First updated6/4/2006
Last updated 1/9/2007
渋谷栄一翻刻(ver.1-2)

凡例
1 文化庁蔵本冷泉為相本「新古今和歌集」(承元三年〈1209〉六月十九日定家書写本 日本古典文学会複製本)を翻刻した。
2 和歌の頭に歌番号を冠した。
3 朱掛点及び墨掛点は〈朱〉\、〈墨〉\と記した。
4 作字した文字は[ ]に入れて記した。

新古今和歌集上(題簽)」(表紙)

(白紙)」1オ

春<一> 同下<二> 夏<三> 秋<四> 同下<五> 冬<六>
賀<七> 哀傷<八> 離別<九> 羇旅<十>」1ウ

(白紙)」2オ

新古今和謌集序
夫和謌者群徳之祖百福之宗也玄象天成
五際六情之義末著素鵞地静三十一字之
詠甫興爾来源流寔繁長短雖異或抒下情
而達聞或宣上徳而致化或属遊宴而書懐或
採艶色而寄言誠是理世撫民之鴻徽賞心楽
事之亀鑑者也是以 聖代明時集而録之各
窮精微何以漏脱然猶崑嶺之玉採之有余[登+邑]林」2ウ
之材伐之無尽物既如此哥亦宜然仍誥参議右衛
門督源朝臣通具大蔵卿藤原朝臣有家左近衛
権中将藤原朝臣定家前上総介藤原朝臣家隆
左近衛権少将藤原雅経等不択貴賤高下令撰
錦句玉章神明之詞仏陀之作為表希夷雑而
同隷始於曩昔迄于当時彼此総編各俾呈進
毎至玄圃花芳之朝砌風涼之夕斟難波津之
遺流尋浅香山之芳躅或吟或詠抜犀象之牙角」3オ
無党無偏採翡翠之羽毛裁成而得二千首類聚而
為二十巻名曰新古今和哥集矣時令節物之
篇属四序而星羅衆作雑詠之什並群品而雲布
綜緝之致蓋云備矣伏惟来自代都而践天子之位
謝於漢宮而追汾陽之蹤
今上陛下之厳親也雖無帝道之諮詢日域朝
廷之本主也争不賞我国之習俗方今[艸+全]宰
合体華夷詠仁風化之楽万春々日野之草」3ウ
悉靡月宴之契千秋々津洲之塵惟静誠膺
無為有截之時可頤染毫操牋之志故撰斯一集
永欲伝百王彼上古之万葉集者蓋是和哥之源
也編次之起因准之儀星序惟煙鬱難披延喜
有古今集四人含綸命而成之天暦有後撰集五
人奉絲言而成之其後有拾遺後拾遺金葉詞華
千載等集雖出於 聖王数代之勅殊恨為撰者
一身之最因茲訪延喜天暦二朝之遺美定法河歩虚」4オ
五輩之英豪排神仙之居展刊脩之席而已斯集
之為体也先抽万葉集之中更拾七代集之外深
索而微長無遺広求而片善必挙但雖張網於山
野微禽自逃雖連[艸+全]於江湖小鮮偸漏誠当視
聴之不達定有篇章之猶遺今只随採得且所勒
終也抑於古今者不載当代之 御製自後撰而
初加其時之天章各考一部不満十篇而今所
入之自詠已余三十首六義若相兼一両雖可足」4ウ
依無風骨之絶妙還有露詞之多加偏以耽道
之思不顧多情之眼凡厥取捨者嘉尚之余特運
冲襟伏羲基皇徳而四十万年異域自雖観
聖造之書史焉神武開帝功而八十二代当朝未
聴叡策之撰集矣定知天下之都人士女謳
哥斯道之遇逢矣不独記仙洞無何之郷有
嘲風弄月之興亦欲呈皇家元久之歳有温
故知新之心修撰之趣不在茲乎聖暦乙丑王」5オ
春三月云爾」5ウ

やまとうたはむかしあめつちひらけはしめて人のし
わさいまたさたまらさりし時葦原中国のことのはとし
て稲田姫素鵞のさとよりそつたはれりけるしかあり
しよりこのかたそのみちさかりにおこりそのなかれいま
にたゆることなくしていろにふけりこゝろをのふるなかたち
とし世をおさめたみをやはらくるみちとせりかゝりけ
れはよゝのみかともこれをすてたまはすえらひをかれ
たる集とも家々のもてあそひものとしてことはの
花のこれるこのもとかたくおもひのつゆもれたるくさかくれ」6オ
もあるへからすしかはあれともいせのうみきよきなきさの
たまはひろふともつくることなくいつみのそましけき
宮木はひくともたゆへからすものみなかくのことしうたの
みちまたおなしかるへしこれによりて右衛門督源
朝臣通具大蔵卿藤原朝臣有家左近中将藤原朝臣
定家前上総介藤原朝臣家隆左近少将藤原朝臣
雅経らにおほせてむかしいまときをわかたすたかき
いやしき人をきらはすめに見えぬかみほとけのことの葉
もうはたまのゆめにつたへたる事まてひろくもとめあま」6ウ
ねくあつめしむをの/\えらひたてまつれるところ
なつひきのいとのひとすちならすゆふへのくものおもひ
さためかたきゆへにみとりのほら花かうはしきあした
たまのみきり風すゝしきゆふへなにはつのなかれを
くみてすみにこれるをさためあさか山のあとをたつねて
ふかきあさきをわかてり万葉集にいれる哥はこれを
のそかす古今よりこのかた七代の集にいれる哥をは
これをのする事なしたゝしことはのそのにあそひふて
のうみをくみてもそらとふとりのあみをもれみつにすむ」7オ
うをのつりをのかれたるたくひはむかしもなきにあら
されはいまも又しらさるところなりすへてあつめたる
哥ふたちゝはたまきなつけて新古今和哥集といふ
はるかすみたつたの山にはつはなをしのふより夏はつま
こひする神なひの郭公秋は風にちるかつらきのもみち
ふゆはしろたへのふしのたかねにゆきつもるとしのくれ
まてみなおりにふれたるなさけなるへししかのみならす
たかきやにとをきをのそみてたみのときをしりすゑの
つゆもとのしつくによそへて人のよをさとりたま」7ウ
ほこのみちのへにわかれをしたひあまさかるひなのなか
ちにみやこをおもひたかまの山のくもゐのよそなる人
をこひなからのはしのなみにくちぬる名をおしみてもこゝ
ろうちにうこきことほかにあらはれすといふことなし
いはむやすみよしの神はかたそきのことの葉をのこし
伝教大師はわかたつそまのおもひをのへたまへりかくの
こときしらぬむかしの人のこゝろをもあらはしゆきて見
ぬさかひのほかのことをもしるはたゝこのみちならし
そも/\むかしはいつたひゆつりしあとをたつねてあまつ」8オ
ひつきのくらゐにそなはりいまはやすみしる名をのかれて
はこやの山にすみかをしめたりといへともすへらきは
こたるみちをまもりほしのくらゐはまつりことをたすけ
しちきりをわすれすしてあめのしたしけきことわさ
くものうへのいにしへにもかはらさりけれはよろつのたみ
かすかのゝくさのなひかぬかたなくよものうみあきつし
まの月しつかにすみてわかのうらのあとをたつねし
きしまのみちをもてあそひつゝこの集をえらひてなかき
よにつたへんとなりかの万葉集はうたのみなもとなり」8ウ
時うつりことへたゝりていまの人しることかたし延喜の
ひしりのみよには四人に勅して古今集をえらはし
め天暦のかしこきみかとは五人におほせて後撰集
をあつめしめたまへりそのゝち拾遺後拾遺金葉
詞華千載等の集はみな一人これをうけたまはれる
ゆへにきゝもらし見をよはさるところもあるへし
よりて古今後撰のあとをあらためす五人のともから
をさためてしるしたてまつらしむるなりそのうへみつ
からさためてつからみかけることはとをくもろこしのふみの」9オ
みちをたつぬれははまちとりあとありといへともわかくに
やまとことのはゝしまりてのちくれたけのよゝに
かゝるためしなんなかりけるこのうちみつからの哥をのせ
たることふるきたくひはあれと十首にはすきさるへし
しかるをいまかれこれえらへるところ三十首にあまれり
これみな人のめたつへきいろもなくこゝろとゝむへきふ
しもありかたきゆへにかへりていつれとわきかたけれは
もりのくち葉かすつもりみきはのもくつかきすてす
なりぬることはみちにふけるおもひふかくしてのちのあさけ」9ウ
りをかへりみさるなるへしときに元久二年三月廿
六日なんしるしをはりぬるめをいやしみみゝをたふと
ふるあまりいそのかみふるきあとをはつといへともなかれ
をくみてみなもとをたつぬるゆへにとみのをかはの
たえせぬみちをおこしつれはつゆしもはあらたまるとも
まつふく風のちりうせすはるあきはめくるともそらゆく
月のくもりなくしてこの時にあへらんものはこれをよろ
こひこのみちをあふかんものはいまをしのはさらめかも」10オ

(白紙)」10ウ

    新古今和歌集巻第一
     春哥上
      はるたつこゝろをよみ侍りける
                   摂政太政大臣
0001 みよしのは山もかすみてしらゆきのふりにしさとに春はきにけり
      はるのはしめのうた
                   太上天皇
0002 ほの/\とはるこそゝらにきにけらしあまのかく山かすみたなひく〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時はるのうた
                   式子内親王」11オ
0003 山ふかみ春ともしらぬ松のとにたえ/\かゝる雪のたまみつ
      五十首哥たてまつりし時
                   宮内卿
0004 かきくらしなをふるさとのゆきのうちにあとこそ見えね春はきにけり
      入道前関白太政大臣右大臣に侍ける時百首哥よま
      せ侍けるに立春の心を
                   皇太后宮大夫俊成
0005 けふといへはもろこしまてもゆく春をみやこにのみとおもひけるかな
      題しらす         俊恵法師
0006 春といへはかすみにけりなきのふまてなみまに見えしあはちしま山」11ウ
                   西行法師
0007 いはまとちしこほりもけさはとけそめてこけのしたみつみちもとむらん
                   よみ人しらす
0008 風ませに雪はふりつゝしかすかに霞たなひき春はきにけり〈朱〉\
0009 ときはいまは春になりぬとみゆきふるとをき山へにかすみたなひく〈朱〉\
      堀河院御時百首哥たてまつりけるにのこりのゆき
      のこゝろをよみ侍りける
                   権中納言国信
0010 かすかのゝしたもえわたるくさのうへにつれなくみゆる春のあは雪
      題しらす         山辺赤人」12オ
0011 あすからはわかなつまむとしめしのにきのふもけふも雪はふりつゝ
      天暦御時屏風哥
                   壬生忠見
0012 かすかのゝくさはみとりになりにけりわかなつまむとたれかしめけん
      崇徳院に百首哥たてまつりける時はるのうた
                   前参議教長
0013 わかなつむそてとそ見ゆるかすかのゝとふひのゝへの雪のむらきえ
      延喜御時の屏風に
                   紀貫之
0014 ゆきて見ぬ人もしのへとはるの野のかたみにつめるわかなゝりけり」12ウ
      述懐百首哥よみ侍けるにわかな
                   皇太后宮大夫俊成
0015 さはにおふるわかなならねといたつらにとしをつむにもそてはぬれけり〈朱〉\
      日吉社によみてたてまつりける子日の哥
0016 さゝなみやしかのはまゝつふりにけりたかよにひけるねの日なるらん
      百首たてまつりし時
                   藤原家隆朝臣
0017 たにかはのうちいつるなみもこゑたてつ鴬さそへはるの山かせ
      和哥所にて関路鴬といふことを
                   太上天皇」13オ
0018 鴬のなけともいまたふるゆきにすきの葉しろきあふさかの山〈朱〉\
      堀河院に百首哥たてまつりける時のこりのゆきのこゝ
      ろをよみ侍ける
                   藤原仲実朝臣
0019 春きては花とも見よとかたをかの松のうは葉にあは雪そふる
      題しらす         中納言家持
0020 まきもくのひはらのいまたくもらねはこまつかはらにあは雪そふる
                   よみ人しらす
0021 いまさらにゆきふらめやもかけろふのもゆるはるひとなりにしものを
                   凡河内躬恒」13ウ
0022 いつれをか花とはわかむふるさとのかすかのはらにまたきえぬ雪〈朱〉\
      家百首哥合に余寒の心を
                   摂政太政大臣
0023 そらはなをかすみもやらす風さえて雪けにくもる春のよの月
      和哥所にて春山月といふ心をよめる
                   越前
0024 やまふかみなをかけさむし春の月そらかきくもり雪はふりつゝ〈朱〉\
      詩をつくらせて哥にあはせ侍しに水郷春望と
      いふことを
                   左衛門督通光」14オ
0025 みしまえやしもゝまたひぬあしの葉につのくむほとの春風そ吹
                   藤原秀能
0026 ゆふつくよしほみちくらしなにはえのあしのわか葉にこゆるしらなみ
      春哥とて         西行法師
0027 ふりつみしたかねのみゆきとけにけりきよたき河の水のしらなみ
                   源重之
0028 むめかえにものうきほとにちるゆきを花ともいはし春のなたてに
                   山辺赤人
0029 あつさゆみはる山ちかくいゑゐしてたえすきゝつる鴬のこゑ
                   読人しらす」14ウ
0030 むめかえになきてうつろふうくひすのはねしろたへにあはゆきそふる
      百首哥たてまつりし時
                   惟明親王
0031 鴬のなみたのつらゝうちとけてふるすなからや春をしるらん〈朱〉\
      題しらす         志貴皇子
0032 いはそゝくたるみのうへのさわらひのもえいつる春になりにけるかな
      百首哥たてまつりし時
                   前大僧正慈円
0033 あまのはらふしのけふりの春の色のかすみになひくあけほのゝそら
      崇徳院に百首哥たてまつりける時」15オ
                   藤原清輔朝臣
0034 あさかすみふかく見ゆるやけふりたつむろのやしまのわたりなるらん
      晩霞といふことをよめる
                   後徳大寺左大臣
0035 なこのうみのかすみのまよりなかむれはいる日をあらふおきつしらなみ
      をのことも詩をつくりて哥にあはせ侍しに水郷
      春望といふことを
                   太上天皇
0036 見わたせは山もとかすむみなせかはゆふへはあきとなにおもひけん
     摂政太政大臣家百首哥合に春のあけほのといふ」15ウ
     心をよみ侍ける
                   藤原家隆朝臣
0037 かすみたつすゑの松山ほの/\となみにはなるゝよこ雲のそら
      守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
                   藤原定家朝臣
0038 春のよの夢のうきはしとたえしてみねにわかるゝよこ雲のそら
      きさらきまてむめのはなさき侍らさりけるとし
      よみ侍ける        中務
0039 しるらめやかすみのそらをなかめつゝ花もにほはぬ春をなけくと
      守覚法親王家五十首哥に」16オ
                   藤原定家朝臣
0040 おほそらはむめのにほひにかすみつゝくもりもはてぬ春のよの月
      題しらす         宇治前関白太政大臣
0041 おられけりくれなゐにほふむめのはなけさしろたへに雪はふれゝと
      かきねのむめをよみ侍りける
                   藤原敦家朝臣
0042 あるしをはたれともわかす春はたゝかきねのむめをたつねてそみる
      梅花遠薫といへる心をよみ侍ける
                   源俊頼朝臣
0043 心あらはとはましものをむめかゝにたか袖よりかにほひきつらん」16ウ
      百首哥たてまつりし時
                   藤原定家朝臣
0044 むめの花にほひをうつす袖のうへにのきもる月のかけそあらそふ
                   藤原家隆朝臣
0045 むめかゝにむかしをとへは春の月こたへぬかけそ袖にうつれる
      千五百番の哥合に
                   右衛門督通具
0046 むめの花たか袖ふれしにほひそと春やむかしの月にとはゝや
                   皇太后宮大夫俊成女
0047 むめの花あかぬ色香もむかしにておなしかたみの春のよの月」17オ
      梅花にそへて大弐三位につかはしける
                   権中納言定頼
0048 見ぬ人によそへて見つるむめの花ちりなんのちのなくさめそなき
      返し           大弐三位
0049 春ことに心をしむる花のえにたかなをさりの袖かふれつる
      二月雪落衣といふことをよみ侍ける
                   康資王母
0050 むめちらす風もこえてやふきつらんかほれる雪のそてにみたるゝ
      題しらす         西行法師
0051 とめこかしむめさかりなるわかやとをうときも人はおりにこそよれ〈朱〉\」17ウ
      百首哥たてまつりしに春哥
                   式子内親王
0052 なかめつるけふはむかしになりぬとものきはのむめはわれをわするな
      土御門内大臣の家に梅香留袖といふ事をよみ侍
      けるに          藤原有家朝臣
0053 ちりぬれはにほひはかりをむめの花ありとや袖に春風のふく
      題しらす         八条院高倉
0054 ひとりのみなかめてちりぬむめの花しるはかりなる人はとひこす
      文集嘉陵春夜詩不明不暗朧々月といへること
      をよみ侍りける」18オ
                   大江千里
0055 てりもせすくもりもはてぬはるのよのおほろ月よにしく物そなき
      祐子内親王ふちつほにすみ侍けるに女房うへ人なと
      さるへきかきりものかたりして春秋のあはれいつ
      れにかこゝろひくなとあらそひ侍けるに人/\おほく
      秋に心をよせ侍けれは
                   菅原孝標女
0056 あさみとり花もひとつにかすみつゝおほろに見ゆる春のよの月
      百首哥たてまつりし時
                   源具親」18ウ
0057 なにはかたかすまぬなみもかすみけりうつるもくもるおほろ月よに
      摂政太政大臣家百首哥合に
                   寂蓮法師
0058 いまはとてたのむのかりもうちわひぬおほろ月よのあけほのゝそら
      刑部卿頼輔哥合し侍けるによみてつかはしける
                   皇太后宮大夫俊成
0059 きく人そなみたはおつるかへるかりなきてゆくなるあけほのゝそら
      題しらす         よみ人しらす
0060 ふるさとにかへるかりかねさよふけて雲ちにまよふ声きこゆなり
      帰雁を          摂政太政大臣」19オ
0061 わするなよたのむのさはをたつかりもいな葉の風の秋のゆふくれ
      百首哥たてまつりし時
0062 かへるかりいまはの心ありあけに月と花との名こそおしけれ
      守覚法親王の五十首哥に
                   藤原定家朝臣
0063 しもまよふそらにしほれしかりかねのかへるつはさに春雨そふる
      閑中春雨といふことを
                   大僧正行慶
0064 つく/\と春のなかめのさひしきはしのふにつたふのきの玉水
      寛平御時きさいの宮の哥合哥」19ウ
                   伊勢
0065 水のおもにあやをりみたる春雨や山のみとりをなへてそむらん
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0066 ときはなる山のいはねにむすこけのそめぬみとりに春雨そふる
      清輔朝臣もとにて雨中苗代といふことをよめる
                   勝命法師
0067 雨ふれはを田のますらをいとまあれやなはしろ水をそらにまかせて
      延喜御時屏風に      凡河内躬恒
0068 春さめのふりそめしよりあをやきのいとのみとりそ色まさりける」20オ
      題しらす         大宰大弐高遠
0069 うちなひき春はきにけりあをやきのかけふむみちに人のやすらふ
                   輔仁親王
0070 みよしのゝおほかはのへのふるやなきかけこそ見えね春めきにけり
      百首哥の中に
                   崇徳院御哥
0071 あらしふくきしのやなきのいなむしろおりしくなみにまかせてそみる
      建仁元年三月哥合に霞隔遠樹といふことを
                   権中納言公経
0072 たかせさすむつたのよとのやなきはらみとりもふかくかすむ春かな」20ウ
      百首哥よみ侍ける時春哥とてよめる
                   殷富門院大輔
0073 春風のかすみふきとくたえまよりみたれてなひくあをやきのいと
      千五百番哥合に春哥
                   藤原雅経
0074 しらくものたえまになひくあをやきのかつらき山に春風そふく
                   藤原有家朝臣
0075 あをやきのいとにたまぬく白つゆのしらすいくよの春かへぬらん
                   宮内卿
0076 うすくこき野辺のみとりのわかくさにあとまて見ゆる雪のむらきえ」21オ
      題しらす         曽祢好忠
0077 あらを田のこそのふるあとのふるよもきいまは春へとひこはへにけり〈朱〉\
                   壬生忠見
0078 やかすともくさはもえなんかすか野をたゝ春の日にまかせたらなん〈朱〉\
                   西行法師
0079 よしの山さくらかえたにゆきちりて花をそけなるとしにもあるかな
      白河院鳥羽におはしましける時人々山家待花とい
      へる心をよみ侍けるに
                   藤原隆時朝臣
0080 桜花さかはまつ見んとおもふまに日かすへにけり春の山さと」21ウ
      亭子院哥合哥       紀貫之
0081 わかこゝろ春の山へにあくかれてなか/\し日をけふもくらしつ
      摂政太政大臣家百首哥合に野遊のこゝろを
                   藤原家隆朝臣
0082 おもふとちそこともしらすゆきくれぬ花のやとかせ野への鴬
      百首哥たてまつりしに   式子内親王
0083 いまさくらさきぬと見えてうすくもり春にかすめるよのけしきかな
      題しらす         よみ人しらす
0084 ふしておもひおきてなかむる春雨に花のしたひもいかにとくらん〈朱〉\
                   中納言家持」22オ
0085 ゆかむ人こん人しのへ春かすみたつたの山のはつさくら花
      花哥とてよみ侍ける
                   西行法師
0086 よしの山こそのしほりのみちかへてまた見ぬかたの花をたつねん
      和哥所にて哥つかうまつりしに春の哥とてよめる
                   寂蓮法師
0087 かつらきやたかまの桜さきにけりたつたのおくにかゝる白雲
      題しらす         よみ人しらす
0088 いその神ふるき宮こをきてみれはむかしかさしゝ花さきにけり
                   源公忠朝臣」22ウ
0089 春にのみとしはあらなんあらを田をかへす/\も花をみるへく〈朱〉\
      やへさくらをおりて人のつかはして侍けれは
                   道命法師
0090 白雲のたつたの山のやへ桜いつれを花とわきておりけん
      百首哥たてまつりし時
                   藤原定家朝臣
0091 しらくもの春はかさねてたつた山をくらのみねに花にほふらし
      題しらす         藤原家衡朝臣
0092 よしの山花やさかりにゝほふらんふるさとさえぬ峰の白雪〈朱〉\
      和哥所哥合に羇旅花といふことを」23オ
                   藤原雅経
0093 いはねふみかさなる山をわけすてゝ花もいくへのあとのしら雲
      五十首哥たてまつりし時
0094 たつねきて花にくらせるこのまよりまつとしもなき山の葉の月
      故郷花といへる心を
                   前大僧正慈円
0095 ちりちらす人もたつねぬふるさとのつゆけき花に春風そふく〈朱〉\
      千五百番哥合に
                   右衛門督通具
0096 いその神ふるのゝさくらたれうへて春はわすれぬかたみなるらん」23ウ
                   正三位季能
0097 花そ見るみちのしはくさふみわけてよしのゝ宮の春のあけほの〈朱〉\
                   藤原有家朝臣
0098 あさ日かけにほへる山のさくら花
               つれなくきえぬ雪かとそ見る」24オ

    新古今和哥集巻第二
     春哥下
      釈阿和哥所にて九十賀し侍りしおり屏風に
      山にさくらさきたるところを
                   太上天皇
0099 さくらさくとを山とりのしたりおのなか/\し日もあかぬ色かな
      千五百番哥合に春哥
                   皇太后宮大夫俊成
0100 いくとせの春に心をつくしきぬあはれとおもへみよしのゝ花
      百首哥に         式子内親王」24ウ
0101 はかなくてすきにしかたをかそふれは花にものおもふ春そへにける
      内大臣に侍ける時望山花といへるこゝろをよみ侍
      ける           京極前関白太政大臣
0102 白雲のたなひく山のやま桜いつれを花とゆきておらまし
      祐子内親王家にて人々花哥よみ侍けるに
                   権大納言長家
0103 はなの色にあまきるかすみたちまよひそらさへにほふ山桜かな
      題しらす         赤人
0104 もゝしきの大宮人はいとまあれやさくらかさしてけふもくらしつ
                   在原業平朝臣」25オ
0105 花にあかぬなけきはいつもせしかともけふのこよひにゝる時はなし
                   凡河内躬恒
0106 いもやすくねられさりけり春の夜は花のちるのみ夢に見えつゝ〈朱〉\
                   伊勢
0107 山さくらちりてみゆきにまかひなはいつれか花と春にとはなん〈朱〉\
                   貫之
0108 わかやとのものなりなから桜はなちるをはえこそとゝめさりけれ〈朱〉\
      寛平御時きさいの宮の哥合に
                   よみ人しらす
0109 かすみたつ春の山へにさくらはなあかすちるとや鴬のなく」25ウ
      題しらす         赤人
0110 春雨はいたくなふりそ桜花また見ぬ人にちらまくもおし
                   〈墨〉\中納言家持
         [承元四年九月止之]
[0110] 〈墨〉\ふるさとに花はちりつゝみよしのゝ山のさくらはまたさかすけり
                   貫之
0111 花のかにころもはふかくなりにけりこのしたかけの風のまにまに/\
      千五百番哥合に
                   皇太后宮大夫俊成女
0112 風かよふねさめの袖の花のかにかほるまくらの春のよの夢〈朱〉\
      守覚法親王五十首哥よませ侍ける時」26オ
                   藤原家隆朝臣
0113 このほとはしるもしらぬもたまほこのゆきかふ袖は花のかそする〈朱〉\
      摂政太政大臣家に五首哥よみ侍けるに
                   皇太后宮大夫俊成
0114 またや見んかたのゝみのゝ桜かり花の雪ちる春のあけほの
      花哥よみ侍けるに     祝部成仲
0115 ちりちらすおほつかなきは春かすみたなひく山の桜なりけり
      山さとにまかりてよみ侍ける
                   能因法師
0116 やまさとの春のゆふくれきてみれはいりあひのかねに花そちりける」26ウ
      題しらす         恵慶法師
0117 さくらちる春の山へはうかりけりよをのかれにとこしかひもなく
      花見侍ける人にさそはれてよみ侍ける
                   康資王母
0118 山さくら花のした風ふきにけりこのもとことの雪のむらきえ
      題しらす         源重之
0119 はるさめのそほふるそらのをやみせすおつる涙に花そちりける
0120 かりかねのかへるは風やさそふらんすきゆく峯の花ものこらぬ
      百首哥めしゝ時春哥
                   源具親」27オ
0121 時しもあれたのむのかりのわかれさへ花ちるころのみよしのゝさと
      見山花といへる心を
                   大納言経信
0122 山ふかみすきのむらたちみえぬまておのへの風に花のちるかな
      堀河院御時百首哥たてまつりけるに花哥
                   大納言師頼
0123 このしたのこけのみとりもみえぬまてやへちりしける山桜かな
      花十首哥よみ侍けるに
                   左京大夫顕輔
0124 ふもとまておのへの桜ちりこすはたなひく雲とみてやすきまし」27ウ
      花落客稀といふことを
                   刑部卿範兼
0125 はなちれはとふ人まれになりはてゝいとひし風のをとのみそする
      題しらす         西行法師
0126 なかむとて花にもいたくなれぬれはちるわかれこそかなしかりけれ
                   越前
0127 山さとのにはよりほかのみちもかな花ちりぬやと人もこそとへ〈朱〉\
      五十首哥たてまつりし中に湖上花を
                   宮内卿
0128 花さそふひらの山風ふきにけりこきゆくふねのあとみゆるまて」28オ
      関路花を
0129 あふさかやこすゑのはなをふくからにあらしそかすむせきのすき村〈朱〉\
      百首哥たてまつりし春哥
                   二条院讃岐
0130 山たかみ峯のあらしにちる花の月にあまきるあけかたのそら
      百首哥めしける時春哥
                   崇徳院御哥
0131 やまたかみいはねの桜ちるときはあまのはころもなつるとそみる
      春日社哥合とて人々哥よみ侍けるに
                   刑部卿頼輔」28ウ
0132 ちりまかふはなのよそめはよしの山あらしにさはくみねの白雲
      最勝四天王院の障子によしの山かきたる所
                   太上天皇
0133 みよしのゝたかねの桜ちりにけりあらしもしろき春のあけほの〈朱〉\
      千五百番哥合に
                   藤原定家朝臣
0134 さくら色の庭のはる風あともなしとはゝそ人の雪とたにみん
      ひとゝせしのひて大内の花見にまかりて侍しに
      にはにちりて侍しはなをすゝりのふたにいれて摂政
      のもとにつかはし侍し」29オ
                   太上天皇
0135 けふたにも庭をさかりとうつる花きえすはありとも雪かともみよ〈朱〉\
      返し           摂政太政大臣
0136 さそはれぬ人のためとやのこりけんあすよりさきの花の白雪〈朱〉\
      家のやへさくらをおらせて惟明親王のもとにつかは
      しける          式子内親王
0137 やへにほふのきはのさくらうつろひぬ風よりさきにとふ人もかな
      返し           惟明親王
0138 つらきかなうつろふまてにやへさくらとへともいはてすくる心は
      五十首哥たてまつりし時」29ウ
                   藤原家隆朝臣
0139 さくら花夢かうつゝか白雲のたえてつねなきみねの春風
      題しらす         皇太后宮大夫俊成女
0140 うらみすやうきよを花のいとひつゝさそふ風あらはとおもひけるをは
                   後徳大寺左大臣
0141 はかなさをほかにもいはし桜花さきてはちりぬあはれよの中
      入道前関白太政大臣家に百首哥よませ侍ける
      時            俊恵法師
0142 なかむへきのこりの春をかそふれは花とゝもにもちる涙かな
      花哥とてよめる      殷富門院大輔」30オ
0143 花もまたわかれん春はおもひいてよさきちるたひの心つくしを
      千五百番哥合に
                   左近中将良平
0144 ちる花のわすれかたみのみねの雲そをたにのこせ春の山風〈朱〉\
      落花といふことを     藤原雅経
0145 はなさそふなこりを雲にふきとめてしはしはにほへ春の山かせ
      題しらす         後白河院御哥
0146 おしめともちりはてぬれは桜花いまはこすゑをなかむはかりそ〈朱〉\
      〈墨〉\太神宮に百首哥たてまつり侍し中に
                   〈墨〉\太上天皇」30ウ
[0146] 〈墨〉\いかにせんよにふるなかめしはのとにうつろふ花の春のくれかた
      残春のこゝろを      摂政太政大臣
0147 よしの山はなのふるさとあとたえてむなしきえたに春風そふく
      題しらす         大納言経信
0148 ふるさとのはなのさかりはすきぬれとおもかけさらぬ春のそらかな
      百首哥中に        式子内親王
0149 花はちりその色となくなかむれはむなしきそらに春雨そふる
      小野宮のおほきおほいまうちきみ月輪寺花見
      侍ける日よめる      清原元輔
0150 たかたにかあすはのこさん山さくらこほれてにほへけふのかたみに〈朱〉\」31オ
      曲水宴をよめる      中納言家持
0151 から人のふねをうかへてあそふてふけふそわかせこ花かつらせよ
      紀貫之曲水宴し侍ける時月入花灘暗といふこと
      をよみ侍ける       坂上是則
0152 花なかすせをもみるへきみか月のわれていりぬる山のをちかた〈朱〉\
      雲林院のさくら見にまかりけるにみなちりはてゝわ
      つかにかたえたにのこりて侍けれは
                   良暹法師
0153 たつねつるはなもわか身もおとろへてのちの春ともえこそちきらね
      千五百番哥合に      寂蓮法師」31ウ
0154 おもひたつとりはふるすもたのむらんなれぬる花のあとのゆふくれ
0155 ちりにけりあはれうらみのたれなれは花のあとゝふ春の山風〈朱〉\
                   権中納言公経
0156 春ふかくたつねいるさの山の葉にほの見し雲の色そのこれる〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0157 はつせ山うつろふ花に春くれてまかひし雲そみねにのこれる
                   藤原家隆朝臣
0158 よしのかはきしの山ふきさきにけりみねのさくらはちりはてぬらん
                   皇太后宮大夫俊成」32オ
0159 こまとめてなを水かはんやまふきの花のつゆそふ井ての玉河
      堀河院御時百首哥たてまつりける時
                   権中納言国信
0160 いはねこすきよたき河のはやけれはなみおりかくるきしの山ふき
      題しらす         厚見王
0161 かはつなくかみなひかはにかけみえていまか(か=や)さくらん山ふきの花
      延喜十三年亭子院哥合哥
                   藤原興風
0162 あしひきの山ふきの花ちりにけり井てのかはつはいまやなくらん〈朱〉\
      飛香舎にて藤花宴侍けるに」32ウ
                   延喜御哥
0163 かくてこそ見まくほしけれよろつよをかけてにほへるふちなみの花
      天暦四年三月十四日ふちつほにわたらせたまひ
      て花おしませたまひけるに
                   天暦御哥
0164 まとゐして見れともあかぬふちなみのたゝまくおしきけふにもあるかな〈朱〉\
      清慎公家屏風に      貫之
0165 くれぬとはおもふものからふちなみのさけるやとには春そひさしき
      ふちのまつにかゝれるをよめる
0166 みとりなる松にかゝれるふちなれとをのかころとそ花はさきける〈朱〉\」33オ
      はるのくれつかた実方朝臣のもとにつかはしける
                   藤原道信朝臣
0167 ちりのこる花もやあるとうちむれてみ山かくれをたつねてしかな
      修業し侍けるころ春のくれによみける
                   大僧正行尊
0168 このもとのすみかもいまはあれぬへし春しくれなはたれかとひこん
      五十首哥たてまつりし時
                   寂蓮法師
0169 くれてゆく春のみなとはしらねともかすみにおつるうちのしはふね
      山家三月尽をよみ侍ける」33ウ
                   藤原伊綱
0170 こぬまても花ゆへ人のまたれつる春もくれぬるみ山辺のさと
      題しらす         皇太后宮大夫俊成女
0171 いその神ふるのわさたをうちかへしうらみかねたる春のくれかな
      寛平御時きさいの宮の哥合哥
                   よみ人しらす
0172 まてといふにとまらぬものとしりなからしひてそおしき春のわかれは
      山家暮春といへるこゝろを
                   宮内卿
0173 しはのとにさすや日かけのなこりなく春くれかゝる山の葉の雲」34オ
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0174 あすよりはしかの花そのまれにたにたれかはとはん春のふるさと」34ウ

