれのひとことを
   はかなくたのむけふのくれかな
              権大納言忠信
0804 ちきりをくしらぬいのちをうらみても」40オ
   あかつきかけてねをのみそなく
              左近中将基良
0805 いまはとてわかれしまゝのとりのねを
   わすれかたみのしのゝめのそら
     前関白家哥合に寄鳥恋といへる心を
     よみ侍ける    中宮少将
0806 あかつきのゆふつけとりもしらつゆの
   をきてかなしきためしにそなく」40ウ
     千五百番哥合に
              侍従具定母
0807 くれなはとたのめても猶あさつゆの
   をきあへぬとこにきえぬへきかな
     堀河院に百首哥たてまつりける時後朝
     恋        京極前関白(白+家)肥後
0808 そまかはのせゝのしらなみよるなから
   あけすはなにかくれをまたまし」41オ
     後法性寺入道前関白家百首哥
              皇太后宮大夫俊成
0809 となせ河いはまにたゝむいかたしや
   なみにぬれてもくれをまつらん
     二条院に百首哥たてまつりける時後朝
     哥        大宰大弐重家
0810 あひ見てもかへるあしたのつゆけさは
   さゝわけしそてにおとりしもせし」41ウ
     関白左大臣家百首後朝恋
              源家長朝臣
0811 きぬ/\のつらきためしにたれなりて
   そてのわかれをゆるしそめけむ
     別恋といふこゝろをよめる
              法印幸清
0812 あふさかのゆふつけとりもわかれ地を
   うきものとてやなきはしめけむ」42オ
     懇切恋といふこゝろをよみ侍ける
              藤原隆祐
0813 いかにせんくれ(れ+を)まつへきいのちたに
   猶たのまれぬ身をなけきつゝ
     題しらす     西行法師
0814 きえかへりくれまつそてそしほれぬる
   をきつるひとはつゆならねとも
              よみ人しらす」42ウ
0815 うつゝともゆめともなくてあけにけり
   けさのおもひはたれまさるらん
              権大納言実国
0816 うつゝともゆめともたれかさたむへき
   世ひともしらぬけさのわかれは
     女のもとよりかへりてつかはしける
              謙徳公
0817 つゆよりもいかなる身とかなりぬらん」43オ
   をきところなきけさのこゝろは
     題しらす     伊勢
0818 あひ見てもつゝむおもひのかなしきは
   ひとまにのみそねはなかれける
              中納言兼輔
0819 しのゝめのあくれはきみはわすれけり
   いつともわかぬ我そかなしき
              源宗于朝臣」43ウ
0820 しらつゆのをくをまつまのあさかほは
   みすそなか/\あるへかりける
     女のもとよりかへりてつかはしける
              業平朝臣
0821 我ならてしたひもとくなあさかほの
   ゆふかけまたぬはなにはありとも
     題しらす     延喜御製
0822 あかてのみふれはなりけりあはぬ夜も」44オ
   あふよも人をあはれとそおもふ
     あしたにつかはしける
              大宰帥敦道親王
0823 こひといへはよのつねのとやおもふらむ
   けさのこゝろはたくひたになし
     返し       和泉式部
0824 よのつねのことゝもさらにおもほえす
   はしめてものをおもふ身なれは」44ウ
     題しらす
0825 ゆめにたに見てあかしつるあかつきの
   こひこそこひのかきりなりけれ
              謙徳公
0826 とりのねにいそきいてにし月かけの
   のこりおほくてあけしそらかな
     家哥合に夜恋のこゝろを
              後京極摂政前太政大臣」45オ
0827 みしひとのねくたれかみのおもかけに
   なみたかきやるさよのたまくら
     昼恋       大蔵卿有家
0828 くもとなりあめとなるてふなかそらの
   ゆめにも見えよゝるならすとも
     恋哥とてよみ侍ける
              中納言親宗
0829 うたゝねのはかなきゆめのさめしより」45ウ
   ゆふへのあめを見るそかなしき
     後京極摂政家百首哥よみ侍けるに
              小侍従
0830 雲となりあめとなりても身にそはゝ
   むなしきそらをかたみとや見む
0831 いかなりしときそやゆめに見しことは
   それさへにこそわすられにけれ
     恋哥とてよみ侍ける」46オ
              従三位頼政
0832 きみこふとゆめのうちにもなくなみた
   さめてのゝちもえこそかはかね
              清輔朝臣
0833 いかにしてさめしなこりのはかなさそ
   またもみさりし夜半のゆめ哉
     久安百首哥たてまつりける恋哥
              堀河」46ウ
0834 ゆめのこと見しはひとにもかたらぬに
   いかにちかへてあはぬなるらん
     百首哥たてまつりける恋哥
              前関白
0835 見るとなきやみのうつゝにあくかれて
   うちぬるなかのゆめやたえなん
              権大納言忠信
0836 わかこゝろやみのうつゝはかひもなし
   ゆめをそたのむくるゝ夜ことに」47オ
     題しらす    藤原永光
0837 さりともとたのむもかなしむはたまの
   やみのうつゝのちきりはかりは
     師光哥合し侍けるに恋のこゝろをよめる
              藤原隆信朝臣
0838 こひしなむのちのうき世はしらねとも
   いきてかひなきものはおもはし
     後法性寺入道前関白家百首哥」47ウ
              俊恵法師
0839 あかつきのとりそおもへははつかしき
   ひと夜はかりになにいとひけん
     題しらす    よみ人しらす
0840 たまのをのたえてみしかきなつの夜の
   夜半になるまてまつ人のこぬ
              二条院皇后宮常陸
0841 とへかしなあやしきほとのゆふくれの」48オ
   あはれすくさぬなさけはかりに
              建礼門院右京大夫
0842 わすれしのちきりたかはぬ世なりせは
   たのみやせましきみかひとこと
     内にさふらひける人のこよひはかなら
     すと申ける返ことにつかはしける
              高松院右衛門佐
0843 これもまたいつはりそとはしりなから」48ウ
   こりすやけふのくれをまたまし
     こひのうたよみ侍けるに
              中宮少将
0844 いつはりとおもひとられぬゆふへこそ
   はかなきものゝかなしかりけれ
     百首哥めされける時
              後京極摂政前太政大臣
0845 なみたせくそてにおもひやあまるらん」49オ
   なかむるそらもいろかはるまて
0846 うきふねのたよりもしらぬなみちにも
   見しおもかけのたゝぬひそなき
              式子内親王
0847 わきもこかたまものとこによるなみの
   よるとはなしにほさぬそて哉
     建保六年内裏哥合恋哥
              前内大臣」49ウ
0848 まつしまやわか身のかたにやくしほの
   けふりのすゑをとふ人も哉
              権中納言定家
0849 こぬひとをまつほのうらのゆふなきに
   やくやもしほの身もこかれつゝ
     題しらす     権中納言長方
0850 こひをのみすまのしほひにたまもかる
   あまりにうたてそてなぬらしそ」50オ
              正三位家隆
0851 こゝろからわか身こすなみうきしつみ
   うらみてそふるやへのしほかせ
              平忠度朝臣
0852 たのめつゝこぬ夜つもりのうらみても
   まつよりほかのなくさめそなき
              源家長朝臣
0853 こきかへるそてのみなとのあまをふね」50ウ
   さとのしるへをたれかをしへし
              真昭法師
0854 いはみかたなみちへたてゝゆくふねの
   よそにこかるゝあまのもしほ火
     百首哥たてまつりけるにふたみのうら
     をよみ侍ける
              正三位家衡
0855 わかこひはあふよもしらすふたみかた」51オ
   あけくれそてになみそかけゝる
     題しらす     鎌倉右大臣
0856 しらまゆみいそへのやまのまつのいろの
   ときはにものをおもふころかな
     内大臣に侍ける時家に百首哥よみ
     侍けるに名所恋といふこゝろを
              前関白
0857 わくらはにあふさかやまのさねかつら」51ウ
   くるをたえすとたれかたのまむ
0858 むさしのやひとのこゝろのあさつゆに
   つらぬきとめぬそてのしらたま
              権中納言定家
0859 くるゝ夜はゑしのたくひをそれと見よ
   むろ(ろ+の)やしまもみやこならねは
              正三位家隆
0860 いはのうへになみこすあへのしまつとり」52オ
   うきなにぬれてこひつゝそふる」52ウ

   新勅撰和謌集巻十四
    恋哥四
     題しらす     人麿
0861 ゆふされはきみきまさんとまちし夜の
   なこりそいまもいねかてにする
0862 あしひきのやましたかせはふかねとも
   きみかこぬ夜はかねてさむしも
              小町」53オ
0863 こぬひとをまつとなかめてわかやとの
   なとかこのくれかなしかるらん
0864 たのましとおもはむとてはいかゝせん
   ゆめよりほかにあふよなけれは
              在原滋春
0865 わすれなんとおもふこゝろのかなしきは
   うきもうからぬものにそありける
              よみひとしらす」53ウ
0866 さりともとおもふらむこそかなしけれ
   あるにもあらぬ身をしらすして
     女につかはしける
              謙徳公
0867 おもへはやしたゆふひものとけつらん
   我をはひとのこひしものゆへ
     題しらす     延喜御製
0868 しくれつゝいろまさりゆくゝさよりも」54オ
   ひとのこゝろそかれにけらしな
              九条右大臣
0869 むさしのゝ野なかをわけてつみそめし
   わかむらさきのいろはかきりか
              よみひとしらす
0870 あつさゆみすゑのはらのにとかりする
   きみかゆつるのたえんとおもへや
0871 梓弓ひきみひかすみむかしより」54ウ
   こゝろはきみによりにしものを
0872 い勢のあまのあさなゆふなにかつくてふ
   あわひのかひのかたおもひにして
0873 ゆふたゝみしらつきやまのさねかつら
   のちもかならすあはむとそおもふ
0874 あふさかのせきはよるこそもりまされ
   くるゝをなとて我たのむらん
     女につかはしける」55オ
              兵部卿元良親王
0875 あさくこそひとはみるらめせきかはの
   たゆるこゝろはあらしとそおもふ
     返し       平中興女
0876 せきかはのいはまをくゝる水をあさみ
   たえぬへくのみゝゆるこゝろを
     題しらす     よみひとしらす
0877 さくらあさのをふのした草つゆしあらは」55ウ
   あかしてゆかむおやはしるとも
0878 つゆしものうへともしらしむさしのゝ
   我はゆかりのくさ葉ならねは
0879 いまはとてわするゝくさのたねをたに
   ひとのこゝろにまかせすもかな
              人麿
0880 たまほこの道ゆきつかれいなむしろ
   しきてもひとを見るよしも哉」56オ
              よみひとしらす
0881 ゆふされはみちたと/\し月まちて
   かへれわかせこそのまにも見む
              額田王
0882 きみまつとわかこひをれはわかやとの
   すたれうこかしあきかせそふく
              壬生忠岑
0883 もろくともいさしらつゆに身をなして」56ウ
   きみかあたりのくさにきえなん
              躬恒
0884 わひぬれはいまはとものをおもへとも
   こゝろしらぬはなみたなりけり
     うねへまちにて右近のつかさのさうし
     にまかりいつる人をまち侍けるにゆきす
     きなからたちよらす侍けれは
              采女明日香」57オ
0885 みかさやまきてもとはれぬみちのへに
   つらきゆくてのかけそつれなき
     きさいの宮の御方にさふらひける時さと
     にいて侍とて九条右大臣頭中将に侍ける
     につかはしける
              右近
