はじめに
Up date 9.19/96
渋谷栄一 作成

課題番号 07801057

藤原定家自筆の仮名文字に関するテキストデータベースと画像データベースの作成研究

研究組織と役割分担
研究代表者 渋谷栄一 高千穂商科大学商学部教授
           文献調査と文献目録の作成
           「土左日記」のテキストデータベースと画像データベースの作成
研究分担者 伊藤鉄也 大阪明浄女子短期大学文芸科専任講師
           画像スキャニング
           「更級日記」のテキストデータベースと画像データベースの作成
研究協力者 中村一夫 大阪樟蔭女子大学非常勤講師
           国語学関係研究文献の調査
           画像データベースの開発研究

平成7年度研究実績報告
 1)藤原定家自筆仮名文字に関する現存文献調査と資料収集及びその所蔵文献目録の作成
 2)藤原定家の定家仮名遣いに関する研究文献の調査とその研究文献目録の作成
 3)尊経閣文庫本「土左日記」(複製本)と御物本「更級日記」(複製本)のスキャナによる全文画像入力とその本文PICTデータベースの作成
 4)本文PICTデータベースから切り出した定家自筆仮名文字PICTデータベースの作成
 5)定家本「土左日記」の字母TEXTデータベースの作成(本誌掲載)
 6)定家本「土左日記」の翻字TEXTデータベースの作成
 7)定家本「土左日記」の整定本文TEXTの作成

 1 はじめに 研究の目的と方法

 藤原定家(応保2年-仁治2年、1162-1241)は鎌倉時代の歌人として有名であるが、また、平安 朝の古典籍類の書写者としても極めて重大な人物である。たとえば、勅撰集の『古今和歌集』『後撰和歌集』『拾遺和歌集』をはじめ、物語では『伊勢物語』『源氏物語』、日記文学では『土左日記』『更級日記』等の、平安朝の主要な古典籍類を書写し、さらに多数の私家集をも書写校勘している。それらは、今日「定家本」の呼称で尊重され、現行の活字本のテキストの底本として使用されたり、また貴重な文献学的資料として重要視されている。
 ところで、近年、京都冷泉家所蔵の時雨亭文庫から朝日新聞社によって、貴重な古典籍類が写真複製本となって刊行されつつある。中でもその藤原定家が書写した多数の古典籍類や手沢本が含まれており、大変な注目を集めている。
 藤原定家の文字は独特の癖のある書風で、いわゆる「定家様(ていかよう)」として書道家や愛好家によって親しまれている。ところでその一方に、その墨跡をめぐっては自筆であるか偽書であるかと、問題になることもあるが、しかし、その見分けについては、眼識を具え経験を積んだその道の人であっても、なかなか簡単には見分けはつかないと言われ、かえってその言葉を慎重にされている。
 ところが、藤原定家関係の墨跡がこのように一度に多数出現し、また近年のコンピュータとその周辺機器の進歩によって、従来の研究では不可能であったことがいろいろと可能になってきた。
 本研究では、第1に、藤原定家自筆の仮名文字に関する文献調査を行って、現存本や現存資料についての情報をパソコンを利用してデーターベースを作成したい。第2に、スキャナによって、その本文や文字資料を画像入力し、本文のPICTデータベースを作成したい。第3に、さらにそれらから定家自筆文字を1文字ずつ切り出して、文字のPICTデータベースを作成したい。いわゆる定家仮名変体集をパソコンで作成したようなものである。第4に、定家の自筆仮名文字資料について、漢字の字母と仮名との2種類に翻字し、TEXTデータベースを作成したい。併せて、整定本文TEXTも作成しておきたい。第5に、さらに出来れば、TEXTデータベースとPICTデータベースをリンクさせて、藤原定家自筆の仮名文字について、画像と文字との両方から検索できれば理想的だと思っている。また、くずし字体のさまざまな諸相をも画像で容易に検索できればいいと思っている。もし、そうなれば、定家の自筆か偽書かの問題についても、最終的な判定はともかくも、ある程度までの客観的な資料(データ)を提供することができよう。
 さて、私たちは、以上のような考えに立って、古典学者としての藤原定家の平安朝の古典籍の書写校勘という問題を客観的に研究していくために始めたのである。今日、われわれは定家の多大な恩恵に浴して、平安朝の古典文学に接している。それは、室町期の連歌師や歌人たちの定家崇拝に遡る長い歴史をもつものである。しかし、それにただ盲従していてはならない。今、「定家本」の書写校勘の在りようを豊富な資料に基づき、最先端の情報機器を活用して再検討してみようと思うのである。まず、そのためには可能な限り定家の古典籍書写に関する客観的基礎的データを収集し加工して提供したいと思うわけである。
 以下、本年度の研究実績の概要について記したい。