    新古今和哥集巻第三
     夏哥
      題しらす         持統天皇御哥
0175 春すきてなつきにけらししろたへのころもほすてふあまのかく山
                   素性法師
0176 おしめともとまらぬはるもあるものをいはぬにきたる夏衣かな
      更衣をよみ侍ける     前大僧正慈円
0177 ちりはてゝ花のかけなきこのもとにたつことやすきなつころもかな
      春をゝくりてきのふのことしといふことを
                   源道済」35オ
0178 なつころもきていくかにかなりぬらんのこれる花はけふもちりつゝ
      夏のはしめのうたとてよみ侍ける
                   皇太后宮大夫俊成女
0179 おりふしもうつれはかへつよのなかの人の心の花そめのそて
      卯花如月といへる心をよませ給ける
                   白河院御哥
0180 うの花のむら/\さけるかきねをは雲まの月のかけかとそみる
      題しらす         大宰大弐重家
0181 うの花のさきぬるときはしろたへのなみもてゆへるかきねとそみる
      斎院に侍ける時神たちにて」35ウ
                   式子内親王
0182 わすれめやあふひをくさにひきむすひかりねのゝへのつゆのあけほの
      あふひをよめる      小侍従
0183 いかなれはそのかみ山のあふひくさとしはふれともふた葉なるらん
      最勝四天王院の障子にあさかのぬまかきたる所
                   藤原雅経朝臣
0184 のへはいまたあさかのぬまにかるくさのかつ見るまゝにしけるころかな
      崇徳院に百首哥たてまつりける時夏哥
                   待賢門院安芸
0185 さくらあさのをふのしたくさしけれたゝあかてわかれし花の名なれは」36オ
      題しらす         曽祢好忠
0186 花ちりし庭のこの葉もしけりあひてあまてる月のかけそまれなる
0187 かりにくとうらみし人のたえにしをくさ葉につけてしのふころかな
                   藤原元真
0188 なつくさはしけりにけりなたまほこのみちゆき人もむすふはかりに
                   延喜御哥
0189 夏草はしけりにけれとほとゝきすなとわかやとに一声もせぬ
                   柿本人麿
0190 なくこゑをえやはしのはぬほとゝきすはつうの花のかけにかくれて
      賀茂にまうてゝ侍りけるに人のほとゝきすなかなん」36ウ
      と申けるあけほのかたをかのこすゑおかしく見え侍
      けれ           紫式部
0191 ほとゝきす声まつほとはかたをかのもりのしつくにたちやぬれまし
      かもにこもりたりけるあか月郭公のなきけれは
                   弁乳母
0192 ほとゝきすみ山いつなるはつこゑをいつれのやとのたれかきくらん
      題しらす         よみ人しらす
0193 さ月山うの花月よほとゝきすきけともあかす又なかんかも〈朱〉\
0194 をのかつまこひつゝなくやさ月やみ神なひ山のやま郭公
                   中納言家持」37オ
0195 ほとゝきす一声なきていぬるよはいかてか人のいをやすくぬる〈朱〉\
                   大中臣能宣朝臣
0196 ほとゝきすなきつゝいつるあしひきの山となてしこさきにけらしも〈朱〉\
                   大納言経信
0197 ふた声となきつときかはほとゝきすころもかたしきうたゝねはせん
      待客聞郭公といへる心を
                   白河院御哥
0198 郭公またうちとけぬしのひねはこぬ人をまつわれのみそきく
      題しらす         花園左大臣
0199 きゝてしもなをそねられぬほとゝきすまちしよころ(ろ+の)心ならひに」37ウ
      神たちにて郭公をきゝて
                   前中納言匡房
0200 うの花のかきねならねとほとゝきす月のかつらのかけになくなり
      入道前関白右大臣に侍ける時百首哥よませ侍
      ける郭公の哥       皇太后宮大夫俊成
0201 むかしおもふくさのいほりのよるの雨になみたなそへそ山郭公
0202 雨そゝくはなたち花に風すきて山郭公雲になくなり
      題しらす         相模
0203 きかてたゝねなましものを郭公中/\なりやよはの一声
                   紫式部」38オ
0204 たかさともとひもやくるとほとゝきす心のかきりまちそわひにし
      寛治八年前太政大臣高陽院哥合に郭公を
                   周防内侍
0205 よをかさねまちかね山の郭公くもゐのよそに一こゑそきく
      海辺郭公といふことをよみ侍ける
                   按察使公通
0206 ふた声ときかすはいてしほとゝきすいくよあかしのとまりなりとも
      百首哥たてまつりし時夏哥の中に
                   民部卿範光
0207 ほとゝきすなを一声はおもひいてよおいそのもりのよはのむかしを〈朱〉\」38ウ
      時鳥をよめる       八条院高倉
0208 一声はおもひそあへぬほとゝきすたそかれ時の雲のまよひに
      千五百番哥合に      摂政太政大臣
0209 ありあけのつれなくみえし月はいてぬ山ほとゝきすまつよなからに
      後徳大寺左大臣家に十首哥よみ侍けるによみて
      つかはしける       皇太后宮大夫俊成
0210 わか心いかにせよとてほとゝきす雲まの月のかけになくらん
      郭公の心をよみ侍ける
                   前太政大臣
0211 ほとゝきすなきているさの山の葉は月ゆへよりもうらめしきかな」39オ
                   権中納言親宗
0212 ありあけの月はまたぬにいてぬれとなを山ふかきほとゝきすかな〈朱〉\
                   〈墨〉\顕昭法師
         [被出了]
[0212] 〈墨〉\ほとゝきすむかしをかけてしのへとやおいのねさめにひとこゑそする
      杜間郭公といふことを
                   藤原保季朝臣
0213 すきにけりしのたのもりのほとゝきすたえぬしつくを袖にのこして
      題しらす         藤原家隆朝臣
0214 いかにせんこぬよあまたのほとゝきすまたしとおもへはむらさめのそら
      百首哥たてまつりしに」39ウ
                   式子内親王
0215 こゑはしてくもちにむせふほとゝきす涙やそゝくよゐのむらさめ
      千五百番哥合に
                   権中納言公経
0216 ほとゝきすなをうとまれぬ心かななかなくさとのよそのゆふくれ〈朱〉\
      題しらす         西行法師
0217 きかすともこゝをせにせんほとゝきす山田のはらのすきのむらたち
0218 郭公ふかきみねよりいてにけりと山のすそに声のおちくる
      山家暁郭公といへる心を
                   後徳大寺左大臣」40オ
0219 をさゝふくしつのまろやのかりのとをあけかたになく郭公かな
      五首哥人/\によませ侍ける時夏哥とてよみ侍ける
                   摂政太政大臣
0220 うちしめりあやめそかほるほとゝきすなくやさ月の雨のゆふくれ
      述懐によせて百首哥よみ侍ける時
                   皇太后宮大夫俊成
0221 けふは又あやめのねさへかけそへてみたれそまさる袖の白玉
      五月五日くすたまつかはして侍ける人に
                   大納言経信
0222 あかなくにちりにし花のいろ/\はのこりにけりな君かたもとに」40ウ
      つほねならひにすみ侍けるころ五月六日もろともに
      なかめあかしてあしたになかきねをつゝみて紫式部
      につかはしける      上東門院小少将
0223 なへてよのうきになかるゝあやめくさけふまてかゝるねはいかゝみる
      返し           紫式部
0224 なにことゝあやめはわかてけふもなをたもとにあまるねこそたえせね
      山畦早苗といへる心を
                   大納言経信
0225 さなへとる山田のかけひもりにけりひくしめなわにつゆそこほるゝ
      釈阿九十賀たまはせ侍し時屏風に五月雨」41オ
                   摂政太政大臣
0226 を山たにひくしめなわのうちはへてくちやしぬらんさみたれの比
      題しらす         伊勢大輔
0227 いかはかりたこのもすそもそほつらんくもまも見えぬころのさみたれ
                   大納言経信
0228 みしまえのいりえのまこも雨ふれはいとゝしほれてかる人もなし
                   前中納言匡房
0229 まこもかるよとのさは水ふかけれとそこまて月のかけはすみけり
      雨中木繁といふこゝろを
                   藤原基俊」41ウ
0230 たまかしはしけりにけりなさみたれに葉もりの神のしめはふるまて
      百首哥よませ侍けるに
                   入道前関白太政大臣
0231 さみたれはおふのかはらのまこもくさからてやなみのしたにくちなん
      さみたれの心を      藤原定家朝臣
0232 たまほこのみちゆき人のことつてもたえてほとふるさみたれの空
                   荒木田氏良
0233 さみたれの雲のたえまをなかめつゝまとよりにしに月をまつかな〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時
                   前大納言忠良」42オ
0234 あふちさくそともの木かけつゆをちてさみたれはるゝ風わたるなり
      五十首哥たてまつりし時
                   藤原定家朝臣
0235 さみたれの月はつれなきみ山よりひとりもいつるほとゝきすかな
      大神宮にたてまつりし夏の哥の中に
                   太上天皇
0236 ほとゝきす雲井のよそにすきぬなりはれぬおもひのさみたれの比〈朱〉\
      建仁元年三月哥合に雨後郭公といへる心を
                   二条院讃岐
0237 五月雨の雲まの月のはれゆくをしはしまちけるほとゝきすかな」42ウ
      〈墨〉\題しらす
   〈墨〉\赤染衛門
          [被入雑上了]
[0237] 〈墨〉\さみたれのそらたにすめる月かけになみたの雨ははるゝまもなし
      題しらす         皇太后宮大夫俊成
0238 たれかまたはなたちはなにおもひいてんわれもむかしの人となりなは
                   右衛門督通具
0239 ゆくすゑをたれしのへとてゆふ風にちきりかをかんやとのたち花〈朱〉\
     百首哥たてまつりし時夏哥
                   式子内親王
0240 かへりこぬむかしをいまとおもひねの夢の枕にゝほふたちはな
                   前大納言忠良」43オ
0241 たちはなの花ちるのきのしのふ草むかしをかけてつゆそこほるゝ
      五十首哥たてまつりし時
                   前大僧正慈円
0242 さ月やみみしかきよはのうたゝねにはなたち花の袖にすゝしき
      題しらす         読人しらす
0243 たつぬへき人はのきはのふるさとにそれかとかほるにはのたちはな
0244 ほとゝきすはなたちはなのかをとめてなくはむかしの人やこひしき
                   〈墨〉\増基法師
          [被出了]
[0244] 〈墨〉\ほとゝきすはなたち花のかはかりになくやむかしのなこりなるらん
                   皇太后宮大夫俊成女」43ウ
0245 たちはなのにほふあたりのうたゝねは夢もむかしの袖のかそする
                   藤原家隆朝臣
0246 ことしより花さきそむるたちはなのいかてむかしの香にゝほふらん
      守覚法親王五十首哥よませ侍ける時
                   藤原定家朝臣
0247 ゆふくれはいつれの雲のなこりとてはなたち花に風のふくらん〈朱〉\
      堀河院御時きさいの宮にて閏五月郭公といふ心
      をゝのこともつかうまつりけるに
                   権中納言国信
0248 ほとゝきすさ月みな月わきかねてやすらふ声そゝらにきこゆる」44オ
      題しらす         白河院御哥
0249 庭のおもは月もらぬまてなりにけりこすゑに夏のかけしけりつゝ
                   恵慶法師
0250 わかやとのそともにたてるならの葉のしけみにすゝむ夏はきにけり
      摂政太政大臣家百首哥合に鵜河をよみ侍
      ける           前大僧正慈円
0251 うかひふねあはれとそおもふものゝふのやそうちかはのゆふやみのそら
                   寂蓮法師
0252 うかひ舟たかせさしこすほとなれやむすほゝれゆくかゝりひのかけ
      千五百番哥合に」44ウ
                   皇太后宮大夫俊成
0253 おほ井かはかゝりさしゆくうかひ舟いくせに夏のよをあかすらん
                   藤原定家朝臣
0254 ひさかたの中なる河のうかひ舟いかにちきりてやみをまつらん
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0255 いさりひのむかしのひかりほのみえてあしやのさとにとふ蛍かな
                   式子内親王
0256 まとちかき竹の葉すさふ風のをとにいとゝみしかきうたゝねの夢
      鳥羽にて竹風夜涼といへることを人々つかうまつりし時」45オ
                   春宮大夫公継
0257 まとちかきいさゝむらたけ風ふけは秋におとろく夏のよの夢〈朱〉\
      五十首哥たてまつりし時
                   前大僧正慈円
0258 むすふてにかけみたれゆく山の井のあかても月のかたふきにける
      最勝四天王院の障子にきよみか関かきたる
      ところ          権大納言通光
0259 きよみかた月はつれなきあまのとをまたてもしらむ浪のうへかな
      家百首哥合に       摂政太政大臣
0260 かさねてもすゝしかりけり夏ころもうすきたもとにやとる月かけ」45ウ
      摂政太政大臣家にて詩哥をあはせけるに水辺
      冷自秋といふことを
                   有家朝臣
0261 すゝしさは秋やかへりてはつせかはふるかはのへのすきのしたかけ
      題しらす         西行法師
0262 みちのへにしみつなかるゝやなきかけしはしとてこそたちとまりつれ
0263 よられつるのもせの草のかけろひてすゝしくゝもる夕立の空
      崇徳院に百首哥たてまつりける時
                   藤原清輔朝臣
0264 をのつからすゝしくもあるか夏衣日もゆふくれの雨のなこりに」46オ
      千五百番哥合に
                   権中納言公経
0265 つゆすかる庭のたまさゝうちなひきひとむらすきぬゆふたちの雲
      雲隔遠望といへる心をよみ侍ける
                   源俊頼朝臣
0266 とをちにはゆふたちすらしひさかたのあまのかく山くもかくれゆく
      夏月をよめる       従三位頼政
0267 にはのおもはまたかはかぬにゆふたちのそらさりけなくすめる月かな
      百首哥の中に       式子内親王
0268 ゆふたちの雲もとまらぬ夏の日のかたふく山にひくらしのこゑ」46ウ
      千五百番哥合に
                   前大納言忠良
0269 ゆふつくひさすやいほりのしはのとにさひしくもあるかひくらしのこゑ
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0270 秋ちかきけしきのもりになくせみの涙のつゆや下葉そむらん
                   二条院讃岐
0271 なくせみのこゑもすゝしきゆふくれに秋をかけたるもりの下露
      ほたるのとひのほるをみてよみ侍ける
                   壬生忠見」47オ
0272 いつちとかよるは蛍のゝほるらんゆくかたしらぬ草の枕に
      五十首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0273 ほたるとふ野沢にしけるあしのねのよな/\したにかよふ秋風
      刑部卿頼輔哥合し侍けるに納涼をよめる
                   俊恵法師
0274 ひさきおふるかた山かけにしのひつゝふきけるものを秋のゆふかせ
      瞿麦露滋といふことを
                   高倉院御哥
0275 しらつゆのたまもてゆへるませのうちにひかりさへそふとこ夏の花〈朱〉\」47ウ
      ゆふかほをよめる     前太政大臣
0276 白露のなさけをきけることの葉やほの/\見えしゆふかほの花〈朱〉\
      百首哥よみ侍ける中に
                   式子内親王
0277 たそかれのゝきはのおきにともすれはほにいてぬ秋そしたにことゝふ〈朱〉\
      夏の哥とてよみ侍ける
                   前大僧正慈円
0278 雲まよふゆふへに秋をこめなから風もほにいてぬおきのうへかな
      太神宮にたてまつりし夏哥中に
                   太上天皇」48オ
0279 山さとのみねのあまくもとたえしてゆふへすゝしきまきのしたつゆ〈朱〉\
      文治六年女御入内屏風に
                   入道前関白太政大臣
0280 いは井くむあたりのをさゝたまこえてかつ/\むすふ秋のゆふつゆ
      千五百番哥合に
                   宮内卿
0281 かたえさすおふのうらなしはつ秋になりもならすも風そ身にしむ
      百首哥たてまつりし時
                   前大僧正慈円
0282 夏ころもかたへすゝしくなりぬなりよやふけぬらんゆきあひのそら」48ウ
      延喜御時月次屏風に
                   壬生忠峯
0283 なつはつるあふきと秋のしらつゆといつれかまつはをかんとすらん
                   貫之
0284 みそきする河のせみれはからころも日もゆふくれに浪そたちける」49オ

    新古今和哥集巻第四
     秋哥上
      題しらす         中納言家持
0285 神なひのみむろの山のくすかつらうらふきかへす秋はきにけり
      百首哥にはつ秋のこゝろを
                   崇徳院御哥
0286 いつしかとおきの葉むけのかたよりにそゝや秋とそ風もきこゆる
                   藤原季通朝臣
0287 このねぬるよのまに秋はきにけらしあさけの風のきのふにもにぬ
      文治六年女御入内屏風に」49ウ
                   後徳大寺左大臣
0288 いつもきくふもとのさとゝおもへともきのふにかはる山おろしの風
      百首哥よみ侍りける中に
                   藤原家隆朝臣
0289 きのふたにとはんとおもひしつのくにのいく田のもりに秋はきにけり
      最勝四天王院の障子にたかさこかきたるところ
                   藤原秀能
0290 ふく風の色こそ見えねたかさこのおのへの松に秋はきにけり
      百首哥たてまつりし時
                   皇太后宮大夫俊成」50オ
0291 ふしみ山松のかけより見わたせはあくる田のもに秋風そふく
      守覚法親王五十首哥よませ侍りける時
                   家隆朝臣
0292 あけぬるか衣手さむしすかはらやふしみのさとの秋のはつ風
      千五百番哥合に
                   摂政太政大臣
0293 ふかくさのつゆのよすかを契にてさとをはかれす秋はきにけり
                   右衛門督通具
0294 あはれまたいかにしのはん袖のつゆ野はらの風に秋はきにけり
                   源具親」50ウ
0295 しきたへの枕のうへにすきぬなりつゆをたつぬる秋のはつ風
                   顕昭法師
0296 みつくきのをかのくす葉もいろつきてけさうらかなし秋のはつ風〈朱〉\
                   越前
0297 秋はたゝ心よりをくゆふつゆを袖のほかともおもひけるかな〈朱〉\
      五十首哥たてまつりし時秋哥
                   藤原雅経
0298 きのふまてよそにしのひしゝたおきのすゑ葉のつゆに秋風そ吹
      〈墨〉\太神宮にたてまつりし秋哥の中に
                   〈墨〉\太上天皇」51オ
[0298] 〈墨〉\あさつゆのをかのかやはら山かせにみたれてものは秋そかなしき
      題しらす          西行法師
0299 をしなへてものをおもはぬ人にさへ心をつくる秋のはつ風
0300 あはれいかに草葉のつゆのこほるらん秋風たちぬみやきのゝはら
      崇徳院に百首哥たてまつりける時
                   皇太后宮大夫俊成
0301 みしふつきうへし山田にひたはへて又袖ぬらす秋はきにけり
      中納言中将に侍りける時家に山家早秋といへる
      心をよませ侍りけるに
                   法性寺入道前関白太政大臣」51ウ
0302 あさきりやたつたの山のさとならて秋きにけりとたれかしらまし〈朱〉\
      題しらす         中務卿具平親王
0303 ゆふくれはおきふく風のをとまさるいまはたいかにねさめせられん
                   後徳大寺左大臣
0304 ゆふされはおきの葉むけをふくかせにことそともなく涙おちけり
      崇徳院に百首哥たてまつりける時
                   皇太后宮大夫俊成
0305 おきの葉も契ありてや秋風のをとつれそむるつまとなりけん
      題しらす         七条院権大夫
0306 秋きぬと松ふく風もしらせけりかならすおきのうは葉ならねと」52オ
      題をさくりてこれかれ哥よみけるにしのたのもりの
      秋風をよめる       藤原経衡
0307 日をへつゝをとこそまされいつみなるしのたのもりのちえの秋風
      百首哥に         式子内親王
0308 うたゝねのあさけのそてにかはるなりならすあふきの秋のはつ風
      題しらす         相模
0309 てもたゆくならすあふきのをきところわするはかりに秋風そふく
                   大弐三位
0310 秋風はふきむすへともしらつゆのみたれてをかぬ草の葉そなき
                   曽祢好忠」52ウ
0311 あさほらけおきのうは葉のつゆみれはやゝはたさむし秋のはつ風
                   小野小町
0312 ふきむすふ風はむかしの秋なからありしにもにぬ袖のつゆかな
      延喜御時月次屏風に
                   紀貫之
0313 おほそらをわれもなかめてひこほしのつまゝつよさへひとりかもねん
      題しらす         赤人
0314 このゆふへふりつる雨はひこほしのとわたるふねのかいのしつくか〈朱〉\
      宇治前関白太政大臣の家に七夕の心をよみ侍りけるに
                   〈墨〉\宇治前関白太政大臣」53オ
          [入金葉集之由雅経朝臣申之]
[0314] 〈墨〉\契けんほとはしらねとたなはたのたえせぬけふのあまのかは風
                   権大納言長家
0315 としをへてすむへきやとのいけみつはほしあひのかけもおもなれやせん
      花山院御時七夕の哥つかうまつりけるに
                   藤原長能
0316 袖ひちてわかてにむすふ水のおもにあまつほしあひのそらをみるかな
      七月七日たなはたまつりするところにてよみける
                   祭主輔親
0317 雲間よりほしあひのそらを見わたせはしつ心なきあまの河なみ
      七夕哥とてよみ侍りける」53ウ
                   大宰大弐高遠
0318 たなはたのあまのは衣うちかさねぬるよすゝしき秋風そふく
                   小弁
0319 たなはたの衣のつまは心してふきなかへしそ秋のはつ風
                   皇太后宮大夫俊成
0320 たなはたのとわたる舟のかちの葉にいく秋かきつ露の玉つさ〈朱〉\
      百首哥のなかに      式子内親王
0321 なかむれは衣手すゝしひさかたのあまのかはらの秋のゆふくれ
      家に百首哥よみ侍りける時
                   入道前関白太政大臣」54オ
0322 いかはかり身にしみぬらんたなはたのつまゝつよゐのあまの河風〈朱〉\
      七夕の心を        権中納言公経
0323 ほしあひのゆふへすゝしきあまのかはもみちのはしをわたる秋風
                   待賢門院堀河
0324 たなはたのあふせたえせぬあまのかはいかなる秋かわたりそめけん
                   女御徽子女王
0325 わくらはにあまの河なみよるなからあくるそらにはまかせすもかな
                   大中臣能宣朝臣
0326 いとゝしく思ひけぬへしたなはたのわかれの袖にをけるしらつゆ
      中納言兼輔家屏風に」54ウ
                   貫之
0327 たなはたはいまやわかるゝあまのかは河きりたちてちとりなくなり〈朱〉\
      堀河院御時百首哥中にはきをよみ侍ける
                   前中納言匡房
0328 河水に鹿のしからみかけてけりうきてなかれぬ秋はきの花
      題しらす         従三位頼政
0329 かり衣われとはすらしつゆふかき野はらのはきの花にまかせて
                   権僧正永縁
0330 秋はきをおらてはすきしつき草の花すり衣つゆにぬるとも
      守覚法親王五十首哥よませ侍りけるに」55オ
                   顕昭法師
0331 はきか花ま袖にかけてたかまとのおのへの宮にひれふるやたれ〈朱〉\
      題しらす         祐子内親王家紀伊
0332 をくつゆもしつ心なく秋風にみたれてさけるまのゝはきはら
                   人麿
0333 秋はきのさきちる野辺のゆふつゆにぬれつゝきませよはふけぬとも
                   中納言家持
0334 さをしかのあさたつ野辺の秋はきにたまとみるまてをけるしらつゆ
                   凡河内躬恒
0335 秋の野をわけゆくつゆにうつりつゝわか衣手は花のかそする〈朱〉\」55ウ
                   小野小町
0336 たれをかもまつちの山のをみなへし秋とちきれる人そあるらし
                   藤原元真
0337 をみなへし野辺のふるさとおもひいてゝやとりし虫の声やこひしき〈朱〉\
      千五百番哥合に      左近中将良平
0338 ゆふされは玉ちるのへのをみなへしまくらさためぬ秋風そふく
      蘭をよめる        公猷法師
0339 ふちはかまぬしはたれともしらつゆのこほれてにほふ野辺の秋風
      崇徳院に百首哥たてまつりける時
                   清輔朝臣」56オ
0340 うすきりのまかきの花のあさしめり秋はゆふへとたれかいひけん
      入道前関白右大臣に侍りける時百首哥よませ侍り
      けるに          皇太后宮大夫俊成
0341 いとかくや袖はしほれし野辺にいてゝむかしも秋の花はみしかと
      つくしに侍りける時秋野をみてよみ侍りける
                   大納言経信
0342 花見にと人やりならぬのへにきて心のかきりつくしつるかな
      題しらす         曽祢好忠
0343 をきて見んとおもひしほとにかれにけりつゆよりけなるあさかほの花
                   貫之」56ウ
0344 山かつのかきほにさけるあさかほはしのゝめならてあふよしもなし
                   坂上是則
0345 うらかるゝあさちかはらのかるかやのみたれてものをおもふころかな
                   人麿
0346 さをしかのいるのゝすゝきはつお花いつしかいもかたまくらにせん
                   読人しらす
0347 をくら山ふもとのゝへの花すゝきほのかに見ゆる秋の夕くれ
                   女御徽子女王
0348 ほのかにも風はふかなん花すゝきむすほゝれつゝつゆにぬるとも
      百首哥に         式子内親王」57オ
0349 花すゝき又つゆふかしほにいてゝなかめしとおもふ秋のさかりを
      摂政太政大臣百首哥よませ侍けるに
                   八条院六条
0350 野辺ことにをとつれわたるあき風をあたにもなひく花すゝき哉
      和哥所哥合に朝草花といふことを
                   左衛門督通光
0351 あけぬとて野辺より山にいる鹿のあとふきをくる萩の下風
      題しらす         前大僧正慈円
0352 身にとまるおもひをおきのうはゝにてこの比かなし夕くれの空
      崇徳院御時百首哥めしけるに荻を」57ウ
                   大蔵卿行宗
0353 身のほとをおもひつゝくるゆふくれのおきのうはゝに風わたるなり
      秋哥よみ侍りけるに
                   源重之女
0354 秋はたゝものをこそおもへつゆかゝるおきのうへふく風につけても
      堀河院に百首哥たてまつりける時
                   藤原基俊
0355 秋風のやゝはたさむくふくなへにおきのうは葉のをとそかなしき
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣」58オ
0356 おきの葉にふけはあらしの秋なるをまちけるよはのさを鹿の声
0357 をしなへておもひしことのかす/\になを色まさる秋のゆふくれ
      題しらす
0358 くれかゝるむなしきそらの秋をみておほえすたまる袖のつゆかな〈朱〉\
      家に百首哥合し侍けるに
0359 ものおもはてかゝるつゆやは袖にをくなかめてけりな秋のゆふくれ
      をのことも詩をつくりて哥にあはせ侍しに山路秋行
      といふことを       前大僧正慈円
0360 み山ちやいつより秋の色ならん見さりし雲のゆふくれのそら〈朱〉\
      題しらす         寂蓮法師」58ウ
0361 さひしさはその色としもなかりけりま木たつ山の秋のゆふくれ
                   西行法師
0362 こゝろなき身にも哀はしられけりしきたつさはの秋のゆふくれ
      西行法師すゝめて百首哥よませ侍りけるに
                   藤原定家朝臣
0363 見わたせは花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋のゆふくれ〈朱〉\
      五十首哥たてまつりし時
                   藤原雅経
0364 たへてやはおもひありともいかゝせんむくらのやとの秋のゆふくれ
      秋のうたとてよみ侍ける」59オ
                   宮内卿
0365 おもふことさしてそれとはなきものを秋のゆふへを心にそとふ〈朱〉\
                   鴨長明
0366 秋風のいたりいたらぬ袖はあらしたゝわれからのつゆのゆふくれ〈朱〉\
                   西行法師
0367 おほつかな秋はいかなるゆへのあれはすゝろにものゝかなしかるらん
                   式子内親王
0368 それなからむかしにもあらぬ秋風にいとゝなかめをしつのをたまき
      題しらす         藤原長能
0369 ひくらしのなくゆふくれそうかりけるいつもつきせぬ思なれとも」59ウ
                   和泉式部
0370 秋くれはときはの山の松風もうつるはかりに身にそしみける
                   曽祢好忠
0371 秋風のよそにふきくるをとは山なにの草木かのとけかるへき
                   相模
0372 暁のつゆはなみたもとゝまらてうらむる風の声そのこれる
      法性寺入道前関白太政大臣家の哥合に野風
                   藤原基俊
0373 たかまとのゝちのしのはらすゑさはきそゝやこからしけふゝきぬなり
      千五百番哥合に      右衛門督通具」60オ
0374 ふかくさのさとの月かけさひしさもすみこしまゝのゝへの秋風〈朱〉\
      五十首哥たてまつりし時杜間月といふことを
                   皇太后宮大夫俊成女
0375 おほあらきのもりの木のまをもりかねて人たのめなる秋のよの月
      守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
                   藤原家隆朝臣
0376 ありあけの月まつやとは(は=の)袖のうへに人たのめなるよゐのいなつま
      摂政太政大臣家百首哥合に
                   藤原有家朝臣
0377 風わたるあさちかすゑのつゆにたにやとりもはてぬよゐのいなつま」60ウ
      みなせにて十首哥たてまつりし時
                   左衛門督通光
0378 むさし野やゆけとも秋のはてそなきいかなる風かすゑにふくらん
      百首哥たてまつりし時月哥
                   前大僧正慈円
0379 いつまてかなみたくもらて月は見し秋まちえても秋そこひしき
                   式子内親王
0380 なかめわひぬ秋よりほかのやともかな野にも山にも月やすむらん
      題しらす         円融院御哥
0381 月かけのはつ秋風とふけゆけは心つくしにものをこそおもへ」61オ
                   三条院御哥
0382 あしひきの山のあなたにすむ人はまたてや秋の月をみるらん
      雲間微月といふ事を
                   堀河院御哥
0383 しきしまやたかまと山のくもまより光さしそふゆみはりの月
      題しらす         堀河右大臣
0384 人よりも心のかきりなかめつる月はたれともわかしものゆへ〈朱〉\
                   橘為仲朝臣
0385 あやなくもくもらぬよゐをいとふかなしのふのさとの秋のよの月
                   法性寺入道前関白太政大臣」61ウ
0386 風ふけはたまちるはきのしたつゆにはかなくやとる野辺の月かな〈朱〉\
                   従三位頼政
0387 こよひたれすゝふく風を身にしめてよしのゝたけの月をみるらん
      法性寺入道前関白太政大臣家に月哥あまたよみ侍
      けるに          大宰大弐重家
0388 月みれはおもひそあへぬ山たかみいつれのとしの雪にかあるらん
      和哥所哥合に湖辺月といふことを
                   藤原家隆朝臣
0389 にほのうみや月の光のうつろへはなみの花にも秋はみえけり
      百首哥たてまつりし時」62オ
                   前大僧正慈円
0390 ふけゆかはけふりもあらしゝほかまのうらみなはてそ秋のよの月
      題しす          皇太后宮大夫俊成女
0391 ことはりの秋にはあへぬなみたかな月のかつらもかはるひかりに
                   家隆朝臣
0392 なかめつゝおもふもさひしひさかたの月のみやこのあけかたのそら
      五十首哥たてまつりし時月前草花
                   摂政太政大臣
0393 ふるさとのもとあらのこはきさきしより夜な/\庭の月そうつろふ
      建仁元年三月哥合に山家秋月といふことをよみ侍し」62ウ
0394 時しもあれふるさと人はをともせてみやまの月に秋風そふく
      八月十五夜和哥所哥合に深山月といふことを
0395 ふかゝらぬとやまのいほのねさめたにさそな木のまの月はさひしき〈朱〉\
      月前風          寂蓮法師
0396 月はなをもらぬこのまもすみよしの松をつくして秋風そふく
                   鴨長明
0397 なかむれはちゝにものおもふ月に又わか身ひとつの峯の松風
      山月といふことをよみ侍ける
                   藤原秀能
0398 あしひきの山ちのこけのつゆのうへにねさめ夜ふかき月をみるかな」63オ
      八月十五夜和哥所哥合に海辺秋月といふことを
                   宮内卿
0399 心あるをしまのあまのたもとかな月やとれとはぬれぬものから
                   宜秋門院丹後
0400 わすれしななにはの秋のよはのそらことうらにすむ月はみるとも
                   鴨長明
0401 松しまやしほくむあまの秋のそて月はものおもふならひのみかは
      題しらす         七条院大納言
0402 ことゝはんのしまかさきのあま衣なみと月とにいかゝしほるゝ
      和哥所の哥合に海辺月を」63ウ
                   藤原家隆朝臣
0403 秋のよの月やをしまのあまのはらあけかたちかきおきのつり舟
      題しらす         前大僧正慈円
0404 うき身にはなかむるかひもなかりけり心にくもる秋のよの月
                   大江千里
0405 いつくにかこよひの月のくもるへきをくらの山もなをやかふらん
                   源道済
0406 こゝろこそあくかれにけれ秋のよの夜ふかき月をひとりみしより
                   上東門院小少将
0407 かはらしなしるもしらぬも秋のよの月まつほとの心はかりは」64オ
                   和泉式部
0408 たのめたる人はなけれと秋のよは月見てぬへき心ちこそせね
      月を見てつかはしける   藤原範永朝臣
0409 見る人の袖をそしほる秋の夜は月にいかなるかけかそふらん
      返し           相模
0410 身にそへるかけとこそみれ秋の月袖にうつらぬおりしなけれは
      永承四年内裏哥合に
                   大納言経信
0411 月かけのすみわたるかなあまのはら雲ふきはらふよはのあらしに
      題しらす         左衛門督通光」64ウ
0412 たつた山よはにあらしの松ふけは雲にはうときみねの月かけ〈朱〉\
      崇徳院に百首哥たてまつりけるに
                   左京大夫顕輔
0413 秋風にたなひく雲のたえまよりもれいつる月のかけのさやけさ
      題しらす         道因法師
0414 山の葉に雲のよこきるよゐのまはいてゝも月そなをまたれける
                   殷富門院大輔
0415 なかめつゝおもふにぬるゝたもとかないくよかはみん秋のよの月
                   式子内親王
0416 よゐのまにさてもねぬへき月ならは山の葉ちかきものはおもはし」65オ
0417 ふくるまてなかむれはこそかなしけれおもひもいれし秋のよの月
      五十首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0418 雲はみなはらひはてたる秋風を松にのこして月をみるかな
      家に月五十首哥よませ侍ける時
0419 月たにもなくさめかたき秋のよの心もしらぬ松の風かな
                   定家朝臣
0420 さむしろやまつよの秋の風ふけて月をかたしくうちのはしひめ
      題しらす         右大将忠経
0421 秋のよのなかきかひこそなかりけれまつにふけぬるありあけの月〈朱〉\」65ウ
      五十首哥たてまつりし時野径月
                   摂政太政大臣
0422 ゆくすゑはそらもひとつのむさし野にくさのはらよりいつる月かけ
      雨後月          宮内卿
0423 月をなをまつらんものかむらさめのはれゆく雲のすゑのさと人
      題しらす         右衛門督通具
0424 秋のよはやとかる月もつゆなから袖にふきこすおきのうは風
                   源家長
0425 秋の月しのにやとかるかけたけてをさゝかはらにつゆふけにけり〈朱〉\
      元久元年八月十五夜和哥所にて田家見月と」66オ
      いふ事を         前太政大臣
0426 風わたる山田のいほをもる月やほなみにむすふこほりなるらん〈朱〉\
      和哥所哥合に田家月を
                   前大僧正慈円
0427 かりのくるふしみのをたに夢さめてねぬよのいほに月をみるかな
                   皇太后宮大夫俊成女
0428 いな葉ふく風にまかせてすむいほは月そまことにもりあかしける
      題しらす
0429 あくかれてねぬよのちりのつもるまて月にはらはぬとこのさむしろ
                   大中臣定雅」66ウ
0430 秋の田のかりねのとこのいなむしろ月やとれともしけるつゆかな
      崇徳院御時百首哥めしけるに
                   左京大夫顕輔
0431 あきの田にいほさすしつのとまをあらみ月とゝもにやもりあかすらん
      百首哥たてまつりし秋哥に
                   式子内親王
0432 秋の色はまかきにうとくなりゆけとたまくらなるゝねやの月かけ
      秋のうたのなかに     太上天皇
0433 あきのつゆやたもとにいたくむすふらんなかきよあかすやとる月かな
      千五百番哥合に      左衛門督通光」67オ
0434 さらにまたくれをたのめとあけにけり月はつれなき秋のよの空〈朱〉\
      経房卿家哥合に暁月の心をよめる
                   二条院讃岐
0435 おほかたに秋のねさめのつゆけくはまたたか袖にありあけの月
      五十首哥たてまつりし時
                   藤原雅経
0436 はらひかねさこそはつゆのしけからめやとるか月の袖のせはきに」67ウ