0886 あひ見すはちきりしほとにおもひいてよ
   そへつるたまを身にもはなたて」57ウ
     清慎公少将に侍ける時つかはしける
              式部卿敦慶親王家大和
0887 こひしさのほかにこゝろのあらはこそ
   人のわするゝ身をもうらみめ
     しのひてもの思侍ける時
              孚子内親王
0888 つゆしけきくさのたもとをまくらにて
   きみまつむしのねをのみそなく」58オ
              中務
0889 身のうへもひとのこゝろもしらぬまは
   ことそともなきねをのみそなく
0890 ありしよりみたれまさりてあまのかる
   ものおもふ身ともきみはしらしな
     題しらす     二条太皇太后宮大弐
0891 かせふけはそらにたゝよふくもよりも
   うきてみたるゝわかこゝろかな」58ウ
0892 あらしかしこの世のほかをたつぬとも
   なみたのそてにかゝるたくひは
     堀河院に艶書の哥めしける時
              周防内侍
0893 ひとしれぬそてそつゆけきあふことの
   かれのみまさるやまのかけくさ
     返し       大納言忠教
0894 おくやまのしたかけくさはかれやする」59オ
   のきはにのみはをのれなりつゝ
     おなし艶書とてよみ侍ける
              権中納言俊忠
0895 みしまえのかりそめにさへまこもくさ
   ゆふてにあまるこひもするかな
     百首哥よみ侍ける名所恋
              前関白
0896 なみたかはみなわをそてにせきかねて」59ウ
   人のうきせにくちやはてなん
0897 うしとおもふものからぬるゝそてのうら
   ひたりみきにもなみやたつらん
     題しらす     侍従具定母
0898 ほしわひぬあまのかるもにしほたれて
   われからぬるゝそてのうらなみ
              前大納言隆房
0899 あまのかるみるをあふにてありしたに」60オ
   いまはなきさによせぬなみ哉
     後法性寺入道前関白家百首哥よみ侍
     けるに      宜秋門院丹後
0900 見るまゝにひとのこゝろはのきはにて
   われのみしけるわすれくさかな
              俊恵法師
0901 わするなよわすれしとこそたのめしか
   我やはいひしきみそちきりし」60ウ
     逢不逢恋のこゝろを
              二条院讃岐
0902 めのまへにかはるこゝろをしらつゆの
   きえはともにとなにおもひけん
     題しらす     入道前太政大臣
0903 わするなよきえはともにといひをきし
   すゑのゝくさにむすふしらつゆ
              鎌倉右大臣」61オ
0904 わかこひはあはてふるのゝをさゝはら
   いく世まてとかしものをくらん
              前大納言隆房
0905 たとりつゝわくるたもとにかけてけり
   ゆきもならはぬみちしはのつゆ
              寂蓮法師
0906 はなすゝきほにたにこひぬわかなかの
   しもをくのへとなりにけるかな」61ウ
              藤原行能朝臣
0907 なか月のしくれにぬれぬことのはも
   かはるならひのいろそかなしき
              宮内卿
0908 とへかしなしくるゝそてのいろにいてゝ
   ひとのこゝろのあきになる身を
              八条院高倉
0909 ふくからに身にそしみけるきみはさは」62オ
   我をやあきのこからしのかせ
              俊恵法師
0910 わきもこをかたまつよひのあきかせは
   お木のうはゝをよきてふかなん
     秋恋といふこゝろをよみ侍ける
              入道前太政大臣
0911 萩のうへのかりのなみたをかこつとも
   こひにいろこきそてやみゆらん」62ウ
0912 もみちせぬやまにもいろやあらはれん
   しくれにまさるこひのなみたに
              内大臣
0913 もろ人のそてまてそめよたつたひめ
   よそのちしほをたくひとも見む
     題しらす     侍従具定母
0914 なれ/\てあきにあふきをゝくつゆの
   いろもうらめしねやの月かけ」63オ
              中宮但馬
0915 月草のうつろふいろのふかけれは
   人のこゝろのはなそしほるゝ
              藤原教雅朝臣
0916 おもかけは猶ありあけの月くさに
   ぬれてうつろふそてのあさつゆ
              藤原資季朝臣
0917 しろたへのわかころもてをかたしきて」63ウ
   ひとりやねなんいもにこひつゝ
     恋哥あまたよみ侍けるに
              民部卿成範
0918 おもひきやまたうらわかきはつくさの
   あきをもまたてかれんものとは
              侍従具定母
0919 とへかしなあさちふきこすあきかせに
   ひとりくたくるつゆのまくらを」64オ
              法印幸清
0920 よしさらはしけりもはてねあたひとの
   まれなるあとの庭のよもきふ
              寂蓮法師
0921 うらみわひおもひたえてもやみなまし
   なにおもかけのわすれかたみそ
              俊恵法師
0922 しなはやとあたにもいはしのちの世は」64ウ
   おもかけたにもそはしとおもへは
              左近中将公衡
0923 ちきりしにかはるうらみもわすられて
   そのおもかけは猶とまる哉
              前大納言忠良
0924 よのうさやきこえこさらむおもかけは
   いはほのなかにをくれしもせし
     題しらす     みあれの宣旨」65オ
0925 おほそらにこひしきひともやとらなむ
   なかむるをたにかたみとおもはん
              和泉式部
0926 見えもせむ見もせむ人をあさことに
   おきてはむかふかゝみともかな
0927 ちりのゐるものとまくらはなりにけり
   なにのためにかうちもはらはむ
     九条太政大臣中将に侍ける時たえ侍て」65ウ
     のちまくらの松かきたるを見侍て
              権中納言定頼女
0928 こゝろにはしのふとおもふをしきたへの
   まくらにてこそまつは見えけれ
     亭子院にたてまつりける
              藤原恒興女
0929 わくらはにまれなるひとのたまくらは
   ゆめかとのみそあやまたれける」66オ
     女につかはしける
              藤原高光
0930 かたときもわすれやはするつらかりし
   こゝろのさらにたくひなけれは
     題しらす     藤原惟成
0931 かたしきのころもをせはみゝたれつゝ
   なをつゝまれぬそてのしらたま
              和泉式部」66ウ
0932 あふことをたまのをにする身にしあれは
   たゆるをいかゝなしとおもはぬ
0933 をゝよはみゝたれておつるたまとこそ
   なみたも人のめには見ゆらめ
              よみひとしらす
0934 あふことをいまはかきりとおもへとも
   なみたはたえぬものにそありける
0935 よしさらはこひしきことをしのひみて」67オ
   たへすはたへぬいのちとおもはん
0936 あつさゆみひきつのつなるなのりその
   たれうきものとしらせそめけむ
0937 わかれてのゝちそかなしきなみたかは
   そこもあらはになりぬとおもへは
0938 にほとりのおきなか河はたえぬとも
   きみにかたらふことつきめやは
0939 ゆくふねのあとなきなみにましりなは」67ウ
   たれかは水のあわとたに見む
0940 たちておもひゐてもそおもふくれなゐの
   あかもたれひきいにしすかたを
0941 くれたけのしけくもゝのをおもふかな
   ひと夜へたつるふしのつらさに」68オ

   新勅撰和謌集巻第十五
    恋哥五
     みちのくにゝまかりて女につかはし
     ける       業平朝臣
0942 しのふやましのひてかよふみちも哉
   ひとのこゝろのおくもみるへく
     頭中将に侍ける時しのふくさのもみ
     ちしたるをふえ(え+の)なかにいれてをん」68ウ
     なのもとにつかはしける
              謙徳公
0943 こひしきをひとにはいはてしのふくさ
   しのふにあまるいろを見よかし
     返し       よみひとしらす
0944 いはておもふほとにあまらはしのふ草
   いとゝひさしのつゆやしけらむ
     題しらす」69オ
0945 きみゝすてほとをふるやのひさしには
   あふことなしのくさそおひける
0946 いへはえにふかくかなしきふえたけの
   夜こゑはたれとゝふひとも哉
0947 むつのをのよりめことにそかはにほふ
   ひくをとめこのそてやふれつる
0948 たまのをゝあわをによりてむすへれは
   たえてのゝちもあはむとそおもふ」69ウ
0949 あふことはたまのをはかりおもほえて
   つらきこゝろのなかくもあるかな
0950 ひとはいさおもひやすらんたまかつら
   おもかけにのみいとゝ見えつゝ
0951 なかゝらぬいのちのほとにわするゝは
   いかにみしかきこゝろなるらん
              光孝天皇御製
0952 月のうちのかつらのえたをおもふとや」70オ
   なみたのしくれふるこゝちする
              湯原王
0953 めには見て手にはとられぬ月のうちの
   かつらのこときいもをいかにせん
              貫之
0954 こぬひとを月になさはやむはたまの
   夜ことにわれはかけをたにみん
              和泉式部」70ウ
0955 さもあらはあれ雲井なからも山のはに
   いている夜ひの月とたに見は
              赤染衛門
0956 たのめつゝこぬよはふともひさかたの
   月をはひとのまつといへかし
              大宰大弐高遠
0957 おもひやるこゝろもそらになりにけり
   ひとりありあけの月をなかめて」71オ
              道信朝臣
0958 ものおもふに月見ることはたえねとも
   なかめてのみもあかしつるかな
     たのめわたりける女につかはしける
              よみひとしらす
0959 あふことをたのめぬにたにひさかたの
   月をなかめぬよひはなかりき
     返し       相模」71ウ
0960 なかめつゝ月にたのむるあふことを
   くも井にてのみすきぬへき哉
     法性寺入道前関白内大臣に侍ける時家
     に哥合し侍けるによめる
              堀河院中宮上総
0961 こひわたるきみかくもゐの月ならは
   をよはぬ身にもかけはみてまし
     月前恋といへるこゝろをよみ侍ける」72オ
              皇太后宮大夫俊成
0962 こひしさのなかむるそらにみちぬれは
   月もこゝろのうちにこそすめ
     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0963 ふけにけりこれやたのめし夜半ならん
   月をのみこそまつへかりけれ
     建保六年内裏哥合に」72ウ
              嘉陽門院越前
0964 あたひとをまつよふけゆくやまのはに
   そらたのめせぬありあけの月
     題しらす     正三位家隆
0965 あまをふねはつかの月のやまのはに
   いさよふまても見えぬきみかな
              殷富門院大輔
0966 まつひとはたれとねまちの月かけを」73オ
   かたふくまてにわれなかむらん
              権大納言家良
0967 なからへてまたやは見むとまつよゐを
   おもひもしらすふくる月かな
     後京極摂政家哥合に待恋をよめる
              藤原隆信朝臣
0968 こぬひとをなにゝかこたむやまのはの
   月はまちいてゝさ夜ふけにけり」73ウ
     建暦二年廿首哥たてまつりけるこひ
     の哥       正三位家隆
0969 いけにすむをしあけかたのそらの月
   そてのこほりになく/\そ見る
     旅恋といふこゝろをよみ侍ける
              大蔵卿有家
0970 たひころもかへすゆめちはむなしくて
   月をそ見つるありあけのそら」74オ
     百首哥に     式子内親王
0971 いかにせんゆめちにたにもゆきやらぬ
   むなしきとこのたまくらのそて
     題しらす     大納言実家
0972 うちなけきいかにねし夜かとおもへとも
   ゆめにも見えてころもへにけり
              左近中将公衡
0973 おもひねのわれのみかよふゆめ地にも」74ウ
   あひ見てかへるあかつきそなき
              参議雅経
