新古今和歌集上(題簽)」(表紙)
(白紙)」1オ
春<一> 同下<二> 夏<三> 秋<四> 同下<五> 冬<六>
賀<七> 哀傷<八> 離別<九> 羇旅<十>」1ウ
(白紙)」2オ
新古今和謌集序
夫和謌者群徳之祖百福之宗也玄象天成
五際六情之義末著素鵞地静三十一字之
詠甫興爾来源流寔繁長短雖異或抒下情
而達聞或宣上徳而致化或属遊宴而書懐或
採艶色而寄言誠是理世撫民之鴻徽賞心楽
事之亀鑑者也是以 聖代明時集而録之各
窮精微何以漏脱然猶崑嶺之玉採之有余[登+邑]林」2ウ
之材伐之無尽物既如此哥亦宜然仍誥参議右衛
門督源朝臣通具大蔵卿藤原朝臣有家左近衛
権中将藤原朝臣定家前上総介藤原朝臣家隆
左近衛権少将藤原雅経等不択貴賤高下令撰
錦句玉章神明之詞仏陀之作為表希夷雑而
同隷始於曩昔迄于当時彼此総編各俾呈進
毎至玄圃花芳之朝砌風涼之夕斟難波津之
遺流尋浅香山之芳躅或吟或詠抜犀象之牙角」3オ
無党無偏採翡翠之羽毛裁成而得二千首類聚而
為二十巻名曰新古今和哥集矣時令節物之
篇属四序而星羅衆作雑詠之什並群品而雲布
綜緝之致蓋云備矣伏惟来自代都而践天子之位
謝於漢宮而追汾陽之蹤
今上陛下之厳親也雖無帝道之諮詢日域朝
廷之本主也争不賞我国之習俗方今[艸+全]宰
合体華夷詠仁風化之楽万春々日野之草」3ウ
悉靡月宴之契千秋々津洲之塵惟静誠膺
無為有截之時可頤染毫操牋之志故撰斯一集
永欲伝百王彼上古之万葉集者蓋是和哥之源
也編次之起因准之儀星序惟煙鬱難披延喜
有古今集四人含綸命而成之天暦有後撰集五
人奉絲言而成之其後有拾遺後拾遺金葉詞華
千載等集雖出於 聖王数代之勅殊恨為撰者
一身之最因茲訪延喜天暦二朝之遺美定法河歩虚」4オ
五輩之英豪排神仙之居展刊脩之席而已斯集
之為体也先抽万葉集之中更拾七代集之外深
索而微長無遺広求而片善必挙但雖張網於山
野微禽自逃雖連[艸+全]於江湖小鮮偸漏誠当視
聴之不達定有篇章之猶遺今只随採得且所勒
終也抑於古今者不載当代之 御製自後撰而
初加其時之天章各考一部不満十篇而今所
入之自詠已余三十首六義若相兼一両雖可足」4ウ
依無風骨之絶妙還有露詞之多加偏以耽道
之思不顧多情之眼凡厥取捨者嘉尚之余特運
冲襟伏羲基皇徳而四十万年異域自雖観
聖造之書史焉神武開帝功而八十二代当朝未
聴叡策之撰集矣定知天下之都人士女謳
哥斯道之遇逢矣不独記仙洞無何之郷有
嘲風弄月之興亦欲呈皇家元久之歳有温
故知新之心修撰之趣不在茲乎聖暦乙丑王」5オ
春三月云爾」5ウ
やまとうたはむかしあめつちひらけはしめて人のし
わさいまたさたまらさりし時葦原中国のことのはとし
て稲田姫素鵞のさとよりそつたはれりけるしかあり
しよりこのかたそのみちさかりにおこりそのなかれいま
にたゆることなくしていろにふけりこゝろをのふるなかたち
とし世をおさめたみをやはらくるみちとせりかゝりけ
れはよゝのみかともこれをすてたまはすえらひをかれ
たる集とも家々のもてあそひものとしてことはの
花のこれるこのもとかたくおもひのつゆもれたるくさかくれ」6オ
もあるへからすしかはあれともいせのうみきよきなきさの
たまはひろふともつくることなくいつみのそましけき
宮木はひくともたゆへからすものみなかくのことしうたの
みちまたおなしかるへしこれによりて右衛門督源
朝臣通具大蔵卿藤原朝臣有家左近中将藤原朝臣
定家前上総介藤原朝臣家隆左近少将藤原朝臣
雅経らにおほせてむかしいまときをわかたすたかき
いやしき人をきらはすめに見えぬかみほとけのことの葉
もうはたまのゆめにつたへたる事まてひろくもとめあま」6ウ
ねくあつめしむをの/\えらひたてまつれるところ
なつひきのいとのひとすちならすゆふへのくものおもひ
さためかたきゆへにみとりのほら花かうはしきあした
たまのみきり風すゝしきゆふへなにはつのなかれを
くみてすみにこれるをさためあさか山のあとをたつねて
ふかきあさきをわかてり万葉集にいれる哥はこれを
のそかす古今よりこのかた七代の集にいれる哥をは
これをのする事なしたゝしことはのそのにあそひふて
のうみをくみてもそらとふとりのあみをもれみつにすむ」7オ
うをのつりをのかれたるたくひはむかしもなきにあら
されはいまも又しらさるところなりすへてあつめたる
哥ふたちゝはたまきなつけて新古今和哥集といふ
はるかすみたつたの山にはつはなをしのふより夏はつま
こひする神なひの郭公秋は風にちるかつらきのもみち
ふゆはしろたへのふしのたかねにゆきつもるとしのくれ
まてみなおりにふれたるなさけなるへししかのみならす
たかきやにとをきをのそみてたみのときをしりすゑの
つゆもとのしつくによそへて人のよをさとりたま」7ウ
ほこのみちのへにわかれをしたひあまさかるひなのなか
ちにみやこをおもひたかまの山のくもゐのよそなる人
をこひなからのはしのなみにくちぬる名をおしみてもこゝ
ろうちにうこきことほかにあらはれすといふことなし
いはむやすみよしの神はかたそきのことの葉をのこし
伝教大師はわかたつそまのおもひをのへたまへりかくの
こときしらぬむかしの人のこゝろをもあらはしゆきて見
ぬさかひのほかのことをもしるはたゝこのみちならし
そも/\むかしはいつたひゆつりしあとをたつねてあまつ」8オ
ひつきのくらゐにそなはりいまはやすみしる名をのかれて
はこやの山にすみかをしめたりといへともすへらきは
こたるみちをまもりほしのくらゐはまつりことをたすけ
しちきりをわすれすしてあめのしたしけきことわさ
くものうへのいにしへにもかはらさりけれはよろつのたみ
かすかのゝくさのなひかぬかたなくよものうみあきつし
まの月しつかにすみてわかのうらのあとをたつねし
きしまのみちをもてあそひつゝこの集をえらひてなかき
よにつたへんとなりかの万葉集はうたのみなもとなり」8ウ
時うつりことへたゝりていまの人しることかたし延喜の
ひしりのみよには四人に勅して古今集をえらはし
め天暦のかしこきみかとは五人におほせて後撰集
をあつめしめたまへりそのゝち拾遺後拾遺金葉
詞華千載等の集はみな一人これをうけたまはれる
ゆへにきゝもらし見をよはさるところもあるへし
よりて古今後撰のあとをあらためす五人のともから
をさためてしるしたてまつらしむるなりそのうへみつ
からさためてつからみかけることはとをくもろこしのふみの」9オ
みちをたつぬれははまちとりあとありといへともわかくに
やまとことのはゝしまりてのちくれたけのよゝに
かゝるためしなんなかりけるこのうちみつからの哥をのせ
たることふるきたくひはあれと十首にはすきさるへし
しかるをいまかれこれえらへるところ三十首にあまれり
これみな人のめたつへきいろもなくこゝろとゝむへきふ
しもありかたきゆへにかへりていつれとわきかたけれは
もりのくち葉かすつもりみきはのもくつかきすてす
なりぬることはみちにふけるおもひふかくしてのちのあさけ」9ウ
りをかへりみさるなるへしときに元久二年三月廿
六日なんしるしをはりぬるめをいやしみみゝをたふと
ふるあまりいそのかみふるきあとをはつといへともなかれ
をくみてみなもとをたつぬるゆへにとみのをかはの
たえせぬみちをおこしつれはつゆしもはあらたまるとも
まつふく風のちりうせすはるあきはめくるともそらゆく
月のくもりなくしてこの時にあへらんものはこれをよろ
こひこのみちをあふかんものはいまをしのはさらめかも」10オ
(白紙)」10ウ
新古今和歌集巻第一
春哥上
はるたつこゝろをよみ侍りける
摂政太政大臣
0001 みよしのは山もかすみてしらゆきのふりにしさとに春はきにけり
はるのはしめのうた
太上天皇
0002 ほの/\とはるこそゝらにきにけらしあまのかく山かすみたなひく〈朱〉\
百首哥たてまつりし時はるのうた
式子内親王」11オ
0003 山ふかみ春ともしらぬ松のとにたえ/\かゝる雪のたまみつ
五十首哥たてまつりし時
宮内卿
0004 かきくらしなをふるさとのゆきのうちにあとこそ見えね春はきにけり
入道前関白太政大臣右大臣に侍ける時百首哥よま
せ侍けるに立春の心を
皇太后宮大夫俊成
0005 けふといへはもろこしまてもゆく春をみやこにのみとおもひけるかな
題しらす 俊恵法師
0006 春といへはかすみにけりなきのふまてなみまに見えしあはちしま山」11ウ
西行法師
0007 いはまとちしこほりもけさはとけそめてこけのしたみつみちもとむらん
よみ人しらす
0008 風ませに雪はふりつゝしかすかに霞たなひき春はきにけり〈朱〉\
0009 ときはいまは春になりぬとみゆきふるとをき山へにかすみたなひく〈朱〉\
堀河院御時百首哥たてまつりけるにのこりのゆき
のこゝろをよみ侍りける
権中納言国信
0010 かすかのゝしたもえわたるくさのうへにつれなくみゆる春のあは雪
題しらす 山辺赤人」12オ
0011 あすからはわかなつまむとしめしのにきのふもけふも雪はふりつゝ
天暦御時屏風哥
壬生忠見
0012 かすかのゝくさはみとりになりにけりわかなつまむとたれかしめけん
崇徳院に百首哥たてまつりける時はるのうた
前参議教長
0013 わかなつむそてとそ見ゆるかすかのゝとふひのゝへの雪のむらきえ
延喜御時の屏風に
紀貫之
0014 ゆきて見ぬ人もしのへとはるの野のかたみにつめるわかなゝりけり」12ウ
述懐百首哥よみ侍けるにわかな
皇太后宮大夫俊成
0015 さはにおふるわかなならねといたつらにとしをつむにもそてはぬれけり〈朱〉\
日吉社によみてたてまつりける子日の哥
0016 さゝなみやしかのはまゝつふりにけりたかよにひけるねの日なるらん
百首たてまつりし時
藤原家隆朝臣
0017 たにかはのうちいつるなみもこゑたてつ鴬さそへはるの山かせ
和哥所にて関路鴬といふことを
太上天皇」13オ
0018 鴬のなけともいまたふるゆきにすきの葉しろきあふさかの山〈朱〉\
堀河院に百首哥たてまつりける時のこりのゆきのこゝ
ろをよみ侍ける
藤原仲実朝臣
0019 春きては花とも見よとかたをかの松のうは葉にあは雪そふる
題しらす 中納言家持
0020 まきもくのひはらのいまたくもらねはこまつかはらにあは雪そふる
よみ人しらす
0021 いまさらにゆきふらめやもかけろふのもゆるはるひとなりにしものを
凡河内躬恒」13ウ
0022 いつれをか花とはわかむふるさとのかすかのはらにまたきえぬ雪〈朱〉\
家百首哥合に余寒の心を
摂政太政大臣
0023 そらはなをかすみもやらす風さえて雪けにくもる春のよの月
和哥所にて春山月といふ心をよめる
越前
0024 やまふかみなをかけさむし春の月そらかきくもり雪はふりつゝ〈朱〉\
詩をつくらせて哥にあはせ侍しに水郷春望と
いふことを
左衛門督通光」14オ
0025 みしまえやしもゝまたひぬあしの葉につのくむほとの春風そ吹
藤原秀能
0026 ゆふつくよしほみちくらしなにはえのあしのわか葉にこゆるしらなみ
春哥とて 西行法師
0027 ふりつみしたかねのみゆきとけにけりきよたき河の水のしらなみ
源重之
0028 むめかえにものうきほとにちるゆきを花ともいはし春のなたてに
山辺赤人
0029 あつさゆみはる山ちかくいゑゐしてたえすきゝつる鴬のこゑ
読人しらす」14ウ
0030 むめかえになきてうつろふうくひすのはねしろたへにあはゆきそふる
百首哥たてまつりし時
惟明親王
0031 鴬のなみたのつらゝうちとけてふるすなからや春をしるらん〈朱〉\
題しらす 志貴皇子
0032 いはそゝくたるみのうへのさわらひのもえいつる春になりにけるかな
百首哥たてまつりし時
前大僧正慈円
0033 あまのはらふしのけふりの春の色のかすみになひくあけほのゝそら
崇徳院に百首哥たてまつりける時」15オ
藤原清輔朝臣
0034 あさかすみふかく見ゆるやけふりたつむろのやしまのわたりなるらん
晩霞といふことをよめる
後徳大寺左大臣
0035 なこのうみのかすみのまよりなかむれはいる日をあらふおきつしらなみ
をのことも詩をつくりて哥にあはせ侍しに水郷
春望といふことを
太上天皇
0036 見わたせは山もとかすむみなせかはゆふへはあきとなにおもひけん
摂政太政大臣家百首哥合に春のあけほのといふ」15ウ
心をよみ侍ける
藤原家隆朝臣
0037 かすみたつすゑの松山ほの/\となみにはなるゝよこ雲のそら
守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
藤原定家朝臣
0038 春のよの夢のうきはしとたえしてみねにわかるゝよこ雲のそら
きさらきまてむめのはなさき侍らさりけるとし
よみ侍ける 中務
0039 しるらめやかすみのそらをなかめつゝ花もにほはぬ春をなけくと
守覚法親王家五十首哥に」16オ
藤原定家朝臣
0040 おほそらはむめのにほひにかすみつゝくもりもはてぬ春のよの月
題しらす 宇治前関白太政大臣
0041 おられけりくれなゐにほふむめのはなけさしろたへに雪はふれゝと
かきねのむめをよみ侍りける
藤原敦家朝臣
0042 あるしをはたれともわかす春はたゝかきねのむめをたつねてそみる
梅花遠薫といへる心をよみ侍ける
源俊頼朝臣
0043 心あらはとはましものをむめかゝにたか袖よりかにほひきつらん」16ウ
百首哥たてまつりし時
藤原定家朝臣
0044 むめの花にほひをうつす袖のうへにのきもる月のかけそあらそふ
藤原家隆朝臣
0045 むめかゝにむかしをとへは春の月こたへぬかけそ袖にうつれる
千五百番の哥合に
右衛門督通具
0046 むめの花たか袖ふれしにほひそと春やむかしの月にとはゝや
皇太后宮大夫俊成女
0047 むめの花あかぬ色香もむかしにておなしかたみの春のよの月」17オ
梅花にそへて大弐三位につかはしける
権中納言定頼
0048 見ぬ人によそへて見つるむめの花ちりなんのちのなくさめそなき
返し 大弐三位
0049 春ことに心をしむる花のえにたかなをさりの袖かふれつる
二月雪落衣といふことをよみ侍ける
康資王母
0050 むめちらす風もこえてやふきつらんかほれる雪のそてにみたるゝ
題しらす 西行法師
0051 とめこかしむめさかりなるわかやとをうときも人はおりにこそよれ〈朱〉\」17ウ
百首哥たてまつりしに春哥
式子内親王
0052 なかめつるけふはむかしになりぬとものきはのむめはわれをわするな
土御門内大臣の家に梅香留袖といふ事をよみ侍
けるに 藤原有家朝臣
0053 ちりぬれはにほひはかりをむめの花ありとや袖に春風のふく
題しらす 八条院高倉
0054 ひとりのみなかめてちりぬむめの花しるはかりなる人はとひこす
文集嘉陵春夜詩不明不暗朧々月といへること
をよみ侍りける」18オ
大江千里
0055 てりもせすくもりもはてぬはるのよのおほろ月よにしく物そなき
祐子内親王ふちつほにすみ侍けるに女房うへ人なと
さるへきかきりものかたりして春秋のあはれいつ
れにかこゝろひくなとあらそひ侍けるに人/\おほく
秋に心をよせ侍けれは
菅原孝標女
0056 あさみとり花もひとつにかすみつゝおほろに見ゆる春のよの月
百首哥たてまつりし時
源具親」18ウ
0057 なにはかたかすまぬなみもかすみけりうつるもくもるおほろ月よに
摂政太政大臣家百首哥合に
寂蓮法師
0058 いまはとてたのむのかりもうちわひぬおほろ月よのあけほのゝそら
刑部卿頼輔哥合し侍けるによみてつかはしける
皇太后宮大夫俊成
0059 きく人そなみたはおつるかへるかりなきてゆくなるあけほのゝそら
題しらす よみ人しらす
0060 ふるさとにかへるかりかねさよふけて雲ちにまよふ声きこゆなり
帰雁を 摂政太政大臣」19オ
0061 わするなよたのむのさはをたつかりもいな葉の風の秋のゆふくれ
百首哥たてまつりし時
0062 かへるかりいまはの心ありあけに月と花との名こそおしけれ
守覚法親王の五十首哥に
藤原定家朝臣
0063 しもまよふそらにしほれしかりかねのかへるつはさに春雨そふる
閑中春雨といふことを
大僧正行慶
0064 つく/\と春のなかめのさひしきはしのふにつたふのきの玉水
寛平御時きさいの宮の哥合哥」19ウ
伊勢
0065 水のおもにあやをりみたる春雨や山のみとりをなへてそむらん
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0066 ときはなる山のいはねにむすこけのそめぬみとりに春雨そふる
清輔朝臣もとにて雨中苗代といふことをよめる
勝命法師
0067 雨ふれはを田のますらをいとまあれやなはしろ水をそらにまかせて
延喜御時屏風に 凡河内躬恒
0068 春さめのふりそめしよりあをやきのいとのみとりそ色まさりける」20オ
題しらす 大宰大弐高遠
0069 うちなひき春はきにけりあをやきのかけふむみちに人のやすらふ
輔仁親王
0070 みよしのゝおほかはのへのふるやなきかけこそ見えね春めきにけり
百首哥の中に
崇徳院御哥
0071 あらしふくきしのやなきのいなむしろおりしくなみにまかせてそみる
建仁元年三月哥合に霞隔遠樹といふことを
権中納言公経
0072 たかせさすむつたのよとのやなきはらみとりもふかくかすむ春かな」20ウ
百首哥よみ侍ける時春哥とてよめる
殷富門院大輔
0073 春風のかすみふきとくたえまよりみたれてなひくあをやきのいと
千五百番哥合に春哥
藤原雅経
0074 しらくものたえまになひくあをやきのかつらき山に春風そふく
藤原有家朝臣
0075 あをやきのいとにたまぬく白つゆのしらすいくよの春かへぬらん
宮内卿
0076 うすくこき野辺のみとりのわかくさにあとまて見ゆる雪のむらきえ」21オ
題しらす 曽祢好忠
0077 あらを田のこそのふるあとのふるよもきいまは春へとひこはへにけり〈朱〉\
壬生忠見
0078 やかすともくさはもえなんかすか野をたゝ春の日にまかせたらなん〈朱〉\
西行法師
0079 よしの山さくらかえたにゆきちりて花をそけなるとしにもあるかな
白河院鳥羽におはしましける時人々山家待花とい
へる心をよみ侍けるに
藤原隆時朝臣
0080 桜花さかはまつ見んとおもふまに日かすへにけり春の山さと」21ウ
亭子院哥合哥 紀貫之
0081 わかこゝろ春の山へにあくかれてなか/\し日をけふもくらしつ
摂政太政大臣家百首哥合に野遊のこゝろを
藤原家隆朝臣
0082 おもふとちそこともしらすゆきくれぬ花のやとかせ野への鴬
百首哥たてまつりしに 式子内親王
0083 いまさくらさきぬと見えてうすくもり春にかすめるよのけしきかな
題しらす よみ人しらす
0084 ふしておもひおきてなかむる春雨に花のしたひもいかにとくらん〈朱〉\
中納言家持」22オ
0085 ゆかむ人こん人しのへ春かすみたつたの山のはつさくら花
花哥とてよみ侍ける
西行法師
0086 よしの山こそのしほりのみちかへてまた見ぬかたの花をたつねん
和哥所にて哥つかうまつりしに春の哥とてよめる
寂蓮法師
0087 かつらきやたかまの桜さきにけりたつたのおくにかゝる白雲
題しらす よみ人しらす
0088 いその神ふるき宮こをきてみれはむかしかさしゝ花さきにけり
源公忠朝臣」22ウ
0089 春にのみとしはあらなんあらを田をかへす/\も花をみるへく〈朱〉\
やへさくらをおりて人のつかはして侍けれは
道命法師
0090 白雲のたつたの山のやへ桜いつれを花とわきておりけん
百首哥たてまつりし時
藤原定家朝臣
0091 しらくもの春はかさねてたつた山をくらのみねに花にほふらし
題しらす 藤原家衡朝臣
0092 よしの山花やさかりにゝほふらんふるさとさえぬ峰の白雪〈朱〉\
和哥所哥合に羇旅花といふことを」23オ
藤原雅経
0093 いはねふみかさなる山をわけすてゝ花もいくへのあとのしら雲
五十首哥たてまつりし時
0094 たつねきて花にくらせるこのまよりまつとしもなき山の葉の月
故郷花といへる心を
前大僧正慈円
0095 ちりちらす人もたつねぬふるさとのつゆけき花に春風そふく〈朱〉\
千五百番哥合に
右衛門督通具
0096 いその神ふるのゝさくらたれうへて春はわすれぬかたみなるらん」23ウ
正三位季能
0097 花そ見るみちのしはくさふみわけてよしのゝ宮の春のあけほの〈朱〉\
藤原有家朝臣
0098 あさ日かけにほへる山のさくら花
つれなくきえぬ雪かとそ見る」24オ
新古今和哥集巻第二
春哥下
釈阿和哥所にて九十賀し侍りしおり屏風に
山にさくらさきたるところを
太上天皇
0099 さくらさくとを山とりのしたりおのなか/\し日もあかぬ色かな
千五百番哥合に春哥
皇太后宮大夫俊成
0100 いくとせの春に心をつくしきぬあはれとおもへみよしのゝ花
百首哥に 式子内親王」24ウ
0101 はかなくてすきにしかたをかそふれは花にものおもふ春そへにける
内大臣に侍ける時望山花といへるこゝろをよみ侍
ける 京極前関白太政大臣
0102 白雲のたなひく山のやま桜いつれを花とゆきておらまし
祐子内親王家にて人々花哥よみ侍けるに
権大納言長家
0103 はなの色にあまきるかすみたちまよひそらさへにほふ山桜かな
題しらす 赤人
0104 もゝしきの大宮人はいとまあれやさくらかさしてけふもくらしつ
在原業平朝臣」25オ
0105 花にあかぬなけきはいつもせしかともけふのこよひにゝる時はなし
凡河内躬恒
0106 いもやすくねられさりけり春の夜は花のちるのみ夢に見えつゝ〈朱〉\
伊勢
0107 山さくらちりてみゆきにまかひなはいつれか花と春にとはなん〈朱〉\
貫之
0108 わかやとのものなりなから桜はなちるをはえこそとゝめさりけれ〈朱〉\
寛平御時きさいの宮の哥合に
よみ人しらす
0109 かすみたつ春の山へにさくらはなあかすちるとや鴬のなく」25ウ
題しらす 赤人
0110 春雨はいたくなふりそ桜花また見ぬ人にちらまくもおし
〈墨〉\中納言家持
[承元四年九月止之]
[0110] 〈墨〉\ふるさとに花はちりつゝみよしのゝ山のさくらはまたさかすけり
貫之
0111 花のかにころもはふかくなりにけりこのしたかけの風のまにまに/\
千五百番哥合に
皇太后宮大夫俊成女
0112 風かよふねさめの袖の花のかにかほるまくらの春のよの夢〈朱〉\
守覚法親王五十首哥よませ侍ける時」26オ
藤原家隆朝臣
0113 このほとはしるもしらぬもたまほこのゆきかふ袖は花のかそする〈朱〉\
摂政太政大臣家に五首哥よみ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
0114 またや見んかたのゝみのゝ桜かり花の雪ちる春のあけほの
花哥よみ侍けるに 祝部成仲
0115 ちりちらすおほつかなきは春かすみたなひく山の桜なりけり
山さとにまかりてよみ侍ける
能因法師
0116 やまさとの春のゆふくれきてみれはいりあひのかねに花そちりける」26ウ
題しらす 恵慶法師
0117 さくらちる春の山へはうかりけりよをのかれにとこしかひもなく
花見侍ける人にさそはれてよみ侍ける
康資王母
0118 山さくら花のした風ふきにけりこのもとことの雪のむらきえ
題しらす 源重之
0119 はるさめのそほふるそらのをやみせすおつる涙に花そちりける
0120 かりかねのかへるは風やさそふらんすきゆく峯の花ものこらぬ
百首哥めしゝ時春哥
源具親」27オ
0121 時しもあれたのむのかりのわかれさへ花ちるころのみよしのゝさと
見山花といへる心を
大納言経信
0122 山ふかみすきのむらたちみえぬまておのへの風に花のちるかな
堀河院御時百首哥たてまつりけるに花哥
大納言師頼
0123 このしたのこけのみとりもみえぬまてやへちりしける山桜かな
花十首哥よみ侍けるに
左京大夫顕輔
0124 ふもとまておのへの桜ちりこすはたなひく雲とみてやすきまし」27ウ
花落客稀といふことを
刑部卿範兼
0125 はなちれはとふ人まれになりはてゝいとひし風のをとのみそする
題しらす 西行法師
0126 なかむとて花にもいたくなれぬれはちるわかれこそかなしかりけれ
越前
0127 山さとのにはよりほかのみちもかな花ちりぬやと人もこそとへ〈朱〉\
五十首哥たてまつりし中に湖上花を
宮内卿
0128 花さそふひらの山風ふきにけりこきゆくふねのあとみゆるまて」28オ
関路花を
0129 あふさかやこすゑのはなをふくからにあらしそかすむせきのすき村〈朱〉\
百首哥たてまつりし春哥
二条院讃岐
0130 山たかみ峯のあらしにちる花の月にあまきるあけかたのそら
百首哥めしける時春哥
崇徳院御哥
0131 やまたかみいはねの桜ちるときはあまのはころもなつるとそみる
春日社哥合とて人々哥よみ侍けるに
刑部卿頼輔」28ウ
0132 ちりまかふはなのよそめはよしの山あらしにさはくみねの白雲
最勝四天王院の障子によしの山かきたる所
太上天皇
0133 みよしのゝたかねの桜ちりにけりあらしもしろき春のあけほの〈朱〉\
千五百番哥合に
藤原定家朝臣
0134 さくら色の庭のはる風あともなしとはゝそ人の雪とたにみん
ひとゝせしのひて大内の花見にまかりて侍しに
にはにちりて侍しはなをすゝりのふたにいれて摂政
のもとにつかはし侍し」29オ
太上天皇
0135 けふたにも庭をさかりとうつる花きえすはありとも雪かともみよ〈朱〉\
返し 摂政太政大臣
0136 さそはれぬ人のためとやのこりけんあすよりさきの花の白雪〈朱〉\
家のやへさくらをおらせて惟明親王のもとにつかは
しける 式子内親王
0137 やへにほふのきはのさくらうつろひぬ風よりさきにとふ人もかな
返し 惟明親王
0138 つらきかなうつろふまてにやへさくらとへともいはてすくる心は
五十首哥たてまつりし時」29ウ
藤原家隆朝臣
0139 さくら花夢かうつゝか白雲のたえてつねなきみねの春風
題しらす 皇太后宮大夫俊成女
0140 うらみすやうきよを花のいとひつゝさそふ風あらはとおもひけるをは
後徳大寺左大臣
0141 はかなさをほかにもいはし桜花さきてはちりぬあはれよの中
入道前関白太政大臣家に百首哥よませ侍ける
時 俊恵法師
0142 なかむへきのこりの春をかそふれは花とゝもにもちる涙かな
花哥とてよめる 殷富門院大輔」30オ
0143 花もまたわかれん春はおもひいてよさきちるたひの心つくしを
千五百番哥合に
左近中将良平
0144 ちる花のわすれかたみのみねの雲そをたにのこせ春の山風〈朱〉\
落花といふことを 藤原雅経
0145 はなさそふなこりを雲にふきとめてしはしはにほへ春の山かせ
題しらす 後白河院御哥
0146 おしめともちりはてぬれは桜花いまはこすゑをなかむはかりそ〈朱〉\
〈墨〉\太神宮に百首哥たてまつり侍し中に
〈墨〉\太上天皇」30ウ
[0146] 〈墨〉\いかにせんよにふるなかめしはのとにうつろふ花の春のくれかた
残春のこゝろを 摂政太政大臣
0147 よしの山はなのふるさとあとたえてむなしきえたに春風そふく
題しらす 大納言経信
0148 ふるさとのはなのさかりはすきぬれとおもかけさらぬ春のそらかな
百首哥中に 式子内親王
0149 花はちりその色となくなかむれはむなしきそらに春雨そふる
小野宮のおほきおほいまうちきみ月輪寺花見
侍ける日よめる 清原元輔
0150 たかたにかあすはのこさん山さくらこほれてにほへけふのかたみに〈朱〉\」31オ
曲水宴をよめる 中納言家持
0151 から人のふねをうかへてあそふてふけふそわかせこ花かつらせよ
紀貫之曲水宴し侍ける時月入花灘暗といふこと
をよみ侍ける 坂上是則
0152 花なかすせをもみるへきみか月のわれていりぬる山のをちかた〈朱〉\
雲林院のさくら見にまかりけるにみなちりはてゝわ
つかにかたえたにのこりて侍けれは
良暹法師
0153 たつねつるはなもわか身もおとろへてのちの春ともえこそちきらね
千五百番哥合に 寂蓮法師」31ウ
0154 おもひたつとりはふるすもたのむらんなれぬる花のあとのゆふくれ
0155 ちりにけりあはれうらみのたれなれは花のあとゝふ春の山風〈朱〉\
権中納言公経
0156 春ふかくたつねいるさの山の葉にほの見し雲の色そのこれる〈朱〉\
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0157 はつせ山うつろふ花に春くれてまかひし雲そみねにのこれる
藤原家隆朝臣
0158 よしのかはきしの山ふきさきにけりみねのさくらはちりはてぬらん
皇太后宮大夫俊成」32オ
0159 こまとめてなを水かはんやまふきの花のつゆそふ井ての玉河
堀河院御時百首哥たてまつりける時
権中納言国信
0160 いはねこすきよたき河のはやけれはなみおりかくるきしの山ふき
題しらす 厚見王
0161 かはつなくかみなひかはにかけみえていまか(か=や)さくらん山ふきの花
延喜十三年亭子院哥合哥
藤原興風
0162 あしひきの山ふきの花ちりにけり井てのかはつはいまやなくらん〈朱〉\
飛香舎にて藤花宴侍けるに」32ウ
延喜御哥
0163 かくてこそ見まくほしけれよろつよをかけてにほへるふちなみの花
天暦四年三月十四日ふちつほにわたらせたまひ
て花おしませたまひけるに
天暦御哥
0164 まとゐして見れともあかぬふちなみのたゝまくおしきけふにもあるかな〈朱〉\
清慎公家屏風に 貫之
0165 くれぬとはおもふものからふちなみのさけるやとには春そひさしき
ふちのまつにかゝれるをよめる
0166 みとりなる松にかゝれるふちなれとをのかころとそ花はさきける〈朱〉\」33オ
はるのくれつかた実方朝臣のもとにつかはしける
藤原道信朝臣
0167 ちりのこる花もやあるとうちむれてみ山かくれをたつねてしかな
修業し侍けるころ春のくれによみける
大僧正行尊
0168 このもとのすみかもいまはあれぬへし春しくれなはたれかとひこん
五十首哥たてまつりし時
寂蓮法師
0169 くれてゆく春のみなとはしらねともかすみにおつるうちのしはふね
山家三月尽をよみ侍ける」33ウ
藤原伊綱
0170 こぬまても花ゆへ人のまたれつる春もくれぬるみ山辺のさと
題しらす 皇太后宮大夫俊成女
0171 いその神ふるのわさたをうちかへしうらみかねたる春のくれかな
寛平御時きさいの宮の哥合哥
よみ人しらす
0172 まてといふにとまらぬものとしりなからしひてそおしき春のわかれは
山家暮春といへるこゝろを
宮内卿
0173 しはのとにさすや日かけのなこりなく春くれかゝる山の葉の雲」34オ
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0174 あすよりはしかの花そのまれにたにたれかはとはん春のふるさと」34ウ
新古今和哥集巻第三
夏哥
題しらす 持統天皇御哥
0175 春すきてなつきにけらししろたへのころもほすてふあまのかく山
素性法師
0176 おしめともとまらぬはるもあるものをいはぬにきたる夏衣かな
更衣をよみ侍ける 前大僧正慈円
0177 ちりはてゝ花のかけなきこのもとにたつことやすきなつころもかな
春をゝくりてきのふのことしといふことを
源道済」35オ
0178 なつころもきていくかにかなりぬらんのこれる花はけふもちりつゝ
夏のはしめのうたとてよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成女
0179 おりふしもうつれはかへつよのなかの人の心の花そめのそて
卯花如月といへる心をよませ給ける
白河院御哥
0180 うの花のむら/\さけるかきねをは雲まの月のかけかとそみる
題しらす 大宰大弐重家
0181 うの花のさきぬるときはしろたへのなみもてゆへるかきねとそみる
斎院に侍ける時神たちにて」35ウ
式子内親王
0182 わすれめやあふひをくさにひきむすひかりねのゝへのつゆのあけほの
あふひをよめる 小侍従
0183 いかなれはそのかみ山のあふひくさとしはふれともふた葉なるらん
最勝四天王院の障子にあさかのぬまかきたる所
藤原雅経朝臣
0184 のへはいまたあさかのぬまにかるくさのかつ見るまゝにしけるころかな
崇徳院に百首哥たてまつりける時夏哥
待賢門院安芸
0185 さくらあさのをふのしたくさしけれたゝあかてわかれし花の名なれは」36オ
題しらす 曽祢好忠
0186 花ちりし庭のこの葉もしけりあひてあまてる月のかけそまれなる
0187 かりにくとうらみし人のたえにしをくさ葉につけてしのふころかな
藤原元真
0188 なつくさはしけりにけりなたまほこのみちゆき人もむすふはかりに
延喜御哥
0189 夏草はしけりにけれとほとゝきすなとわかやとに一声もせぬ
柿本人麿
0190 なくこゑをえやはしのはぬほとゝきすはつうの花のかけにかくれて
賀茂にまうてゝ侍りけるに人のほとゝきすなかなん」36ウ
と申けるあけほのかたをかのこすゑおかしく見え侍
けれ 紫式部
0191 ほとゝきす声まつほとはかたをかのもりのしつくにたちやぬれまし
かもにこもりたりけるあか月郭公のなきけれは
弁乳母
0192 ほとゝきすみ山いつなるはつこゑをいつれのやとのたれかきくらん
題しらす よみ人しらす
0193 さ月山うの花月よほとゝきすきけともあかす又なかんかも〈朱〉\
0194 をのかつまこひつゝなくやさ月やみ神なひ山のやま郭公
中納言家持」37オ
0195 ほとゝきす一声なきていぬるよはいかてか人のいをやすくぬる〈朱〉\
大中臣能宣朝臣
0196 ほとゝきすなきつゝいつるあしひきの山となてしこさきにけらしも〈朱〉\
大納言経信
0197 ふた声となきつときかはほとゝきすころもかたしきうたゝねはせん
待客聞郭公といへる心を
白河院御哥
0198 郭公またうちとけぬしのひねはこぬ人をまつわれのみそきく
題しらす 花園左大臣
0199 きゝてしもなをそねられぬほとゝきすまちしよころ(ろ+の)心ならひに」37ウ
神たちにて郭公をきゝて
前中納言匡房
0200 うの花のかきねならねとほとゝきす月のかつらのかけになくなり
入道前関白右大臣に侍ける時百首哥よませ侍
ける郭公の哥 皇太后宮大夫俊成
0201 むかしおもふくさのいほりのよるの雨になみたなそへそ山郭公
0202 雨そゝくはなたち花に風すきて山郭公雲になくなり
題しらす 相模
0203 きかてたゝねなましものを郭公中/\なりやよはの一声
紫式部」38オ
0204 たかさともとひもやくるとほとゝきす心のかきりまちそわひにし
寛治八年前太政大臣高陽院哥合に郭公を
周防内侍
0205 よをかさねまちかね山の郭公くもゐのよそに一こゑそきく