1)藤原定家自筆仮名文字に関する現存文献調査と資料収集およびその所蔵文献目録の作成

 まず、基礎的なデータベースとして、上記の調査研究を渋谷栄一が実施した。その目録原稿は手元にあるが、さらに調査して完全を期したいと思うので、別の機会に公開し、ご教示を得たいと、考えている。こうしたものは、印刷物で公表するよりもフロッピィディスク等で公表したほうが、利用者にとっては独自に加工しやすく便利であろう。なお、「定家本」と一口に呼んでも、全文定家自筆のもの、一部定家自筆のもの、定家書き入れのもの、定家手沢本等があって、それぞれの文献資料についての詳細なコメントを付ける必要があるものである。

2)藤原定家の仮名遣いに関する研究文献の調査と研究文献目録の作成

 藤原定家は、いわゆる「定家仮名遣い」を定め、自ら実践していたとされる人物なので、国語学の方面からのたくさんの研究論文がある。それらについては、中村一夫氏が調査して目録を作成した。それに基づいて、可能な限りその論文を渋谷が複写した。この目録についても、上記1と同様に考えている。ただ論題と出典(掲載誌)だけを記したものでなく、それぞれの論文のその要旨と研究史的位置付けを明らかにしたものでなければなるまい、と考えている。

3)尊経閣文庫本「土左日記」(複製本)と御物本「更級日記」(複製本)のスキャナによる全文画像入力とその本文PICTデータベースの作成

 本年度は、日記文学の上記2書を取り上げた。前書は国宝に指定されており、また後書は御物という、いずれも貴重な古典籍である。原物を直接に手にとって、それをスキャナで画像入力するというわけには到底いかない。しかし、幸いに、両書共に優れた複製本が刊行されている。
  「土左日記」---尊経閣叢刊 昭和3年7月
  「更級日記」---古典影印叢書 扶桑珠宝 大正14年5月
 本研究では、上記2書を伊藤鉄也氏がエプソンのスキャナでソフトウェアColorMagician7によってスキャニングした。背景の料紙の色については、うまく画像処理でき、文字だけを鮮明に浮き立たせることが出来た。
 各ページ毎にスキャニングしてファイル化した。
 1 まず、作品名をアルファベット4文字で記した。
 2 次にページ数を数字3桁で記した。なお、ページ数は本文の墨付け第1紙を001とした。
  遊び紙は数え入れない。ただし、本文中の白紙は数え入れた。
 3 本文PICTデータベースは光磁気フロッピィディスク(230M 1枚)に収録した。
 4 これによって、各ページの画像を容易に読み出したり検索することが可能となった。

4)本文PICTデータベースから切り出した定家自筆仮名文字PICTデータベースの作成

 定家本「土左日記」「更級日記」の本文PICTデータベースから定家自筆の文字を1文字ずつ切り出した。目的は、仮名文字ということであるが、作品中の漢字も無視できないので、併せて切り出した。そして、1文字ずつファイル名を付けていった。この作業が最も時間を要した。
 1 作品名(アルファベット4文字)、ページ数(数字3桁)の次に、行数(数字2桁)、文字数(数字2桁)を記した。和歌の1字下げの空白は数え入れた。
 2 文字は、ローマ字で記した。母音はXA(あ)XI(い)XU(う)XE(え)XO(お)と記した。ヤ行「江」は区別してYEと表示した。
 3 字母の種類については、第1に通行の50音図にある仮名を1とし、次いで、定家が最も多く使用する順に、2、3、4と表示した。ただし、今後のデータ収集によっては、変更が生じる暫定的なものである。
 4 漢字については、その読みを歴史的仮名遣いで表示した。原則として、音読み、次いで、その語句が訓読みの明瞭なものは訓で読んだ。「土左日記」の日付は、音読みした。
 5 文字PICTデータベースは上記の本文PICTデータベースと同じ光磁気フロッピィディスクに収録した。
 6 これによって、同文字の画像を容易に読み出したり検索することが可能となった。