    新古今和哥集巻第五
     秋哥下
      和哥所にてをのことも哥よみ侍りしにゆふへの
      しかといふことを     藤原家隆朝臣
0437 したもみちかつちる山のゆふしくれぬれてやひとり鹿のなくらん
      百首哥たてまつりし時
                   入道左大臣
0438 山おろしに鹿のねたかくきこゆなりおのへの月にさよやふけぬる〈朱〉\
                   寂蓮法師
0439 野わきせしをのゝくさふしあれはてゝみ山にふかきさをしかの声」68オ
      題しらす         俊恵法師
0440 あらしふくまくすかはらになくしかはうらみてのみやつまをこふらん
                   前中納言匡房
0441 つまこふる鹿のたちとをたつぬれはさ山かすそに秋風そふく
                   〈墨〉\恵慶法師
[0441] 〈墨〉\たかさこのおのへにたてるしかのねにことのほかにもぬるゝ袖かな
      百首哥たてまつりし時秋の哥
                   惟明親王
0442 み山への松のこすゑをわたるなりあらしにやとすさをしかの声
      晩聞鹿といふことをよみ侍し」68ウ
                   土御門内大臣
0443 われならぬ人もあはれやまさるらん鹿なく山の秋の夕くれ
      百首哥よみ侍りけるに
                   摂政太政大臣
0444 たくへくる松のあらしやたゆむらんおのへにかへるさを鹿のこゑ
      千五百番哥合に       前大僧正慈円
0445 なくしかのこゑにめさめてしのふかな見はてぬ夢の秋の思を
      家に哥合し侍りけるに鹿をよめる
                   権中納言俊忠
0446 よもすからつまとふ鹿のなくなへにこはきかはらのつゆそこほるゝ」69オ
      題しらす         源道済
0447 ねさめしてひさしくなりぬ秋の夜はあけやしぬらん鹿そなくなる
                   西行法師
0448 を山たのいほちかくなくしかのねにおとろかされておとろかすかな
      白河院鳥羽におはしましけるに田家秋興といへる
      ことを人々よみ侍りけるに
                   中宮大夫師忠
0449 山さとのいな葉の風にねさめしてよふかく鹿のこゑをきくかな
      郁芳門院のせんさいあはせによみ侍りける
                   藤原顕綱朝臣」69ウ
0450 ひとりねやいとゝさひしきさをしかのあさふすをのゝくすのうら風
      題しらす         俊恵法師
0451 たつた山こすゑまはらになるまゝにふかくもしかのそよくなるかな
      祐子内親王家哥合のゝちしかのうたよみ侍りけるに
                   権大納言長家
0452 すきてゆく秋のかたみにさをしかのをのかなくねもおしくやあるらん
      摂政太政大臣家の百首哥合に
                   前大僧正慈円
0453 わきてなといほもる袖のしほるらんいな葉にかきる秋の風かは
      題しらす         よみ人しらす」70オ
0454 秋田もるかりいほつくりわかをれは衣手さむしつゆそをきける〈朱〉\
                   前中納言匡房
0455 秋くれはあさけの風の手をさむみ山田のひたをまかせてそきく
                   善滋為政朝臣
0456 ほとゝきすなくさみたれにうへし田をかりかねさむみ秋そくれぬる
                   中納言家持
0457 いまよりは秋風さむくなりぬへしいかてかひとりなかきよをねん
                   人麿
0458 秋されは雁のは風にしもふりてさむきよな/\しくれさへふる
0459 さをしかのつまとふ山のをかへなるわさ田はからししもはをくとも」70ウ
                   貫之
0460 かりてほす山田のいねは袖ひちてうへしさなへとみえすもあるかな
                   菅贈太政大臣
0461 草葉にはたまとみえつゝわひ人の袖の涙の秋のしらつゆ
                   中納言家持
0462 わかやとのおはなかすゑにしらつゆのをきし日よりそ秋風もふく
                   恵慶法師
0463 秋といへは契をきてやむすふらんあさちかはらのけさのしらつゆ
                   人麿
0464 秋されはをくしらつゆにわかやとのあさちかうは葉色つきにけり」71オ
                   天暦御哥
0465 おほつかな野にも山にもしらつゆのなにことをかはおもひをくらん〈朱〉\
      後冷泉院みこの宮と申しける時尋野花といへる
      心を           堀河右大臣
0466 つゆしけみ野辺をわけつゝから衣ぬれてそかへる花のしつくに
      閑庭露しけしといふことを
                   基俊
0467 庭のおもにしけるよもきにことよせて心のまゝにをけるつゆかな
      白河院にて野草露繁といへる心を
                   贈左大臣長実」71ウ
0468 秋の野のくさ葉をしなみをくつゆにぬれてや人のたつねゆくらん〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時
                   寂蓮法師
0469 ものおもふ袖よりつゆやならひけん秋風ふけはたへぬ物とは
      秋の哥のなかに      太上天皇
0470 つゆは袖にものおもふころはさそなをくかならす秋のならひならねと〈朱〉\
0471 野はらよりつゆのゆかりをたつねきてわか衣手に秋風そふく〈朱〉\
      題しらす         西行法師
0472 きり/\すよさむに秋のなるまゝによはるか声のとをさかりゆく
      守覚法親王五十首哥中に」72オ
                   家隆朝臣
0473 むしのねもなかきよあかぬふるさとになをおもひそふ松風そふく
      百首哥中に        式子内親王
0474 あともなき庭のあさちにむすほゝれつゆのそこなる松むしのこゑ
      題しらす         藤原輔尹朝臣
0475 秋風は身にしむはかりふきにけりいまやうつらんいもかさ衣
                   前大僧正慈円
0476 衣うつをとはまくらにすかはらやふしみの夢をいくよのこしつ
      千五百番哥合に秋哥
                   権中納言公経」72ウ
0477 ころもうつね山のいほのしは/\もしらぬ夢ちにむすふたまくら〈朱〉\
      和哥所哥合に月のもとに衣うつといふことを
                   摂政太政大臣
0478 さとはあれて月やあらぬとうらみてもたれあさちふに衣うつらん
                   宮内卿
0479 まとろまてなかめよとてのすさひかなあさのさ衣月にうつこゑ
      千五百番哥合に      定家朝臣
0480 秋とたにわすれんとおもふ月かけをさもあやにくにうつ衣かな
      擣衣をよみ侍ける     大納言経信
0481 ふるさとに衣うつとはゆくかりやたひのそらにもなきてつくらん」73オ
      中納言兼輔家の屏風哥
                   貫之
0482 雁なきてふく風さむみから衣君まちかてにうたぬよそなき
      擣衣の心を        藤原雅経
0483 みよしのゝ山の秋風さよふけてふるさとさむく衣うつなり
                   式子内親王
0484 ちたひうつきぬたのをとに夢さめてものおもふ袖のつゆそくたくる
      百首哥たてまつりし時
0485 ふけにけり山のはちかく月さえてとをちのさとに衣うつ声
      九月十五夜月くまなく侍けるをなかめあかしてよみ」73ウ
      侍ける          道信朝臣
0486 秋はつるさよふけかたの月みれは袖ものこらすつゆそをきける
      百首哥たてまつりし時
                   藤原定家朝臣
0487 ひとりぬる山とりのおのしたりおにしもをきまよふとこの月かけ
      摂政太政大臣大将に侍ける時月哥五十首よませ侍
      けるに          寂蓮法師
0488 ひとめ見し野辺のけしきはうらかれてつゆのよすかにやとる月かな
      月のうたとてよみ侍ける
                   大納言経信」74オ
0489 秋の夜は衣さむしろかさねても月の光にしく物そなき
      九月つこもりかたに    華山院御哥
0490 あきのよははや長月になりにけりことはりなりやねさめせらるゝ
      五十首哥たてまつりし時
                   寂蓮法師
0491 むらさめのつゆもまたひぬまきの葉にきりたちのほる秋の夕くれ
      秋哥とて         太上天皇
0492 さひしさはみやまの秋のあさくもりきりにしほるゝまきのしたつゆ〈朱〉\
      河霧といふことを     左衛門督通光
0493 あけほのや河せのなみのたかせ舟くたすか人の袖の秋きり〈朱〉\」74ウ
      堀河院御時百首哥たてまつりけるにきりをよめる
                   権大納言公実
0494 ふもとをはうちの河きりたちこめて雲井に見ゆる朝日山かな
      題しらす          曽祢好忠
0495 山さとにきりのまかきのへたてすはをちかた人の袖もみてまし
                   清原深養父
0496 なくかりのねをのみそきくをくら山きりたちはるゝ時しなけれは
                   人麿
0497 かきほなるおきの葉そよき秋風のふくなるなへに雁そなくなる
0498 秋風に山とひこゆるかりかねのいやとをさかり雲かくれつゝ」75オ
                   凡河内躬恒
0499 はつかりのは風すゝしくなるなへにたれかたひねの衣かへさぬ〈朱〉\
                   読人しらす
0500 かりかねは風にきおひてすくれともわかまつ人のことつてもなし
                   西行法師
0501 よこ雲の風にわかるゝしのゝめに山とひこゆるはつかりの声
0502 白雲をつはさにかけてゆくかりのかと田のおものともしたふなる
      五十首哥たてまつりし時月前聞雁といふことを
                   前大僧正慈円
0503 おほえ山かたふく月のかけさえてとは田のおもにおつるかりかね」75ウ
      題しらす         朝恵法師
0504 むら雲や雁のはかせにはれぬらん声きくそらにすめる月かけ〈朱〉\
                   皇太后宮大夫俊成女
0505 ふきまよふ雲井をわたるはつかりのつはさにならすよもの秋風
      詩にあはせし哥の中に山路秋行
                   家隆朝臣
0506 秋風の袖にふきまく峯の雲をつはさにかけて雁もなくなり
      五十首哥たてまつりし時菊籬月といへるこゝろを
                   宮内卿
0507 霜をまつまかきのきくのよゐのまにをきまよふ色は山の葉の月」76オ
      鳥羽院御時内裏よりきくをめしけるにたてまつるとて
      むすひつけ侍ける     花園左大臣室
0508 こゝのへにうつろひぬともきくの花もとのまかきをおもひわするな
      題しらす         権中納言定頼
0509 いまよりは又さくはなもなきものをいたくなをきそきくのうへのつゆ
      かれゆくのへのきり/\すを
                   中務卿具平親王
0510 秋風にしほるゝ野への花よりもむしのねいたくかれにけるかな
      題しらす         大江嘉言
0511 ねさめする袖さへさむく秋のよのあらしふくなり松むしのこゑ」76ウ
      千五百番哥合に      前大僧正慈円
0512 秋をへてあはれもつゆもふかくさのさとゝふものはうつらなりけり
                   左衛門督通光
0513 いり日さすふもとのおはなうちなひきたか秋風にうつらなくらん〈朱〉\
      題しらす         皇太后宮大夫俊成女
0514 あたにちるつゆのまくらにふしわひてうつらなくなりとこの山風
      千五百番哥合に
0515 とふ人もあらしふきそふ秋はきてこの葉にうつむやとのみちしは
0516 色かはるつゆをは袖にをきまよひうらかれてゆく野辺の秋かな
      秋哥とて         太上天皇」77オ
0517 あきふけぬなけやしもよのきり/\すやゝかけさむしよもきふの月
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0518 きり/\すなくやしもよのさむしろに衣かたしきひとりかもねん
      千五百番哥合に      春宮権大夫公継
0519 ねさめする長月のよのとこさむみけさふく風にしもやをくらん〈朱〉\
      和哥所にて六首哥つかうまつりし時秋哥
                   前大僧正慈円
0520 秋ふかきあはちの嶋のありあけにかたふく月をゝくる浦風
      暮秋の心を」77ウ
0521 なか月もいくありあけになりぬらんあさちの月のいとゝさひゆく
      摂政太政大臣大将に侍りける時百首哥よませ侍り
      けるに          寂蓮法師
0522 かさゝきの雲のかけはし秋くれて夜半には霜やさえわたるらん
      さくらのもみちはしめたるを見て
                   中務卿具平親王
0523 いつのまにもみちしぬらん山桜きのふか花のちるをおしみし
      紅葉透霧といふことを
                   高倉院御哥
0524 うすきりのたちまふ山のもみちはゝさやかならねとそれとみえけり〈朱〉\」78オ
      秋のうたとてよめる
                   八条院高倉
0525 神なひのみむろのこすゑいかならんなへての山もしくれする比
      最勝四天王院の障子にすゝかかはかきたるところ
                   太上天皇
0526 すゝか河ふかき木の葉に日かすへて山田のはらの時雨をそきく〈朱〉\
      入道前関白太政大臣家に百首哥よみ侍けるに
      紅葉           皇太后宮大夫俊成
0527 心とやもみちはすらんたつた山松はしくれにぬれぬものかは
      大井河にまかりてもみち見侍りけるに」78ウ
                   藤原輔尹朝臣
0528 おもふことなくてそ見ましもみちはをあらしの山のふもとならすは
      題しらす         曽祢好忠
0529 いり日さすさほの山へのはゝそはらくもらぬ雨とこの葉ふりつゝ
                   宮内卿
0530 たつた山あらしや峯によはるらんわたらぬ水もにしきたえけり
      左大将に侍ける時家に百首哥合し侍りけるにはゝ
      そをよみ侍りける     摂政太政大臣
0531 はゝそはらしつくも色やかはるらんもりのした草秋ふけにけり
                   定家朝臣」79オ
0532 時わかぬなみさへ色にいつみかははゝそのもりに嵐ふくらし
      障子のゑにあれたるやとにもみちゝりたる所をよめる
                   俊頼朝臣
0533 ふるさとはちるもみち葉にうつもれてのきのしのふに秋風そふく
      百首哥たてまつりし秋哥
                   式子内親王
0534 きりの葉もふみわけかたくなりにけりかならす人をまつとなけれと
      題しらす         曽祢好忠
0535 人はこす風にこのはゝちりはてゝよな/\むしはこゑよはるなり
      守覚法親王五十首哥によみ侍ける」79ウ
                   春宮大夫公継
0536 もみちはのいろにまかせてときは木も風にうつろふ秋の山かな〈朱〉\
      千五百番哥合に      家隆朝臣
0537 つゆ時雨もる山かけのしたもみちぬるともおらん秋のかたみに
      題しらす         西行法師
0538 松にはふまさのはかつらちりにけりと山の秋は風すさふらん
      法性寺入道前関白太政大臣家哥合に
                   前参議親隆
0539 うつらなくかた野にたてるはしもみちゝりぬはかりに秋風そふく
      百首哥たてまつりし時」80オ
                   二条院讃岐
0540 ちりかゝるもみちの色はふかけれとわたれはにこる山かはの水
      題しらす         柿本人麿
0541 あすか河もみちはなかるかつらきの山の秋風ふきそしくらし
                   権中納言長方
0542 あすか河せゝになみよるくれなゐやかつらき山のこからしの風〈朱〉\
      なか月のころみなせに日ころ侍けるにあらしの山の
      もみちなみたにたくふよし申しつかはして侍ける人の
      返ことに         権中納言公経
0543 もみちはをさこそあらしのはらふらめこの山本も雨とふるなり」80ウ
      家に百首哥合し侍りける時
                   摂政太政大臣
0544 たつたひめいまはのころのあき風に時雨をいそく人の袖かな
      千五百番哥合に      権中納言兼宗
0545 ゆく秋のかたみなるへきもみちはゝあすはしくれとふりやまかはん〈朱〉\
      紅葉見にまかりてよみ侍ける
                   前大納言公任
0546 うちむれてちるもみちはをたつぬれは山ちよりこそ秋はゆきけれ〈朱〉\
      つのくにゝ侍けるころ道済か許につかはしける
                   能因法師」81オ
0547 夏草のかりそめにとてこしやともなにはの浦に秋そくれぬる
      くれの秋おもふ事侍けるころ
0548 かくしつゝくれぬる秋とおいぬれとしかすかになを物そかなしき
      五十首哥よませ侍けるに
                   守覚法親王
0549 身にかへていさゝは秋をおしみゝんさらてもゝろきつゆのいのちを〈朱〉\
      閏九月尽の心を      前太政大臣
0550 なへてよのおしさにそへておしむかな秋より後の秋のかきりを〈朱〉\」81ウ

    新古今和哥集巻第六
     冬哥
      千五百番哥合に初冬の心をよめる
                   皇太后宮大夫俊成
0551 をきあかす秋のわかれのそてのつゆ霜こそむすへ冬やきぬらん
      天暦御時神な月といふことをかみにをきてうた
      つかうまつりけるに    藤原高光
0552 神な月風にもみちのちるときはそこはかとなく物そかなしき
      題しらす         源重之
0553 なとりかはやなせの浪そさはくなるもみちやいとゝよりてせくらん」82オ
      後冷泉院御時うへのをのことも大井河にまかりて
      紅葉浮水といへる心をよみ侍けるに
                   藤原資宗朝臣
0554 いかたしよまてことゝはんみなかみはいかはかりふく山のあらしそ
                   大納言経信
0555 ちりかゝるもみちなかれぬ大井かはいつれ井せきの水のしからみ
      大井河にまかりて落葉満水といへる心をよみ侍ける
                   藤原家経朝臣
0556 たかせ舟しふくはかりにもみちはのなかれてくたる大井河かな
      深山落葉といへる心を」82ウ
                   俊頼朝臣
0557 日くるれはあふ人もなしまさきちる峯のあらしのをとはかりして
      題しらす         清輔朝臣
0558 をのつからをとする物は庭のおもにこの葉ふきまく谷のゆふ風
      春日社哥合に落葉といふ事をよみてたてまつりし
                   前大僧正慈円
0559 木の葉ちるやとにかたしく袖の色をありともしらてゆく嵐かな
                   右衛門督通具
0560 このはちるしくれやまかふわか袖にもろき涙のいろとみるまて〈朱〉\
                   藤原雅経」83オ
0561 うつりゆく雲に嵐のこゑすなりちるかまさ木のかつらきの山
                   七条院大納言
0562 はつ時雨しのふの山のもみちはをあらしふけとはそめすや有けん〈朱〉\
                   信濃
0563 しくれつゝ袖もほしあへすあしひきの山のこの葉に嵐ふく比〈朱〉\
                   藤原秀能
0564 山さとの風すさましきゆふくれに木の葉みたれて物そかなしき〈朱〉\
                   祝部成茂
0565 冬のきて山もあらはに木のはふりのこる松さへ峯にさひしき
      五十首哥たてまつりし時」83ウ
                   宮内卿
0566 からにしき秋のかたみやたつた山ちりあへぬえたに嵐ふくなり
      頼輔卿家哥合に落葉の心を
                   藤原資隆朝臣
0567 時雨かときけはこの葉のふる物をそれにもぬるゝわかたもとかな〈朱〉\
      題しらす         法眼慶算
0568 時しもあれ冬ははもりの神な月まはらになりぬもりのかしは木〈朱〉\
                   津守国基
0569 いつのまにそらのけしきのかはるらんはけしきけさのこからしの風
                   西行法師」84オ
0570 月をまつたかねの雲ははれにけり心あるへきはつしくれかな
                   前大僧正覚忠
0571 神な月木々のこの葉はちりはてゝ庭にそ風のをとはきこゆる
                   清輔朝臣
0572 しはのとにいり日のかけはさしなからいかにしくるゝ山辺なるらん
      山家時雨といへる心を
                   藤原隆信朝臣
0573 雲はれてのちもしくるゝしはのとや山風はらふ松のした露
      寛平御時きさいの宮の哥合に
                   よみ人しらす」84ウ
0574 神無月しくれふるらしさほ山のまさきのかつら色まさりゆく
      題しらす         中務卿具平親王
0575 こからしのをとに時雨をきゝわかてもみちにぬるゝたもとゝそ見る
                   中納言兼輔
0576 しくれふるをとはすれともくれたけのなとよとゝもにいろもかはらぬ
      十月はかりときはのもりをすくとて
                   能因法師
0577 しくれの雨そめかねてけり山しろのときはのもりのまきの下葉は
      題しらす         清原元輔
0578 冬をあさみまたくしくれと思しをたえさりけりな老の涙も〈朱〉\」85オ
      鳥羽殿にて旅宿時雨といふことを
                   後白河院御哥
0579 まはらなるしはのいほりにたひねして時雨にぬるゝさよ衣かな
      時雨を          前大僧正慈円
0580 やよしくれ物思袖のなかりせはこの葉の後になにをそめまし
      冬の哥の中に       太上天皇
0581 ふかみとりあらそひかねていかならんまなく時雨のふるの神すき
      題しらす         人麿
0582 しくれの雨まなくしふれはま木の葉もあらそひかねて色つきにけり
                   和泉式部」85ウ
0583 世中になをもふるかなしくれつゝ雲間の月のいてやとおもへと〈朱〉\
      百首哥たてまつりしに
                   二条院讃岐
0584 おりこそあれなかめにかゝるうき雲の袖もひとつにうちしくれつゝ
      題しらす         西行法師
0585 あきしのやと山のさとやしくるらんいこまのたけに雲のかゝれる
                   道因法師
0586 はれくもり時雨はさためなき物をふりはてぬるはわか身なりけり
      千五百番哥合に冬哥
                   源具親」86オ
0587 いまは又ちらてもまかふ時雨かなひとりふりゆく庭の松風
      題しらす         俊恵法師
0588 みよしのゝ山かきくもり雪ふれはふもとのさとはうちしくれつゝ
      百首哥たてまつりし時
                   入道左大臣
0589 まきのやに時雨のをとのかはるかなもみちやふかくちりつもるらん
      千五百番哥合に冬哥
                   二条院讃岐
0590 世にふるはくるしき物をま木のやにやすくもすくるはつ時雨かな
      題しらす         源信明朝臣」86ウ
0591 ほの/\とありあけの月の月かけにもみちふきおろす山おろしの風
                   中務卿具平親王
0592 もみち葉をなにおしみけん木のまよりもりくる月はこよひこそみれ〈朱〉\
                   宜秋門院丹後
0593 ふきはらふあらしのゝちのたかねよりこの葉くもらて月やいつらん
      春日哥合に暁月といふことを
                   右衛門督通具
0594 霜こほる袖にもかけはのこりけりつゆよりなれしありあけの月
      和哥所にて六首の哥たてまつりしに冬哥
                   藤原家隆朝臣」87オ
0595 なかめつゝいくたひ袖にくもるらん時雨にふくる有あけの月
      題しらす         源泰光
0596 さためなくしくるゝそらのむら雲にいくたひおなし月をまつらん〈朱〉\
      千五百番哥合に      源具親
0597 いまよりは木の葉かくれもなけれともしくれにのこるむら雲の月〈朱〉\
      たいしらす
0598 はれくもるかけをみやこにさきたてゝしくるとつくる山の葉の月
      五十首哥たてまつりし時
                   寂蓮法師
0599 たえ/\にさとわく月のひかりかなしくれをゝくる夜はのむらくも」87ウ
      雨後冬月といへる心を
                   良暹法師
0600 いまはとてねなまし物をしくれつるそらとも見えすゝめる月かな
      題しらす         曽祢好忠
0601 つゆしものよはにおきゐて冬のよの月みるほとに袖はこほりぬ
                   前大僧正慈円
0602 もみちはゝをのかそめたる色そかしよそけにをけるけさの霜かな
                   西行法師
0603 をくら山ふもとのさとにこの葉ちれはこすゑにはるゝ月をみるかな
      五十首哥たてまつりし時」88オ
                   雅経
0604 秋の色をはらひはてゝやひさかたの月のかつらにこからしの風
      題しらす         式子内親王
0605 風さむみ木の葉はれゆくよな/\にのこるくまなき庭の月かけ
                   殷富門院大輔
0606 わかゝとのかり田のねやにふすしきのとこあらはなる冬のよの月
                   清輔朝臣
0607 冬かれのもりのくち葉の霜のうへにおちたる月のかけのさむけさ
      千五百番哥合に      皇太后宮大夫俊成女
0608 さえわひてさむるまくらにかけみれは霜ふかきよの有あけの月」88ウ
                   右衛門督通具
0609 霜むすふ袖のかたしきうちとけてねぬよの月のかけそさむけき〈朱〉\
      五十首哥たてまつりし時
                   雅経
0610 かけとめしつゆのやとりを思いてゝ霜にあとゝふあさちふの月
      橋上霜といへることをよみ侍ける
                   法印幸清
0611 かたしきの袖をや霜にかさぬらん月によかるゝうちのはしひめ〈朱〉\
      題しらす         源重之
0612 なつかりのおきのふるえはかれにけりむれゐし鳥はそらにやあるらん〈朱〉\」89オ
                   道信朝臣
0613 さよふけて声さへさむきあしたつはいくへの霜かをきまさるらん
      冬のうたのなかに     太上天皇
0614 冬のよのなかきをゝくる袖ぬれぬ暁かたのよものあらしに〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0615 さゝの葉はみ山もさやにうちそよきこほれる霜を吹嵐かな
      崇徳院御時百首哥たてまつりけるに
                   清輔朝臣
0616 君こすはひとりやねなんさゝの葉のみ山もそよにさやく霜よを」89ウ
      題しらす         皇太后宮大夫俊成女
0617 霜かれはそこともみえぬ草のはらたれにとはまし秋のなこりを
      百首哥中に        前大僧正慈円
0618 しもさゆる山田のくろのむらすゝきかる人なしみのこるころかな
      題しらす         好忠
0619 くさのうへにこゝら玉ゐし白露をした葉の霜とむすふ冬かな
                   中納言家持
0620 かさゝきのわたせるはしにをくしものしろきを見れはよそふけにける
      うへのをのこともきくあはせし侍けるついてに
                   延喜御哥」90オ
0621 しくれつゝかれゆく野辺の花なれは霜のまかきにゝほふいろかな
      延喜十四年尚侍藤原満子に菊宴たまはせ
      ける時          中納言兼輔
0622 菊の花たおりては見しはつ霜のをきなからこそ色まさりけれ〈朱〉\
      おなし御時大井河に行幸侍ける日
                   坂上是則
0623 かけさへにいまはと菊のうつろふは浪の底にも霜やをくらん
      題しらす         和泉式部
0624 野辺見れはお花かもとのおもひ草かれゆく冬になりそしにける
                   西行法師」90ウ
0625 つのくにのなにはの春は夢なれやあしのかれ葉に風わたる也
      崇徳院に十首哥たてまつりける時
                   大納言成通
0626 冬ふかくなりにけらしななにはえのあお葉ましらぬあしの村立
      題しらす         西行法師
0627 さひしさにたへたる人の又もあれないほりならへん冬の山さと〈朱〉\
      あつまに侍ける時みやこの人につかはしける
                   康資王母
0628 あつまちのみちの冬くさしけりあひてあとたに見えぬ忘水かな
      冬哥とてよみ侍ける」91オ
                   守覚法親王
0629 むかしおもふさよのねさめのとこさえて涙もこほる袖の上かな
      百首哥たてまつりし時
0630 たちぬるゝ山のしつくもをとたえてま木のした葉にたるひしにけり〈朱〉\
      題しらす         皇太后宮大夫俊成
0631 かつこほりかつはくたくる山かはのいはまにむせふ暁の声
                   摂政太政大臣
0632 きえかへりいはまにまよふ水のあはのしはしやとかるうす氷かな
0633 まくらにも袖にもなみたつらゝゐてむすはぬ夢をとふ嵐かな
      五十首哥たてまつりし時」91ウ
0634 みなかみやたえ/\こほるいはまよりきよたき河にのこる白浪
      百首哥たてまつりし時
0635 かたしきの袖の氷もむすほゝれとけてねぬよの夢そみしかき
      最勝四天王院の障子にうちかはかきたるところ
                   太上天皇
0636 はしひめのかたしき衣さむしろにまつよむなしきうちのあけほの
                   前大僧正慈円
0637 あしろ木にいさよふ浪のをとふけてひとりやねぬるうちのはしひめ
      百首哥中に        式子内親王
0638 見るまゝに冬はきにけりかものゐるいりえのみきはうすこほりつゝ」92オ
      摂政太政大臣家哥合に湖上冬月
                   藤原家隆朝臣
0639 しかのうらやとをさかりゆく浪間よりこほりていつる有あけの月
      守覚法親王五十首よませ侍けるに
                   皇太后宮大夫俊成
0640 ひとり見るいけの氷にすむ月のやかてそてにもうつりぬるかな〈朱〉\
      題しらす         赤人
0641 うはたまのよのふけゆけはひさきおふるきよきかはらにちとりなく也
      さほのかはらにちとりのなきけるをよみ侍ける
                   伊勢大輔」92ウ
0642 ゆくさきはさよふけぬれとちとりなくさほのかはらはすきうかりけり
      みちのくにゝまかりける時よみ侍ける
                   能因法師
0643 ゆふされはしほ風こしてみちのくののたの玉河ちとりなくなり
      題しらす         重之
0644 白浪にはねうちかはしはまちとりかなしき声はよるの一声〈朱〉\
                   後徳大寺左大臣
0645 ゆふなきにとわたるちとりなみまより見ゆるこ嶋の雲にきえぬる
      堀河院に百首哥たてまつりけるに
                   祐子内親王家紀伊」93オ
0646 浦風にふきあけのはまのはまちとり浪たちくらし夜はになくなり
      五十首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
0647 月そすむたれかはこゝにきのくにやふきあけのちとりひとりなく也
      千五百番哥合に      正三位季能
0648 さよちとり声こそちかくなるみかたかたふく月にしほやみつらん
      最勝四天王院の障子になるみのうらかきたる所
                   藤原秀能
0649 風ふけはよそになるみのかたおもひおもはぬ浪になくちとりかな
      おなし所         権大納言通光」93ウ
0650 浦人の日もゆふくれになるみかたかへる袖よりちとりなくなり
      文治六年女御入内屏風に
                   正三位季経
0651 風さゆるとしまかいそのむらちとりたちゐは浪の心なりけり
      五十首哥たてまつりし時
                   雅経
0652 はかなしやさてもいくよかゆく水にかすかきわふるをしのひとりね
      堀河院に百首哥たてまつりけるに
                   河内
0653 水鳥のかものうきねのうきなから浪のまくらにいくよねぬらん〈朱〉\」94オ
      たいしらす        湯原王
0654 よしのなるなつみの河のかはよとにかもそなくなる山かけにして
                   能因法師
0655 ねやのうへにかたえさしおほひそともなる葉ひろかしはに霰ふる也
                   法性寺入道前関白太政大臣
0656 さゝなみやしかのからさき風さえてひらのたかねにあられふる也
                   人麿
0657 やたのゝにあさちいろつくあらち山みねのあは雪さむくそあるらし
      雪朝基俊許へ申つかはしける
                   瞻西聖人」94ウ
0658 つねよりもしのやのゝきそうつもるゝけふは宮こにはつ雪やふる
      返し           基俊
0659 ふる雪にまことにしのやいかならんけふはみやこにあとたにもなし〈朱〉\
      冬哥あまたよみ侍けるに
                   権中納言長方
0660 はつ雪のふるの神すきうつもれてしめゆふ野辺は冬こもりせり
      おもふこと侍けるころはつ雪ふり侍ける日
                   紫式部
0661 ふれはかくうさのみまさる世をしらてあれたる庭につもるはつ雪
      百首哥に         式子内親王」95オ
0662 さむしろのよはの衣手さえ/\てはつ雪しろしをかのへの松
      入道前関白右大臣に侍ける時家哥合に雪をよめる
                   寂蓮法師
0663 ふりそむるけさたに人のまたれつるみ山のさとの雪の夕くれ
      雪のあした後徳大寺左大臣許につかはしける
                   皇太后宮大夫俊成
0664 けふはもし君もやとふとなかむれとまたあともなき庭の雪哉
      返し           後徳大寺左大臣
0665 いまそきく心はあともなかりけり雪かきわけておもひやれとも
      題しらす         前大納言公任」95ウ
0666 白山にとしふる雪やつもるらんよはにかたしくたもとさゆなり〈朱〉\
      夜深聞雪といふことを
                   刑部卿範兼
0667 あけやらぬねさめのとこにきこゆなりまかきの竹の雪のしたおれ
      うへのをのことも暁望山雪といへる心をつかうまつり
      けるに          高倉院御哥
0668 をとは山さやかに見ゆる白雪をあけぬとつくるとりのこゑかな
      紅葉のちれりけるうへにはつゆきのふりかゝりて侍
      けるを見て上東門院に侍ける女房につかはしける
                   藤原家経朝臣」96オ
0669 山さとはみちもやみえすなりぬらんもみちとゝもに雪のふりぬる〈朱〉\
      野亭雪をよみ侍ける
                   藤原国房
0670 さひしさをいかにせよとてをかへなるならの葉したり雪のふるらん
      百首哥たてまつりし時
                   定家朝臣
0671 こまとめて袖うちはらふかけもなしさのゝわたりの雪のゆふくれ
      摂政太政大臣大納言に侍ける時山家雪といふことを
      よませ侍けるに
0672 まつ人のふもとのみちはたえぬらんのきはのすきに雪をもるなり」96ウ
      おなし家にて所名をさくりて冬哥よませ侍けるに
      伏見里雪を        有家朝臣
0673 夢かよふみちさへたえぬくれ竹のふしみのさとの雪のしたをれ
     家に百首哥よませ侍けるに
                   入道前関白太政大臣
0674 ふる雪にたくものけふりかきたえてさひしくもあるかしほかまのうら
      題しらす         赤人
0675 たこの浦にうちいてゝ見れはしろたへのふしのたかねに雪はふりつゝ
      延喜御時哥たてまつれとおほせられけれは
                   貫之」97オ
0676 雪のみやふりぬとおもふ山さとにわれもおほくのとしそつもれる〈朱〉\
      守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
                   皇太后宮大夫俊成
0677 雪ふれはみねのまさかきうつもれて月にみかけるあまのかく山
      題しらす         小侍従
0678 かきくもりあまきる雪のふるさとをつもらぬさきにとふ人もかな
                   前大僧正慈円
0679 庭の雪にわかあとつけていてつるをとはれにけりと人やみるらん
0680 なかむれはわか山のはに雪しろし宮この人よ哀とも見よ
                   曽祢好忠」97ウ
0681 冬くさのかれにし人のいまさらに雪ふみわけて見えん物かは
      雪朝大原にてよみ侍ける
                   寂然法師
0682 たつねきてみちわけわふる人もあらしいくへもつもれ庭の白雪
      百首哥の中に       太上天皇
0683 このころは花も紅葉もえたになししはしなきえそ松のしらゆき〈朱〉\
      千五百番哥合に      右衛門督通具
0684 草も木もふりまかへたる雪もよに春まつむめの花のかそする〈朱〉\
      百首哥めしける時     崇徳院御哥
0685 みかりするかた野のみのにふるあられあなかまゝたき鳥もこそたて」98オ
      内大臣に侍ける時家哥合に
                   法性寺入道前関白太政大臣
0686 みかりすとゝたちのはらをあさりつゝかたのゝ野辺にけふもくらしつ〈朱〉\
      京極関白前太政大臣高陽院哥合に
                   前中納言匡房
0687 みかり野はかつふる雪にうつもれてとたちもみえす草かくれつゝ
      鷹狩の心をよみ侍ける
                   左近中将公衡
0688 かりくらしかたのゝましはおりしきてよとの河せの月をみるかな
      うつみ火をよみ侍ける」98ウ
                   権僧正永縁
0689 中/\にきえはきえなてうつみ火のいきてかひなき世にもある哉
      百首哥たてまつりしに
                   式子内親王
0690 ひかすふる雪けにまさるすみかまのけふりもさむし大原のさと
      歳暮に人につかはしける
                   西行法師
0691 をのつからいはぬをしたふ人やあるとやすらふほとにとしのくれぬる
      としのくれによみ侍ける
                   上西門院兵衛」99オ
0692 かへりては身にそふ物としりなからくれゆくとしをなにしたふらん
                   皇太后宮大夫俊成女
0693 へたてゆくよゝのおもかけかきくらし雪とふりぬるとしのくれかな
                   大納言隆季
0694 あたらしきとしやわか身をとめくらんひまゆくこまにみちをまかせて〈朱〉\
      俊成卿家十首哥よみ侍けるにとしのくれの心を
                   俊恵法師
0695 なけきつゝことしもくれぬつゆのいのちいけるはかりを思いてにして
      百首哥たてまつりし時
                   小侍従」99ウ
0696 おもひやれやそちのとしのくれなれはいかはかりかは物はかなしき
      題しらす         西行法師
0697 むかしおもふ庭にうき木をつみをきて見しよにもにぬとしのくれかな
                   摂政太政大臣
0698 いその神ふる野のをさゝしもをへてひとよはかりにのこるとしかな
                   前大僧正慈円
0699 としのあけてうきよの夢のさむへくはくるともけふはいとはさらまし
                   権律師隆聖
0700 あさことのあか井の水にとしくれてわかよのほとのくまれぬるかな〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時」100オ
                   入道左大臣
0701 いそかれぬとしのくれこそあはれなれむかしはよそにきゝし春かは
      としのくれに身のおいぬることをなけきてよみ侍ける
                   和泉式部
0702 かそふれはとしのゝこりもなかりけりおいぬるはかりかなしきはなし〈朱〉\
      入道前関白百首哥よませ侍ける時としのくれ
      の心をよみてつかはしける
                   後徳大寺左大臣
0703 いしはしるはつせのかはのなみまくらはやくもとしのくれにけるかな
      土御門内大臣家にて海辺歳暮といへる心をよめる」100ウ
                   有家朝臣
0704 ゆくとしをゝしまのあまのぬれ衣かさねて袖になみやかくらん
                   寂蓮法師
0705 おいのなみこえける身こそあはれなれことしも今はすゑの松山〈朱〉\
      千五百番哥合に      皇太后宮大夫俊成
0706 けふことにけふやかきりとおしめとも又もことしにあひにけるかな」101オ

    新古今和哥集巻第七
     賀哥
      みつきものゆるされてくにとめるを御らんして
                   仁徳天皇御哥
0707 たかきやにのほりて見れはけふりたつたみのかまとはにきはひにけり
      題しらす         よみ人しらす
0708 はつ春のはつねのけふのたまはゝきてにとるからにゆらく玉のを
      子日をよめる       藤原清正
0709 ねのひしてしめつるのへのひめこ松ひかてやちよのかけをまたまし
      題しらす         貫之」101ウ
0710 君かよのとしのかすをはしろたへのはまのまさことたれかしきけん
      享子院の六十御賀屏風にわかなつめるところを
      よみ侍ける
0711 わかなおふるのへといふのへを君かためよろつよしめてつまんとそ思〈朱〉\
      延喜御時屏風哥
0712 ゆふたすきちとせをかけてあしひきの山あゐのいろはかはらさりけり
      祐子内親王家にてさくらを
                   土御門右大臣
0713 君かよにあふへき春のおほけれはちるとも桜あくまてそみん
      七条のきさいの宮の五十賀屏風に」102オ
                   伊勢
0714 すみの江のはまのまさこをふむたつはひさしきあとをとむるなりけり〈朱〉\
      延喜御時屏風哥
                   貫之
0715 としことにおいそふ竹のよゝをへてかはらぬいろをたれとかはみん〈朱〉\
      題しらす         躬恒
0716 ちとせふるおのへの松は秋風の声こそかはれいろはかはらす
                   興風
0717 山河の菊のしたみついかなれはなかれて人の老をせくらん
      延喜御時屏風哥」102ウ
                   貫之
0718 いのりつゝなを長月のきくの花いつれの秋かうへてみさらん
      文治六年女御入内屏風に
                   皇太后宮大夫俊成
0719 山人のおるそてにほふきくのつゆうちはらふにもちよはへぬへし
      貞信公家屏風に
                   清原元輔
0720 神な月もみちもしらぬときは木によろつよかゝれ峯の白雲
      題しらす         伊勢
0721 山風はふけとふかねと白浪のよするいはねはひさしかりけり〈朱〉\」103オ
      後一条院うまれさせたまへりける九月つきくまな
      かりける夜大二条関白中将に侍けるわかき人々さそひ
      いてゝいけのふねにのせてなかしまのまつかけさしま
      はすほとおかしくみえ侍けれは
                   紫式部
0722 くもりなくちとせにすめる水のおもにやとれる月のかけものとけし
      永承四年内裏哥合に池水といふ心を
                   伊勢大輔
0723 池水のよゝにひさしくすみぬれは底の玉もゝ光みえけり
      堀河院の大嘗会御禊日ころあめふりてその」103ウ
      日になりてそらはれて侍けれは紀伊典侍に申ける
                   六条右大臣
0724 きみかよのちとせのかすもかくれなくくもらぬそらの光にそ見る
      天喜四年皇后宮の哥合に祝の心をよみ侍ける
                   前大納言隆国
0725 すみの江においそふ松のえたことにきみかちとせのかすそこもれる
      寛治八年関白前太政大臣高陽院哥合にいはひの
      心を           康資王母
0726 よろつよを松のを山のかけしけみ君をそいのるときはかきはに
      後冷泉院おさなくおはしましける時卯杖の松を」104オ
      人のこにたまはせけるによみ侍ける
                   大弐三位
0727 あひをひのをしほの山のこ松はらいまよりちよのかけをまたなん
      永保四年内裏子日に
                   大納言経信
0728 ねの日するみかきのうちのこ松はらちよをはほかの物とやはみる
                   権中納言通俊
0729 ねの日する野辺のこ松をうつしうへてとしのをなかく君そひくへき
      承暦二年内裏の哥合に祝の心を
                   前中納言匡房」104ウ
0730 君かよはひさしかるへしわたらひやいすゝのかはのなかれたえせて
      題しらす         読人しらす
0731 とき葉なる松にかゝれるこけなれは年のをなかきしるへとそ思
      二条院御時花有喜色といふ心を人々つかうまつり
      けるに          刑部卿範兼
0732 きみかよにあへるはたれもうれしきを花はいろにもいてにけるかな
      おなし御時南殿の花のさかりにうたよめとおほせ
      られけれは        参河内侍
0733 身にかへて花もおしまし君かよにみるへき春のかきりなけれは
      百首哥たてまつりし時」105オ
                   式子内親王
0734 あめのしためくむくさ木のめもはるにかきりもしらぬみよのすゑ/\
      京極殿にてはしめて人々哥つかうまつりしに松有
      春色といふ事をよみ侍し
                   摂政太政大臣
0735 をしなへてこのめも春のあさみとり松にそちよの色はこもれる
      百首哥たてまつりし時
0736 しき嶋やゝまとしまねも神よゝり君かためとやかためをきけん
      千五百番哥合に
0737 ぬれてほすたまくしのはのつゆしもにあまてるひかりいくよへぬらん」105ウ
      いはひの心をよみ侍ける
                   皇太后宮大夫俊成
0738 きみかよはちよともさゝしあまのとやいつる月日のかきりなけれは
      千五百番哥合に      定家朝臣
0739 わかみちをまもらはきみをまもるらんよはひはゆつれすみよしの松
      八月十五夜和哥所哥合に月多秋友といふことを
      よみ侍し         寂蓮法師
0740 たかさこの松もむかしになりぬへしなをゆくすゑは秋のよの月
      和哥所の開闔になりてはしめてまいりし日そうし
      侍し           源家長」106オ
0741 もしほくさかくともつきしきみかよのかすによみをくわかの浦浪
      建久七年入道前関白太政大臣宇治にて人々に
      哥よませ侍けるに     前大納言隆房
0742 うれしさやかたしく袖につゝむらんけふまちえたるうちのはしひめ
      嘉応元年入道前関白太政大臣宇治にて河水
      久澄といふ事を人々によませ侍けるに
                   清輔朝臣
0743 としへたるうちのはしもりことゝはんいくよになりぬ水のみなかみ
      日吉祢宜成仲七十賀し侍けるにつかはしける
0744 なゝそちにみつのはまゝつおいぬれとちよのゝこりは猶そはるけき」106ウ
      百首哥よみ侍けるに
                   後徳大寺左大臣
0745 やをかゆくはまのまさこを君かよのかすにとらなんおきつ嶋もり
      いゑにうたあはせし侍けるにはるのいはひの心をよみ
      侍ける          摂政太政大臣
0746 かすか山宮このみなみしかそおもふきたのふちなみ春にあへとは
      天暦御時大嘗会主基備中国中山
                   よみ人しらす
0747 ときはなるきひの中山をしなへてちとせを松のふかきいろかな
      長和五年大嘗会悠紀方風俗哥近江国」107オ
      朝日郷          祭主輔親
0748 あかねさすあさひのさとのひかけ草とよのあかりのかさしなるへし
      永承元年大嘗会悠紀方屏風近江国もる山
      をよめる         式部大輔資業
0749 すへらきをときはかきはにもる山の山人ならし山かつらせり〈朱〉\
      寛治二年大嘗会屏風にたかのをの山をよめる
                   前中納言匡房
0750 とやかへるたかのを山のたまつはきしもをはふともいろはかはらし
      久寿二年大嘗会悠紀屏風にあふみのくに
      かゝみ山をよめる     宮内卿永範」107ウ
0751 くもりなきかゝみの山の月をみてあきらけきよをそらにしる哉
      平治元年大嘗会主基方辰日参入音声
      生野をよめる       刑部卿範兼
0752 おほえ山こえていくのゝすゑとをみみちある世にもあひにけるかな
      仁安元年大嘗会悠紀哥たてまつりけるに稲舂哥
                   皇太后宮大夫俊成
0753 あふみのやさかたのいねをかけつみてみちあるみよのはしめにそつく
      寿永元年大嘗会主基方稲舂哥丹波国長田
      村をよめる        権中納言兼光
0754 神世ゝりけふのためとやゝつかほになかたのいねのしなひそめけん」108オ
      建久九年大嘗会悠紀哥青羽山
                   式部大輔光範
0755 たちよれはすゝしかりけり水鳥のあおはの山の松のゆふ風〈朱〉\
      おなし大嘗会主基屏風に六月松井
                   権中納言資実
0756 ときはなる松井の水をむすふてのしつくことにそちよはみえける」108ウ