海辺郭公といふことをよみ侍ける
按察使公通
0206 ふた声ときかすはいてしほとゝきすいくよあかしのとまりなりとも
百首哥たてまつりし時夏哥の中に
民部卿範光
0207 ほとゝきすなを一声はおもひいてよおいそのもりのよはのむかしを〈朱〉\」38ウ
時鳥をよめる 八条院高倉
0208 一声はおもひそあへぬほとゝきすたそかれ時の雲のまよひに
千五百番哥合に 摂政太政大臣
0209 ありあけのつれなくみえし月はいてぬ山ほとゝきすまつよなからに
後徳大寺左大臣家に十首哥よみ侍けるによみて
つかはしける 皇太后宮大夫俊成
0210 わか心いかにせよとてほとゝきす雲まの月のかけになくらん
郭公の心をよみ侍ける
前太政大臣
0211 ほとゝきすなきているさの山の葉は月ゆへよりもうらめしきかな」39オ
権中納言親宗
0212 ありあけの月はまたぬにいてぬれとなを山ふかきほとゝきすかな〈朱〉\
〈墨〉\顕昭法師
[被出了]
[0212] 〈墨〉\ほとゝきすむかしをかけてしのへとやおいのねさめにひとこゑそする
杜間郭公といふことを
藤原保季朝臣
0213 すきにけりしのたのもりのほとゝきすたえぬしつくを袖にのこして
題しらす 藤原家隆朝臣
0214 いかにせんこぬよあまたのほとゝきすまたしとおもへはむらさめのそら
百首哥たてまつりしに」39ウ
式子内親王
0215 こゑはしてくもちにむせふほとゝきす涙やそゝくよゐのむらさめ
千五百番哥合に
権中納言公経
0216 ほとゝきすなをうとまれぬ心かななかなくさとのよそのゆふくれ〈朱〉\
題しらす 西行法師
0217 きかすともこゝをせにせんほとゝきす山田のはらのすきのむらたち
0218 郭公ふかきみねよりいてにけりと山のすそに声のおちくる
山家暁郭公といへる心を
後徳大寺左大臣」40オ
0219 をさゝふくしつのまろやのかりのとをあけかたになく郭公かな
五首哥人/\によませ侍ける時夏哥とてよみ侍ける
摂政太政大臣
0220 うちしめりあやめそかほるほとゝきすなくやさ月の雨のゆふくれ
述懐によせて百首哥よみ侍ける時
皇太后宮大夫俊成
0221 けふは又あやめのねさへかけそへてみたれそまさる袖の白玉
五月五日くすたまつかはして侍ける人に
大納言経信
0222 あかなくにちりにし花のいろ/\はのこりにけりな君かたもとに」40ウ
つほねならひにすみ侍けるころ五月六日もろともに
なかめあかしてあしたになかきねをつゝみて紫式部
につかはしける 上東門院小少将
0223 なへてよのうきになかるゝあやめくさけふまてかゝるねはいかゝみる
返し 紫式部
0224 なにことゝあやめはわかてけふもなをたもとにあまるねこそたえせね
山畦早苗といへる心を
大納言経信
0225 さなへとる山田のかけひもりにけりひくしめなわにつゆそこほるゝ
釈阿九十賀たまはせ侍し時屏風に五月雨」41オ
摂政太政大臣
0226 を山たにひくしめなわのうちはへてくちやしぬらんさみたれの比
題しらす 伊勢大輔
0227 いかはかりたこのもすそもそほつらんくもまも見えぬころのさみたれ
大納言経信
0228 みしまえのいりえのまこも雨ふれはいとゝしほれてかる人もなし
前中納言匡房
0229 まこもかるよとのさは水ふかけれとそこまて月のかけはすみけり
雨中木繁といふこゝろを
藤原基俊」41ウ
0230 たまかしはしけりにけりなさみたれに葉もりの神のしめはふるまて
百首哥よませ侍けるに
入道前関白太政大臣
0231 さみたれはおふのかはらのまこもくさからてやなみのしたにくちなん
さみたれの心を 藤原定家朝臣
0232 たまほこのみちゆき人のことつてもたえてほとふるさみたれの空
荒木田氏良
0233 さみたれの雲のたえまをなかめつゝまとよりにしに月をまつかな〈朱〉\
百首哥たてまつりし時
前大納言忠良」42オ
0234 あふちさくそともの木かけつゆをちてさみたれはるゝ風わたるなり
五十首哥たてまつりし時
藤原定家朝臣
0235 さみたれの月はつれなきみ山よりひとりもいつるほとゝきすかな
大神宮にたてまつりし夏の哥の中に
太上天皇
0236 ほとゝきす雲井のよそにすきぬなりはれぬおもひのさみたれの比〈朱〉\
建仁元年三月哥合に雨後郭公といへる心を
二条院讃岐
0237 五月雨の雲まの月のはれゆくをしはしまちけるほとゝきすかな」42ウ
〈墨〉\題しらす
〈墨〉\赤染衛門
[被入雑上了]
[0237] 〈墨〉\さみたれのそらたにすめる月かけになみたの雨ははるゝまもなし
題しらす 皇太后宮大夫俊成
0238 たれかまたはなたちはなにおもひいてんわれもむかしの人となりなは
右衛門督通具
0239 ゆくすゑをたれしのへとてゆふ風にちきりかをかんやとのたち花〈朱〉\
百首哥たてまつりし時夏哥
式子内親王
0240 かへりこぬむかしをいまとおもひねの夢の枕にゝほふたちはな
前大納言忠良」43オ
0241 たちはなの花ちるのきのしのふ草むかしをかけてつゆそこほるゝ
五十首哥たてまつりし時
前大僧正慈円
0242 さ月やみみしかきよはのうたゝねにはなたち花の袖にすゝしき
題しらす 読人しらす
0243 たつぬへき人はのきはのふるさとにそれかとかほるにはのたちはな
0244 ほとゝきすはなたちはなのかをとめてなくはむかしの人やこひしき
〈墨〉\増基法師
[被出了]
[0244] 〈墨〉\ほとゝきすはなたち花のかはかりになくやむかしのなこりなるらん
皇太后宮大夫俊成女」43ウ
0245 たちはなのにほふあたりのうたゝねは夢もむかしの袖のかそする
藤原家隆朝臣
0246 ことしより花さきそむるたちはなのいかてむかしの香にゝほふらん
守覚法親王五十首哥よませ侍ける時
藤原定家朝臣
0247 ゆふくれはいつれの雲のなこりとてはなたち花に風のふくらん〈朱〉\
堀河院御時きさいの宮にて閏五月郭公といふ心
をゝのこともつかうまつりけるに
権中納言国信
0248 ほとゝきすさ月みな月わきかねてやすらふ声そゝらにきこゆる」44オ
題しらす 白河院御哥
0249 庭のおもは月もらぬまてなりにけりこすゑに夏のかけしけりつゝ
恵慶法師
0250 わかやとのそともにたてるならの葉のしけみにすゝむ夏はきにけり
摂政太政大臣家百首哥合に鵜河をよみ侍
ける 前大僧正慈円
0251 うかひふねあはれとそおもふものゝふのやそうちかはのゆふやみのそら
寂蓮法師
0252 うかひ舟たかせさしこすほとなれやむすほゝれゆくかゝりひのかけ
千五百番哥合に」44ウ
皇太后宮大夫俊成
0253 おほ井かはかゝりさしゆくうかひ舟いくせに夏のよをあかすらん
藤原定家朝臣
0254 ひさかたの中なる河のうかひ舟いかにちきりてやみをまつらん
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0255 いさりひのむかしのひかりほのみえてあしやのさとにとふ蛍かな
式子内親王
0256 まとちかき竹の葉すさふ風のをとにいとゝみしかきうたゝねの夢
鳥羽にて竹風夜涼といへることを人々つかうまつりし時」45オ
春宮大夫公継
0257 まとちかきいさゝむらたけ風ふけは秋におとろく夏のよの夢〈朱〉\
五十首哥たてまつりし時
前大僧正慈円
0258 むすふてにかけみたれゆく山の井のあかても月のかたふきにける
最勝四天王院の障子にきよみか関かきたる
ところ 権大納言通光
0259 きよみかた月はつれなきあまのとをまたてもしらむ浪のうへかな
家百首哥合に 摂政太政大臣
0260 かさねてもすゝしかりけり夏ころもうすきたもとにやとる月かけ」45ウ
摂政太政大臣家にて詩哥をあはせけるに水辺
冷自秋といふことを
有家朝臣
0261 すゝしさは秋やかへりてはつせかはふるかはのへのすきのしたかけ
題しらす 西行法師
0262 みちのへにしみつなかるゝやなきかけしはしとてこそたちとまりつれ
0263 よられつるのもせの草のかけろひてすゝしくゝもる夕立の空
崇徳院に百首哥たてまつりける時
藤原清輔朝臣
0264 をのつからすゝしくもあるか夏衣日もゆふくれの雨のなこりに」46オ
千五百番哥合に
権中納言公経
0265 つゆすかる庭のたまさゝうちなひきひとむらすきぬゆふたちの雲
雲隔遠望といへる心をよみ侍ける
源俊頼朝臣
0266 とをちにはゆふたちすらしひさかたのあまのかく山くもかくれゆく
夏月をよめる 従三位頼政
0267 にはのおもはまたかはかぬにゆふたちのそらさりけなくすめる月かな
百首哥の中に 式子内親王
0268 ゆふたちの雲もとまらぬ夏の日のかたふく山にひくらしのこゑ」46ウ
千五百番哥合に
前大納言忠良
0269 ゆふつくひさすやいほりのしはのとにさひしくもあるかひくらしのこゑ
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0270 秋ちかきけしきのもりになくせみの涙のつゆや下葉そむらん
二条院讃岐
0271 なくせみのこゑもすゝしきゆふくれに秋をかけたるもりの下露
ほたるのとひのほるをみてよみ侍ける
壬生忠見」47オ
0272 いつちとかよるは蛍のゝほるらんゆくかたしらぬ草の枕に
五十首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0273 ほたるとふ野沢にしけるあしのねのよな/\したにかよふ秋風
刑部卿頼輔哥合し侍けるに納涼をよめる
俊恵法師
0274 ひさきおふるかた山かけにしのひつゝふきけるものを秋のゆふかせ
瞿麦露滋といふことを
高倉院御哥
0275 しらつゆのたまもてゆへるませのうちにひかりさへそふとこ夏の花〈朱〉\」47ウ
ゆふかほをよめる 前太政大臣
0276 白露のなさけをきけることの葉やほの/\見えしゆふかほの花〈朱〉\
百首哥よみ侍ける中に
式子内親王
0277 たそかれのゝきはのおきにともすれはほにいてぬ秋そしたにことゝふ〈朱〉\
夏の哥とてよみ侍ける
前大僧正慈円
0278 雲まよふゆふへに秋をこめなから風もほにいてぬおきのうへかな
太神宮にたてまつりし夏哥中に
太上天皇」48オ
0279 山さとのみねのあまくもとたえしてゆふへすゝしきまきのしたつゆ〈朱〉\
文治六年女御入内屏風に
入道前関白太政大臣
0280 いは井くむあたりのをさゝたまこえてかつ/\むすふ秋のゆふつゆ
千五百番哥合に
宮内卿
0281 かたえさすおふのうらなしはつ秋になりもならすも風そ身にしむ
百首哥たてまつりし時
前大僧正慈円
0282 夏ころもかたへすゝしくなりぬなりよやふけぬらんゆきあひのそら」48ウ
延喜御時月次屏風に
壬生忠峯
0283 なつはつるあふきと秋のしらつゆといつれかまつはをかんとすらん
貫之
0284 みそきする河のせみれはからころも日もゆふくれに浪そたちける」49オ
新古今和哥集巻第四
秋哥上
題しらす 中納言家持
0285 神なひのみむろの山のくすかつらうらふきかへす秋はきにけり
百首哥にはつ秋のこゝろを
崇徳院御哥
0286 いつしかとおきの葉むけのかたよりにそゝや秋とそ風もきこゆる
藤原季通朝臣
0287 このねぬるよのまに秋はきにけらしあさけの風のきのふにもにぬ
文治六年女御入内屏風に」49ウ
後徳大寺左大臣
0288 いつもきくふもとのさとゝおもへともきのふにかはる山おろしの風
百首哥よみ侍りける中に
藤原家隆朝臣
0289 きのふたにとはんとおもひしつのくにのいく田のもりに秋はきにけり
最勝四天王院の障子にたかさこかきたるところ
藤原秀能
0290 ふく風の色こそ見えねたかさこのおのへの松に秋はきにけり
百首哥たてまつりし時
皇太后宮大夫俊成」50オ
0291 ふしみ山松のかけより見わたせはあくる田のもに秋風そふく
守覚法親王五十首哥よませ侍りける時
家隆朝臣
0292 あけぬるか衣手さむしすかはらやふしみのさとの秋のはつ風
千五百番哥合に
摂政太政大臣
0293 ふかくさのつゆのよすかを契にてさとをはかれす秋はきにけり
右衛門督通具
0294 あはれまたいかにしのはん袖のつゆ野はらの風に秋はきにけり
源具親」50ウ
0295 しきたへの枕のうへにすきぬなりつゆをたつぬる秋のはつ風
顕昭法師
0296 みつくきのをかのくす葉もいろつきてけさうらかなし秋のはつ風〈朱〉\
越前
0297 秋はたゝ心よりをくゆふつゆを袖のほかともおもひけるかな〈朱〉\
五十首哥たてまつりし時秋哥
藤原雅経
0298 きのふまてよそにしのひしゝたおきのすゑ葉のつゆに秋風そ吹
〈墨〉\太神宮にたてまつりし秋哥の中に
〈墨〉\太上天皇」51オ
[0298] 〈墨〉\あさつゆのをかのかやはら山かせにみたれてものは秋そかなしき
題しらす 西行法師
0299 をしなへてものをおもはぬ人にさへ心をつくる秋のはつ風
0300 あはれいかに草葉のつゆのこほるらん秋風たちぬみやきのゝはら
崇徳院に百首哥たてまつりける時
皇太后宮大夫俊成
0301 みしふつきうへし山田にひたはへて又袖ぬらす秋はきにけり
中納言中将に侍りける時家に山家早秋といへる
心をよませ侍りけるに
法性寺入道前関白太政大臣」51ウ
0302 あさきりやたつたの山のさとならて秋きにけりとたれかしらまし〈朱〉\
題しらす 中務卿具平親王
0303 ゆふくれはおきふく風のをとまさるいまはたいかにねさめせられん
後徳大寺左大臣
0304 ゆふされはおきの葉むけをふくかせにことそともなく涙おちけり
崇徳院に百首哥たてまつりける時
皇太后宮大夫俊成
0305 おきの葉も契ありてや秋風のをとつれそむるつまとなりけん
題しらす 七条院権大夫
0306 秋きぬと松ふく風もしらせけりかならすおきのうは葉ならねと」52オ
題をさくりてこれかれ哥よみけるにしのたのもりの
秋風をよめる 藤原経衡
0307 日をへつゝをとこそまされいつみなるしのたのもりのちえの秋風
百首哥に 式子内親王
0308 うたゝねのあさけのそてにかはるなりならすあふきの秋のはつ風
題しらす 相模
0309 てもたゆくならすあふきのをきところわするはかりに秋風そふく
大弐三位
0310 秋風はふきむすへともしらつゆのみたれてをかぬ草の葉そなき
曽祢好忠」52ウ
0311 あさほらけおきのうは葉のつゆみれはやゝはたさむし秋のはつ風
小野小町
0312 ふきむすふ風はむかしの秋なからありしにもにぬ袖のつゆかな
延喜御時月次屏風に
紀貫之
0313 おほそらをわれもなかめてひこほしのつまゝつよさへひとりかもねん
題しらす 赤人
0314 このゆふへふりつる雨はひこほしのとわたるふねのかいのしつくか〈朱〉\
宇治前関白太政大臣の家に七夕の心をよみ侍りけるに
〈墨〉\宇治前関白太政大臣」53オ
[入金葉集之由雅経朝臣申之]
[0314] 〈墨〉\契けんほとはしらねとたなはたのたえせぬけふのあまのかは風
権大納言長家
0315 としをへてすむへきやとのいけみつはほしあひのかけもおもなれやせん
花山院御時七夕の哥つかうまつりけるに
藤原長能
0316 袖ひちてわかてにむすふ水のおもにあまつほしあひのそらをみるかな
七月七日たなはたまつりするところにてよみける
祭主輔親
0317 雲間よりほしあひのそらを見わたせはしつ心なきあまの河なみ
七夕哥とてよみ侍りける」53ウ
大宰大弐高遠
0318 たなはたのあまのは衣うちかさねぬるよすゝしき秋風そふく
小弁
0319 たなはたの衣のつまは心してふきなかへしそ秋のはつ風
皇太后宮大夫俊成
0320 たなはたのとわたる舟のかちの葉にいく秋かきつ露の玉つさ〈朱〉\
百首哥のなかに 式子内親王
0321 なかむれは衣手すゝしひさかたのあまのかはらの秋のゆふくれ
家に百首哥よみ侍りける時
入道前関白太政大臣」54オ
0322 いかはかり身にしみぬらんたなはたのつまゝつよゐのあまの河風〈朱〉\
七夕の心を 権中納言公経
0323 ほしあひのゆふへすゝしきあまのかはもみちのはしをわたる秋風
待賢門院堀河
0324 たなはたのあふせたえせぬあまのかはいかなる秋かわたりそめけん
女御徽子女王
0325 わくらはにあまの河なみよるなからあくるそらにはまかせすもかな
大中臣能宣朝臣
0326 いとゝしく思ひけぬへしたなはたのわかれの袖にをけるしらつゆ
中納言兼輔家屏風に」54ウ
貫之
0327 たなはたはいまやわかるゝあまのかは河きりたちてちとりなくなり〈朱〉\
堀河院御時百首哥中にはきをよみ侍ける
前中納言匡房
0328 河水に鹿のしからみかけてけりうきてなかれぬ秋はきの花
題しらす 従三位頼政
0329 かり衣われとはすらしつゆふかき野はらのはきの花にまかせて
権僧正永縁
0330 秋はきをおらてはすきしつき草の花すり衣つゆにぬるとも
守覚法親王五十首哥よませ侍りけるに」55オ
顕昭法師
0331 はきか花ま袖にかけてたかまとのおのへの宮にひれふるやたれ〈朱〉\
題しらす 祐子内親王家紀伊
0332 をくつゆもしつ心なく秋風にみたれてさけるまのゝはきはら
人麿
0333 秋はきのさきちる野辺のゆふつゆにぬれつゝきませよはふけぬとも
中納言家持
0334 さをしかのあさたつ野辺の秋はきにたまとみるまてをけるしらつゆ
凡河内躬恒
0335 秋の野をわけゆくつゆにうつりつゝわか衣手は花のかそする〈朱〉\」55ウ
小野小町
0336 たれをかもまつちの山のをみなへし秋とちきれる人そあるらし
藤原元真
0337 をみなへし野辺のふるさとおもひいてゝやとりし虫の声やこひしき〈朱〉\
千五百番哥合に 左近中将良平
0338 ゆふされは玉ちるのへのをみなへしまくらさためぬ秋風そふく
蘭をよめる 公猷法師
0339 ふちはかまぬしはたれともしらつゆのこほれてにほふ野辺の秋風
崇徳院に百首哥たてまつりける時
清輔朝臣」56オ
0340 うすきりのまかきの花のあさしめり秋はゆふへとたれかいひけん
入道前関白右大臣に侍りける時百首哥よませ侍り
けるに 皇太后宮大夫俊成
0341 いとかくや袖はしほれし野辺にいてゝむかしも秋の花はみしかと
つくしに侍りける時秋野をみてよみ侍りける
大納言経信
0342 花見にと人やりならぬのへにきて心のかきりつくしつるかな
題しらす 曽祢好忠
0343 をきて見んとおもひしほとにかれにけりつゆよりけなるあさかほの花
貫之」56ウ
0344 山かつのかきほにさけるあさかほはしのゝめならてあふよしもなし
坂上是則
0345 うらかるゝあさちかはらのかるかやのみたれてものをおもふころかな
人麿
0346 さをしかのいるのゝすゝきはつお花いつしかいもかたまくらにせん
読人しらす
0347 をくら山ふもとのゝへの花すゝきほのかに見ゆる秋の夕くれ
女御徽子女王
0348 ほのかにも風はふかなん花すゝきむすほゝれつゝつゆにぬるとも
百首哥に 式子内親王」57オ
0349 花すゝき又つゆふかしほにいてゝなかめしとおもふ秋のさかりを
摂政太政大臣百首哥よませ侍けるに
八条院六条
0350 野辺ことにをとつれわたるあき風をあたにもなひく花すゝき哉
和哥所哥合に朝草花といふことを
左衛門督通光
0351 あけぬとて野辺より山にいる鹿のあとふきをくる萩の下風
題しらす 前大僧正慈円
0352 身にとまるおもひをおきのうはゝにてこの比かなし夕くれの空
崇徳院御時百首哥めしけるに荻を」57ウ
大蔵卿行宗
0353 身のほとをおもひつゝくるゆふくれのおきのうはゝに風わたるなり
秋哥よみ侍りけるに
源重之女
0354 秋はたゝものをこそおもへつゆかゝるおきのうへふく風につけても
堀河院に百首哥たてまつりける時
藤原基俊
0355 秋風のやゝはたさむくふくなへにおきのうは葉のをとそかなしき
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣」58オ
0356 おきの葉にふけはあらしの秋なるをまちけるよはのさを鹿の声
0357 をしなへておもひしことのかす/\になを色まさる秋のゆふくれ
題しらす
0358 くれかゝるむなしきそらの秋をみておほえすたまる袖のつゆかな〈朱〉\
家に百首哥合し侍けるに
0359 ものおもはてかゝるつゆやは袖にをくなかめてけりな秋のゆふくれ
をのことも詩をつくりて哥にあはせ侍しに山路秋行
といふことを 前大僧正慈円
0360 み山ちやいつより秋の色ならん見さりし雲のゆふくれのそら〈朱〉\
題しらす 寂蓮法師」58ウ
0361 さひしさはその色としもなかりけりま木たつ山の秋のゆふくれ
西行法師
0362 こゝろなき身にも哀はしられけりしきたつさはの秋のゆふくれ
西行法師すゝめて百首哥よませ侍りけるに
藤原定家朝臣
0363 見わたせは花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋のゆふくれ〈朱〉\
五十首哥たてまつりし時
藤原雅経
0364 たへてやはおもひありともいかゝせんむくらのやとの秋のゆふくれ
秋のうたとてよみ侍ける」59オ
宮内卿
0365 おもふことさしてそれとはなきものを秋のゆふへを心にそとふ〈朱〉\
鴨長明
0366 秋風のいたりいたらぬ袖はあらしたゝわれからのつゆのゆふくれ〈朱〉\
西行法師
0367 おほつかな秋はいかなるゆへのあれはすゝろにものゝかなしかるらん
式子内親王
0368 それなからむかしにもあらぬ秋風にいとゝなかめをしつのをたまき
題しらす 藤原長能
0369 ひくらしのなくゆふくれそうかりけるいつもつきせぬ思なれとも」59ウ
和泉式部
0370 秋くれはときはの山の松風もうつるはかりに身にそしみける
曽祢好忠
0371 秋風のよそにふきくるをとは山なにの草木かのとけかるへき
相模
0372 暁のつゆはなみたもとゝまらてうらむる風の声そのこれる
法性寺入道前関白太政大臣家の哥合に野風
藤原基俊
0373 たかまとのゝちのしのはらすゑさはきそゝやこからしけふゝきぬなり
千五百番哥合に 右衛門督通具」60オ
0374 ふかくさのさとの月かけさひしさもすみこしまゝのゝへの秋風〈朱〉\
五十首哥たてまつりし時杜間月といふことを
皇太后宮大夫俊成女
0375 おほあらきのもりの木のまをもりかねて人たのめなる秋のよの月
守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
藤原家隆朝臣
0376 ありあけの月まつやとは(は=の)袖のうへに人たのめなるよゐのいなつま
摂政太政大臣家百首哥合に
藤原有家朝臣
0377 風わたるあさちかすゑのつゆにたにやとりもはてぬよゐのいなつま」60ウ
みなせにて十首哥たてまつりし時
左衛門督通光
0378 むさし野やゆけとも秋のはてそなきいかなる風かすゑにふくらん
百首哥たてまつりし時月哥
前大僧正慈円
0379 いつまてかなみたくもらて月は見し秋まちえても秋そこひしき
式子内親王
0380 なかめわひぬ秋よりほかのやともかな野にも山にも月やすむらん
題しらす 円融院御哥
0381 月かけのはつ秋風とふけゆけは心つくしにものをこそおもへ」61オ
三条院御哥
0382 あしひきの山のあなたにすむ人はまたてや秋の月をみるらん
雲間微月といふ事を
堀河院御哥
0383 しきしまやたかまと山のくもまより光さしそふゆみはりの月
題しらす 堀河右大臣
0384 人よりも心のかきりなかめつる月はたれともわかしものゆへ〈朱〉\
橘為仲朝臣
0385 あやなくもくもらぬよゐをいとふかなしのふのさとの秋のよの月
法性寺入道前関白太政大臣」61ウ
0386 風ふけはたまちるはきのしたつゆにはかなくやとる野辺の月かな〈朱〉\
従三位頼政
0387 こよひたれすゝふく風を身にしめてよしのゝたけの月をみるらん
法性寺入道前関白太政大臣家に月哥あまたよみ侍
けるに 大宰大弐重家
0388 月みれはおもひそあへぬ山たかみいつれのとしの雪にかあるらん
和哥所哥合に湖辺月といふことを
藤原家隆朝臣
0389 にほのうみや月の光のうつろへはなみの花にも秋はみえけり
百首哥たてまつりし時」62オ
前大僧正慈円
0390 ふけゆかはけふりもあらしゝほかまのうらみなはてそ秋のよの月
題しす 皇太后宮大夫俊成女
0391 ことはりの秋にはあへぬなみたかな月のかつらもかはるひかりに
家隆朝臣
0392 なかめつゝおもふもさひしひさかたの月のみやこのあけかたのそら
五十首哥たてまつりし時月前草花
摂政太政大臣
0393 ふるさとのもとあらのこはきさきしより夜な/\庭の月そうつろふ
建仁元年三月哥合に山家秋月といふことをよみ侍し」62ウ
0394 時しもあれふるさと人はをともせてみやまの月に秋風そふく
八月十五夜和哥所哥合に深山月といふことを
0395 ふかゝらぬとやまのいほのねさめたにさそな木のまの月はさひしき〈朱〉\
月前風 寂蓮法師
0396 月はなをもらぬこのまもすみよしの松をつくして秋風そふく
鴨長明
0397 なかむれはちゝにものおもふ月に又わか身ひとつの峯の松風
山月といふことをよみ侍ける
藤原秀能
0398 あしひきの山ちのこけのつゆのうへにねさめ夜ふかき月をみるかな」63オ
八月十五夜和哥所哥合に海辺秋月といふことを
宮内卿
0399 心あるをしまのあまのたもとかな月やとれとはぬれぬものから
宜秋門院丹後
0400 わすれしななにはの秋のよはのそらことうらにすむ月はみるとも
鴨長明
0401 松しまやしほくむあまの秋のそて月はものおもふならひのみかは
題しらす 七条院大納言
0402 ことゝはんのしまかさきのあま衣なみと月とにいかゝしほるゝ
和哥所の哥合に海辺月を」63ウ
藤原家隆朝臣
0403 秋のよの月やをしまのあまのはらあけかたちかきおきのつり舟
題しらす 前大僧正慈円
0404 うき身にはなかむるかひもなかりけり心にくもる秋のよの月
大江千里
0405 いつくにかこよひの月のくもるへきをくらの山もなをやかふらん
源道済
0406 こゝろこそあくかれにけれ秋のよの夜ふかき月をひとりみしより
上東門院小少将
0407 かはらしなしるもしらぬも秋のよの月まつほとの心はかりは」64オ
和泉式部
0408 たのめたる人はなけれと秋のよは月見てぬへき心ちこそせね
月を見てつかはしける 藤原範永朝臣
0409 見る人の袖をそしほる秋の夜は月にいかなるかけかそふらん
返し 相模
0410 身にそへるかけとこそみれ秋の月袖にうつらぬおりしなけれは
永承四年内裏哥合に
大納言経信
0411 月かけのすみわたるかなあまのはら雲ふきはらふよはのあらしに
題しらす 左衛門督通光」64ウ
0412 たつた山よはにあらしの松ふけは雲にはうときみねの月かけ〈朱〉\
崇徳院に百首哥たてまつりけるに
左京大夫顕輔
0413 秋風にたなひく雲のたえまよりもれいつる月のかけのさやけさ
題しらす 道因法師
0414 山の葉に雲のよこきるよゐのまはいてゝも月そなをまたれける
殷富門院大輔
0415 なかめつゝおもふにぬるゝたもとかないくよかはみん秋のよの月
式子内親王
0416 よゐのまにさてもねぬへき月ならは山の葉ちかきものはおもはし」65オ
0417 ふくるまてなかむれはこそかなしけれおもひもいれし秋のよの月
五十首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0418 雲はみなはらひはてたる秋風を松にのこして月をみるかな
家に月五十首哥よませ侍ける時
0419 月たにもなくさめかたき秋のよの心もしらぬ松の風かな
定家朝臣
0420 さむしろやまつよの秋の風ふけて月をかたしくうちのはしひめ
題しらす 右大将忠経
0421 秋のよのなかきかひこそなかりけれまつにふけぬるありあけの月〈朱〉\」65ウ
五十首哥たてまつりし時野径月
摂政太政大臣
0422 ゆくすゑはそらもひとつのむさし野にくさのはらよりいつる月かけ
雨後月 宮内卿
0423 月をなをまつらんものかむらさめのはれゆく雲のすゑのさと人
題しらす 右衛門督通具
0424 秋のよはやとかる月もつゆなから袖にふきこすおきのうは風
源家長
0425 秋の月しのにやとかるかけたけてをさゝかはらにつゆふけにけり〈朱〉\
元久元年八月十五夜和哥所にて田家見月と」66オ
いふ事を 前太政大臣
0426 風わたる山田のいほをもる月やほなみにむすふこほりなるらん〈朱〉\
和哥所哥合に田家月を
前大僧正慈円
0427 かりのくるふしみのをたに夢さめてねぬよのいほに月をみるかな
皇太后宮大夫俊成女
0428 いな葉ふく風にまかせてすむいほは月そまことにもりあかしける
題しらす
0429 あくかれてねぬよのちりのつもるまて月にはらはぬとこのさむしろ
大中臣定雅」66ウ
0430 秋の田のかりねのとこのいなむしろ月やとれともしけるつゆかな
崇徳院御時百首哥めしけるに
左京大夫顕輔
0431 あきの田にいほさすしつのとまをあらみ月とゝもにやもりあかすらん
百首哥たてまつりし秋哥に
式子内親王
0432 秋の色はまかきにうとくなりゆけとたまくらなるゝねやの月かけ
秋のうたのなかに 太上天皇
0433 あきのつゆやたもとにいたくむすふらんなかきよあかすやとる月かな
千五百番哥合に 左衛門督通光」67オ
0434 さらにまたくれをたのめとあけにけり月はつれなき秋のよの空〈朱〉\
経房卿家哥合に暁月の心をよめる
二条院讃岐
0435 おほかたに秋のねさめのつゆけくはまたたか袖にありあけの月
五十首哥たてまつりし時
藤原雅経
0436 はらひかねさこそはつゆのしけからめやとるか月の袖のせはきに」67ウ
新古今和哥集巻第五
秋哥下
和哥所にてをのことも哥よみ侍りしにゆふへの
しかといふことを 藤原家隆朝臣
0437 したもみちかつちる山のゆふしくれぬれてやひとり鹿のなくらん
百首哥たてまつりし時
入道左大臣
0438 山おろしに鹿のねたかくきこゆなりおのへの月にさよやふけぬる〈朱〉\
寂蓮法師
0439 野わきせしをのゝくさふしあれはてゝみ山にふかきさをしかの声」68オ
題しらす 俊恵法師
0440 あらしふくまくすかはらになくしかはうらみてのみやつまをこふらん
前中納言匡房
0441 つまこふる鹿のたちとをたつぬれはさ山かすそに秋風そふく
〈墨〉\恵慶法師
[0441] 〈墨〉\たかさこのおのへにたてるしかのねにことのほかにもぬるゝ袖かな
百首哥たてまつりし時秋の哥
惟明親王
0442 み山への松のこすゑをわたるなりあらしにやとすさをしかの声
晩聞鹿といふことをよみ侍し」68ウ
土御門内大臣
0443 われならぬ人もあはれやまさるらん鹿なく山の秋の夕くれ
百首哥よみ侍りけるに
摂政太政大臣
0444 たくへくる松のあらしやたゆむらんおのへにかへるさを鹿のこゑ
千五百番哥合に 前大僧正慈円
0445 なくしかのこゑにめさめてしのふかな見はてぬ夢の秋の思を
家に哥合し侍りけるに鹿をよめる
権中納言俊忠
0446 よもすからつまとふ鹿のなくなへにこはきかはらのつゆそこほるゝ」69オ
題しらす 源道済
0447 ねさめしてひさしくなりぬ秋の夜はあけやしぬらん鹿そなくなる
西行法師
0448 を山たのいほちかくなくしかのねにおとろかされておとろかすかな
白河院鳥羽におはしましけるに田家秋興といへる
ことを人々よみ侍りけるに
中宮大夫師忠
0449 山さとのいな葉の風にねさめしてよふかく鹿のこゑをきくかな
郁芳門院のせんさいあはせによみ侍りける
藤原顕綱朝臣」69ウ
0450 ひとりねやいとゝさひしきさをしかのあさふすをのゝくすのうら風
題しらす 俊恵法師
0451 たつた山こすゑまはらになるまゝにふかくもしかのそよくなるかな
祐子内親王家哥合のゝちしかのうたよみ侍りけるに
権大納言長家
0452 すきてゆく秋のかたみにさをしかのをのかなくねもおしくやあるらん
摂政太政大臣家の百首哥合に
前大僧正慈円
0453 わきてなといほもる袖のしほるらんいな葉にかきる秋の風かは
題しらす よみ人しらす」70オ
0454 秋田もるかりいほつくりわかをれは衣手さむしつゆそをきける〈朱〉\
前中納言匡房
0455 秋くれはあさけの風の手をさむみ山田のひたをまかせてそきく
善滋為政朝臣
0456 ほとゝきすなくさみたれにうへし田をかりかねさむみ秋そくれぬる
中納言家持
0457 いまよりは秋風さむくなりぬへしいかてかひとりなかきよをねん
人麿
0458 秋されは雁のは風にしもふりてさむきよな/\しくれさへふる
0459 さをしかのつまとふ山のをかへなるわさ田はからししもはをくとも」70ウ
貫之
0460 かりてほす山田のいねは袖ひちてうへしさなへとみえすもあるかな
菅贈太政大臣
0461 草葉にはたまとみえつゝわひ人の袖の涙の秋のしらつゆ
中納言家持
0462 わかやとのおはなかすゑにしらつゆのをきし日よりそ秋風もふく
恵慶法師
0463 秋といへは契をきてやむすふらんあさちかはらのけさのしらつゆ
人麿
0464 秋されはをくしらつゆにわかやとのあさちかうは葉色つきにけり」71オ
天暦御哥
0465 おほつかな野にも山にもしらつゆのなにことをかはおもひをくらん〈朱〉\
後冷泉院みこの宮と申しける時尋野花といへる
心を 堀河右大臣
0466 つゆしけみ野辺をわけつゝから衣ぬれてそかへる花のしつくに
閑庭露しけしといふことを
基俊
0467 庭のおもにしけるよもきにことよせて心のまゝにをけるつゆかな
白河院にて野草露繁といへる心を
贈左大臣長実」71ウ
0468 秋の野のくさ葉をしなみをくつゆにぬれてや人のたつねゆくらん〈朱〉\
百首哥たてまつりし時
寂蓮法師
0469 ものおもふ袖よりつゆやならひけん秋風ふけはたへぬ物とは
秋の哥のなかに 太上天皇
0470 つゆは袖にものおもふころはさそなをくかならす秋のならひならねと〈朱〉\
0471 野はらよりつゆのゆかりをたつねきてわか衣手に秋風そふく〈朱〉\
題しらす 西行法師
0472 きり/\すよさむに秋のなるまゝによはるか声のとをさかりゆく
守覚法親王五十首哥中に」72オ
家隆朝臣
0473 むしのねもなかきよあかぬふるさとになをおもひそふ松風そふく
百首哥中に 式子内親王
0474 あともなき庭のあさちにむすほゝれつゆのそこなる松むしのこゑ
題しらす 藤原輔尹朝臣
0475 秋風は身にしむはかりふきにけりいまやうつらんいもかさ衣
前大僧正慈円
0476 衣うつをとはまくらにすかはらやふしみの夢をいくよのこしつ
千五百番哥合に秋哥