5)定家本「土左日記」の字母TEXTデータベースの作成

 本項以下は、渋谷が作成したものである。藤原定家の平安朝の古典籍の書写態度について明らかにしていくうえでの基礎的研究資料として、定家本「土左日記」の字母TEXTデータベースを作成した。その目的と主旨について記す。
 藤原定家は、74歳の年、蓮華王院宝蔵の紀貫之自筆本「土左日記」を「文暦2年5月13日」に幸運にも拝見することができ、「2ケ日」で「書写」し終えたと、その奥書に書き残している。
 紀貫之(868?-946)は、『古今和歌集』の撰者であるとともに平安朝の高名な歌人である。鎌倉期の歌人である藤原定家が彼の自筆本「土左日記」を目にした喜びは容易に想像が付く。さて、高齢の定家は、2日間で、その「土左日記」をいかなる態度で書写したのだろうか。幸い、蓮華王院宝蔵の紀貫之自筆本「土左日記」は、藤原定家ばかりでなく、その子の為家(1197-1275)も書写し、また、その自筆本「土左日記」を直接書写した伝本系統として、その他に、宗綱本、実隆本等が明らかになっている。しかし、後者2本は現存せず、その写本が伝存する(宗綱本系統--近衛家本、宮内庁書陵部本、実隆本系統--三条西家本、大島本)。為家本の影印複製本は、公刊されていないが、現存する。その忠実な転写本の青谿書屋本が広く知られている。それによれば、為家本は原本を実に忠実に書写したものであることが知られている。しかし、それにも誤写が存在することが文献学的に証明されている。
 池田亀鑑博士は『古典の批判的処置に関する研究』でその原本の復元を試みられた。さらに、萩谷朴博士は、近年、為家自筆本を直接ご覧になられて、青谿書屋本がその忠実な写本であると共に、いくつかの誤謬の存在することをも指摘された(「青谿書屋本『土左日記』の極めて尠ない独自誤謬について」中古文学第41号 昭和63.5)。併せて、貫之自筆本にも問題が無きにしもあらざることを指摘された。
 そこで、本稿では、次の視点から本文のデータベース化を試みた。
 2-0 定家本「土左日記」の字母TEXTデータベース
 定家本「土左日記」のテキストデータベースとして字母で翻字した。
 1 和歌は原態どおり1字下げ(空け)た。
 2 1字のオドリ字はゝを使用した。2字以上のオドリ字はゝゝと記した。
 3 空字(和歌の1字下げ、和歌から地の文への1字空等)及びオドリ字は、1字又は2字分として数え入れた。
 4 丁の変わり目に、」を付け丁数とその表裏を記した。
 5 地の文は0000、和歌歌謡は0001から0061まで、4桁の数字で記し、頁数は3桁、行数は2桁、字数は2桁で記した。地の文と和歌を区別して加えたのがPICTデータベースとの大きな相違である。
 6 冒頭の第1文字「乎」(を)は、ファイル名TOSA00000010101WO3と表示される。
 2-1 定家本「土左日記」の字母の異同
 定家の書写態度を字母の異同のレベルで調査するために作成した。
 定家本では、どのような変体仮名がよく使用され、またどのような変体仮名は忌避される傾向にあるのか。定家本の親本(原本)との字母の異同を掲出した。
 1 復元原本の字母は、青谿書屋本(東海大学桃園文庫本)と為家自筆本(萩谷朴氏調査報告、影印 土左日記(新訂版)新典社)を基礎として、私に作成した。
 2 この異同を一覧しただけでもその初めの方の書写の在りようと終わりの方の書写の在りようの差 異に気付くであろう。
 2-2 定家本「土左日記」の漢字と仮名との異同
 定家の書写態度を漢字と仮名との異同のレベルで調査するために作成した。
 定家は、どのような語句の仮名を漢字表記に書き換える傾向にあるのか。定家本に使用される漢字表記と仮名表記の傾向を知るために作成した。
 2-3 定家本「土左日記」の本文と仮名遣いの異同
 定家本「土左日記」の本文異同と仮名遣いの異同を知るために作成した。
 定家の本文改変はどのような改変を行っているのか。
 また、定家仮名遣いはどのように見られるのか。
 以上、本文研究のための客観的基礎的データだけを掲出した。さらに、字母一覧やその使用頻度数、漢字と仮名との使用分布等のデータについても作成中であるが、分析と恣意が混じるので、ここでは割愛した。
 以上は、フロッピィディスク(2HD 1枚)にTEXTデータベースとして保存され、また、本誌の下原稿となっている。

6)定家本「土左日記」の翻字TEXTデータベースの作成

 1 定家本「土左日記」を仮名と漢字(原文中使用)で翻字した。
 2 字母TEXTデータベースと併用すると便宜である。
 3 上記のフロッピィディスク(2HD 1枚)にTEXTデータベースとして併せて保存されている。

7)定家本「土左日記」の整定本文TEXTの作成

 1 仮名に適宜漢字を宛て、読みやすさの便宜をはかったものである。
 2 その際、原文の仮名や宛字等は( )で括って残した。
 3 これも上記のフロッピィディスク(2HD 1枚)にTEXTデータベースとして併せて保存されてい る。

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