0974 なけきわひぬるたまのをのよる/\は
   おもひもたえぬゆめもはかなし
              正三位家隆
0975 いかにせんしはしうちぬるほとも哉
   ひと夜はかりのゆめをたに見む
              殷富門院大輔」75オ
0976 如何せんいまひとたひのあふことを
   ゆめにたに見てねさめすも哉
              法橋顕昭
0977 つらきをもうきをもゆめになしはてゝ
   あふ夜はかりをうつゝともかな
              道因法師
0978 ゆめにさへあはすとひとの見えつれは
   まとろむほとのなくさめもなし」75ウ
     千五百番哥合に
              二条院讃岐
0979 あはれ/\はかなかりけるちきりかな
   たゝうたゝねのはるの夜のゆめ
     恋哥よみ侍けるに
              藤原重頼女
0980 ちきりしもみしもむかしのゆめなから
   うつゝかほにもぬるゝそてかな」76オ
     夏夜恋といふ心をよみ侍ける
              按察使兼宗
0981 なつむしもあくるたのみのあるものを
   けつかたもなきわかおもひかな
     題しらす     権大納言家良
0982 しかのたつ葉やまのやみにともす火の
   あはていく夜をもえあかすらん
     建保六年内裏哥合恋哥」76ウ
              権中納言定家
0983 あふことはしのふのころもあはれなと
   まれなるいろにみたれそめけむ
              従三位範宗
0984 いかにせんねをなくむしのからころも
   ひともとかめぬそてのなみたを
     題しらす     従三位顕兼
0985 をのれなくこゝろからにやうつせみの」77オ
   はにをくつゆに身をくたくらん
     前関白家哥合に山家夕恋といへる心を
     よみ侍ける
              正三位知家
0986 はしたかのとやまのいほのゆふくれを
   かりにもとたにちきりやはする
     建保三年内裏哥合に
              藤原信実朝臣」77ウ
0987 あつまちのふしのしはやましはしたに
   けたぬおもひにたつけふりかな
     心ならすなかたえにける女につかはしける
              大宮入道内大臣
0988 ことうらのけふりのよそにとしふれと
   なをこりはてぬあまのもしほ木
     家哥合に顕恋といへる心をよみ侍ける
              後京極摂政前太政大臣」78オ
0989 そてのなみむねのけふりはたれも見よ
   きみかうき名のたつそかなしき
     題しらす     左近中将公衡
0990 ゆふけふり野辺にも見えはつゐにわか
   きみにかへつるいのちとをしれ
     京極前関白家哥合に恋のこゝろを
              大納言忠教
0991 こひしなはきみゆへとたにしられてや」78ウ
   むなしきそらのくもとなりなん
     題しらす     土御門内大臣
0992 さためなきかせにしたかふうき雲の
   あはれゆくゑもしらぬこひかな
     後京極摂政家哥合寄雲恋のこゝろを
     ひとにかはりてよみ侍ける
              前大僧正慈円
0993 こひしぬる夜半のけふりの雲とならは」79オ
   きみかやとにやわきてしくれむ
     寄木恋      正三位家隆
0994 おもひかねなかむれはまたゆふひさす
   のきはのをかのまつもうらめし
     千五百番哥合に
              按察使兼宗
0995 ひとこゝろこの葉ふりしくえにしあれは
   なみたのかはもいろかはりけり」79ウ
     百首哥たてまつりける時
              大炊御門右大臣
0996 つく/\とおつるなみたのかすしらす
   あひ見ぬ夜半のつもりぬるかな
              皇太后宮大夫俊成
0997 いかにせんあまのさかてをうちかへし
   うらみても猶あかすもあるかな
              待賢門院堀河」80オ
0998 うたかひしこゝろのうらのまさしさは
   とはぬにつけてまつそしらるゝ
     題しらす     従三位範宗
0999 はるかなるほとはくも井の月日のみ
   おもはぬなかにゆきめくりつゝ
     こひのうたあまたよみ侍けるに
              藤原資季朝臣
1000 いつはりのことのはなくはなにをかは」80ウ
   わすらるゝ世のかたみとも見む
     千五百番哥合に
              宮内卿
1001 つのくにのみつとないひそやましろの
   とはぬつらさは身にあまるとも
              源具親朝臣
1002 のちの世をたのむたのみもありなまし
   ちきりかはらぬわかれなりせは」81オ
     題しらす     藤原永光
1003 のちのよといひてそひとにわかれまし
   あすまてとたにしらぬいのちを
              津守経国
1004 あふことのいまいくとせのつき日へて
   猶なか/\の身をもうらみむ
              賀茂季保
1005 おなし世に猶ありなからあふことの」81ウ
   むかしかたりになりにけるかな
     希会恋といへる心をよみ侍ける
              浄意法師
1006 せきかぬるなみたのつゆのたまのをの
   たえぬもつらきちきりなりけり
     右衛門督為家百首哥よませ侍けるこひの
     うた       下野
1007 かたいとのあはすはさてやたえなまし」82オ
   ちきりそ人のなかきたまのを
     関白左大臣家百首哥逢不遇恋
              従三位範宗
1008 としをへてあふことは猶かたいとの
   たかこゝろよりたえはしめけん
     恋十首哥よみ侍ける時
              権中納言定家
1009 たれもこのあはれみしかきたまのをに」82ウ
   みたれてものをおもはすも哉
     百首哥よみ侍ける逢不遇恋
              後京極摂政前太政大臣
1010 うつろひしこゝろのはなにはるくれて
   人もこすゑにあきかせ(せ+そ)ふく
     建保六年内裏哥合に
              前関白
1011 めのまへにかせもふきあへすうつりゆく」83オ
   こゝろのはなもいろは見えけり
     中納言定頼心のうちを見せたらはと申
     て侍けれはよめる
              よみ人しらす
1012 あたひとのこゝろのうちを見せたらは
   いとゝつらさのかすやまさらん
     謙徳公蔵人少将に侍ける時臨時祭舞
     人にて雪のいたくふり侍れはもの見ける」83ウ
     くるまのまへにうちよりてこれはらひて
     と申けれは
1013 なにゝてかうちもはらはむきみこふと
   なみたにそてはくちにしものを
     おなし人まひゝとにてちかくたちたる
     くるまのまへをすき侍けれは
              本院侍従
1014 すりころもきたるけふたにゆふたすき」84オ
   かけはなれてもいぬるきみ哉
     雪ふり侍ける夜按察使更衣につかは
     しける      天暦御製
1015 ふゆの夜のゆきとつもれるおもひをは
   いはねとそらにしりやしぬらん
     御返し      更衣正妃
1016 ふゆの夜のねさめにいまはおきて見む」84ウ
   つもれるゆきのかすをたのまは
     女につかはしける
              中納言朝忠
1017 なかれての名にこそありけれわたり河
   あふせありやとたのみける哉
     題しらす     光孝天皇御製
1018 やまかはのはやくもいまもおもへとも
   なかれてうきはちきりなりけり」85オ
     夜ふけてつまとをたゝき侍けるに
     あけ侍らさりけれはあしたにつかは
     しける      法成寺入道前摂政太政大臣
1019 夜もすからくひなよりけになく/\そ
   まきのとくちにたゝきわひぬる
     返し       紫式部
1020 たゝならしとはかりたゝくゝひなゆへ
   あけてはいかにくやしからまし」85ウ
     題しらす     相模
1021 我もおもふきみもしのふるあきの夜は
   かたみにかせのをとそ身にしむ
              貫之
1022 はなゝらて花なるものはしかすかに
   あたなるひとのこゝろなりけり」86オ

   新勅撰和謌集巻第十六
    雑哥一
     はるのはしめうくひすのをそく
     なき侍けれは
              選子内親王
1023 やまさとのはなのにほひのいかなれや
   かをたつねくるうくひすのなき
     題しらす     禎子内親王家摂津」86ウ
1024 ゆきふかきみやまのさとにすむひとは
   かすむそらにやはるをしるらん
              式子内親王
1025 ゆきゝえてうらめつらしきはつくさの
   はつかにのへもはるめきにけり
     わかくさをよみ侍ける
              入道二品親王道助
1026 かすかのにまたもえやらぬわかくさの」87オ
   けふりみしかきおきのやけはら
              前大僧正慈円
1027 むさしのゝはるのけしきもしられけり
   かきねにめくむくさのゆかりに
     題しらす     殷富門院大輔
1028 いのちありてあひ見むこともさためなく
   おもひしはるになりにけるかな
     千五百番哥合に」87ウ
              二条院讃岐
1029 さかぬまははなと見よとやみよしのゝ
   やまのしらゆきゝえかてにする
     題しらす     按察使隆衡
1030 かすみしくわかふるさとよさらぬたに
   むかしのあとは見ゆるものかは
              権大納言家良
1031 みよしのゝやまのはかすむはることに」88オ
   身はあらたまのとしそふりゆく
     関白左大臣家百首哥よみ侍けるにかすみ
     をよめる     中宮少将
1032 さひしさのましはのけふりそのまゝに
   かすみをたのむはるのやまさと
     寿永のころをひ梅花をよみ侍ける
              土御門内大臣
1033 こゝのへにかはらぬむめのはなみてそ」88ウ
   いとゝむかしのはるはこひしき
     前関白内大臣に侍ける時百首哥よませ
     侍けるに庭梅をよめる
              源信定朝臣
1034 やとからそむめのたちえもとはれける
   あるしもしらすなにゝほふらん
     題しらす     下野
1035 ありあけの月はなみたにくもれとも」89オ
   見し世にゝたるむめのかそする
              行念法師
1036 むめかゝのたかさとわかすにほふ夜は
   ぬしさたまらぬはるかせそふく
     百首哥よみ侍ける春哥
              侍従具定
1037 はるの月かすめるそらのむめかゝに
   ちきりもをかぬ人そまたるゝ」89ウ
     土御門院哥合に春月をよみ侍ける
              承明門院小宰相
1038 おほかたのかすみにつきそくもるらん
   ものおもふころのなかめならねは
     東山にこもりゐてのち花を見侍て
              前大納言忠良
1039 おもひすてゝわか身ともなき心にも
   猶むかしなるやまさくら哉」90オ
     西園寺にて三十首哥よみ侍ける春哥
              入道前太政大臣
1040 やまさくらみねにもおにもうへをかん
   見ぬよのはるを人やしのふと
     故郷花といへる心をよみ侍ける
              祝部成茂
1041 はるをへてしかのはなそのにほはすは
   なにかみやこのかたみならまし」90ウ
     題しらす     如願法師
1042 あたなりとなにうらみけむやまさくら
   はなそみしよのかたみなりける
     世をのかれて葉むろといふ山さとにこ
     もりゐて侍けるに花を見てよみ侍ける
              前大納言光頼
1043 いさや猶はなにもそめしわかこゝろ
   さてもうき世にかへりもそする」91オ
     二条院御時殿上のふたのそかれて侍ける
     ころ臨時祭の舞人にて南殿の花を見
     て内侍丹波かもとにつかはしける
              藤原隆信朝臣
1044 わするなよなれし雲井のさくらはな
   うき身は春のよそになるとも
     世をのかれてのち栖霞寺にまうてゝかへ
     り侍けるに大内の花のこすゑさかりに」91ウ
     見え侍けるをしのひてうかゝひ見侍て
     頼政卿許につかはしける
              皇太后宮大夫俊成
1045 いにしへのくも井のはなにこひかねて
   身をわすれても見つるはるかな
     返し       従三位頼政
1046 雲井なるはな(な+も)むかしをおもひいては
   わするらむ身をわすれしもせし」92オ