    新古今和哥集巻第八
     哀傷哥
      題しらす         僧正遍昭
0757 すえのつゆもとのしつくやよの中のをくれさきたつためしなるらん
                   小野小町
0758 あはれなりわか身のはてやあさみとりつゐには野辺のかすみとおもへは
      醍醐のみかとかくれたまひてのちやよひのつこもりに
      三条右大臣につかはしける
                   中納言兼輔
0759 さくらちる春のすゑにはなりにけりあまゝもしらぬなかめせしまに」109オ
      正暦二年諒闇の春さくらのえたにつけて道信朝臣
      につかはしける      実方朝臣
0760 すみそめのころもうきよの花さかりおりわすれてもおりてけるかな
      返し           道信朝臣
0761 あかさりし花をや春もこひつらんありし昔を思ひいてつゝ
      やよひのころ人にをくれてなけきける人のもとへ
      つかはしける       成尋法師
0762 花さくらまたさかりにてちりにけんなけきのもとを思こそやれ〈朱〉\
      人のさくらをうへをきてそのとしの四月になくなりに
      ける又のとしはしめて花さきたるを見て」109ウ
                   大江嘉言
0763 花見んとうへけん人もなきやとのさくらはこその春そさかまし
      としころすみ侍ける女の身まかりにける四十九日はてゝ
      なを山さとにこもりゐてよみ侍ける
                   左京大夫顕輔
0764 たれもみな花の宮こにちりはてゝひとりしくるゝ秋の山さと
      公守朝臣母身まかりてのちの春法金剛院の花
      を見て          後徳大寺左大臣
0765 花見てはいとゝいゑちそいそかれぬまつらんと思人しなけれは
      定家朝臣母のおもひに侍ける春のくれにつかはしける」110オ
                   摂政太政大臣
0766 春霞かすみしそらのなこりさへけふをかきりのわかれなりけり
      前大納言光頼はる身まかりにけるをかつらなる
      ところにてとかくしてかへり侍けるに
                   前左兵衛督惟方
0767 たちのほるけふりをたにも見るへきにかすみにまかふ春のあけほの
      六条摂政かくれ侍りてのちうへをきて侍りける
      牡丹のさきて侍けるをおりて女房のもとより
      つかはして侍けれは    大宰大弐重家
0768 かたみとて見れはなけきのふかみ草なに中/\のにほひなるらん」110ウ
      おさなきこのうせにけるかうへをきたりける昌蒲を
      見てよみ侍りける     高陽院木綿四手
0769 あやめくさたれしのへとかうへをきてよもきかもとのつゆときえけん
      なけくこと侍りけるころ五月五日人のもとへ申つか
      はしける         上西門院兵衛
0770 けふくれとあやめもしらぬたもとかなむかしをこふるねのみかゝりて
      近衛院かくれたまひにけれはよをそむきてのち五月
      五日皇嘉門院にたてまつられける
                   九条院
0771 あやめ草ひきたかへたるたもとにはむかしをこふるねそかゝりける」111オ
      返し           皇嘉門院
0772 さもこそはおなしたもとのいろならめかはらぬねをもかけてける哉
      すみ侍りける女なくなりにけるころ藤原為頼朝臣妻
      身まかりにけるにつかはしける
                   小野宮右大臣
0773 よそなれとおなし心そかよふへきたれも思ひのひとつならねは〈朱〉\
      返し           藤原為頼朝臣
0774 ひとりにもあらぬ思はなき人もたひのそらにやかなしかるらん〈朱〉\
      小式部内侍つゆをきたるはきをりたるからきぬ
      をきて侍りけるを身まかりてのち上東門院より」111ウ
      たつねさせたまひけるたてまつるとて
                   和泉式部
0775 をくと見しつゆもありけりはかなくてきえにし人をなにゝたとへん
      御返し          上東門院
0776 おもひきやはかなくをきし袖のうへのつゆをかたみにかけん物とは
      白河院御時中宮おはしまさてのちその御方は草の
      みしけりて侍りけるに七月七日わらはへのつゆとり
      侍けるを見て       周防内侍
0777 あさちはらはかなくきえし草のうへのつゆをかたみと思かけきや
      一品資子内親王にあひてむかしのことゝも申いた」112オ
      してよみ侍ける      女御徽子女王
0778 袖にさへ秋のゆふへはしられけりきえしあさちかつゆをかけつゝ
      れいならぬことをもくなりて御くしおろしたまひ
      ける日上東門院中宮と申ける時つかはしける
                   一条院御哥
0779 秋風のつゆのやとりに君をゝきてちりをいてぬることそかなしき
      秋のころおさなきこにをくれたる人に
                   大弐三位
0780 わかれけんなこりの袖もかはかぬにをきやそふらん秋のゆふつゆ〈朱〉\
      返し           読人しらす」112ウ
0781 をきそふるつゆとゝもにはきえもせてなみたにのみもうきしつむかな〈朱〉\
      廉義公の母なくなりてのちをみなへしを見て
                   清慎公
0782 をみなへしみるに心はなくさまていとゝむかしの秋そこひしき
     弾正尹為尊親王にをくれてなけき侍けるころ
                   和泉式部
0783 ねさめする身をふきとおす風のをとをむかしは袖のよそにきゝけん
      従一位源師子かくれ侍りて宇治より新少将か
      もとにつかはしける    知足院入道前関白太政大臣
0784 袖ぬらす萩のうはゝのつゆはかりむかしわすれぬむしのねそする」113オ
      法輪寺にまうて侍とてさかのに大納言忠家かはかの
      侍けるほとにまかりてよみ侍ける
                   権中納言俊忠
0785 さらてたにつゆけきさかのゝへにきてむかしのあとにしほれぬるかな
      公時卿母身まかりてなけき侍けるころ大納言実国
      もとに申つかはしける   後徳大寺左大臣
0786 かなしさは秋のさか野のきり/\すなをふるさとにねをやなくらん
      母の身まかりにけるをさかのへんにおさめ侍ける夜よみ
      ける           皇太后宮大夫俊成女
0787 今はさはうきよのさかのゝへをこそつゆきえはてしあとゝしのはめ」113ウ
      母身まかりにける秋のわきしける日もとすみ侍りける
      ところにまかりて     定家朝臣
0788 たまゆらのつゆも涙もとゝまらすなき人こふるやとの秋風
      ちゝ秀宗身まかりての秋寄風懐旧といふ
      ことをよみ侍ける     藤原秀能
0789 つゆをたにいまはかたみのふちころもあたにも袖をふくあらしかな
      久我内大臣春ころうせて侍けるとしの秋土御門内大臣
      中将に侍ける時つかはしける
                   殷富門院大輔
0790 秋ふかきねさめにいかゝおもひいつるはかなく見えし春のよの夢〈朱〉\」114オ
      返し           土御門内大臣
0791 見し夢をわするゝ時はなけれとも秋のねさめはけにそかなしき〈朱〉\
      しのひてもの申ける女身まかりてのちそのいゑに
      とまりてよみ侍ける
                   大納言実家
0792 なれし秋のふけしよとこはそれなから心のそこの夢そかなしき
      みちのくにへまかれりける野中にめにたつさまなる
      つかの侍けるをとはせ侍けれはこれなん中将の
      つかと申すとこたへけれは中将とはいつれの人そと
      とひ侍けれは実方朝臣の事となん申けるに冬の」114ウ
      事にてしもかれのすゝきほの/\見えわたりており
      ふしものかなしうおほえ侍けれは
                   西行法師
0793 くちもせぬその名はかりをとゝめをきてかれ野のすゝきかたみとそみる
      同行なりける人うちつゝきはかなくなりにけれはおも
      ひいてゝよめる      前大僧正慈円
0794 ふるさとをこふる涙やひとりゆくともなき山のみちしはのつゆ
      母のおもひに侍ける秋法輪にこもりてあらしの
      いたくふきけれは     皇太后宮大夫俊成
0795 うきよにはいまはあらしの山かせにこれやなれゆくはしめなるらん」115オ
      定家朝臣母身まかりてのち秋ころ墓所ちかき堂
      にとまりてよみ侍ける
0796 まれにくる夜はもかなしき松風をたえすやこけのしたにきくらん
      堀河院かくれ給てのち神な月風のをとあはれに
      きこえけれは       久我太政大臣
0797 ものおもへはいろなき風もなかりけり身にしむ秋の心ならひに
      藤原定通身まかりてのち月あかき夜人の
      ゆめに殿上になん侍とてよみ侍ける哥
0798 ふるさとをわかれし秋をかそふれはやとせになりぬありあけの月
      源為善朝臣身まかりにける又のとし月を見て」115ウ
                   能因法師
0799 いのちあれはことしの秋も月はみつわかれし人にあふよなきかな
      世中はかなく人々おほくなくなり侍けるころ中将
      宣方朝臣身まかりて十月許白河の家にまかれり
      けるに紅葉のひとはのこれるを見侍て
                   前大納言公任
0800 けふこすはみてやゝまゝし山さとのもみちも人もつねならぬよに〈朱〉\
      十月許みなせに侍しころ前大僧正慈円のもとへ
      ぬれてしくれのなと申つかはしてつきのとしの神無月
      に無常の哥あまたよみてつかはし侍し中に」116オ
                   太上天皇
0801 おもひいつるおりたくしはのゆふけふりむせふもうれし忘かたみに
      返し           前大僧正慈円
0802 おもひいつるおりたくしはときくからにたくひしられぬゆふけふりかな
      雨中無常といふことを
                   太上天皇
0803 なき人のかたみの雲やしほ(ほ=く)るらんゆふへの雨にいろはみえねと
      枇杷皇太后宮かくれてのち十月許かの家の人々
      の中にたれともなくてさしをかせける
                   相模」116ウ
0804 神な月しくるゝころもいかなれやそらにすきにし秋の宮人
      右大将通房身まかりてのちてならひすさひて侍
      けるあふきを見いたしてよみ侍ける
                   土御門右大臣女
0805 てすさひのはかなきあとゝ見しかとも長かたみになりにけるかな
      斎宮女御のもとにて先帝のかゝせたまへりけるさうし
      を見侍て         馬内侍
0806 たつねてもあとはかくてもみつくきのゆくゑもしらぬ昔なりけり
      返し           女御徽子女王
0807 いにしへのなきになかるゝ水くきのあとこそ袖のうらによりけれ」117オ
      恒徳公かくれてのち女のもとに月あかき夜しのひて
      まかりてよみ侍ける
                   道信朝臣
0808 ほしもあへぬころものやみにくらされて月ともいはすまとひぬるかな〈朱〉\
      入道摂政のために万灯会をこなはれ侍けるに
                   東三条院
0809 みなそこにちゝのひかりはうつれともむかしのかけはみえすそ有ける〈朱〉\
      公忠朝臣身まかりにけるころよみ侍ける
                   源信明朝臣
0810 ものをのみおもひねさめのまくらにはなみたかゝらぬ暁そなき」117ウ
      一条院かくれたまひにけれはその御事をのみこひ
      なけき給てゆめにほのみえたまひけれは
                   上東門院
0811 あふこともいまはなきねの夢ならていつかは君を又はみるへき
      後朱雀院かくれ給て上東門院白河にこもり
      給にけるをきゝて     女御藤原生子<大二条関白/女>
0812 うしとてはいてにしいゑをいてぬなりなとふるさとにわか帰けん〈朱〉\
      〈墨〉\題しらす     〈墨〉\和泉式部
0812 〈墨〉\たれなりとをくれさきたつほとあらはかたみにしのへ水くきのあと
      おさなかりけるこの身まかりにけるに」118オ
                   源道済
0813 はかなしといふにもいとゝなみたのみかゝるこのよをたのみけるかな
      後一条院中宮かくれ給てのち人のゆめに
0814 ふるさとにゆく人もかなつけやらんしらぬ山ちにひとりまとふと
      醍醐のみかとかくれ給てのころ人のもとにつかはしける
                   盛明親王
0814 世中のはかなきことをみるころはねなくに夢の心ちこそすれ
      小野宮右大臣身まかりぬときゝてよめる
                   権大納言長家
0815 たまのをの長ためしにひく人もきゆれはつゆにことならぬかな〈朱〉\」118ウ
      小式部内侍身まかりてのちつねにもちて侍けるて
      はこを誦経にせさすとてよみ侍ける
                   和泉式部
0816 こひわふときゝにたにきけかねのをとにうちわすらるゝ時のまそなき〈朱〉\
      上東門院小少将身まかりてのちつねにうちと
      けてかきかはしけるふみのものゝ中に侍けるを見
      いてゝ加賀少納言かもとへつかはしける
                   紫式部
0817 たれかよになからへて見んかきとめしあとはきえせぬかたみなれとも
      返し           加賀少納言」119オ
0818 なき人をしのふることもいつまてそけふの哀はあすのわか身を
      僧正明尊かくれてのちひさしくなりて房なとも
      いはくらにとりわたしてくさおひしけりてことさまに
      なりにけるをみて     律師慶暹
0819 なき人のあとをたにとてきてみれはあらぬさとにもなりにけるかな
      よのはかなきことをなけくころみちのくにゝ名ある
      ところ/\かきたるゑを見侍りて
                   紫式部
0820 見し人のけふりになりしゆふへより名そむつましきしほかまのうら
      後朱雀院かくれたまひて源三位かもとにつかはしける」119ウ
                   弁乳母
0821 あはれきみいかなる野辺のけふりにてむなしきそらの雲と成けん〈朱〉\
      返し           源三位
0822 おもへきみもえしけふりにまかひなてたちをくれたる春のかすみを〈朱〉\
      大江嘉言つしまになりてくたるとてなにはほり
      えのあしのうらはにとよみてくたり侍にけるほとに
      国にてなくなりにけりときゝて
                   能因法師
0823 あはれ人けふのいのちをしらませはなにはのあしにちきらさらまし〈朱〉\
      題しらす         大江匡衡朝臣」120オ
0824 よもすからむかしのことをみつるかなかたるやうつゝありしよや夢〈朱〉\
      俊頼朝臣身まかりてのちつねに見ける鏡を
      仏につくらせ侍とてよめる
                   新少将
0825 うつりけんむかしのかけやのこるとて見るにおもひのますかゝみかな
      かよひける女のはかなくなり侍にけるころかきを
      きたるふみとも経のれうしになさんとてとりい
      てゝ見侍けるに      按察使公通
0826 かきとむることの葉のみそ水くきのなかれてとまるかたみなりける
      禎子内親王かくれ侍てのち[心+宗]子内親王かはりゐ」120ウ
      侍ぬときゝてまかりて見けれはなに事もかはらぬ
      やうに侍けるもいとゝむかしおもひいてられて女房に
      申侍ける         中院右大臣
0827 ありすかはおなしなかれはかはらねと見しやむかしのかけそわすれぬ
      権中納言道家母かくれ侍にける秋摂政太政大臣
      のもとにつかはしける   皇太后宮大夫俊成
0828 かきりなき思のほとの夢のうちはおとろかさしとなけきこしかな
      返し           摂政太政大臣
0829 見し夢にやかてまきれぬわか身こそとはるゝけふもまつかなしけれ
      母のおもひに侍けるころ又なくなりにける人のあたり」121オ
      よりとひて侍けれはつかはしける
                   清輔朝臣
0830 世中は見しもきゝしもはかなくてむなしきそらのけふりなりけり
      無常のこゝろを      西行法師
0831 いつなけきいつおもふへきことなれはのちのよしらて人のすむ(む=く)らん〈朱〉\
                   前大僧正慈円
0832 みな人のしりかほにしてしらぬかなかならすしぬるならひありとは
0833 きのふみし人はいかにとおとろけとなを長よの夢にそ有ける
0834 よもきふにいつかをくへきつゆの身はけふのゆふくれあすのあけほの〈朱〉\
0835 われもいつそあらましかはと見し人をしのふとすれはいとゝそひゆく」121ウ
      前参議教長高野にこもりゐて侍けるかやまひ
      かきりになり侍ぬときゝて頼輔卿まかりけるほとに
      身まかりぬときゝてつかはしける
                   寂蓮法師
0836 たつねきていかにあはれとなかむらんあとなき山の峯のしら雲
      人にをくれてなけきける人につかはしける
                   西行法師
0837 なきあとのおもかけをのみ身にそへてさこそは人のこひしかるらめ
      なけくこと侍ける人とはすとうらみ侍けれは
0838 哀ともこゝろにおもふほとはかりいはれぬへくはとひこそはせめ」122オ
      無常のこゝろを      入道左大臣
0839 つく/\とおもへはかなしいつまてか人のあはれをよそにきくへき
      左近中将通宗か墓所にまかりてよみ侍ける
                   土御門内大臣
0840 をくれゐてみるそかなしきはかなさをうき身のあとゝなにたのみけむ
      覚快法親王かくれ侍て周忌のはてに墓所に
      まかりてよみ侍ける
                   前大僧正慈円
0841 そこはかと思つゝけて来てみれはことしのけふも袖はぬれけり
      母のためにあはたくちの家にて仏くやうし侍ける」122ウ
      時はらからみなまうてきあひてふるきおもかけなと
      さらにしのひ侍けるおりふしゝもあめかきくらし
      ふり侍けれはかへるとてかの堂の障子にかきつけ
      侍ける          右大将忠経
0842 たれもみな涙のあめにせきかねぬそらもいかゝはつれなかるへき
      なくなりたる人のかすをそとはにかきて哥よみ侍
      けるに          法橋行遍
0843 見し人はよにもなきさのもしほ草かきをくたひに袖そしほるゝ〈朱〉\
      子の身まかりにけるつきのとしの夏かの家にまかり
      たりけるにはなたちはなのかほりけれはよめる」123オ
                   祝部成仲
0844 あらさらんのちしのへとや袖のかをはなたちはなにとゝめをきけん〈朱〉\
      能因法師身まかりてのちよみ侍ける
                   藤原兼房朝臣
0845 ありしよにしはしも見てはなかりしを哀とはかりいひてやみぬる〈朱〉\
      妻なくなりて又のとしの秋ころ周防内侍か
      もとへつかはしける    権中納言通俊
0846 とへかしなかたしくふちの衣手になみたのかゝる秋のねさめを
      堀河院かくれ給ひてのちよめる
                   権中納言国信」123ウ
0847 君なくてよるかたもなきあをやきのいとゝうきよそ思みたるゝ
      かよひける女山さとにてはかなくなりにけれはつれ/\と
      こもりゐて侍けるかあからさまに京へまかりてあか
      月かへるにとりなきぬと人々いそかし侍けれは
                   左京大夫顕輔
0848 いつのまに身を山かつになしはてゝ宮こをたひと思ふなるらん
      ならのみかとをおさめたてまつりけるをみて
                   人麿
0849 ひさかたのあめにしほるゝ君ゆへに月日もしらてこひわたるらん
      題しらす         小野小町」124オ
0850 あるはなくなきはかすそふ世中にあはれいつれの日まてなけかん
                   業平朝臣
0851 白玉かなにそと人のとひし時つゆとこたへてけなまし物を〈朱〉\
      更衣の服にてまいれりけるを見たまひて
                   延喜御哥
0852 としふれはかくもありけりすみそめのこはおもふてふそれかあらぬか〈朱〉\
      おもひにて人のいゑにやとれりけるをその家にわす
      れくさのおほく侍りけれはあるしにつかはしける
                   中納言兼輔
0853 なき人をしのひかねては忘草おほかるやとにやとりをそする〈朱〉\」124ウ
      やまひにしつみてひさしくこもりゐて侍けるかたま/\
      よろしくなりてうちにまいりて右大弁公忠蔵人
      に侍けるにあひて又あさてはかりまいるへきよし申て
      まかりいてにけるまゝにやまひをもくなりてかきりに
      侍けれは公忠朝臣につかはしける
                   藤原季縄
0854 くやしくそのちにあはんと契けるけふをかきりといはまし物を
      母の女御かくれ侍りて七月七日よみ侍ける
                   中務卿具平親王
0855 すみそめのそてはそらにもかさなくにしほりもあへすつゆそこほるゝ」125オ
      うせにける人のふみのものゝ中なるを見いてゝその
      ゆかりなる人のもとにつかはしける
                   紫式部
0856 くれぬまの身をはおもはて人のよのあはれをしるそかつははかなき〈朱〉\」125ウ

    新古今和哥集巻第九
     離別哥
      みちのくにゝくたり侍ける人にさうそくをくるとて
      よみ侍ける        紀貫之
0857 たまほこのみちの山風さむからはかたみかてらにきなんとそおもふ
      題しらす         伊勢
0858 わすれなん世にもこしちのかへる山いつはた人にあはむとすらん
      あさからすちきりける人のゆきわかれ侍けるに
                   紫式部
0859 きたへゆく雁のつはさにことつてよ雲のうはかき/\たえすして」126オ
      ゐなかへまかりける人にたひころもつかはすとて
                   大中臣能宣朝臣
0860 秋きりのたつたひころもをきて見よつゆはかりなるかたみなりとも
      みちのくにゝくたり侍ける人に
                   貫之
0861 見てたにもあかぬ心をたまほこのみちのおくまて人のゆくらん
      あふさかのせきのちかきわたりにすみ侍けるにとをき
      所にまかりける人に餞し侍るとて
                   中納言兼輔
0862 あふさかの関にわかやとなかりせはわかるゝ人はたのまさらまし」126ウ
      寂昭上人入唐し侍りけるに装束をくりけるに
      たちけるをしらてをひてつかはしける
                   読人しらす
0863 きならせと思しものをたひころもたつ日をしらすなりにける哉
      返し           寂昭法師
0864 これやさは雲のはたてにをるときくたつことしらぬあまのは衣
      題しらす         源重之
0865 衣河見なれし人のわかれにはたもとまてこそ浪はたちけれ
      みちのくにのすけにてまかりける時範永朝臣のもとに
      つかはしける       高階経重朝臣」127オ
0866 ゆくすゑにあふくま河のなかりせはいかにかせましけふのわかれを
      返し           藤原範永朝臣
0867 君に又あふくま河をまつへきにのこりすくなきわれそかなしき
      大宰帥隆家くたりけるにあふきたまふとて
                   枇杷皇太后宮
0868 すゝしさはいきの松はらまさるともそふるあふきの風なわすれそ
      亭子院みやたき御らんしにおはしましける御ともに
      素性法師めしくせられてまいれりけるを住吉の
      こほりにていとまたまはせてやまとにつかはしけるに
      よみ侍ける        一条右大臣恒佐」127ウ
0869 神な月まれのみゆきにさそはれてけふわかれなはいつかあひみん〈朱〉\
      題しらす         大江千里
0870 わかれてのゝちもあひみんとおもへともこれをいつれの時とかはしる〈朱〉\
      成尋法師入唐し侍りけるに母のよみ侍ける
0871 もろこしもあめのしたにそありときくてる日のもとをわすれさらなん
      修行にいてたつとて人のもとにつかはしける
                   道命法師
0872 わかれちはこれやかきりのたひならんさらにいくへき心ちこそせね〈朱〉\
      おいたるおやの七月七日つくしへくたりけるにはる
      かにはなれぬることをおもひて八日あか月をひてふねに」128オ
      のるところにつかはしける
                   加賀左衛門
0873 あまのかはそらにきえにしふなてにはわれそまさりてけさはかなしき
      実方朝臣みちのくにへくたり侍けるに餞すとてよみ
      侍ける          中納言隆家
0874 わかれちはいつもなけきのたえせぬにいとゝかなしき秋のゆふくれ
      返し           実方朝臣
0875 とゝまらんことは心にかなへともいかにかせまし秋のさそふを
      七月許みまさかへくたるとてみやこの人につかはし
      ける           前中納言匡房」128ウ
0876 宮こをは秋とゝもにそたちそめしよとの河きりいくよへたてつ〈朱〉\
      みこの宮と申ける時大宰大弐実政学士にて侍
      ける甲斐守にてくたり侍けるに餞たまはすとて
                   後三条院御哥
0877 思いてはおなしそらとは月をみよほとは雲井にめくりあふまて
      みちのくにのかみもとよりの朝臣ひさしくあひみぬよし
      申ていつのほるへしともいはす侍けれは
                   基俊
0878 かへりこんほとおもふにもたけくまのまつわか身こそいたくおいぬれ
      修行にいて侍けるによめる」129オ
                   大僧正行尊
0879 おもへともさためなきよのはかなさにいつをまてともえこそたのめね
      にはかに宮こをはなれてとをくまかりにけるに女に
      つかはしける       読人しらす
0880 契をくことこそさらになかりしかかねて思しわかれならねは
      わかれの心をよめる
                   俊恵法師
0881 かりそめのわかれとけふをおもへともいさやまことのたひにもあるらん
                   登蓮法師
0882 かへりこんほとをや人にちきらまししのはれぬへきわか身なりせは〈朱〉\」129ウ
      守覚法親王五十首哥よませ侍りける時
                   藤原隆信朝臣
0883 たれとしもしらぬわかれのかなしきはまつらのおきをいつるふな人
      登蓮法師つくしへまかりけるに
                   俊恵法師
0884 はる/\と君かわくへきしらなみをあやしやとまる袖にかけつる
      みちのくにへまかりける人餞し侍けるに
                   西行法師
0885 君いなは月まつとてもなかめやらんあつまのかたのゆふくれの空
      とをき所に修行せんとていてたち侍けるに」130オ
      人々わかれおしみてよみ侍ける
0886 たのめをかん君もこゝろやなくさむとかへらん事はいつとなくとも
0887 さりともとなをあふことをたのむかなしての山ちをこえぬわかれは
      とをき所へまかりける時師光餞し侍けるによめる
                   道因法師
0888 かへりこんほとをちきらむとおもへともおいぬる身こそさためかたけれ
      題しらす         皇太后宮大夫俊成
0889 かりそめのたひのわかれとしのふれとおいは涙もえこそとゝめね
                   祝部成仲
0890 わかれにし人はまたもやみわの山すきにしかたを今になさはや〈朱〉\」130ウ
                   定家朝臣
0891 わするなよやとるたもとはかはるともかたみにしほるよはの月かけ
      みやこのほかへまかりける人によみてをくりける
                   惟明親王
0892 なこりおもふたもとにかねてしられけりわかるゝたひのゆくすゑのつゆ〈朱〉\
      つくしへまかりける女に月いたしたるあふきをつかはす
      とて           読人しらす
0893 宮こをは心をそらにいてぬとも月みんたひに思をこせよ〈朱〉\
      とをきくにへまかりける人につかはしける
                   大蔵卿行宗」131オ
0894 わかれちは雲井のよそになりぬともそなたの風のたよりすくすな〈朱〉\
      人のくにへまかりける人にかり衣つかはすとてよめる
                   藤原顕綱朝臣
0895 いろふかくそめたるたひのかり衣
                かへらんまてのかたみともみよ」131ウ

    新古今和哥集巻第十
     羇旅哥
      和銅三年三月ふちはらの宮よりならの宮に
      うつりたまひける時
                   元明天皇御哥
0896 とふとりのあすかのさとをゝきていなは君かあたりはみえすかもあらん
      天平十二年十月伊勢国にみゆきしたまひ
      ける時          聖武天皇御哥
0897 いもにこひわかの松はらみわたせはしほひのかたにたつなきわたる
      もろこしにてよみ侍ける」132オ
                   山上憶良
0898 いさこともはや日のもとへおほとものみつのはま松まちこひぬらん
      題しらす         人麿
0899 あまさかるひなのなかちをこきくれはあかしのとより山としまみゆ
0900 さゝの葉は(は=のイ)み山もそよにみたるな(な=めイ)りわれはいもおもふわかれきぬれは
      帥の任はてゝつくしよりのほり侍けるに
                   大納言旅人
0901 こゝにありてつくしやいつこ白雲のたなひく山のにしにあるらし〈朱〉\
      題しらす         よみ人しらす
0902 あさきりにぬれにし衣ほさすしてひとりや君か山ちこゆらん〈朱〉\」132ウ
      あつまのかたにまかりけるにあさまのたけにけふりの
      たつを見てよめる
                   業平朝臣
0903 しなのなるあさまのたけに立けふりをちこち人のみやはとかめね
      するかのくにうつの山にあへる人につけて京につかはし
      ける
0904 するかなるうつの山辺のうつゝにも夢にも人にあはぬなりけり
      延喜御時屏風哥
                   〈墨〉\躬恒
             [被出之]
[0904]〈墨〉\なみのうへにほのにみえつゝゆくふねはうらふく風のしるへなりけり」133オ
                   貫之
0905 草まくらゆふ風さむくなりにけり衣うつなるやとやからまし
      題しらす
0906 白雲のたなひきわたるあしひきの山のかけはしけふやこえなん
                   壬生忠峯
0907 あつまちのさやのなか山さやかにも見えぬ雲ゐによをやつくさん
      伊勢より人につかはしける
                   女御徽子女王
0908 人をなをうらみつへしや宮こ鳥ありやとたにもとふをきかねは
      題しらす         菅原輔昭」133ウ
0909 またしらぬふるさと人はけふまてにこんとたのめしわれをまつらん
                   よみ人しらす
0910 しなかとりゐな野をゆけはありま山ゆふきりたちぬやとはなくして
0911 神風のいせのはまおきおりふせ(ふせ=しきイ)てたひねやすらんあらきはまへに
      亭子院御くしおろして山々寺々修行したまひ
      けるころ御ともに侍りて和泉国ひねといふ所にて
      人々うたよみ侍けるによめる
                   橘良利
0912 ふるさとのたひねの夢にみえつるはうらみやすらんまたとゝはねは
      しなのゝみさかのかたかきたるゑにそのはらといふ所に」134オ
      たひゝとやとりてたちあかしたる所を
                   藤原輔尹朝臣
0913 たちなからこよひはあけぬそのはらやふせやといふもかひなかりけり
      題しらす         御形宣旨
0914 宮こにてこしちのそらをなかめつゝ雲井といひしほとにきにけり〈朱〉\
      入唐し侍ける時いつほとにかゝへるへきと人のとひ
      けれは          法橋[大+周]然
0915 たひ衣たちゆくなみちとをけれはいさしら雲のほともしられす
      しきつのうらにまかりてあそひけるにふねにとまり
      てよみ侍ける       実方朝臣」134ウ
0916 ふねなからこよひはかりはたひねせんしきつの浪に夢はさむとも
      いそのへちのかたに修行し侍けるにひとりくしたり
      ける同行をたつねうしなひてもとのいはやのかたへ
      かへるとてあまひとの見えけるに修行者見えはこれを
      とらせよとてよみ侍ける
                   大僧正行尊
0917 わかことくわれをたつねはあまを舟人もなきさのあとゝこたへよ
      みつうみのふねにてゆふたちのしぬへきよしを申
      けるをきゝてよみ侍りける
                   紫式部」135オ
0918 かきくもりゆふたつ浪のあらけれはうきたる舟そしつ心なき
     天王寺にまいりけるになにはのうらにとまりてよみ侍
     りける           肥後
0919 さよふけてあしのすゑこす浦風にあはれうちそふ浪のをとかな
      旅哥とてよみ侍ける
                   大納言経信
0920 たひねして暁かたの鹿のねにいな葉をしなみ秋風そふく
                   恵慶法師
0921 わきもこかたひねの衣うすきほとよきてふかなんよはの山風
      御冷泉院御時うへのをのこともたひのうたよみ侍」135ウ
      けるに          左近中将隆綱
0922 あしの葉をかりふくしつの山さとに衣かたしきたひねをそする
      たのみ侍ける人にをくれてのちはつせにまうてゝよる
      とまりたりける所にくさをむすひてまくらにせよとて
      人のたひて侍けれはよみ侍ける
                   赤染衛門
0923 ありしよのたひはたひともあらさりきひとりつゆけき草枕かな〈朱〉\
      堀河院の百首哥に
                   権中納言国信
0924 山ちにてそをちにけりなしらつゆのあか月をきの木々のしつくに」136オ
                   大納言師頼
0925 草枕たひねの人は心せよありあけの月もかたふきにけり
      水辺旅宿といへるこゝろをよめる
                   源師賢朝臣
0926 いそなれぬ心そたへぬたひねするあしのまろやにかゝる白浪
      たなかみにてよみ侍ける
                   大納言経信
0927 たひねするあしのまろやのさむけれはつま木こりつむ舟いそく也
      題しらす
0928 みやまちにけさやいてつるたひ人のかさしろたへに雪つもりつゝ」136ウ
      旅宿雪といへる心をよみ侍ける
                   修理大夫顕季
0929 松かねにお花かりしきよもすからかたしく袖に雪はふりつゝ
      みちのくにゝ侍りけるころ八月十五夜に京をおもひ
      いてゝ大宮の女房のもとにつかはしける
                   橘為仲朝臣
0930 見し人もとふの浦風をとせぬにつれなくすめる秋のよの月
      せきとの院といふところにて羇中見月といふ
      こゝろを         大江嘉言
0931 草枕ほとそへにける宮こいてゝいくよかたひの月にねぬらん〈朱〉\」137オ
      守覚法親王家に五十首哥よませ侍ける旅哥
                   皇太后宮大夫俊成
0932 なつかりのあしのかりねもあはれなりたまえの月のあけかたの空
0933 たちかへり又もきて見ん松嶋やをしまのとまや浪にあらすな
                   藤原定家朝臣
0934 ことゝへよ思おきつのはまちとりなく/\いてしあとの月かけ
                   藤原家隆朝臣
0935 野辺のつゆ浦わのなみをかこちてもゆくゑもしらぬ袖の月かけ
      たひのうたとてよめる
                   摂政太政大臣」137ウ
0936 もろともにいてしそらこそわすられね宮この山のありあけの月
      題しらす         西行法師
0937 宮こにて月をあはれとおもひしはかすにもあらぬすさひなりけり
0938 月見はと契をきてしふるさとの人もやこよひ袖ぬらすらん
      五十首の哥たてまつりし時
                   家隆朝臣
0939 あけは又こゆへき山のみねなれやそらゆく月のすゑの白雲
                   藤原雅経
0940 ふるさとのけふのおもかけさそひこと月にそちきるさよのなか山〈朱〉\
      和哥所月十首哥合のついてに月前旅といへる心を」138オ
      人々つかうまつりしに
                   摂政太政大臣
0941 わすれしとちきりていてしおもかけは見ゆらん物をふるさとの月
      旅哥とてよみ侍りける
                   前大僧正慈円
0942 あつまちのよはのなかめをかたらなん宮この山にかゝる月かけ〈朱〉\
      海浜重夜といへる心をよみ侍し
                   越前
0943 いくよかは月を哀となかめきてなみにおりしくいせのはまおき
      百首哥たてまつりし時」138ウ
                   宜秋門院丹後
0944 しらさりしやそせの浪をわけすきてかたしく物はいせのはまおき
      題しらす         前中納言匡房
0945 風すさみいせのはまおきわけゆけは衣かりかね浪になくなり
                   権中納言定頼
0946 いそなれて心もとけぬこもまくらあらくなかけそ水のしら浪
      百首哥たてまつりしに
                   式子内親王
0947 ゆくすゑはいまいくよとかいはしろのをかのかやねにまくらむすはん
0948 松かねのをしまかいそのさよまくらいたくなぬれそあまの袖かは」139オ
      千五百番哥合に
                   皇太后宮大夫俊成女
0949 かくしてもあかせはいくよすきぬらん山ちの苔のつゆのむしろに
      たひにてよみ侍ける    権僧正永縁
0950 白雲のかゝるたひねもならはぬにふかき山路に日はくれにけり
      暮(暮+望)行客といへる心を
                   大納言経信
0951 ゆふ日さすあさちかはらのたひ人はあはれいつくにやとをと(と=かイ)るらん
      摂政太政大臣家哥合に羇中晩嵐といふことを
      よめる          定家朝臣」139ウ
0952 いつくにかこよひはやとをかり衣ひもゆふくれのみねのあらしに
      たひの哥とてよめる
0953 たひ人の袖ふきかへす秋風にゆふひさひしき山のかけはし
                   家隆朝臣
0954 ふるさとにきゝしあらしの声もにすわすれね人をさやの中山
                   雅経
0955 しら雲のいくへのみねをこえぬらむなれぬ嵐に袖をまかせて
                   源家長
0956 けふは又しらぬのはらにゆきくれぬいつれの山か月はいつらむ
      和哥所の哥合に羇中暮といふことを」140オ
                   皇太后宮大夫俊成女
0957 ふるさともあきはゆふへをかたみにてかせのみをくるをのゝしのはら
                   雅経朝臣
0958 いたつらにたつやあさまのゆふけふりさとゝひかぬるをちこちの山
                   宜秋門院丹後
0959 みやこをはあまつそらともきかさりきなになかむらん雲のはたてを
                   藤原秀能
0960 くさまくらゆふへのそらを人とはゝなきてもつけよはつかりのこゑ
      旅の心を         有家朝臣
0961 ふしわひぬしのゝをさゝのかりまくらはかなの露やひと夜はかりに」140ウ
      石清水哥合に旅宿嵐といふ心を
0962 岩かねのとこに嵐をかたしきてひとりやねなんさよの中山
      旅哥とて         藤原業清
0963 たれとなきやとの夕を契にてかはるあるしをいく夜とふらむ
      羇中夕といふ心を     鴨長明
0964 まくらとていつれの草にちきるらんゆくをかきりの野辺の夕暮
      あつまのかたにまかりけるみちにてよみ侍ける
                   民部卿成範
0965 道のへの草のあを葉に駒とめてなを故郷をかへりみるかな
      なか月の比はつせにまうてけるみちにてよみ侍ける」141オ
                   禅性法師
0966 はつせやまゆふこえくれて宿とへはみわのひはらに秋かせそ吹
      旅哥とてよめる      藤原秀能
0967 さらぬ(ぬ=てイ)たに秋のたひねはかなしきに松にふくなりとこの山風
      摂政太政大臣の家の哥合に秋旅といふ事を
                   藤原定家朝臣
0968 わすれなむまつとなつけそ中/\にいなはの山のみねのあきかせ
      百首哥たてまつりし時旅哥
                   家隆朝臣
0969 ちきらねとひと夜はすきぬきよみかた浪にわかるゝあかつきのくも」141ウ
      千五百番哥合に
0970 ふるさとにたのめし人もすゑの松まつらむ袖に浪やこすらむ
      哥合し侍ける時旅の心をよめる
                   入道前関白太政大臣
0971 日をへつゝ都しのふの浦さひて浪よりほかのおとつれもなし
      堀河院御時百首哥奉りけるに旅哥
                   藤原顕仲朝臣
0972 さすらふる我身にしあれはきさかたやあまのとま屋にあまたゝひねぬ
      入道前関白家百首哥に旅のこゝろを
                   皇太后宮大夫俊成」142オ
0973 難波人あし火たく屋に宿かりてすゝろに袖のしほたるゝかな
      述懐百首哥よみ侍ける中に旅哥
0976 世中はうきふししけししの原や旅にしあれはいも夢にみゆ
      題しらす         僧正雅縁
0974 又こえむ人もとまらはあはれしれわか折しける峯の椎柴
                   前右大将頼朝
0975 道すから富士の煙もわかさりきはるゝまもなき空のけしきに
      千五百番哥合に      宜秋門院丹後
0977 おほつかな都にすまぬみやこ鳥ことゝふ人にいかゝこたへし
      天王寺にまうて侍けるに俄に雨ふりけれは江口に」142ウ
      やとをかりけるにかし侍らさりけれはよみ侍ける
                   西行法師
0978 世中をいとふまてこそかたからめかりのやとりをおしむ君かな
      返し           遊女妙
0979 よをいとふ人としきけはかりの宿に心とむなと思ふはかりそ
      和哥所にておのことも旅哥つかうまつりしに
                   定家朝臣
0980 袖にふけさそな旅ねの夢も見し思ふ方よりかよふうら風
                   藤原家隆朝臣
0981 旅ねする夢路はゆるせうつの山関とはきかすもる人もなし」143オ
      詩を哥にあはせ侍しに山路秋行といへることを
                   定家朝臣
0982 都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふつたのしたみち
                   鴨長明
0983 袖にしも月かゝれとは契をかす涙はしるやうつの山こえ
                   前大僧正慈円
0984 立田山秋ゆく人の袖を見よ木ゝの梢はしくれさりけり
      百首哥奉りしに旅哥
0985 さとりゆくまことのみちに入ぬれは恋しかるへきふるさともなし
      泊瀬にまうてゝかへさに飛鳥川のほとりにやとり」143ウ
      て侍ける夜よみ侍ける
                   素覚法師
0986 故郷にかへらむことはあすか川わたらぬさきに淵瀬たかふな
      あつまのかたにまかりけるによみ侍ける
                   西行法師
0987 年たけて又こゆへしと思きや命なりけりさやの中山
      旅哥とて
0988 思ひをく人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな
      くま野にまいり侍しに旅のこゝろを
                   太上天皇」144オ
0989 見るまゝに山風あらくしくるめり都もいまや夜さむなるらむ」144ウ