権中納言公経」72ウ
0477 ころもうつね山のいほのしは/\もしらぬ夢ちにむすふたまくら〈朱〉\
和哥所哥合に月のもとに衣うつといふことを
摂政太政大臣
0478 さとはあれて月やあらぬとうらみてもたれあさちふに衣うつらん
宮内卿
0479 まとろまてなかめよとてのすさひかなあさのさ衣月にうつこゑ
千五百番哥合に 定家朝臣
0480 秋とたにわすれんとおもふ月かけをさもあやにくにうつ衣かな
擣衣をよみ侍ける 大納言経信
0481 ふるさとに衣うつとはゆくかりやたひのそらにもなきてつくらん」73オ
中納言兼輔家の屏風哥
貫之
0482 雁なきてふく風さむみから衣君まちかてにうたぬよそなき
擣衣の心を 藤原雅経
0483 みよしのゝ山の秋風さよふけてふるさとさむく衣うつなり
式子内親王
0484 ちたひうつきぬたのをとに夢さめてものおもふ袖のつゆそくたくる
百首哥たてまつりし時
0485 ふけにけり山のはちかく月さえてとをちのさとに衣うつ声
九月十五夜月くまなく侍けるをなかめあかしてよみ」73ウ
侍ける 道信朝臣
0486 秋はつるさよふけかたの月みれは袖ものこらすつゆそをきける
百首哥たてまつりし時
藤原定家朝臣
0487 ひとりぬる山とりのおのしたりおにしもをきまよふとこの月かけ
摂政太政大臣大将に侍ける時月哥五十首よませ侍
けるに 寂蓮法師
0488 ひとめ見し野辺のけしきはうらかれてつゆのよすかにやとる月かな
月のうたとてよみ侍ける
大納言経信」74オ
0489 秋の夜は衣さむしろかさねても月の光にしく物そなき
九月つこもりかたに 華山院御哥
0490 あきのよははや長月になりにけりことはりなりやねさめせらるゝ
五十首哥たてまつりし時
寂蓮法師
0491 むらさめのつゆもまたひぬまきの葉にきりたちのほる秋の夕くれ
秋哥とて 太上天皇
0492 さひしさはみやまの秋のあさくもりきりにしほるゝまきのしたつゆ〈朱〉\
河霧といふことを 左衛門督通光
0493 あけほのや河せのなみのたかせ舟くたすか人の袖の秋きり〈朱〉\」74ウ
堀河院御時百首哥たてまつりけるにきりをよめる
権大納言公実
0494 ふもとをはうちの河きりたちこめて雲井に見ゆる朝日山かな
題しらす 曽祢好忠
0495 山さとにきりのまかきのへたてすはをちかた人の袖もみてまし
清原深養父
0496 なくかりのねをのみそきくをくら山きりたちはるゝ時しなけれは
人麿
0497 かきほなるおきの葉そよき秋風のふくなるなへに雁そなくなる
0498 秋風に山とひこゆるかりかねのいやとをさかり雲かくれつゝ」75オ
凡河内躬恒
0499 はつかりのは風すゝしくなるなへにたれかたひねの衣かへさぬ〈朱〉\
読人しらす
0500 かりかねは風にきおひてすくれともわかまつ人のことつてもなし
西行法師
0501 よこ雲の風にわかるゝしのゝめに山とひこゆるはつかりの声
0502 白雲をつはさにかけてゆくかりのかと田のおものともしたふなる
五十首哥たてまつりし時月前聞雁といふことを
前大僧正慈円
0503 おほえ山かたふく月のかけさえてとは田のおもにおつるかりかね」75ウ
題しらす 朝恵法師
0504 むら雲や雁のはかせにはれぬらん声きくそらにすめる月かけ〈朱〉\
皇太后宮大夫俊成女
0505 ふきまよふ雲井をわたるはつかりのつはさにならすよもの秋風
詩にあはせし哥の中に山路秋行
家隆朝臣
0506 秋風の袖にふきまく峯の雲をつはさにかけて雁もなくなり
五十首哥たてまつりし時菊籬月といへるこゝろを
宮内卿
0507 霜をまつまかきのきくのよゐのまにをきまよふ色は山の葉の月」76オ
鳥羽院御時内裏よりきくをめしけるにたてまつるとて
むすひつけ侍ける 花園左大臣室
0508 こゝのへにうつろひぬともきくの花もとのまかきをおもひわするな
題しらす 権中納言定頼
0509 いまよりは又さくはなもなきものをいたくなをきそきくのうへのつゆ
かれゆくのへのきり/\すを
中務卿具平親王
0510 秋風にしほるゝ野への花よりもむしのねいたくかれにけるかな
題しらす 大江嘉言
0511 ねさめする袖さへさむく秋のよのあらしふくなり松むしのこゑ」76ウ
千五百番哥合に 前大僧正慈円
0512 秋をへてあはれもつゆもふかくさのさとゝふものはうつらなりけり
左衛門督通光
0513 いり日さすふもとのおはなうちなひきたか秋風にうつらなくらん〈朱〉\
題しらす 皇太后宮大夫俊成女
0514 あたにちるつゆのまくらにふしわひてうつらなくなりとこの山風
千五百番哥合に
0515 とふ人もあらしふきそふ秋はきてこの葉にうつむやとのみちしは
0516 色かはるつゆをは袖にをきまよひうらかれてゆく野辺の秋かな
秋哥とて 太上天皇」77オ
0517 あきふけぬなけやしもよのきり/\すやゝかけさむしよもきふの月
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0518 きり/\すなくやしもよのさむしろに衣かたしきひとりかもねん
千五百番哥合に 春宮権大夫公継
0519 ねさめする長月のよのとこさむみけさふく風にしもやをくらん〈朱〉\
和哥所にて六首哥つかうまつりし時秋哥
前大僧正慈円
0520 秋ふかきあはちの嶋のありあけにかたふく月をゝくる浦風
暮秋の心を」77ウ
0521 なか月もいくありあけになりぬらんあさちの月のいとゝさひゆく
摂政太政大臣大将に侍りける時百首哥よませ侍り
けるに 寂蓮法師
0522 かさゝきの雲のかけはし秋くれて夜半には霜やさえわたるらん
さくらのもみちはしめたるを見て
中務卿具平親王
0523 いつのまにもみちしぬらん山桜きのふか花のちるをおしみし
紅葉透霧といふことを
高倉院御哥
0524 うすきりのたちまふ山のもみちはゝさやかならねとそれとみえけり〈朱〉\」78オ
秋のうたとてよめる
八条院高倉
0525 神なひのみむろのこすゑいかならんなへての山もしくれする比
最勝四天王院の障子にすゝかかはかきたるところ
太上天皇
0526 すゝか河ふかき木の葉に日かすへて山田のはらの時雨をそきく〈朱〉\
入道前関白太政大臣家に百首哥よみ侍けるに
紅葉 皇太后宮大夫俊成
0527 心とやもみちはすらんたつた山松はしくれにぬれぬものかは
大井河にまかりてもみち見侍りけるに」78ウ
藤原輔尹朝臣
0528 おもふことなくてそ見ましもみちはをあらしの山のふもとならすは
題しらす 曽祢好忠
0529 いり日さすさほの山へのはゝそはらくもらぬ雨とこの葉ふりつゝ
宮内卿
0530 たつた山あらしや峯によはるらんわたらぬ水もにしきたえけり
左大将に侍ける時家に百首哥合し侍りけるにはゝ
そをよみ侍りける 摂政太政大臣
0531 はゝそはらしつくも色やかはるらんもりのした草秋ふけにけり
定家朝臣」79オ
0532 時わかぬなみさへ色にいつみかははゝそのもりに嵐ふくらし
障子のゑにあれたるやとにもみちゝりたる所をよめる
俊頼朝臣
0533 ふるさとはちるもみち葉にうつもれてのきのしのふに秋風そふく
百首哥たてまつりし秋哥
式子内親王
0534 きりの葉もふみわけかたくなりにけりかならす人をまつとなけれと
題しらす 曽祢好忠
0535 人はこす風にこのはゝちりはてゝよな/\むしはこゑよはるなり
守覚法親王五十首哥によみ侍ける」79ウ
春宮大夫公継
0536 もみちはのいろにまかせてときは木も風にうつろふ秋の山かな〈朱〉\
千五百番哥合に 家隆朝臣
0537 つゆ時雨もる山かけのしたもみちぬるともおらん秋のかたみに
題しらす 西行法師
0538 松にはふまさのはかつらちりにけりと山の秋は風すさふらん
法性寺入道前関白太政大臣家哥合に
前参議親隆
0539 うつらなくかた野にたてるはしもみちゝりぬはかりに秋風そふく
百首哥たてまつりし時」80オ
二条院讃岐
0540 ちりかゝるもみちの色はふかけれとわたれはにこる山かはの水
題しらす 柿本人麿
0541 あすか河もみちはなかるかつらきの山の秋風ふきそしくらし
権中納言長方
0542 あすか河せゝになみよるくれなゐやかつらき山のこからしの風〈朱〉\
なか月のころみなせに日ころ侍けるにあらしの山の
もみちなみたにたくふよし申しつかはして侍ける人の
返ことに 権中納言公経
0543 もみちはをさこそあらしのはらふらめこの山本も雨とふるなり」80ウ
家に百首哥合し侍りける時
摂政太政大臣
0544 たつたひめいまはのころのあき風に時雨をいそく人の袖かな
千五百番哥合に 権中納言兼宗
0545 ゆく秋のかたみなるへきもみちはゝあすはしくれとふりやまかはん〈朱〉\
紅葉見にまかりてよみ侍ける
前大納言公任
0546 うちむれてちるもみちはをたつぬれは山ちよりこそ秋はゆきけれ〈朱〉\
つのくにゝ侍けるころ道済か許につかはしける
能因法師」81オ
0547 夏草のかりそめにとてこしやともなにはの浦に秋そくれぬる
くれの秋おもふ事侍けるころ
0548 かくしつゝくれぬる秋とおいぬれとしかすかになを物そかなしき
五十首哥よませ侍けるに
守覚法親王
0549 身にかへていさゝは秋をおしみゝんさらてもゝろきつゆのいのちを〈朱〉\
閏九月尽の心を 前太政大臣
0550 なへてよのおしさにそへておしむかな秋より後の秋のかきりを〈朱〉\」81ウ
新古今和哥集巻第六
冬哥
千五百番哥合に初冬の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
0551 をきあかす秋のわかれのそてのつゆ霜こそむすへ冬やきぬらん
天暦御時神な月といふことをかみにをきてうた
つかうまつりけるに 藤原高光
0552 神な月風にもみちのちるときはそこはかとなく物そかなしき
題しらす 源重之
0553 なとりかはやなせの浪そさはくなるもみちやいとゝよりてせくらん」82オ
後冷泉院御時うへのをのことも大井河にまかりて
紅葉浮水といへる心をよみ侍けるに
藤原資宗朝臣
0554 いかたしよまてことゝはんみなかみはいかはかりふく山のあらしそ
大納言経信
0555 ちりかゝるもみちなかれぬ大井かはいつれ井せきの水のしからみ
大井河にまかりて落葉満水といへる心をよみ侍ける
藤原家経朝臣
0556 たかせ舟しふくはかりにもみちはのなかれてくたる大井河かな
深山落葉といへる心を」82ウ
俊頼朝臣
0557 日くるれはあふ人もなしまさきちる峯のあらしのをとはかりして
題しらす 清輔朝臣
0558 をのつからをとする物は庭のおもにこの葉ふきまく谷のゆふ風
春日社哥合に落葉といふ事をよみてたてまつりし
前大僧正慈円
0559 木の葉ちるやとにかたしく袖の色をありともしらてゆく嵐かな
右衛門督通具
0560 このはちるしくれやまかふわか袖にもろき涙のいろとみるまて〈朱〉\
藤原雅経」83オ
0561 うつりゆく雲に嵐のこゑすなりちるかまさ木のかつらきの山
七条院大納言
0562 はつ時雨しのふの山のもみちはをあらしふけとはそめすや有けん〈朱〉\
信濃
0563 しくれつゝ袖もほしあへすあしひきの山のこの葉に嵐ふく比〈朱〉\
藤原秀能
0564 山さとの風すさましきゆふくれに木の葉みたれて物そかなしき〈朱〉\
祝部成茂
0565 冬のきて山もあらはに木のはふりのこる松さへ峯にさひしき
五十首哥たてまつりし時」83ウ
宮内卿
0566 からにしき秋のかたみやたつた山ちりあへぬえたに嵐ふくなり
頼輔卿家哥合に落葉の心を
藤原資隆朝臣
0567 時雨かときけはこの葉のふる物をそれにもぬるゝわかたもとかな〈朱〉\
題しらす 法眼慶算
0568 時しもあれ冬ははもりの神な月まはらになりぬもりのかしは木〈朱〉\
津守国基
0569 いつのまにそらのけしきのかはるらんはけしきけさのこからしの風
西行法師」84オ
0570 月をまつたかねの雲ははれにけり心あるへきはつしくれかな
前大僧正覚忠
0571 神な月木々のこの葉はちりはてゝ庭にそ風のをとはきこゆる
清輔朝臣
0572 しはのとにいり日のかけはさしなからいかにしくるゝ山辺なるらん
山家時雨といへる心を
藤原隆信朝臣
0573 雲はれてのちもしくるゝしはのとや山風はらふ松のした露
寛平御時きさいの宮の哥合に
よみ人しらす」84ウ
0574 神無月しくれふるらしさほ山のまさきのかつら色まさりゆく
題しらす 中務卿具平親王
0575 こからしのをとに時雨をきゝわかてもみちにぬるゝたもとゝそ見る
中納言兼輔
0576 しくれふるをとはすれともくれたけのなとよとゝもにいろもかはらぬ
十月はかりときはのもりをすくとて
能因法師
0577 しくれの雨そめかねてけり山しろのときはのもりのまきの下葉は
題しらす 清原元輔
0578 冬をあさみまたくしくれと思しをたえさりけりな老の涙も〈朱〉\」85オ
鳥羽殿にて旅宿時雨といふことを
後白河院御哥
0579 まはらなるしはのいほりにたひねして時雨にぬるゝさよ衣かな
時雨を 前大僧正慈円
0580 やよしくれ物思袖のなかりせはこの葉の後になにをそめまし
冬の哥の中に 太上天皇
0581 ふかみとりあらそひかねていかならんまなく時雨のふるの神すき
題しらす 人麿
0582 しくれの雨まなくしふれはま木の葉もあらそひかねて色つきにけり
和泉式部」85ウ
0583 世中になをもふるかなしくれつゝ雲間の月のいてやとおもへと〈朱〉\
百首哥たてまつりしに
二条院讃岐
0584 おりこそあれなかめにかゝるうき雲の袖もひとつにうちしくれつゝ
題しらす 西行法師
0585 あきしのやと山のさとやしくるらんいこまのたけに雲のかゝれる
道因法師
0586 はれくもり時雨はさためなき物をふりはてぬるはわか身なりけり
千五百番哥合に冬哥
源具親」86オ
0587 いまは又ちらてもまかふ時雨かなひとりふりゆく庭の松風
題しらす 俊恵法師
0588 みよしのゝ山かきくもり雪ふれはふもとのさとはうちしくれつゝ
百首哥たてまつりし時
入道左大臣
0589 まきのやに時雨のをとのかはるかなもみちやふかくちりつもるらん
千五百番哥合に冬哥
二条院讃岐
0590 世にふるはくるしき物をま木のやにやすくもすくるはつ時雨かな
題しらす 源信明朝臣」86ウ
0591 ほの/\とありあけの月の月かけにもみちふきおろす山おろしの風
中務卿具平親王
0592 もみち葉をなにおしみけん木のまよりもりくる月はこよひこそみれ〈朱〉\
宜秋門院丹後
0593 ふきはらふあらしのゝちのたかねよりこの葉くもらて月やいつらん
春日哥合に暁月といふことを
右衛門督通具
0594 霜こほる袖にもかけはのこりけりつゆよりなれしありあけの月
和哥所にて六首の哥たてまつりしに冬哥
藤原家隆朝臣」87オ
0595 なかめつゝいくたひ袖にくもるらん時雨にふくる有あけの月
題しらす 源泰光
0596 さためなくしくるゝそらのむら雲にいくたひおなし月をまつらん〈朱〉\
千五百番哥合に 源具親
0597 いまよりは木の葉かくれもなけれともしくれにのこるむら雲の月〈朱〉\
たいしらす
0598 はれくもるかけをみやこにさきたてゝしくるとつくる山の葉の月
五十首哥たてまつりし時
寂蓮法師
0599 たえ/\にさとわく月のひかりかなしくれをゝくる夜はのむらくも」87ウ
雨後冬月といへる心を
良暹法師
0600 いまはとてねなまし物をしくれつるそらとも見えすゝめる月かな
題しらす 曽祢好忠
0601 つゆしものよはにおきゐて冬のよの月みるほとに袖はこほりぬ
前大僧正慈円
0602 もみちはゝをのかそめたる色そかしよそけにをけるけさの霜かな
西行法師
0603 をくら山ふもとのさとにこの葉ちれはこすゑにはるゝ月をみるかな
五十首哥たてまつりし時」88オ
雅経
0604 秋の色をはらひはてゝやひさかたの月のかつらにこからしの風
題しらす 式子内親王
0605 風さむみ木の葉はれゆくよな/\にのこるくまなき庭の月かけ
殷富門院大輔
0606 わかゝとのかり田のねやにふすしきのとこあらはなる冬のよの月
清輔朝臣
0607 冬かれのもりのくち葉の霜のうへにおちたる月のかけのさむけさ
千五百番哥合に 皇太后宮大夫俊成女
0608 さえわひてさむるまくらにかけみれは霜ふかきよの有あけの月」88ウ
右衛門督通具
0609 霜むすふ袖のかたしきうちとけてねぬよの月のかけそさむけき〈朱〉\
五十首哥たてまつりし時
雅経
0610 かけとめしつゆのやとりを思いてゝ霜にあとゝふあさちふの月
橋上霜といへることをよみ侍ける
法印幸清
0611 かたしきの袖をや霜にかさぬらん月によかるゝうちのはしひめ〈朱〉\
題しらす 源重之
0612 なつかりのおきのふるえはかれにけりむれゐし鳥はそらにやあるらん〈朱〉\」89オ
道信朝臣
0613 さよふけて声さへさむきあしたつはいくへの霜かをきまさるらん
冬のうたのなかに 太上天皇
0614 冬のよのなかきをゝくる袖ぬれぬ暁かたのよものあらしに〈朱〉\
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0615 さゝの葉はみ山もさやにうちそよきこほれる霜を吹嵐かな
崇徳院御時百首哥たてまつりけるに
清輔朝臣
0616 君こすはひとりやねなんさゝの葉のみ山もそよにさやく霜よを」89ウ
題しらす 皇太后宮大夫俊成女
0617 霜かれはそこともみえぬ草のはらたれにとはまし秋のなこりを
百首哥中に 前大僧正慈円
0618 しもさゆる山田のくろのむらすゝきかる人なしみのこるころかな
題しらす 好忠
0619 くさのうへにこゝら玉ゐし白露をした葉の霜とむすふ冬かな
中納言家持
0620 かさゝきのわたせるはしにをくしものしろきを見れはよそふけにける
うへのをのこともきくあはせし侍けるついてに
延喜御哥」90オ
0621 しくれつゝかれゆく野辺の花なれは霜のまかきにゝほふいろかな
延喜十四年尚侍藤原満子に菊宴たまはせ
ける時 中納言兼輔
0622 菊の花たおりては見しはつ霜のをきなからこそ色まさりけれ〈朱〉\
おなし御時大井河に行幸侍ける日
坂上是則
0623 かけさへにいまはと菊のうつろふは浪の底にも霜やをくらん
題しらす 和泉式部
0624 野辺見れはお花かもとのおもひ草かれゆく冬になりそしにける
西行法師」90ウ
0625 つのくにのなにはの春は夢なれやあしのかれ葉に風わたる也
崇徳院に十首哥たてまつりける時
大納言成通
0626 冬ふかくなりにけらしななにはえのあお葉ましらぬあしの村立
題しらす 西行法師
0627 さひしさにたへたる人の又もあれないほりならへん冬の山さと〈朱〉\
あつまに侍ける時みやこの人につかはしける
康資王母
0628 あつまちのみちの冬くさしけりあひてあとたに見えぬ忘水かな
冬哥とてよみ侍ける」91オ
守覚法親王
0629 むかしおもふさよのねさめのとこさえて涙もこほる袖の上かな
百首哥たてまつりし時
0630 たちぬるゝ山のしつくもをとたえてま木のした葉にたるひしにけり〈朱〉\
題しらす 皇太后宮大夫俊成
0631 かつこほりかつはくたくる山かはのいはまにむせふ暁の声
摂政太政大臣
0632 きえかへりいはまにまよふ水のあはのしはしやとかるうす氷かな
0633 まくらにも袖にもなみたつらゝゐてむすはぬ夢をとふ嵐かな
五十首哥たてまつりし時」91ウ
0634 みなかみやたえ/\こほるいはまよりきよたき河にのこる白浪
百首哥たてまつりし時
0635 かたしきの袖の氷もむすほゝれとけてねぬよの夢そみしかき
最勝四天王院の障子にうちかはかきたるところ
太上天皇
0636 はしひめのかたしき衣さむしろにまつよむなしきうちのあけほの
前大僧正慈円
0637 あしろ木にいさよふ浪のをとふけてひとりやねぬるうちのはしひめ
百首哥中に 式子内親王
0638 見るまゝに冬はきにけりかものゐるいりえのみきはうすこほりつゝ」92オ
摂政太政大臣家哥合に湖上冬月
藤原家隆朝臣
0639 しかのうらやとをさかりゆく浪間よりこほりていつる有あけの月
守覚法親王五十首よませ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
0640 ひとり見るいけの氷にすむ月のやかてそてにもうつりぬるかな〈朱〉\
題しらす 赤人
0641 うはたまのよのふけゆけはひさきおふるきよきかはらにちとりなく也
さほのかはらにちとりのなきけるをよみ侍ける
伊勢大輔」92ウ
0642 ゆくさきはさよふけぬれとちとりなくさほのかはらはすきうかりけり
みちのくにゝまかりける時よみ侍ける
能因法師
0643 ゆふされはしほ風こしてみちのくののたの玉河ちとりなくなり
題しらす 重之
0644 白浪にはねうちかはしはまちとりかなしき声はよるの一声〈朱〉\
後徳大寺左大臣
0645 ゆふなきにとわたるちとりなみまより見ゆるこ嶋の雲にきえぬる
堀河院に百首哥たてまつりけるに
祐子内親王家紀伊」93オ
0646 浦風にふきあけのはまのはまちとり浪たちくらし夜はになくなり
五十首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
0647 月そすむたれかはこゝにきのくにやふきあけのちとりひとりなく也
千五百番哥合に 正三位季能
0648 さよちとり声こそちかくなるみかたかたふく月にしほやみつらん
最勝四天王院の障子になるみのうらかきたる所
藤原秀能
0649 風ふけはよそになるみのかたおもひおもはぬ浪になくちとりかな
おなし所 権大納言通光」93ウ
0650 浦人の日もゆふくれになるみかたかへる袖よりちとりなくなり
文治六年女御入内屏風に
正三位季経
0651 風さゆるとしまかいそのむらちとりたちゐは浪の心なりけり
五十首哥たてまつりし時
雅経
0652 はかなしやさてもいくよかゆく水にかすかきわふるをしのひとりね
堀河院に百首哥たてまつりけるに
河内
0653 水鳥のかものうきねのうきなから浪のまくらにいくよねぬらん〈朱〉\」94オ
たいしらす 湯原王
0654 よしのなるなつみの河のかはよとにかもそなくなる山かけにして
能因法師
0655 ねやのうへにかたえさしおほひそともなる葉ひろかしはに霰ふる也
法性寺入道前関白太政大臣
0656 さゝなみやしかのからさき風さえてひらのたかねにあられふる也
人麿
0657 やたのゝにあさちいろつくあらち山みねのあは雪さむくそあるらし
雪朝基俊許へ申つかはしける
瞻西聖人」94ウ
0658 つねよりもしのやのゝきそうつもるゝけふは宮こにはつ雪やふる
返し 基俊
0659 ふる雪にまことにしのやいかならんけふはみやこにあとたにもなし〈朱〉\
冬哥あまたよみ侍けるに
権中納言長方
0660 はつ雪のふるの神すきうつもれてしめゆふ野辺は冬こもりせり
おもふこと侍けるころはつ雪ふり侍ける日
紫式部
0661 ふれはかくうさのみまさる世をしらてあれたる庭につもるはつ雪
百首哥に 式子内親王」95オ
0662 さむしろのよはの衣手さえ/\てはつ雪しろしをかのへの松
入道前関白右大臣に侍ける時家哥合に雪をよめる
寂蓮法師
0663 ふりそむるけさたに人のまたれつるみ山のさとの雪の夕くれ
雪のあした後徳大寺左大臣許につかはしける
皇太后宮大夫俊成
0664 けふはもし君もやとふとなかむれとまたあともなき庭の雪哉
返し 後徳大寺左大臣
0665 いまそきく心はあともなかりけり雪かきわけておもひやれとも
題しらす 前大納言公任」95ウ
0666 白山にとしふる雪やつもるらんよはにかたしくたもとさゆなり〈朱〉\
夜深聞雪といふことを
刑部卿範兼
0667 あけやらぬねさめのとこにきこゆなりまかきの竹の雪のしたおれ
うへのをのことも暁望山雪といへる心をつかうまつり
けるに 高倉院御哥
0668 をとは山さやかに見ゆる白雪をあけぬとつくるとりのこゑかな
紅葉のちれりけるうへにはつゆきのふりかゝりて侍
けるを見て上東門院に侍ける女房につかはしける
藤原家経朝臣」96オ
0669 山さとはみちもやみえすなりぬらんもみちとゝもに雪のふりぬる〈朱〉\
野亭雪をよみ侍ける
藤原国房
0670 さひしさをいかにせよとてをかへなるならの葉したり雪のふるらん
百首哥たてまつりし時
定家朝臣
0671 こまとめて袖うちはらふかけもなしさのゝわたりの雪のゆふくれ
摂政太政大臣大納言に侍ける時山家雪といふことを
よませ侍けるに
0672 まつ人のふもとのみちはたえぬらんのきはのすきに雪をもるなり」96ウ
おなし家にて所名をさくりて冬哥よませ侍けるに
伏見里雪を 有家朝臣
0673 夢かよふみちさへたえぬくれ竹のふしみのさとの雪のしたをれ
家に百首哥よませ侍けるに
入道前関白太政大臣
0674 ふる雪にたくものけふりかきたえてさひしくもあるかしほかまのうら
題しらす 赤人
0675 たこの浦にうちいてゝ見れはしろたへのふしのたかねに雪はふりつゝ
延喜御時哥たてまつれとおほせられけれは
貫之」97オ
0676 雪のみやふりぬとおもふ山さとにわれもおほくのとしそつもれる〈朱〉\
守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
0677 雪ふれはみねのまさかきうつもれて月にみかけるあまのかく山
題しらす 小侍従
0678 かきくもりあまきる雪のふるさとをつもらぬさきにとふ人もかな
前大僧正慈円
0679 庭の雪にわかあとつけていてつるをとはれにけりと人やみるらん
0680 なかむれはわか山のはに雪しろし宮この人よ哀とも見よ
曽祢好忠」97ウ
0681 冬くさのかれにし人のいまさらに雪ふみわけて見えん物かは
雪朝大原にてよみ侍ける
寂然法師
0682 たつねきてみちわけわふる人もあらしいくへもつもれ庭の白雪
百首哥の中に 太上天皇
0683 このころは花も紅葉もえたになししはしなきえそ松のしらゆき〈朱〉\
千五百番哥合に 右衛門督通具
0684 草も木もふりまかへたる雪もよに春まつむめの花のかそする〈朱〉\
百首哥めしける時 崇徳院御哥
0685 みかりするかた野のみのにふるあられあなかまゝたき鳥もこそたて」98オ
内大臣に侍ける時家哥合に
法性寺入道前関白太政大臣
0686 みかりすとゝたちのはらをあさりつゝかたのゝ野辺にけふもくらしつ〈朱〉\
京極関白前太政大臣高陽院哥合に
前中納言匡房
0687 みかり野はかつふる雪にうつもれてとたちもみえす草かくれつゝ
鷹狩の心をよみ侍ける
左近中将公衡
0688 かりくらしかたのゝましはおりしきてよとの河せの月をみるかな
うつみ火をよみ侍ける」98ウ
権僧正永縁
0689 中/\にきえはきえなてうつみ火のいきてかひなき世にもある哉
百首哥たてまつりしに
式子内親王
0690 ひかすふる雪けにまさるすみかまのけふりもさむし大原のさと
歳暮に人につかはしける
西行法師
0691 をのつからいはぬをしたふ人やあるとやすらふほとにとしのくれぬる
としのくれによみ侍ける
上西門院兵衛」99オ
0692 かへりては身にそふ物としりなからくれゆくとしをなにしたふらん
皇太后宮大夫俊成女
0693 へたてゆくよゝのおもかけかきくらし雪とふりぬるとしのくれかな
大納言隆季
0694 あたらしきとしやわか身をとめくらんひまゆくこまにみちをまかせて〈朱〉\
俊成卿家十首哥よみ侍けるにとしのくれの心を
俊恵法師
0695 なけきつゝことしもくれぬつゆのいのちいけるはかりを思いてにして
百首哥たてまつりし時
小侍従」99ウ
0696 おもひやれやそちのとしのくれなれはいかはかりかは物はかなしき
題しらす 西行法師
0697 むかしおもふ庭にうき木をつみをきて見しよにもにぬとしのくれかな
摂政太政大臣
0698 いその神ふる野のをさゝしもをへてひとよはかりにのこるとしかな
前大僧正慈円
0699 としのあけてうきよの夢のさむへくはくるともけふはいとはさらまし
権律師隆聖
0700 あさことのあか井の水にとしくれてわかよのほとのくまれぬるかな〈朱〉\
百首哥たてまつりし時」100オ
入道左大臣
0701 いそかれぬとしのくれこそあはれなれむかしはよそにきゝし春かは
としのくれに身のおいぬることをなけきてよみ侍ける
和泉式部
0702 かそふれはとしのゝこりもなかりけりおいぬるはかりかなしきはなし〈朱〉\
入道前関白百首哥よませ侍ける時としのくれ
の心をよみてつかはしける
後徳大寺左大臣
0703 いしはしるはつせのかはのなみまくらはやくもとしのくれにけるかな
土御門内大臣家にて海辺歳暮といへる心をよめる」100ウ
有家朝臣
0704 ゆくとしをゝしまのあまのぬれ衣かさねて袖になみやかくらん
寂蓮法師
0705 おいのなみこえける身こそあはれなれことしも今はすゑの松山〈朱〉\
千五百番哥合に 皇太后宮大夫俊成
0706 けふことにけふやかきりとおしめとも又もことしにあひにけるかな」101オ
新古今和哥集巻第七
賀哥
みつきものゆるされてくにとめるを御らんして
仁徳天皇御哥
0707 たかきやにのほりて見れはけふりたつたみのかまとはにきはひにけり
題しらす よみ人しらす
0708 はつ春のはつねのけふのたまはゝきてにとるからにゆらく玉のを
子日をよめる 藤原清正
0709 ねのひしてしめつるのへのひめこ松ひかてやちよのかけをまたまし
題しらす 貫之」101ウ
0710 君かよのとしのかすをはしろたへのはまのまさことたれかしきけん
享子院の六十御賀屏風にわかなつめるところを
よみ侍ける
0711 わかなおふるのへといふのへを君かためよろつよしめてつまんとそ思〈朱〉\
延喜御時屏風哥
0712 ゆふたすきちとせをかけてあしひきの山あゐのいろはかはらさりけり
祐子内親王家にてさくらを
土御門右大臣
0713 君かよにあふへき春のおほけれはちるとも桜あくまてそみん
七条のきさいの宮の五十賀屏風に」102オ
伊勢
0714 すみの江のはまのまさこをふむたつはひさしきあとをとむるなりけり〈朱〉\
延喜御時屏風哥
貫之
0715 としことにおいそふ竹のよゝをへてかはらぬいろをたれとかはみん〈朱〉\
題しらす 躬恒
0716 ちとせふるおのへの松は秋風の声こそかはれいろはかはらす
興風
0717 山河の菊のしたみついかなれはなかれて人の老をせくらん
延喜御時屏風哥」102ウ
貫之
0718 いのりつゝなを長月のきくの花いつれの秋かうへてみさらん
文治六年女御入内屏風に
皇太后宮大夫俊成
0719 山人のおるそてにほふきくのつゆうちはらふにもちよはへぬへし
貞信公家屏風に
清原元輔
0720 神な月もみちもしらぬときは木によろつよかゝれ峯の白雲
題しらす 伊勢
0721 山風はふけとふかねと白浪のよするいはねはひさしかりけり〈朱〉\」103オ
後一条院うまれさせたまへりける九月つきくまな
かりける夜大二条関白中将に侍けるわかき人々さそひ
いてゝいけのふねにのせてなかしまのまつかけさしま
はすほとおかしくみえ侍けれは
紫式部
0722 くもりなくちとせにすめる水のおもにやとれる月のかけものとけし
永承四年内裏哥合に池水といふ心を
伊勢大輔
0723 池水のよゝにひさしくすみぬれは底の玉もゝ光みえけり
堀河院の大嘗会御禊日ころあめふりてその」103ウ
日になりてそらはれて侍けれは紀伊典侍に申ける
六条右大臣
0724 きみかよのちとせのかすもかくれなくくもらぬそらの光にそ見る
天喜四年皇后宮の哥合に祝の心をよみ侍ける
前大納言隆国
0725 すみの江においそふ松のえたことにきみかちとせのかすそこもれる
寛治八年関白前太政大臣高陽院哥合にいはひの
心を 康資王母
0726 よろつよを松のを山のかけしけみ君をそいのるときはかきはに
後冷泉院おさなくおはしましける時卯杖の松を」104オ
人のこにたまはせけるによみ侍ける
大弐三位
0727 あひをひのをしほの山のこ松はらいまよりちよのかけをまたなん
永保四年内裏子日に
大納言経信
0728 ねの日するみかきのうちのこ松はらちよをはほかの物とやはみる
権中納言通俊
0729 ねの日する野辺のこ松をうつしうへてとしのをなかく君そひくへき
承暦二年内裏の哥合に祝の心を
前中納言匡房」104ウ
0730 君かよはひさしかるへしわたらひやいすゝのかはのなかれたえせて
題しらす 読人しらす
0731 とき葉なる松にかゝれるこけなれは年のをなかきしるへとそ思
二条院御時花有喜色といふ心を人々つかうまつり
けるに 刑部卿範兼
0732 きみかよにあへるはたれもうれしきを花はいろにもいてにけるかな
おなし御時南殿の花のさかりにうたよめとおほせ
られけれは 参河内侍
0733 身にかへて花もおしまし君かよにみるへき春のかきりなけれは
百首哥たてまつりし時」105オ
式子内親王
0734 あめのしためくむくさ木のめもはるにかきりもしらぬみよのすゑ/\
京極殿にてはしめて人々哥つかうまつりしに松有
春色といふ事をよみ侍し
摂政太政大臣
0735 をしなへてこのめも春のあさみとり松にそちよの色はこもれる
百首哥たてまつりし時
0736 しき嶋やゝまとしまねも神よゝり君かためとやかためをきけん
千五百番哥合に
0737 ぬれてほすたまくしのはのつゆしもにあまてるひかりいくよへぬらん」105ウ
いはひの心をよみ侍ける
皇太后宮大夫俊成
0738 きみかよはちよともさゝしあまのとやいつる月日のかきりなけれは
千五百番哥合に 定家朝臣
0739 わかみちをまもらはきみをまもるらんよはひはゆつれすみよしの松
八月十五夜和哥所哥合に月多秋友といふことを
よみ侍し 寂蓮法師
0740 たかさこの松もむかしになりぬへしなをゆくすゑは秋のよの月
和哥所の開闔になりてはしめてまいりし日そうし
侍し 源家長」106オ
0741 もしほくさかくともつきしきみかよのかすによみをくわかの浦浪
建久七年入道前関白太政大臣宇治にて人々に
哥よませ侍けるに 前大納言隆房
0742 うれしさやかたしく袖につゝむらんけふまちえたるうちのはしひめ
嘉応元年入道前関白太政大臣宇治にて河水
久澄といふ事を人々によませ侍けるに
清輔朝臣
0743 としへたるうちのはしもりことゝはんいくよになりぬ水のみなかみ
日吉祢宜成仲七十賀し侍けるにつかはしける
0744 なゝそちにみつのはまゝつおいぬれとちよのゝこりは猶そはるけき」106ウ
百首哥よみ侍けるに