     浄名院といふ所のぬし身まかりにける
     のち花を見てよみ侍ける
              宋延法師
1047 うへをきてむかしかたりになりにける
   ひとさへおしきはなのいろかな
     はなを見てよみ侍ける
              平重時
1048 としことに見つゝふる木のさくらはな」92ウ
   わかよのゝちはたれかおしまん
              源光行
1049 身のうさをはなにわするゝこのもとは
   はるよりのちのなくさめそなき
     題しらす     藤原頼氏朝臣
1050 しからきのそまやまさくらはることに
   いくよみや木にもれてさくらん
     花哥よみ侍けるに」93オ
              前大僧正慈円
1051 よしのやま猶しもおくにはなさかは
   又あくかるゝ身とやなりなん
     落花をよみ侍ける
              入道前太政大臣
1052 はなさそふあらしのにはのゆきならて
   ふりゆくものはわか身なりけり
     閑居花といへるこゝろをよみ侍ける」93ウ
              按察使兼宗
1053 いとゝしくはなもゆきとそふるさとの
   にはのこけちはあとたえにける
     題しらす     侍従具定母
1054 めくりあはむわかゝねことのいのちたに
   こゝろにかなふはるのくれかは
              藤原信実朝臣
1055 くれてゆくそらをやよひのしはしとも」94オ
   はるのわかれはいふかひもなし
     太皇太后宮大弐四月にさきたるさく
     らをおりてつかはして侍けれは
              京極前関白家肥後
1056 はるはいかにちきりをきてかすきにしと
   をくれてにほふはなにとはゝや
     四月まつりの日あふひにつけて女につか
     はしける」94ウ
              藤原顕総朝臣
1057 おもひきやそのかみやまのあふひくさ
   かけてもよそにならんものとは
     題しらす     相模
1058 あとたえて人もわけこぬなつくさの
   しけくもゝのをおもふころ哉
     ゆふつくよおかしきほとにくひなの
     なき侍けれは」95オ
              上東門院小少将
1059 あまのとの月のかよひちさゝねとも
   いかなるかたにたゝくゝひなそ
     返し       紫式部
1060 まきのともさゝてやすらふ月かけに
   なにをあかすとたゝくゝひなそ
     やしなひ侍けるむすめに五月五日くす
     たまたてまつらせ侍けるにかはりてよみ」95ウ
     侍ける      右近大将道綱母
1061 かくれぬにおひそめにけるあやめ草
   ふかきしたねはしる人もなし
     御返し      東三条院
1062 あやめくさねにあらはるゝけふこそは
   いつかとまちしかひもありけれ
     おもふこと侍けるころ
              権中納言定頼」96オ
1063 さみたれののきのしつくにあらねとも
   うき世にふれはそてそぬれける
     さみたれをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
1064 みしま江のたまえのまこもかりにたに
   とはてほとふる五月雨のそら
     夏月をよめる
              藤原親康」96ウ
1065 わすれてはあきかとそおもふかたをかの
   ならのはわけていつる月かけ
     初秋のこゝろをよみ侍ける
              祝部成茂
1066 ふくかせにおきのうはゝのこたへすは
   あきたつけふをたれかしらまし
              権少僧都良仙
1067 世をいとふすみかはひとにしられねと」97オ
   おきのはかせはたつねきにけり
     兵部卿成実よませ侍ける荻風といふ心
     を        藤原信実朝臣
1068 なをさりのをとたにつらきおきの葉に
   ゆふへをわきてあきかせそふく
     題しらす     源季広
1069 かりかねのこゑせぬ野辺を見てしかな
   こゝろとはきのはなはち(ち+る)やと」97ウ
     実方朝臣承香殿のおまへのすゝきを
     むすひて侍けるたれならむとて女房の
     よみ侍ける
              よみ人しらす
1070 あきかせのこゝろもしらすはなすゝき
   そらにむすへる人はたれそも
     殿上人返しせむなと申けるほとに
     まいりあひてよみ侍ける
              実方朝臣」98オ
1071 (+かせのまにたれむすひけんはなすゝきうは葉のつゆもこゝろをくらし)
     円融院御出家のゝち八月はかりひろ
     さはにわたらせ給ける御ときに左右大
     将つかうまつりてひとつくるまにてかへ
     り侍けるに
              按察使朝光<于時左大将>
1072 あきの野をいまはとかへるゆふくれは
   なくむしのねそかなしかりける
     返し       左近大将済時<于時右大将>」98ウ
1073 むしのねにわかなみたさへおちそはゝ
   のはらのつゆのいろやかはらん
     後朱雀院御時祐子内親王ふちつほに
     かはらすゝみ侍けるに月くまなき夜
     女房むかし思ひいてゝなかめ侍けるほと
     梅壺女御まうのほり侍けるをとなひを
     よそにきゝ侍て
              菅原孝標女」99オ
1074 あまのとをくも井なからもよそに見て
   むかしのあとをこふる月かな
     五十首哥よみ侍ける時
              仁和寺二品法親王守覚
1075 むかしおもふなみたのそこにやとしてそ
   月をはそてのものとしりぬる
     題しらす     鎌倉右大臣
1076 あさ地はらぬしなきやとの庭のおもに」99ウ
   あはれいく世の月かすみけん
1077 おもひいてゝむかしをしのふそてのうへに
   ありしにもあらぬ月そやとれる
     月前懐旧といへる心をよみ侍ける
              入道前太政大臣
1078 なかめつる身にたにかはる世中に
   いかてむかしの月はすむらん
     家に五十首(首+哥)よみ侍ける時」100オ
              入道二品親王道助
1079 このさとはたけの葉わけてもる月の
   むかしの世ゝのかけをこふらし
     元暦のころをひ賀茂重保人ゝ(ゝ+の)哥すゝめ
     侍て社頭哥合し侍けるに月をよめる
              権中納言定家
1080 しのへとやしらぬむかしのあきをへて
   おなしかたみにのこる月かけ」100ウ
     秋座禅のついて夜もすから月を見侍て
     さとわかぬかけもわか身ひとつの心地し
     侍けれは     高弁上人
1081 月かけはいつれのやまとわかすとも
   すますみねにやすみまさるらん
     のちにこのうたを見せ侍(侍+け)れはよめる
              法印超清
1082 いかはかりその夜の月のはれにけむ」101オ
   きみのみやまはくもゝのこらし
     世をのかれて高野の山にすみ侍ける時よめる
              参議成頼
1083 たかのやまおくまてひとのとひこすは
   しつかに峯の月は見てまし
     題しらす     西行法師
1084 あらはさぬわかこゝろをそうらむへき
   月やはうときをはすてのやま」101ウ
              法印慶忠
1085 身につもる老ともしらてなかめこし
   月さへかけのかたふきにける
              正三位家隆
1086 老ぬれはことしはかりとおもひこし
   またあきの夜の月を見るかな
              源家長朝臣
1087 わすれしのゆくすゑかたきよの中に」102オ
   むそちなれぬるそての月かけ
              寂延法師
1088 いくあきをなれても月のあかなくに
   のこりすくなき身をうらみつゝ
              侍従具定母
1089 はらひかねくもるもかなしそらの月
   つもれはおいのあきのなみたに
              殷富門院大輔」102ウ
1090 いまはとて見さらむあきのそらまても
   おもへはかなし夜半の月かけ
     楽府を題にて哥よみ侍けるに陵園妾の
     心をよめる
              源光行
1091 とちはつるみやまのおくのまつの戸を
   うらやましくもいへる(いへる$)いつる月かな
     巫陽台のこゝろをよみ侍ける」103オ
              素俊法師
1092 わきてなとゆふへのあめとなりにけん
   まつたにをそきやまのはの月
     故郷月といへる心をよめる
              法印道清
1093 たかまとのおのへのみやの月のかけ
   たれしのへとてかはらさるらん
     題しらす     如願法師」103ウ
1094 このさとはしくれにけりなあきのいろの
   あらはれそむるみねのもみちは
              藤原基綱
1095 さほやまのはゝそのもみちいたつらに
   うつろふあきはものそかなしき
              行念法師
1096 たつたやまもみちのにしきをりはへて
   なくといふとりのしものゆふして」104オ
     明年叙爵すへく侍ける秋うへのをのこ
     ともふちつほのもみち見侍けるにまか
     りてよみ侍ける
              藤原永光
1097 ひとはみなのちのあきともたのむらん
   けふをわかれとちるもみちかな
     高倉院御時ふちつほのもみちゆかしき
     よし申けるひとにむすひたるもみち」104ウ
     をつかはしける
              建礼門院右京大夫
1098 ふくかせも枝にのとけきみよなれは
   ちらぬもみちのいろをこそ見れ
     前関白内大臣に侍ける時家に百首哥よ
     み侍ける暮秋哥
              源有長朝臣
1099 もみちはのちりかひくもるゆふしくれ」105オ
   いつれかみちとあきのゆくらん
     建保三年五月哥合に暁時雨といへる
     心をよみ侍ける
              権大納言忠信
1100 あかつきとうらみし人はかれは(△&は)てゝ
   うたてしくるゝあさちふのやと
              高階家仲
1101 むら雲はまたすきはてぬとやまより」105ウ
   しくれにきおふありあけの月
     題しらす     源泰光朝臣
1102 かくてよにわか身しくれはふりはてぬ
   おいそのもりのいろもかはらて
     冬哥よみ侍けるに
              相模
1103 この葉ちるあらしのかせのふくころは
   なみたさへこそおちまさりけれ」106オ
     なけくこと侍けるころもみちのちるを
     見てよみ侍ける
              前大納言公任
1104 もみちにもあめにもそひてふるものは
   むかしをこふるなみたなりけり
     ふゆころさとにいてゝ大納言三位につか
     はしける     紫式部
1105 うきねせしみつのうへのみこひしくて」106ウ
   かものうはけにさえそおとらぬ
     返し       従三位廉子
1106 うちはらふともなきころのねさめには
   つかひしをしそ夜はにこひしき
     題しらす     さかみ
1107 ふゆの夜をはねもかはさすあかすらん
   とをやまとりそよそにかなしき
     六条右大臣小忌宰相にて侍けるあし」107オ
     た(た+に)つかはしける
              康資王母
1108 をみころもかへらぬものとおもはゝや
   ひかけのかつらけふはくるとも
     返し       六条右大臣
1109 かへりてそくやしかりけるをみころも
   そのひかけのみわすれかたさに
     新嘗会をよみ侍ける」107ウ
              中納言家持
1110 あしひきの山したひかけかつらなる
   うへにやさらにむめをしのはむ
     百首哥に
              式子内親王
1111 あまつかせ氷をわたるふゆの夜の
   をとめのそてをみかく月かけ
     五節のころ権中納言定頼内にさふら」108オ
     ひけるにつかはしける
              よみひとしらす
1112 ひかけさすくものうへにはかけてたに
   おもひもいてしふるさとの月
     なけくこと侍てこもりゐて侍けるゆき
     のあした皇太后宮大夫俊成許につかはしける
              左近中将公衡
1113 ふゆこもりあとかきたえていとゝしく」108ウ
   ゆきのうちにそたき木つみける
     題しらす     伊勢大輔
1114 わすられてとしくれはつるふゆ草の
   かれはゝひともたつねさりけり
     年のくれにことをかきならしてそらも
     はるめきぬるにやと侍けれは