    或人以此両冊伝予 両神之擁衛
    随喜而令摂納之了
    永正九年<壬/申>八月廿日
             三井桑門権律師静秀
    一日令書補欠行者也」145オ

新古今和歌集下(題簽)」(表紙)

(白紙)」1オ

恋一<十一> 同二<十二> 同三<十三> 同四<十四> 同五<十五>
雑上<十六> 雑中<十七> 雑下<十八> 神祇<十九> 釈教<廿>」1ウ

(白紙)」2オ

    新古今和哥集巻第十一
     恋哥一
      題しらす         読人しらす
0990 よそにのみ見てやゝみなんかつらきやたかまの山のみねの白雲
0991 をとにのみありときゝこしみよしのゝ瀧はけふこそ袖におちけれ
                   人麿
0992 あしひきの山田もるいほにをくか火のしたこかれつゝわかこふらくは
0993 いその神ふるのわさ田のほにはいてす心のうちにこひやわたらん
      女につかはしける     在原業平朝臣
0994 かすか野のわかむらさきのすり衣しのふのみたれかきりしられす」2ウ
      中将更衣につかはしける
                   延喜御哥
0995 むらさきの色にこゝろはあらねともふかくそ人をおもひそめつる
      題しらす         中納言兼輔
0996 みかのはらわきてなかるゝいつみかはいつみきとてかこひしかるらん
      平定文家哥合に
                   坂上是則
0997 そのはらやふせやにおふるはゝきゝのありとは見えてあはぬきみかな
      人のふみつかはして侍ける返事にそへて女につかはし
      ける           藤原高光」3オ
0998 としをへておもふ心のしるしにそそらもたよりの風はふきける
      九条右大臣のむすめにはしめてつかはしける
                   西宮前左大臣
0999 とし月はわか身にそへてすきぬれと思ふこゝろのゆかすもあるかな
      返し           大納言俊賢母
1000 もろともにあはれといはす人しれぬとはすかたりをわれのみやせん
      天暦御時哥合に
                   中納言朝忠
1001 人つてにしらせてしかなかくれぬのみこもりにのみこひやわたらん
      はしめて女につかはしける」3ウ
                   大宰大弐高遠
1002 みこもりのぬまのいはかきつゝめともいかなるひまにぬるゝたもとそ
      いかなるおりにかありけん女に
                   謙徳公
1003 から衣袖に人めはつゝめともこほるゝものは涙なりけり
      左大将朝光五節舞姫たてまつりけるかしつき
      を見てつかはしける
                   前大納言公任
1004 あまつそらとよのあかりに見し人のなをおもかけのしひてこひしき
      つれなく侍ける女にしはすのつこもりにつかはしける」4オ
                   謙徳公
1005 あらたまのとしにまかせて見るよりはわれこそこえめあふさかの関
      堀河関白ふみなとつかはしてさとはいつくそととひ侍け
      れは           本院侍従
1006 わかやとはそこともなにかをしふへきいはてこそ見めたつねけりやと
      返し           忠義公
1007 わかおもひそらのけふりとなりぬれは雲井なからもなをたつねてん
      題しらす         貫之
1008 しるしなきけふりを雲にまかへつゝ夜をへてふしの山ともえなん
                   深養父」4ウ
1009 けふりたつおもひならねと人しれすわひてはふしのねをのみそなく
      女につかはしける     藤原惟成
1010 風ふけはむろのやしまのゆふけふり心のそらにたちにけるかな〈朱〉\
      ふみつかはしける女におなしつかさのかみなる人かよふと
      きゝてつかはしける
                   藤原義孝
1011 白雲のみねにしもなとかよふらんおなしみかさの山のふもとを
      題しらす         和泉式部
1012 けふもまたかくやいふきのさしもくささらはわれのみもえやわたらん
                   源重之」5オ
1013 つくは山は山しけ山しけゝれとおもひいるにはさはらさりけり
      又かよふ人ありける女のもとにつかはしける
                   大中臣能宣朝臣
1014 われならぬ人に心をつくは山したにかよはんみちたにやなき
      はしめて女につかはしける
                   大江匡衡朝臣
1015 人しれすおもふ心はあしひきの山した水のわきやかへらん
      女をものこしにほのかに見てつかはしける
                   清原元輔
1016 にほふらんかすみのうちの桜花おもひやりてもおしき春かな〈朱〉\」5ウ
      としをへていひわたり侍ける女のさすかにけちかくは
      あらさりけるにはるのすゑつかたいひつかはしける
                   能宣朝臣
1017 いくかへりさきちる花をなかめつゝものおもひくらす春にあふらん
      題しらす         躬恒
1018 おく山のみねとひこゆるはつかりのはつかにたにも見てやゝみなん
                   亭子院御哥
1019 おほそらをわたる春日のかけなれやよそにのみしてのとけかるらん〈朱〉\
      正月あめふり風ふきける日女につかはしける
                   謙徳公」6オ
1020 春風のふくにもまさるなみたかなわかみなかみも氷とくらし
      たひ/\返事せぬ女に
1021 水のうへにうきたるとりのあともなくおほつかなさをおもふ比かな
      題しらす         曽祢好忠
1022 かたをかの雪まにねさすわか草のほのかに見てし人そこひしき
      返事せぬ女のもとにつかはさんとて人のよませ侍
      けれは二月許によみ侍ける
                   和泉式部
1023 あとをたに草のはつかに見てしかなむすふはかりのほとならすとも
      題しらす         興風」6ウ
1024 しものうへにあとふみつくるはまちとりゆくゑもなしとねをのみそなく〈朱〉\
                   中納言家持
1025 秋はきのえたもとをゝにをくつゆのけさきえぬとも色にいてめや
                   藤原高光
1026 あき風にみたれてものはおもへともはきのした葉のいろはかはらす
      しのふくさのもみちしたるにつけて女のもとにつかは
      しける          花園左大臣
1027 わかこひもいまはいろにやいてなましのきのしのふもゝみちしにけり
      和哥所哥合に久忍恋といふことを
                   摂政太政大臣」7オ
1028 いその神ふるの神すきふりぬれといろにはいてすつゆも時雨も
      北野宮哥合に忍恋の心を
                   太上天皇
1029 わかこひはまきのした葉にもるしくれぬるとも袖のいろにいてめや
      百首哥たてまつりし時よめる
                   前大僧正慈円
1030 わかこひは松をしくれのそめかねてまくすかはらに風さはくなり
      家に哥合し侍けるに夏恋の心を
                   摂政太政大臣
. 1031 うつせみのなくねやよそにもりのつゆほしあへぬ袖を人のとふまて」7ウ
                   寂蓮法師
1032 おもひあれは袖にほたるをつゝみてもいはゝや物をとふ人はなし
      水無瀬にてをのことも久恋といふことをよみ侍しに
                   太上天皇
1033 思つゝへにけるとしのかひやなきたゝあらましのゆふくれの空
      百首哥の中に忍恋を
                   式子内親王
1034 たまのをよたえなはたえねなからへはしのふることのよはりもそする
1035 わすれてはうちなけかるゝゆふへかなわれのみしりてすくる月日を
1036 わかこひはしる人もなしせくとこの涙もらすなつけのを枕」8オ
      百首哥よみ侍ける時忍恋
                   入道前関白太政大臣
1037 しのふるに心のひまはなけれともなをもる物はなみたなりけり
      冷泉院みこの宮と申ける時さふらひける女房を
      見かはしていひわたり侍けるころてならひしけると
      ころにまかりてものにかきつけ侍ける
                   謙徳公
1038 つらけれとうらみんとはたおもほえすなをゆくさきをたのむ心に
      返し           読人しらす
1039 雨もこそはたのまはもらめたのますはおもはぬ人と見てをやみなん」8ウ
      題しらす         貫之
1040 風ふけはとはになみこすいそなれやわか衣手のかはく時なき
                   道信朝臣
1041 すまのあまのなみかけ衣よそにのみきくはわか身になりにけるかな
      くすたまを女につかはすとておとこにかはりて
                   三条院女蔵人左近
1042 ぬまことに袖そぬれぬるあやめくさ心にゝたるねをもとむとて
      五月五日馬内侍につかはしける
                   前大納言公任
1043 ほとゝきすいつかとまちしあやめくさけふはいかなるねにかなくへき」9オ
      返し           馬内侍
1044 さみたれはそらおほれするほとゝきすときになくねは人もとかめす〈朱〉\
      兵衛佐に侍ける時五月はかりによそなからもの申
      そめてつかはしける
                   法成寺入道前摂政太政大臣
1045 ほとゝきす声をきけと花のえにまたふみなれぬ物をこそおもへ
      返し           馬内侍
1046 ほとゝきすしのふるものをかしは木のもりても声のきこえける哉
      ほとゝきすのなきつるはきゝつやと申ける人に
1047 こゝろのみそらになりつゝほとゝきす人たのめなるねこそなかるれ」9ウ
      題しらす         伊勢
1048 みくまのゝ浦よりをちにこく舟のわれをはよそにへたてつるかな
1049 なにはかたみしかきあしのふしのまもあはてこのよをすくしてよとや
                   人麿
1050 みかりするかりはのをのゝならしはのなれはまさらてこひそまされる
                   読人しらす
1051 うとはまのうとくのみやはよをはへんなみのよる/\あひ見てしかな〈朱〉\
1052 あつまちのみちのはてなるひたちおひのかことはかりもあはんとそ思
1053 にこりえのすまんことこそかたからめいかてほのかにかけをみせまし
1054 しくれふる冬のこの葉のかはかすそものおもふ人の袖はありける〈朱〉\」10オ
1055 ありとのみをとにきゝつゝをとは河わたらは袖にかけもみえなん
1056 水くきのをかの木の葉をふきかへしたれかは君をこひんと思し〈朱〉\
1057 わか袖にあとふみつけよはまちとりあふことかたし見てもしのはん
      女のもとよりかへり侍けるにほともなくゆきのいみしう
      ふり侍けれは       中納言兼輔
1058 冬のよのなみたにこほるわか袖の心とけすも見ゆるきみかな
      題しらす         藤原元真
1059 しも氷心もとけぬ冬のいけによふけてそなくをしの一声〈朱〉\
1060 なみたかは身もうくはかりなかるれときえぬは人の思なりけり
      女につかはしける     実方朝臣」10ウ
1061 いかにせんくめちのはしのなかそらにわたしもはてぬ身とやなりなん
      女のすきのみをつゝみてをこせて侍けれは
1062 たれそこのみわのひはらもしらなくに心のすきのわれをたつぬる
      題しらす         小弁
1063 わかこひはいはぬはかりそなにはなるあしのしのやのしたにこそたけ
                   伊勢
1064 わかこひはありそのうみの風をいたみしきりによするなみのまもなし
      人につかはしける     藤原清正
1065 すまのうらにあまのこりつむもしほ木のからくもしたにもえわたる哉
      題しらす         源景明」11オ
1066 あるかひもなきさによする白浪のまなくものおもふわか身なりけり
                   貫之
1067 あしひきの山したゝきついはなみの心くたけて人そこひしき
1068 あしひきのやましたしけき夏草のふかくも君をおもふ比かな
                   坂上是則
1069 をしかふす夏野のくさのみちをなみしけきこひちにまとふ比かな
                   曽祢好忠
1070 かやり火のさよふけかたのしたこかれくるしやわか身人しれすのみ
1071 ゆらのとをわたるふな人かちをたえゆくゑもしらぬ恋のみちかも
      鳥羽院御時うへのをのことも風によするこひといふ心を」11ウ
      よみ侍けるに       権中納言師時
1072 おひ風にやへのしほちをゆくふねのほのかにたにもあひみてしかな
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
1073 かちをたえゆらのみなとによる舟のたよりもしらぬおきつしほ風
      題しらす         式子内親王
1074 しるへせよあとなきなみにこく舟のゆくゑもしらぬやへのしほ風
                   権中納言長方
1075 きのくにやゆらのみなとにひろふてふたまさかにたにあひみてしかな
      法性寺入道前関白太政大臣家哥合に」12オ
                   権中納言師俊
1076 つれもなき人の心のうきにはふあしのしたねのねをこそはなけ〈朱〉\
      和哥所哥合に忍恋をよめる
                   摂政太政大臣
1077 なには人いかなるえにかくちはてんあふことなみに身をつくしつゝ
      隠名恋といへる心を
                   皇太后宮大夫俊成
1078 あまのかるみるめをなみにまかへつゝなくさのはまをたつねわひぬる
      題しらす         相模
1079 あふまてのみるめかるへきかたそなきまたなみなれぬいそのあま人」12ウ
                   業平朝臣
1080 みるめかるかたやいつくそさほさしてわれにをしへよあまのつり舟」13オ

    新古今和哥集巻第十二
     恋哥二
      五十首哥たてまつりしに寄雲恋
                   皇太后宮大夫俊成女
1081 したもえにおもひきえなんけふりたにあとなき雲のはてそかなしき
      摂政太政大臣家百首哥合に
                   藤原定家朝臣
1082 なひかしなあまのもしほひたきそめてけふりはそらにくゆりわふとも
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣」13ウ
1083 こひをのみすまのうら人もしほたれほしあへぬ袖のはてをしらはや
      恋哥とてよめる      二条院讃岐
1084 みるめこそいりぬるいその草ならめ袖さへなみのしたにくちぬる
      としをへたるこひといへる心をよみ侍ける
                   俊頼朝臣
1085 君こふとなるみのうらのはまひさきしほれてのみもとしをふるかな
      忍恋のこゝろを      前太政大臣
1086 しるらめや木の葉ふりしくたに水のいはまにもらすしたの心を
      左大将に侍ける時家に百首哥合し侍けるに忍恋
      の心を          摂政太政大臣」14オ
1087 もらすなよ雲ゐるみねのはつ時雨この葉はしたにいろかはるとも
      恋哥あまたよみ侍けるに
                   後徳大寺左大臣
1088 かくとたにおもふ心をいはせ山したゆく水の草かくれつゝ
                   殷富門院大輔
1089 もらさはやおもふ心をさてのみはえそ山しろの井てのしからみ
      忍恋の心を        近衛院御哥
1090 こひしともいはゝこゝろのゆくへきにくるしや人めつゝむおもひは
      見れとあはぬこひといふ心をよみ侍ける
                   花園左大臣」14ウ
1091 人しれぬこひにわか身はしつめともみるめにうくは涙なりけり〈朱〉\
      題しらす         神祇伯顕仲
1092 ものおもふといはぬはかりはしのふともいかゝはすへき袖のしつくを
      忍恋の心を        清輔朝臣
1093 人しれすくるしき物はしのふ山したはふくすのうらみなりけり
      和哥所哥合に忍恋の心を
                   雅経
1094 きえねたゝしのふの山のみねの雲かゝる心のあともなきまて
      千五百番哥合に
                   左衛門督通光」15オ
1095 かきりあれはしのふの山のふもとにもおち葉かうへのつゆそいろつく
                   二条院讃岐
1096 うちはへてくるしきものは人めのみしのふの浦のあまのたくなは
      和哥所哥合に依忍増恋といふことを
                   春宮権大夫公継
1097 しのはしよいしまつたひのたにかはもせをせくにこそ水まさりけれ〈朱〉\
      題しらす         信濃
1098 人もまたふみゝぬ山のいはかくれなかるゝ水を袖にせくかな
                   西行法師
1099 はるかなるいはのはさまにひとりゐて人めおもはて物おもはゝや」15ウ
1100 かすならぬ心のとかになしはてししらせてこそは身をもうらみめ
      水無瀬の恋十五首哥合に夏恋を
                   摂政太政大臣
1101 草ふかきなつ野わけゆくさをしかのねをこそたてねつゆそこほるゝ
      入道前関白右大臣に侍ける時百首哥人/\によませ
      侍けるに忍恋の心を
                   大宰大弐重家
1102 のちのよをなけく涙といひなしてしほりやせましすみそめの袖
      大納言成通ふみつかはしけれとつれなかりける女をのちの
      よまてうらみのこるへきよし申けれは」16オ
                   よみ人しらす
1103 たまつさのかよふはかりになくさめて後のよまてのうらみのこすな
      前大納言隆房中将に侍ける時右近馬場のひをり
      の日まかれりけるにものみ侍ける女車よりつかはしける
1104 ためしあれはなかめはそれとしりなからおほつかなきは心なりけり
      返し           前大納言隆房
1105 いはぬより心やゆきてしるへするなかむるかたを人のとふまて
      千五百番哥合に
                   左衛門督通光
1106 なかめわひそれとはなしに物そおもふ雲のはたての夕くれの空」16ウ
      あめふる日女につかはしける
                   皇太后宮大夫俊成
1107 おもひあまりそなたのそらをなかむれはかすみをわけて春雨そふる
      水無瀬恋十五首哥合に
                   摂政太政大臣
1108 山かつのあさのさ衣おさをあらみあはて月日やすきふけるいほ
      欲言出恋といへる心を
                   藤原忠定
1109 おもへともいはて月日はすきのかとさすかにいかゝしのひはつへき
      百首哥たてまつりし時」17オ
                   皇太后宮大夫俊成
1110 あふことはかた野の里のさゝのいほしのに露ちるよはのとこかな
      入道前関白右大臣に侍ける時百首哥の中にし
      のふるこひ
1111 ちらすなよしのゝ葉くさのかりにてもつゆかゝるへき袖のうへかは
      題しらす         藤原元真
1112 白玉かつゆかとゝはん人もかなものおもふ袖をさしてこたへん
      女につかはしける     藤原義孝
1113 いつまてもいのちもしらぬ世中につらきなけきのやますもあるかな
      崇徳院に百首哥たてまつりける時」17ウ
                   大炊御門右大臣
1114 わかこひはちきのかたそきかたくのみゆきあはてとしのつもりぬるかな
      入道前関白家に百首哥よみ侍ける時あはぬこひと
      いふ心を         藤原基輔朝臣
1115 いつとなくしほやくあまのとまひさしひさしくなりぬあはぬ思は〈朱〉\
      夕恋といふ事をよみ侍ける
                   藤原秀能
1116 もしほやくあまのいそやのゆふけふりたつなもくるし思たえなて
      海辺恋といふことをよめる
                   定家朝臣」18オ
1117 すまのあまの袖にふきこすしほ風のなるとはすれとてにもたまらす
      摂政太政大臣家哥合によみ侍ける
                   寂蓮法師
1118 ありとてもあはぬためしのなとりかはくちたにはてねせゝのむもれ木
      千五百番哥合に
                   摂政太政大臣
1119 なけかすよいまはたおなしなとりかはせゝのむもれ木くちはてぬとも
      百首哥たてまつりし時
                   二条院讃岐
1120 なみたかはたきつ心のはやきせをしからみかけてせく袖そなき」18ウ
      摂政太政大臣百首哥よませ侍けるに
                   高松院右衛門佐
1121 よそなからあやしとたにもおもへかしこひせぬ人の袖のいろかは
      恋哥とてよめる      よみ人しらす
1122 しのひあまりおつる涙をせきかへしをさふる袖ようきなもらすな
      入道前関白太政大臣家哥合に
                   道因法師
1123 くれなゐに涙のいろのなりゆくをいくしほまてと君にとはゝや
      百首哥中に        式子内親王
1124 夢にても見ゆらんものをなけきつゝうちぬるよゐの袖のけしきは」19オ
      かたらひ侍ける女の夢に見えて侍けれはよみ
      ける           後徳大寺左大臣
1125 さめてのち夢なりけりとおもふにもあふはなこりのをしくやはあらぬ
      千五百番哥合に      摂政太政大臣
1126 身にそへるそのおもかけのきえなゝん夢なりけりとわするはかりに
      題しらす         大納言実宗
1127 夢のうちにあふとみえつるねさめこそつれなきよりも袖はぬれけれ〈朱〉\
      五十首哥たてまつりしに
                   前大納言忠良
1128 たのめをきしあさちかつゆに秋かけてこの葉ふりしくやとのかよひち」19ウ
      隔河忍恋といふことを
                   正三位経家
1129 しのひあまりあまのかはせにことよせんせめては秋をわすれたにすな〈朱〉\
      とをきさかひをまつこひといへる心を
                   賀茂重政
1130 たのめてもはるけかるへきかへる山いくへの雲のうちにまつらん〈朱〉\
      摂政太政大臣家百首哥合に
                   中宮大夫家房
1131 あふことはいつといふきのみねにおふるさしもたえせぬ思なりけり
                   家隆朝臣」20オ
1132 ふしのねのけふりもなをそたちのほるうへなきものはおもひなりけり
      名立恋といふこゝろをよみ侍ける
                   権中納言俊忠
1133 なき名のみたつたの山にたつ雲のゆくゑもしらぬなかめをそする
      百首哥の中に恋の心を
                   惟明親王
1134 あふことのむなしきそらのうき雲は身をしる雨のたよりなりけり〈朱〉\
                   右衛門督通具
1135 わかこひはあふをかきりのたのみたにゆくゑもしらぬそらのうき雲
      水無瀬恋十五首哥合に春恋の心を」20ウ
                   皇太后宮大夫俊成女
1136 おもかけのかすめる月そやとりける春やむかしの袖のなみたに
      冬恋           定家朝臣
1137 とこのしもまくらの氷きえわひぬむすひもをかぬ人の契に
      摂政太政大臣家百首哥合に暁恋
                   有家朝臣
1138 つれなさのたくひまてやはつらからぬ月をもめてしありあけの空
      宇治にて夜恋といふことをゝのこともつかうまつりしに
                   藤原秀能
1139 袖のうへにたれゆへ月はやとるそとよそになしても人のとへかし」21オ
      ひさしきこひといへることを
                   越前
1140 夏引のてひきのいとのとしへてもたえぬ思にむすほゝれつゝ
      家に百首哥合し侍けるに祈恋といへる心を
                   摂政太政大臣
1141 いく夜われ浪にしほれてきふねかはそてに玉ちる物おもふらん
                   定家朝臣
1142 としもへぬいのる契ははつせ山おのへのかねのよその夕くれ
      かたおもひの心をよめる
                   皇太后宮大夫俊成」21ウ
1143 うき身をはわれたにいとふいとへたゝそをたにおなし心とおもはん
      題しらす         権中納言長方
1144 こひしなんおなしうき名をいかにしてあふにかへつと人にいはれん〈朱〉\
                   殷富門院大輔
1145 あすしらぬいのちをそおもふをのつからあらはあふよをまつにつけても
                   八条院高倉
1146 つれもなき人の心はうつせみのむなしきこひに身をやかへてん
                   西行法師
1147 なにとなくさすかにおしきいのちかなありへは人や思しるとて
1148 おもひしる人ありけりのよなりせはつきせす身をはうらみさらまし」22オ

    新古今和哥集巻第十三
     恋哥三
      中関白かよひそめ侍けるころ
                   儀同三司母
1149 わすれしのゆくすゑまてはかたけれはけふをかきりのいのちともかな
      しのひたるをんなをかりそめなるところにゐてまかり
      てかへりてあしたにつかはしける
                   謙徳公
1150 かきりなくむすひをきつる草枕いつこのたひをおもひわすれん
      題しらす         業平朝臣」22ウ
1151 おもふにはしのふることそまけにけるあふにしかへはさもあらはあれ
      人の許にまかりそめてあしたにつかはしける
                   廉義公
1152 昨日まてあふにしかへはと思しをけふはいのちのおしくもあるかな
      百首哥に         式子内親王
1153 あふことをけふまつかえのたむけ草いくよしほるゝそてとかはしる
      頭中将に侍ける時五節所のわらはにもの申そめて
      のちたつねてつかはしける
                   源正清朝臣
1154 こひしさにけふそたつぬるおく山の日かけのつゆに袖はぬれつゝ」23オ
      題しらす         西行法師
1155 あふまてのいのちもかなとおもひしはくやしかりけるわか心かな
                   三条院女蔵人左近
1156 人心うす花そめのかり衣さてたにあらて(て=はイ)色やかはらん
                   興風
1157 あひみてもかひなかりけりうはたまのはかなき夢におとるうつゝは
                   実方朝臣
1158 なか/\のものおもひそめてねぬるよははかなき夢もえやはみえける
     しのひたる人とふたりふして
                   伊勢」23ウ
1159 夢とても人にかたるなしるといへはたまくらならぬ枕たにせす
      題しらす         和泉式部
1160 まくらたにしらねはいはし見しまゝに君かたるなよ春のよの夢
      人にものいひはしめて
                   馬内侍
1161 わすれても人にかたるなうたゝねのゆめみてのちもなかゝらしよを
      女につかはしける     藤原範永朝臣
1162 つらかりしおほくのとしはわすられてひとよの夢をあはれとそみし
      題しらす         高倉院御哥
1163 けさよりはいとゝおもひをたきましてなけきこりつむあふさかの山〈朱〉\」24オ
      初会恋のこゝろを     俊頼朝臣
1164 あしのやのしつはたおひのかたむすひ心やすくもうちとくるかな
      題しらす         読人しらす
1165 かりそめにふしみのゝへの草枕つゆかゝりきと人にかたるな
      人しれすしのひけることをふみなとちらすときゝける
      人につかはしける     相模
1166 いかにせんくすのうらふく秋風にした葉のつゆのかくれなき身を
      題しらす         実方朝臣
1167 あけかたきふたみのうらによるなみのそてのみぬれておきつしま人
                   伊勢」24ウ
1168 あふことのあけぬよなからあけぬれはわれこそかへれ心やはゆく
      九月十日あまり夜ふけていつみしきふかもとをたゝ
      かせ侍けるにきゝつけさりけれはあしたにつかはしける
                   大宰帥敦道親王
1169 秋のよのありあけの月のいるまてにやすらひかねてかへりにしかな
      題しらす         道信朝臣
1170 心にもあらぬわか身のゆきかへりみちのそらにてきえぬへき哉〈朱〉\
      近江更衣にたまはせける
                   延喜御哥
1171 はかなくもあけにけるかなあさつゆのおきての後そきえまさりける」25オ
      御返し          更衣源周子
1172 あさつゆのおきつるそらもおもほえすきえかへりつる心まとひに
      題しらす         円融院御哥
1173 をきそふるつゆやいかなるつゆならんいまはきえねとおもふわか身を
                   謙徳公
1174 おもひいてゝいまはけぬへしよもすからおきうかりつるきくのうへの露
                   清慎公
1175 うはたまのよるの衣をたちなからかへる物とはいまそしりぬる〈朱〉\
      夏の夜女の許にまかりて侍けるに人しつまる
      ほと夜いたくふけてあひて侍けれはよみける」25ウ
                   藤原清正
1176 みしかよのゝこりすくなくふけゆけはかねて物うきあかつきの空
      女みこにかよひそめてあしたにつかはしける
                   大納言清蔭
1177 あくといへはしつ心なきはるのよの夢とや君をよるのみはみん
      やよひのころよもすからものかたりしてかへり侍りける
      人のけさはいとゝものおもはしきよし申つかはしたりけるに
                   和泉式部
1178 けさはしもなけきもすらんいたつらに春のよひとよ夢をたにみて
      題しらす         赤染衛門」26オ
1179 心からしはしとつゝむものからにしきのはねかきつらきけさかな
      しのひたるところよりかへりてあしたにつかはしける
                   九条入道右大臣
1180 わひつゝも君か心にかなふとてけさもたもとをほしそわつらふ〈朱〉\
      小八条のみやす所につかはしける
                   亭子院御哥
1181 たまくらにかせるたもとのつゆけきはあけぬとつくる涙なりけり
      題しらす         藤原惟成
1182 しはしまてまた夜はふかしなか月のありあけの月は人まとふ也
      前栽のつゆをきたるをなとか見すなりにしと」26ウ
      申ける女に        実方朝臣
1183 おきて見は袖のみぬれていとゝしく草葉の玉のかすやまさらん
      二条院御時あか月かへりなんとするこひといふことを
                   二条院讃岐
1184 あけぬれとまたきぬ/\になりやらて人の袖をもぬらしつるかな
      題しらす         西行法師
1185 おもかけのわするましきわかれかななこりを人の月にとゝめて
      後朝の恋のこゝろを
                   摂政太政大臣
1186 またもこん秋をたのむのかりたにもなきてそかへる春のあけほの」27オ
      女の許にまかりて心ちのれいならす侍けれはかへりて
      つかはしける       賀茂成助
1187 たれゆきて君につけましみちしはのつゆもろともにきえなましかは
      女の許にものをたにいはむとてまかれりけるにむな
      しくかへりてあしたに
                   左大将朝光
1188 きえかへりあるかなきかのわか身かなうらみてかへるみちしはのつゆ
      三条関白女御入内のあしたにつかはしける
                   華山院御哥
1189 あさほらけおきつるしものきえかへりくれまつほとの袖をみせはや」27ウ
      法性寺入道前関白太政大臣家哥合に
                   藤原道経
1190 庭におふるゆふかけ草のしたつゆやくれをまつまの涙なるらん
      題しらす         小侍従
1191 まつよゐにふけゆくかねのこゑきけはあかぬわかれのとりは物かは
                   藤原知家
1192 これも又なかきわかれになりやせんくれをまつへきいのちならねは
                   西行法師
1193 ありあけはおもひいてあれやよこ雲のたゝよはれつるしのゝめのそら
                   清原元輔」28オ
1194 大井かは井せきの水のわくらはにけふはたのめしくれにやはあらぬ
      けふとちきりける人のあるかとゝひて侍けれは
                   読人しらす
1195 ゆふくれにいのちかけたるかけろふのありやあらすやとふもはかなし
      西行法師人/\に百首哥よませ侍けるに
                   定家朝臣
1196 あちきなくつらきあらしの声もうしなとゆふくれにまちならひけん
      こひのうたとて      太上天皇
1197 たのめすは人はまつちの山なりとねなまし物をいさよひの月〈朱〉\
      みなせにて恋十五首哥合に夕恋といへる心を」28ウ
                   摂政太政大臣
1198 なにゆへと思もいれぬゆふへたにまちいてし物を山のはの月
      寄風恋          宮内卿
1199 きくやいかにうはのそらなる風たにもまつにおとするならひありとは
      題しらす         西行法師
1200 人はこて風のけしきもふけぬるにあはれに雁のをとつれてゆく
                   八条院高倉
1201 いかゝふく身にしむ色のかはるかなたのむるくれの松風の声〈朱〉\
                   鴨長明
1202 たのめをく人もなからの山にたにさよふけぬれは松風の声〈朱〉\」29オ
                   藤原秀能
1203 いまこんとたのめしことをわすれすはこのゆふくれの月やまつらん
      まつこひといへる心を
                   式子内親王
1204 君まつとねやへもいらぬまきのとにいたくなふけそ山の葉の月
      恋哥とてよめる      西行法師
1205 たのめぬに君くやとまつよゐのまのふけゆかてたゝあけなましかは
                   定家朝臣
1206 かへるさの物とや人のなかむらんまつよなからのありあけの月
      題しらす         読人しらす」29ウ
1207 きみこんといひしよことにすきぬれはたのまぬものゝこひつゝそふる
                   人麿
1208 衣手に山おろしふきてさむき夜を君きまさすはひとりかもねん
      左大将朝光ひさしうをとつれ侍らてたひなるとこ
      ろにきあひてまくらのなけれは草をむすひてし
      たるに          馬内侍
1209 あふことはこれやかきりのたひならん草の枕も霜かれにけり
     天暦御時まとをにあれやと侍りけれは
                   女御徽子女王
1210 なれゆくはうき世なれはやすまのあまのしほやき衣まとをなるらん」30オ
      あひてのちあひかたき女に
                   坂上是則
1211 きりふかき秋の野中のわすれ水たえまかちなる比にもあるかな
      三条院みこの宮と申ける時ひさしくとはせたまは
      さりけれは        安法々師女
1212 世のつねの秋風ならはおきの葉にそよとはかりのをとはしてまし
      題しらす         中納言家持
1213 あしひきの山のかけ草むすひをきてこひやわたらんあふよしをなみ〈朱〉\
                   延喜御哥
1214 あつまちにかるてふかやのみたれつゝつかのまもなくこひやわたらん」30ウ
                   権中納言敦忠
1215 むすひをきしたもとたに見ぬ花すゝきかるともかれしきみしとかすは
      百首哥中に        源重之
1216 霜のうへにけさふる雪のさむけれはかさねて人をつらしとそ思〈朱〉\
      題しらす         安法々師女
1217 ひとりふすあれたるやとのとこのうへにあはれいくよのねさめしつらん
                   重之
1218 やましろのよとのわかこもかりにきて袖ぬれぬとはかこたさらなん〈朱〉\
                   貫之
1219 かけておもふ人もなけれとゆふされはおもかけたえぬ玉かつらかな」31オ
      みやつかへしける女をかたらひ侍けるにやんことなき
      おとこのいりたちていふけしきを見てうらみけるを
      女あらかひけれはよみ侍ける
                   平定文
1220 いつはりをたゝすのもりのゆふたすきかけつゝちかへわれをおもはゝ
      人につかはしける     鳥羽院御哥
1221 いかはかりうれしからましもろともにこひらるゝ身もくるしかりせは
      片思のこゝろを      入道前関白太政大臣
1222 われはかりつらきをしのふ人やあるといまよにあらは思ひあはせよ
      摂政太政大臣家百首哥合に契恋の心を」31ウ
                   前大僧正慈円
1223 たゝたのめたとへは人のいつはりをかさねてこそは又もうらみめ〈朱〉\
      女をうらみていまはまからしと申てのち猶わすれ
      かたくおほえけれはつかはしける
                   右衛門督家通
1224 つらしとはおもふ物からふしゝはのしはしもこりぬ心なりけり
      たのむこと侍ける女わつらふ事侍けるをこたりて
      久我内大臣のもとにつかはしける
                   読人しらす
1225 たのめこしことの葉はかりとゝめをきてあさちかつゆときえなましかは」32オ
      返し           久我内大臣
1226 あはれにもたれかはつゆもおもはましきえのこるへきわか身ならねは
      題しらす         小侍従
1227 つらきをもうらみぬわれにならふなようき身をしらぬ人もこそあれ
                   殷富門院大輔
1228 なにかいとふよもなからへしさのみやはうきにたへたるいのちなるへき
                   刑部卿頼輔
1229 こひしなんいのちは猶もおしきかなおなしよにあるかひはなけれと
                   西行法師
1230 あはれとて人の心のなさけあれなかすならぬにはよらぬなけきを」32ウ
1231 身をしれは人のとかとはおもはぬにうらみかほにもぬるゝ袖かな
      女につかはしける     皇太后宮大夫俊成
1232 よしさらはのちのよとたにたのめをけつらさにたへぬ身ともこそなれ
      返し           藤原定家朝臣母
1233 たのめをかんたゝさはかりを契にてうきよの中の夢になしてよ」33オ