後徳大寺左大臣
0745 やをかゆくはまのまさこを君かよのかすにとらなんおきつ嶋もり
いゑにうたあはせし侍けるにはるのいはひの心をよみ
侍ける 摂政太政大臣
0746 かすか山宮このみなみしかそおもふきたのふちなみ春にあへとは
天暦御時大嘗会主基備中国中山
よみ人しらす
0747 ときはなるきひの中山をしなへてちとせを松のふかきいろかな
長和五年大嘗会悠紀方風俗哥近江国」107オ
朝日郷 祭主輔親
0748 あかねさすあさひのさとのひかけ草とよのあかりのかさしなるへし
永承元年大嘗会悠紀方屏風近江国もる山
をよめる 式部大輔資業
0749 すへらきをときはかきはにもる山の山人ならし山かつらせり〈朱〉\
寛治二年大嘗会屏風にたかのをの山をよめる
前中納言匡房
0750 とやかへるたかのを山のたまつはきしもをはふともいろはかはらし
久寿二年大嘗会悠紀屏風にあふみのくに
かゝみ山をよめる 宮内卿永範」107ウ
0751 くもりなきかゝみの山の月をみてあきらけきよをそらにしる哉
平治元年大嘗会主基方辰日参入音声
生野をよめる 刑部卿範兼
0752 おほえ山こえていくのゝすゑとをみみちある世にもあひにけるかな
仁安元年大嘗会悠紀哥たてまつりけるに稲舂哥
皇太后宮大夫俊成
0753 あふみのやさかたのいねをかけつみてみちあるみよのはしめにそつく
寿永元年大嘗会主基方稲舂哥丹波国長田
村をよめる 権中納言兼光
0754 神世ゝりけふのためとやゝつかほになかたのいねのしなひそめけん」108オ
建久九年大嘗会悠紀哥青羽山
式部大輔光範
0755 たちよれはすゝしかりけり水鳥のあおはの山の松のゆふ風〈朱〉\
おなし大嘗会主基屏風に六月松井
権中納言資実
0756 ときはなる松井の水をむすふてのしつくことにそちよはみえける」108ウ
新古今和哥集巻第八
哀傷哥
題しらす 僧正遍昭
0757 すえのつゆもとのしつくやよの中のをくれさきたつためしなるらん
小野小町
0758 あはれなりわか身のはてやあさみとりつゐには野辺のかすみとおもへは
醍醐のみかとかくれたまひてのちやよひのつこもりに
三条右大臣につかはしける
中納言兼輔
0759 さくらちる春のすゑにはなりにけりあまゝもしらぬなかめせしまに」109オ
正暦二年諒闇の春さくらのえたにつけて道信朝臣
につかはしける 実方朝臣
0760 すみそめのころもうきよの花さかりおりわすれてもおりてけるかな
返し 道信朝臣
0761 あかさりし花をや春もこひつらんありし昔を思ひいてつゝ
やよひのころ人にをくれてなけきける人のもとへ
つかはしける 成尋法師
0762 花さくらまたさかりにてちりにけんなけきのもとを思こそやれ〈朱〉\
人のさくらをうへをきてそのとしの四月になくなりに
ける又のとしはしめて花さきたるを見て」109ウ
大江嘉言
0763 花見んとうへけん人もなきやとのさくらはこその春そさかまし
としころすみ侍ける女の身まかりにける四十九日はてゝ
なを山さとにこもりゐてよみ侍ける
左京大夫顕輔
0764 たれもみな花の宮こにちりはてゝひとりしくるゝ秋の山さと
公守朝臣母身まかりてのちの春法金剛院の花
を見て 後徳大寺左大臣
0765 花見てはいとゝいゑちそいそかれぬまつらんと思人しなけれは
定家朝臣母のおもひに侍ける春のくれにつかはしける」110オ
摂政太政大臣
0766 春霞かすみしそらのなこりさへけふをかきりのわかれなりけり
前大納言光頼はる身まかりにけるをかつらなる
ところにてとかくしてかへり侍けるに
前左兵衛督惟方
0767 たちのほるけふりをたにも見るへきにかすみにまかふ春のあけほの
六条摂政かくれ侍りてのちうへをきて侍りける
牡丹のさきて侍けるをおりて女房のもとより
つかはして侍けれは 大宰大弐重家
0768 かたみとて見れはなけきのふかみ草なに中/\のにほひなるらん」110ウ
おさなきこのうせにけるかうへをきたりける昌蒲を
見てよみ侍りける 高陽院木綿四手
0769 あやめくさたれしのへとかうへをきてよもきかもとのつゆときえけん
なけくこと侍りけるころ五月五日人のもとへ申つか
はしける 上西門院兵衛
0770 けふくれとあやめもしらぬたもとかなむかしをこふるねのみかゝりて
近衛院かくれたまひにけれはよをそむきてのち五月
五日皇嘉門院にたてまつられける
九条院
0771 あやめ草ひきたかへたるたもとにはむかしをこふるねそかゝりける」111オ
返し 皇嘉門院
0772 さもこそはおなしたもとのいろならめかはらぬねをもかけてける哉
すみ侍りける女なくなりにけるころ藤原為頼朝臣妻
身まかりにけるにつかはしける
小野宮右大臣
0773 よそなれとおなし心そかよふへきたれも思ひのひとつならねは〈朱〉\
返し 藤原為頼朝臣
0774 ひとりにもあらぬ思はなき人もたひのそらにやかなしかるらん〈朱〉\
小式部内侍つゆをきたるはきをりたるからきぬ
をきて侍りけるを身まかりてのち上東門院より」111ウ
たつねさせたまひけるたてまつるとて
和泉式部
0775 をくと見しつゆもありけりはかなくてきえにし人をなにゝたとへん
御返し 上東門院
0776 おもひきやはかなくをきし袖のうへのつゆをかたみにかけん物とは
白河院御時中宮おはしまさてのちその御方は草の
みしけりて侍りけるに七月七日わらはへのつゆとり
侍けるを見て 周防内侍
0777 あさちはらはかなくきえし草のうへのつゆをかたみと思かけきや
一品資子内親王にあひてむかしのことゝも申いた」112オ
してよみ侍ける 女御徽子女王
0778 袖にさへ秋のゆふへはしられけりきえしあさちかつゆをかけつゝ
れいならぬことをもくなりて御くしおろしたまひ
ける日上東門院中宮と申ける時つかはしける
一条院御哥
0779 秋風のつゆのやとりに君をゝきてちりをいてぬることそかなしき
秋のころおさなきこにをくれたる人に
大弐三位
0780 わかれけんなこりの袖もかはかぬにをきやそふらん秋のゆふつゆ〈朱〉\
返し 読人しらす」112ウ
0781 をきそふるつゆとゝもにはきえもせてなみたにのみもうきしつむかな〈朱〉\
廉義公の母なくなりてのちをみなへしを見て
清慎公
0782 をみなへしみるに心はなくさまていとゝむかしの秋そこひしき
弾正尹為尊親王にをくれてなけき侍けるころ
和泉式部
0783 ねさめする身をふきとおす風のをとをむかしは袖のよそにきゝけん
従一位源師子かくれ侍りて宇治より新少将か
もとにつかはしける 知足院入道前関白太政大臣
0784 袖ぬらす萩のうはゝのつゆはかりむかしわすれぬむしのねそする」113オ
法輪寺にまうて侍とてさかのに大納言忠家かはかの
侍けるほとにまかりてよみ侍ける
権中納言俊忠
0785 さらてたにつゆけきさかのゝへにきてむかしのあとにしほれぬるかな
公時卿母身まかりてなけき侍けるころ大納言実国
もとに申つかはしける 後徳大寺左大臣
0786 かなしさは秋のさか野のきり/\すなをふるさとにねをやなくらん
母の身まかりにけるをさかのへんにおさめ侍ける夜よみ
ける 皇太后宮大夫俊成女
0787 今はさはうきよのさかのゝへをこそつゆきえはてしあとゝしのはめ」113ウ
母身まかりにける秋のわきしける日もとすみ侍りける
ところにまかりて 定家朝臣
0788 たまゆらのつゆも涙もとゝまらすなき人こふるやとの秋風
ちゝ秀宗身まかりての秋寄風懐旧といふ
ことをよみ侍ける 藤原秀能
0789 つゆをたにいまはかたみのふちころもあたにも袖をふくあらしかな
久我内大臣春ころうせて侍けるとしの秋土御門内大臣
中将に侍ける時つかはしける
殷富門院大輔
0790 秋ふかきねさめにいかゝおもひいつるはかなく見えし春のよの夢〈朱〉\」114オ
返し 土御門内大臣
0791 見し夢をわするゝ時はなけれとも秋のねさめはけにそかなしき〈朱〉\
しのひてもの申ける女身まかりてのちそのいゑに
とまりてよみ侍ける
大納言実家
0792 なれし秋のふけしよとこはそれなから心のそこの夢そかなしき
みちのくにへまかれりける野中にめにたつさまなる
つかの侍けるをとはせ侍けれはこれなん中将の
つかと申すとこたへけれは中将とはいつれの人そと
とひ侍けれは実方朝臣の事となん申けるに冬の」114ウ
事にてしもかれのすゝきほの/\見えわたりており
ふしものかなしうおほえ侍けれは
西行法師
0793 くちもせぬその名はかりをとゝめをきてかれ野のすゝきかたみとそみる
同行なりける人うちつゝきはかなくなりにけれはおも
ひいてゝよめる 前大僧正慈円
0794 ふるさとをこふる涙やひとりゆくともなき山のみちしはのつゆ
母のおもひに侍ける秋法輪にこもりてあらしの
いたくふきけれは 皇太后宮大夫俊成
0795 うきよにはいまはあらしの山かせにこれやなれゆくはしめなるらん」115オ
定家朝臣母身まかりてのち秋ころ墓所ちかき堂
にとまりてよみ侍ける
0796 まれにくる夜はもかなしき松風をたえすやこけのしたにきくらん
堀河院かくれ給てのち神な月風のをとあはれに
きこえけれは 久我太政大臣
0797 ものおもへはいろなき風もなかりけり身にしむ秋の心ならひに
藤原定通身まかりてのち月あかき夜人の
ゆめに殿上になん侍とてよみ侍ける哥
0798 ふるさとをわかれし秋をかそふれはやとせになりぬありあけの月
源為善朝臣身まかりにける又のとし月を見て」115ウ
能因法師
0799 いのちあれはことしの秋も月はみつわかれし人にあふよなきかな
世中はかなく人々おほくなくなり侍けるころ中将
宣方朝臣身まかりて十月許白河の家にまかれり
けるに紅葉のひとはのこれるを見侍て
前大納言公任
0800 けふこすはみてやゝまゝし山さとのもみちも人もつねならぬよに〈朱〉\
十月許みなせに侍しころ前大僧正慈円のもとへ
ぬれてしくれのなと申つかはしてつきのとしの神無月
に無常の哥あまたよみてつかはし侍し中に」116オ
太上天皇
0801 おもひいつるおりたくしはのゆふけふりむせふもうれし忘かたみに
返し 前大僧正慈円
0802 おもひいつるおりたくしはときくからにたくひしられぬゆふけふりかな
雨中無常といふことを
太上天皇
0803 なき人のかたみの雲やしほ(ほ=く)るらんゆふへの雨にいろはみえねと
枇杷皇太后宮かくれてのち十月許かの家の人々
の中にたれともなくてさしをかせける
相模」116ウ
0804 神な月しくるゝころもいかなれやそらにすきにし秋の宮人
右大将通房身まかりてのちてならひすさひて侍
けるあふきを見いたしてよみ侍ける
土御門右大臣女
0805 てすさひのはかなきあとゝ見しかとも長かたみになりにけるかな
斎宮女御のもとにて先帝のかゝせたまへりけるさうし
を見侍て 馬内侍
0806 たつねてもあとはかくてもみつくきのゆくゑもしらぬ昔なりけり
返し 女御徽子女王
0807 いにしへのなきになかるゝ水くきのあとこそ袖のうらによりけれ」117オ
恒徳公かくれてのち女のもとに月あかき夜しのひて
まかりてよみ侍ける
道信朝臣
0808 ほしもあへぬころものやみにくらされて月ともいはすまとひぬるかな〈朱〉\
入道摂政のために万灯会をこなはれ侍けるに
東三条院
0809 みなそこにちゝのひかりはうつれともむかしのかけはみえすそ有ける〈朱〉\
公忠朝臣身まかりにけるころよみ侍ける
源信明朝臣
0810 ものをのみおもひねさめのまくらにはなみたかゝらぬ暁そなき」117ウ
一条院かくれたまひにけれはその御事をのみこひ
なけき給てゆめにほのみえたまひけれは
上東門院
0811 あふこともいまはなきねの夢ならていつかは君を又はみるへき
後朱雀院かくれ給て上東門院白河にこもり
給にけるをきゝて 女御藤原生子<大二条関白/女>
0812 うしとてはいてにしいゑをいてぬなりなとふるさとにわか帰けん〈朱〉\
〈墨〉\題しらす 〈墨〉\和泉式部
0812 〈墨〉\たれなりとをくれさきたつほとあらはかたみにしのへ水くきのあと
おさなかりけるこの身まかりにけるに」118オ
源道済
0813 はかなしといふにもいとゝなみたのみかゝるこのよをたのみけるかな
後一条院中宮かくれ給てのち人のゆめに
0814 ふるさとにゆく人もかなつけやらんしらぬ山ちにひとりまとふと
醍醐のみかとかくれ給てのころ人のもとにつかはしける
盛明親王
0814 世中のはかなきことをみるころはねなくに夢の心ちこそすれ
小野宮右大臣身まかりぬときゝてよめる
権大納言長家
0815 たまのをの長ためしにひく人もきゆれはつゆにことならぬかな〈朱〉\」118ウ
小式部内侍身まかりてのちつねにもちて侍けるて
はこを誦経にせさすとてよみ侍ける
和泉式部
0816 こひわふときゝにたにきけかねのをとにうちわすらるゝ時のまそなき〈朱〉\
上東門院小少将身まかりてのちつねにうちと
けてかきかはしけるふみのものゝ中に侍けるを見
いてゝ加賀少納言かもとへつかはしける
紫式部
0817 たれかよになからへて見んかきとめしあとはきえせぬかたみなれとも
返し 加賀少納言」119オ
0818 なき人をしのふることもいつまてそけふの哀はあすのわか身を
僧正明尊かくれてのちひさしくなりて房なとも
いはくらにとりわたしてくさおひしけりてことさまに
なりにけるをみて 律師慶暹
0819 なき人のあとをたにとてきてみれはあらぬさとにもなりにけるかな
よのはかなきことをなけくころみちのくにゝ名ある
ところ/\かきたるゑを見侍りて
紫式部
0820 見し人のけふりになりしゆふへより名そむつましきしほかまのうら
後朱雀院かくれたまひて源三位かもとにつかはしける」119ウ
弁乳母
0821 あはれきみいかなる野辺のけふりにてむなしきそらの雲と成けん〈朱〉\
返し 源三位
0822 おもへきみもえしけふりにまかひなてたちをくれたる春のかすみを〈朱〉\
大江嘉言つしまになりてくたるとてなにはほり
えのあしのうらはにとよみてくたり侍にけるほとに
国にてなくなりにけりときゝて
能因法師
0823 あはれ人けふのいのちをしらませはなにはのあしにちきらさらまし〈朱〉\
題しらす 大江匡衡朝臣」120オ
0824 よもすからむかしのことをみつるかなかたるやうつゝありしよや夢〈朱〉\
俊頼朝臣身まかりてのちつねに見ける鏡を
仏につくらせ侍とてよめる
新少将
0825 うつりけんむかしのかけやのこるとて見るにおもひのますかゝみかな
かよひける女のはかなくなり侍にけるころかきを
きたるふみとも経のれうしになさんとてとりい
てゝ見侍けるに 按察使公通
0826 かきとむることの葉のみそ水くきのなかれてとまるかたみなりける
禎子内親王かくれ侍てのち[心+宗]子内親王かはりゐ」120ウ
侍ぬときゝてまかりて見けれはなに事もかはらぬ
やうに侍けるもいとゝむかしおもひいてられて女房に
申侍ける 中院右大臣
0827 ありすかはおなしなかれはかはらねと見しやむかしのかけそわすれぬ
権中納言道家母かくれ侍にける秋摂政太政大臣
のもとにつかはしける 皇太后宮大夫俊成
0828 かきりなき思のほとの夢のうちはおとろかさしとなけきこしかな
返し 摂政太政大臣
0829 見し夢にやかてまきれぬわか身こそとはるゝけふもまつかなしけれ
母のおもひに侍けるころ又なくなりにける人のあたり」121オ
よりとひて侍けれはつかはしける
清輔朝臣
0830 世中は見しもきゝしもはかなくてむなしきそらのけふりなりけり
無常のこゝろを 西行法師
0831 いつなけきいつおもふへきことなれはのちのよしらて人のすむ(む=く)らん〈朱〉\
前大僧正慈円
0832 みな人のしりかほにしてしらぬかなかならすしぬるならひありとは
0833 きのふみし人はいかにとおとろけとなを長よの夢にそ有ける
0834 よもきふにいつかをくへきつゆの身はけふのゆふくれあすのあけほの〈朱〉\
0835 われもいつそあらましかはと見し人をしのふとすれはいとゝそひゆく」121ウ
前参議教長高野にこもりゐて侍けるかやまひ
かきりになり侍ぬときゝて頼輔卿まかりけるほとに
身まかりぬときゝてつかはしける
寂蓮法師
0836 たつねきていかにあはれとなかむらんあとなき山の峯のしら雲
人にをくれてなけきける人につかはしける
西行法師
0837 なきあとのおもかけをのみ身にそへてさこそは人のこひしかるらめ
なけくこと侍ける人とはすとうらみ侍けれは
0838 哀ともこゝろにおもふほとはかりいはれぬへくはとひこそはせめ」122オ
無常のこゝろを 入道左大臣
0839 つく/\とおもへはかなしいつまてか人のあはれをよそにきくへき
左近中将通宗か墓所にまかりてよみ侍ける
土御門内大臣
0840 をくれゐてみるそかなしきはかなさをうき身のあとゝなにたのみけむ
覚快法親王かくれ侍て周忌のはてに墓所に
まかりてよみ侍ける
前大僧正慈円
0841 そこはかと思つゝけて来てみれはことしのけふも袖はぬれけり
母のためにあはたくちの家にて仏くやうし侍ける」122ウ
時はらからみなまうてきあひてふるきおもかけなと
さらにしのひ侍けるおりふしゝもあめかきくらし
ふり侍けれはかへるとてかの堂の障子にかきつけ
侍ける 右大将忠経
0842 たれもみな涙のあめにせきかねぬそらもいかゝはつれなかるへき
なくなりたる人のかすをそとはにかきて哥よみ侍
けるに 法橋行遍
0843 見し人はよにもなきさのもしほ草かきをくたひに袖そしほるゝ〈朱〉\
子の身まかりにけるつきのとしの夏かの家にまかり
たりけるにはなたちはなのかほりけれはよめる」123オ
祝部成仲
0844 あらさらんのちしのへとや袖のかをはなたちはなにとゝめをきけん〈朱〉\
能因法師身まかりてのちよみ侍ける
藤原兼房朝臣
0845 ありしよにしはしも見てはなかりしを哀とはかりいひてやみぬる〈朱〉\
妻なくなりて又のとしの秋ころ周防内侍か
もとへつかはしける 権中納言通俊
0846 とへかしなかたしくふちの衣手になみたのかゝる秋のねさめを
堀河院かくれ給ひてのちよめる
権中納言国信」123ウ
0847 君なくてよるかたもなきあをやきのいとゝうきよそ思みたるゝ
かよひける女山さとにてはかなくなりにけれはつれ/\と
こもりゐて侍けるかあからさまに京へまかりてあか
月かへるにとりなきぬと人々いそかし侍けれは
左京大夫顕輔
0848 いつのまに身を山かつになしはてゝ宮こをたひと思ふなるらん
ならのみかとをおさめたてまつりけるをみて
人麿
0849 ひさかたのあめにしほるゝ君ゆへに月日もしらてこひわたるらん
題しらす 小野小町」124オ
0850 あるはなくなきはかすそふ世中にあはれいつれの日まてなけかん
業平朝臣
0851 白玉かなにそと人のとひし時つゆとこたへてけなまし物を〈朱〉\
更衣の服にてまいれりけるを見たまひて
延喜御哥
0852 としふれはかくもありけりすみそめのこはおもふてふそれかあらぬか〈朱〉\
おもひにて人のいゑにやとれりけるをその家にわす
れくさのおほく侍りけれはあるしにつかはしける
中納言兼輔
0853 なき人をしのひかねては忘草おほかるやとにやとりをそする〈朱〉\」124ウ
やまひにしつみてひさしくこもりゐて侍けるかたま/\
よろしくなりてうちにまいりて右大弁公忠蔵人
に侍けるにあひて又あさてはかりまいるへきよし申て
まかりいてにけるまゝにやまひをもくなりてかきりに
侍けれは公忠朝臣につかはしける
藤原季縄
0854 くやしくそのちにあはんと契けるけふをかきりといはまし物を
母の女御かくれ侍りて七月七日よみ侍ける
中務卿具平親王
0855 すみそめのそてはそらにもかさなくにしほりもあへすつゆそこほるゝ」125オ
うせにける人のふみのものゝ中なるを見いてゝその
ゆかりなる人のもとにつかはしける
紫式部
0856 くれぬまの身をはおもはて人のよのあはれをしるそかつははかなき〈朱〉\」125ウ
新古今和哥集巻第九
離別哥
みちのくにゝくたり侍ける人にさうそくをくるとて
よみ侍ける 紀貫之
0857 たまほこのみちの山風さむからはかたみかてらにきなんとそおもふ
題しらす 伊勢
0858 わすれなん世にもこしちのかへる山いつはた人にあはむとすらん
あさからすちきりける人のゆきわかれ侍けるに
紫式部
0859 きたへゆく雁のつはさにことつてよ雲のうはかき/\たえすして」126オ
ゐなかへまかりける人にたひころもつかはすとて
大中臣能宣朝臣
0860 秋きりのたつたひころもをきて見よつゆはかりなるかたみなりとも
みちのくにゝくたり侍ける人に
貫之
0861 見てたにもあかぬ心をたまほこのみちのおくまて人のゆくらん
あふさかのせきのちかきわたりにすみ侍けるにとをき
所にまかりける人に餞し侍るとて
中納言兼輔
0862 あふさかの関にわかやとなかりせはわかるゝ人はたのまさらまし」126ウ
寂昭上人入唐し侍りけるに装束をくりけるに
たちけるをしらてをひてつかはしける
読人しらす
0863 きならせと思しものをたひころもたつ日をしらすなりにける哉
返し 寂昭法師
0864 これやさは雲のはたてにをるときくたつことしらぬあまのは衣
題しらす 源重之
0865 衣河見なれし人のわかれにはたもとまてこそ浪はたちけれ
みちのくにのすけにてまかりける時範永朝臣のもとに
つかはしける 高階経重朝臣」127オ
0866 ゆくすゑにあふくま河のなかりせはいかにかせましけふのわかれを
返し 藤原範永朝臣
0867 君に又あふくま河をまつへきにのこりすくなきわれそかなしき
大宰帥隆家くたりけるにあふきたまふとて
枇杷皇太后宮
0868 すゝしさはいきの松はらまさるともそふるあふきの風なわすれそ
亭子院みやたき御らんしにおはしましける御ともに
素性法師めしくせられてまいれりけるを住吉の
こほりにていとまたまはせてやまとにつかはしけるに
よみ侍ける 一条右大臣恒佐」127ウ
0869 神な月まれのみゆきにさそはれてけふわかれなはいつかあひみん〈朱〉\
題しらす 大江千里
0870 わかれてのゝちもあひみんとおもへともこれをいつれの時とかはしる〈朱〉\
成尋法師入唐し侍りけるに母のよみ侍ける
0871 もろこしもあめのしたにそありときくてる日のもとをわすれさらなん
修行にいてたつとて人のもとにつかはしける
道命法師
0872 わかれちはこれやかきりのたひならんさらにいくへき心ちこそせね〈朱〉\
おいたるおやの七月七日つくしへくたりけるにはる
かにはなれぬることをおもひて八日あか月をひてふねに」128オ
のるところにつかはしける
加賀左衛門
0873 あまのかはそらにきえにしふなてにはわれそまさりてけさはかなしき
実方朝臣みちのくにへくたり侍けるに餞すとてよみ
侍ける 中納言隆家
0874 わかれちはいつもなけきのたえせぬにいとゝかなしき秋のゆふくれ
返し 実方朝臣
0875 とゝまらんことは心にかなへともいかにかせまし秋のさそふを
七月許みまさかへくたるとてみやこの人につかはし
ける 前中納言匡房」128ウ
0876 宮こをは秋とゝもにそたちそめしよとの河きりいくよへたてつ〈朱〉\
みこの宮と申ける時大宰大弐実政学士にて侍
ける甲斐守にてくたり侍けるに餞たまはすとて
後三条院御哥
0877 思いてはおなしそらとは月をみよほとは雲井にめくりあふまて
みちのくにのかみもとよりの朝臣ひさしくあひみぬよし
申ていつのほるへしともいはす侍けれは
基俊
0878 かへりこんほとおもふにもたけくまのまつわか身こそいたくおいぬれ
修行にいて侍けるによめる」129オ
大僧正行尊
0879 おもへともさためなきよのはかなさにいつをまてともえこそたのめね
にはかに宮こをはなれてとをくまかりにけるに女に
つかはしける 読人しらす
0880 契をくことこそさらになかりしかかねて思しわかれならねは
わかれの心をよめる
俊恵法師
0881 かりそめのわかれとけふをおもへともいさやまことのたひにもあるらん
登蓮法師
0882 かへりこんほとをや人にちきらまししのはれぬへきわか身なりせは〈朱〉\」129ウ
守覚法親王五十首哥よませ侍りける時
藤原隆信朝臣
0883 たれとしもしらぬわかれのかなしきはまつらのおきをいつるふな人
登蓮法師つくしへまかりけるに
俊恵法師
0884 はる/\と君かわくへきしらなみをあやしやとまる袖にかけつる
みちのくにへまかりける人餞し侍けるに
西行法師
0885 君いなは月まつとてもなかめやらんあつまのかたのゆふくれの空
とをき所に修行せんとていてたち侍けるに」130オ
人々わかれおしみてよみ侍ける
0886 たのめをかん君もこゝろやなくさむとかへらん事はいつとなくとも
0887 さりともとなをあふことをたのむかなしての山ちをこえぬわかれは
とをき所へまかりける時師光餞し侍けるによめる
道因法師
0888 かへりこんほとをちきらむとおもへともおいぬる身こそさためかたけれ
題しらす 皇太后宮大夫俊成
0889 かりそめのたひのわかれとしのふれとおいは涙もえこそとゝめね
祝部成仲
0890 わかれにし人はまたもやみわの山すきにしかたを今になさはや〈朱〉\」130ウ
定家朝臣
0891 わするなよやとるたもとはかはるともかたみにしほるよはの月かけ
みやこのほかへまかりける人によみてをくりける
惟明親王
0892 なこりおもふたもとにかねてしられけりわかるゝたひのゆくすゑのつゆ〈朱〉\
つくしへまかりける女に月いたしたるあふきをつかはす
とて 読人しらす
0893 宮こをは心をそらにいてぬとも月みんたひに思をこせよ〈朱〉\
とをきくにへまかりける人につかはしける
大蔵卿行宗」131オ
0894 わかれちは雲井のよそになりぬともそなたの風のたよりすくすな〈朱〉\
人のくにへまかりける人にかり衣つかはすとてよめる
藤原顕綱朝臣
0895 いろふかくそめたるたひのかり衣
かへらんまてのかたみともみよ」131ウ
新古今和哥集巻第十
羇旅哥
和銅三年三月ふちはらの宮よりならの宮に
うつりたまひける時
元明天皇御哥
0896 とふとりのあすかのさとをゝきていなは君かあたりはみえすかもあらん
天平十二年十月伊勢国にみゆきしたまひ
ける時 聖武天皇御哥
0897 いもにこひわかの松はらみわたせはしほひのかたにたつなきわたる
もろこしにてよみ侍ける」132オ
山上憶良
0898 いさこともはや日のもとへおほとものみつのはま松まちこひぬらん
題しらす 人麿
0899 あまさかるひなのなかちをこきくれはあかしのとより山としまみゆ
0900 さゝの葉は(は=のイ)み山もそよにみたるな(な=めイ)りわれはいもおもふわかれきぬれは
帥の任はてゝつくしよりのほり侍けるに
大納言旅人
0901 こゝにありてつくしやいつこ白雲のたなひく山のにしにあるらし〈朱〉\
題しらす よみ人しらす
0902 あさきりにぬれにし衣ほさすしてひとりや君か山ちこゆらん〈朱〉\」132ウ
あつまのかたにまかりけるにあさまのたけにけふりの
たつを見てよめる
業平朝臣
0903 しなのなるあさまのたけに立けふりをちこち人のみやはとかめね
するかのくにうつの山にあへる人につけて京につかはし
ける
0904 するかなるうつの山辺のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり
延喜御時屏風哥
〈墨〉\躬恒
[被出之]
[0904]〈墨〉\なみのうへにほのにみえつゝゆくふねはうらふく風のしるへなりけり」133オ
貫之
0905 草まくらゆふ風さむくなりにけり衣うつなるやとやからまし
題しらす
0906 白雲のたなひきわたるあしひきの山のかけはしけふやこえなん
壬生忠峯
0907 あつまちのさやのなか山さやかにも見えぬ雲ゐによをやつくさん
伊勢より人につかはしける
女御徽子女王
0908 人をなをうらみつへしや宮こ鳥ありやとたにもとふをきかねは
題しらす 菅原輔昭」133ウ
0909 またしらぬふるさと人はけふまてにこんとたのめしわれをまつらん
よみ人しらす
0910 しなかとりゐな野をゆけはありま山ゆふきりたちぬやとはなくして
0911 神風のいせのはまおきおりふせ(ふせ=しきイ)てたひねやすらんあらきはまへに
亭子院御くしおろして山々寺々修行したまひ
けるころ御ともに侍りて和泉国ひねといふ所にて
人々うたよみ侍けるによめる
橘良利
0912 ふるさとのたひねの夢にみえつるはうらみやすらんまたとゝはねは
しなのゝみさかのかたかきたるゑにそのはらといふ所に」134オ
たひゝとやとりてたちあかしたる所を
藤原輔尹朝臣
0913 たちなからこよひはあけぬそのはらやふせやといふもかひなかりけり
題しらす 御形宣旨
0914 宮こにてこしちのそらをなかめつゝ雲井といひしほとにきにけり〈朱〉\
入唐し侍ける時いつほとにかゝへるへきと人のとひ
けれは 法橋[大+周]然
0915 たひ衣たちゆくなみちとをけれはいさしら雲のほともしられす
しきつのうらにまかりてあそひけるにふねにとまり
てよみ侍ける 実方朝臣」134ウ
0916 ふねなからこよひはかりはたひねせんしきつの浪に夢はさむとも
いそのへちのかたに修行し侍けるにひとりくしたり
ける同行をたつねうしなひてもとのいはやのかたへ
かへるとてあまひとの見えけるに修行者見えはこれを
とらせよとてよみ侍ける
大僧正行尊
0917 わかことくわれをたつねはあまを舟人もなきさのあとゝこたへよ
みつうみのふねにてゆふたちのしぬへきよしを申
けるをきゝてよみ侍りける
紫式部」135オ
0918 かきくもりゆふたつ浪のあらけれはうきたる舟そしつ心なき
天王寺にまいりけるになにはのうらにとまりてよみ侍
りける 肥後
0919 さよふけてあしのすゑこす浦風にあはれうちそふ浪のをとかな
旅哥とてよみ侍ける
大納言経信
0920 たひねして暁かたの鹿のねにいな葉をしなみ秋風そふく
恵慶法師
0921 わきもこかたひねの衣うすきほとよきてふかなんよはの山風
御冷泉院御時うへのをのこともたひのうたよみ侍」135ウ
けるに 左近中将隆綱
0922 あしの葉をかりふくしつの山さとに衣かたしきたひねをそする
たのみ侍ける人にをくれてのちはつせにまうてゝよる
とまりたりける所にくさをむすひてまくらにせよとて
人のたひて侍けれはよみ侍ける
赤染衛門
0923 ありしよのたひはたひともあらさりきひとりつゆけき草枕かな〈朱〉\
堀河院の百首哥に
権中納言国信
0924 山ちにてそをちにけりなしらつゆのあか月をきの木々のしつくに」136オ
大納言師頼
0925 草枕たひねの人は心せよありあけの月もかたふきにけり
水辺旅宿といへるこゝろをよめる
源師賢朝臣
0926 いそなれぬ心そたへぬたひねするあしのまろやにかゝる白浪
たなかみにてよみ侍ける
大納言経信
0927 たひねするあしのまろやのさむけれはつま木こりつむ舟いそく也
題しらす
0928 みやまちにけさやいてつるたひ人のかさしろたへに雪つもりつゝ」136ウ
旅宿雪といへる心をよみ侍ける
修理大夫顕季
0929 松かねにお花かりしきよもすからかたしく袖に雪はふりつゝ
みちのくにゝ侍りけるころ八月十五夜に京をおもひ
いてゝ大宮の女房のもとにつかはしける
橘為仲朝臣
0930 見し人もとふの浦風をとせぬにつれなくすめる秋のよの月
せきとの院といふところにて羇中見月といふ
こゝろを 大江嘉言
0931 草枕ほとそへにける宮こいてゝいくよかたひの月にねぬらん〈朱〉\」137オ
守覚法親王家に五十首哥よませ侍ける旅哥
皇太后宮大夫俊成
0932 なつかりのあしのかりねもあはれなりたまえの月のあけかたの空
0933 たちかへり又もきて見ん松嶋やをしまのとまや浪にあらすな
藤原定家朝臣
0934 ことゝへよ思おきつのはまちとりなく/\いてしあとの月かけ
藤原家隆朝臣
0935 野辺のつゆ浦わのなみをかこちてもゆくゑもしらぬ袖の月かけ
たひのうたとてよめる
摂政太政大臣」137ウ
0936 もろともにいてしそらこそわすられね宮この山のありあけの月
題しらす 西行法師
0937 宮こにて月をあはれとおもひしはかすにもあらぬすさひなりけり
0938 月見はと契をきてしふるさとの人もやこよひ袖ぬらすらん
五十首の哥たてまつりし時
家隆朝臣
0939 あけは又こゆへき山のみねなれやそらゆく月のすゑの白雲
藤原雅経
0940 ふるさとのけふのおもかけさそひこと月にそちきるさよのなか山〈朱〉\
和哥所月十首哥合のついてに月前旅といへる心を」138オ
人々つかうまつりしに
摂政太政大臣
0941 わすれしとちきりていてしおもかけは見ゆらん物をふるさとの月
旅哥とてよみ侍りける
前大僧正慈円
0942 あつまちのよはのなかめをかたらなん宮この山にかゝる月かけ〈朱〉\
海浜重夜といへる心をよみ侍し
越前
0943 いくよかは月を哀となかめきてなみにおりしくいせのはまおき
百首哥たてまつりし時」138ウ
宜秋門院丹後
0944 しらさりしやそせの浪をわけすきてかたしく物はいせのはまおき
題しらす 前中納言匡房
0945 風すさみいせのはまおきわけゆけは衣かりかね浪になくなり
権中納言定頼
0946 いそなれて心もとけぬこもまくらあらくなかけそ水のしら浪
百首哥たてまつりしに
式子内親王
0947 ゆくすゑはいまいくよとかいはしろのをかのかやねにまくらむすはん
0948 松かねのをしまかいそのさよまくらいたくなぬれそあまの袖かは」139オ
千五百番哥合に
皇太后宮大夫俊成女
0949 かくしてもあかせはいくよすきぬらん山ちの苔のつゆのむしろに
たひにてよみ侍ける 権僧正永縁
0950 白雲のかゝるたひねもならはぬにふかき山路に日はくれにけり
暮(暮+望)行客といへる心を
大納言経信
0951 ゆふ日さすあさちかはらのたひ人はあはれいつくにやとをと(と=かイ)るらん
摂政太政大臣家哥合に羇中晩嵐といふことを
よめる 定家朝臣」139ウ
0952 いつくにかこよひはやとをかり衣ひもゆふくれのみねのあらしに
たひの哥とてよめる
0953 たひ人の袖ふきかへす秋風にゆふひさひしき山のかけはし
家隆朝臣
0954 ふるさとにきゝしあらしの声もにすわすれね人をさやの中山
雅経
0955 しら雲のいくへのみねをこえぬらむなれぬ嵐に袖をまかせて
源家長
0956 けふは又しらぬのはらにゆきくれぬいつれの山か月はいつらむ
和哥所の哥合に羇中暮といふことを」140オ
皇太后宮大夫俊成女