              選子内親王家宰相
1115 ことのねをはるのしらへにひくからに」109オ
   かすみて見ゆるそらめなるらん
     返し       選子内親王
1116 ことのねのはるのしらへにきこゆれは
   かすみたなひくそらかとそおもふ
     題しらす     殷富門院大輔
1117 ほのかにもかきねのむめのにほふかな
   となりをしめてはるはきにけり
     入道親王家にて冬花といふ心をよみ」109ウ
     侍ける      法印覚寛
1118 けふよりやをのかはるへとしらゆきの
   ふるとしかけてさけるむめかえ
     としのくれの心をよみ侍ける
              寂延法師
1119 いかたしのこすてにつもるとしなみの
   けふのくれをもしらぬはかなさ
              行念法師」110オ
1120 ゆくとしをしらぬいのちにまかせても
   あすをありとやはるをまつらん
              寂超法師
1121 ゆきつもるやまちのふゆをかそふれは
   あはれわか身のふりにけるかな
     題しらす
              相模
1122 かそふれはとしのをはりになりにけり」110ウ
   わか身のはてそいとゝかなしき」111オ

   新勅撰和歌集巻第十七
    雑哥二
     題しらす     業平朝臣
1123 わかそてはくさのいほりにあらねとも
   くるれはつゆのやとりなりけり
1124 おもふこといはてそたゝにやみぬへき
   われとひとしきひとしなけれは
              よみ人しらす」111ウ
1125 あさなけに世のうきことをしのふとて
   なけきせしまにとしそへにける
              和泉式部
1126 さらにまたものをそおもふさならても
   なけかぬときのある身ともなく
1127 いかにせんあめのしたこそすみうけれ
   ふれはそてのみまなくぬれつゝ
              さかみ」112オ
1128 あさちはら野わきにあへるつゆよりも
   なをありかたき身をいかにせむ
1129 こふれともゆきもかへらぬいにしへに
   いまはいかてかあはむとすらん
              俊頼朝臣
1130 こひしともいはてそおもふたまきはる
   たちかへるへきむかしならねは
     堀河院に百首哥たてまつりける時」112ウ
              基俊
1131 いにしへをおもひいつるのかなしきは
   なけともそらにしる人そなき
     成尋宋朝にわたり侍けるをなけき
     てよみ侍ける
              成尋法師母
1132 なけきつゝわか身はなきになりはてぬ
   いまはこの世をわすれにし哉」113オ
     述懐心をよみ侍ける
              鎌倉右大臣
1133 おもひいてゝよるはすからにねをそなく
   ありしむかしのよゝのふること
1134 世にふれはうきことの葉のかすことに
   たえすなみたのつゆそをきける
     百首哥中に述懐
              惟明親王」113ウ
1135 なへて世のならひとひとやおもふらん
   うしといひてもあまるなみたを
     題しらす     前大納言忠良
1136 かすかやまいまひとたひとたつねきて
   みち見えぬまてふるなみた哉
              皇太后宮大夫俊成
1137 かすかやまいかになかれしたにみつの
   すゑをこほりのとちはてつらん」114オ
1138 よもの海をすゝりのみつにつくすとも
   わかおもふことはかきもやられし
              源師光
1139 ゆくすゑにかゝらん身ともしらすして
   わかたらちねのおほしたてけん
     としわかく侍ける時はしめて百首哥
     よみ侍ける述懐哥
              前大僧正慈円」114ウ
1140 さしはなれみかさのやまをいてしより
   身をしるあめにぬれぬひそなき
     題しらす     大僧正行尊
1141 かはかりとおもひはてにし世中に
   なにゆへとまるこゝろなるらん
              僧正行意
1142 いたつらによそちのさかはこえにけり
   みやこもしらぬなかめせしまに」115オ
              如願法師
1143 なみたもてたれかをりけむからころも
   たちてもゐてもぬるゝそてかな
              藤原光俊朝臣
1144 しのふるもわかことはりといひなから
   さてもむかしとゝふひとそなき
     寿永のころをひおもふゆへや侍けん
     ひとにつかはしける」115ウ
              後徳大寺左大臣
1145 あらきかせふきやをやむとまつほとに
   もとのこゝろのとゝこほりぬる
     右大臣に侍ける時百首哥よみ侍けるに
     述懐の哥
              後法性寺入道前関白太政大臣
1146 いにしへのこひしきたひにおもふかな
   さらぬわかれはけにうかりけり」116オ
     述懐の心をよみ侍ける
              左近中将公衡
1147 身のはてよいかにかならん人しれぬ
   こゝろにはつる心ならすは
     題しらす     後京極摂政前太政大臣
1148 さてもさはすまはすむへき世中に
   人のこゝろのにこりはてぬる
              寂蓮法師」116ウ
1149 さてもまたいくよかはへん世中に
   うき身ひとつのをきところなさ
     文集天可度のこゝろをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
1150 わたつうみのしほひにたてるみをつくし
   人のこゝろそしるしたになき
     しはし世をのかれて大原山いゐむろ
     のたになとにすみわたり侍けるころ熊」117オ
     野御幸(幸+の)御経供養の導師のかれかたき
     もよおし侍てみやこにいて侍けるに
     しくれのし侍けれはよかはの木のかけ
     にたちよりてよみ侍ける
              法印聖覚
1151 もろともにやまへをめくるむらしくれ
   さてもうきよにふるそかなしき
     題しらす     平泰時」117ウ
1152 世中にあさはあとなくなりにけり
   こゝろのまゝのよもきのみして
     高倉院御時つたへそうせさすること
     侍けるにかきそへて侍ける
              西行法師
1153 あとゝめてふるきをしたふ世ならなん
   いまもありへはむかしなるへし
1154 たのもしなきみ/\にます時にあひて」118オ
   こゝろのいろをふてにそめつる
     醍醐の山にのほりて延喜の御願寺を
     おかみてよみ侍ける
              中原師季
1155 名をとむる世ゝはむかしにたえねとも
   すくれしあとそみるもかしこき
     内大臣に侍ける時家百首哥に述懐の
     心を       前関白」118ウ
1156 河波をいかゝはからんふなひとの
   とわたるかちのあとはたえねと
     をのことも述懐哥つかうまつりけるつ
     いてに      御製
1157 くりかへししつのをたまきいくたひも
   とをきむかしをこひぬひそなき
     述懐のこゝろをよみ侍ける
              内大臣」119オ
1158 いかさまにちきりをきてしみかさ山
   かけなひくまて月を見るらん
     定家少将になり侍て月あかき夜よ
     ろこひ申侍けるを見侍てあしたにつかは
     しける      権中納言定家母
1159 みかさやまみちふみそめし月かけに
   いまそこゝろのやみはゝれぬる
     千五百番哥合に」119ウ
              二条院讃岐
1160 かけたけてくやしかるへき秋の月
   やみちゝかくもなりやしぬらん
1161 のちのよの身をしるあめのかきくもり
   こけのたもとにふらぬひそなき
     源為相一臈蔵人にてかうふりのほとちかく
     なり侍けるによみ侍ける
              道信朝臣」120オ
1162 雲のうへのつるのけころもぬきすてゝ
   さはにとしへむほとのひさしさ
     頭中将に侍ける宰相になりて内よりいて
     侍てないしのかみのもとにつかはしける
              謙徳公
1163 おりきつるくものうへのみこひしくて
   あまつそらなるこゝちこそすれ
     蔵人にてかうふりたまはりていかゝおもふと」120ウ
     おほせこと侍けれは
              藤原相如
1164 としへぬるくもゐはなれてあしたつの
   いかなるさわにすまむとすらん
     きこしめしておほせられ侍ける
              円融院御製
1165 あしたつのくものうへにしなれぬれは
   さわにすむともかへらさらめや」121オ
     行幸にまいりて大将にて年ひさしくなり
     侍ぬることを心のうちにおもひつゝけ侍け
     る        内大臣
1166 わすれめやつかひのをさをさきたてゝ
   わたるみはしにゝほふたちはな
     おいのゝちひさしくしつみ侍てはか
     らさるほかにつかさたまはりて外記の
     まつりことにまいりていて侍けるに」121ウ
              権中納言定家
1167 おさまれるたみのつかさのみつきもの
   ふたゝひきくもいのちなりけり
     関白左大臣家百首哥よみ侍ける眺望
     哥
1168 もゝしきのとのへをいつる夜ひ/\は
   またぬにむかふ山のはの月
     建保四年百首哥たてまつりけるに」122オ
              参議雅経
1169 うれしさもつゝみなれにしそてに又
   はてはあまりの身をそうらむる
     日吉のやしろにて述懐心をよみ侍ける
              従三位知家
1170 あふさかのゆふつけとりもわかことや
   こえゆくひとのあとになくらん
     暁哥とてよみ侍ける」122ウ
              前中納言匡房
1171 まとろまてものおもふやとのなかき夜は
   とりのねはかりうれしきはなし
              按察使隆衡
1172 かねのをとをなにとてむかしうらみけむ
   いまはこゝろもあけかたのそら
              参議雅経
1173 身のうへにふりゆくしものかねのをとを」123オ
   きゝおとろかぬあかつきそなき
              藤原宗経朝臣
1174 あかつきのかねそあはれをうちそふる
   うき世のゆめのさむるまくらに
     遠鐘幽といへる心を
              入道二品親王助道
1175 はつせ山あらしのみちのとをけれは
   いたりいたらぬかねのをとかな」123ウ
     暁述懐の心をよみ侍ける
              正三位家隆
1176 おもふことまたつきはてぬなかき夜の
   ねさめにまくるかねのをとかな
              法印覚寛
1177 身のうさをおもひつゝけぬあかつきに
   をくらんつゆのほとをしらはや
     題しらす     俊頼朝臣」124オ
1178 なにとなくゝち木のそまの山くたし
   くたすひくれはねそなかれける
              寂然法師
1179 つく/\とむなしきそらをなかめつゝ
   いりあひのかねにぬるゝそてかな
              法橋行賢
1180 つく/\とくるゝそらこそかなしけれ
   あすもきくへきかねのをとかは」124ウ
              前参議俊憲
1181 あすもありとおもふこゝろにはかられて
   けふをむなしくゝらしつるかな
              源光行
1182 あすもあらはけふをもかくやおもひいてん
   きのふのくれそむかしなりける
     家五十首哥閑中灯
              入道二品親王道助」125オ
1183 これのみとゝもなふかけもさよ夜けて
   ひかりそうすきまとのともし火
              従三位範宗
1184 なかき夜のゆめ地たえゆくまとのうちに
   猶のこりける秋のともし火
     述懐哥のなかによみ侍ける
              侍従具定
1185 あつめこしほたるもゆきもとしふれと」125ウ
   身をはてらさぬひかりなりけり
     方磐をうち侍けるかおいのゝちすたれ
     ておほえ侍けれはよめる
              上西門院武蔵
1186 ふけにけるわか世のほとのかなしきは
   かねのこゑさへうちわすれつゝ
     題しらす     さかみ
1187 月かけをこゝろのうちにまつほとは」126オ
   うはのそらなるなかめをそする
1188 しもこほるふゆのかはせにゐるをしの
   うへしたものをおもはすもかな
              俊頼朝臣
1189 なにはかたあしまのこほりけぬかうへに
   ゆきふりかさぬおもしろの身や