    新古今和哥集巻第十四
     恋哥四
      中将に侍ける時をんなにつかはしける
                   清慎公
1234 よゐ/\にきみをあはれとおもひつゝ人にはいはてねをのみそなく
      返し           読人しらす
1235 君たにもおもひいてけるよゐ/\をまつはいかなる心ちかはする
      少将滋幹につかはしける
1236 こひしさにしぬるいのちを思いてゝとふ人あらはなしとこたへよ
      うらむる事侍りてさらにまうてこしとちかことして」33ウ
      ふつかはかりありてつかはしける
                   謙徳公
1237 わかれては昨日けふこそへたてつれちよをへたる心ちのみする
      返し           恵子女王<贈皇后宮母>
1238 きのふともけふともしらす今はとてわかれしほとの心まとひに
      入道摂政ひさしくまうてこさりけるころひんかきて
      いて侍けるゆするつきの水いれなから侍けるを見て
                   右大将道綱母
1239 たえぬるかゝけたに見えはとふへきにかたみの水はみくさゐにけり
      内にひさしくまいりたまはさりけるころ五月五日」34オ
      後朱雀院の御ことに
                   陽明門院
1240 かた/\にひきわかれつゝあやめくさあらぬねをやはかけんとおもひし
      題しらす         伊勢
1241 ことの葉のうつろふたにもあるものをいとゝ時雨のふりまさるらん
                   右大将道綱母
1242 ふく風につけてもとはんさゝかにのかよひしみちはそらにたゆとも
      きさいの宮ひさしくさとにおはしけるころつかはし
      ける           天暦御哥
1243 くすの葉にあらぬわか身も秋風のふくにつけつゝうらみつる哉〈朱〉\」34ウ
      ひさしくまいらさりける人に
                   延喜御哥
1244 霜さやく野辺のくさはにあらねともなとか人めのかれまさるらん
      御返し          読人しらす
1245 あさちおふる野へやかるらん山かつのかきほのくさは色もかはらす
      春になりてとそうし侍りけるかさもなかりけれはうち
      よりまたとしもかへらぬにやとのたまはせたりける
      御返事をかえてのもみちにつけて
                   女御徽子女王
1246 かすむらんほとをもしらすしくれつゝすきにし秋のもみちをそみる」35オ
      御返し          天暦御哥
1247 いまこんとたのめつゝふることの葉そときはに見ゆるもみちなりける
      女御のしもに侍けるにつかはしける
                   朱雀院御哥
1248 たまほこのみちははるかにあらねともうたて雲井にまとふ比かな
      御返し          女御熈子女王
1249 思ひやる心はそらにあるものをなとか雲ゐにあひみさるらん
      麗景殿女御まいりてのちあめふり侍ける日梅壺
      女御に          後朱雀院御哥
1250 春雨のふりしく比かあをやきのいとゝみたれて人そこひしき」35ウ
      御返し          女御藤原生子
1251 あをやきのいとみたれたるこのころは一すちにしも思よられし
      又つかはしける      後朱雀院御哥
1252 あをやきのいとはかた/\なひくともおもひそめてん色はかはらし
      御返し          女御生子
1253 あさみとりふかくもあらぬあをやきはいろかはらしといかゝたのまん
      はやうもの申ける女にかれたるあふひをみあれの日
      つかはしける       実方朝臣
1254 いにしへのあふひと人はとかむともなをそのかみのけふそわすれぬ
      返し           読人しらす」36オ
1255 かれにけるあふひのみこそかなしけれ哀と見すやかものみつかき
      ひろはたのみやす所につかはしける
                   天暦御哥
1256 あふことをはつかに見えし月かけのおほろけにやはあはれとはおもふ
      題しらす         伊勢
1257 さらしなやをはすて山のありあけのつきすもゝのを思ふ比かな
                   中務
1258 いつとても哀とおもふをねぬるよの月はおほろけなく/\そみし〈朱〉\
                   躬恒
1259 さらしなの山よりほかにてる月もなくさめかねつこのころの空〈朱〉\」37ウ
                   読人しらす
1260 あまのとをゝしあけかたの月みれはうき人しもそこひしかりける
1261 ほの見えし月をこひしとかへるさの雲ちの浪にぬれてこしかな〈朱〉\
      人につかはしける     紫式部
1262 いるかたはさやかなりける月かけをうはのそらにもまちしよゐかな
      返し           よみ人しらす
1263 さしてゆく山の葉もみなかきくもり心のそらにきえし月かけ
      題しらす         藤原経衡
1264 いまはとてわかれしほとの月をたになみたにくれてなかめやはせし
                   肥後」38オ
1265 おもかけのわすれぬ人によそへつゝいるをそしたふ秋のよの月
                   後徳大寺左大臣
1266 うき人の月はなにそのゆかりそとおもひなからもうちなかめつゝ
                   西行法師
1267 月のみやうわのそらなるかたみにておもひもいては心かよはん
1268 くまもなきおりしも人を思いてゝ心と月をやつしつるかな
1269 ものおもひてなかむるころの月のいろにいかはかりなる哀そむらん
                   八条院高倉
1270 くもれかしなかむるからにかなしきは月におほゆる人のおもかけ
      百首哥の中に       太上天皇」38ウ
1271 わすらるゝ身をしる袖のむら雨につれなく山の月はいてけり〈朱〉\
      千五百番哥合に      摂政太政大臣
1272 めくりあはんかきりはいつとしらねとも月なへたてそよそのうき雲
1273 わかなみたもとめて袖にやとれ月さりとて人のかけは見ねとも
                   権中納言公経
1274 こひわふる涙やそらにくもるらんひかりもかはるねやの月かけ〈朱〉\
                   左衛門督通光
1275 いくめくりそらゆく月もへたてきぬ契し中はよそのうき雲
                   右衛門督通具
1276 いまこんと契しことは夢なから見しよにゝたる有あけの月」39オ
                   有家朝臣
1277 わすれしといひしはかりのなこりとてそのよの月はめくりきにけり
      題しらす         摂政太政大臣
1278 おもひいてゝよな/\月にたつねすはまてとちきりし中やたえなん
                   家隆朝臣
1279 わするなよいまは心のかはるともなれしそのよの有明の月
                   法眼宗円
1280 そのまゝに松の嵐もかはらぬをわすれやしぬるふけしよの月〈朱〉\
                   藤原秀能
1281 人そうきたのめぬ月はめくりきてむかしわすれぬよもきふのやと」39ウ
      八月十五夜和哥所にて月前恋といふことを
                   摂政太政大臣
1282 わくらはにまちつるよゐもふけにけりさやは契し山のはの月
                   有家朝臣
1283 こぬ人をまつとはなくてまつよゐのふけゆくそらの月もうらめし
                   定家朝臣
1284 松山と契し人はつれなくて袖こすなみにのこる月かけ
      千五百番哥合に      皇太后宮大夫俊成女
1285 ならひこしたかいつはりもまたしらてまつとせしまの庭のよもきふ
      経房卿家哥合に久恋と」40オ
                   二条院讃岐
1286 あとたえてあさちかすゑになりにけりたのめしやとのにはのしら露
      摂政太政大臣家百首哥よみ侍けるに
                   寂蓮法師
1287 こぬ人をおもひたえたる庭のおものよもきかすゑそまつにまされる
      題しらす         左衛門督通光
1288 たつねても袖にかくへきかたそなきふかきよもきの露のかことを
                   藤原保季朝臣
1289 かたみとてほのふみわけしあともなしこしはむかしの庭のおきはら〈朱〉\
                   法橋行遍」40ウ
1290 なこりをは庭のあさちにとゝめをきてたれゆへ君かすみうかれけん〈朱〉\
      摂政太政大臣家百首哥合に
                   定家朝臣
1291 わすれすはなれし袖もやこほるらんねぬよのとこのしものさむしろ
                   家隆朝臣
1292 風ふかはみねにわかれん雲をたにありしなこりのかたみともみよ〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
1293 いはさりきいまこんまてのそらの雲月日へたてゝ物おもへとは
      千五百番哥合に      家隆朝臣」41オ
1294 おもひいてよたかゝねことのすゑならんきのふの雲のあとの山風
      二条院御時艶書の哥めしけるに
                   刑部卿範兼
1295 わすれゆく人ゆへそらをなかむれはたえ/\にこそ雲もみえけれ
      題しらす         殷富門院大輔
1296 わすれなはいけらん物かとおもひしにそれもかなはぬこの世なりけり
                   西行法師
1297 〈墨〉°うとくなる人をなにとてうらむらんしられすしらぬおりもありしに〈朱〉\
1298 〈墨〉°今そしるおもひいてよと契しはわすれんとてのなさけなりけり
      建仁元年三月哥合に遇不遇恋のこゝろを」41ウ
                   土御門内大臣
1299 あひ見しはむかしかたりのうつゝにてそのかねことを夢になせとや
                   権中納言公経
1300 あはれなる心のやみのゆかりとも見しよの夢をたれかさためん〈朱〉\
                   右衛門督通具
1301 ちきりきやあかぬわかれに露をきし暁はかりかたみなれとは
                   寂蓮法師
1302 うらみわひまたしいまはの身なれともおもひなれにし夕くれの空
                   宜秋門院丹後
1303 わすれしのことの葉いかになりにけんたのめしくれは秋風そふく」42オ
      家に百首哥合し侍けるに
                   摂政太政大臣
1304 おもひかねうちぬるよゐもありなましふきたにすさへ庭の松風〈朱〉\
                   有家朝臣
1305 さらてたにうらみんとおもふわきもこか衣のすそに秋風そふく
      題しらす         よみ人しらす
1306 心にはいつもあきなるねさめかな身にしむ風のいくよともなく
                   西行法師
1307 あはれとてとふ人のなとなかるらんものおもふやとのおきのうは風
      入道前関白太政大臣家の哥合に」42ウ
                   俊恵法師
1308 わかこひは今をかきりとゆふまくれおきふく風のをとつれてゆく
      題しらす         式子内親王
1309 いまはたゝ心のほかにきく物をしらすかほなるおきのうは風
      家哥合に         摂政太政大臣
1310 いつもきく物とや人の思らんこぬゆふくれの秋風のこゑ
                   前大僧正慈円
1311 心あらはふかすもあらなんよゐ/\に人まつやとの庭の松風
      和哥所にて哥合侍しにあひてあはぬ恋の心を
                   寂蓮法師」43オ
1312 さとはあれぬ(ぬ=て)むなしきとこのあたりまて身はならはしの秋風そ吹
      水無瀬の恋十五首の哥合に
                   太上天皇
1313 さとはあれぬおのへの宮のをのつからまちこしよゐも昔なりけり
                   有家朝臣
1314 ものおもはてたゝおほかたのつゆにたにぬるれはぬるゝ秋のたもとを
                   雅経
1315 草枕むすひさためんかたしらすならはぬ野への夢のかよひち
      和哥所の哥合に深山恋といふことを
                   家隆朝臣」43ウ
1316 さてもなをとはれぬ秋のゆふは山雲ふく風もみねにみゆらん
                   藤原秀能
1317 おもひいるふかき心のたよりまて見しはそれともなき山ち哉
      題しらす         鴨長明
1318 なかめても哀とおもへおほかたのそらたにかなし秋の夕くれ
      千五百番哥合に      右衛門督通具
1319 ことの葉のうつりし秋もすきぬれはわか身時雨とふる涙かな〈朱〉\
                   定家朝臣
1320 きえわひぬうつろふ人の秋のいろに身をこからしのもりの白露
      摂政太政大臣家哥合に」44オ
                   寂蓮法師
1321 こぬ人を秋のけしきやふけぬらんうらみによはる松むしのこゑ
      恋哥とてよみ侍りける
                   前大僧正慈円
1322 わかこひは庭のむら萩うらかれて人をも身をも秋の夕くれ
      被忘恋の心を       太上天皇
1323 袖のつゆもあらぬ色にそきえかへるうつれはかはるなけきせしまに
                   定家朝臣
1324 むせふともしらしな心かはらやにわれのみけたぬしたのけふりは
                   家隆朝臣」44ウ
1325 しられしなおなし袖にはかよふともたか夕くれとたのむ秋風
                   皇太后宮大夫俊成女
1326 つゆはらふねさめは秋のむかしにて見はてぬ夢にのこるおもかけ
      摂政太政大臣家百首哥合に尋恋
                   前大僧正慈円
1327 心こそゆくゑもしらねみわの山すきの木すゑの夕くれの空
      百首哥中に        式子内親王
1328 さりともとまちし月日そうつりゆく心の花の色にまかせて
1329 いきてよもあすまて人もつらからしこの夕くれをとはゝとへかし
      暁恋の心を        前大僧正慈円」45オ
1330 暁のなみたやそらにたくふらん袖におちくるかねのおと哉
      千五百番哥合に
                   権中納言公経
1331 つく/\とおもひあかしのうらちとりなみのまくらになく/\そきく〈朱〉\
                   定家朝臣
1332 たつねみるつらき心のおくのうみよしほひのかたのいふかひもなし
      水無瀬の恋の十五首哥合に
                   雅経
1333 見し人のおもかけとめよきよみかた袖にせきもる浪のかよひち
                   皇太后宮大夫俊成女」45ウ
1334 ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしはかりをまつとせしまに
1335 かよひこしやとのみちしはかれ/\にあとなき霜のむすほゝれつゝ」46オ

    新古今和哥集巻第十五
     恋哥五
      水無瀬恋十五首哥合に
                   藤原定家朝臣
1336 しろたへの袖のわかれにつゆおちて身にしむいろの秋風そふく
                   藤原家隆朝臣
1337 思いる身はふかくさのあきのつゆたのめしすゑやこからしの風
                   前大僧正慈円
1338 野辺のつゆはいろもなくてやこほれつるそてよりすくるおきのうは風
      題しらす         左近中将公衡」46ウ
1339 こひわひて野辺のつゆとはきえぬともたれか草葉を哀とはみん
                   右衛門督通具
1340 とへかしなお花かもとのおもひくさしほるゝ野辺のつゆはいかにと
      家に恋十首哥よみ侍ける時
                   権中納言俊忠
1341 よのまにもきゆへき物をつゆしものいかにしのへとたのめをくらん
      題しらす         道信朝臣
1342 あたなりとおもひしかとも君よりはものわすれせぬ袖のうはつゆ
                   藤原元真
1343 おなしくはわか身もつゆときえなゝんきえなはつらきことの葉も見し〈朱〉/」47オ
      たのめて侍ける女のゝちに返事をたにせす侍けれは
      かのおとこにかはりて
                   和泉式部
1344 いまこんといふことの葉もかれゆくによな/\つゆのなにゝをくらん
      たのめたることあとなくなり侍にけるをんなのひさしく
      ありてとひて侍ける返事に
                   藤原長能
1345 あたことのはにをくつゆのきえにしをある物とてや人のとふらん
      藤原惟成につかはしける
                   読人しらす」47ウ
1346 うちはへていやはねらるゝ宮木のゝこはきかした葉いろにいてしより
      返し           藤原惟成
1347 はきの葉やつゆのけしきもうちつけにもとよりかはる心ある物を〈朱〉\
      題しらす         華山院御哥
1348 よもすからきえかへりつるわか身かななみたのつゆにむすほゝれつゝ
      ひさしうまいらぬ人に
                   光孝天皇御哥
1349 君かせぬわかたまくらは草なれやなみたのつゆのよな/\そをく〈朱〉\
      御返し          読人しらす
1350 つゆはかりをくらん袖はたのまれすなみたの河のたきつせなれは」48オ
      みちのくにのあたちに侍ける女に九月はかりつか
      はしける         重之
1351 思ひやるよそのむら雲しくれつゝあたちのはらにもみちしぬらん
      おもふこと侍ける秋のゆふくれひとりなかめてよみ侍
      ける           六条右大臣室
1352 身にちかくきにけるものを色かはる秋をはよそにおもひしかとも
      題しらす         相模
1353 色かはるはきのした葉を見てもまつ人の心の秋そしらるゝ
1354 いなつまはてらさぬよゐもなかりけりいつらほのかにみえしかけろふ
                   謙徳公」48ウ
1355 人しれぬねさめの涙ふりみちてさもしくれつるよはのそらかな
                   光孝天皇御哥
1356 なみたのみうきいつるあまのつりさほのなかきよすからこひつゝそぬる
                   坂上是則
1357 まくらのみうくとおもひしなみたかはいまはわか身のしつむなりけり〈朱〉\
                   読人しらす
1358 おもほえす袖にみなとのさはくかなもろこし舟のよりしはかりに
1359 いもか袖わかれし日よりしろたへの衣かたしきこひつゝそぬる
1360 あふことのなみのした草みかくれてしつ(つ+心歟)なくねこそなかるれ〈朱〉\
1361 うらにたくもしほの煙なひかめやよものかたより風(風+は歟)ふくとも」49オ
1362 わするらんとおもふ心のうたかひにありしよりけに物そかなしき
1363 うきなから人をはえしもわすれねはかつうらみつゝなをそこひしき
1364 いのちをはあたなるものときゝしかとつらきかためは長もあるかな
1365 いつかたにゆきかくれなんよの中に身のあれはこそ人もつらけれ〈朱〉\
1366 いまゝてにわすれぬ人はよにもあらしをのかさま/\としのへぬれは
1367 たま水をてにむすひてもこゝろみんぬるくはいしの中もたのまし
1368 山しろの井ての玉水てにくみてたのみしかひもなきよなりけり
1369 君かあたり見つゝをゝらんいこま山雲なかくしそ雨はふるとも〈朱〉\
1370 なかそらに立ゐる雲のあともなく身のはかなくもなりぬへきかな
1371 雲のゐるとを山とりのよそにてもありとしきけはわひつゝそぬる」49ウ
1372 ひるはきてよるはわかるゝ山とりのかけ見る時そねはなかれける
1373 われもしかなきてそ人にこひられしいまこそよそに声をのみきけ
                   人麿
1374 夏野ゆくをしかのつのゝつかのまもわすれすおもへいもか心を
1375 夏草のつゆわけ衣きもせぬになとわか袖のかはく時なき
                   八代女王
1376 みそきするならのをかはの河風にいのりそわたるしたにたえしと
                   清原深養父
1377 うらみつゝぬるよの袖のかはかぬはまくらのしたにしほやみつらん
      中納言家持につかはしける」50オ
                   山口女王
1378 あし辺よりみちくるしほのいやましにおもふか君をわすれかねつる
1379 しほかまのまへにうきたるうきしまのうきておもひのあるよなりけり〈朱〉\
      題しらす         赤染衛門
1380 いかにねて見えしなるらんうたゝねの夢より後は物をこそおもへ
                   参議篁
1381 うちとけてねぬものゆへに夢を見てものおもひまさる比にもあるかな
                   伊勢
1382 春のよの夢にありつと見えつれはおもひたえにし人そまたるゝ〈朱〉\
                   盛明親王」50ウ
1383 はるのよの夢のしるしはつらくとも見しはかりたにあらはたのまん
                   女御徽子女王
1384 ぬる夢にうつゝのうさもわすられておもひなくさむほとそはかなき
      春夜女のもとにまかりてあしたにつかはしける
                   能宣朝臣
1385 かくはかりねてあかしつる春のよにいかに見えつる夢にかあるらん
      題しらす         寂蓮法師
1386 なみたかは身もうきぬへきねさめかなはかなき夢のなこりはかりに
      百首哥たてまつりしに   家隆朝臣
1387 あふと見てことそともなくあけぬなりはかなの夢の忘かたみや」51オ
      題しらす         基俊
1388 ゆかちかしあなかまよはのきり/\す夢にも人のみえもこそすれ
      千五百番哥合に      皇太后宮大夫俊成
1389 あはれなりうたゝねにのみ見しゆめの長きおもひにむすほゝれなん
      題しらす         定家朝臣
1390 かきやりしそのくろかみのすちことにうちふすほとはおもかけそたつ〈朱〉\
      和哥所哥合に遇不逢恋の心を
                   皇太后宮大夫俊成女
1391 夢かとよ見しおもかけもちきりしもわすれすなからうつゝならねは
      恋哥とて         式子内親王」51ウ
1392 はかなくそしらぬいのちをなけきこしわかゝねことのかゝりけるよに
                   弁
1393 すきにけるよゝの契もわすられていとふうき身のはてそはかなき〈朱〉\
      崇徳院に百首哥たてまつりける時恋哥
                   皇太后宮大夫俊成
1394 おもひわひ見しおもかけはさてをきてこひせさりけんおりそこひしき〈朱〉\
      題しらす         相模
1395 なかれいてんうき名にしはしよとむかなもとめぬ袖のふちはあれとも
      おとこのひさしくをとつれさりけるかわすれてやと申
      侍けれはよめる      馬内侍」52オ
1396 つらからはこひしきことはわすれなてそへてはなとかしつ心なき
      むかし見ける人かものまつりのしたいしにいてたちて
      なんまかりわたるといひて侍けれは
1397 きみしまれみちのゆきゝをさたむらんすきにし人をかつ忘つゝ
      としころたえ侍にける女のくれといふものたつね
      たりける(る+に)つかはすとて
                   藤原仲文
1398 花さかぬくち木のそまのそま人のいかなるくれに思ひいつらん
      ひさしくをとせぬ人に
                   大納言経信母」52ウ
1399 をのつからさこそはあれとおもふまにまことに人のとはすなりぬる
      忠盛朝臣かれ/\になりてのちいかゝおもひけんひさ
      しくをとつれぬ事をうらめしくやなといひて侍け
      れは返事に        前中納言教盛母
1400 ならはねは人のとはぬもつらからてくやしきにこそ袖はぬれけれ
      題しらす         皇嘉門院尾張
1401 なけかしなおもへは人につらかりしこのよなからのむくひなりけり
                   和泉式部
1402 いかにしていかにこのよにありへはかしはしもゝのをおもはさるへき
                   深養父」53オ
1403 うれしくはわするゝこともありなましつらきそなかきかたみなりける
                   素性法師
1404 あふことのかたみをたにも見(見=え歟)てしかな人はたゆともみつゝしのはん
                   小野小町
1405 わか身こそあらぬかとのみたとらるれとふへき人にわすられしより
                   能宣朝臣
1406 かつらきやくめちにわたすいはゝしのたえにし中となりやはてなん
                   祭主輔親
1407 今はともおもひなたえそ野中なる水のなかれはゆきてたつねん
                   伊勢」53ウ
1408 おもひいつやみのゝを山のひとつ松契しことはいつもわすれす
                   業平朝臣
1409 いてゝいにしあとたにいまたかはらぬにたかゝよひちと今はなるらん
1410 むめの花かをのみ袖にとゝめをきてわかおもふ人はをとつれもせぬ
      斎宮女御につかはしける
                   天暦御哥
1411 あまのはらそこともしらぬおほそらにおほつかなさをなけきつるかな
      御返し          女御徽子女王
1412 なけくらん心をそらに見てしかなたつあさきりに身をやなさまし
      題しらす         光孝天皇御哥」54オ
1413 あはすしてふるころをひのあまたあれははるけきそらになかめをそする
      をんなのほかへまかるをきゝて
                   兵部卿致平親王
1414 おもひやる心もそらに白雲のいてたつかたをしらせやはせぬ
      題しらす         躬恒
1415 雲井よりとを山とりのなきてゆく声ほのかなるこひもするかな
      弁更衣ひさしくまいらさりけるにたまはせける
                   延喜御哥
1416 雲ゐなる雁たになきてくる秋になとかは人のをとつれもせぬ
      斎宮女御はるころまかりいてゝひさしうまいり侍ら」54ウ
      さりけれは        天暦御哥
1417 春ゆきて秋まてとやはおもひけんかりにはあらす契し物を
      題しらす         西宮前左大臣
1418 はつかりのはつかにきゝしことつても雲ちにたえてわふる比かな
      五節のころうちにて見侍ける人に又のとしつかは
      しける          藤原惟成
1419 をみころもこそはかりこそなれさらめけふの日かけのかけてたにとへ
      題しらす         藤原元真
1420 すみよしのこひわすれ草たねたえてなきよにあへるわれそかなしき
      斎宮女御まいり侍りけるにいかなる事かありけん」55オ
                   天暦御哥
1421 水のうへのはかなきかすもおもほえすふかき心しそこにとまれは〈朱〉/
      ひさしくなりにける人のもとへ
                   謙徳公
1422 なかきよのつきぬなけきのたえさらはなにゝいのちをかへてわすれん
      題しらす         権中納言敦忠
1423 心にもまかせさりけるいのちもてたのめもをかしつねならぬよを
                   藤原元真
1424 世のうきも人のつらきもしのふるにこひしきにこそ思ひわひぬれ
      しのひてかたらひける女のおやきゝていさめ侍けれは」55ウ
                   参議篁
1425 かすならはかゝらましやはよの中にいとかなしきはしつのをたまき
      題しらす         藤原惟成
1426 人ならはおもふ心をいひてましよしやさこそはしつのをたまき〈朱〉\
                   よみ人しらす
1427 わかよはひおとろへゆけはしろたへの袖のなれにし君をしそ思〈朱〉\
1428 いまよりはあはしとすれやしろたへのわか衣手のかはく時なき〈朱〉\
1429 たまくしけあけまくおしきあたら夜を衣てかれてひとりかもねん
1430 あふことをおほつかなくてすくすかな草葉のつゆのをきかはるまて
1431 秋の田のほむけの風のかたよりにわれは物おもふつれなきものを〈朱〉\」56オ
1432 はしたかの野もりのかゝみえてしかなおもひおもはすよそなからみん
1433 おほよとの松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへるなみかな
1434 白浪はたちさはくともこりすまのうらのみるめはからんとそおもふ
1435 さしてゆくかたはみなとのうらたかみうらみてかへるあまのつりふね」56ウ