0957 ふるさともあきはゆふへをかたみにてかせのみをくるをのゝしのはら
雅経朝臣
0958 いたつらにたつやあさまのゆふけふりさとゝひかぬるをちこちの山
宜秋門院丹後
0959 みやこをはあまつそらともきかさりきなになかむらん雲のはたてを
藤原秀能
0960 くさまくらゆふへのそらを人とはゝなきてもつけよはつかりのこゑ
旅の心を 有家朝臣
0961 ふしわひぬしのゝをさゝのかりまくらはかなの露やひと夜はかりに」140ウ
石清水哥合に旅宿嵐といふ心を
0962 岩かねのとこに嵐をかたしきてひとりやねなんさよの中山
旅哥とて 藤原業清
0963 たれとなきやとの夕を契にてかはるあるしをいく夜とふらむ
羇中夕といふ心を 鴨長明
0964 まくらとていつれの草にちきるらんゆくをかきりの野辺の夕暮
あつまのかたにまかりけるみちにてよみ侍ける
民部卿成範
0965 道のへの草のあを葉に駒とめてなを故郷をかへりみるかな
なか月の比はつせにまうてけるみちにてよみ侍ける」141オ
禅性法師
0966 はつせやまゆふこえくれて宿とへはみわのひはらに秋かせそ吹
旅哥とてよめる 藤原秀能
0967 さらぬ(ぬ=てイ)たに秋のたひねはかなしきに松にふくなりとこの山風
摂政太政大臣の家の哥合に秋旅といふ事を
藤原定家朝臣
0968 わすれなむまつとなつけそ中/\にいなはの山のみねのあきかせ
百首哥たてまつりし時旅哥
家隆朝臣
0969 ちきらねとひと夜はすきぬきよみかた浪にわかるゝあかつきのくも」141ウ
千五百番哥合に
0970 ふるさとにたのめし人もすゑの松まつらむ袖に浪やこすらむ
哥合し侍ける時旅の心をよめる
入道前関白太政大臣
0971 日をへつゝ都しのふの浦さひて浪よりほかのおとつれもなし
堀河院御時百首哥奉りけるに旅哥
藤原顕仲朝臣
0972 さすらふる我身にしあれはきさかたやあまのとま屋にあまたゝひねぬ
入道前関白家百首哥に旅のこゝろを
皇太后宮大夫俊成」142オ
0973 難波人あし火たく屋に宿かりてすゝろに袖のしほたるゝかな
述懐百首哥よみ侍ける中に旅哥
0976 世中はうきふししけししの原や旅にしあれはいも夢にみゆ
題しらす 僧正雅縁
0974 又こえむ人もとまらはあはれしれわか折しける峯の椎柴
前右大将頼朝
0975 道すから富士の煙もわかさりきはるゝまもなき空のけしきに
千五百番哥合に 宜秋門院丹後
0977 おほつかな都にすまぬみやこ鳥ことゝふ人にいかゝこたへし
天王寺にまうて侍けるに俄に雨ふりけれは江口に」142ウ
やとをかりけるにかし侍らさりけれはよみ侍ける
西行法師
0978 世中をいとふまてこそかたからめかりのやとりをおしむ君かな
返し 遊女妙
0979 よをいとふ人としきけはかりの宿に心とむなと思ふはかりそ
和哥所にておのことも旅哥つかうまつりしに
定家朝臣
0980 袖にふけさそな旅ねの夢も見し思ふ方よりかよふうら風
藤原家隆朝臣
0981 旅ねする夢路はゆるせうつの山関とはきかすもる人もなし」143オ
詩を哥にあはせ侍しに山路秋行といへることを
定家朝臣
0982 都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふつたのしたみち
鴨長明
0983 袖にしも月かゝれとは契をかす涙はしるやうつの山こえ
前大僧正慈円
0984 立田山秋ゆく人の袖を見よ木ゝの梢はしくれさりけり
百首哥奉りしに旅哥
0985 さとりゆくまことのみちに入ぬれは恋しかるへきふるさともなし
泊瀬にまうてゝかへさに飛鳥川のほとりにやとり」143ウ
て侍ける夜よみ侍ける
素覚法師
0986 故郷にかへらむことはあすか川わたらぬさきに淵瀬たかふな
あつまのかたにまかりけるによみ侍ける
西行法師
0987 年たけて又こゆへしと思きや命なりけりさやの中山
旅哥とて
0988 思ひをく人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな
くま野にまいり侍しに旅のこゝろを
太上天皇」144オ
0989 見るまゝに山風あらくしくるめり都もいまや夜さむなるらむ」144ウ
或人以此両冊伝予 両神之擁衛
随喜而令摂納之了
永正九年<壬/申>八月廿日
三井桑門権律師静秀
一日令書補欠行者也」145オ
新古今和歌集下(題簽)」(表紙)
(白紙)」1オ
恋一<十一> 同二<十二> 同三<十三> 同四<十四> 同五<十五>
雑上<十六> 雑中<十七> 雑下<十八> 神祇<十九> 釈教<廿>」1ウ
(白紙)」2オ
新古今和哥集巻第十一
恋哥一
題しらす 読人しらす
0990 よそにのみ見てやゝみなんかつらきやたかまの山のみねの白雲
0991 をとにのみありときゝこしみよしのゝ瀧はけふこそ袖におちけれ
人麿
0992 あしひきの山田もるいほにをくか火のしたこかれつゝわかこふらくは
0993 いその神ふるのわさ田のほにはいてす心のうちにこひやわたらん
女につかはしける 在原業平朝臣
0994 かすか野のわかむらさきのすり衣しのふのみたれかきりしられす」2ウ
中将更衣につかはしける
延喜御哥
0995 むらさきの色にこゝろはあらねともふかくそ人をおもひそめつる
題しらす 中納言兼輔
0996 みかのはらわきてなかるゝいつみかはいつみきとてかこひしかるらん
平定文家哥合に
坂上是則
0997 そのはらやふせやにおふるはゝきゝのありとは見えてあはぬきみかな
人のふみつかはして侍ける返事にそへて女につかはし
ける 藤原高光」3オ
0998 としをへておもふ心のしるしにそそらもたよりの風はふきける
九条右大臣のむすめにはしめてつかはしける
西宮前左大臣
0999 とし月はわか身にそへてすきぬれと思ふこゝろのゆかすもあるかな
返し 大納言俊賢母
1000 もろともにあはれといはす人しれぬとはすかたりをわれのみやせん
天暦御時哥合に
中納言朝忠
1001 人つてにしらせてしかなかくれぬのみこもりにのみこひやわたらん
はしめて女につかはしける」3ウ
大宰大弐高遠
1002 みこもりのぬまのいはかきつゝめともいかなるひまにぬるゝたもとそ
いかなるおりにかありけん女に
謙徳公
1003 から衣袖に人めはつゝめともこほるゝものは涙なりけり
左大将朝光五節舞姫たてまつりけるかしつき
を見てつかはしける
前大納言公任
1004 あまつそらとよのあかりに見し人のなをおもかけのしひてこひしき
つれなく侍ける女にしはすのつこもりにつかはしける」4オ
謙徳公
1005 あらたまのとしにまかせて見るよりはわれこそこえめあふさかの関
堀河関白ふみなとつかはしてさとはいつくそととひ侍け
れは 本院侍従
1006 わかやとはそこともなにかをしふへきいはてこそ見めたつねけりやと
返し 忠義公
1007 わかおもひそらのけふりとなりぬれは雲井なからもなをたつねてん
題しらす 貫之
1008 しるしなきけふりを雲にまかへつゝ夜をへてふしの山ともえなん
深養父」4ウ
1009 けふりたつおもひならねと人しれすわひてはふしのねをのみそなく
女につかはしける 藤原惟成
1010 風ふけはむろのやしまのゆふけふり心のそらにたちにけるかな〈朱〉\
ふみつかはしける女におなしつかさのかみなる人かよふと
きゝてつかはしける
藤原義孝
1011 白雲のみねにしもなとかよふらんおなしみかさの山のふもとを
題しらす 和泉式部
1012 けふもまたかくやいふきのさしもくささらはわれのみもえやわたらん
源重之」5オ
1013 つくは山は山しけ山しけゝれとおもひいるにはさはらさりけり
又かよふ人ありける女のもとにつかはしける
大中臣能宣朝臣
1014 われならぬ人に心をつくは山したにかよはんみちたにやなき
はしめて女につかはしける
大江匡衡朝臣
1015 人しれすおもふ心はあしひきの山した水のわきやかへらん
女をものこしにほのかに見てつかはしける
清原元輔
1016 にほふらんかすみのうちの桜花おもひやりてもおしき春かな〈朱〉\」5ウ
としをへていひわたり侍ける女のさすかにけちかくは
あらさりけるにはるのすゑつかたいひつかはしける
能宣朝臣
1017 いくかへりさきちる花をなかめつゝものおもひくらす春にあふらん
題しらす 躬恒
1018 おく山のみねとひこゆるはつかりのはつかにたにも見てやゝみなん
亭子院御哥
1019 おほそらをわたる春日のかけなれやよそにのみしてのとけかるらん〈朱〉\
正月あめふり風ふきける日女につかはしける
謙徳公」6オ
1020 春風のふくにもまさるなみたかなわかみなかみも氷とくらし
たひ/\返事せぬ女に
1021 水のうへにうきたるとりのあともなくおほつかなさをおもふ比かな
題しらす 曽祢好忠
1022 かたをかの雪まにねさすわか草のほのかに見てし人そこひしき
返事せぬ女のもとにつかはさんとて人のよませ侍
けれは二月許によみ侍ける
和泉式部
1023 あとをたに草のはつかに見てしかなむすふはかりのほとならすとも
題しらす 興風」6ウ
1024 しものうへにあとふみつくるはまちとりゆくゑもなしとねをのみそなく〈朱〉\
中納言家持
1025 秋はきのえたもとをゝにをくつゆのけさきえぬとも色にいてめや
藤原高光
1026 あき風にみたれてものはおもへともはきのした葉のいろはかはらす
しのふくさのもみちしたるにつけて女のもとにつかは
しける 花園左大臣
1027 わかこひもいまはいろにやいてなましのきのしのふもゝみちしにけり
和哥所哥合に久忍恋といふことを
摂政太政大臣」7オ
1028 いその神ふるの神すきふりぬれといろにはいてすつゆも時雨も
北野宮哥合に忍恋の心を
太上天皇
1029 わかこひはまきのした葉にもるしくれぬるとも袖のいろにいてめや
百首哥たてまつりし時よめる
前大僧正慈円
1030 わかこひは松をしくれのそめかねてまくすかはらに風さはくなり
家に哥合し侍けるに夏恋の心を
摂政太政大臣
.
1031 うつせみのなくねやよそにもりのつゆほしあへぬ袖を人のとふまて」7ウ
寂蓮法師
1032 おもひあれは袖にほたるをつゝみてもいはゝや物をとふ人はなし
水無瀬にてをのことも久恋といふことをよみ侍しに
太上天皇
1033 思つゝへにけるとしのかひやなきたゝあらましのゆふくれの空
百首哥の中に忍恋を
式子内親王
1034 たまのをよたえなはたえねなからへはしのふることのよはりもそする
1035 わすれてはうちなけかるゝゆふへかなわれのみしりてすくる月日を
1036 わかこひはしる人もなしせくとこの涙もらすなつけのを枕」8オ
百首哥よみ侍ける時忍恋
入道前関白太政大臣
1037 しのふるに心のひまはなけれともなをもる物はなみたなりけり
冷泉院みこの宮と申ける時さふらひける女房を
見かはしていひわたり侍けるころてならひしけると
ころにまかりてものにかきつけ侍ける
謙徳公
1038 つらけれとうらみんとはたおもほえすなをゆくさきをたのむ心に
返し 読人しらす
1039 雨もこそはたのまはもらめたのますはおもはぬ人と見てをやみなん」8ウ
題しらす 貫之
1040 風ふけはとはになみこすいそなれやわか衣手のかはく時なき
道信朝臣
1041 すまのあまのなみかけ衣よそにのみきくはわか身になりにけるかな
くすたまを女につかはすとておとこにかはりて
三条院女蔵人左近
1042 ぬまことに袖そぬれぬるあやめくさ心にゝたるねをもとむとて
五月五日馬内侍につかはしける
前大納言公任
1043 ほとゝきすいつかとまちしあやめくさけふはいかなるねにかなくへき」9オ
返し 馬内侍
1044 さみたれはそらおほれするほとゝきすときになくねは人もとかめす〈朱〉\
兵衛佐に侍ける時五月はかりによそなからもの申
そめてつかはしける
法成寺入道前摂政太政大臣
1045 ほとゝきす声をきけと花のえにまたふみなれぬ物をこそおもへ
返し 馬内侍
1046 ほとゝきすしのふるものをかしは木のもりても声のきこえける哉
ほとゝきすのなきつるはきゝつやと申ける人に
1047 こゝろのみそらになりつゝほとゝきす人たのめなるねこそなかるれ」9ウ
題しらす 伊勢
1048 みくまのゝ浦よりをちにこく舟のわれをはよそにへたてつるかな
1049 なにはかたみしかきあしのふしのまもあはてこのよをすくしてよとや
人麿
1050 みかりするかりはのをのゝならしはのなれはまさらてこひそまされる
読人しらす
1051 うとはまのうとくのみやはよをはへんなみのよる/\あひ見てしかな〈朱〉\
1052 あつまちのみちのはてなるひたちおひのかことはかりもあはんとそ思
1053 にこりえのすまんことこそかたからめいかてほのかにかけをみせまし
1054 しくれふる冬のこの葉のかはかすそものおもふ人の袖はありける〈朱〉\」10オ
1055 ありとのみをとにきゝつゝをとは河わたらは袖にかけもみえなん
1056 水くきのをかの木の葉をふきかへしたれかは君をこひんと思し〈朱〉\
1057 わか袖にあとふみつけよはまちとりあふことかたし見てもしのはん
女のもとよりかへり侍けるにほともなくゆきのいみしう
ふり侍けれは 中納言兼輔
1058 冬のよのなみたにこほるわか袖の心とけすも見ゆるきみかな
題しらす 藤原元真
1059 しも氷心もとけぬ冬のいけによふけてそなくをしの一声〈朱〉\
1060 なみたかは身もうくはかりなかるれときえぬは人の思なりけり
女につかはしける 実方朝臣」10ウ
1061 いかにせんくめちのはしのなかそらにわたしもはてぬ身とやなりなん
女のすきのみをつゝみてをこせて侍けれは
1062 たれそこのみわのひはらもしらなくに心のすきのわれをたつぬる
題しらす 小弁
1063 わかこひはいはぬはかりそなにはなるあしのしのやのしたにこそたけ
伊勢
1064 わかこひはありそのうみの風をいたみしきりによするなみのまもなし
人につかはしける 藤原清正
1065 すまのうらにあまのこりつむもしほ木のからくもしたにもえわたる哉
題しらす 源景明」11オ
1066 あるかひもなきさによする白浪のまなくものおもふわか身なりけり
貫之
1067 あしひきの山したゝきついはなみの心くたけて人そこひしき
1068 あしひきのやましたしけき夏草のふかくも君をおもふ比かな
坂上是則
1069 をしかふす夏野のくさのみちをなみしけきこひちにまとふ比かな
曽祢好忠
1070 かやり火のさよふけかたのしたこかれくるしやわか身人しれすのみ
1071 ゆらのとをわたるふな人かちをたえゆくゑもしらぬ恋のみちかも
鳥羽院御時うへのをのことも風によするこひといふ心を」11ウ
よみ侍けるに 権中納言師時
1072 おひ風にやへのしほちをゆくふねのほのかにたにもあひみてしかな
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
1073 かちをたえゆらのみなとによる舟のたよりもしらぬおきつしほ風
題しらす 式子内親王
1074 しるへせよあとなきなみにこく舟のゆくゑもしらぬやへのしほ風
権中納言長方
1075 きのくにやゆらのみなとにひろふてふたまさかにたにあひみてしかな
法性寺入道前関白太政大臣家哥合に」12オ
権中納言師俊
1076 つれもなき人の心のうきにはふあしのしたねのねをこそはなけ〈朱〉\
和哥所哥合に忍恋をよめる
摂政太政大臣
1077 なには人いかなるえにかくちはてんあふことなみに身をつくしつゝ
隠名恋といへる心を
皇太后宮大夫俊成
1078 あまのかるみるめをなみにまかへつゝなくさのはまをたつねわひぬる
題しらす 相模
1079 あふまてのみるめかるへきかたそなきまたなみなれぬいそのあま人」12ウ
業平朝臣
1080 みるめかるかたやいつくそさほさしてわれにをしへよあまのつり舟」13オ
新古今和哥集巻第十二
恋哥二
五十首哥たてまつりしに寄雲恋
皇太后宮大夫俊成女
1081 したもえにおもひきえなんけふりたにあとなき雲のはてそかなしき
摂政太政大臣家百首哥合に
藤原定家朝臣
1082 なひかしなあまのもしほひたきそめてけふりはそらにくゆりわふとも
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣」13ウ
1083 こひをのみすまのうら人もしほたれほしあへぬ袖のはてをしらはや
恋哥とてよめる 二条院讃岐
1084 みるめこそいりぬるいその草ならめ袖さへなみのしたにくちぬる
としをへたるこひといへる心をよみ侍ける
俊頼朝臣
1085 君こふとなるみのうらのはまひさきしほれてのみもとしをふるかな
忍恋のこゝろを 前太政大臣
1086 しるらめや木の葉ふりしくたに水のいはまにもらすしたの心を
左大将に侍ける時家に百首哥合し侍けるに忍恋
の心を 摂政太政大臣」14オ
1087 もらすなよ雲ゐるみねのはつ時雨この葉はしたにいろかはるとも
恋哥あまたよみ侍けるに
後徳大寺左大臣
1088 かくとたにおもふ心をいはせ山したゆく水の草かくれつゝ
殷富門院大輔
1089 もらさはやおもふ心をさてのみはえそ山しろの井てのしからみ
忍恋の心を 近衛院御哥
1090 こひしともいはゝこゝろのゆくへきにくるしや人めつゝむおもひは
見れとあはぬこひといふ心をよみ侍ける
花園左大臣」14ウ
1091 人しれぬこひにわか身はしつめともみるめにうくは涙なりけり〈朱〉\
題しらす 神祇伯顕仲
1092 ものおもふといはぬはかりはしのふともいかゝはすへき袖のしつくを
忍恋の心を 清輔朝臣
1093 人しれすくるしき物はしのふ山したはふくすのうらみなりけり
和哥所哥合に忍恋の心を
雅経
1094 きえねたゝしのふの山のみねの雲かゝる心のあともなきまて
千五百番哥合に
左衛門督通光」15オ
1095 かきりあれはしのふの山のふもとにもおち葉かうへのつゆそいろつく
二条院讃岐
1096 うちはへてくるしきものは人めのみしのふの浦のあまのたくなは
和哥所哥合に依忍増恋といふことを
春宮権大夫公継
1097 しのはしよいしまつたひのたにかはもせをせくにこそ水まさりけれ〈朱〉\
題しらす 信濃
1098 人もまたふみゝぬ山のいはかくれなかるゝ水を袖にせくかな
西行法師
1099 はるかなるいはのはさまにひとりゐて人めおもはて物おもはゝや」15ウ
1100 かすならぬ心のとかになしはてししらせてこそは身をもうらみめ
水無瀬の恋十五首哥合に夏恋を
摂政太政大臣
1101 草ふかきなつ野わけゆくさをしかのねをこそたてねつゆそこほるゝ
入道前関白右大臣に侍ける時百首哥人/\によませ
侍けるに忍恋の心を
大宰大弐重家
1102 のちのよをなけく涙といひなしてしほりやせましすみそめの袖
大納言成通ふみつかはしけれとつれなかりける女をのちの
よまてうらみのこるへきよし申けれは」16オ
よみ人しらす
1103 たまつさのかよふはかりになくさめて後のよまてのうらみのこすな
前大納言隆房中将に侍ける時右近馬場のひをり
の日まかれりけるにものみ侍ける女車よりつかはしける
1104 ためしあれはなかめはそれとしりなからおほつかなきは心なりけり
返し 前大納言隆房
1105 いはぬより心やゆきてしるへするなかむるかたを人のとふまて
千五百番哥合に
左衛門督通光
1106 なかめわひそれとはなしに物そおもふ雲のはたての夕くれの空」16ウ
あめふる日女につかはしける
皇太后宮大夫俊成
1107 おもひあまりそなたのそらをなかむれはかすみをわけて春雨そふる
水無瀬恋十五首哥合に
摂政太政大臣
1108 山かつのあさのさ衣おさをあらみあはて月日やすきふけるいほ
欲言出恋といへる心を
藤原忠定
1109 おもへともいはて月日はすきのかとさすかにいかゝしのひはつへき
百首哥たてまつりし時」17オ
皇太后宮大夫俊成
1110 あふことはかた野の里のさゝのいほしのに露ちるよはのとこかな
入道前関白右大臣に侍ける時百首哥の中にし
のふるこひ
1111 ちらすなよしのゝ葉くさのかりにてもつゆかゝるへき袖のうへかは
題しらす 藤原元真
1112 白玉かつゆかとゝはん人もかなものおもふ袖をさしてこたへん
女につかはしける 藤原義孝
1113 いつまてもいのちもしらぬ世中につらきなけきのやますもあるかな
崇徳院に百首哥たてまつりける時」17ウ
大炊御門右大臣
1114 わかこひはちきのかたそきかたくのみゆきあはてとしのつもりぬるかな
入道前関白家に百首哥よみ侍ける時あはぬこひと
いふ心を 藤原基輔朝臣
1115 いつとなくしほやくあまのとまひさしひさしくなりぬあはぬ思は〈朱〉\
夕恋といふ事をよみ侍ける
藤原秀能
1116 もしほやくあまのいそやのゆふけふりたつなもくるし思たえなて
海辺恋といふことをよめる
定家朝臣」18オ
1117 すまのあまの袖にふきこすしほ風のなるとはすれとてにもたまらす
摂政太政大臣家哥合によみ侍ける
寂蓮法師
1118 ありとてもあはぬためしのなとりかはくちたにはてねせゝのむもれ木
千五百番哥合に
摂政太政大臣
1119 なけかすよいまはたおなしなとりかはせゝのむもれ木くちはてぬとも
百首哥たてまつりし時
二条院讃岐
1120 なみたかはたきつ心のはやきせをしからみかけてせく袖そなき」18ウ
摂政太政大臣百首哥よませ侍けるに
高松院右衛門佐
1121 よそなからあやしとたにもおもへかしこひせぬ人の袖のいろかは
恋哥とてよめる よみ人しらす
1122 しのひあまりおつる涙をせきかへしをさふる袖ようきなもらすな
入道前関白太政大臣家哥合に
道因法師
1123 くれなゐに涙のいろのなりゆくをいくしほまてと君にとはゝや
百首哥中に 式子内親王
1124 夢にても見ゆらんものをなけきつゝうちぬるよゐの袖のけしきは」19オ
かたらひ侍ける女の夢に見えて侍けれはよみ
ける 後徳大寺左大臣
1125 さめてのち夢なりけりとおもふにもあふはなこりのをしくやはあらぬ
千五百番哥合に 摂政太政大臣
1126 身にそへるそのおもかけのきえなゝん夢なりけりとわするはかりに
題しらす 大納言実宗
1127 夢のうちにあふとみえつるねさめこそつれなきよりも袖はぬれけれ〈朱〉\
五十首哥たてまつりしに
前大納言忠良
1128 たのめをきしあさちかつゆに秋かけてこの葉ふりしくやとのかよひち」19ウ
隔河忍恋といふことを
正三位経家
1129 しのひあまりあまのかはせにことよせんせめては秋をわすれたにすな〈朱〉\
とをきさかひをまつこひといへる心を
賀茂重政
1130 たのめてもはるけかるへきかへる山いくへの雲のうちにまつらん〈朱〉\
摂政太政大臣家百首哥合に
中宮大夫家房
1131 あふことはいつといふきのみねにおふるさしもたえせぬ思なりけり
家隆朝臣」20オ
1132 ふしのねのけふりもなをそたちのほるうへなきものはおもひなりけり
名立恋といふこゝろをよみ侍ける
権中納言俊忠
1133 なき名のみたつたの山にたつ雲のゆくゑもしらぬなかめをそする
百首哥の中に恋の心を
惟明親王
1134 あふことのむなしきそらのうき雲は身をしる雨のたよりなりけり〈朱〉\
右衛門督通具
1135 わかこひはあふをかきりのたのみたにゆくゑもしらぬそらのうき雲
水無瀬恋十五首哥合に春恋の心を」20ウ
皇太后宮大夫俊成女
1136 おもかけのかすめる月そやとりける春やむかしの袖のなみたに
冬恋 定家朝臣
1137 とこのしもまくらの氷きえわひぬむすひもをかぬ人の契に
摂政太政大臣家百首哥合に暁恋
有家朝臣
1138 つれなさのたくひまてやはつらからぬ月をもめてしありあけの空
宇治にて夜恋といふことをゝのこともつかうまつりしに
藤原秀能
1139 袖のうへにたれゆへ月はやとるそとよそになしても人のとへかし」21オ
ひさしきこひといへることを
越前
1140 夏引のてひきのいとのとしへてもたえぬ思にむすほゝれつゝ
家に百首哥合し侍けるに祈恋といへる心を
摂政太政大臣
1141 いく夜われ浪にしほれてきふねかはそてに玉ちる物おもふらん
定家朝臣
1142 としもへぬいのる契ははつせ山おのへのかねのよその夕くれ
かたおもひの心をよめる
皇太后宮大夫俊成」21ウ
1143 うき身をはわれたにいとふいとへたゝそをたにおなし心とおもはん
題しらす 権中納言長方
1144 こひしなんおなしうき名をいかにしてあふにかへつと人にいはれん〈朱〉\
殷富門院大輔
1145 あすしらぬいのちをそおもふをのつからあらはあふよをまつにつけても
八条院高倉
1146 つれもなき人の心はうつせみのむなしきこひに身をやかへてん
西行法師
1147 なにとなくさすかにおしきいのちかなありへは人や思しるとて
1148 おもひしる人ありけりのよなりせはつきせす身をはうらみさらまし」22オ
新古今和哥集巻第十三
恋哥三
中関白かよひそめ侍けるころ
儀同三司母
1149 わすれしのゆくすゑまてはかたけれはけふをかきりのいのちともかな
しのひたるをんなをかりそめなるところにゐてまかり
てかへりてあしたにつかはしける
謙徳公
1150 かきりなくむすひをきつる草枕いつこのたひをおもひわすれん
題しらす 業平朝臣」22ウ
1151 おもふにはしのふることそまけにけるあふにしかへはさもあらはあれ
人の許にまかりそめてあしたにつかはしける
廉義公
1152 昨日まてあふにしかへはと思しをけふはいのちのおしくもあるかな
百首哥に 式子内親王
1153 あふことをけふまつかえのたむけ草いくよしほるゝそてとかはしる
頭中将に侍ける時五節所のわらはにもの申そめて
のちたつねてつかはしける
源正清朝臣
1154 こひしさにけふそたつぬるおく山の日かけのつゆに袖はぬれつゝ」23オ
題しらす 西行法師
1155 あふまてのいのちもかなとおもひしはくやしかりけるわか心かな
三条院女蔵人左近
1156 人心うす花そめのかり衣さてたにあらて(て=はイ)色やかはらん
興風
1157 あひみてもかひなかりけりうはたまのはかなき夢におとるうつゝは
実方朝臣
1158 なか/\のものおもひそめてねぬるよははかなき夢もえやはみえける
しのひたる人とふたりふして
伊勢」23ウ
1159 夢とても人にかたるなしるといへはたまくらならぬ枕たにせす
題しらす 和泉式部
1160 まくらたにしらねはいはし見しまゝに君かたるなよ春のよの夢
人にものいひはしめて
馬内侍
1161 わすれても人にかたるなうたゝねのゆめみてのちもなかゝらしよを
女につかはしける 藤原範永朝臣
1162 つらかりしおほくのとしはわすられてひとよの夢をあはれとそみし
題しらす 高倉院御哥
1163 けさよりはいとゝおもひをたきましてなけきこりつむあふさかの山〈朱〉\」24オ
初会恋のこゝろを 俊頼朝臣
1164 あしのやのしつはたおひのかたむすひ心やすくもうちとくるかな
題しらす 読人しらす
1165 かりそめにふしみのゝへの草枕つゆかゝりきと人にかたるな
人しれすしのひけることをふみなとちらすときゝける
人につかはしける 相模
1166 いかにせんくすのうらふく秋風にした葉のつゆのかくれなき身を
題しらす 実方朝臣
1167 あけかたきふたみのうらによるなみのそてのみぬれておきつしま人
伊勢」24ウ
1168 あふことのあけぬよなからあけぬれはわれこそかへれ心やはゆく
九月十日あまり夜ふけていつみしきふかもとをたゝ
かせ侍けるにきゝつけさりけれはあしたにつかはしける
大宰帥敦道親王
1169 秋のよのありあけの月のいるまてにやすらひかねてかへりにしかな
題しらす 道信朝臣
1170 心にもあらぬわか身のゆきかへりみちのそらにてきえぬへき哉〈朱〉\
近江更衣にたまはせける
延喜御哥
1171 はかなくもあけにけるかなあさつゆのおきての後そきえまさりける」25オ
御返し 更衣源周子
1172 あさつゆのおきつるそらもおもほえすきえかへりつる心まとひに
題しらす 円融院御哥
1173 をきそふるつゆやいかなるつゆならんいまはきえねとおもふわか身を
謙徳公
1174 おもひいてゝいまはけぬへしよもすからおきうかりつるきくのうへの露
清慎公
1175 うはたまのよるの衣をたちなからかへる物とはいまそしりぬる〈朱〉\
夏の夜女の許にまかりて侍けるに人しつまる
ほと夜いたくふけてあひて侍けれはよみける」25ウ
藤原清正
1176 みしかよのゝこりすくなくふけゆけはかねて物うきあかつきの空
女みこにかよひそめてあしたにつかはしける
大納言清蔭
1177 あくといへはしつ心なきはるのよの夢とや君をよるのみはみん
やよひのころよもすからものかたりしてかへり侍りける
人のけさはいとゝものおもはしきよし申つかはしたりけるに
和泉式部
1178 けさはしもなけきもすらんいたつらに春のよひとよ夢をたにみて
題しらす 赤染衛門」26オ
1179 心からしはしとつゝむものからにしきのはねかきつらきけさかな
しのひたるところよりかへりてあしたにつかはしける
九条入道右大臣
1180 わひつゝも君か心にかなふとてけさもたもとをほしそわつらふ〈朱〉\
小八条のみやす所につかはしける
亭子院御哥
1181 たまくらにかせるたもとのつゆけきはあけぬとつくる涙なりけり
題しらす 藤原惟成
1182 しはしまてまた夜はふかしなか月のありあけの月は人まとふ也
前栽のつゆをきたるをなとか見すなりにしと」26ウ
申ける女に 実方朝臣
1183 おきて見は袖のみぬれていとゝしく草葉の玉のかすやまさらん
二条院御時あか月かへりなんとするこひといふことを
二条院讃岐
1184 あけぬれとまたきぬ/\になりやらて人の袖をもぬらしつるかな
題しらす 西行法師
1185 おもかけのわするましきわかれかななこりを人の月にとゝめて
後朝の恋のこゝろを
摂政太政大臣
1186 またもこん秋をたのむのかりたにもなきてそかへる春のあけほの」27オ
女の許にまかりて心ちのれいならす侍けれはかへりて
つかはしける 賀茂成助
1187 たれゆきて君につけましみちしはのつゆもろともにきえなましかは
女の許にものをたにいはむとてまかれりけるにむな
しくかへりてあしたに
左大将朝光
1188 きえかへりあるかなきかのわか身かなうらみてかへるみちしはのつゆ
三条関白女御入内のあしたにつかはしける
華山院御哥
1189 あさほらけおきつるしものきえかへりくれまつほとの袖をみせはや」27ウ
法性寺入道前関白太政大臣家哥合に
藤原道経
1190 庭におふるゆふかけ草のしたつゆやくれをまつまの涙なるらん
題しらす 小侍従
1191 まつよゐにふけゆくかねのこゑきけはあかぬわかれのとりは物かは
藤原知家
1192 これも又なかきわかれになりやせんくれをまつへきいのちならねは
西行法師
1193 ありあけはおもひいてあれやよこ雲のたゝよはれつるしのゝめのそら
清原元輔」28オ
1194 大井かは井せきの水のわくらはにけふはたのめしくれにやはあらぬ
けふとちきりける人のあるかとゝひて侍けれは
読人しらす
1195 ゆふくれにいのちかけたるかけろふのありやあらすやとふもはかなし
西行法師人/\に百首哥よませ侍けるに
定家朝臣
1196 あちきなくつらきあらしの声もうしなとゆふくれにまちならひけん
こひのうたとて 太上天皇
1197 たのめすは人はまつちの山なりとねなまし物をいさよひの月〈朱〉\
みなせにて恋十五首哥合に夕恋といへる心を」28ウ
摂政太政大臣
1198 なにゆへと思もいれぬゆふへたにまちいてし物を山のはの月
寄風恋 宮内卿
1199 きくやいかにうはのそらなる風たにもまつにおとするならひありとは
題しらす 西行法師
1200 人はこて風のけしきもふけぬるにあはれに雁のをとつれてゆく
八条院高倉
1201 いかゝふく身にしむ色のかはるかなたのむるくれの松風の声〈朱〉\
鴨長明
1202 たのめをく人もなからの山にたにさよふけぬれは松風の声〈朱〉\」29オ
藤原秀能
1203 いまこんとたのめしことをわすれすはこのゆふくれの月やまつらん
まつこひといへる心を
式子内親王
1204 君まつとねやへもいらぬまきのとにいたくなふけそ山の葉の月
恋哥とてよめる 西行法師
1205 たのめぬに君くやとまつよゐのまのふけゆかてたゝあけなましかは
定家朝臣
1206 かへるさの物とや人のなかむらんまつよなからのありあけの月
題しらす 読人しらす」29ウ
1207 きみこんといひしよことにすきぬれはたのまぬものゝこひつゝそふる
人麿
1208 衣手に山おろしふきてさむき夜を君きまさすはひとりかもねん
左大将朝光ひさしうをとつれ侍らてたひなるとこ
ろにきあひてまくらのなけれは草をむすひてし
たるに 馬内侍
1209 あふことはこれやかきりのたひならん草の枕も霜かれにけり
天暦御時まとをにあれやと侍りけれは
女御徽子女王
1210 なれゆくはうき世なれはやすまのあまのしほやき衣まとをなるらん」30オ
あひてのちあひかたき女に
坂上是則
1211 きりふかき秋の野中のわすれ水たえまかちなる比にもあるかな
三条院みこの宮と申ける時ひさしくとはせたまは
さりけれは 安法々師女
1212 世のつねの秋風ならはおきの葉にそよとはかりのをとはしてまし
題しらす 中納言家持
1213 あしひきの山のかけ草むすひをきてこひやわたらんあふよしをなみ〈朱〉\
延喜御哥
1214 あつまちにかるてふかやのみたれつゝつかのまもなくこひやわたらん」30ウ
権中納言敦忠
1215 むすひをきしたもとたに見ぬ花すゝきかるともかれしきみしとかすは
百首哥中に 源重之
1216 霜のうへにけさふる雪のさむけれはかさねて人をつらしとそ思〈朱〉\
題しらす 安法々師女
1217 ひとりふすあれたるやとのとこのうへにあはれいくよのねさめしつらん
重之
1218 やましろのよとのわかこもかりにきて袖ぬれぬとはかこたさらなん〈朱〉\
貫之
1219 かけておもふ人もなけれとゆふされはおもかけたえぬ玉かつらかな」31オ
みやつかへしける女をかたらひ侍けるにやんことなき
おとこのいりたちていふけしきを見てうらみけるを
女あらかひけれはよみ侍ける
平定文
1220 いつはりをたゝすのもりのゆふたすきかけつゝちかへわれをおもはゝ
人につかはしける 鳥羽院御哥
1221 いかはかりうれしからましもろともにこひらるゝ身もくるしかりせは
片思のこゝろを 入道前関白太政大臣
1222 われはかりつらきをしのふ人やあるといまよにあらは思ひあはせよ