1190 なかれあしのうきことをのみゝしま江に
   あとゝとむへきこゝちこそせね」126ウ
     僧正円玄やまひにしつみてひさし
     く侍ける時よみ侍ける
              権大僧都経円
1191 のりのみちをしへしやまは霧こめて
   ふみゝしあとに猶やまとはん
     文治のころをひちゝの千載集えら
     ひ侍し時定家かもとに哥つかはすと
     てよみ侍ける」127オ
              尊円法師
1192 わかふかくこけのしたまておもひをく
   うつもれぬ名はきみやのこさん
     おなし時よみ侍ける
              荒木田成長
1193 かきつむるかみちのやまのことの葉の
   むなしくゝちむあとそかなしき
     寿永二年おほかたの世しつかならす」127ウ
     侍しころよみをきて侍ける哥を定家
     かもとにつかはすとてつゝみかみにかきつけ
     侍し       平行盛
1194 なかれての名たにもとまれゆくみつの
   あはれはかなき身はきえぬとも
     題しらす     法眼宗円
1195 わかのうらにしられぬあまのもしほくさ
   すさひはかりにくちやはてなん」128オ
              行念法師
1196 もしほくさかきをくあとやいかならん
   わか身によらぬわかのうらなみ
     西行法師自哥を哥合につかひ侍て判
     の詞あつらへ侍けるにかきそへてつかは
     しける      皇太后宮大夫俊成
1197 ちきりをきしちきりのうへにそへをかむ
   わかのうらちのあまのもしほ木」128ウ
     返し       西行法師
1198 若の浦にしほ木かさぬるちきりをは
   かけるたくものあとにてそ見る
     源氏の物語をかきておくにかきつけら
     れて侍ける
              従一位麗子
1199 はかもなきとりのあとゝはおもふとも
   わかすゑ/\はあはれとを見よ」129オ
     題しらす     和泉式部
1200 はるやくるはなやさくともしらさりき
   たにのそこなるむもれ木の身は
              貫之
1201 はるやいにしあきやはくらんおほつかな
   かけのくち木とよをすくす身は
     なけくこと侍ける時述懐哥
              後京極摂政前太政大臣」129ウ
1202 かすならははるをしらましみやま木の
   ふかくやたにゝむもれはてなん
1203 くもりなきほしのひかりをあふきても
   あやまたぬ身を猶そうたかふ
     ひとりおもひをのへ侍けるうた
              鎌倉右大臣
1204 やまはさけうみはあせなん世なりとも
   きみにふたこゝろわかあらめやも」130オ

   新勅撰和謌集巻第十八
    雑哥三
     世をのかれてのち四月一日法服袈裟
     をみ侍て
              法成寺入道前摂政太政大臣
1205 けさかふるなつのころもはとしをへて
   たちしくらゐのいろそことなる
     返し       従一位倫子」130ウ
1206 またしらぬころものいろをたちかへて
   きみかためにと見るそかなしき
     少将高光横川にのほりて出家し侍け
     る時ふすまてうしてたまはせける御哥
              天暦中宮
1207 つゆしものよゐあかつきにをくなれは
   とこにやきみかふすまなからん
     高光横川にすみ侍けるにとふらひ」131オ
     まかりてよみ侍ける
              東三条入道摂政太政大臣
1208 きみかすむよかはのみつやまさるらん
   なみたのあめのやむ世なけれは
     おなし時恒徳公兵衛佐に侍けるかは
     りの少将になり侍てよろこひに大納言
     のもとにまうてきて侍けるを見てよみ
     侍ける      大納言師氏女<高光妻>」131ウ
1209 それと見るおなしみかさの山の井の
   かけにもそてのぬれまさるかな
     左近中将成信三井寺にまかりて出家し
     侍にけるに装束つかはすとて袈裟に
     むすひつけ侍ける
              一条左大臣室
1210 けさのまもみねはなみたもとゝまらす
   きみかやまちにさそふなるへし」132オ
     母のやまひをもくなり侍ていむこと
     うけ侍けるにきせて侍ける袈裟を
     身まかりてのち見つけてよみ侍ける
              右近大将道綱母
1211 はちす葉のたまとなるらんとおもふにも
   そてぬれまさるけさのつゆかな
     伊勢集をかきて人のもとにつかはす
     とてよめる」132ウ
              中務
1212 なきひとのことのはうつすみつくきは
   かきもやられすそてそぬれける
     とし子とものかたりして世のはかなき
     ことなと申てよみ侍ける
              大納言清蔭
1213 いひつゝも世はゝかなきをかたみには
   あはれといかてきみに見えまし」133オ
     後一条院のきさいの宮かくれさせ(△&せ)たまひ
     にけるとしのくれかのみやにまいりてよみ
     侍ける      権大納言長家
1214 はるたつときくにもゝのゝかなしきは
   ことしのこそになれはなりけり
     返し       出羽弁
1215 あたらしきとしにそへてもかはらねは
   こふるこゝろそかたみなりける」133ウ
     九条右大臣かくれ侍にけるとし新嘗会の
     ころ内の女房につかはしける
              藤原高光
1216 しもかれのよもきのかとにさしこもり
   けふのひかけを見ぬそかなしき
     後高倉院かくれさせたまふてのち参議
     雅清出家し侍てたふのみねにすみ侍
     けるあからさまに京にまかりいてたる」134オ
     よしきゝてつかはしける
              内大臣
1217 こゝろこそうき世のほかにいてぬとも
   みやこをたひといつならふらん
     返し       左近中将雅清
1218 まよひこしゆめちのやみをいてぬれは
   みやこはよそのすみそめのそて
     嘉承のころをひあけくれおもひなけ」134ウ
     きてよみ侍ける哥の中に
              権中納言国信
1219 きみこふとくさ葉のしもの世とゝもに
   をきてもねてもねこそなかるれ
1220 かきりとてたきゝつきにしのへなれは
   あさちふみわけとはぬひそなき
1221 あさゆふになけきをすまにやくしほの
   からくけふりにをくれにしかな」135オ
     おなしころ香隆寺にまいりてもみち
     を見てよみ侍ける
              堀河院讃岐典侍
1222 いにしへをこふるなみたにそむれはや
   もみちもふかきいろまさるらん
     貞信公かくれ侍てのちかの家にまかりて
     よみ侍ける
              九条右大臣」135ウ
1223 ゆきかへり見れはむかしのあとなから
   たのみしかけそとまらさりける
     天暦八年おほきさいの宮かくれさせた
     まうて五七日御誦経せさせ侍けるくし
     のはこのかけこのしたにいれ侍ける
1224 ゆめかとてあけて見たれはたまくしけ
   いまはむなしき身にこそありけれ
     式部卿敦慶のみこかくれ侍にけるはる」136オ
     よみ侍ける
              中納言兼輔
1225 さきにほひかせまつほとのやまさくら
   人の世よりはひさしかりけり
     後冷泉院の御ふくに侍けるころ花
     たちはなを女房のもとにつかはしける
              大納言忠家
1226 いとゝしくはなたちはなのかほるかに」136ウ
   そめしかたみのそてはぬれつゝ
     題しらす     つらゆき
1227 きのふまてあひみしひとのけふなきは
   やまのくもとそたなひきにける
              人麿
1228 みよしのゝみふねのやまにたつくもの
   つねにあらむとわかおもはなくに
     内わたりのさうしにのへといふわらはに」137オ
     つたへてふみなとつかはしけるにのへ身
     まかりにけるあきよみ侍ける
              謙徳公
1229 しらつゆはむすひやするとはなすゝき
   とふへきのへも見えぬあき哉
     題しらす     相模
1230 あさかほのはなにやとれるつゆの身は
   のとかにものをおもふへきかは」137ウ
              後京極摂政前太政大臣
1231 をはりおもふすまひかなしきやまかけに
   たまゆらかゝるあさかほのはな
              入道前太政大臣
1232 はやせかはわたるふなひとかけをたに
   とゝめぬみつのあはれ世中
              前大僧正慈円
1233 とりへやま夜半のけふりのたつたひに」138オ
   ひとのおもひやいとゝそふらん
              俊恵法師
1234 とりへやまこよひもけふりたつめりと
   いひてなかめし人もいつらは
              源有房朝臣
1235 ほともなくひまゆくこまを見ても猶
   あは(は+れ)ひつしのあゆみをそおもふ
              正三位家隆」138ウ
1236 はかなくもけふのいのちをたのむかな
   きのふをすきし心ならひに
              前大納言忠良
1237 かなしさは見るたひことにますかゝみ
   影たになとかとまらさりけむ
1238 なけくなよこれはうきよのならひそと
   なくさめをきしことそかなしき」139オ
     従三位能子かくれ侍にける秋月を見て
     よみ侍ける
              入道前太政大臣
1239 あはれなとまた見るかけのなかるらん
   くもかくれても月はいてけり
     なきひと/\を思いてゝよみ侍ける
              八条院高倉
1240 かす/\にたゝめのまへのおもかけの」139ウ
   あはれいくよにとしのへぬらん
     公守朝臣母身まかりにける時左大臣のも
     とにつかはしける
              大納言実家
1241 さても猶とふにもさめぬゆめなれと
   おとろかさてはいかゝやむへき
     返し       後徳大寺左大臣
1242 おもへたゝゆめかうつゝかわきかねて」140オ
   あるかなきかになけくこゝろを
     参議通宗朝臣身まかりてのちつねに
     かきかはし侍けるふみを母のこひ侍
     けれはつかはすとてよみ侍ける
              大納言通具
1243 身にそへてこれをかたみとしのふへき
   あとさへいまはとまらさりけり
     皇嘉門院かくれさせ給にけるのちの春」140ウ
     高倉院の御はてすき侍にけるのち俊成
     卿許につかはしける
              後法性寺入道前関白太政大臣
1244 とへかしな世のすみそめはかはれとも
   われのみふかきいろやいかにと
     母のおもひにて北山に侍ける時よみ侍ける
              内大臣
1245 しらたまはからくれなゐにうつろひぬ」141オ
   こすゑもしらぬそてのしくれに
     周忌はてゝよみ侍ける
1246 なこりなきけふはきのふをしのへとも
   たつおもかけはゝつるひもなし
     やまひにしつみ侍けるころ新少将身
     まかりぬときゝて素覚法師かもとに
     つかはしける
              賀茂重保」141ウ
1247 あさかほのつゆのわか身をゝきなから
   まつきえにける人そかなしき
     後京極摂政かくれ侍にける時よみ侍ける
              藤原親康
1248 うつゝのみゆめとは見えてをのつから
   ぬるかうちにはなくさめもなし
     賀茂重保身まかりてのちつねにうた
     よみ侍けるものともあとにまかりあひて」142オ
     遇友恋友といへるこゝろをよみ侍ける
     によめる
              覚盛法師
1249 うちむれてたつぬるやとはむかしにて
   おもかけのみそあるしなりける
     世をのかれてのち水辺述懐といふ心を
     よみ侍ける
              藤原親盛」142ウ
1250 かはりゆくかけにむかしをおもひいてゝ
   なみたをむすふ山の井のみつ
     題しらす     前大納言光頼
1251 ゆくひとのむすふににこるやまの井の
   いつまてすまむこのよなるらん
     おいのゝち母の身まかりにけるによみ侍け
     る        法印覚寛
1252 とまりゐる身もおいらくのゝちなれは」143オ
   さらぬわかれそいとゝかなしき
     後高倉院かくれさせたまうてとし/\
     すき侍ぬることをおもひてよみ侍ける
              平信繁
1253 をくれしとなけきなからにとしもへぬ