    新古今和哥集巻第十六
     雑哥上
      入道前関白太政大臣家に百首哥よませ侍けるに
      立春の心を        皇太后宮大夫俊成
1436 としくれしなみたのつらゝとけにけりこけの袖にも春やたつらん
      土御門内大臣家に山家残雪といふこゝろをよみ侍
      けるに          藤原有家朝臣
1437 山かけやさらては庭にあともなし春そきにける雪のむらきえ
     円融院くらゐさり給てのちふなをかに子日したまひ
     けるにまいりてあしたにたてまつりける」57オ
                   一条左大臣
1438 あはれなりむかしの人をおもふにはきのふの野へにみゆきせましや〈朱〉\
      御返し          円融院御哥
1439 ひきかへて野辺のけしきは見えしかとむかしをこふる松はなかりき〈朱〉\
      月のあかく侍ける夜そてのぬれたりけるを
                   大僧正行尊
1440 春くれは袖の氷もとけにけりもりくる月のやとるはかりに
      うくひすを        菅贈太政大臣
1441 たにふかみ春のひかりのをそけれは雪につゝめる鴬の声
      梅」57ウ
1442 ふるゆきにいろまとはせるむめの花うくひすのみやわきてしのはん
      枇杷左大臣の大臣になりて侍けるよろこひ申とて
      むめをおりて       貞信公
1443 をそくとくつゐにさきぬるむめの花たかうへをきしたねにかあるらん
      延長のころをひ五位蔵人に侍けるをはなれ侍て
      朱雀院承平八年又かへりなりてあくるとしむ月
      に御あそひ侍ける日むめの花をおりてよみ侍ける
                   源公忠朝臣
1444 もゝしきにかはらぬものは梅の花おりてかさせるにほひなりけり
      むめのはなを見たまひて」58オ
                   華山院御哥
1445 いろかをはおもひもいれすむめの花つねならぬよによそへてそみる
      上東門院よをそむきたまひにける春にはのこう
      はいを見侍りて      大弐三位
1446 むめの花なにゝほふらんみる人のいろをもかをもわすれぬるよに
      東三条院女御におはしける時円融院つねにわたり
      給けるをきゝ侍りてゆけひの命婦かもとにつかはしける
                   東三条入道前摂政太政大臣
1447 はるかすみたなひきわたるおりにこそかゝる山辺のかひもありけれ
      御返し          円融院御哥」58ウ
1448 むらさきの雲にもあらて春かすみたなひく山のかひはなにそも〈朱〉\
      柳を           菅贈太政大臣
1449 みちのへのくち木の柳春くれはあはれむかしとしのはれそする
      題しらす         深養父
1450 むかし見し春はむかしの春なからわか身ひとつのあらすもあるかな〈朱〉\
     堀河院におはしましけるころ閑院の左大将の家の
     さくらをおらせにつかはすとて
                   円融院御哥
1451 かきこしに見るあた人のいへさくら花ちりはかりゆきておらはや〈朱〉\
      御返し          左大将朝光」59オ
1452 おりにことおもひやすらん花さくらありしみゆきの春をこひつゝ〈朱〉\
      高陽院にて花のちるを見てよみ侍ける
                   肥後
1453 よろつよをふるにかひあるやとなれはみゆきと見えて花そちりける〈朱〉\
      返し           二条関白内大臣
1454 えたことのすゑまてにほふ花なれはちるもみゆきとみゆるなるらん〈朱〉\
      近衛つかさにてとしひさしくなりてのちうへのをのことも
      大内の花見にまかれりけるによめる
                   藤原定家朝臣
1455 春をへてみゆきになるゝ花のかけふりゆく身をもあはれとや思」59ウ
      最勝寺のさくらはまりのかゝりにてひさしくなりにし
      をその木としふりて風にたうれたるよしきゝ侍し
      かはをのこともにおほせてこと木をそのあとにうつし
      うへさせし時まつまかりて見侍けれはあまたのとし/\
      くれにしはるまてたちなれにけることなとおもひいてゝ
      よみ侍ける        藤原雅経朝臣
1456 なれ/\て見しはなこりの春そともなとしらかはの花のしたかけ
      建久六年東大寺供養に行幸の時興福寺の
      やへさくらさかりなりけるを見てえたにむすひつけて
      侍ける          よみ人しらす」60オ
1457 ふるさとゝおもひなはてそ花さくらかゝるみゆきにあふよありけり
      こもりゐて侍けるころ後徳大寺左大臣白河の花
      見にさそひ侍けれはまかりてよみ侍ける
                   源師光
1458 いさやまた月日のゆくもしらぬ身は花の春ともけふこそは見れ
      敦道のみこのともに前大納言公任白河の家にま
      かりて又の日みこのつかはしけるつかひにつけて申
      侍ける          和泉式部
1459 おる人のそれなるからにあちきなく見しわかやとの花のかそする
      題しらす         藤原高光」60ウ
1460 見ても又またも見まくのほしかりし花のさかりはすきやしぬらん〈朱〉\
      京極前太政大臣家に白河院みゆきしたまふ
      て又の日花哥たてまつられけるによみ侍ける
                   堀河左大臣
1461 おいにけるしらかも花もゝろともにけふのみゆきにゆきとみえけり〈朱〉\
      後冷泉院御時御前にて翫新成桜花といへる
      こゝろをゝのこともつかうまつりけるに
                   大納言忠家
1462 さくら花おりてみしにもかはらぬにちらぬはかりそしるしなりける
                   大納言経信」61オ
1463 さもあらはあれくれゆく春も雲のうへにちることしらぬ花しにほはゝ
      無風散花といふことをよめる
                   大納言忠教
1464 桜花すきゆく春のともとてや風のをとせぬよにもちるらん
      鳥羽殿にて花のちりかたなるを御覧して後
      三条内大臣にたまはせける
                   鳥羽院御哥
1465 おしめともつねならぬよの花なれはいまはこの身をにしにもとめん〈朱〉\
      世をのかれてのち百首哥よみ侍けるに花哥とて
                   皇太后宮大夫俊成」61ウ
1466 いまはわれよしのゝ山の花をこそやとの物とも見るへかりけれ
      入道前関白太政大臣家哥合に
1467 春くれはなをこのよこそしのはるれいつかはかゝる花をみるへき
      おなし家の百首のうたに
1468 てる月も雲のよそにそゆきめくる花そこのよのひかりなりける
      春ころ大乗院より人につかはしける
                   前大僧正慈円
1469 見せはやなしかのからさきふもとなるなからの山の春のけしきを
      題しらす
1470 しはのとにゝほはん花はさもあらはあれなかめてけりなうらめしの身や」62オ
                   西行法師
1471 世中をおもへはなへてちる花のわか身をさてもいつちかもせん
      東山に花見にまかり侍とてこれかれさそひけるを
      さしあふことありてとゝまりて申つかはしける
                   安法々師
1472 身はとめつ心はをくる山さくら風のたよりにおもひをこせよ〈朱〉\
      たいしらす        俊頼朝臣
1473 さくらあさのおふのうらなみたちかへり見れともあかす山なしの花
      橘為仲朝臣みちのおくに侍ける時哥あまたつかはし
                   加賀左衛門」62ウ
1474 白浪のこゆらんすゑの松山は花とや見ゆる春のよの月〈朱〉\
1475 おほつかなかすみたつらんたけくまの松のくまもるはるのよの月
      除目のゝちかりのなきけるをきゝてよめる
                   〈墨〉\躬恒
          [被出了]
1475' 〈墨〉\宮こにてはるをたにやはすくしえぬいつちかゝりのなきてゆくらん
      題しらす         法印幸清
1476 世をいとふよしのゝおくのよふこ鳥ふかき心のほとやしるらん〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時
                   前大納言忠良
1477 おりにあへはこれもさすかにあはれなりおたのかはつのゆふくれの声」63オ
      千五百番哥合に      有家朝臣
1478 春の雨のあまねきみよをたのむかな霜にかれゆく草葉もらすな
      崇徳院にて林下春雨といふことをつかうまつり
      ける           八条前太政大臣
1479 すへらきのこたかきかけにかくれてもなを春雨にぬれんとそおもふ〈朱〉\
      円融院くらゐさり給てのち実方朝臣馬命婦と
      ものかたりし侍ける所に山吹の花を屏風のうへ
      よりなけこし給て侍けれは
                   実方朝臣
1480 やへなからいろもかはらぬ山ふきのなとこゝのへにさかすなりにし」63ウ
      御返し          円融院御哥
1481 こゝのへにあらてやへさく山ふきのいはぬいろをはしる人もなし
      五十首哥たてまつりし時
                   前大僧正慈円
1482 をのかなみにおなしすゑ葉そしほれぬるふちさくたこのうらめしの身や
      世をのかれてのち四月一日上東門院太皇太后宮
      と申ける時ころもかへの御装束たてまつるとて
                   法成寺入道前摂政太政大臣
1483 から衣花のたもとにぬきかへよわれこそ春のいろはたちつれ
      御返し          上東門院」64オ
1484 唐衣たちかはりぬる春のよにいかてか花のいろをみるへき〈朱〉\
      四月祭の日まて花ちりのこりて侍けるとしその
      花を使少将のかさしにたまふ葉にかきつけ侍ける
                   紫式部
1485 神世にはありもやしけんさくら花けふのかさしにおれるためしは
      いつきのむかしをおもひいてゝ
                   式子内親王
1486 ほとゝきすそのかみ山のたひ枕ほのかたらひしそらそわすれぬ
      左衛門督家通中将に侍りける時祭の使にてかん
      たちにとまりて侍けるあか月斎院の女房の中より」64ウ
      つかはしける       読人しらす
1487 たちいつるなこり有明の月かけにいとゝかたらふほとゝきすかな
      返し           左衛門督家通
1488 いくちよとかきらぬ君かみよなれとなをおしまるゝけさのあけほの
      三条院御時五月五日菖蒲のねを郭公のかたに
      つくりてむめのえたにすへて人のたてまつりて侍ける
      をこれを題にて哥つかうまつれとおほせられけれは
                   三条院女蔵人左近
1489 むめかえにおりたかへたるほとゝきす声のあやめもたれかわくへき
      五月許ものへまかりけるみちにいとしろくゝちなしの」85オ
      花のさけりけるをかれはなにの花そと人にとひ侍
      けれと申さゝりけれは
                   小弁
1490 うちわたすをちかた人にことゝへとこたへぬからにしるき花かな
      さみたれのそらはれて月あかく侍けるに
                   赤染衛門
1491 五月雨のそらたにすめる月かけになみたの雨ははるゝまもなし
      述懐百首の哥の中に五月雨
                   皇太后宮大夫俊成
1492 さみたれはまやのゝきはのあまそゝきあまりなるまてぬるゝ袖かな」85ウ
      題しらす         華山院御哥
1493 ひとりぬるやとのとこなつあさな/\なみたのつゆにぬれぬ日そなき
      贈皇后宮にそひて春宮にさふらひける時少将義孝
      ひさしくまいらさりけるになてしこの花につけてつか
      はしける         恵子女王
1494 よそへつゝ見れとつゆたになくさますいかにかすへきなてしこの花
      月あかく侍ける夜人のほたるをつゝみてつかはしたり
      けれはあめのふりけるに申つかはしける
                   和泉式部
1495 おもひあらはこよひのそらはとひてまし見えしや月のひかりなりけん」86オ
      題しらす         七条院大納言
1496 おもひあれはつゆはたもとにまかふとも秋のはしめをたれにとはまし
      きさいの宮より内にあふきたてまつりたまひけるに
                   中務
1497 袖のうらのなみふきかへす秋風に雲のうへまてすゝしからなん
      業平朝臣の装束つかはして侍けるに
                   紀有常朝臣
1498 秋やくるつゆやまかふとおもふまてあるはなみたのふるにそ有ける〈朱〉\
      はやくよりわれはともたちに侍ける人のとしころへて
      ゆきあひたるほのかにて七月十日のころ月にきおひ」86ウ
      てかへり侍けれは     紫式部
1499 めくりあひて見しやそれともわかぬまに雲かくれにしよはの月かけ
      みこの宮と申ける時少納言藤原統理としころ
      なれつかうまつりけるを世をそむきぬへきさまに思
      たちけるけしきを御覧して
                   三条院御哥
1500 月かけの山の葉わけてかくれなはそむくうきよをわれやなかめん
      題しらす         藤原為時
1501 山のはをいてかてにする月まつとねぬよのいたくふけにける哉〈朱〉\
      参議正光おほろ月よにしのひて人のもとにまかれり」87オ
      けるを見あらはしてつかはしける
                   伊勢大輔
1502 うき雲はたちかくせともひまもりてそらゆく月のみえもするかな〈朱〉\
      返し           参議正光
1503 うきくもにかくれてとこそおもひしかねたくも月のひまもりにける〈朱〉\
      三井寺にまかりてひころすきてかへらんとしけるに
      人/\なこりおしみてよみ侍ける
                   刑部卿範兼
1504 月をなとまたれのみすとおもひけんけに山の葉はいてうかりけり
      山さとにこもりゐて侍けるを人のとひて侍けれは」87ウ
                   法印静賢
1505 おもひいつる人もあらしの山の葉にひとりそいりし在曙の月〈朱〉\
      八月十五夜和哥所にてをのことも哥つかうまつり
      侍しに          民部卿範光
1506 わかのうらにいゑの風こそなけれともなみふくいろは月にみえけり〈朱〉\
      和哥所哥合に湖上月明といふことを
                   宜秋門院丹後
1507 よもすから浦こく舟はあともなし月そのこれるしかのからさき
      題しらす         藤原盛方朝臣
1508 山のはにおもひもいらしよのなかはとてもかくてもありあけの月〈朱〉\」88オ
      永治元年譲位ちかくなりてよもすから月を見て
      よみ侍ける        皇太后宮大夫俊成
1509 わすれしよわするなとたにいひてまし雲井の月の心ありせは
      崇徳院に百首哥たてまつりけるに
1510 いかにして袖にひかりのやとるらん雲井の月はへたてゝし身を
      文治のころをひ百首哥よみ侍けるに懐旧哥とて
      よめる          左近中将公衡
1511 心にはわするゝ時もなかりけりみよのむかしの雲のうへの月
      百首哥たてまつりし秋哥
                   二条院讃岐」88ウ
1512 むかし見しくも井をめくる秋の月いまいくとせか袖にやとさん
      月前述懐といへる心をよめる
                   藤原経通朝臣
1513 うき身よになからへはなをおもひいてよたもとにちきるありあけの月
      石山にまうて侍りて月を見てよみ侍ける
                   藤原長能
1514 宮こにも人やまつらんいし山のみねにのこれる秋のよの月
      題しらす         躬恒
1515 あはちにてあはとはるかに見し月のちかきこよひは所からかも〈朱〉\
      月のあかゝりける夜あひかたらひける人のこのころの」89オ
      月は見るやといへりけれは
                   源道済
1516 いたつらにねてはあかせともろともに君かこぬよの月は見さりき
      夜ふくるまてねられす侍けれは月のいつるをなかめて
                   増基法師
1517 あまのはらはるかにひとりなかむれはたもとに月のいてにけるかな〈朱〉\
      能宣朝臣やまとのくにまつちの山ちかくすみける女
      のもとに夜ふけてまかりてあはさりけるをうらみ侍けれは
                   よみ人しらす
1518 たのめこし人をまつちの山かせにさよふけしかは月も入にき」89ウ
      百首哥たてまつりし時
                   摂政太政大臣
1519 月見はといひしはかりの人はこてまきのとたゝく庭の松風
      五十首哥たてまつりしに山家月のこゝろを
                   前大僧正慈円
1520 山さとに月はみるやと人はこすそらゆく風そこの葉をもとふ
      摂政太政大臣大将に侍し時月哥五十首よませ
      侍けるに
1521 在あけの月のゆくゑをなかめてそ野寺のかねはきくへかりける
      おなし家哥合に山月の心をよめる」90オ
                   藤原業清
1522 山の葉をいてゝも松のこのまより心つくしのありあけの月〈朱〉\
      和哥所哥合に深山暁月といふ事を
                   鴨長明
1523 よもすからひとりみ山のまきの葉にくもるもすめるありあけの月
      熊野にまうて侍し時たてまつりし哥の中に
                   藤原秀能
1524 おく山のこの葉のおつる秋風にたえ/\みねの雲そのこれる〈朱〉\
1525 月すめはよものうき雲そらにきえてみ山かくれにゆくあらしかな
      山家のこゝろをよみ侍ける」90ウ
                   猷円法師
1526 なかめわひぬしはのあみとのあけかたに山のはちかくのこる月かけ
      題しらす         華山院御哥
1527 あかつきの月みんとしもおもはねと見し人ゆへになかめられつゝ
                   伊勢大輔
1528 ありあけの月はかりこそかよひけれくる人なしのやとの庭にも〈朱〉\
                   和泉式部
1529 すみなれし人かけもせぬわかやとに在曙の月のいくよともなく〈朱〉\
      家にて月照水といへる心を人々よみ侍けるに
                   大納言経信」91オ
1530 すむ人もあるかなきかのやとならしあしまの月のもるにまかせて
      秋のくれにやまひにしつみてよをのかれにける又の
      としの秋九月十余日月くまなく侍けるによみ侍
      ける           皇太后宮大夫俊成
1531 おもひきやわかれし秋にめくりあひて又もこのよの月をみんとは
      題しらす         西行法師
1532 月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめくりあひぬる
1533 よもすから月こそそてにやとりけれむかしの秋をおもひいつれは
1534 月のいろに心をきよくそめましや宮こをいてぬわか身なりせは〈朱〉\
1535 すつとならはうきよをいとふしるしあらんわれみはくもれ秋のよの月」91ウ
1536 ふけにけるわか身のかけをおもふまにはるかに月のかたふきにける
                   入道親王覚性
1537 なかめしてすきにしかたをおもふまに峯よりみねに月はうつりぬ
                   藤原道経
1538 あきのよの月に心をなくさめてうきよにとしのつもりぬるかな
      五十首哥めしゝに     前大僧正慈円
1539 秋をへて月をなかむる身となれりいそちのやみをなになけくらん
      百首哥たてまつりしに
                   藤原隆信朝臣
1540 なかめてもむそちの秋はすきにけりおもへはかなし山の葉の月」92オ
      題しらす         源光行
1541 心ある人のみあきの月をみはなにをうき身のおもひいてにせん〈朱〉\
      千五百番哥合に
                   二条院讃岐
1542 身のうさを月やあらぬとなかむれはむかしなからのかけそもりくる
      世をそむきなんとおもひたちけるころ月を見て
      よめる          寂超法師
1543 ありあけの月よりほかはたれをかは山ちのともと契をくへき
      山さとにて月のよみやこをおもふといへる心をよみ侍ける
                   大江嘉言」92ウ
1544 宮こなるあれたるやとにむなしくや月にたつぬる人かへるらん
      なか月のありあけのころ山さとより式子内親王
      にをくれりける      惟明親王
1545 おもひやれなにをしのふとなけれともみやこおほゆるありあけの月〈朱〉\
      返し           式子内親王
1546 ありあけのおなしなかめはきみもとへみやこのほかも秋の山さと〈朱〉\
      春日社哥合に暁月の心を
                   摂政太政大臣
1547 あまのとをゝしあけかたの雲間より神よの月のかけそのこれる
                   右大将忠経」93オ
1548 雲をのみつらきものとてあかすよの月よこすゑにをちかたの山〈朱〉\
                   藤原保季朝臣
1549 いりやらて夜をおしむ月のやすらひにほの/\あくる山のはそうき〈朱〉\
      月あかきよ定家朝臣にあひて侍けるにうたの道に
      心さしふかきことはいつはかりの事にかとたつね侍けれは
      わかく侍し時西行にひさしくあひともなひてきゝな
      らひ侍しよし申てそのかみ申し事なとかたり
      侍てかへりてあしたにつかはしける
                   法橋行遍
1550 あやしくそかへさは月のくもりにしむかしかたりによやふけにけん」93ウ
      故郷月を         寂超法師
1551 ふるさとのやともる月にことゝはんわれをはしるやむかしすみきと
      遍照寺月を見て
                   平忠盛朝臣
1552 すたきけんむかしの人はかけたえてやともるものはありあけの月〈朱〉\
      あひしりて侍ける人のもとにまかりたりけるにその
      人ほかにすみていたうあれたるやとに月のさしいりて
      侍けれは         前中納言匡房
1553 やへむくらしけれるやとは人もなしまはらに月のかけそすみける
      題しらす         神祇伯顕仲」94オ
1554 かもめゐるふちえのうらのおきつすによふねいさよふ月のさやけさ
                   俊恵法師
1555 なにはかたしほひにあさるあしたつも月かたふけは声のうらむる
      和哥所哥合に海辺月といふことを
                   前大僧正慈円
1556 わかのうらに月のいてしほのさすまゝによるなくつるの声そかなしき
                   定家朝臣
1557 もしほくむ袖の月かけをのつからよそにあかさぬすまのうら人
                   藤原秀能
1558 あかしかた色なき人の袖を見よすゝろに月もやとる物かは〈朱〉\」94ウ
      熊野にまうて侍しついてに切目宿にて海辺眺望
      といへるこゝろををのこともつかうまつりしに
                   具親
1559 なかめよとおもはてしもやかへるらん月まつなみのあまのつり舟
      八十におほくあまりてのち百首哥めしゝによみて
      たてまつりし       皇太后宮大夫俊成
1560 しめをきていまやとおもふ秋山のよもきかもとにまつむしのなく
      千五百番哥合に
1561 あれわたる秋の庭こそあはれなれましてきえなん露のゆふくれ
      題しらす         西行法師」95オ
1562 雲かゝるとを山はたの秋されはおもひやるたにかなしき物を
      五十首哥人々によませ侍けるに述懐の心をよみ
      侍ける          守覚法親王
1563 風そよくしのゝをさゝのかりのよをおもふねさめにつゆそこほるゝ
      寄風懐旧といふことを
                   左衛門督通光
1564 あさちふや袖にくちにし秋の霜わすれぬ夢をふく嵐かな
                   皇太后宮大夫俊成女
1565 くすの葉にうらみにかへる夢のよをわすれかたみの野への秋風
      題しらす         祝部允仲」95ウ
1566 しら露はをきにけらしな宮木のゝもとあらのこはきすゑたわむまて〈朱〉\
      法成寺入道前太政大臣女郎花をおりてうたをよむへき
      よし侍けれは       紫式部
1567 をみなへしさかりの色をみるからにつゆのわきける身こそしらるれ
      返し           法成寺入道前摂政太政大臣
1568 白露はわきてもをかしをみなへし心からにや色のそむらん
      題しらす         曽祢好忠
1569 山さとにくすはひかゝる松かきのひまなく物は秋そかなしき
      秋のくれに身のおいぬることをなけきてよみ侍ける
                   安法々師」96オ
1570 もゝとせの秋のあらしはすくしきぬいつれのくれの露ときえなん
      頼綱朝臣つのくにのはつかといふ所に侍りける時つ
      かはしける        前中納言匡房
1571 秋はつるはつかの山のさひしきに在あけの月をたれとみるらん〈朱〉\
      九月許にすゝきを崇徳院にたてまつるとてよめる
                   大蔵卿行宗
1572 花すゝき秋のすゑ葉になりぬれはことそともなくつゆそこほるゝ
      山さとにすみ侍けるころあらしはけしきあした前
      中納言顕長かもとにつかはしける
                   後徳大寺左大臣」96ウ
1573 夜はにふくあらしにつけておもふかな宮こもかくや秋はさひしき
      返し           前中納言顕長
1574 世中にあきはてぬれは宮こにもいまはあらしのをとのみそする
      清涼殿の庭にうへたまへりける菊をくらゐさり
      たまひてのちおほしいてゝ
                   冷泉院御哥
1575 うつろふは心のほかのあきなれはいまはよそにそきくのうへのつゆ
      なか月のころ野の宮に前栽うへけるに
                   源順
1576 たのもしなのゝ宮人のうふる花しくるゝ月にあへすなるとも〈朱〉\」97オ
      題しらす         よみ人しらす
1577 山かはのいはゆく水もこほりしてひとりくたくる峯のまつ風〈朱〉\
      百首哥たてまつりし時
                   土御門内大臣
1578 あさことにみきはのこほりふみわけて君につかふるみちそかしこき
      最勝四天王院障子にあふくま河かきたる所
                   家隆朝臣
1579 君かよにあふくまかはのむもれ木もこほりのしたに春をまちけり
      元輔かむかしすみ侍ける家のかたはらに清少納言
      かすみけるころ雪のいみしくふりてへたてのかきもたふ」97ウ
      れて侍けれは申つかはしける
                   赤染衛門
1580 あともなく雪ふるさとはあれにけりいつれむかしのかきねなるらん
      御なやみをもくならせ給てゆきのあしたに
                   後白河院御哥
1581 つゆのいのちきえなましかはかくはかりふる白雪をなかめましやは〈朱〉\
      ゆきによせて述懐の心をよめる
                   皇太后宮大夫俊成
1582 そま山やこすゑにをもるゆきをれにたえぬなけきの身をくたくらん
      仏名のあしたにけつり花を御覧して」98オ
                   朱雀院御哥
1583 時すきてしもにきえにし花なれとけふはむかしの心ちこそすれ
      花山院おりゐたまひて又のとし仏名にけつり花
      につけて申侍ける
                   前大納言公任
1584 ほともなくさめぬる夢の中なれとそのよにゝたる花の色かな
      返し           御形宣旨
1585 見し夢をいつれのよそとおもふまにおりをわすれぬ花のかなしさ
      題しらす         皇太后宮大夫俊成
1586 おいぬとも又もあはんとゆくとしになみたのたまをたむけつるかな」98ウ
                   慈覚大師
1587 おほかたにすくる月日となかめしはわか身にとしのつもるなりけり」99オ

    新古今和哥集巻十七
     雑哥中
      朱鳥五年九月紀伊国に行幸時
                   河島皇子
1588 白なみのはま松かえのたむけくさいくよまてにかとしのへぬらん
      題しらす         式部卿宇合
1589 山しろのいは田のをのゝはゝそはら見つゝや君か山ちこゆらん
                   在原業平朝臣
1590 あしのやのなたのしほやきいとまなみつけのをくしもさゝすきにけり
1591 はるゝよのはしかゝはへの蛍かもわかすむかたのあまのたくひか」99ウ
                   よみ人しらす
1592 しかのあまのしほやくけふり風をいたみたちはのほらて山にたなひく
                   貫之
1593 なにはめの衣ほすとてかりてたくあしひのけふりたゝぬ日そなき
      なからのはしをよみ侍ける
                   忠岑
1594 としふれはくちこそまされはしはしらむかしなからの名たにかはらて
                   恵慶法師
1595 春の日のなからのはまに舟とめていつれかはしとゝへとこたへぬ
                   後徳大寺左大臣」100オ
1596 くちにけるなからのはしをきてみれはあしのかれ葉に秋風そ吹
      題しらす         権中納言定頼
1597 おきつ風よはにふくらしなにはかたあか月かけてなみそよすなる
      春すまの方にまかりてよめる
                   藤原孝善
1598 すまの浦のなきたるあさはめもはるにかすみにまかふあまのつり舟〈朱〉\
      天暦御時屏風哥
                   壬生忠見
1599 秋風のせきふきこゆるたひことに声うちそふるすまのうら浪
      五十首哥よみてたてまつりしに」100ウ
                   前大僧正慈円
1600 すまの関夢をとおさぬなみのをとをおもひもよらてやとをかりける
      和哥所哥合に関路秋風といふことを
                   摂政太政大臣
1601 人すまぬふわのせきやのいたひさしあれにしのちはたゝ秋の風
      明石浦をよめる      俊頼朝臣
1602 あまを舟とまふきかへす浦風にひとりあかしの月をこそ見れ
      眺望のこゝろをよめる
                   寂蓮法師
1603 わかのうらを松の葉こしになかむれはこすゑによするあまのつり舟」101オ
      千五百番哥合に
                   正三位季能
1604 みつのえのよしのゝ宮は神さひてよはひたけたる浦の松風〈朱〉\
      海辺のこゝろを
                   藤原秀能
1605 いまさらにすみうしとてもいかゝせんなたのしほやのゆふくれの空
      〈墨〉\題しらす     〈墨〉\貫之
      [入拾遺集之由権中納言源朝臣申之]
1605' いくよへしいそへの松そむかしよりたちよるなみのかすはしるらん
      むすめの斎王にくしてくたり侍ておほよとの
      うらにみそきし侍とて」101ウ
                   女御徽子女王
1606 おほよとのうらにたつなみかへらすは松のかはらぬいろをみましや
      大弐三位さとにいて侍りにけるをきこしめして
                   後冷泉院御哥
1607 まつ人は心ゆくともすみよしのさとにとのみはおもはさらなん
      御返し          大弐三位
1608 すみよしの松はまつともおもほえて君かちとせのかけそこひしき
      教長教名所哥よませ侍けるに
                   祝部成仲
1609 うちよする浪のこゑにてしるきかなふきあけのはまの秋のはつ風」102オ
      百首哥たてまつりし時海辺哥
                   越前
1610 おきつかせ夜さむになれやたこのうらのあまのもしほ火たきまさるらん〈朱〉\
      海辺霞といへる心をよみ侍し
                   家隆朝臣
1611 見わたせはかすみのうちもかすみけりけふりたなひくしほかまのうら
      太神宮にたてまつりける百首哥のなかにわかな
      をよめる         皇太后宮大夫俊成
1612 けふとてやいそなつむらんいせしまやいちしのうらのあまのをとめこ
      伊勢にまかりける時よめる」102ウ
                   西行法師
1613 すゝか山うきよをよそにふりすてゝいかになりゆくわか身なるらん
      題しらす         前大僧正慈円
1614 世中をこゝろたかくもいとふかなふしのけふりを身のおもひにて
      あつまのかたへ修行し侍けるにふしの山をよめる
                   西行法師
1615 風になひくふしのけふりのそらにきえてゆくゑもしらぬわか思哉
      さ月のつこもりにふしの山のゆきしろくふれるを
      見てよみ侍ける      業平朝臣
1616 時しらぬ山はふしのねいつとてかかのこまたらに雪のふるらん〈朱〉\」103オ
      題しらす         在原元方
1617 春秋もしらぬときはの山さとはすむ人さへやおもかはりせぬ
      五十首哥たてまつりし時
                   前大僧正慈円
1618 花ならてたゝしはのとをさして思こゝろのおくもみよしのゝ山
      たいしらす        西行法師
1619 よしの山やかていてしとおもふ身を花ちりなはと人やまつらん
                   藤原家衡朝臣
1620 いとひてもなをいとはしきよなりけりよしのゝおくの秋の夕くれ
      千五百番哥合に      右衛門督通具」103ウ
1621 ひとすちになれなはさてもすきのいほによな/\かはる風のをとかな
      守覚法親王五十首哥よませ侍けるに閑居の
      こゝろをよめる      有家朝臣
1622 たれかはとおもひたえてもまつにのみをとつれてゆく風はうらめし〈朱〉\
      鳥羽にて哥合し侍りしに山家嵐といふことを
                   宜秋門院丹後
1623 山さとはよのうきよりはすみわひぬことのほかなる峯の嵐に
      百首哥たてまつりしに
                   家隆朝臣
1624 滝のをと松のあらしもなれぬれはうちぬるほとの夢はみせけり」104オ
      題しらす         寂然法師
1625 ことしけきよをのかれにしみ山へにあらしの風も心してふけ
      少将高光横河にまかりてかしらおろし侍にけるに
      法服つかはすとて     権大納言師氏
1626 おく山のこけの衣にくらへ見よいつれかつゆのをきまさるとも
      返し           如覚
1627 白つゆのあしたゆふへにおく山のこけの衣は風もさはらす
      能宣朝臣大原野にまうてゝ侍りけるに山さとの
      いとあやしきにすむへくもあらぬさまなる人の侍り
      けれはいつくわたりよりすむそなとゝひ侍けれは」104ウ
                   読人しらす
1628 世中をそむきにとてはこしかともなをうきことはおほはらのさと
      返し           能宣朝臣
1629 身をはかつをしほの山とおもひつゝいかにさためて人のいりけん〈朱〉\
      ふかき山にすみ侍けるひしりのもとにたつねま
      かりたりけるにいほりのとをとちて人も侍らさり
      けれはかへるとてかきつけゝる
                   恵慶法師
1630 こけのいほりさしてきつれと君まさてかへるみ山のみちのつゆけさ
      ひしりのちに見て返し」105オ
1631 あれはてゝ風もさはらぬこけのいほにわれはなくともつゆはもりけん
      題しらす         西行法師
1632 山ふかくさこそ心はかよふともすまてあはれをしらんものかは
1633 やまかけにすまぬこゝろはいかなれやおしまれている月もあるよに〈朱〉\
      山家送年といへる心をよみ侍ける
                   寂蓮法師
1634 たちいてゝつま木おりこしかたをかのふかき山ちとなりにけるかな
      住吉哥合に山を      太上天皇
1635 おく山のをとろかしたもふみわけてみちあるよそと人にしらせん
      百首哥たてまつりし時」105ウ
                   二条院讃岐
1636 なからへて猶きみかよを松山のまつとせしまにとしそへにける
      山家松といふことを
                   皇太后宮大夫俊成
1637 いまはとてつま木こるへきやとの松ちよをは君と猶いのる哉
      春日哥合に松風といへる事を
                   有家朝臣
1638 われなからおもふかものをとはかりに袖にしくるゝ庭の松風
      山てらに侍りけるころ
                   道命法師」106オ
1639 世をそむくところとかきくおく山はものおもひにそいるへかりける
      少将井の尼大原よりいてたりときゝてつかはし
      ける           和泉式部
1640 世をそむくかたはいつくにありぬへしおほはら山はすみよかりきや
      返し           少将井尼
1641 おもふことおほはら山のすみかまはいとゝなけきのかすをこそつめ
      題しらす         西行法師
1642 たれすみて哀しるらん山さとの雨ふりすさむゆふくれの空
1643 しほりせてなを山ふかくわけいらんうきこときかぬ所ありやと
                   殷富門院大輔」106ウ
1644 かさしおるみわのしけ山かきわけてあはれとそおもふすきたてるかと
      法輪寺にすみ侍けるに人のまうてきてくれぬとて
      いそき侍けれは      道命法師
1645 いつとなきをくらの山のかけをみてくれぬと人のいそくなる哉
      後白河院栖霞寺におはしましけるにこまひきの
      ひきわけのつかひにてまいりけるに
                   定家朝臣
1646 さかの山ちよのふるみちあとゝめてまたつゆわくるもち月のこま〈朱〉\
      なけくこと侍けるころ
                   知足院入道前関白太政大臣」107オ
1647 さほかはのなかれひさしき身なれともうきせにあひてしつみぬる哉
      冬ころ大将はなれてなけく事侍りけるあくる
      とし右大臣になりて奏し侍ける
                   東三条入道前摂政太政大臣
1648 かゝるせもありけるものをうちかはのたえぬはかりもなけきけるかな
      御返し          円融院御哥
1649 むかしよりたえせぬ河のすゑなれはよとむはかりをなになけくらん
      題しらす         人麿
1650 ものゝふのやそ氏かはのあしろ木にいさよふ浪のゆくゑしらすも
      ぬのひきのたき見にまかりて」107ウ
                   中納言行平
1651 わかよをはけふかあすかとまつかひのなみたの瀧といつれたかけん
      京極前太政大臣ぬのひきのたき見にまかりて侍
      けるに          二条関白内大臣
1652 みなかみのそらにみゆるは白雲のたつにまかへるぬのひきの瀧
      最勝四天王院の障子にぬのひきのたきかき
      たる所          有家朝臣
1653 ひさかたのあまつをとめか夏衣くも井にさらすぬのひきのたき
      あまのかはらをすくとて
                   摂政太政大臣」108オ
1654 むかしきくあまのかはらをたつねきてあとなきみつをなかむはかりそ〈朱〉\
      題しらす         実方朝臣
1655 あまのかはかよふうきゝにことゝはんもみちのはしはちるやちらすや
      堀河院御時百首哥たてまつりけるに
                   前中納言匡房
1656 ま木のいたもこけむすはかりなりにけりいくよへぬらんせたのなかはし
      天暦御時屏風にくに/\の所の名をかゝせさせ
      給けるにあすかゝは
                   中務
1657 さためなき名にはたてれとあすかゝははやくわたりしせにこそ有けれ」108ウ
      題しらす         前大僧正慈円
1658 山さとにひとりなかめておもふかなよにすむ人の心つよさを〈朱〉\
                   西行法師
1659 やまさとにうきよいとはんともゝかなくやしくすきし昔かたらん
1660 山さとは人こさせしとおもはねととはるゝことそうとくなりゆく〈朱〉\
                   前大僧正慈円
1661 草のいほをいとひても又いかゝせんつゆのいのちのかゝるかきりは
      みやこをいてゝひさしく修行し侍けるにとふき人のへ
      とはす侍けれはくまのよりつかはしける
                   大僧正行尊」109オ
1662 わくらはになとかは人のとはさらんをとなし河にすむ身なりとも
      あひしれりける人のくまのにこもり侍けるにつかはし
      ける           安法々師
1663 世をそむく山のみなみの松風にこけのころもやよさむなるらん
      西行法師百首哥すゝめてよませ侍けるに
                   家隆朝臣
1664 いつかわれこけのたもとにつゆをきてしらぬ山ちの月をみるへき〈朱〉\
      百首哥たてまつりしに山家の心を
                   式子内親王
1665 いまはわれ松のはしらのすきのいほにとつへき物をこけふかき袖」109ウ
                   小侍従
1666 しきみつむ山ちのつゆにぬれにけり暁おきのすみ染のそて
                   摂政太政大臣
1667 わすれしの人たにとはぬ山ちかな桜は雪にふりかはれとも
      五十首哥たてまつりし時
                   雅経
1668 かけやとすつゆのみしけくなりはてゝ草にやつるゝふるさとの月〈朱〉\
      俊恵法師身まかりてのちとしころつかはしけるたきゝ
      なと弟子とものもとにつかはすとて
                   賀茂重保」110オ
1669 けふりたえてやく人もなきすみかまのあとのなけきをたれかこるらん
      老後つのくになる山てらにまかりこもりけるに
      寂蓮たつねまかりて侍けるにいほりのさま
      すみあらしてあはれにみえ侍けるをかへりてのち
      とふらひて侍けれは
                   西日法師
1670 やそちあまりにしのむかへをまちかねてすみあらしたるしはのいほりそ
      山家哥あまたよみ侍けるに
                   前大僧正慈円
1671 山さとにとひくる人のことくさはこのすまゐこそうらやましけれ〈朱〉\」110ウ
      後白河院かくれさせ給てのち百首哥に
                   式子内親王
1672 おのゝえのくちしむかしはとをけれとありしにもあらぬよをもふる哉
      述懐百首哥よみ侍けるに
                   皇太后宮大夫俊成
1673 いかにせんしつかそのふのおくのたけかきこもるとも世中そかし
      おいのゝちむかしを思いて侍りて
                   祝部成仲
1674 あけくれはむかしをのみそしのふくさ葉すゑのつゆに袖ぬらしつゝ
      題しらす         前大僧正慈円」111オ
1675 をかの辺のさとのあるしをたつぬれは人はこたへす山をろしの風
                   西行法師
1676 ふるはたのそはのたつきにゐるはとのともよふ声のすこきゆふくれ
1677 山かつのかたをかゝけてしむる野のさかひにたてる玉のを柳
1678 しけきのをいくひとむらにわけなしてさらにむかしをしのひかへさん
1679 むかし見し庭のこ松にとしふりて嵐のをとをこすゑにそきく
      三井寺やけてのちすみ侍ける房をおもひやりて
      よめる          大僧正行尊
1680 すみなれしわかふるさとはこのころやあさちかはらにうつらなくらん
      百首哥よみ侍けるに」111ウ
                   摂政太政大臣
1681 ふるさとはあさちかすゑになりはてゝ月にのこれる人のおもかけ
                   西行法師
1682 これや見しむかしすみけんあとならんよもきかつゆに月のかゝれる
      人のもとにまかりてこれかれ松のかけにおりゐて
      あそひけるに       貫之
1683 かけにとてたちかくるれはから衣ぬれぬ雨ふる松のこゑかな〈朱〉\
      西院辺にはやうあひしれりける人をたつね侍ける
      にすみれつみけるをんなしらぬよし申けれはよみ
      侍ける          能因法師」112オ
1684 いそのかみふりにし人をたつぬれはあれたるやとにすみれつみけり〈朱〉\
      ぬしなきやとを      恵慶法師
1685 いにしへをおもひやりてそこひわたるあれたるやとのこけのいしはし
      守覚法親王五十首哥よませ侍けるに閑居の
      心を           定家朝臣
1686 わくらはにとはれし人もむかしにてそれより庭のあとはたえにき
      ものへまかりけるみちにやま人あまたあへりけるを
      見て           赤染衛門
1687 なけきこる身は山なからすくせかしうきよの中になにかへるらん〈朱〉\
                   人麿」112ウ
1688 秋されはかり人こゆるたつた山たちてもゐてもゝのをしそおもふ
                   天智天皇御哥
1689 あさくらやきのまろとのにわかをれはなのりをしつゝゆくはたかこそ〈朱〉\」113オ