摂政太政大臣家百首哥合に契恋の心を」31ウ
前大僧正慈円
1223 たゝたのめたとへは人のいつはりをかさねてこそは又もうらみめ〈朱〉\
女をうらみていまはまからしと申てのち猶わすれ
かたくおほえけれはつかはしける
右衛門督家通
1224 つらしとはおもふ物からふしゝはのしはしもこりぬ心なりけり
たのむこと侍ける女わつらふ事侍けるをこたりて
久我内大臣のもとにつかはしける
読人しらす
1225 たのめこしことの葉はかりとゝめをきてあさちかつゆときえなましかは」32オ
返し 久我内大臣
1226 あはれにもたれかはつゆもおもはましきえのこるへきわか身ならねは
題しらす 小侍従
1227 つらきをもうらみぬわれにならふなようき身をしらぬ人もこそあれ
殷富門院大輔
1228 なにかいとふよもなからへしさのみやはうきにたへたるいのちなるへき
刑部卿頼輔
1229 こひしなんいのちは猶もおしきかなおなしよにあるかひはなけれと
西行法師
1230 あはれとて人の心のなさけあれなかすならぬにはよらぬなけきを」32ウ
1231 身をしれは人のとかとはおもはぬにうらみかほにもぬるゝ袖かな
女につかはしける 皇太后宮大夫俊成
1232 よしさらはのちのよとたにたのめをけつらさにたへぬ身ともこそなれ
返し 藤原定家朝臣母
1233 たのめをかんたゝさはかりを契にてうきよの中の夢になしてよ」33オ
新古今和哥集巻第十四
恋哥四
中将に侍ける時をんなにつかはしける
清慎公
1234 よゐ/\にきみをあはれとおもひつゝ人にはいはてねをのみそなく
返し 読人しらす
1235 君たにもおもひいてけるよゐ/\をまつはいかなる心ちかはする
少将滋幹につかはしける
1236 こひしさにしぬるいのちを思いてゝとふ人あらはなしとこたへよ
うらむる事侍りてさらにまうてこしとちかことして」33ウ
ふつかはかりありてつかはしける
謙徳公
1237 わかれては昨日けふこそへたてつれちよをへたる心ちのみする
返し 恵子女王<贈皇后宮母>
1238 きのふともけふともしらす今はとてわかれしほとの心まとひに
入道摂政ひさしくまうてこさりけるころひんかきて
いて侍けるゆするつきの水いれなから侍けるを見て
右大将道綱母
1239 たえぬるかゝけたに見えはとふへきにかたみの水はみくさゐにけり
内にひさしくまいりたまはさりけるころ五月五日」34オ
後朱雀院の御ことに
陽明門院
1240 かた/\にひきわかれつゝあやめくさあらぬねをやはかけんとおもひし
題しらす 伊勢
1241 ことの葉のうつろふたにもあるものをいとゝ時雨のふりまさるらん
右大将道綱母
1242 ふく風につけてもとはんさゝかにのかよひしみちはそらにたゆとも
きさいの宮ひさしくさとにおはしけるころつかはし
ける 天暦御哥
1243 くすの葉にあらぬわか身も秋風のふくにつけつゝうらみつる哉〈朱〉\」34ウ
ひさしくまいらさりける人に
延喜御哥
1244 霜さやく野辺のくさはにあらねともなとか人めのかれまさるらん
御返し 読人しらす
1245 あさちおふる野へやかるらん山かつのかきほのくさは色もかはらす
春になりてとそうし侍りけるかさもなかりけれはうち
よりまたとしもかへらぬにやとのたまはせたりける
御返事をかえてのもみちにつけて
女御徽子女王
1246 かすむらんほとをもしらすしくれつゝすきにし秋のもみちをそみる」35オ
御返し 天暦御哥
1247 いまこんとたのめつゝふることの葉そときはに見ゆるもみちなりける
女御のしもに侍けるにつかはしける
朱雀院御哥
1248 たまほこのみちははるかにあらねともうたて雲井にまとふ比かな
御返し 女御熈子女王
1249 思ひやる心はそらにあるものをなとか雲ゐにあひみさるらん
麗景殿女御まいりてのちあめふり侍ける日梅壺
女御に 後朱雀院御哥
1250 春雨のふりしく比かあをやきのいとゝみたれて人そこひしき」35ウ
御返し 女御藤原生子
1251 あをやきのいとみたれたるこのころは一すちにしも思よられし
又つかはしける 後朱雀院御哥
1252 あをやきのいとはかた/\なひくともおもひそめてん色はかはらし
御返し 女御生子
1253 あさみとりふかくもあらぬあをやきはいろかはらしといかゝたのまん
はやうもの申ける女にかれたるあふひをみあれの日
つかはしける 実方朝臣
1254 いにしへのあふひと人はとかむともなをそのかみのけふそわすれぬ
返し 読人しらす」36オ
1255 かれにけるあふひのみこそかなしけれ哀と見すやかものみつかき
ひろはたのみやす所につかはしける
天暦御哥
1256 あふことをはつかに見えし月かけのおほろけにやはあはれとはおもふ
題しらす 伊勢
1257 さらしなやをはすて山のありあけのつきすもゝのを思ふ比かな
中務
1258 いつとても哀とおもふをねぬるよの月はおほろけなく/\そみし〈朱〉\
躬恒
1259 さらしなの山よりほかにてる月もなくさめかねつこのころの空〈朱〉\」37ウ
読人しらす
1260 あまのとをゝしあけかたの月みれはうき人しもそこひしかりける
1261 ほの見えし月をこひしとかへるさの雲ちの浪にぬれてこしかな〈朱〉\
人につかはしける 紫式部
1262 いるかたはさやかなりける月かけをうはのそらにもまちしよゐかな
返し よみ人しらす
1263 さしてゆく山の葉もみなかきくもり心のそらにきえし月かけ
題しらす 藤原経衡
1264 いまはとてわかれしほとの月をたになみたにくれてなかめやはせし
肥後」38オ
1265 おもかけのわすれぬ人によそへつゝいるをそしたふ秋のよの月
後徳大寺左大臣
1266 うき人の月はなにそのゆかりそとおもひなからもうちなかめつゝ
西行法師
1267 月のみやうわのそらなるかたみにておもひもいては心かよはん
1268 くまもなきおりしも人を思いてゝ心と月をやつしつるかな
1269 ものおもひてなかむるころの月のいろにいかはかりなる哀そむらん
八条院高倉
1270 くもれかしなかむるからにかなしきは月におほゆる人のおもかけ
百首哥の中に 太上天皇」38ウ
1271 わすらるゝ身をしる袖のむら雨につれなく山の月はいてけり〈朱〉\
千五百番哥合に 摂政太政大臣
1272 めくりあはんかきりはいつとしらねとも月なへたてそよそのうき雲
1273 わかなみたもとめて袖にやとれ月さりとて人のかけは見ねとも
権中納言公経
1274 こひわふる涙やそらにくもるらんひかりもかはるねやの月かけ〈朱〉\
左衛門督通光
1275 いくめくりそらゆく月もへたてきぬ契し中はよそのうき雲
右衛門督通具
1276 いまこんと契しことは夢なから見しよにゝたる有あけの月」39オ
有家朝臣
1277 わすれしといひしはかりのなこりとてそのよの月はめくりきにけり
題しらす 摂政太政大臣
1278 おもひいてゝよな/\月にたつねすはまてとちきりし中やたえなん
家隆朝臣
1279 わするなよいまは心のかはるともなれしそのよの有明の月
法眼宗円
1280 そのまゝに松の嵐もかはらぬをわすれやしぬるふけしよの月〈朱〉\
藤原秀能
1281 人そうきたのめぬ月はめくりきてむかしわすれぬよもきふのやと」39ウ
八月十五夜和哥所にて月前恋といふことを
摂政太政大臣
1282 わくらはにまちつるよゐもふけにけりさやは契し山のはの月
有家朝臣
1283 こぬ人をまつとはなくてまつよゐのふけゆくそらの月もうらめし
定家朝臣
1284 松山と契し人はつれなくて袖こすなみにのこる月かけ
千五百番哥合に 皇太后宮大夫俊成女
1285 ならひこしたかいつはりもまたしらてまつとせしまの庭のよもきふ
経房卿家哥合に久恋と」40オ
二条院讃岐
1286 あとたえてあさちかすゑになりにけりたのめしやとのにはのしら露
摂政太政大臣家百首哥よみ侍けるに
寂蓮法師
1287 こぬ人をおもひたえたる庭のおものよもきかすゑそまつにまされる
題しらす 左衛門督通光
1288 たつねても袖にかくへきかたそなきふかきよもきの露のかことを
藤原保季朝臣
1289 かたみとてほのふみわけしあともなしこしはむかしの庭のおきはら〈朱〉\
法橋行遍」40ウ
1290 なこりをは庭のあさちにとゝめをきてたれゆへ君かすみうかれけん〈朱〉\
摂政太政大臣家百首哥合に
定家朝臣
1291 わすれすはなれし袖もやこほるらんねぬよのとこのしものさむしろ
家隆朝臣
1292 風ふかはみねにわかれん雲をたにありしなこりのかたみともみよ〈朱〉\
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
1293 いはさりきいまこんまてのそらの雲月日へたてゝ物おもへとは
千五百番哥合に 家隆朝臣」41オ
1294 おもひいてよたかゝねことのすゑならんきのふの雲のあとの山風
二条院御時艶書の哥めしけるに
刑部卿範兼
1295 わすれゆく人ゆへそらをなかむれはたえ/\にこそ雲もみえけれ
題しらす 殷富門院大輔
1296 わすれなはいけらん物かとおもひしにそれもかなはぬこの世なりけり
西行法師
1297 〈墨〉°うとくなる人をなにとてうらむらんしられすしらぬおりもありしに〈朱〉\
1298 〈墨〉°今そしるおもひいてよと契しはわすれんとてのなさけなりけり
建仁元年三月哥合に遇不遇恋のこゝろを」41ウ
土御門内大臣
1299 あひ見しはむかしかたりのうつゝにてそのかねことを夢になせとや
権中納言公経
1300 あはれなる心のやみのゆかりとも見しよの夢をたれかさためん〈朱〉\
右衛門督通具
1301 ちきりきやあかぬわかれに露をきし暁はかりかたみなれとは
寂蓮法師
1302 うらみわひまたしいまはの身なれともおもひなれにし夕くれの空
宜秋門院丹後
1303 わすれしのことの葉いかになりにけんたのめしくれは秋風そふく」42オ
家に百首哥合し侍けるに
摂政太政大臣
1304 おもひかねうちぬるよゐもありなましふきたにすさへ庭の松風〈朱〉\
有家朝臣
1305 さらてたにうらみんとおもふわきもこか衣のすそに秋風そふく
題しらす よみ人しらす
1306 心にはいつもあきなるねさめかな身にしむ風のいくよともなく
西行法師
1307 あはれとてとふ人のなとなかるらんものおもふやとのおきのうは風
入道前関白太政大臣家の哥合に」42ウ
俊恵法師
1308 わかこひは今をかきりとゆふまくれおきふく風のをとつれてゆく
題しらす 式子内親王
1309 いまはたゝ心のほかにきく物をしらすかほなるおきのうは風
家哥合に 摂政太政大臣
1310 いつもきく物とや人の思らんこぬゆふくれの秋風のこゑ
前大僧正慈円
1311 心あらはふかすもあらなんよゐ/\に人まつやとの庭の松風
和哥所にて哥合侍しにあひてあはぬ恋の心を
寂蓮法師」43オ
1312 さとはあれぬ(ぬ=て)むなしきとこのあたりまて身はならはしの秋風そ吹
水無瀬の恋十五首の哥合に
太上天皇
1313 さとはあれぬおのへの宮のをのつからまちこしよゐも昔なりけり
有家朝臣
1314 ものおもはてたゝおほかたのつゆにたにぬるれはぬるゝ秋のたもとを
雅経
1315 草枕むすひさためんかたしらすならはぬ野への夢のかよひち
和哥所の哥合に深山恋といふことを
家隆朝臣」43ウ
1316 さてもなをとはれぬ秋のゆふは山雲ふく風もみねにみゆらん
藤原秀能
1317 おもひいるふかき心のたよりまて見しはそれともなき山ち哉
題しらす 鴨長明
1318 なかめても哀とおもへおほかたのそらたにかなし秋の夕くれ
千五百番哥合に 右衛門督通具
1319 ことの葉のうつりし秋もすきぬれはわか身時雨とふる涙かな〈朱〉\
定家朝臣
1320 きえわひぬうつろふ人の秋のいろに身をこからしのもりの白露
摂政太政大臣家哥合に」44オ
寂蓮法師
1321 こぬ人を秋のけしきやふけぬらんうらみによはる松むしのこゑ
恋哥とてよみ侍りける
前大僧正慈円
1322 わかこひは庭のむら萩うらかれて人をも身をも秋の夕くれ
被忘恋の心を 太上天皇
1323 袖のつゆもあらぬ色にそきえかへるうつれはかはるなけきせしまに
定家朝臣
1324 むせふともしらしな心かはらやにわれのみけたぬしたのけふりは
家隆朝臣」44ウ
1325 しられしなおなし袖にはかよふともたか夕くれとたのむ秋風
皇太后宮大夫俊成女
1326 つゆはらふねさめは秋のむかしにて見はてぬ夢にのこるおもかけ
摂政太政大臣家百首哥合に尋恋
前大僧正慈円
1327 心こそゆくゑもしらねみわの山すきの木すゑの夕くれの空
百首哥中に 式子内親王
1328 さりともとまちし月日そうつりゆく心の花の色にまかせて
1329 いきてよもあすまて人もつらからしこの夕くれをとはゝとへかし
暁恋の心を 前大僧正慈円」45オ
1330 暁のなみたやそらにたくふらん袖におちくるかねのおと哉
千五百番哥合に
権中納言公経
1331 つく/\とおもひあかしのうらちとりなみのまくらになく/\そきく〈朱〉\
定家朝臣
1332 たつねみるつらき心のおくのうみよしほひのかたのいふかひもなし
水無瀬の恋の十五首哥合に
雅経
1333 見し人のおもかけとめよきよみかた袖にせきもる浪のかよひち
皇太后宮大夫俊成女」45ウ
1334 ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしはかりをまつとせしまに
1335 かよひこしやとのみちしはかれ/\にあとなき霜のむすほゝれつゝ」46オ
新古今和哥集巻第十五
恋哥五
水無瀬恋十五首哥合に
藤原定家朝臣
1336 しろたへの袖のわかれにつゆおちて身にしむいろの秋風そふく
藤原家隆朝臣
1337 思いる身はふかくさのあきのつゆたのめしすゑやこからしの風
前大僧正慈円
1338 野辺のつゆはいろもなくてやこほれつるそてよりすくるおきのうは風
題しらす 左近中将公衡」46ウ
1339 こひわひて野辺のつゆとはきえぬともたれか草葉を哀とはみん
右衛門督通具
1340 とへかしなお花かもとのおもひくさしほるゝ野辺のつゆはいかにと
家に恋十首哥よみ侍ける時
権中納言俊忠
1341 よのまにもきゆへき物をつゆしものいかにしのへとたのめをくらん
題しらす 道信朝臣
1342 あたなりとおもひしかとも君よりはものわすれせぬ袖のうはつゆ
藤原元真
1343 おなしくはわか身もつゆときえなゝんきえなはつらきことの葉も見し〈朱〉/」47オ
たのめて侍ける女のゝちに返事をたにせす侍けれは
かのおとこにかはりて
和泉式部
1344 いまこんといふことの葉もかれゆくによな/\つゆのなにゝをくらん
たのめたることあとなくなり侍にけるをんなのひさしく
ありてとひて侍ける返事に
藤原長能
1345 あたことのはにをくつゆのきえにしをある物とてや人のとふらん
藤原惟成につかはしける
読人しらす」47ウ
1346 うちはへていやはねらるゝ宮木のゝこはきかした葉いろにいてしより
返し 藤原惟成
1347 はきの葉やつゆのけしきもうちつけにもとよりかはる心ある物を〈朱〉\
題しらす 華山院御哥
1348 よもすからきえかへりつるわか身かななみたのつゆにむすほゝれつゝ
ひさしうまいらぬ人に
光孝天皇御哥
1349 君かせぬわかたまくらは草なれやなみたのつゆのよな/\そをく〈朱〉\
御返し 読人しらす
1350 つゆはかりをくらん袖はたのまれすなみたの河のたきつせなれは」48オ
みちのくにのあたちに侍ける女に九月はかりつか
はしける 重之
1351 思ひやるよそのむら雲しくれつゝあたちのはらにもみちしぬらん
おもふこと侍ける秋のゆふくれひとりなかめてよみ侍
ける 六条右大臣室
1352 身にちかくきにけるものを色かはる秋をはよそにおもひしかとも
題しらす 相模
1353 色かはるはきのした葉を見てもまつ人の心の秋そしらるゝ
1354 いなつまはてらさぬよゐもなかりけりいつらほのかにみえしかけろふ
謙徳公」48ウ
1355 人しれぬねさめの涙ふりみちてさもしくれつるよはのそらかな
光孝天皇御哥
1356 なみたのみうきいつるあまのつりさほのなかきよすからこひつゝそぬる
坂上是則
1357 まくらのみうくとおもひしなみたかはいまはわか身のしつむなりけり〈朱〉\
読人しらす
1358 おもほえす袖にみなとのさはくかなもろこし舟のよりしはかりに
1359 いもか袖わかれし日よりしろたへの衣かたしきこひつゝそぬる
1360 あふことのなみのした草みかくれてしつ(つ+心歟)なくねこそなかるれ〈朱〉\
1361 うらにたくもしほの煙なひかめやよものかたより風(風+は歟)ふくとも」49オ
1362 わするらんとおもふ心のうたかひにありしよりけに物そかなしき
1363 うきなから人をはえしもわすれねはかつうらみつゝなをそこひしき
1364 いのちをはあたなるものときゝしかとつらきかためは長もあるかな
1365 いつかたにゆきかくれなんよの中に身のあれはこそ人もつらけれ〈朱〉\
1366 いまゝてにわすれぬ人はよにもあらしをのかさま/\としのへぬれは
1367 たま水をてにむすひてもこゝろみんぬるくはいしの中もたのまし
1368 山しろの井ての玉水てにくみてたのみしかひもなきよなりけり
1369 君かあたり見つゝをゝらんいこま山雲なかくしそ雨はふるとも〈朱〉\
1370 なかそらに立ゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬへきかな
1371 雲のゐるとを山とりのよそにてもありとしきけはわひつゝそぬる」49ウ
1372 ひるはきてよるはわかるゝ山とりのかけ見る時そねはなかれける
1373 われもしかなきてそ人にこひられしいまこそよそに声をのみきけ
人麿
1374 夏野ゆくをしかのつのゝつかのまもわすれすおもへいもか心を
1375 夏草のつゆわけ衣きもせぬになとわか袖のかはく時なき
八代女王
1376 みそきするならのをかはの河風にいのりそわたるしたにたえしと
清原深養父
1377 うらみつゝぬるよの袖のかはかぬはまくらのしたにしほやみつらん
中納言家持につかはしける」50オ
山口女王
1378 あし辺よりみちくるしほのいやましにおもふか君をわすれかねつる
1379 しほかまのまへにうきたるうきしまのうきておもひのあるよなりけり〈朱〉\
題しらす 赤染衛門
1380 いかにねて見えしなるらんうたゝねの夢より後は物をこそおもへ
参議篁
1381 うちとけてねぬものゆへに夢を見てものおもひまさる比にもあるかな
伊勢
1382 春のよの夢にありつと見えつれはおもひたえにし人そまたるゝ〈朱〉\
盛明親王」50ウ
1383 はるのよの夢のしるしはつらくとも見しはかりたにあらはたのまん
女御徽子女王
1384 ぬる夢にうつゝのうさもわすられておもひなくさむほとそはかなき
春夜女のもとにまかりてあしたにつかはしける
能宣朝臣
1385 かくはかりねてあかしつる春のよにいかに見えつる夢にかあるらん
題しらす 寂蓮法師
1386 なみたかは身もうきぬへきねさめかなはかなき夢のなこりはかりに
百首哥たてまつりしに 家隆朝臣
1387 あふと見てことそともなくあけぬなりはかなの夢の忘かたみや」51オ
題しらす 基俊
1388 ゆかちかしあなかまよはのきり/\す夢にも人のみえもこそすれ
千五百番哥合に 皇太后宮大夫俊成
1389 あはれなりうたゝねにのみ見しゆめの長きおもひにむすほゝれなん
題しらす 定家朝臣
1390 かきやりしそのくろかみのすちことにうちふすほとはおもかけそたつ〈朱〉\
和哥所哥合に遇不逢恋の心を
皇太后宮大夫俊成女
1391 夢かとよ見しおもかけもちきりしもわすれすなからうつゝならねは
恋哥とて 式子内親王」51ウ
1392 はかなくそしらぬいのちをなけきこしわかゝねことのかゝりけるよに
弁
1393 すきにけるよゝの契もわすられていとふうき身のはてそはかなき〈朱〉\
崇徳院に百首哥たてまつりける時恋哥
皇太后宮大夫俊成
1394 おもひわひ見しおもかけはさてをきてこひせさりけんおりそこひしき〈朱〉\
題しらす 相模
1395 なかれいてんうき名にしはしよとむかなもとめぬ袖のふちはあれとも
おとこのひさしくをとつれさりけるかわすれてやと申
侍けれはよめる 馬内侍」52オ
1396 つらからはこひしきことはわすれなてそへてはなとかしつ心なき
むかし見ける人かものまつりのしたいしにいてたちて
なんまかりわたるといひて侍けれは
1397 きみしまれみちのゆきゝをさたむらんすきにし人をかつ忘つゝ
としころたえ侍にける女のくれといふものたつね
たりける(る+に)つかはすとて
藤原仲文
1398 花さかぬくち木のそまのそま人のいかなるくれに思ひいつらん
ひさしくをとせぬ人に
大納言経信母」52ウ
1399 をのつからさこそはあれとおもふまにまことに人のとはすなりぬる
忠盛朝臣かれ/\になりてのちいかゝおもひけんひさ
しくをとつれぬ事をうらめしくやなといひて侍け
れは返事に 前中納言教盛母
1400 ならはねは人のとはぬもつらからてくやしきにこそ袖はぬれけれ
題しらす 皇嘉門院尾張
1401 なけかしなおもへは人につらかりしこのよなからのむくひなりけり
和泉式部
1402 いかにしていかにこのよにありへはかしはしもゝのをおもはさるへき
深養父」53オ
1403 うれしくはわするゝこともありなましつらきそなかきかたみなりける
素性法師
1404 あふことのかたみをたにも見(見=え歟)てしかな人はたゆともみつゝしのはん
小野小町
1405 わか身こそあらぬかとのみたとらるれとふへき人にわすられしより
能宣朝臣
1406 かつらきやくめちにわたすいはゝしのたえにし中となりやはてなん
祭主輔親
1407 今はともおもひなたえそ野中なる水のなかれはゆきてたつねん
伊勢」53ウ
1408 おもひいつやみのゝを山のひとつ松契しことはいつもわすれす
業平朝臣
1409 いてゝいにしあとたにいまたかはらぬにたかゝよひちと今はなるらん
1410 むめの花かをのみ袖にとゝめをきてわかおもふ人はをとつれもせぬ
斎宮女御につかはしける
天暦御哥
1411 あまのはらそこともしらぬおほそらにおほつかなさをなけきつるかな
御返し 女御徽子女王
1412 なけくらん心をそらに見てしかなたつあさきりに身をやなさまし
題しらす 光孝天皇御哥」54オ
1413 あはすしてふるころをひのあまたあれははるけきそらになかめをそする
をんなのほかへまかるをきゝて
兵部卿致平親王
1414 おもひやる心もそらに白雲のいてたつかたをしらせやはせぬ
題しらす 躬恒
1415 雲井よりとを山とりのなきてゆく声ほのかなるこひもするかな
弁更衣ひさしくまいらさりけるにたまはせける
延喜御哥
1416 雲ゐなる雁たになきてくる秋になとかは人のをとつれもせぬ
斎宮女御はるころまかりいてゝひさしうまいり侍ら」54ウ
さりけれは 天暦御哥
1417 春ゆきて秋まてとやはおもひけんかりにはあらす契し物を
題しらす 西宮前左大臣
1418 はつかりのはつかにきゝしことつても雲ちにたえてわふる比かな
五節のころうちにて見侍ける人に又のとしつかは
しける 藤原惟成
1419 をみころもこそはかりこそなれさらめけふの日かけのかけてたにとへ
題しらす 藤原元真
1420 すみよしのこひわすれ草たねたえてなきよにあへるわれそかなしき
斎宮女御まいり侍りけるにいかなる事かありけん」55オ
天暦御哥
1421 水のうへのはかなきかすもおもほえすふかき心しそこにとまれは〈朱〉/
ひさしくなりにける人のもとへ
謙徳公
1422 なかきよのつきぬなけきのたえさらはなにゝいのちをかへてわすれん
題しらす 権中納言敦忠
1423 心にもまかせさりけるいのちもてたのめもをかしつねならぬよを
藤原元真
1424 世のうきも人のつらきもしのふるにこひしきにこそ思ひわひぬれ
しのひてかたらひける女のおやきゝていさめ侍けれは」55ウ
参議篁
1425 かすならはかゝらましやはよの中にいとかなしきはしつのをたまき
題しらす 藤原惟成
1426 人ならはおもふ心をいひてましよしやさこそはしつのをたまき〈朱〉\
よみ人しらす
1427 わかよはひおとろへゆけはしろたへの袖のなれにし君をしそ思〈朱〉\
1428 いまよりはあはしとすれやしろたへのわか衣手のかはく時なき〈朱〉\
1429 たまくしけあけまくおしきあたら夜を衣てかれてひとりかもねん
1430 あふことをおほつかなくてすくすかな草葉のつゆのをきかはるまて
1431 秋の田のほむけの風のかたよりにわれは物おもふつれなきものを〈朱〉\」56オ
1432 はしたかの野もりのかゝみえてしかなおもひおもはすよそなからみん
1433 おほよとの松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへるなみかな
1434 白浪はたちさはくともこりすまのうらのみるめはからんとそおもふ
1435 さしてゆくかたはみなとのうらたかみうらみてかへるあまのつりふね」56ウ
新古今和哥集巻第十六
雑哥上
入道前関白太政大臣家に百首哥よませ侍けるに
立春の心を 皇太后宮大夫俊成
1436 としくれしなみたのつらゝとけにけりこけの袖にも春やたつらん
土御門内大臣家に山家残雪といふこゝろをよみ侍
けるに 藤原有家朝臣
1437 山かけやさらては庭にあともなし春そきにける雪のむらきえ
円融院くらゐさり給てのちふなをかに子日したまひ
けるにまいりてあしたにたてまつりける」57オ
一条左大臣
1438 あはれなりむかしの人をおもふにはきのふの野へにみゆきせましや〈朱〉\
御返し 円融院御哥
1439 ひきかへて野辺のけしきは見えしかとむかしをこふる松はなかりき〈朱〉\
月のあかく侍ける夜そてのぬれたりけるを
大僧正行尊
1440 春くれは袖の氷もとけにけりもりくる月のやとるはかりに
うくひすを 菅贈太政大臣
1441 たにふかみ春のひかりのをそけれは雪につゝめる鴬の声
梅」57ウ
1442 ふるゆきにいろまとはせるむめの花うくひすのみやわきてしのはん
枇杷左大臣の大臣になりて侍けるよろこひ申とて
むめをおりて 貞信公
1443 をそくとくつゐにさきぬるむめの花たかうへをきしたねにかあるらん
延長のころをひ五位蔵人に侍けるをはなれ侍て
朱雀院承平八年又かへりなりてあくるとしむ月
に御あそひ侍ける日むめの花をおりてよみ侍ける
源公忠朝臣
1444 もゝしきにかはらぬものは梅の花おりてかさせるにほひなりけり
むめのはなを見たまひて」58オ
華山院御哥
1445 いろかをはおもひもいれすむめの花つねならぬよによそへてそみる
上東門院よをそむきたまひにける春にはのこう
はいを見侍りて 大弐三位
1446 むめの花なにゝほふらんみる人のいろをもかをもわすれぬるよに
東三条院女御におはしける時円融院つねにわたり
給けるをきゝ侍りてゆけひの命婦かもとにつかはしける
東三条入道前摂政太政大臣
1447 はるかすみたなひきわたるおりにこそかゝる山辺のかひもありけれ
御返し 円融院御哥」58ウ
1448 むらさきの雲にもあらて春かすみたなひく山のかひはなにそも〈朱〉\
柳を 菅贈太政大臣
1449 みちのへのくち木の柳春くれはあはれむかしとしのはれそする
題しらす 深養父
1450 むかし見し春はむかしの春なからわか身ひとつのあらすもあるかな〈朱〉\
堀河院におはしましけるころ閑院の左大将の家の
さくらをおらせにつかはすとて
円融院御哥
1451 かきこしに見るあた人のいへさくら花ちりはかりゆきておらはや〈朱〉\
御返し 左大将朝光」59オ
1452 おりにことおもひやすらん花さくらありしみゆきの春をこひつゝ〈朱〉\
高陽院にて花のちるを見てよみ侍ける
肥後
1453 よろつよをふるにかひあるやとなれはみゆきと見えて花そちりける〈朱〉\
返し 二条関白内大臣
1454 えたことのすゑまてにほふ花なれはちるもみゆきとみゆるなるらん〈朱〉\
近衛つかさにてとしひさしくなりてのちうへのをのことも
大内の花見にまかれりけるによめる
藤原定家朝臣
1455 春をへてみゆきになるゝ花のかけふりゆく身をもあはれとや思」59ウ
最勝寺のさくらはまりのかゝりにてひさしくなりにし
をその木としふりて風にたうれたるよしきゝ侍し
かはをのこともにおほせてこと木をそのあとにうつし
うへさせし時まつまかりて見侍けれはあまたのとし/\
くれにしはるまてたちなれにけることなとおもひいてゝ
よみ侍ける 藤原雅経朝臣
1456 なれ/\て見しはなこりの春そともなとしらかはの花のしたかけ
建久六年東大寺供養に行幸の時興福寺の
やへさくらさかりなりけるを見てえたにむすひつけて
侍ける よみ人しらす」60オ
1457 ふるさとゝおもひなはてそ花さくらかゝるみゆきにあふよありけり
こもりゐて侍けるころ後徳大寺左大臣白河の花
見にさそひ侍けれはまかりてよみ侍ける
源師光
1458 いさやまた月日のゆくもしらぬ身は花の春ともけふこそは見れ
敦道のみこのともに前大納言公任白河の家にま
かりて又の日みこのつかはしけるつかひにつけて申
侍ける 和泉式部
1459 おる人のそれなるからにあちきなく見しわかやとの花のかそする
題しらす 藤原高光」60ウ
1460 見ても又またも見まくのほしかりし花のさかりはすきやしぬらん〈朱〉\
京極前太政大臣家に白河院みゆきしたまふ
て又の日花哥たてまつられけるによみ侍ける
堀河左大臣
1461 おいにけるしらかも花もゝろともにけふのみゆきにゆきとみえけり〈朱〉\
後冷泉院御時御前にて翫新成桜花といへる
こゝろをゝのこともつかうまつりけるに
大納言忠家
1462 さくら花おりてみしにもかはらぬにちらぬはかりそしるしなりける
大納言経信」61オ
1463 さもあらはあれくれゆく春も雲のうへにちることしらぬ花しにほはゝ
無風散花といふことをよめる
大納言忠教
1464 桜花すきゆく春のともとてや風のをとせぬよにもちるらん
鳥羽殿にて花のちりかたなるを御覧して後
三条内大臣にたまはせける
鳥羽院御哥
1465 おしめともつねならぬよの花なれはいまはこの身をにしにもとめん〈朱〉\
世をのかれてのち百首哥よみ侍けるに花哥とて
皇太后宮大夫俊成」61ウ
1466 いまはわれよしのゝ山の花をこそやとの物とも見るへかりけれ
入道前関白太政大臣家哥合に
1467 春くれはなをこのよこそしのはるれいつかはかゝる花をみるへき
おなし家の百首のうたに
1468 てる月も雲のよそにそゆきめくる花そこのよのひかりなりける
春ころ大乗院より人につかはしける
前大僧正慈円
1469 見せはやなしかのからさきふもとなるなからの山の春のけしきを
題しらす
1470 しはのとにゝほはん花はさもあらはあれなかめてけりなうらめしの身や」62オ
西行法師
1471 世中をおもへはなへてちる花のわか身をさてもいつちかもせん
東山に花見にまかり侍とてこれかれさそひけるを
さしあふことありてとゝまりて申つかはしける
安法々師
1472 身はとめつ心はをくる山さくら風のたよりにおもひをこせよ〈朱〉\
たいしらす 俊頼朝臣
1473 さくらあさのおふのうらなみたちかへり見れともあかす山なしの花
橘為仲朝臣みちのおくに侍ける時哥あまたつかはし
加賀左衛門」62ウ
1474 白浪のこゆらんすゑの松山は花とや見ゆる春のよの月〈朱〉\
1475 おほつかなかすみたつらんたけくまの松のくまもるはるのよの月
除目のゝちかりのなきけるをきゝてよめる
〈墨〉\躬恒
[被出了]
1475' 〈墨〉\宮こにてはるをたにやはすくしえぬいつちかゝりのなきてゆくらん
題しらす 法印幸清
1476 世をいとふよしのゝおくのよふこ鳥ふかき心のほとやしるらん〈朱〉\
百首哥たてまつりし時
前大納言忠良
1477 おりにあへはこれもさすかにあはれなりおたのかはつのゆふくれの声」63オ
千五百番哥合に 有家朝臣
1478 春の雨のあまねきみよをたのむかな霜にかれゆく草葉もらすな
崇徳院にて林下春雨といふことをつかうまつり
ける 八条前太政大臣
1479 すへらきのこたかきかけにかくれてもなを春雨にぬれんとそおもふ〈朱〉\
円融院くらゐさり給てのち実方朝臣馬命婦と
ものかたりし侍ける所に山吹の花を屏風のうへ
よりなけこし給て侍けれは
実方朝臣
1480 やへなからいろもかはらぬ山ふきのなとこゝのへにさかすなりにし」63ウ
御返し 円融院御哥
1481 こゝのへにあらてやへさく山ふきのいはぬいろをはしる人もなし
五十首哥たてまつりし時
前大僧正慈円
1482 をのかなみにおなしすゑ葉そしほれぬるふちさくたこのうらめしの身や
世をのかれてのち四月一日上東門院太皇太后宮
と申ける時ころもかへの御装束たてまつるとて
法成寺入道前摂政太政大臣
1483 から衣花のたもとにぬきかへよわれこそ春のいろはたちつれ
御返し 上東門院」64オ
1484 唐衣たちかはりぬる春のよにいかてか花のいろをみるへき〈朱〉\
四月祭の日まて花ちりのこりて侍けるとしその
花を使少将のかさしにたまふ葉にかきつけ侍ける
紫式部
1485 神世にはありもやしけんさくら花けふのかさしにおれるためしは
いつきのむかしをおもひいてゝ
式子内親王
1486 ほとゝきすそのかみ山のたひ枕ほのかたらひしそらそわすれぬ
左衛門督家通中将に侍りける時祭の使にてかん
たちにとまりて侍けるあか月斎院の女房の中より」64ウ
つかはしける 読人しらす
1487 たちいつるなこり有明の月かけにいとゝかたらふほとゝきすかな
返し 左衛門督家通
1488 いくちよとかきらぬ君かみよなれとなをおしまるゝけさのあけほの
三条院御時五月五日菖蒲のねを郭公のかたに
つくりてむめのえたにすへて人のたてまつりて侍ける
をこれを題にて哥つかうまつれとおほせられけれは
三条院女蔵人左近
1489 むめかえにおりたかへたるほとゝきす声のあやめもたれかわくへき
五月許ものへまかりけるみちにいとしろくゝちなしの」85オ
花のさけりけるをかれはなにの花そと人にとひ侍
けれと申さゝりけれは
小弁
1490 うちわたすをちかた人にことゝへとこたへぬからにしるき花かな
さみたれのそらはれて月あかく侍けるに
赤染衛門
1491 五月雨のそらたにすめる月かけになみたの雨ははるゝまもなし
述懐百首の哥の中に五月雨
皇太后宮大夫俊成