   さためなき世は名のみなりけり
     おいのゝち述懐哥よみ侍けるに
              能蓮法師」143ウ
1254 をくれゐてしなぬいのちをうらみにて
   あはれかなしき世のわかれかな
     入道大納言のおもひ(△&ひ)に侍ける時よみ侍ける
              左近中将基良
1255 物ことにわすれかたみをとゝめをきて
   なみたのたゆむときのまそなき
     僧正範玄身まかりてあとに侍りける
     ものともたのむかたなきよし申て」144オ
     まかりちり侍ける時よめる
              法印円経
1256 いかにせんたのむこかけのかれしより
   すゑはにとまるつゆたにもなし
     小侍従身まかりにける時よみ侍ける
              法印昭清
1257 うらむへきよはひならねとかなしきは
   わかれてあはぬうきよなりけり」144ウ
     大神基賢か身まかりにける時誦経せ
     させ侍けるによみ侍ける
              中院右大臣家夕霧
1258 わかれにしひはいくかにもあらねとも
   むかしのひとゝいふそかなしき
     八条院かくれさせ給て御正日八月十五夜
     にあたりて侍けるにあめふり侍けれは
     よめる」145オ
              藤原信実朝臣
1259 やみのうちもけふをかきりのそらにしも
   あきのなかはゝかきくらしつゝ
     父みまかりてのち月あかく侍ける夜
     蓮生法師かもとにつかはしける
              平泰時
1260 やまの葉にかくれし人はみえもせて
   いりにし月はめくりきにけり」145ウ
     返し       蓮生法師
1261 かくれにし人のかたみはつきを見よ
   こゝろのほかにすめるかけかは
     文集親愛自零落存者仍別離といふ
     こゝろをよみ侍ける
              八条院高倉
1262 あすかゝはけふのふちせもいかならん
   さらぬわかれはまつほともなし」146オ
     題しらす     行念法師
1263 さためなきよにふるさとをゆく水の
   けふのふちせはあすかゝはらん
     法恩講といふことをこなひ侍ける
     になきひとの名をかきつらねてよ
     み侍ける
              前大僧正慈円
1264 もろひとのうつもれぬ名をうれしとや」146ウ
   こけのしたにもけふは見るらむ」147オ

   新勅撰和歌集巻第十九
    雑哥四
     亭子院大内山におはしましける時
     勅使にてまいりて侍けるにふもとよ
     りくものたち(ち+のほり)けるを見てよみ侍ける
              中納言兼輔
1265 しら雲のこゝのへにたつみねなれは
   おほうちやまといふにそありける」147ウ
     題しらす     よみひとしらす
1266 やましろのくせのさきさか神世より
   はるはもえつゝあきはちりけり
     久邇のみやこのあれにけるを見てよみ侍
     ける
1267 みかのはらくにのみやこはあれにけり
   おほみやひとのうつりいぬれは
     かすかの社に百首哥よみてたてまつり」148オ
     けるに橋哥
              皇太后宮大夫俊成
1268 みやこいてゝふしみをこゆるあけかたは
   まつうちわたすひつかはのはし
     百首哥よみ侍けるに早秋哥
              内大臣
1269 ふきそむるをとたにかはれ山しろの
   ときはのもりのあきのはつかせ」148ウ
     建保四年百首哥たてまつりける時
              僧正行意
1270 やましろのときはのもりのゆふしくれ
   そめぬみとりにあきそくれぬる
     名所哥よみ侍けるに
              寂身法師
1271 したくさもいかてかいろのかはるらん
   そめぬときはのもりのしつくに」149オ
              真昭法師
1272 あすかゝはかはせのきりもはれやらて
   いたつらにふく秋のゆふかせ
     題しらす     よみひとしらす
1273 世中はなとやまとなるみなれかは
   みなれそめすそあるへかりける
              中納言家持
1274 ちとりなくさほのかはとのきよきせを」149ウ
   こまうちわたしいつかゝよはむ
              入道前太政大臣
1275 はるは花ふゆはゆきとてしら雲の
   たえすた(た+な)ひくみよしのゝやま
              正三位家隆
1276 いにしへのいくよのはなにはるくれて
   ならのみやこのうつろひぬらん
     前関白家哥合に名所月」150オ
              源家長朝臣
1277 いつこにもふりさけいまやみかさやま
   もろこしかけていつる月かけ
     百首哥侍けるに
              後京極摂政前太政大臣
1278 ひさかたのくもゐに見えしいこまやま
   はるはかすみのふもとなりけり
     題しらす     よみひとしらす」150ウ
1279 いとまあらはひろひにゆかんすみの江の
   きしによるてふこひわすれかひ
              和泉式部
1280 すみよしのありあけの月をなかむれは
   とをさかりにしかけそこひしき
     亭子院の御ともにつかうまつりてすみ
     よしのはまにてよみ侍ける
              一条右大臣」151オ
1281 すみよしのうらにふきあくるしらなみそ
   しほみつときのはなとさきける
     おなしみゆきになにはのうらにて
     よみ侍ける
              大宰権帥公頼
1282 なにはかたしほみつはまのゆふくれは
   つまなきたつのこゑのみそする
     謙徳公につかはしける」151ウ
              よみひとしらす
1283 おもふことむかしなからのはし/\ら
   ふりぬる身こそかなしかりけれ
     名所哥たてまつりける時あしや
              正三位家隆
1284 みしか夜のまたふしなれぬあしのやの
   つまもあらはにあくるしのゝめ
     布引瀧をよめる」152オ
              藤原行能朝臣
1285 ぬのひきのたきのしらいとわくらはに
   とひくるひともいくよへぬらん
     百首哥にもみちをよみ侍ける
              入道前太政大臣
1286 したはまてこゝろのまゝにそめてけり
   しくれにあける神なひのもり
    (+伊勢国にみゆきの時よみ侍ける)
              安貴王」152ウ
1287 いせのうみのおきつしらなみ花にもか
   つゝみていもか家つとにせむ
      こひのうたよみ侍ける中に
              正三位家隆
1288 伊勢の海のあまのまてかたまてしはし
   うらみになみのひまはなくとも
     名所哥たてまつりけるにすゝか山
              大蔵卿有家」153オ
1289 あきふかくなりにけらしなすゝかやま
   もみちはあめとふりまかひつゝ
     春浦月といへる心をよみ侍ける
              家長朝臣
1290 あつさゆみいちしの浦のはるのつき
   あまのたくなはよるもひくなり
     しかすかのわたりにてよみ侍ける
              中務」153ウ
1291 ゆけはありゆかねはくるしゝかすかの
   わたりにきてそ思たゆたふ
     前関白家哥合に名所月をよみ侍ける
              正三位家隆
1292 ひかりそふこのまの月におとろけは
   あきもなかはのさやのなかやま
              藤原光俊朝臣
1293 すみわたるひかりもきよし白妙の」154オ
   はまなのはしのあきの夜の月
     題しらす     よみひとしらす
1294 こひしくはゝまなのはしをいてゝみよ
   したゆく水にかけやとまると
     平兼盛するかのかみになりてくたり侍
     ける時餞し侍とてよめる
              大中臣能宣朝臣
1295 ゆきかへりたむけするかのふしのやま」154ウ
   けふりもたちゐきみをまつらし
     家五十首哥
              仁和寺二品法親王守覚
1296 ふしのねはとはてもそらにしられけり
   くもよりうへに見ゆるしらゆき
     名所百首哥たてまつりける時よめる
              従三位範宗
1297 世とゝもにいつかはきえむふしの山」155オ
   けふりになれてつもるしらゆき
     題しらす     さかみ
1298 いつとなくこひするかなるうとはまの
   うとくもひとのなりまさるかな
     百首哥
              後京極摂政前太政大臣
1299 あしからのせきちこえゆくしのゝめに
   ひとむらかすむうきしまのはら」155ウ
     題しらす     小町
1300 むさしのゝむかひのをかのくさなれは
   ねをたつねてもあはれとそおもふ
              よみ人しらす
1301 かつしかのまゝのうらまをこくふねの
   ふな人さはくなみたつらしも
              前大僧正慈円
1302 かつしかやむかしのまゝのつきはしを」156オ
   わすれすわたるはるかすみ哉
     ひたちにまかりてよみ侍ける
              能因法師
1303 よそにのみおもひをこせしつくはねの
   みねのしら雲けふみつるかな
     天禄元年大嘗会悠紀屏風哥
              清原元輔
1304 からさきのはまのまさこのつくるまて」156ウ
   はるのなこりはひさしからなん
     やまにのほり侍けるみちにて月を見
     てよみ侍ける
              前大僧正慈円
1305 おほたけのみねふくかせにきりはれて
   かゝみのやまに月そくもらぬ
     題しらす
              鎌倉右大臣」157オ
1306 はるきてははなとかみらんをのつから
   くち木のそまにふれるしらゆき
              参議雅経
1307 はなさかていく世のはるにあふみなる
   くち木のそまのたにのむもれ木
     伊勢勅使にて甲賀のむまやにつき
     侍ける日
              後京極摂政前太政大臣」157ウ
1308 はるかなるみ神のたけをめにかけて
   いくせわたりぬやすのかはなみ
     題しらす     よみひとしらす
1309 いまさらにさらしなかはのなかれても
   うきかけ見せむものならなくに
              寂蓮法師
1310 とくさかるきそのあさきぬそてぬれて
   みかゝぬつゆもたまとちりけり」158オ
     しなのゝくにゝまかりける人にたき
     物をくり侍ける
              源有教朝臣
1311 わするなよあさまのたけのけふりにも
   としへてきえぬおもひありとは
     題しらす     よみひとしらす
1312 みちのくにありといふなるたまかはの
   たまさかにたにあひ見てし哉」158ウ
     陸奥守に侍ける時忠義公のもとに申を
     くり侍ける
              源信明朝臣
1313 あけくれはまかきのしまをなかめつゝ
   みやこ恋しきねをのみそなく
     題しらす     よみひとしらす
1314 つらきをもいはてのやまのたにゝおふる
   くさのたもとそつゆけかりける」159オ
     名所哥あまたよみ侍けるに
              清輔朝臣
1315 ふるさとのひとに見せはやしらなみの
   きくよりこゆるすゑのまつ山
     題しらす     祝部成茂
1316 心あるあまのもしほ木たきすてゝ
   月にそあかすまつかうらしま
     寄露恋をよめる」159ウ
              寂延法師
1317 しのふ山このはしくるゝしたくさに
   あらはれにけるつゆのいろかな
     題しらす     平政村
1318 みや木のゝこのしたふかきゆふつゆも
   なみたにまさるあきやなか覧
     天暦御時御屏風哥
              源信明朝臣」160オ
1319 むかしより名にふりつめるしらやまの
   くもゐのゆきはきゆる世もなし
     百首哥たてまつりける雪哥
              大納言師頼
1320 かきくらしたまゆらやますふるゆきの
   いくへつもりぬこしのしらやま
     題しらす     よみひとしらす
1321 あさことにいはみのかはのみおたえす」160ウ
   こひしき人にあひ見てし哉
     前関白家哥合に名所月といへる心を
              内大臣
1322 ゆふなきにあかしのとより見わたせは
   やまとしまねをいつる月かけ
     題しらす     大納言旅人
1323 とものうらのいそのむろの木見ることに
   あひ見しいもはわすられむやは」161オ