    新古今和哥集巻第十八
     雑哥下
      山            菅贈太政大臣
1690 あしひきのこなたかなたにみちはあれと宮こへいさといふ人そなき
      日
1691 あまのはらあかねさしいつるひかりにはいつれのぬまかさえのこるへき
      月
1692 つきことになかるとおもひしますかゝみにしのうみにもとまらさりけり
      雲
1693 山わかれとひゆく雲のかへりくるかけみる時は猶たのまれぬ」113ウ
      霧
1694 きりたちてゝる日の本はみえすとも身はまとはれしよるへありやと
      雪
1695 花とちり玉と見えつゝあさむけは雪ふるさとそ夢に見えける
      松
1696 おいぬとて松はみとりそまさりけるわかくろかみの雪のさむさに
      野
1697 つくしにも紫おふる野辺はあれとなき名かなしふ人そきこえぬ
      道
1698 かるかやの関もりにのみ見えつるは人もゆるさぬ道へなりけり」114オ
      海
1699 うみならすたゝへる水の底まてにきよき心は月そてらさん
      かさゝき
1700 ひこほしのゆきあひをまつかさゝきのとわたるはしを我にかさなん
      波
1701 なかれ木とたつ白浪とやくしほといつれかゝらきわたつみのそこ
      題しらす         よみ人しらす
1702 さゝなみのひら山風のうみふけはつりするあまの袖かへるみゆ
1703 白浪のよするなきさによをつくすあまのこなれはやともさためす
      千五百番哥合に      摂政太政大臣」114ウ
1704 舟のうち浪のうへにそ老にけるあまのしわさもいとまなのよや
      題しらす         前中納言匡房
1705 さすらふる身はさためたるかたもなしうきたる舟のなみにまかせて
                   増賀上人
1706 いかにせん身をうきふねのにをゝもみつゐのとまりやいつこなるらん
                   人麿
1707 あしかものさはくいり江の水のえのよにすみかたきわか身なりけり
                   能宣朝臣
1708 あしかものは風になひくうき草のさためなきよをたれかたのまん
      なきさのまつといふことをよみ侍ける」115オ
                   順
1709 おいにけるなきさの松のふかみとりしつめるかけをよそにやはみる
      山水をむすひてよみ侍ける
                   能因法師
1710 葦引の山した水にかけみれはまゆしろたへにわれ老にけり〈朱〉\
      あまになりぬときゝける人にさうそくつかはすとて
                   法成寺入道前摂政太政大臣
1711 なれ見てし花のたもとをうちかへしのりの衣をたちそかへつる〈朱〉\
      きさきにたちたまひける時冷泉院のきさいの
      宮の御ひたひをたてまつりたまへりけるを出家の」115ウ
      時返したてまつりたまふとて
                   東三条院
1712 そのかみの玉のかつらをうちかへしいまは衣のうらをたのまん
      返し           冷泉院太皇太后宮
1713 つきもせぬひかりのまにもまきれなておいてかへれるかみのつれなさ
      上東門院出家のゝちこかねの装束したる沈の
      すゝしろかねのはこにいれてむめのえたにつけて
      たてまつられける     枇杷皇太后宮
1714 かはるらん衣のいろをおもひやるなみたやうらの玉にまかはん
      返し           上東門院」116オ
1715 まかふらんころものたまにみたれつゝなをまたさめぬ心ちこそすれ
      題しらす         和泉式部
1716 しほのまによものうら/\たつぬれといまはわか身のいふかひもなし
      屏風のゑにしほかまのうらかきて侍けるを
                   一条院皇后宮
1717 いにしへのあまやけふりとなりぬらん人めも見えぬしほかまのうら
      少将高光横河にのほりてかしらおろし侍にける
      をきかせ給てつかはしける
                   天暦御哥
1718 宮こより雲のやへたつおく山のよかはの水はすみよかるらん〈朱〉\」116ウ
      御返し           如覚
1719 もゝしきのうちのみつねにこひしくて雲のやへたつ山はすみうし〈朱〉\
      世をそむきてをのといふところにすみ侍けるころ業
      平朝臣のゆきのいとたかうふりつみたるをかきわけて
      まうてきてゆめかとそ思おもひきやとよみ侍けるに
                   惟喬親王
1720 夢かともなにかおもはんうきよをはそむかさりけんほとそくやしき
      みやこのほかにすみ侍けるころひさしうをとつれ
      さりける人につかはしける
                   女御徽子女王」117オ
1721 雲井とふ雁のねちかきすまゐにもなをたまつさはかけすやありけん
      亭子院おりゐたまはんとしける秋よみ
      ける           伊勢
1722 白露はをきてかはれともゝしきのうつろふ秋は物そかなしき
      殿上はなれ侍りてよみ侍ける
                   藤原清正
1723 あまつ風ふけゐのうらにゐるたつのなとか雲井にかへらさるへき〈朱〉\
      〈朱〉\二条院菩提樹院におはしましてのちの春
      むかしをおもひいてゝ大納言経信まいりて侍ける
      又の日女房の申つかはしける」117ウ
                   読人しらす
1724 いにしへのなれし雲井をしのふとやかすみをわけて君たつねけん
      最勝四天王院の障子におほよとかきたる所
                   定家朝臣
1725 おほよとのうらにかりほすみるめたにかすみにたへてかへるかりかね
      最慶法師千載集かきてたてまつりけるつゝみ
      かみにすみをすりふてをそめつゝとしふれとかき
      あらはせることのはそなきとかきつけて侍ける御
      御(御$)返し
                   後白河院御哥
1726 はまちとりふみをくあとのつもりなはかひあるうらにあはさらめやは」118オ
      上東門院高陽院におはしましけるに行幸侍りて
      せきいれたる瀧を御覧して
                   後朱雀院御哥
1727 瀧つせに人の心を見ることはむかしにいまもかはらさりけり〈朱〉\
      権中納言通俊後拾遺撰ひ侍けるころまつ
      かたはしもゆかしくなと申て侍けれは申あはせて
      こそとてまたきよかきもせぬ本をつかはして
      侍けるを見て返しつかはすとて
                   周防内侍
1728 あさからぬ心そみゆるをとはかはせきいれし水のなかれならねと〈朱〉\」118ウ
      哥たてまつれとおほせられけれは忠峯かなとかき
      あつめてたてまつりけるおくにかきつけゝる
                   壬生忠見
1729 ことの葉の中をなく/\たつぬれはむかしの人にあひみつる哉〈朱〉\
      遊女の心をよみ侍ける
                   藤原為忠朝臣
1730 ひとりねのこよひもあけぬたれとしもたのまはこそはこぬもうらみめ
      大江挙周はしめて殿上ゆるされてくさふかきには
      におりて拝しけるを見侍て
                   赤染衛門」119オ
1731 くさわけてたちゐるそてのうれしさにたへすなみたのつゆそこほるゝ〈朱〉\
      秋ころわつらひけるをこたりてたひ/\とふらひに
      ける人につかはしける
                   伊勢大輔
1732 うれしさはわすれやはするしのふくさしのふる物を秋の夕くれ
      返し           大納言経信
1733 秋風のをとせさりせは白露のゝきのしのふにかゝらましやは
      あるところにかよひ侍けるを朝光大将見かはして
      よひとよものかたりしてかへりて又の日
                   右大将済時」119ウ
1734 しのふくさいかなるつゆかをきつらんけさはねもみなあらはれにけり〈朱〉\
      返し           左大将朝光
1735 あさちふをたつねさりせはしのふくさおもひをきけんつゆを見ましや〈朱〉\
      わつらひける人のかく申侍ける
                   読人しらす
1736 なからへんとしもおもはぬつゆの身のさすかにきえんことをこそおもへ〈朱〉\
      返し           小馬命婦
1737 つゆの身のきえはわれこそさきたゝめをくれん物かもりの下草〈朱〉\
      題しらす         和泉式部
1738 いのちさへあらは見つへき身のはてをしのはん人のなきそかなしき〈朱〉\」120オ
      れいならぬこと侍りけるにしれりけるひしりのとふ
      らひにまうてきて侍けれは
                   大僧正行尊
1739 さためなきむかしかたりをかそふれはわか身もかすにいりぬへき哉
      五十首哥たてまつりし時
                   前大僧正慈円
1740 世中のはれゆくそらにふる霜のうき身はかりそをき所なき
      れいならぬこと侍けるに無動寺にてよみ侍ける
1741 たのみこしわかふるてらのこけのしたにいつしかくちん名こそおしけれ
      題しらす         大僧正行尊」120ウ
1742 くりかへしわか身のとかをもとむれは君もなきよにめくるなりけり〈朱〉\
                   清原元輔
1743 うしといひてよをひたふるにそむかねは物おもひしらぬ身とやなりなん
                   よみ人しらす
1744 そむけともあめのしたをしはなれねはいつくにもふる涙なりけり
      延喜御時女蔵人内匠白馬節会見けるにくる
      まよりくれなゐのきぬをいたしたりけるを検非
      違使のたゝさんとしけれはいひつかはしける
                   女蔵人内匠
1745 おほそらにてる日のいろをいさめてもあめのしたにはたれかすむへき〈朱〉\」121オ
      かくいひければたゝさすなりにけり
      れいならてうつまさにこもりて侍けるに心ほそく
      おほえけれは       周防内侍
1746 かくしつゝゆふへの雲となりもせは哀かけてもたれかしのはん
      題しらす         前大僧正慈円
1747 おもはねとよをそむかんといふ人のおなしかすにやわれもなるらん〈朱〉\
                   西行法師
1748 かすならぬ身をも心のもちかほにうかれては又かへりきにけり
1749 をろかなる心のひくにまかせてもさてさはいかにつゐのおもひは
1750 とし月をいかてわか身にをくりけん昨日の人もけふはなきよに」121ウ
1751 うけかたき人のすかたにうかひいてゝこりすやたれも又しつむへき
      守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
                   寂蓮法師
1752 そむきてもなをうき物はよなりけり身をはなれたる心ならねは
      述懐の心をよめる
1753 身のうさをおもひしらすはいかゝせんいとひなからも猶すくす哉
                   前大僧正慈円
1754 なにことをおもふ人そと人とはゝこたへぬさきに袖そぬるへき
1755 いたつらにすきにしことやなけかれんうけかたき身の夕暮のそら
1756 うちたえてよにふる身にはあらねともあらぬすちにもつみそかなしき」122オ
      和哥所にて述懐のこゝろを
1757 山さとに契しいほやあれぬらんまたれんとたにおもはさりしを
                   右衛門督通具
1758 袖にをく露をはつゆとしのへともなれゆく月やいろをしるらん
                   定家朝臣
1759 君かよにあはすはなにを玉のをのなかくとまてはおしまれし身を〈朱〉\
                   家隆朝臣
1760 おほかたの秋のねさめのなかき夜も君をそいのる身をおもふとて
1761 わかのうらやおきつしほあひにうかひいつるあはれわか身のよるへしらせよ
1762 その山とちきらぬ月も秋風もすゝむる袖につゆこほれつゝ」122ウ
                   雅経朝臣
1763 君かよにあへるはかりの道はあれと身をはたのますゆくすゑの空
                   皇太后宮大夫俊成女
1764 おしむともなみたに月も心からなれぬる袖に秋をうらみて
      千五百番哥合に
                   摂政太政大臣
1765 うきしつみこんよはさてもいかにそと心にとひてこたへかねぬる
      題しらす
1766 われなから心のはてをしらぬかなすてられぬよの又いとはしき〈朱〉\
1767 をしかへし物をおもふはくるしきにしらすかほにてよをやすきまし」123オ
      五十首哥よみ侍けるに述懐の心を
                   守覚法親王
1768 なからへてよにすむかひはなけれともうきにかへたる命なりけり〈朱〉\
                   権中納言兼宗
1769 世をすつる心はなをそなかりけるうきをうしとはおもひしれとも〈朱〉\
      述懐の心をよみ侍ける
                   左近中将公衡
1770 すてやらぬわか身そつらきさりともとおもふ心にみちをまかせて
      題しらす         よみ人しらす
1771 うきなからあれはあるよにふるさとの夢をうつゝにさましかねても」123ウ
                   源師光
1772 うきなから猶おしまるゝいのちかな後のよとてもたのみなけれは
                   賀茂重保
1773 さりともとたのむ心のゆくすゑもおもへはしらぬよにまかすらん〈朱〉\
                   荒木田長延
1774 つく/\とおもへはやすきよの中を心となけくわか身なりけり〈朱〉\
      入道前関白家百首哥よませ侍けるに
                   刑部卿頼輔
1775 河舟のゝほりわつらふつなてなわくるしくてのみよをわたる哉
      題しらす         大僧都覚弁」124オ
1776 おいらくの月日はいとゝはやせかはかへらぬなみにぬるゝ袖かな〈朱〉\
      よみて侍ける百首哥を源家長かもとに見せに
      つかはしけるおくにかきつけて侍ける
                   藤原行能
1777 かきなかすことの葉をたにしつむなよ身こそかくても山河の水
      身のゝそみかなひ侍らてやしろのましらひもせて
      こもりゐて侍けるにあふひを見てよめる
                   鴨長明
1778 見れはまついとゝ涙そもろかつらいかに契てかけはなれけん
      題しらす         源季景」124ウ
1779 おなしくはあれないにしへおもひいてのなけれはとてもしのはすもなし
                   西行法師
1780 いつくにもすまれすはたゝすまてあらんしはのいほりのしはしなるよに
1781 月のゆく山に心をゝくりいれてやみなるあとの身をいかにせん
      五十首哥の中に
                   前大僧正慈円
1782 おもふことなとゝふ人のなかるらんあふけはそらに月そさやけき
1783 いかにしていまゝてよには在曙のつきせぬ物をいとふ心は
      西行法師山さとよりまかりいてゝむかし出家し
      侍しその月日にあたりて侍ると申たりける返事に」125オ
1784 うきよいてし月日のかけのめくりきてかはらぬ道を又てらすらん
      前僧都全真西国のかたに侍ける時つかはしける
                   承仁法親王
1785 人しれすそなたをしのふ心をはかたふく月にたくへてそやる
      前大僧正慈円ふみにてはおもふほとのことも申
      つくしかたきよし申つかはして侍ける返事に
                   前右大将頼朝
1786 みちのくのいはてしのふはえそしらぬかきつくしてよつほのいしふみ
      世中のつねなきころ
                   大江嘉言」125ウ
1787 けふまては人をなけきてくれにけりいつ身のうへにならんとすらん〈朱〉\
      題しらす         清慎公
1788 みちしはのつゆにあらそふわか身かないつれかまつはきえんとすらん
                   皇嘉門院
1789 なにとかやかへにおふなる草のなよそれにもたくふわか身なりけり
                   権中納言資実
1790 こしかたをさなから夢になしつれはさむるうつゝのなきそかなしき〈朱〉\
      松の木のやけゝるを見て
                   性空上人
1791 ちとせふる松たにくつるよの中にけふともしらてたてるわれかな」126オ
      題しらす         後頼朝臣
1792 かすならてよにすみの江のみをつくしいつをまつともなき身なりけり
                   皇太后宮大夫俊成
1793 うきなからひさしくそよをすきにける哀やかけしすみよしの松
      春日社哥合に松風といふことを
                   家隆朝臣
1794 かすか山たにのむもれ木くちぬとも君につけこせみねの松風
                   宜秋門院丹後
1795 なにとなくきけは涙そこほれぬるこけのたもとにかよふ松風
      さうしにあしてなかうたなとかきておくに」126ウ
                   女御徽子女王
1796 みな人のそむきはてぬるよの中にふるのやしろの身をいかにせん
      臨時祭の舞人にてもろともに侍けるをともに
      四位してのち祭の日つかはしける
                   実方朝臣
1797 衣ての山井の水にかけみえし猶そのかみの春そこひしき
      題しらす         道信朝臣
1798 いにしへの山井の衣なかりせはわすらるゝ身となりやしなまし
      後冷泉院御時大嘗会にひかけのくみをして
      実基朝臣のもとにつかはすとて先帝御時おもひいてゝ」127オ
      そへていひつかはしける
                   加賀朝臣
1799 たちなからきてたに見せよをみ衣あかぬむかしの忘かたみに
      秋夜きり/\すをきくといふ題をよめと人/\におほ
      せられておほとのこもりにけるあしたにそのうたを
      御覧して         天暦御哥
1800 秋の夜のあか月かたのきり/\すひとつてならてきかまし物を
      秋雨を          中務卿具平親王
1801 なかめつゝわかおもふことはひくらしにのきのしつくのたゆるよもなし
      〈墨〉\題しらす     〈墨〉\能宣朝臣」127ウ
        [被出之]
1801' 〈墨〉\みつくきのあとにのこれる玉の声いとゝもさむき秋の風哉
                   小野小町
1802 こからしの風にもみちて人しれすうきことの葉のつもる比かな
      述懐百首哥よみける時紅葉を
                   皇太后宮大夫俊成
1803 嵐ふくみねのもみちの日にそへてもろくなりゆくわか涙哉
      題しらす         崇徳院御哥
1804 うたゝねはおきふく風におとろけとなかき夢ちそさむる時なき
                   宮内卿
1805 竹の葉に風ふきよはるゆふくれのものゝ哀は秋としもなし〈朱〉\」128オ
                   和泉式部
1806 ゆふくれは雲のけしきをみるからになかめしとおもふ心こそつけ
1807 くれぬめりいくかをかくてすきぬらん入あひのかねのつく/\として
                   西行法師
1808 またれつる入あひのかねのをとすなりあすもやあらはきかんとすらん
      暁の心をよめる      皇太后宮大夫俊成
1809 あか月とつけの枕をそはたてゝきくもかなしき鐘のをと哉
      百首哥に         式子内親王
1810 あか月のゆふつけとりそ哀なるなかきねふりをおもふ枕に
      あまにならんとおもひたちけるを人のとゝめ侍」128ウ
      けれは          和泉式部
1811 かくはかりうきをしのひてなからへはこれよりまさる物もこそおもへ
      題しらす
1812 たらちねのいさめし物をつれ/\となかむるをたにとふ人もなし
      くまのへまいりておほみねへいらんとてとしころやし
      なひたてゝ侍りけるめのとのもとにつかはしける
                   大僧正行尊
1813 あはれとてはくゝみたてしいにしへはよをそむけともおもはさりけん
      百首哥たてまつりし時
                   土御門内大臣」129オ
1814 くらゐ山あとをたつねてのほれともこをおもふみちに猶まよひぬる
      百首哥よみ侍けるに懐旧哥
                   皇太后宮大夫俊成
1815 むかしたにむかしとおもひしたらちねのなをこひしきそはかなかりける〈朱〉\
      述懐百首哥よみ侍けるに
                   俊頼朝臣
1816 さゝかにのいとかゝりける身のほとをおもへは夢の心ちこそすれ
      ゆふくれにくものいとはかなけにすかくをつねよりも
      あはれと見て       僧正遍昭
1817 さゝかにのそらにすかくもおなしことまたきやとにもいくよかはへん」129ウ
      題しらす         西宮前左大臣
1818 ひかりまつえたにかゝれるつゆのいのちきえはてねとやはるのつれなき
      野わきしたるあしたにおさなき人をたにとはさり
      ける人に         赤染衛門
1819 あらくふく風はいかにと宮木のゝこはきかうへを人のとへかし〈朱〉\
      和泉式部みちさたにわすられてのちほとなく
      敦道親王かよふときゝてつかはしける
1820 うつろはてしはしゝのたのもりをみよかへりもそするくすのうら風
      返し           和泉式部
1821 秋風はすこくふけともくすの葉のうらみかほには見えしとそおもふ」130オ
      やまひかきりにおほえ侍ける時定家朝臣中将転任の
      こと申とて民部卿範光もとにつかはしける
                   皇太后宮大夫俊成
1822 をさゝはら風まつ露のきえやらすこのひとふしをおもひをくかな
      題しらす         前大僧正慈円
1823 世中をいまはの心つくからにすきにしかたそいとゝこひしき
1824 よをいとふ心のふかくなるまゝにすくる月日をうちかそへつゝ
1825 ひとかたにおもひとりにし心にはなをそむかるゝ身をいかにせん
1826 なにゆへにこのよをふかくいとふそと人のとへかしやすくこたへん〈朱〉\
1827 おもふへきわか後のよはあるかなきかなけれはこそはこのよにはすめ」130ウ
                   西行法師
1828 世をいとふ名をたにもさはとゝめをきてかすならぬ身のおもひいてにせん
1829 身のうさをおもひしらてやゝみなましそむくならひのなきよなりせは
1830 いかゝすへきよにあらはやはよをもすてゝあなうのよやとさらにおもはん〈朱〉\
1831 なに事にとまる心のありけれはさらにしも又よのいとはしき〈朱〉\
                   入道前関白太政大臣
1832 むかしよりはなれかたきはうきよかなかたみにしのふ中ならねとも
      なけく事侍けるころおほみねにこもるとて同行
      ともゝかたへは京へかへりねなと申てよみ侍ける
                   大僧正行尊」131オ
1833 おもひいてゝもしもたつぬる人もあらはありとないひそさためなきよに
      題しらす
1834 かすならぬ身をなにゆへにうらみけんとてもかくてもすくしけるよを
      百首哥たてまつりしに
                   前大僧正慈円
1835 いつかわれみ山のさとのさひしきにあるしとなりて人にとはれん
      題しらす         俊頼朝臣
1836 うき身には山田のをしねをしこめてよをひたすらにうらみわひぬる
      としころ修行の心ありけるをすてかたき事侍りて
      すきけるにおやなとなくなりて心やすくおもひたち」131ウ
      けるころ障子にかきつけ侍ける
                   山田法師
1837 しつのをのあさな/\にこりつむるしはしのほともありかたのよや
      題しらす         寂蓮法師
1838 かすならぬ身はなき物になしはてつたかためにかはよをもうらみん
                   法橋行遍
1839 たのみありて今ゆくすゑをまつ人やすくる月日をなけかさるらん〈朱〉\
      守覚法親王五十首哥よませ侍けるに
                   源師光
1840 なからへていけるをいかにもとかましうき身のほとをよそにおもはゝ〈朱〉\」132オ
      題しらす         八条院高倉
1841 うきよをはいつる日ことにいとへともいつかは月のいるかたを見ん
                   西行法師
1842 なさけありしむかしのみ猶しのはれてなからへまうき世にもふるかな
                   清輔朝臣
1843 なからへは又このころやしのはれんうしと見しよそ今はこひしき
      寂蓮人々すゝめて百首哥よませ侍けるにいなひ
      侍て熊野にまうてける道にてゆめになにことも
      おとろへゆけとこのみちこそよのすゑにかはらぬものは
      あれなをこのうたよむへきよし別当湛快三位」132ウ
      俊成に申と見侍ておとろきなからこの哥をいそき
      よみいたしてつかはしけるおくにかきつけ侍ける
                   西行法師
1844 すゑのよもこのなさけのみかはらすと見し夢なくはよそにきかまし
      千載集えらひ侍ける時ふるき人々のうたを
      見て           皇太后宮大夫俊成
1845 ゆくすゑはわれをもしのふ人やあらんむかしをおもふ心ならひに
      〈墨〉\題しらす     〈墨〉\西行法師
        [被出之]
1845' 〈墨〉\ねかはくは花のしたにて春しなんそのきさらきのもち月の比
      崇徳院に百首哥たてまつりける無常哥」133オ
                   皇太后宮大夫俊成
1846 世中をおもひつらねてなかむれはむなしきそらにきゆる白雲
      百首哥に         式子内親王
1847 くるゝまもまつへきよかはあたしのゝすゑはのつゆに嵐たつ也
      つのくにゝおはしてみきはのあしを見たまひて
                   華山院御哥
1848 つのくにのなからふへくもあらぬかなみしかきあしのよにこそ有けれ
      題しらす         中務卿具平親王
1849 風はやみおきの葉ことにをくつゆのをくれさきたつほとのはかなさ
                   蝉丸」133ウ
1850 秋風になひくあさちのすゑことにをく白露のあはれ世中
1851 よの中はとてもかくてもおなしことみやもわらやもはてしなけれは」134オ

    新古今和哥集巻第十九
     神祇哥
1852 しるらめやけふのねの日のひめこ松おひんすゑまてさかゆへしとは
       この哥は日吉社司社頭のうしろの山にまかりて
       子日して侍ける夜人のゆめに見えけるとなん
1853 なさけなくおる人つらしわかやとのあるしわすれぬ梅のたちえを
       この哥は建久二年のはるのころつくしへまかれり
       けるものゝ安楽寺の梅をおりて侍ける夜のゆめに
       見えけるとなん
1854 ふたらくのみなみのきしにたうたてゝいまそさかえんきたのふちなみ〈朱〉\」134ウ
       このうたは興福寺の南円堂つくりはしめ侍ける時
       春日のえのもとの明神よみたまへりけるとなん
1855 夜やさむき衣やうすきかたそきのゆきあひのまより霜やをくらん
       住吉御哥となん
1856 いかはかりとしはへねともすみの江の松そふたゝひおひかはりぬる
       この哥はある人すみよしにまうてゝ人ならはとはま
       しものをすみのえのまつはいくたひおひかはるらん
       とよみてたてまつりける御返事となんいへる
1857 むつましと君はしらなみみつかきのひさしきよゝりいはひそめてき
       伊勢物語に住吉に行幸の時おほんかみけ行し」135オ
      たまひてとしるせり
1858 人しれすいまや/\とちはやふる神さふるまて君をこそまて〈朱〉\
       このうたは待賢門院の堀河山とのかたより
       くまのへまうて侍けるにかすかへまいるへきよし
       のゆめを見たりけれとのちにまいらんとおもひて
       まかりすきにけるをかへり侍けるに託宣し
       たまひけるとなん
1859 みちとをしほともはるかにへたゝれりおもひをこせよわれもわすれし
       このうたは陸奥にすみける人の熊野へ三年
       まうてんと願をたてゝまいりて侍けるかいみしう」135ウ
       くるしかりけれはいまふたゝひをいかにせんとなけ
       きておまへにふしたりけるよのゆめに見えけるとなん
1860 おもふこと身にあまるまてなる瀧のしはしよとむをなにうらむらん
       このうたは身のしつめる事をなけきてあつまの
       かたへまからんとおもひたちける人くまのゝおまへに
       通夜して侍けるゆめにみえけるとそ
1861 われたのむ人いたつらになしはては又雲わけてのほるはかりそ
       賀茂の御哥となん
1862 かゝみにもかけみたらしの水のおもにうつるはかりの心とをしれ〈朱〉\
       これ又かもにまうてたる人のゆめに見えけるといへり」136オ
1863 ありきつゝきつゝ見れともいさきよき人の心をわれわすれめや
       石清水の御哥といへり
1864 にしのうみたつ白浪のうへにしてなにすくすらんかりのこのよを
       このうたは称徳天皇の御時和気清麿を宇佐
       宮にたてまつりたまひける時詫宣し給けるとなん
      延喜六年日本紀竟宴に
      神日本磐弱余彦天皇
                   大江千古
1865 しらなみにたまよりひめのこしことはなきさやつゐにとまりなりけん
      猿田彦          紀淑望」136ウ
1866 ひさかたのあめのやへ雲ふりわけてくたりし君をわれそむかへし
      玉依姫          三統理平
1867 とひかけるあまのいはふねたつねてそあきつしまには宮はしめける
      賀茂社の午日うたひ侍なる哥
1868 やまとかもうみにあらしのにしふかはいつれのうらにみ舟つなかん
      神楽をよみ侍ける
                   紀貫之
1869 をく霜にいろもかはらぬさかき葉のかをやは人のとめてきつらん
      臨時祭をよめる
1870 宮人のすれるころもにゆふたすきかけて心をたれによすらん〈朱〉\」137オ
      大将に侍りける時勅使にて太神宮にまうてゝよみ
      侍ける          摂政太政大臣
1871 神風やみもすそ河のそのかみに契しことのすゑをたかふな
      おなし時外宮にてよみ侍ける
                   藤原定家朝臣
1872 契ありてけふみやかはのゆふかつらなかきよまてもかけてたのまん
      公継卿勅使にて太神宮にまうてゝかへりのほり
      侍けるに斎宮の女房の中より申をくりける
                   読人しらす
1873 うれしさも哀もいかにこたへましふるさと人にとはれましかは」137ウ
      返し           春宮権大夫公継
1874 神風やいすゝ河浪かすしらすすむへきみよに又かへりこん〈朱〉\
      太神宮のうたのなかに
                   太上天皇
1875 なかめはや神ちの山に雲きえてゆふへのそらをいてん月かけ〈朱〉\
1876 神かせやとよみてくらになひくしてかけてあふくといふもかしこし
      題しらす         西行法師
1877 宮はしらしたついはねにしきたてゝつゆもくもらぬ日のみかけ哉
1878 神ち山月さやかなるちかひありてあめのしたをはてらすなりけり
      伊勢の月よみのやしろにまいりて月を見てよめる」138オ
1879 さやかなるわしのたかねの雲井よりかけやはらくる月よみのもり
      神祇哥とてよみ侍ける
                   前大僧正慈円
1880 やはらくるひかりにあまるかけなれやいすゝかはらの秋のよの月
      公卿勅使にてかへり侍けるいちしのむまやにて
      よみ侍ける        中院入道右大臣
1881 たちかへり又も見まくのほしきかなみもすそかはのせゝの白浪
      入道前関白家百首哥よみ侍けるに
                   皇太后宮大夫俊成
1882 神風やいすゝのかはの宮はしらいくちよすめとたちはしめけん」138ウ
                   俊恵法師
1883 神風やたまくしの葉をとりかさしうちとの宮に君をこそいのれ
      五十首哥たてまつりし時
                   越前
1884 神かせや山田のはらのさかき葉に心のしめをかけぬ日そなき
      社頭納涼といふことを
                   大中臣明親
1885 いすゝ河そらやまたきに秋の声したついはねの松の夕風〈朱〉\
      香椎宮のすきをよみ侍ける
                   よみ人しらす」139オ
1886 ちはやふるかしゐの宮のあやすきは神のみそきにたてるなりけり
      八幡宮の権官にてとしひさしかりけることをうらみて
      御神楽の夜まいりてさかきにむすひつけ侍ける
                   法印成清
1887 さかき葉にそのいふかひはなけれとも神に心をかけぬまそなき
      賀茂にまいりて      周防内侍
1888 としをへてうきかけをのみみたらしのかはるよもなき身をいかにせん
      文治六年女御入代の屏風に臨時祭かけるところ
      をよみ侍ける       皇太后宮大夫俊成
1889 月さゆるみたらし河にかけみえてこほりにすれる山あゐの袖」139ウ
      社頭雪といふ心をよみ侍ける
                   按察使公通
1890 ゆふしての風にみたるゝをとさえて庭しろたへに雪そつもれる
      十首哥合の中に神祇をよめる
                   前大僧正慈円
1891 君をいのる心のいろを人とはゝたゝすの宮のあけの玉かき
      みあれにまいりてやしろのつかさをのをのあふひを
      かけゝるによめる     賀茂重保
1892 あとたれし神にあふひのなかりせはなにゝたのみをかけてすきまし
      社司ともきふねにまいりてあまこひし侍けるついでによめる」140オ
                   賀茂幸平
1893 おほみ田のうるおふはかりせきかけて井せきにおとせかはかみの神〈朱〉\
      鴨社哥合とて人々よみ侍けるに月を
                   鴨長明
1894 いしかはのせみのをかはのきよけれは月もなかれをたつねてそすむ
      弁に侍ける時春日祭にくたりて周防内侍に
      つかはしける       中納言資仲
1895 よろつよをいのりそかくるゆふたすきかすかの山の峯の嵐に
      文治六年女御入代屏風に春日祭
                   入道前関白太政大臣」140ウ
1896 けふまつる神の心やなひくらんしてに浪たつさほのかは風
      家に百首哥よみ侍ける時神祇の心を
1897 あめのしたみかさの山のかけならてたのむかたなき身とはしらすや
      皇太后宮大夫俊成
1898 かすか野のをとろのみちのむもれ水すゑたに神のしるしあらはせ
      大原野祭にまいりて周防内侍につかはしける
                   藤原伊家
1899 ちよまても心してふけもみちはを神もをしほの山おろしの風
      最勝四天王院の障子にをしほ山かきたる所
                   前大僧正慈円」141オ
1900 をしほ山神のしるしを松の葉にちきりしいろはかへる物かは
      日吉社にたてまつりける哥の中に二宮を
1901 やはらくるかけそふもとにくもりなきもとの光はみねにすめとも
      述懐の心を
1902 わかたのむなゝのやしろのゆふたすきかけてもむつの道にかへすな
1903 をしなへて日よしのかけはくもらぬになみたあやしき昨日けふかな
1904 もろ人のねかひをみつのはま風に心すゝしきしてのをとかな
      北野によみてたてまつりける
1905 さめぬれはおもひあはせてねをそなく心つくしの古の夢
      熊野へまうてたまひける時みちに花のさかりなり」141ウ
      けるを御覧して      白河院御哥
1906 さきにほふ花のけしきをみるからに神の心そゝらにしらるゝ
      熊野にまいりてたてまつり侍し
                   太上天皇
1907 いはにむすこけふみならすみくまのゝ山のかひあるゆくすゑもかな
      新宮にまうつとて熊野河にて
1908 くまのかはくたすはやせのみなれさほさすかみなれぬ浪のかよひち〈朱〉\
      白河院くまのにまうてたまへりける御ともの人/\
      しほやの王子にて哥よみ侍けるに
                   徳大寺左大臣」142オ
1909 たちのほるしほやのけふりうら風になひくを神の心とも哉
      くまのへまうて侍しにいはしろ王子に人々の名
      なとかきつけさせてしはし侍しに拝殿のなけし
      にかきつけて侍し哥
                   よみ人しらす
1910 いはしろの神はしるらんしるへせよたのむうきよの夢のゆくすゑ
      くまのゝ本宮やけてとしのうちに遷宮侍しにまいりて
                   太上天皇
1911 契あれはうれしきかゝるおりにあひぬわするな神もゆくすゑの空
      加賀のかみにて侍ける時しら山にまうてたりける」142ウ
      をおもひいてゝ日吉の客人の宮にてよみ侍ける
                   左京大夫顕輔
1912 としふともこしの白山わすれすはかしらの雪を哀とも見よ
      一品聡子内親王すみよしにまうてゝ人々うたよみ侍
      けるによめる        藤原道経
1913 すみよしのはま松かえに風ふけはなみのしらゆふかけぬまそなき
      〈墨〉\奉幣使にてすみよしにまいりてむかしすみける
      ところのあれたりけるを見てよみ侍ける
                   〈墨〉\津守有基
        [被出之]
1913' 〈墨〉\すみよしとおもひしやとはあれにけり神のしるしをまつとせしまに」143オ
      ある所の屏風のゑに十一月神まつる家のまへに
      馬にのりて人のゆく所を
                   能宣朝臣
1914 さかき葉の霜うちはらひかれすのみすめとそいのる神のみまへに
      延喜御時屏風に夏神楽の心をよみ侍ける
                   貫之
1915 河やしろしのにおりはへほす衣いかにほせはかなぬかひさらん」143ウ

    新古今和哥集巻第廿
     釈教哥
1916 なをたのめしめちかはらのさせも草わかよの中にあらんかきりは
1917 なにかおもふなにをかなけく世中はたゝあさかほの花のうへの露
       このふたうたは清水観音御哥となんいひつたへたる
      智縁上人伯耆の大山にまいりていてなんとし
      けるあか月ゆめに見えけるうた
1918 山ふかくとしふるわれもあるものをいつちか月のいてゝゆくらん
      なにはのみつてらにてあしの葉のそよくをきゝて
                   行基菩薩」144オ
1919 あしそよくしほせの浪のいつまてかうきよの中にうかひわたらん
      比叡山中堂建立の時
                   伝教大師
1920 阿耨多羅三藐三菩提のほとけたちわかたつそまに冥加あらせたまへ
      入唐時哥         智証大師
1921 のりの舟さしてゆく身そもろ/\の神もほとけもわれをみそなへ
      菩提寺の講堂のはしらにむしのくひたりける
      うた
1922 しるへある時にたにゆけこくらくのみちにまとへる世中の人
      みたけの笙のいはやにこもりてよめる」144ウ
                   日蔵上人
1923 寂寞のこけのいはと(と=屋イ)のしつけきになみたの雨のふらぬ日そなき
      臨終正念ならんことを思てよめる
                   法円上人
1924 南無阿弥陀ほとけのみてにかくるいとのをはりみたれぬ心ともかな
      題しらす         僧都源信
1925 われたにもまつこくらくにむまなれはしるもしらぬもみなむかへてん
      天王寺のかめ井の水を御覧して
                   上東門院
1926 にこりなきかめ井の水をむすひあけて心のちりをすゝきつる哉」145オ
      法華経廿八品哥人々によませ侍けるに提婆品
      の心を          法成寺入道前摂政太政大臣
1927 わたつうみのそこよりきつるほともなくこの身なからに身をそきはむる
      勧持品の心を       大納言斉信
1928 かすならぬいのちはなにかおしからんのりとくほとをしのふはかりそ
      五月許に雲林院の菩提講にまうてゝよみ侍
      ける
                   肥後
1929 紫の雲のはやしを見わたせはのりにあふちの花さきにけり
      涅槃経をよみ侍ける時ゆめにちる花に池のこほりも
      とけぬなり花ふきちらすはるのよのそらとかきて人の」145ウ
      見せ侍けれはゆめのうちにかへすとおほえけるうた
1930 たにかはのなかれしきよくすみぬれはくまなき月のかけもうかひぬ
      述懐哥の中に       前大僧正慈円
1931 ねかはくはしはしやみちにやすらひてかゝけやせまし法のともし火
1932 とくみのきくのしらつゆよるはをきてつとめてきえんことをしそおもふ
1933 極楽へまたわか心ゆきつかすひつしのあゆみしはしとゝまれ
      観心如月輪若在軽霧中の心を
                   権僧正公胤
1934 わか心なをはれやらぬ秋きりにほのかに見ゆる在曙の月〈朱〉\
      家に百首哥よみ侍ける時十界の心をよみ侍」146オ
      けるに縁覚の心を     摂政太政大臣
1935 おく山にひとりうきよはさとりにきつねなきいろを風になかめて
      心経の心をよめる     小侍従
1936 いろにのみそめし心のくやしきをむなしとゝけるのりのうれしさ
      摂政太政大臣家百首哥に十楽のこゝろをよみ侍
      けるに聖衆来迎楽
                   寂蓮法師
1937 むらさきの雲ちにさそふことのねにうきよをはらふ峯の松風
      蓮花初開楽」146ウ
1938 これやこのうきよのほかの春ならん花のとほそのあけほのゝ空
      快楽不退楽
1939 春秋にかきらぬ花にをくつゆはをくれさきたつうらみやはある
      引摂結縁楽
1940 たちかへりくるしきうみにをくあみもふかきえにこそ心ひくらめ
      法花経廿八品哥よみ侍けるに方便品
      唯有一乗法の心を
                   前大僧正慈円
1941 いつくにもわかのりならぬのりやあるとそらふく風にとへとこたへぬ
      化城喩品 化作大城[土+郭]」147オ
1942 おもふなようきよの中をいてはてゝやとるおくにもやとは有けり
      分別功徳品 或住不退地
1943 わしの山けふきくのりのみちならてかへらぬやとにゆく人そなき
      普門品 心念不空過
1944 をしなへてむなしきそらとおもひしにふちさきぬれは紫の雲
      水渚常不満といふ心を
                   崇徳院御哥
1945 をしなへてうき身はさこそなるみかたみちひるしほのかはるのみかは
      先照高山
1946 あさ日さすみねのつゝきはめくめともまた霜ふかしたにのかけ草」147ウ
      家に百首哥よみ侍ける時五智の心を
      妙観察智         入道前関白太政大臣
1947 そこきよく心の水をすまさすはいかゝさとりのはちすをもみん〈朱〉\
      勧持品          正三位経家
1948 さらすとていくよもあらしいさやさはのりにかへつる命とおもはん〈朱〉\
      法師品 加刀杖瓦石念仏故応忍のこゝろを
                   寂蓮法師
1949 ふかきよのまとうつ雨にをとせぬはうきよをのきのしのふなりけり
      五百弟子品 内秘菩薩行の心を
                   前大僧正慈円」148オ
1950 いにしへの鹿なく野辺のいほりにも心の月はくもらさりけん
      人々すゝめて法文百首哥よみ侍けるに二乗但空
      智如蛍火         寂然法師
1951 みちのへのほたるはかりをしるへにてひとりそいつる夕やみの空
      菩薩清涼月 遊於畢竟空
1952 雲はれてむなしきそらにすみなからうきよの中をめくる月哉
      梅檀香風 悦可衆心
1953 ふく風にはなたち花やにほふらんむかしおほゆるけふの庭哉
      作是教已 復至他国
1954 やみふかきこのもとことに契をきてあさたつきりのあとのつゆけさ」148ウ
      此日已過 命即衰滅
1955 けふすきぬいのちもしかとおとろかす入あひのかねの声そかなしき
      悲鳴[口+幼]咽 痛恋本群
                   素覚法師
1956 草ふかきかりはのをのをたちいてゝともまとはせる鹿そなくなる
      棄恩入無為        寂然法師
1957 そむかすはいつれのよにかめくりあひておもひけりとも人にしられん
      合会有別離        源季広
1958 あひみてもみねにわかるゝ白雲のかゝるこのよのいとはしき哉〈朱〉\
      聞名欲往生        寂然法師」149オ
1959 をとにきく君かりいつかいきの松まつらんものを心つくしに
      心懐恋慕 渇仰於仏
1960 わかれにしそのおもかけのこひしき夢にも見えよ山の葉の月
      十戒哥よみ侍けるに不殺生戒
1961 わたつうみのふかきにしつむいさりせてたもつかひあるのりをもとめよ
      不偸盗戒
1962 うきくさのひとはなりともいそかくれおもひなかけそおきつ白浪
      不邪婬戒
1963 さらぬたにをもきかうへにさよころもわかつまならぬつまなかさねそ
      不[酉+古]酒戒」149ウ
1964 はなのもとつゆのなさけはほともあらしゑいなすゝめそ春の山風
      入道前関白家に十如是哥よませ侍けるに
      如是報          二条院讃岐
1965 うきをなをむかしのゆへとおもはすはいかにこのよをうらみはてまし
      待賢門院中納言人々にすゝめて廿八品哥よま
      せ侍けるに序品 広度諸衆生 其数無有量
      の心を          皇太后宮大夫俊成
1966 わたすへきかすもかきらぬはし/\らいかにたてけるちかひなるらん
      美福門院に極楽六時讃のゑにかゝるへきうた
      たてまつるへきよし侍けるによみ侍ける時に大衆法を」150オ
      聞て弥歓喜瞻仰せん
1967 いまそこれいり日を見てもおもひこしみたのみくにの夕くれの空〈朱〉\
      あかつきいたりて浪のこゑ金の岸によするほと
1968 いにしへのおのへのかねににたるかなきしうつ浪の暁の声
      百首哥の中に毎日晨朝入諸定のこゝろを
                   式子内親王
1969 しつかなるあか月ことに見わたせはまたふかきよの夢そかなしき
      発心和哥集の哥普門品 種々諸悪趣
                   選子内親王
1970 あふことをいつくにとてかちきるへきうき身のゆかんかたをしらねは」150ウ
      五百弟子品のこゝろを
                   僧都源信
1971 玉かけし衣のうらをかへしてそをろかなりける心をはしる
      維摩経 十喩中に此身如夢といへる心を
                   赤染衛門
1972 夢やゆめうつゝや夢とわかぬかないかなるよにかさめんとすらん〈朱〉\
      二月十五日のくれ方に伊勢大輔かもとに
      つかはしける       相模
1973 つねよりもけふのけふりのたよりにやにしをはるかにおもひやるらん
      返し           伊勢大輔」151オ
1974 けふはいとゝなみたにくれぬにしの山おもひいり日のかけをなかめて〈朱〉\
      〈墨〉\依釈迦遺教念弥陀といふ心を
                   〈墨〉\肥後
        [被出之]
1974' 〈墨〉\をしへをきていりにし月のなかりせはにしに心をいかてかけまし
      西行法師をよひ侍けるにまかるへきよしは申し
      なからまうてこて月のあかゝりけるにかとのまへ
      をとおるときゝてよみてつかはしける
                   待賢門院堀河
1975 にしへゆくしるへとおもふ月かけのそらたのめこそかひなかりけれ〈朱〉\
      返し           西行法師」151ウ
1976 たちいらて雲まをわけし月かけはまたぬけしきやそらにみえけん
      人の身まかりにけるのち結縁経供養し
      けるに即往安楽世界のこゝろをよめる
                   瞻西上人
1977 むかし見し月のひかりをしるへにてこよひや君かにしへゆくらん
      観心をよみ侍ける
                   西行法師
1978 やみはれて心のそらにすむ月はにしの山へやちかくなるらん〈朱〉\」152オ

(白紙)」152ウ

   承元三年六月十九日書之
      同七月廿二日依重 勅定被改直之」153オ

(白紙)」153ウ

   以相伝秘本<祖父卿/真筆>具書
   写校合了

   正安二年黄鐘下旬
       右兵衛督為相 」154オ

(白紙)」154ウ

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