1492 さみたれはまやのゝきはのあまそゝきあまりなるまてぬるゝ袖かな」85ウ
題しらす 華山院御哥
1493 ひとりぬるやとのとこなつあさな/\なみたのつゆにぬれぬ日そなき
贈皇后宮にそひて春宮にさふらひける時少将義孝
ひさしくまいらさりけるになてしこの花につけてつか
はしける 恵子女王
1494 よそへつゝ見れとつゆたになくさますいかにかすへきなてしこの花
月あかく侍ける夜人のほたるをつゝみてつかはしたり
けれはあめのふりけるに申つかはしける
和泉式部
1495 おもひあらはこよひのそらはとひてまし見えしや月のひかりなりけん」86オ
題しらす 七条院大納言
1496 おもひあれはつゆはたもとにまかふとも秋のはしめをたれにとはまし
きさいの宮より内にあふきたてまつりたまひけるに
中務
1497 袖のうらのなみふきかへす秋風に雲のうへまてすゝしからなん
業平朝臣の装束つかはして侍けるに
紀有常朝臣
1498 秋やくるつゆやまかふとおもふまてあるはなみたのふるにそ有ける〈朱〉\
はやくよりわれはともたちに侍ける人のとしころへて
ゆきあひたるほのかにて七月十日のころ月にきおひ」86ウ
てかへり侍けれは 紫式部
1499 めくりあひて見しやそれともわかぬまに雲かくれにしよはの月かけ
みこの宮と申ける時少納言藤原統理としころ
なれつかうまつりけるを世をそむきぬへきさまに思
たちけるけしきを御覧して
三条院御哥
1500 月かけの山の葉わけてかくれなはそむくうきよをわれやなかめん
題しらす 藤原為時
1501 山のはをいてかてにする月まつとねぬよのいたくふけにける哉〈朱〉\
参議正光おほろ月よにしのひて人のもとにまかれり」87オ
けるを見あらはしてつかはしける
伊勢大輔
1502 うき雲はたちかくせともひまもりてそらゆく月のみえもするかな〈朱〉\
返し 参議正光
1503 うきくもにかくれてとこそおもひしかねたくも月のひまもりにける〈朱〉\
三井寺にまかりてひころすきてかへらんとしけるに
人/\なこりおしみてよみ侍ける
刑部卿範兼
1504 月をなとまたれのみすとおもひけんけに山の葉はいてうかりけり
山さとにこもりゐて侍けるを人のとひて侍けれは」87ウ
法印静賢
1505 おもひいつる人もあらしの山の葉にひとりそいりし在曙の月〈朱〉\
八月十五夜和哥所にてをのことも哥つかうまつり
侍しに 民部卿範光
1506 わかのうらにいゑの風こそなけれともなみふくいろは月にみえけり〈朱〉\
和哥所哥合に湖上月明といふことを
宜秋門院丹後
1507 よもすから浦こく舟はあともなし月そのこれるしかのからさき
題しらす 藤原盛方朝臣
1508 山のはにおもひもいらしよのなかはとてもかくてもありあけの月〈朱〉\」88オ
永治元年譲位ちかくなりてよもすから月を見て
よみ侍ける 皇太后宮大夫俊成
1509 わすれしよわするなとたにいひてまし雲井の月の心ありせは
崇徳院に百首哥たてまつりけるに
1510 いかにして袖にひかりのやとるらん雲井の月はへたてゝし身を
文治のころをひ百首哥よみ侍けるに懐旧哥とて
よめる 左近中将公衡
1511 心にはわするゝ時もなかりけりみよのむかしの雲のうへの月
百首哥たてまつりし秋哥
二条院讃岐」88ウ
1512 むかし見しくも井をめくる秋の月いまいくとせか袖にやとさん
月前述懐といへる心をよめる
藤原経通朝臣
1513 うき身よになからへはなをおもひいてよたもとにちきるありあけの月
石山にまうて侍りて月を見てよみ侍ける
藤原長能
1514 宮こにも人やまつらんいし山のみねにのこれる秋のよの月
題しらす 躬恒
1515 あはちにてあはとはるかに見し月のちかきこよひは所からかも〈朱〉\
月のあかゝりける夜あひかたらひける人のこのころの」89オ
月は見るやといへりけれは
源道済
1516 いたつらにねてはあかせともろともに君かこぬよの月は見さりき
夜ふくるまてねられす侍けれは月のいつるをなかめて
増基法師
1517 あまのはらはるかにひとりなかむれはたもとに月のいてにけるかな〈朱〉\
能宣朝臣やまとのくにまつちの山ちかくすみける女
のもとに夜ふけてまかりてあはさりけるをうらみ侍けれは
よみ人しらす
1518 たのめこし人をまつちの山かせにさよふけしかは月も入にき」89ウ
百首哥たてまつりし時
摂政太政大臣
1519 月見はといひしはかりの人はこてまきのとたゝく庭の松風
五十首哥たてまつりしに山家月のこゝろを
前大僧正慈円
1520 山さとに月はみるやと人はこすそらゆく風そこの葉をもとふ
摂政太政大臣大将に侍し時月哥五十首よませ
侍けるに
1521 在あけの月のゆくゑをなかめてそ野寺のかねはきくへかりける
おなし家哥合に山月の心をよめる」90オ
藤原業清
1522 山の葉をいてゝも松のこのまより心つくしのありあけの月〈朱〉\
和哥所哥合に深山暁月といふ事を
鴨長明
1523 よもすからひとりみ山のまきの葉にくもるもすめるありあけの月
熊野にまうて侍し時たてまつりし哥の中に
藤原秀能
1524 おく山のこの葉のおつる秋風にたえ/\みねの雲そのこれる〈朱〉\
1525 月すめはよものうき雲そらにきえてみ山かくれにゆくあらしかな
山家のこゝろをよみ侍ける」90ウ
猷円法師
1526 なかめわひぬしはのあみとのあけかたに山のはちかくのこる月かけ
題しらす 華山院御哥
1527 あかつきの月みんとしもおもはねと見し人ゆへになかめられつゝ
伊勢大輔
1528 ありあけの月はかりこそかよひけれくる人なしのやとの庭にも〈朱〉\
和泉式部
1529 すみなれし人かけもせぬわかやとに在曙の月のいくよともなく〈朱〉\
家にて月照水といへる心を人々よみ侍けるに
大納言経信」91オ
1530 すむ人もあるかなきかのやとならしあしまの月のもるにまかせて
秋のくれにやまひにしつみてよをのかれにける又の
としの秋九月十余日月くまなく侍けるによみ侍
ける 皇太后宮大夫俊成
1531 おもひきやわかれし秋にめくりあひて又もこのよの月をみんとは
題しらす 西行法師
1532 月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめくりあひぬる
1533 よもすから月こそそてにやとりけれむかしの秋をおもひいつれは
1534 月のいろに心をきよくそめましや宮こをいてぬわか身なりせは〈朱〉\
1535 すつとならはうきよをいとふしるしあらんわれみはくもれ秋のよの月」91ウ
1536 ふけにけるわか身のかけをおもふまにはるかに月のかたふきにける
入道親王覚性
1537 なかめしてすきにしかたをおもふまに峯よりみねに月はうつりぬ
藤原道経
1538 あきのよの月に心をなくさめてうきよにとしのつもりぬるかな
五十首哥めしゝに 前大僧正慈円
1539 秋をへて月をなかむる身となれりいそちのやみをなになけくらん
百首哥たてまつりしに
藤原隆信朝臣
1540 なかめてもむそちの秋はすきにけりおもへはかなし山の葉の月」92オ
題しらす 源光行
1541 心ある人のみあきの月をみはなにをうき身のおもひいてにせん〈朱〉\
千五百番哥合に
二条院讃岐
1542 身のうさを月やあらぬとなかむれはむかしなからのかけそもりくる
世をそむきなんとおもひたちけるころ月を見て
よめる 寂超法師
1543 ありあけの月よりほかはたれをかは山ちのともと契をくへき
山さとにて月のよみやこをおもふといへる心をよみ侍ける
大江嘉言」92ウ
1544 宮こなるあれたるやとにむなしくや月にたつぬる人かへるらん
なか月のありあけのころ山さとより式子内親王
にをくれりける 惟明親王
1545 おもひやれなにをしのふとなけれともみやこおほゆるありあけの月〈朱〉\
返し 式子内親王
1546 ありあけのおなしなかめはきみもとへみやこのほかも秋の山さと〈朱〉\
春日社哥合に暁月の心を
摂政太政大臣
1547 あまのとをゝしあけかたの雲間より神よの月のかけそのこれる
右大将忠経」93オ
1548 雲をのみつらきものとてあかすよの月よこすゑにをちかたの山〈朱〉\
藤原保季朝臣
1549 いりやらて夜をおしむ月のやすらひにほの/\あくる山のはそうき〈朱〉\
月あかきよ定家朝臣にあひて侍けるにうたの道に
心さしふかきことはいつはかりの事にかとたつね侍けれは
わかく侍し時西行にひさしくあひともなひてきゝな
らひ侍しよし申てそのかみ申し事なとかたり
侍てかへりてあしたにつかはしける
法橋行遍
1550 あやしくそかへさは月のくもりにしむかしかたりによやふけにけん」93ウ
故郷月を 寂超法師
1551 ふるさとのやともる月にことゝはんわれをはしるやむかしすみきと
遍照寺月を見て
平忠盛朝臣
1552 すたきけんむかしの人はかけたえてやともるものはありあけの月〈朱〉\
あひしりて侍ける人のもとにまかりたりけるにその
人ほかにすみていたうあれたるやとに月のさしいりて
侍けれは 前中納言匡房
1553 やへむくらしけれるやとは人もなしまはらに月のかけそすみける
題しらす 神祇伯顕仲」94オ
1554 かもめゐるふちえのうらのおきつすによふねいさよふ月のさやけさ
俊恵法師
1555 なにはかたしほひにあさるあしたつも月かたふけは声のうらむる
和哥所哥合に海辺月といふことを
前大僧正慈円
1556 わかのうらに月のいてしほのさすまゝによるなくつるの声そかなしき
定家朝臣
1557 もしほくむ袖の月かけをのつからよそにあかさぬすまのうら人
藤原秀能
1558 あかしかた色なき人の袖を見よすゝろに月もやとる物かは〈朱〉\」94ウ
熊野にまうて侍しついてに切目宿にて海辺眺望
といへるこゝろををのこともつかうまつりしに
具親
1559 なかめよとおもはてしもやかへるらん月まつなみのあまのつり舟
八十におほくあまりてのち百首哥めしゝによみて
たてまつりし 皇太后宮大夫俊成
1560 しめをきていまやとおもふ秋山のよもきかもとにまつむしのなく
千五百番哥合に
1561 あれわたる秋の庭こそあはれなれましてきえなん露のゆふくれ
題しらす 西行法師」95オ
1562 雲かゝるとを山はたの秋されはおもひやるたにかなしき物を
五十首哥人々によませ侍けるに述懐の心をよみ
侍ける 守覚法親王
1563 風そよくしのゝをさゝのかりのよをおもふねさめにつゆそこほるゝ
寄風懐旧といふことを
左衛門督通光
1564 あさちふや袖にくちにし秋の霜わすれぬ夢をふく嵐かな
皇太后宮大夫俊成女
1565 くすの葉にうらみにかへる夢のよをわすれかたみの野への秋風
題しらす 祝部允仲」95ウ
1566 しら露はをきにけらしな宮木のゝもとあらのこはきすゑたわむまて〈朱〉\
法成寺入道前太政大臣女郎花をおりてうたをよむへき
よし侍けれは 紫式部
1567 をみなへしさかりの色をみるからにつゆのわきける身こそしらるれ
返し 法成寺入道前摂政太政大臣
1568 白露はわきてもをかしをみなへし心からにや色のそむらん
題しらす 曽祢好忠
1569 山さとにくすはひかゝる松かきのひまなく物は秋そかなしき
秋のくれに身のおいぬることをなけきてよみ侍ける
安法々師」96オ
1570 もゝとせの秋のあらしはすくしきぬいつれのくれの露ときえなん
頼綱朝臣つのくにのはつかといふ所に侍りける時つ
かはしける 前中納言匡房
1571 秋はつるはつかの山のさひしきに在あけの月をたれとみるらん〈朱〉\
九月許にすゝきを崇徳院にたてまつるとてよめる
大蔵卿行宗
1572 花すゝき秋のすゑ葉になりぬれはことそともなくつゆそこほるゝ
山さとにすみ侍けるころあらしはけしきあした前
中納言顕長かもとにつかはしける
後徳大寺左大臣」96ウ
1573 夜はにふくあらしにつけておもふかな宮こもかくや秋はさひしき
返し 前中納言顕長
1574 世中にあきはてぬれは宮こにもいまはあらしのをとのみそする
清涼殿の庭にうへたまへりける菊をくらゐさり
たまひてのちおほしいてゝ
冷泉院御哥
1575 うつろふは心のほかのあきなれはいまはよそにそきくのうへのつゆ
なか月のころ野の宮に前栽うへけるに
源順
1576 たのもしなのゝ宮人のうふる花しくるゝ月にあへすなるとも〈朱〉\」97オ
題しらす よみ人しらす
1577 山かはのいはゆく水もこほりしてひとりくたくる峯のまつ風〈朱〉\
百首哥たてまつりし時
土御門内大臣
1578 あさことにみきはのこほりふみわけて君につかふるみちそかしこき
最勝四天王院障子にあふくま河かきたる所
家隆朝臣
1579 君かよにあふくまかはのむもれ木もこほりのしたに春をまちけり
元輔かむかしすみ侍ける家のかたはらに清少納言
かすみけるころ雪のいみしくふりてへたてのかきもたふ」97ウ
れて侍けれは申つかはしける
赤染衛門
1580 あともなく雪ふるさとはあれにけりいつれむかしのかきねなるらん
御なやみをもくならせ給てゆきのあしたに
後白河院御哥
1581 つゆのいのちきえなましかはかくはかりふる白雪をなかめましやは〈朱〉\
ゆきによせて述懐の心をよめる
皇太后宮大夫俊成
1582 そま山やこすゑにをもるゆきをれにたえぬなけきの身をくたくらん
仏名のあしたにけつり花を御覧して」98オ
朱雀院御哥
1583 時すきてしもにきえにし花なれとけふはむかしの心ちこそすれ
花山院おりゐたまひて又のとし仏名にけつり花
につけて申侍ける
前大納言公任
1584 ほともなくさめぬる夢の中なれとそのよにゝたる花の色かな
返し 御形宣旨
1585 見し夢をいつれのよそとおもふまにおりをわすれぬ花のかなしさ
題しらす 皇太后宮大夫俊成
1586 おいぬとも又もあはんとゆくとしになみたのたまをたむけつるかな」98ウ
慈覚大師
1587 おほかたにすくる月日となかめしはわか身にとしのつもるなりけり」99オ
新古今和哥集巻十七
雑哥中
朱鳥五年九月紀伊国に行幸時
河島皇子
1588 白なみのはま松かえのたむけくさいくよまてにかとしのへぬらん
題しらす 式部卿宇合
1589 山しろのいは田のをのゝはゝそはら見つゝや君か山ちこゆらん
在原業平朝臣
1590 あしのやのなたのしほやきいとまなみつけのをくしもさゝすきにけり
1591 はるゝよのはしかゝはへの蛍かもわかすむかたのあまのたくひか」99ウ
よみ人しらす
1592 しかのあまのしほやくけふり風をいたみたちはのほらて山にたなひく
貫之
1593 なにはめの衣ほすとてかりてたくあしひのけふりたゝぬ日そなき
なからのはしをよみ侍ける
忠岑
1594 としふれはくちこそまされはしはしらむかしなからの名たにかはらて
恵慶法師
1595 春の日のなからのはまに舟とめていつれかはしとゝへとこたへぬ
後徳大寺左大臣」100オ
1596 くちにけるなからのはしをきてみれはあしのかれ葉に秋風そ吹
題しらす 権中納言定頼
1597 おきつ風よはにふくらしなにはかたあか月かけてなみそよすなる
春すまの方にまかりてよめる
藤原孝善
1598 すまの浦のなきたるあさはめもはるにかすみにまかふあまのつり舟〈朱〉\
天暦御時屏風哥
壬生忠見
1599 秋風のせきふきこゆるたひことに声うちそふるすまのうら浪
五十首哥よみてたてまつりしに」100ウ
前大僧正慈円
1600 すまの関夢をとおさぬなみのをとをおもひもよらてやとをかりける
和哥所哥合に関路秋風といふことを
摂政太政大臣
1601 人すまぬふわのせきやのいたひさしあれにしのちはたゝ秋の風
明石浦をよめる 俊頼朝臣
1602 あまを舟とまふきかへす浦風にひとりあかしの月をこそ見れ
眺望のこゝろをよめる
寂蓮法師
1603 わかのうらを松の葉こしになかむれはこすゑによするあまのつり舟」101オ
千五百番哥合に
正三位季能
1604 みつのえのよしのゝ宮は神さひてよはひたけたる浦の松風〈朱〉\
海辺のこゝろを
藤原秀能
1605 いまさらにすみうしとてもいかゝせんなたのしほやのゆふくれの空
〈墨〉\題しらす 〈墨〉\貫之
[入拾遺集之由権中納言源朝臣申之]
1605' いくよへしいそへの松そむかしよりたちよるなみのかすはしるらん
むすめの斎王にくしてくたり侍ておほよとの
うらにみそきし侍とて」101ウ
女御徽子女王
1606 おほよとのうらにたつなみかへらすは松のかはらぬいろをみましや
大弐三位さとにいて侍りにけるをきこしめして
後冷泉院御哥
1607 まつ人は心ゆくともすみよしのさとにとのみはおもはさらなん
御返し 大弐三位
1608 すみよしの松はまつともおもほえて君かちとせのかけそこひしき
教長教名所哥よませ侍けるに
祝部成仲
1609 うちよする浪のこゑにてしるきかなふきあけのはまの秋のはつ風」102オ
百首哥たてまつりし時海辺哥
越前
1610 おきつかせ夜さむになれやたこのうらのあまのもしほ火たきまさるらん〈朱〉\
海辺霞といへる心をよみ侍し
家隆朝臣
1611 見わたせはかすみのうちもかすみけりけふりたなひくしほかまのうら
太神宮にたてまつりける百首哥のなかにわかな
をよめる 皇太后宮大夫俊成
1612 けふとてやいそなつむらんいせしまやいちしのうらのあまのをとめこ
伊勢にまかりける時よめる」102ウ
西行法師
1613 すゝか山うきよをよそにふりすてゝいかになりゆくわか身なるらん
題しらす 前大僧正慈円
1614 世中をこゝろたかくもいとふかなふしのけふりを身のおもひにて
あつまのかたへ修行し侍けるにふしの山をよめる
西行法師
1615 風になひくふしのけふりのそらにきえてゆくゑもしらぬわか思哉
さ月のつこもりにふしの山のゆきしろくふれるを
見てよみ侍ける 業平朝臣
1616 時しらぬ山はふしのねいつとてかかのこまたらに雪のふるらん〈朱〉\」103オ
題しらす 在原元方
1617 春秋もしらぬときはの山さとはすむ人さへやおもかはりせぬ
五十首哥たてまつりし時
前大僧正慈円
1618 花ならてたゝしはのとをさして思こゝろのおくもみよしのゝ山
たいしらす 西行法師
1619 よしの山やかていてしとおもふ身を花ちりなはと人やまつらん
藤原家衡朝臣
1620 いとひてもなをいとはしきよなりけりよしのゝおくの秋の夕くれ
千五百番哥合に 右衛門督通具」103ウ
1621 ひとすちになれなはさてもすきのいほによな/\かはる風のをとかな
守覚法親王五十首哥よませ侍けるに閑居の
こゝろをよめる 有家朝臣
1622 たれかはとおもひたえてもまつにのみをとつれてゆく風はうらめし〈朱〉\
鳥羽にて哥合し侍りしに山家嵐といふことを
宜秋門院丹後
1623 山さとはよのうきよりはすみわひぬことのほかなる峯の嵐に
百首哥たてまつりしに
家隆朝臣
1624 滝のをと松のあらしもなれぬれはうちぬるほとの夢はみせけり」104オ
題しらす 寂然法師
1625 ことしけきよをのかれにしみ山へにあらしの風も心してふけ
少将高光横河にまかりてかしらおろし侍にけるに
法服つかはすとて 権大納言師氏
1626 おく山のこけの衣にくらへ見よいつれかつゆのをきまさるとも
返し 如覚
1627 白つゆのあしたゆふへにおく山のこけの衣は風もさはらす
能宣朝臣大原野にまうてゝ侍りけるに山さとの
いとあやしきにすむへくもあらぬさまなる人の侍り
けれはいつくわたりよりすむそなとゝひ侍けれは」104ウ
読人しらす
1628 世中をそむきにとてはこしかともなをうきことはおほはらのさと
返し 能宣朝臣
1629 身をはかつをしほの山とおもひつゝいかにさためて人のいりけん〈朱〉\
ふかき山にすみ侍けるひしりのもとにたつねま
かりたりけるにいほりのとをとちて人も侍らさり
けれはかへるとてかきつけゝる
恵慶法師
1630 こけのいほりさしてきつれと君まさてかへるみ山のみちのつゆけさ
ひしりのちに見て返し」105オ
1631 あれはてゝ風もさはらぬこけのいほにわれはなくともつゆはもりけん
題しらす 西行法師
1632 山ふかくさこそ心はかよふともすまてあはれをしらんものかは
1633 やまかけにすまぬこゝろはいかなれやおしまれている月もあるよに〈朱〉\
山家送年といへる心をよみ侍ける
寂蓮法師
1634 たちいてゝつま木おりこしかたをかのふかき山ちとなりにけるかな
住吉哥合に山を 太上天皇
1635 おく山のをとろかしたもふみわけてみちあるよそと人にしらせん
百首哥たてまつりし時」105ウ
二条院讃岐
1636 なからへて猶きみかよを松山のまつとせしまにとしそへにける
山家松といふことを
皇太后宮大夫俊成
1637 いまはとてつま木こるへきやとの松ちよをは君と猶いのる哉
春日哥合に松風といへる事を
有家朝臣
1638 われなからおもふかものをとはかりに袖にしくるゝ庭の松風
山てらに侍りけるころ
道命法師」106オ
1639 世をそむくところとかきくおく山はものおもひにそいるへかりける
少将井の尼大原よりいてたりときゝてつかはし
ける 和泉式部
1640 世をそむくかたはいつくにありぬへしおほはら山はすみよかりきや
返し 少将井尼
1641 おもふことおほはら山のすみかまはいとゝなけきのかすをこそつめ
題しらす 西行法師
1642 たれすみて哀しるらん山さとの雨ふりすさむゆふくれの空
1643 しほりせてなを山ふかくわけいらんうきこときかぬ所ありやと
殷富門院大輔」106ウ
1644 かさしおるみわのしけ山かきわけてあはれとそおもふすきたてるかと
法輪寺にすみ侍けるに人のまうてきてくれぬとて
いそき侍けれは 道命法師
1645 いつとなきをくらの山のかけをみてくれぬと人のいそくなる哉
後白河院栖霞寺におはしましけるにこまひきの
ひきわけのつかひにてまいりけるに
定家朝臣
1646 さかの山ちよのふるみちあとゝめてまたつゆわくるもち月のこま〈朱〉\
なけくこと侍けるころ
知足院入道前関白太政大臣」107オ
1647 さほかはのなかれひさしき身なれともうきせにあひてしつみぬる哉
冬ころ大将はなれてなけく事侍りけるあくる
とし右大臣になりて奏し侍ける
東三条入道前摂政太政大臣
1648 かゝるせもありけるものをうちかはのたえぬはかりもなけきけるかな
御返し 円融院御哥
1649 むかしよりたえせぬ河のすゑなれはよとむはかりをなになけくらん
題しらす 人麿
1650 ものゝふのやそ氏かはのあしろ木にいさよふ浪のゆくゑしらすも
ぬのひきのたき見にまかりて」107ウ
中納言行平
1651 わかよをはけふかあすかとまつかひのなみたの瀧といつれたかけん
京極前太政大臣ぬのひきのたき見にまかりて侍
けるに 二条関白内大臣
1652 みなかみのそらにみゆるは白雲のたつにまかへるぬのひきの瀧
最勝四天王院の障子にぬのひきのたきかき
たる所 有家朝臣
1653 ひさかたのあまつをとめか夏衣くも井にさらすぬのひきのたき
あまのかはらをすくとて
摂政太政大臣」108オ
1654 むかしきくあまのかはらをたつねきてあとなきみつをなかむはかりそ〈朱〉\
題しらす 実方朝臣
1655 あまのかはかよふうきゝにことゝはんもみちのはしはちるやちらすや
堀河院御時百首哥たてまつりけるに
前中納言匡房
1656 ま木のいたもこけむすはかりなりにけりいくよへぬらんせたのなかはし
天暦御時屏風にくに/\の所の名をかゝせさせ
給けるにあすかゝは
中務
1657 さためなき名にはたてれとあすかゝははやくわたりしせにこそ有けれ」108ウ
題しらす 前大僧正慈円
1658 山さとにひとりなかめておもふかなよにすむ人の心つよさを〈朱〉\
西行法師
1659 やまさとにうきよいとはんともゝかなくやしくすきし昔かたらん
1660 山さとは人こさせしとおもはねととはるゝことそうとくなりゆく〈朱〉\
前大僧正慈円
1661 草のいほをいとひても又いかゝせんつゆのいのちのかゝるかきりは
みやこをいてゝひさしく修行し侍けるにとふき人のへ
とはす侍けれはくまのよりつかはしける
大僧正行尊」109オ
1662 わくらはになとかは人のとはさらんをとなし河にすむ身なりとも
あひしれりける人のくまのにこもり侍けるにつかはし
ける 安法々師
1663 世をそむく山のみなみの松風にこけのころもやよさむなるらん
西行法師百首哥すゝめてよませ侍けるに
家隆朝臣
1664 いつかわれこけのたもとにつゆをきてしらぬ山ちの月をみるへき〈朱〉\
百首哥たてまつりしに山家の心を
式子内親王
1665 いまはわれ松のはしらのすきのいほにとつへき物をこけふかき袖」109ウ
小侍従
1666 しきみつむ山ちのつゆにぬれにけり暁おきのすみ染のそて
摂政太政大臣
1667 わすれしの人たにとはぬ山ちかな桜は雪にふりかはれとも
五十首哥たてまつりし時
雅経
1668 かけやとすつゆのみしけくなりはてゝ草にやつるゝふるさとの月〈朱〉\
俊恵法師身まかりてのちとしころつかはしけるたきゝ
なと弟子とものもとにつかはすとて
賀茂重保」110オ
1669 けふりたえてやく人もなきすみかまのあとのなけきをたれかこるらん
老後つのくになる山てらにまかりこもりけるに
寂蓮たつねまかりて侍けるにいほりのさま
すみあらしてあはれにみえ侍けるをかへりてのち
とふらひて侍けれは
西日法師
1670 やそちあまりにしのむかへをまちかねてすみあらしたるしはのいほりそ
山家哥あまたよみ侍けるに
前大僧正慈円
1671 山さとにとひくる人のことくさはこのすまゐこそうらやましけれ〈朱〉\」110ウ
後白河院かくれさせ給てのち百首哥に
式子内親王
1672 おのゝえのくちしむかしはとをけれとありしにもあらぬよをもふる哉
述懐百首哥よみ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
1673 いかにせんしつかそのふのおくのたけかきこもるとも世中そかし
おいのゝちむかしを思いて侍りて
祝部成仲
1674 あけくれはむかしをのみそしのふくさ葉すゑのつゆに袖ぬらしつゝ
題しらす 前大僧正慈円」111オ
1675 をかの辺のさとのあるしをたつぬれは人はこたへす山をろしの風
西行法師
1676 ふるはたのそはのたつきにゐるはとのともよふ声のすこきゆふくれ
1677 山かつのかたをかゝけてしむる野のさかひにたてる玉のを柳
1678 しけきのをいくひとむらにわけなしてさらにむかしをしのひかへさん
1679 むかし見し庭のこ松にとしふりて嵐のをとをこすゑにそきく
三井寺やけてのちすみ侍ける房をおもひやりて
よめる 大僧正行尊
1680 すみなれしわかふるさとはこのころやあさちかはらにうつらなくらん
百首哥よみ侍けるに」111ウ
摂政太政大臣
1681 ふるさとはあさちかすゑになりはてゝ月にのこれる人のおもかけ
西行法師
1682 これや見しむかしすみけんあとならんよもきかつゆに月のかゝれる
人のもとにまかりてこれかれ松のかけにおりゐて
あそひけるに 貫之
1683 かけにとてたちかくるれはから衣ぬれぬ雨ふる松のこゑかな〈朱〉\
西院辺にはやうあひしれりける人をたつね侍ける
にすみれつみけるをんなしらぬよし申けれはよみ
侍ける 能因法師」112オ
1684 いそのかみふりにし人をたつぬれはあれたるやとにすみれつみけり〈朱〉\
ぬしなきやとを 恵慶法師
1685 いにしへをおもひやりてそこひわたるあれたるやとのこけのいしはし
守覚法親王五十首哥よませ侍けるに閑居の
心を 定家朝臣
1686 わくらはにとはれし人もむかしにてそれより庭のあとはたえにき
ものへまかりけるみちにやま人あまたあへりけるを
見て 赤染衛門
1687 なけきこる身は山なからすくせかしうきよの中になにかへるらん〈朱〉\
人麿」112ウ
1688 秋されはかり人こゆるたつた山たちてもゐてもゝのをしそおもふ
天智天皇御哥
1689 あさくらやきのまろとのにわかをれはなのりをしつゝゆくはたかこそ〈朱〉\」113オ
新古今和哥集巻第十八
雑哥下
山 菅贈太政大臣
1690 あしひきのこなたかなたにみちはあれと宮こへいさといふ人そなき
日
1691 あまのはらあかねさしいつるひかりにはいつれのぬまかさえのこるへき
月
1692 つきことになかるとおもひしますかゝみにしのうみにもとまらさりけり
雲
1693 山わかれとひゆく雲のかへりくるかけみる時は猶たのまれぬ」113ウ
霧
1694 きりたちてゝる日の本はみえすとも身はまとはれしよるへありやと
雪
1695 花とちり玉と見えつゝあさむけは雪ふるさとそ夢に見えける
松
1696 おいぬとて松はみとりそまさりけるわかくろかみの雪のさむさに
野
1697 つくしにも紫おふる野辺はあれとなき名かなしふ人そきこえぬ
道
1698 かるかやの関もりにのみ見えつるは人もゆるさぬ道へなりけり」114オ
海
1699 うみならすたゝへる水の底まてにきよき心は月そてらさん
かさゝき
1700 ひこほしのゆきあひをまつかさゝきのとわたるはしを我にかさなん
波
1701 なかれ木とたつ白浪とやくしほといつれかゝらきわたつみのそこ
題しらす よみ人しらす
1702 さゝなみのひら山風のうみふけはつりするあまの袖かへるみゆ
1703 白浪のよするなきさによをつくすあまのこなれはやともさためす
千五百番哥合に 摂政太政大臣」114ウ
1704 舟のうち浪のうへにそ老にけるあまのしわさもいとまなのよや
題しらす 前中納言匡房
1705 さすらふる身はさためたるかたもなしうきたる舟のなみにまかせて
増賀上人
1706 いかにせん身をうきふねのにをゝもみつゐのとまりやいつこなるらん
人麿
1707 あしかものさはくいり江の水のえのよにすみかたきわか身なりけり
能宣朝臣
1708 あしかものは風になひくうき草のさためなきよをたれかたのまん
なきさのまつといふことをよみ侍ける」115オ
順
1709 おいにけるなきさの松のふかみとりしつめるかけをよそにやはみる
山水をむすひてよみ侍ける
能因法師
1710 葦引の山した水にかけみれはまゆしろたへにわれ老にけり〈朱〉\
あまになりぬときゝける人にさうそくつかはすとて
法成寺入道前摂政太政大臣
1711 なれ見てし花のたもとをうちかへしのりの衣をたちそかへつる〈朱〉\
きさきにたちたまひける時冷泉院のきさいの
宮の御ひたひをたてまつりたまへりけるを出家の」115ウ
時返したてまつりたまふとて
東三条院
1712 そのかみの玉のかつらをうちかへしいまは衣のうらをたのまん
返し 冷泉院太皇太后宮
1713 つきもせぬひかりのまにもまきれなておいてかへれるかみのつれなさ
上東門院出家のゝちこかねの装束したる沈の
すゝしろかねのはこにいれてむめのえたにつけて
たてまつられける 枇杷皇太后宮
1714 かはるらん衣のいろをおもひやるなみたやうらの玉にまかはん
返し 上東門院」116オ
1715 まかふらんころものたまにみたれつゝなをまたさめぬ心ちこそすれ
題しらす 和泉式部
1716 しほのまによものうら/\たつぬれといまはわか身のいふかひもなし
屏風のゑにしほかまのうらかきて侍けるを
一条院皇后宮
1717 いにしへのあまやけふりとなりぬらん人めも見えぬしほかまのうら
少将高光横河にのほりてかしらおろし侍にける
をきかせ給てつかはしける
天暦御哥
1718 宮こより雲のやへたつおく山のよかはの水はすみよかるらん〈朱〉\」116ウ
御返し 如覚
1719 もゝしきのうちのみつねにこひしくて雲のやへたつ山はすみうし〈朱〉\
世をそむきてをのといふところにすみ侍けるころ業
平朝臣のゆきのいとたかうふりつみたるをかきわけて
まうてきてゆめかとそ思おもひきやとよみ侍けるに
惟喬親王
1720 夢かともなにかおもはんうきよをはそむかさりけんほとそくやしき
みやこのほかにすみ侍けるころひさしうをとつれ
さりける人につかはしける
女御徽子女王」117オ
1721 雲井とふ雁のねちかきすまゐにもなをたまつさはかけすやありけん
亭子院おりゐたまはんとしける秋よみ
ける 伊勢
1722 白露はをきてかはれともゝしきのうつろふ秋は物そかなしき
殿上はなれ侍りてよみ侍ける
藤原清正
1723 あまつ風ふけゐのうらにゐるたつのなとか雲井にかへらさるへき〈朱〉\
〈朱〉\二条院菩提樹院におはしましてのちの春
むかしをおもひいてゝ大納言経信まいりて侍ける
又の日女房の申つかはしける」117ウ
読人しらす
1724 いにしへのなれし雲井をしのふとやかすみをわけて君たつねけん
最勝四天王院の障子におほよとかきたる所
定家朝臣
1725 おほよとのうらにかりほすみるめたにかすみにたへてかへるかりかね
最慶法師千載集かきてたてまつりけるつゝみ
かみにすみをすりふてをそめつゝとしふれとかき
あらはせることのはそなきとかきつけて侍ける御
御(御$)返し
後白河院御哥
1726 はまちとりふみをくあとのつもりなはかひあるうらにあはさらめやは」118オ
上東門院高陽院におはしましけるに行幸侍りて
せきいれたる瀧を御覧して
後朱雀院御哥
1727 瀧つせに人の心を見ることはむかしにいまもかはらさりけり〈朱〉\
権中納言通俊後拾遺撰ひ侍けるころまつ
かたはしもゆかしくなと申て侍けれは申あはせて
こそとてまたきよかきもせぬ本をつかはして
侍けるを見て返しつかはすとて
周防内侍
1728 あさからぬ心そみゆるをとはかはせきいれし水のなかれならねと〈朱〉\」118ウ
哥たてまつれとおほせられけれは忠峯かなとかき
あつめてたてまつりけるおくにかきつけゝる
壬生忠見
1729 ことの葉の中をなく/\たつぬれはむかしの人にあひみつる哉〈朱〉\
遊女の心をよみ侍ける
藤原為忠朝臣
1730 ひとりねのこよひもあけぬたれとしもたのまはこそはこぬもうらみめ
大江挙周はしめて殿上ゆるされてくさふかきには
におりて拝しけるを見侍て
赤染衛門」119オ
1731 くさわけてたちゐるそてのうれしさにたへすなみたのつゆそこほるゝ〈朱〉\
秋ころわつらひけるをこたりてたひ/\とふらひに
ける人につかはしける
伊勢大輔
1732 うれしさはわすれやはするしのふくさしのふる物を秋の夕くれ
返し 大納言経信
1733 秋風のをとせさりせは白露のゝきのしのふにかゝらましやは
あるところにかよひ侍けるを朝光大将見かはして
よひとよものかたりしてかへりて又の日
右大将済時」119ウ
1734 しのふくさいかなるつゆかをきつらんけさはねもみなあらはれにけり〈朱〉\
返し 左大将朝光