              後京極摂政前太政大臣
1324 なみたかきむしあけのせとにゆくふねの
   よるへしらせよおきつしほかせ
              入道前太政大臣
1325 はるあきのくもゐのかりもとゝまらす
   たかたまつさのもしのせきもり
              よみ人しらす
1326 いもかためたまをひろふときのくにの」161ウ
   ゆらのみさきにこのひくらしつ
1327 もかりふねおきこきくらしいもかしま
   かたみのうらにたつかける見ゆ
              正三位家隆
1328 時しあれはさくらとそおもふはるかせの
   ふきあけのはまにたてるしら雲
     名所哥よみ侍けるに
              前参議教長」162オ
1329 なみよするふきあけのはまのはまかせに
   時しもわかぬゆきそつもれる
     堀河院に百首哥たてまつりける時
     やまのうた
              権中納言国信
1330 あさみとりかすみわたれるたえまより
   見れともあかぬいもせやまかな
     百首哥に眺望の心をよみ侍ける」162ウ
              入道前太政大臣
1331 わたのはらなみとひとつにみくまのゝ
   はまのみなみはやまのはもなし
     題しらす     七条院大納言
1332 みくまのゝうらわのまつのたむけくさ
   いくよかけきぬなみのしらゆふ
     後京極摂政家百首哥に草哥十首
     よみ侍けるに
              寂蓮法師」163オ
1333 かせふけはゝまゝつかえのたむけくさ
   つゆはかりこそぬさとちるらめ
     家に十五首哥よみ侍けるに晩霞
     隔浦といへるこゝろをよみ侍ける
              中院入道右大臣
1334 あはちしまとわたるふねやたとるらん
   やへたちこむるゆふかすみ哉
     和哥所哥合に海辺霞をよみ侍ける」163ウ
              前内大臣
1335 あはちしましるしのけふり見せわひて
   かすみをいとふはるのふな人
     題しらす     よみ人しらす
1336 しかのあまのけふりやきたてやくしほの
   からきこひをもわれはするかも
1337 しかのあまのめかりしほやきいとまなみ
   くしけのをくしとりもみなくに」164オ
              前大僧正慈円
1338 かすみしくまつらのおきにこきいてゝ
   もろこしまてのはるを見る哉
     秋山鹿といへる心をよみ侍ける
              正三位知家
1339 あさちやまいろかはりゆくあきかせに
   かれなてしかのつまをこふらん」164ウ

(白紙)」165オ

   新勅撰和謌集巻第二十
    雑哥五
     源政長朝臣の家にて人/\なかうた
     よみ侍けるに初冬述懐といへる心を
     よめる
              源俊頼朝臣
1340 やまさとは ふゆこそことに かなしけれ
   みねふきまよふ こからしの とほそをたゝく」165ウ
   こゑきけは やすきゆめたに むすはれす
   しくれとゝもに かたおかの まさきのかつら
   ちりにけり いまはわか身の なけきをは
   なにゝつけてか なくさめむ ゆきたにふりて
   しもかれの くさ葉のうへに つもらなん
   それにつけてや あさゆふに わかまつ人の
   われをたつぬる
     かへしうた」166オ
1341 いくかへりおきふしゝてかふゆの夜の
   とりのはつねをきゝそめつらん
     久安百首哥たてまつりけるなかうた
              皇太后宮大夫俊成
1342 しきしまや ゝまとしまねの かせとして
   ふきつたへたる ことのはゝ 神のみよゝり
   かはたけの 世ゝになかれて たえせねは
   いまもはこやの やまかせの 枝もならさす」166ウ
   しつけきに むかしのあとを たつぬれは
   みねのこすゑも かけしけく よつのうみにも
   なみたゝす わかのうらひと かすそひて
   もしほのけふり たちまさり ゆくすゑまての
   ためしとそ しまのほかにも きこゆなる
   これをおもへは きみの世に あふくまかはゝ
   うれしきを みわたにかゝる むもれ木の
   しつめることは からひとの 三世まてあはぬ」167オ
   なけきにも かはらさりける 身のほとを
   おもへはかなし かすかやま みねのつゝきの
   まつかえの いかにさしける すゑなれや
   きたのふちなみ かけてたに いふにもたらぬ
   しつえにて したゆく水に こされつゝ
   いつゝのしなに としふかく とおとてみつも
   へにしより よもきのかとに さしこもり
   みちのしはくさ おいはてゝ はるのひかりは」167ウ
   ことゝをく あきはわか身の うへとのみ
   つゆけきそてを いかゝとも とふ人もなき
   まきのとに 猶ありあけの 月かけを
   まつことかほに なかめても おもふこゝろは
   おほそらの むなしき名をは をのつから
   のこさむことも あやなさに なにはのことも
   つのくにの あしのしほれの かりすてゝ
   すさひにのみそ なりにしを きしうつなみの」168オ
   たちかへり かゝるみことの かしこさに
   いり江のもくつ かきつめて とまらむあとは
   みちのくの しのふもちすり みたれつゝ
   しのふはかりの ふしやなからん
     かへしうた
1343 やまかはのせゝのうたかたきえさらは
   しられんすゑの名こそおしけれ
              清輔朝臣」168ウ
1344 あしねはふ うき身のほとを つれもなく
   おもひもしらす すくしつゝ ありへけるこそ
   うれしけれ 世にもあらしの やまかせに
   たくふこのはの ゆくゑなく なりなましかは
   まつかえに 千世にひとたひ さくはなの
   まれなることに いかてかは けふはあふみに
   ありといふ くち木のそまに くちゐたる
   たにのむもれ木 なにことを おもひいてにて」169オ
   くれたけの すゑの世まても しられまし
   うらみをのこす ことはたゝ とわたるふねの
   とりかちの とりもあへねは をくあみの
   しつみおもへる こともなく このしたかくれ
   ゆくみつの あさきこゝろに まかせつゝ
   かきあつめたる くち葉には よしもあらぬを
   伊勢のうみの あまのたくなは なかき世に
   とゝめむことそ やさしかるへき」169ウ
              上西門院兵衛
1345 はるは花 あきはもみちの いろ/\に
   こゝろをそめて すくせとも かせにとまらぬ
   はかなさを おもひよそへて なにことも
   むなしきそらに すむ月を うきよにめくる
   ともとして あはれ/\と みるほとに
   つもれはおいと なりはてゝ おほくのとしは
   よるなみの かゝるみくつの かひなきは」170オ
   はかなくむすふ みつのおもの うたかたさへも
   かすならぬかな
     権中納言通俊かつらの家にて旋頭哥
     よみ侍けるにこひのこゝろをよめる
              俊頼朝臣
1346 つれなさを おもひあかしの うらみつゝ
   あまのいさりに たくものけふり おもかけにたつ
     家にひと/\まうてきて旋頭哥よみ」170ウ
     侍けるにたひのこゝろをよめる
              藤原顕綱朝臣
1347 草枕 ゆふつゆはらふ 旅衣 そてもしほゝに
   をきあかす夜の かすそかさなる
     百首哥たてまつりけるたひのうた
              清輔朝臣
1348 まつかねに しもうちはらひ めもあはて
   おもひやる 心やいもか ゆめにみゆらん」171オ
    物名
     りうたむをよみ侍ける
              伊勢
1349 かせさむみなくかりかねのこゑにより
   うたむころもをまつやかさまし
     しをに
1350 うけとむるそてをしをにてつらぬかは
   なみたのたまのかすは見てまし」171ウ
     たなはた
              躬恒
1351 としにあひにまれにきませるきみをゝきて
   またなはたてしこひはしぬとも
     ひともときく
1352 あたなりとひともときくるものからに
   はなのあたりはすきかてにする
     くつはむし」172オ
              二条太皇太后宮大弐
1353 かすならぬかゝるみくつはむしろたの
   つるのよはひもなにかいのらん
     すたれかけ
1354 かせにゆくゝもをあたにもわれは見す
   たれかけふりをのかれはつへき
     わかくり
              権中納言定頼」172ウ
1355 たちかはりたれならすらむとしをへて
   わかくりかへしゆきかへるみち
     はきのはな
              俊頼朝臣
1356 ときは木のはなれてひとり見えつるは
   たくひなしとや身をはしるらん
     このしまのみやしろ
1357 あなしにはこのしまのみやしろ妙の」173オ
   ゆきにまかへるなみはたつらん
     久安百首哥にたきもの
              大炊御門右大臣
1358 大井河くたすいかたのひまそなき
   おちくるたきものとけからねは
     ときのふた
              左京大夫顕輔
1359 つらけれときのふたのめしことのはに」173ウ
   けふまていける身とはしらすや
     からにしき
              清輔朝臣
1360 むつこともつきてあけぬときくからに
   しきのはねかきうらめしきかな
     かゝけのはこ
              花園左大臣家小大進
1361 しもふれはなへてかれぬるふゆくさも」174オ
   いはほかゝけのはこそしほれね
     からにしきをよみ侍ける
              従三位頼政
1362 むはたまのよるはすからにしきしのふ
   なみたのほとをしる人もなし
     みつなかしはをよめる
              基俊
1363 ちるもみち猶しからみにかけとめよ」174ウ
   たにのしたみつなかしはてしと
     物名哥よみ侍けるにやまとことかくら
              後徳大寺左大臣
1364 みなとやまとことはにふくしほかせに
   ゑしまのまつはなみやかくらん
     きむのこと
              殷富門院大輔
1365 かりころもしかまのかちにそめてきむ」175オ
   のことのつゆにかへらまくおし
     にしきのふすまをよめる
              源有仲
1366 むかし見しとやまのさとはあれにけり
   あさちかにはにしきのふすまて
     しきりはのやといふことを人のよま
     せ侍けるに
              鴨光兼」175ウ
1367 へたてこしきりはのやまにはれねとも
   ゆくかたしるくをしかなくなり
     春つれ/\に侍けれは権大納言公実
     許につかはしける
              俊頼朝臣
1368 はかなしなをのゝをやまたつくりかね
   てをたにもきみはてはふれすや
      返しはせてやかてまうてきていさゝは」176オ
      はなたつねにとなむさそひ侍ける
     堀河院御時蔵人頭にて殿上にさふらひ
     けるあしたいてさせたまうてこいたし
     きときのふたをくつかうふりによ
     めとおほせこと侍けれはつかうまつりける
              権中納言俊忠
1369 こしたもといとゝひかたきたひのよの
   しらつゆはらふきゝのこのした」176ウ
              橘広房
1370 このさとゝいはねとしるきたにみつの
   しつくもにほふきくのしたえた
     きよみかたふしのやまをよみ侍ける
              藤原行能朝臣
1371 きみしのふよな/\わけしみちしはの
   かはらぬつゆやたえぬしらたま
     庚申の夜あやめくさをおり句に」177オ
     よみ侍ける
              二条太皇太后宮大弐
1372 あなこひしやへの雲地にめもあはす
   くるゝよな/\さはくこゝろか
     おなしもしなき哥とてよみ侍ける
1373 あふことよいまはかきりのたひなれや
   ゆくすゑしらてむねそもえける
     はるのはしめに定家にあひて侍ける」177ウ
     ついてに僧正聖宝はをはしめる
     をはてにてなかめをかけてはるの
     うたよみて侍よしをかたり侍けれは
     その心よまむと申てよみ侍ける
              大僧正親厳
1374 はつねの日つめるわかなかめつらしと
   野辺のこまつにならへてそ見る」178オ

(白紙)」178ウ

    扶老眼一校直付字誤訖
    非器撰者明静」179オ

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