1735 あさちふをたつねさりせはしのふくさおもひをきけんつゆを見ましや〈朱〉\
わつらひける人のかく申侍ける
読人しらす
1736 なからへんとしもおもはぬつゆの身のさすかにきえんことをこそおもへ〈朱〉\
返し 小馬命婦
1737 つゆの身のきえはわれこそさきたゝめをくれん物かもりの下草〈朱〉\
題しらす 和泉式部
1738 いのちさへあらは見つへき身のはてをしのはん人のなきそかなしき〈朱〉\」120オ
れいならぬこと侍りけるにしれりけるひしりのとふ
らひにまうてきて侍けれは
大僧正行尊
1739 さためなきむかしかたりをかそふれはわか身もかすにいりぬへき哉
五十首哥たてまつりし時
前大僧正慈円
1740 世中のはれゆくそらにふる霜のうき身はかりそをき所なき
れいならぬこと侍けるに無動寺にてよみ侍ける
1741 たのみこしわかふるてらのこけのしたにいつしかくちん名こそおしけれ
題しらす 大僧正行尊」120ウ
1742 くりかへしわか身のとかをもとむれは君もなきよにめくるなりけり〈朱〉\
清原元輔
1743 うしといひてよをひたふるにそむかねは物おもひしらぬ身とやなりなん
よみ人しらす
1744 そむけともあめのしたをしはなれねはいつくにもふる涙なりけり
延喜御時女蔵人内匠白馬節会見けるにくる
まよりくれなゐのきぬをいたしたりけるを検非
違使のたゝさんとしけれはいひつかはしける
女蔵人内匠
1745 おほそらにてる日のいろをいさめてもあめのしたにはたれかすむへき〈朱〉\」121オ
かくいひければたゝさすなりにけり
れいならてうつまさにこもりて侍けるに心ほそく
おほえけれは 周防内侍
1746 かくしつゝゆふへの雲となりもせは哀かけてもたれかしのはん
題しらす 前大僧正慈円
1747 おもはねとよをそむかんといふ人のおなしかすにやわれもなるらん〈朱〉\
西行法師
1748 かすならぬ身をも心のもちかほにうかれては又かへりきにけり
1749 をろかなる心のひくにまかせてもさてさはいかにつゐのおもひは
1750 とし月をいかてわか身にをくりけん昨日の人もけふはなきよに」121ウ
1751 うけかたき人のすかたにうかひいてゝこりすやたれも又しつむへき
守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
寂蓮法師
1752 そむきてもなをうき物はよなりけり身をはなれたる心ならねは
述懐の心をよめる
1753 身のうさをおもひしらすはいかゝせんいとひなからも猶すくす哉
前大僧正慈円
1754 なにことをおもふ人そと人とはゝこたへぬさきに袖そぬるへき
1755 いたつらにすきにしことやなけかれんうけかたき身の夕暮のそら
1756 うちたえてよにふる身にはあらねともあらぬすちにもつみそかなしき」122オ
和哥所にて述懐のこゝろを
1757 山さとに契しいほやあれぬらんまたれんとたにおもはさりしを
右衛門督通具
1758 袖にをく露をはつゆとしのへともなれゆく月やいろをしるらん
定家朝臣
1759 君かよにあはすはなにを玉のをのなかくとまてはおしまれし身を〈朱〉\
家隆朝臣
1760 おほかたの秋のねさめのなかき夜も君をそいのる身をおもふとて
1761 わかのうらやおきつしほあひにうかひいつるあはれわか身のよるへしらせよ
1762 その山とちきらぬ月も秋風もすゝむる袖につゆこほれつゝ」122ウ
雅経朝臣
1763 君かよにあへるはかりの道はあれと身をはたのますゆくすゑの空
皇太后宮大夫俊成女
1764 おしむともなみたに月も心からなれぬる袖に秋をうらみて
千五百番哥合に
摂政太政大臣
1765 うきしつみこんよはさてもいかにそと心にとひてこたへかねぬる
題しらす
1766 われなから心のはてをしらぬかなすてられぬよの又いとはしき〈朱〉\
1767 をしかへし物をおもふはくるしきにしらすかほにてよをやすきまし」123オ
五十首哥よみ侍けるに述懐の心を
守覚法親王
1768 なからへてよにすむかひはなけれともうきにかへたる命なりけり〈朱〉\
権中納言兼宗
1769 世をすつる心はなをそなかりけるうきをうしとはおもひしれとも〈朱〉\
述懐の心をよみ侍ける
左近中将公衡
1770 すてやらぬわか身そつらきさりともとおもふ心にみちをまかせて
題しらす よみ人しらす
1771 うきなからあれはあるよにふるさとの夢をうつゝにさましかねても」123ウ
源師光
1772 うきなから猶おしまるゝいのちかな後のよとてもたのみなけれは
賀茂重保
1773 さりともとたのむ心のゆくすゑもおもへはしらぬよにまかすらん〈朱〉\
荒木田長延
1774 つく/\とおもへはやすきよの中を心となけくわか身なりけり〈朱〉\
入道前関白家百首哥よませ侍けるに
刑部卿頼輔
1775 河舟のゝほりわつらふつなてなわくるしくてのみよをわたる哉
題しらす 大僧都覚弁」124オ
1776 おいらくの月日はいとゝはやせかはかへらぬなみにぬるゝ袖かな〈朱〉\
よみて侍ける百首哥を源家長かもとに見せに
つかはしけるおくにかきつけて侍ける
藤原行能
1777 かきなかすことの葉をたにしつむなよ身こそかくても山河の水
身のゝそみかなひ侍らてやしろのましらひもせて
こもりゐて侍けるにあふひを見てよめる
鴨長明
1778 見れはまついとゝ涙そもろかつらいかに契てかけはなれけん
題しらす 源季景」124ウ
1779 おなしくはあれないにしへおもひいてのなけれはとてもしのはすもなし
西行法師
1780 いつくにもすまれすはたゝすまてあらんしはのいほりのしはしなるよに
1781 月のゆく山に心をゝくりいれてやみなるあとの身をいかにせん
五十首哥の中に
前大僧正慈円
1782 おもふことなとゝふ人のなかるらんあふけはそらに月そさやけき
1783 いかにしていまゝてよには在曙のつきせぬ物をいとふ心は
西行法師山さとよりまかりいてゝむかし出家し
侍しその月日にあたりて侍ると申たりける返事に」125オ
1784 うきよいてし月日のかけのめくりきてかはらぬ道を又てらすらん
前僧都全真西国のかたに侍ける時つかはしける
承仁法親王
1785 人しれすそなたをしのふ心をはかたふく月にたくへてそやる
前大僧正慈円ふみにてはおもふほとのことも申
つくしかたきよし申つかはして侍ける返事に
前右大将頼朝
1786 みちのくのいはてしのふはえそしらぬかきつくしてよつほのいしふみ
世中のつねなきころ
大江嘉言」125ウ
1787 けふまては人をなけきてくれにけりいつ身のうへにならんとすらん〈朱〉\
題しらす 清慎公
1788 みちしはのつゆにあらそふわか身かないつれかまつはきえんとすらん
皇嘉門院
1789 なにとかやかへにおふなる草のなよそれにもたくふわか身なりけり
権中納言資実
1790 こしかたをさなから夢になしつれはさむるうつゝのなきそかなしき〈朱〉\
松の木のやけゝるを見て
性空上人
1791 ちとせふる松たにくつるよの中にけふともしらてたてるわれかな」126オ
題しらす 後頼朝臣
1792 かすならてよにすみの江のみをつくしいつをまつともなき身なりけり
皇太后宮大夫俊成
1793 うきなからひさしくそよをすきにける哀やかけしすみよしの松
春日社哥合に松風といふことを
家隆朝臣
1794 かすか山たにのむもれ木くちぬとも君につけこせみねの松風
宜秋門院丹後
1795 なにとなくきけは涙そこほれぬるこけのたもとにかよふ松風
さうしにあしてなかうたなとかきておくに」126ウ
女御徽子女王
1796 みな人のそむきはてぬるよの中にふるのやしろの身をいかにせん
臨時祭の舞人にてもろともに侍けるをともに
四位してのち祭の日つかはしける
実方朝臣
1797 衣ての山井の水にかけみえし猶そのかみの春そこひしき
題しらす 道信朝臣
1798 いにしへの山井の衣なかりせはわすらるゝ身となりやしなまし
後冷泉院御時大嘗会にひかけのくみをして
実基朝臣のもとにつかはすとて先帝御時おもひいてゝ」127オ
そへていひつかはしける
加賀朝臣
1799 たちなからきてたに見せよをみ衣あかぬむかしの忘かたみに
秋夜きり/\すをきくといふ題をよめと人/\におほ
せられておほとのこもりにけるあしたにそのうたを
御覧して 天暦御哥
1800 秋の夜のあか月かたのきり/\すひとつてならてきかまし物を
秋雨を 中務卿具平親王
1801 なかめつゝわかおもふことはひくらしにのきのしつくのたゆるよもなし
〈墨〉\題しらす 〈墨〉\能宣朝臣」127ウ
[被出之]
1801' 〈墨〉\みつくきのあとにのこれる玉の声いとゝもさむき秋の風哉
小野小町
1802 こからしの風にもみちて人しれすうきことの葉のつもる比かな
述懐百首哥よみける時紅葉を
皇太后宮大夫俊成
1803 嵐ふくみねのもみちの日にそへてもろくなりゆくわか涙哉
題しらす 崇徳院御哥
1804 うたゝねはおきふく風におとろけとなかき夢ちそさむる時なき
宮内卿
1805 竹の葉に風ふきよはるゆふくれのものゝ哀は秋としもなし〈朱〉\」128オ
和泉式部
1806 ゆふくれは雲のけしきをみるからになかめしとおもふ心こそつけ
1807 くれぬめりいくかをかくてすきぬらん入あひのかねのつく/\として
西行法師
1808 またれつる入あひのかねのをとすなりあすもやあらはきかんとすらん
暁の心をよめる 皇太后宮大夫俊成
1809 あか月とつけの枕をそはたてゝきくもかなしき鐘のをと哉
百首哥に 式子内親王
1810 あか月のゆふつけとりそ哀なるなかきねふりをおもふ枕に
あまにならんとおもひたちけるを人のとゝめ侍」128ウ
けれは 和泉式部
1811 かくはかりうきをしのひてなからへはこれよりまさる物もこそおもへ
題しらす
1812 たらちねのいさめし物をつれ/\となかむるをたにとふ人もなし
くまのへまいりておほみねへいらんとてとしころやし
なひたてゝ侍りけるめのとのもとにつかはしける
大僧正行尊
1813 あはれとてはくゝみたてしいにしへはよをそむけともおもはさりけん
百首哥たてまつりし時
土御門内大臣」129オ
1814 くらゐ山あとをたつねてのほれともこをおもふみちに猶まよひぬる
百首哥よみ侍けるに懐旧哥
皇太后宮大夫俊成
1815 むかしたにむかしとおもひしたらちねのなをこひしきそはかなかりける〈朱〉\
述懐百首哥よみ侍けるに
俊頼朝臣
1816 さゝかにのいとかゝりける身のほとをおもへは夢の心ちこそすれ
ゆふくれにくものいとはかなけにすかくをつねよりも
あはれと見て 僧正遍昭
1817 さゝかにのそらにすかくもおなしことまたきやとにもいくよかはへん」129ウ
題しらす 西宮前左大臣
1818 ひかりまつえたにかゝれるつゆのいのちきえはてねとやはるのつれなき
野わきしたるあしたにおさなき人をたにとはさり
ける人に 赤染衛門
1819 あらくふく風はいかにと宮木のゝこはきかうへを人のとへかし〈朱〉\
和泉式部みちさたにわすられてのちほとなく
敦道親王かよふときゝてつかはしける
1820 うつろはてしはしゝのたのもりをみよかへりもそするくすのうら風
返し 和泉式部
1821 秋風はすこくふけともくすの葉のうらみかほには見えしとそおもふ」130オ
やまひかきりにおほえ侍ける時定家朝臣中将転任の
こと申とて民部卿範光もとにつかはしける
皇太后宮大夫俊成
1822 をさゝはら風まつ露のきえやらすこのひとふしをおもひをくかな
題しらす 前大僧正慈円
1823 世中をいまはの心つくからにすきにしかたそいとゝこひしき
1824 よをいとふ心のふかくなるまゝにすくる月日をうちかそへつゝ
1825 ひとかたにおもひとりにし心にはなをそむかるゝ身をいかにせん
1826 なにゆへにこのよをふかくいとふそと人のとへかしやすくこたへん〈朱〉\
1827 おもふへきわか後のよはあるかなきかなけれはこそはこのよにはすめ」130ウ
西行法師
1828 世をいとふ名をたにもさはとゝめをきてかすならぬ身のおもひいてにせん
1829 身のうさをおもひしらてやゝみなましそむくならひのなきよなりせは
1830 いかゝすへきよにあらはやはよをもすてゝあなうのよやとさらにおもはん〈朱〉\
1831 なに事にとまる心のありけれはさらにしも又よのいとはしき〈朱〉\
入道前関白太政大臣
1832 むかしよりはなれかたきはうきよかなかたみにしのふ中ならねとも
なけく事侍けるころおほみねにこもるとて同行
ともゝかたへは京へかへりねなと申てよみ侍ける
大僧正行尊」131オ
1833 おもひいてゝもしもたつぬる人もあらはありとないひそさためなきよに
題しらす
1834 かすならぬ身をなにゆへにうらみけんとてもかくてもすくしけるよを
百首哥たてまつりしに
前大僧正慈円
1835 いつかわれみ山のさとのさひしきにあるしとなりて人にとはれん
題しらす 俊頼朝臣
1836 うき身には山田のをしねをしこめてよをひたすらにうらみわひぬる
としころ修行の心ありけるをすてかたき事侍りて
すきけるにおやなとなくなりて心やすくおもひたち」131ウ
けるころ障子にかきつけ侍ける
山田法師
1837 しつのをのあさな/\にこりつむるしはしのほともありかたのよや
題しらす 寂蓮法師
1838 かすならぬ身はなき物になしはてつたかためにかはよをもうらみん
法橋行遍
1839 たのみありて今ゆくすゑをまつ人やすくる月日をなけかさるらん〈朱〉\
守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
源師光
1840 なからへていけるをいかにもとかましうき身のほとをよそにおもはゝ〈朱〉\」132オ
題しらす 八条院高倉
1841 うきよをはいつる日ことにいとへともいつかは月のいるかたを見ん
西行法師
1842 なさけありしむかしのみ猶しのはれてなからへまうき世にもふるかな
清輔朝臣
1843 なからへは又このころやしのはれんうしと見しよそ今はこひしき
寂蓮人々すゝめて百首哥よませ侍けるにいなひ
侍て熊野にまうてける道にてゆめになにことも
おとろへゆけとこのみちこそよのすゑにかはらぬものは
あれなをこのうたよむへきよし別当湛快三位」132ウ
俊成に申と見侍ておとろきなからこの哥をいそき
よみいたしてつかはしけるおくにかきつけ侍ける
西行法師
1844 すゑのよもこのなさけのみかはらすと見し夢なくはよそにきかまし
千載集えらひ侍ける時ふるき人々のうたを
見て 皇太后宮大夫俊成
1845 ゆくすゑはわれをもしのふ人やあらんむかしをおもふ心ならひに
〈墨〉\題しらす 〈墨〉\西行法師
[被出之]
1845' 〈墨〉\ねかはくは花のしたにて春しなんそのきさらきのもち月の比
崇徳院に百首哥たてまつりける無常哥」133オ
皇太后宮大夫俊成
1846 世中をおもひつらねてなかむれはむなしきそらにきゆる白雲
百首哥に 式子内親王
1847 くるゝまもまつへきよかはあたしのゝすゑはのつゆに嵐たつ也
つのくにゝおはしてみきはのあしを見たまひて
華山院御哥
1848 つのくにのなからふへくもあらぬかなみしかきあしのよにこそ有けれ
題しらす 中務卿具平親王
1849 風はやみおきの葉ことにをくつゆのをくれさきたつほとのはかなさ
蝉丸」133ウ
1850 秋風になひくあさちのすゑことにをく白露のあはれ世中
1851 よの中はとてもかくてもおなしことみやもわらやもはてしなけれは」134オ
新古今和哥集巻第十九
神祇哥
1852 しるらめやけふのねの日のひめこ松おひんすゑまてさかゆへしとは
この哥は日吉社司社頭のうしろの山にまかりて
子日して侍ける夜人のゆめに見えけるとなん
1853 なさけなくおる人つらしわかやとのあるしわすれぬ梅のたちえを
この哥は建久二年のはるのころつくしへまかれり
けるものゝ安楽寺の梅をおりて侍ける夜のゆめに
見えけるとなん
1854 ふたらくのみなみのきしにたうたてゝいまそさかえんきたのふちなみ〈朱〉\」134ウ
このうたは興福寺の南円堂つくりはしめ侍ける時
春日のえのもとの明神よみたまへりけるとなん
1855 夜やさむき衣やうすきかたそきのゆきあひのまより霜やをくらん
住吉御哥となん
1856 いかはかりとしはへねともすみの江の松そふたゝひおひかはりぬる
この哥はある人すみよしにまうてゝ人ならはとはま
しものをすみのえのまつはいくたひおひかはるらん
とよみてたてまつりける御返事となんいへる
1857 むつましと君はしらなみみつかきのひさしきよゝりいはひそめてき
伊勢物語に住吉に行幸の時おほんかみけ行し」135オ
たまひてとしるせり
1858 人しれすいまや/\とちはやふる神さふるまて君をこそまて〈朱〉\
このうたは待賢門院の堀河山とのかたより
くまのへまうて侍けるにかすかへまいるへきよし
のゆめを見たりけれとのちにまいらんとおもひて
まかりすきにけるをかへり侍けるに託宣し
たまひけるとなん
1859 みちとをしほともはるかにへたゝれりおもひをこせよわれもわすれし
このうたは陸奥にすみける人の熊野へ三年
まうてんと願をたてゝまいりて侍けるかいみしう」135ウ
くるしかりけれはいまふたゝひをいかにせんとなけ
きておまへにふしたりけるよのゆめに見えけるとなん
1860 おもふこと身にあまるまてなる瀧のしはしよとむをなにうらむらん
このうたは身のしつめる事をなけきてあつまの
かたへまからんとおもひたちける人くまのゝおまへに
通夜して侍けるゆめにみえけるとそ
1861 われたのむ人いたつらになしはては又雲わけてのほるはかりそ
賀茂の御哥となん
1862 かゝみにもかけみたらしの水のおもにうつるはかりの心とをしれ〈朱〉\
これ又かもにまうてたる人のゆめに見えけるといへり」136オ
1863 ありきつゝきつゝ見れともいさきよき人の心をわれわすれめや
石清水の御哥といへり
1864 にしのうみたつ白浪のうへにしてなにすくすらんかりのこのよを
このうたは称徳天皇の御時和気清麿を宇佐
宮にたてまつりたまひける時詫宣し給けるとなん
延喜六年日本紀竟宴に
神日本磐弱余彦天皇
大江千古
1865 しらなみにたまよりひめのこしことはなきさやつゐにとまりなりけん
猿田彦 紀淑望」136ウ
1866 ひさかたのあめのやへ雲ふりわけてくたりし君をわれそむかへし
玉依姫 三統理平
1867 とひかけるあまのいはふねたつねてそあきつしまには宮はしめける
賀茂社の午日うたひ侍なる哥
1868 やまとかもうみにあらしのにしふかはいつれのうらにみ舟つなかん
神楽をよみ侍ける
紀貫之
1869 をく霜にいろもかはらぬさかき葉のかをやは人のとめてきつらん
臨時祭をよめる
1870 宮人のすれるころもにゆふたすきかけて心をたれによすらん〈朱〉\」137オ
大将に侍りける時勅使にて太神宮にまうてゝよみ
侍ける 摂政太政大臣
1871 神風やみもすそ河のそのかみに契しことのすゑをたかふな
おなし時外宮にてよみ侍ける
藤原定家朝臣
1872 契ありてけふみやかはのゆふかつらなかきよまてもかけてたのまん
公継卿勅使にて太神宮にまうてゝかへりのほり
侍けるに斎宮の女房の中より申をくりける
読人しらす
1873 うれしさも哀もいかにこたへましふるさと人にとはれましかは」137ウ
返し 春宮権大夫公継
1874 神風やいすゝ河浪かすしらすすむへきみよに又かへりこん〈朱〉\
太神宮のうたのなかに
太上天皇
1875 なかめはや神ちの山に雲きえてゆふへのそらをいてん月かけ〈朱〉\
1876 神かせやとよみてくらになひくしてかけてあふくといふもかしこし
題しらす 西行法師
1877 宮はしらしたついはねにしきたてゝつゆもくもらぬ日のみかけ哉
1878 神ち山月さやかなるちかひありてあめのしたをはてらすなりけり
伊勢の月よみのやしろにまいりて月を見てよめる」138オ
1879 さやかなるわしのたかねの雲井よりかけやはらくる月よみのもり
神祇哥とてよみ侍ける
前大僧正慈円
1880 やはらくるひかりにあまるかけなれやいすゝかはらの秋のよの月
公卿勅使にてかへり侍けるいちしのむまやにて
よみ侍ける 中院入道右大臣
1881 たちかへり又も見まくのほしきかなみもすそかはのせゝの白浪
入道前関白家百首哥よみ侍けるに
皇太后宮大夫俊成
1882 神風やいすゝのかはの宮はしらいくちよすめとたちはしめけん」138ウ
俊恵法師
1883 神風やたまくしの葉をとりかさしうちとの宮に君をこそいのれ
五十首哥たてまつりし時
越前
1884 神かせや山田のはらのさかき葉に心のしめをかけぬ日そなき
社頭納涼といふことを
大中臣明親
1885 いすゝ河そらやまたきに秋の声したついはねの松の夕風〈朱〉\
香椎宮のすきをよみ侍ける
よみ人しらす」139オ
1886 ちはやふるかしゐの宮のあやすきは神のみそきにたてるなりけり
八幡宮の権官にてとしひさしかりけることをうらみて
御神楽の夜まいりてさかきにむすひつけ侍ける
法印成清
1887 さかき葉にそのいふかひはなけれとも神に心をかけぬまそなき
賀茂にまいりて 周防内侍
1888 としをへてうきかけをのみみたらしのかはるよもなき身をいかにせん
文治六年女御入代の屏風に臨時祭かけるところ
をよみ侍ける 皇太后宮大夫俊成
1889 月さゆるみたらし河にかけみえてこほりにすれる山あゐの袖」139ウ
社頭雪といふ心をよみ侍ける
按察使公通
1890 ゆふしての風にみたるゝをとさえて庭しろたへに雪そつもれる
十首哥合の中に神祇をよめる
前大僧正慈円
1891 君をいのる心のいろを人とはゝたゝすの宮のあけの玉かき
みあれにまいりてやしろのつかさをのをのあふひを
かけゝるによめる 賀茂重保
1892 あとたれし神にあふひのなかりせはなにゝたのみをかけてすきまし
社司ともきふねにまいりてあまこひし侍けるついでによめる」140オ
賀茂幸平
1893 おほみ田のうるおふはかりせきかけて井せきにおとせかはかみの神〈朱〉\
鴨社哥合とて人々よみ侍けるに月を
鴨長明
1894 いしかはのせみのをかはのきよけれは月もなかれをたつねてそすむ
弁に侍ける時春日祭にくたりて周防内侍に
つかはしける 中納言資仲
1895 よろつよをいのりそかくるゆふたすきかすかの山の峯の嵐に
文治六年女御入代屏風に春日祭
入道前関白太政大臣」140ウ
1896 けふまつる神の心やなひくらんしてに浪たつさほのかは風
家に百首哥よみ侍ける時神祇の心を
1897 あめのしたみかさの山のかけならてたのむかたなき身とはしらすや
皇太后宮大夫俊成
1898 かすか野のをとろのみちのむもれ水すゑたに神のしるしあらはせ
大原野祭にまいりて周防内侍につかはしける
藤原伊家
1899 ちよまても心してふけもみちはを神もをしほの山おろしの風
最勝四天王院の障子にをしほ山かきたる所
前大僧正慈円」141オ
1900 をしほ山神のしるしを松の葉にちきりしいろはかへる物かは
日吉社にたてまつりける哥の中に二宮を
1901 やはらくるかけそふもとにくもりなきもとの光はみねにすめとも
述懐の心を
1902 わかたのむなゝのやしろのゆふたすきかけてもむつの道にかへすな
1903 をしなへて日よしのかけはくもらぬになみたあやしき昨日けふかな
1904 もろ人のねかひをみつのはま風に心すゝしきしてのをとかな
北野によみてたてまつりける
1905 さめぬれはおもひあはせてねをそなく心つくしの古の夢
熊野へまうてたまひける時みちに花のさかりなり」141ウ
けるを御覧して 白河院御哥
1906 さきにほふ花のけしきをみるからに神の心そゝらにしらるゝ
熊野にまいりてたてまつり侍し
太上天皇
1907 いはにむすこけふみならすみくまのゝ山のかひあるゆくすゑもかな
新宮にまうつとて熊野河にて
1908 くまのかはくたすはやせのみなれさほさすかみなれぬ浪のかよひち〈朱〉\
白河院くまのにまうてたまへりける御ともの人/\
しほやの王子にて哥よみ侍けるに
徳大寺左大臣」142オ
1909 たちのほるしほやのけふりうら風になひくを神の心とも哉
くまのへまうて侍しにいはしろ王子に人々の名
なとかきつけさせてしはし侍しに拝殿のなけし
にかきつけて侍し哥
よみ人しらす
1910 いはしろの神はしるらんしるへせよたのむうきよの夢のゆくすゑ
くまのゝ本宮やけてとしのうちに遷宮侍しにまいりて
太上天皇
1911 契あれはうれしきかゝるおりにあひぬわするな神もゆくすゑの空
加賀のかみにて侍ける時しら山にまうてたりける」142ウ
をおもひいてゝ日吉の客人の宮にてよみ侍ける
左京大夫顕輔
1912 としふともこしの白山わすれすはかしらの雪を哀とも見よ
一品聡子内親王すみよしにまうてゝ人々うたよみ侍
けるによめる 藤原道経
1913 すみよしのはま松かえに風ふけはなみのしらゆふかけぬまそなき
〈墨〉\奉幣使にてすみよしにまいりてむかしすみける
ところのあれたりけるを見てよみ侍ける
〈墨〉\津守有基
[被出之]
1913' 〈墨〉\すみよしとおもひしやとはあれにけり神のしるしをまつとせしまに」143オ
ある所の屏風のゑに十一月神まつる家のまへに
馬にのりて人のゆく所を
能宣朝臣
1914 さかき葉の霜うちはらひかれすのみすめとそいのる神のみまへに
延喜御時屏風に夏神楽の心をよみ侍ける
貫之
1915 河やしろしのにおりはへほす衣いかにほせはかなぬかひさらん」143ウ
新古今和哥集巻第廿
釈教哥
1916 なをたのめしめちかはらのさせも草わかよの中にあらんかきりは
1917 なにかおもふなにをかなけく世中はたゝあさかほの花のうへの露
このふたうたは清水観音御哥となんいひつたへたる
智縁上人伯耆の大山にまいりていてなんとし
けるあか月ゆめに見えけるうた
1918 山ふかくとしふるわれもあるものをいつちか月のいてゝゆくらん
なにはのみつてらにてあしの葉のそよくをきゝて
行基菩薩」144オ
1919 あしそよくしほせの浪のいつまてかうきよの中にうかひわたらん
比叡山中堂建立の時
伝教大師
1920 阿耨多羅三藐三菩提のほとけたちわかたつそまに冥加あらせたまへ
入唐時哥 智証大師
1921 のりの舟さしてゆく身そもろ/\の神もほとけもわれをみそなへ
菩提寺の講堂のはしらにむしのくひたりける
うた
1922 しるへある時にたにゆけこくらくのみちにまとへる世中の人
みたけの笙のいはやにこもりてよめる」144ウ
日蔵上人
1923 寂寞のこけのいはと(と=屋イ)のしつけきになみたの雨のふらぬ日そなき
臨終正念ならんことを思てよめる
法円上人
1924 南無阿弥陀ほとけのみてにかくるいとのをはりみたれぬ心ともかな
題しらす 僧都源信
1925 われたにもまつこくらくにむまなれはしるもしらぬもみなむかへてん
天王寺のかめ井の水を御覧して
上東門院
1926 にこりなきかめ井の水をむすひあけて心のちりをすゝきつる哉」145オ
法華経廿八品哥人々によませ侍けるに提婆品
の心を 法成寺入道前摂政太政大臣
1927 わたつうみのそこよりきつるほともなくこの身なからに身をそきはむる
勧持品の心を 大納言斉信
1928 かすならぬいのちはなにかおしからんのりとくほとをしのふはかりそ
五月許に雲林院の菩提講にまうてゝよみ侍
ける
肥後
1929 紫の雲のはやしを見わたせはのりにあふちの花さきにけり
涅槃経をよみ侍ける時ゆめにちる花に池のこほりも
とけぬなり花ふきちらすはるのよのそらとかきて人の」145ウ
見せ侍けれはゆめのうちにかへすとおほえけるうた
1930 たにかはのなかれしきよくすみぬれはくまなき月のかけもうかひぬ
述懐哥の中に 前大僧正慈円
1931 ねかはくはしはしやみちにやすらひてかゝけやせまし法のともし火
1932 とくみのきくのしらつゆよるはをきてつとめてきえんことをしそおもふ
1933 極楽へまたわか心ゆきつかすひつしのあゆみしはしとゝまれ
観心如月輪若在軽霧中の心を
権僧正公胤
1934 わか心なをはれやらぬ秋きりにほのかに見ゆる在曙の月〈朱〉\
家に百首哥よみ侍ける時十界の心をよみ侍」146オ
けるに縁覚の心を 摂政太政大臣
1935 おく山にひとりうきよはさとりにきつねなきいろを風になかめて
心経の心をよめる 小侍従
1936 いろにのみそめし心のくやしきをむなしとゝけるのりのうれしさ
摂政太政大臣家百首哥に十楽のこゝろをよみ侍
けるに聖衆来迎楽
寂蓮法師
1937 むらさきの雲ちにさそふことのねにうきよをはらふ峯の松風
蓮花初開楽」146ウ
1938 これやこのうきよのほかの春ならん花のとほそのあけほのゝ空
快楽不退楽
1939 春秋にかきらぬ花にをくつゆはをくれさきたつうらみやはある
引摂結縁楽
1940 たちかへりくるしきうみにをくあみもふかきえにこそ心ひくらめ
法花経廿八品哥よみ侍けるに方便品
唯有一乗法の心を
前大僧正慈円
1941 いつくにもわかのりならぬのりやあるとそらふく風にとへとこたへぬ
化城喩品 化作大城[土+郭]」147オ
1942 おもふなようきよの中をいてはてゝやとるおくにもやとは有けり
分別功徳品 或住不退地
1943 わしの山けふきくのりのみちならてかへらぬやとにゆく人そなき
普門品 心念不空過
1944 をしなへてむなしきそらとおもひしにふちさきぬれは紫の雲
水渚常不満といふ心を
崇徳院御哥
1945 をしなへてうき身はさこそなるみかたみちひるしほのかはるのみかは
先照高山
1946 あさ日さすみねのつゝきはめくめともまた霜ふかしたにのかけ草」147ウ
家に百首哥よみ侍ける時五智の心を
妙観察智 入道前関白太政大臣
1947 そこきよく心の水をすまさすはいかゝさとりのはちすをもみん〈朱〉\
勧持品 正三位経家
1948 さらすとていくよもあらしいさやさはのりにかへつる命とおもはん〈朱〉\
法師品 加刀杖瓦石念仏故応忍のこゝろを
寂蓮法師
1949 ふかきよのまとうつ雨にをとせぬはうきよをのきのしのふなりけり
五百弟子品 内秘菩薩行の心を
前大僧正慈円」148オ
1950 いにしへの鹿なく野辺のいほりにも心の月はくもらさりけん
人々すゝめて法文百首哥よみ侍けるに二乗但空
智如蛍火 寂然法師
1951 みちのへのほたるはかりをしるへにてひとりそいつる夕やみの空
菩薩清涼月 遊於畢竟空
1952 雲はれてむなしきそらにすみなからうきよの中をめくる月哉
梅檀香風 悦可衆心
1953 ふく風にはなたち花やにほふらんむかしおほゆるけふの庭哉
作是教已 復至他国
1954 やみふかきこのもとことに契をきてあさたつきりのあとのつゆけさ」148ウ
此日已過 命即衰滅
1955 けふすきぬいのちもしかとおとろかす入あひのかねの声そかなしき
悲鳴[口+幼]咽 痛恋本群
素覚法師
1956 草ふかきかりはのをのをたちいてゝともまとはせる鹿そなくなる
棄恩入無為 寂然法師
1957 そむかすはいつれのよにかめくりあひておもひけりとも人にしられん
合会有別離 源季広
1958 あひみてもみねにわかるゝ白雲のかゝるこのよのいとはしき哉〈朱〉\
聞名欲往生 寂然法師」149オ
1959 をとにきく君かりいつかいきの松まつらんものを心つくしに
心懐恋慕 渇仰於仏
1960 わかれにしそのおもかけのこひしき夢にも見えよ山の葉の月
十戒哥よみ侍けるに不殺生戒
1961 わたつうみのふかきにしつむいさりせてたもつかひあるのりをもとめよ
不偸盗戒
1962 うきくさのひとはなりともいそかくれおもひなかけそおきつ白浪
不邪婬戒
1963 さらぬたにをもきかうへにさよころもわかつまならぬつまなかさねそ
不[酉+古]酒戒」149ウ
1964 はなのもとつゆのなさけはほともあらしゑいなすゝめそ春の山風
入道前関白家に十如是哥よませ侍けるに
如是報 二条院讃岐
1965 うきをなをむかしのゆへとおもはすはいかにこのよをうらみはてまし
待賢門院中納言人々にすゝめて廿八品哥よま
せ侍けるに序品 広度諸衆生 其数無有量
の心を 皇太后宮大夫俊成
1966 わたすへきかすもかきらぬはし/\らいかにたてけるちかひなるらん
美福門院に極楽六時讃のゑにかゝるへきうた
たてまつるへきよし侍けるによみ侍ける時に大衆法を」150オ
聞て弥歓喜瞻仰せん
1967 いまそこれいり日を見てもおもひこしみたのみくにの夕くれの空〈朱〉\
あかつきいたりて浪のこゑ金の岸によするほと
1968 いにしへのおのへのかねににたるかなきしうつ浪の暁の声
百首哥の中に毎日晨朝入諸定のこゝろを
式子内親王
1969 しつかなるあか月ことに見わたせはまたふかきよの夢そかなしき
発心和哥集の哥普門品 種々諸悪趣
選子内親王
1970 あふことをいつくにとてかちきるへきうき身のゆかんかたをしらねは」150ウ
五百弟子品のこゝろを
僧都源信
1971 玉かけし衣のうらをかへしてそをろかなりける心をはしる
維摩経 十喩中に此身如夢といへる心を
赤染衛門
1972 夢やゆめうつゝや夢とわかぬかないかなるよにかさめんとすらん〈朱〉\
二月十五日のくれ方に伊勢大輔かもとに
つかはしける 相模
1973 つねよりもけふのけふりのたよりにやにしをはるかにおもひやるらん
返し 伊勢大輔」151オ
1974 けふはいとゝなみたにくれぬにしの山おもひいり日のかけをなかめて〈朱〉\
〈墨〉\依釈迦遺教念弥陀といふ心を
〈墨〉\肥後
[被出之]
1974' 〈墨〉\をしへをきていりにし月のなかりせはにしに心をいかてかけまし
西行法師をよひ侍けるにまかるへきよしは申し
なからまうてこて月のあかゝりけるにかとのまへ
をとおるときゝてよみてつかはしける
待賢門院堀河
1975 にしへゆくしるへとおもふ月かけのそらたのめこそかひなかりけれ〈朱〉\
返し 西行法師」151ウ
1976 たちいらて雲まをわけし月かけはまたぬけしきやそらにみえけん
人の身まかりにけるのち結縁経供養し
けるに即往安楽世界のこゝろをよめる
瞻西上人
1977 むかし見し月のひかりをしるへにてこよひや君かにしへゆくらん
観心をよみ侍ける
西行法師
1978 やみはれて心のそらにすむ月はにしの山へやちかくなるらん〈朱〉\」152オ
(白紙)」152ウ
承元三年六月十九日書之
同七月廿二日依重 勅定被改直之」153オ
(白紙)」153ウ
以相伝秘本<祖父卿/真筆>具書
写校合了
正安二年黄鐘下旬
右兵衛督為相 」154オ
(白紙)」154ウ